最弱職業「村人」の僕が最強の「勇者」を倒すまで【冒険者編】
編集者:kisuke
3歳の頃に突然前世の記憶を取り戻した僕。それと同時に、ある夢を抱いた。それは「勇者」になること。夢に向かって毎日特訓していた。
そして、7歳――。
創造神様に職業を授けてもらう為に神殿に向かう。授けられたのは、村人。その後のスキルが授けられる儀式で僕は、創造神様と話をし、最強のスキルを手に入れる。その名は「最強」。
これは、最強の最弱職業「村人」となった僕が、勇者を倒すまでの物語。
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タイトルを変更しました。
旧題:逆に珍しい最弱職業「村人」の僕が最強の「勇者」を倒すまで
・序章:プロローグ含め15話
・閑話・幕間
・1章:21話
・賢人タレスをたずねて:5話
・幕間:2話
・2章:14話
・閑話:2話・幕間
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目次
最弱職業「村人」の僕が最強の「勇者」を倒すまで プロローグ
こんにちは!(こんばんは?)kisukeです。初投稿です。至らぬ点も多々あると思いますが、よろしくおねがいします。(特に誤字脱字とか……。)
みるる。様企画のコンテストに応募させていただくことになりました。ファンタジー部門です。
この世界では、7歳になると神殿に行き、創造神から職業を授けられる。
なぜこんなことを話すのかというと、僕が転生者だからだ。……いや本当に。ボケじゃないよ。
記憶を取り戻したのは、3歳の頃だった。急に、フッと。
前世では、僕はただの男子高校生だった。でも、ある日暴走したトラックにはねられて死んだけど。
記憶が蘇ると同時に、「異世界なら勇者になれるんじゃね?」と思って毎日特訓していた。まあ、兄や村の子供らからは馬鹿にされていたけど。
---
そして今日。運命の日。
僕達村の子供ら(と付き添いの大人)は、近くの町の神殿に来ていた。
村の子供Aが言う。名前覚えて無い。
「今日は創造神様から職業を授けられる日だぜ!くぅ、楽しみだぜ!」
皆からも口々に賛成の声が上がる。
「皆、着いたぞ」
そうこうしているうちに着いたようだ。
「ここからは静かにするんだ。何せ、創造神様がいらっしゃるところだからな」
大人が力を込めて扉を押すと、ギィッと音を立てて開いた。
---
「皆さん、ようこそいらっしゃいました。私はここの神官のマルクといいます」
神官――マルクさん――男だ――は、説明を始めた。
「これから、一人ずつこの水晶に手をかざしてください。創造神様から職業を授けられます。それを私が読み取って皆さんにお伝えします」
続いて、マルクさんが別の部屋を手で示した。
「終わった人は、この『祈りの間』で創造神様に祈りを捧げてください。もしかしたらスキルを授かることが出来る……かもしれません」
なるほど。やることは簡単だな。
「はい」
皆で返事をした。
皆がどんどん水晶に手をかざしていく。あっという間に僕の番になった。
水晶に手をかざす。水晶は、ぼうっと光った。
マルクさんが言った。
「村人」
と。その途端に周りがざわざわし始めた。
村の子供Aが言った。
「おいおい、勇者の弟が村人だと?お前、本当にあの勇者ソーマの弟だというのかトーマ?」
地味に心を抉って来るな、Aは。
「ああそうだよ。兄が勇者なのは特に関係が無いだろ」
少し言い返してやった。
「あの……祈りの間に……」
しまった。マルクさんが困った顔をしているよ。
「じゃあ、そろそろ行くね」
そう言って僕は祈りの間に入った。
---
祈りの間は、祭壇と神の像以外、何もない殺風景な部屋だった。
「そこで、神に祈ってください」
入口からマルクさんの声が聞こえる。
僕は言われる通りに祈った。
すると、神の像が光って、フワフワと空中を浮遊し始めた。
「お前は転生者か?」
神の像から声がした……気がした。流石にそんなことはないだろう。
「おい、転生者かと聞いているだろうが。早く答えろ」
答えないとヤバそうだ。
「はい」
「おお、やはりそうか。実はな、お前と兄の職業を間違えて授けてしまってな。本来なら、お前が勇者だったんだ。まあ、迷惑料とお詫びで、与える予定だったスキルより強いスキルを与えるから許して」
はい?色々新情報が入って来て、頭がこんがらがっているぞ。職業を授ける……?スキルを与える……?それ全部神にしか出来ないことじゃねーか!
ということは……今喋っているのって……神?
「おい、大丈夫か?」
僕が中々返事をしないから神様が心配しているぞ。
「はい、大丈夫です」
「そうか。ではこれより、スキルを与える」
神様の言葉で、僕の目の前が光った。もう目を開けていられない。
そして、気付いたらそこには僕しかいなかったんだ。
---
神殿から村に帰る。
僕は、今日の出来事と、自分のスキルのことは、誰にも言わなかった。だって、僕のスキルは―。
スキル:最強
効果:その者が持つ魔力はどの者よりも強く、剣士よりも剣の扱いに優れ、攻撃力は勇者よりも強い。
という、チートスキルだったからだ。どうせ、言っても誰も信じてくれないしね。
こうして僕は、「村人」という最弱の職業の、最強のスキル持ちになった。
序章 1話
さて……と。
特にやることもないし、そろそろ村から出よう。
ここにいると、一々うるさいしね。
ほら……。
「お前、雑魚の村人なんだろ。ぷぷ。『僕は勇者になる!』とか言ってたくせにぃ!」
そう言ってゲラゲラ笑いだしたのは、村の子供Aだ。人の夢を笑うなんて、ひどい奴らだ。
でも、まあ、実際その通りである。神官のマルクさんは、「勇者も珍しいが、村人も珍しい」とか言ってたけど、僕を励ます為の嘘だろうな。
決めた。今日の夜、村を出よう。
---
夜――
僕は用意しておいた置き手紙をそっと母の枕元に置く。「町へ出ます。お元気で」という内容の手紙だ。
……これで心残りはない。行こう。
扉を開けて夜の闇へと足を踏み入れる。そういえば、転生してから一度も夜に一人で外に出たことはないな。母が、夜はモンスターが出るから危ないよ、と言っていた。一応、その言いつけを守っていたからな。
外に出ると、冷たい風が僕の頬を撫でた。辺りは真っ暗だ。まあ、それも当然か。街灯なんてないんだし。普通なら何も見えないだろうが、俺には「最強」スキルがある。これにより、「夜盗」よりも強い暗闇を見る力が手に入ったのだ。ていうか、夜盗ってなんだよ夜盗って。職業には、色々な種類があるようだ。
まあ、無駄話はこれぐらいにして、先に進もう。
村の道沿いに進むと、村の出入り口にある門が見えて来た。
一応、門番がいる。門番とは名ばかりで、ただ侵入者がいないか確認するだけの簡単な仕事だ。とはいえ、見つかったらかなりまずいので、村を囲っている石壁を登る。今の僕には、軽業師以上の身体能力がある。
村の外に出ると、街道と呼べるか謎の道があり、その道が町に続いている。
今日はここで野宿しよう。幸い、野宿系の技能ならあるし。
---
次の日――
僕は朝早くから起きて、街道を進んでいく。
おっと、誰かにぶつかったようだ。
謝ろうと思い、ぶつかった人の方を向くとそこには、強面の筋肉の塊があった。
強面さん(勝手に名付けた)が口を開く。
「おいボウズ。ぶつかったじゃねえか。謝れよ、なあ!」
ちっ、面倒なのに絡まれてしまったぜ。さて、どう対処しよう。
僕が考え込んでいると、強面さんがもっと不機嫌になった。
「おい、謝れと言っているんだおら!」
凄まれた。
「ちょっと何してるの!?」
女性の声がした。
波乱の予感。
序章 2話
彼女が来てからの変化は劇的だった。まず、強面さんが青ざめ、ブルブル震え始めた。
女性が、
「エドガー?君、前子供や新米冒険者に絡んだりしないって約束したよね?」
と、怖い笑顔で言えば、エドガーは恐怖が限界を越え、何故か妙な笑顔になった。
「は、はい!」
「じゃあ、約束破ったってことかな?」
「そ、それは……。はい、そうです」
言い訳をしようとしたエドガーは、女性の笑顔の圧に耐えきれず、ついに認めた。
「そっか……。ギルドに報告しよっか?」
と、女性が聞くと、エドガーは首を左右にぶるんぶるんと振って、やめてほしいとアピールした。
そして、
「すみませんでしたー!」
と言って、走って去っていったのだ。
---
エドガーが去った後……。
僕は、エドガーを追い払った女性と話していた。
「ねえねえ、君、名前はなんていうの?」
「トーマです」
「トーマくんかー。私はセリナ。ランクA冒険者のセリナだよ!」
ふ〜ん、そっかそっか……て、ランクA!?
ランクAといえば、かなりの大物である。国の防衛に呼ばれるレベル。
「提案なんだけどさ、冒険者になって、私と一緒に冒険しない?」
「ああ、僕も丁度冒険者になろうと思っていたし、構わないけど」
「やったー!ちなみに職業は?」
「村人」
「え」
途端にセリナさんの表情が曇る。やっぱり断られるのかな。
「でも、職業が駄目だったからって、落ち込まないで。ほら、良いスキル持ってるかもしれないでしょ!」
違った。この人は、セリナさんは、僕が村人だからってパーティーを組むのを断ったりしない。むしろ、励ましたりしてくれる人だ。
……この人となら、一緒に戦えるかもしれない。
「とりあえず、ギルドで登録しよっか」
そう言って、セリナさんは歩き出した。
---
翌日――
僕とセリナさんは、冒険者ギルドの前に立っていた。何故こんなに早く着いたかというと、途中でセリナさんが馬車を拾ったからだ。
セリナさん、マジでありがとう!
「さ、着いたよ」
僕達の前にそびえ立つのは、大きな扉。良く言えば、|趣《おもむき》があって、悪く言えば、古い。そんな感じの扉。
セリナさんがぐっと扉を押せば、ギィッと音を立てて開いた。
---
ギルドの中には人がたくさんいた。僕はその中から、目当ての場所――新規登録カウンターへと向かう。もちろん、セリナさんも一緒だ。
「いらっしゃい!おや、セリナじゃないかい!その子供は……?もしかして、あんた、子供産んだのかい!?」
おばさんが話し掛けて来た。
「「違います」」
僕とセリナさんの声がハモった。
「で、その子供は?」
「はあ、拾ったんです。詳しい話はまた後程」
なんと、あの元気の塊のようなセリナさんが溜め息をついている。
「今日は、ギルドに登録しに来たんです」
「僕ちゃんみたいな子供がかい?」
「はい」
「そうか」
そう言って受付のおばさんは、書類を取り出すとそれに記入していった。
「名前は?」
「トーマ」
「トーマっと。出身地は?」
「ラセア村です」
「ラセア村っと。ほい、書けた。ちょっと待ってな」
そう言って、受付のおばさんは、書類を持って奥へ入っていった。
---
10分後――
「出来たよ」
そう言っておばさんがカードを差し出した。
カードには、僕の名前と、冒険者ランクが刻まれている。今はFだ。
「ありがとうございました」
そう言ってギルドを後にした。
こうして僕は、仲間を得て、冒険者ギルドのメンバーになった。
序章 3話
さてと……。暇だし、このスキルをもっと試したいから、依頼を受けに行こう。
「セリナさ〜ん!」
セリナさんを呼ぶ。
「はいは~い」
依頼を受ける時は、セリナさんが「自分を呼べ」と言っていた。僕も、いてくれると心強いし。
「依頼、受けるの?」
「うん」
「そっか」
---
冒険者ギルドに着いた。相変わらず、中は賑やかだ。
さて、依頼依頼っと……。これなんかどうだろう?ゴブリンの討伐依頼だ。
「セリナさん、この依頼を受けたいです」
ゴブリン討伐の依頼を指でさす。
「まあ、いいよ」
ギルドの職員に声を掛けて、依頼を受けることを伝える。これで依頼を受けたことになるのだ。
「行こう」
僕とセリナさんは、冒険者ギルドを出た。
---
ここか。
僕達は、依頼で指定された場所にいた。
さて、ゴブリンはどこかな〜?
物陰から、ゴブリンの特徴である角が見えた……気がした。
とりあえず、倒しとくか。僕は、|忍《しのび》の俊敏さでゴブリン(?)に肉薄し、剣士以上の剣の扱いでゴブリンを頭から切り落とした。討伐の証明になる角を刈り取ると、頭を放置した。特に素材になるものもないしね。
ん?やけにたくさんの気配を感じる。
そう思い、辺りを見回すと、たくさんのゴブリンに囲まれていた。
おいおい、これは洒落にならない数だな。命懸けでやらないと、死にそうだ。
忍の俊敏さで駆け、常人には見えない速度で剣を振るう。
でも、そうやって一度に多くの数のゴブリンを屠っても、終わりは見えなかった。
そんな時、
「加勢するぜ!」
と勇ましい声が聞こえた。
その男性(おじさん)が来てから、ゴブリン討伐は2倍の速度になった。
---
30分後――
全てのゴブリンは地に伏していた。
多分あの男性のおかげなんだろうな、とか考えながら、休憩している。
そういえば、どこ行ったんだろ。命の恩人と言える男性がいないのである。
「お、大丈夫だったか」
探していた声が聞こえた。
「はい」
「そうか」
そう言って、男性は立ち去ろうとする。僕は、勇気を出して声を掛けた。
「あの……!」
「ん?」
「お名前は?」
「ああ、ゴズベルだ」
「一緒に戦ってくれますか?」
ゴズベルさんは、顔をクシャッと歪めて、僕に言った。
「ああ」
と。
ギルドがある町の方に帰る。僕とセリナさん、それにゴズベルさんも一緒だ。
こうして、僕の仲間は一人増えた。
序章 4話
今日は、冒険者ギルドに行って報酬を受け取る日。僕の手には、討伐証明となるゴブリンの角がある。大体、ゴズベルさんと半分ずつくらいで討伐した。
冒険者ギルドに入って、依頼カウンターに向かう。依頼カウンターでは、依頼を受けることと、達成報告をすることができる。
カウンターのお姉さんに声を掛ける。
「依頼を達成したので、その報告に来ました」
「はい」
僕はカウンターの上に、持って来たゴブリンの角を並べる。数百個はあったから、かなりの時間が必要だった。
「この数……」
お姉さんが何かを考え始めた。
「ねえ、君。このゴブリン達は、群れていたの?」
「はい」
「全部?」
僕が頷くと、カウンターのお姉さんは「大変!」と呟いて、どこかに連絡を取り始めた。
内容は聞き取れなかったが、唇がこう動いた。
「ゴブリンスタンピード」と。
今回は少し短めです。
番外 正月のお祝い
今日は12月31日。日本なら、お正月を祝う日だ。
セリナさんとゴズベルさんに話し掛ける。
「僕が居た村では、新しい年の始まりを祝う風習があるんです。僕達でやりませんか?」
日本のことはぼかして伝える。
「良いわね、それ」
「ああ」
2人とも賛成してくれた。
「何か準備するものはある?」
「そうだな……。黒豆と数の子、栗きんとんかな」
3つとも僕の大好物だったものだ。
「何だそれは?」
ゴズベルさんが聞いてくる。当然の疑問だ。
出来るだけ詳しく、黒豆と数の子、栗きんとんの情報を伝える。
「なるほど。じゃあ私は、黒豆ってやつの準備をするわね」
「じゃあ俺は、栗きんとんの準備をしよう」
「僕は、数の子の準備をしますね」
「解散!」
セリナさんの号令で、僕達は別れてそれぞれのものの準備を始める。
「ゴズベルさん」
「どうした?」
「栗きんとんのレシピなんですけど……」
栗きんとんのレシピを伝えた。
「なるほど、了解」
今度こそ、僕達は別れて準備を始めた。
---
5時間後――
自分が準備する数の子の準備が出来た為、皆の所に戻る。
皆どれくらい出来ているかな。
そう思って皆の手元を覗き込んでみると、ゴズベルさんは完璧に、セリナさんは腐った豆と格闘していた。
「何しているんですか?」
「見ればわかるでしょ。黒豆を作っているのよ」
「セリナさん、それはただの腐った豆ですよ」
「嘘」
「本当ですよ」
セリナさんは、今にも泣きそうな顔をしている。
「仕方ないですね。手伝いましょう」
セリナさんの顔がパッと輝いた。
---
それから更に3時間後――
何とか準備が終わっていた。
「ふう、疲れた」
殆ど何もしていないセリナさんが言った。
「ですね」
今の僕達には、反論する元気もない。
---
その日の夜――
「少し早いですけど、食べちゃいましょうか」
「だな」
「ええ」
皆で声を合わせる。
「「「いただきま〜す」」」
うん、美味しい。黒豆も、数の子も栗きんとんもどれも美味しい。
「美味し〜い」
セリナさんが、あまりの美味しさに悶絶する。
「そうだな」
こうして、夜は更けていく。
Happy new year!
序章 side ゴズベル/セリナ
sideゴズベル
俺は、さっき自分が関わった戦いを思い出していた。
あのトーマという少年。彼は、一体何者なんだ?
あの数のゴブリンに囲まれて、俺が行くまで死ななかったということもおかしいし、傷一つ負わず、ゴブリンを片っ端から屠っていくことを冒険者ギルドに入ったばかりのFランクの新人が出来るとは、考えづらい。ということはスキルや魔法具を使ったのだろうが、そんな強力なものをどこで手に入れたのかも疑問だ。
もう一度言おう。彼はおかしい。それだけは断言出来る。
---
side セリナ
はぁ、何度見ても惚れ惚れするわ、あの剣さばき。
ゴズベルさんには申し訳無いけど、多分あのままでもトーマが勝っていたわね。私はそれなりに実力がある方だと思っているけど、違ったのかしら。あんな事、私には出来ないわ。
今回もかなり短めです。
序章 5話
気が付くと、ギルドの職員の殆どが忙しく動き回っていた。
僕は、どうして良いか分からず、右往左往する。それにギルドの職員が気付いて声を掛けてくれた。
「報酬かい?」
その言葉に頷く。
「あの数だったら……。2700ルーズに依頼達成報酬の300ルーズ、重要な発見をしてくれたボーナスで1000ルーズ、合計で4000ルーズね」
ルーズとは、この世界でのお金の単位だ。10ルーズで駄菓子の様な物が一つ買える。因みに通貨は万国共通で、小銅貨一枚が10ルーズ、中銅貨一枚が100ルーズとなる。要は10枚集まれば次の通貨になる訳だ。中銅貨の先は次の通り。
大銅貨……1000ルーズ
小銀貨……10000ルーズ
中銀貨……100000ルーズ
大銀貨……100万ルーズ
小金貨……1000万ルーズ
中金貨……1億ルーズ
大金貨……10億ルーズ
|星銅貨《せいどうか》……100億ルーズ
|星銀貨《せいぎんか》……1000億ルーズ
|星金貨《せいきんか》……1兆ルーズ
|幻銅貨《げんどうか》……10兆ルーズ
|幻銀貨《げんぎんか》……100兆ルーズ
|幻金貨《げんきんか》……1000兆ルーズ
星金貨以上は、主に国家予算の額になる。だから、多分僕は見る事も無いと思う。
報酬の4000ルーズを貰って帰途についた。
---
家に帰ってセリナさんとゴズベルさんに今回の事を報告する。
「凄いじゃない!」
「ああ、良くやったな」
2人共、とても喜んでくれた。聞けば、Fランクの冒険者は一度の依頼で1000ルーズ稼げたらいい方らしい。だから、いきなり4000ルーズも稼いだ僕は異常なんだと。諍いに巻き込まれない様に、言動には気を付けろとも言われた。
何はともあれ、この世界に来てから初めての本当の意味での自分のお金だ。何に使おうか。楽しみだ。
序章 6話
翌日――
僕は、セリナさんとゴズベルさんと一緒に新しい依頼が無いかギルドをチェックしに来ていた。
ギルドの扉をくぐると、受付から呼び出しがあった。
呼び出しにこたえて受付に行くと、唐突に、
「ランクアップおめでとうございます!」
と言われた。
何の事か分からず首をかしげていると、受付の人から説明があった。
「トーマ様がスタンピードについての情報を持ち帰って下さったでしょう?その事がギルドに貢献したという事になり、こうしてランクアップが認められたという事です」
「成程。よく分かりました」
「では、ギルドカードの更新をするので、お預け下さい」
「ああ」
受付の人がギルドカードを水晶の様なものに翳したら、ギルドカードが一瞬光り輝いた。
「はい、これで更新完了」
「ありがとうございます」
お礼を言ってから、手元にあるギルドカードに目を落とす。そこに刻まれたランクは――Dランクとなっていた。
「何故Dランクなんですか?」
受付の人に聞いてみる。
「ああ、それはトーマ様の功績が認められたからですよ」
話を詳しく聞くと、大きな功績を立てた者はランクアップ試験を免除されて上のランクに上がれるのだとか。極稀に、その時に二つランクが上がる事があるらしい。
「成程、よく分かりました」
「はい、ではお気をつけて」
僕達は、受付を離れた。
---
そもそも、僕達が|冒険者ギルド《ここ》に来た最初の目的は、依頼を受ける事である。
Dランクになってから受けられるようになった依頼もあるみたいだ。その中に、僕が情報を提供したスタンピードについての依頼もあった。
僕は、スタンピードについての依頼を受け、家に帰った。
序章 7話
翌日――
今日は、依頼の指定日だ。冒険者ギルドには、僕を含め20人程が集まっていた。
「はいは~い、今から依頼の説明をします!」
そう言って手をパンパンと叩く男性。たったそれだけでギルドが静かになった。
彼の話を静かに、注意深く聞く。
「これから、スタンピードが発生しているゴブリンの巣穴に向かいます。スタンピードについては皆知っていると思うけど、一応説明しますね。スタンピードとは、特定の種類のモンスターが増えて町に攻め込んで来る事、又は、ある種のモンスターが町を侵略しようとしてくる事だ。今回はこっちだな。スタンピード時に押し寄せるモンスターの数は最低でも300体は居る」
その言葉を聞き、歯をぐっと食いしばる。
これから行くのは、ゲームやライトノベルの世界では無い。現実だ。
その事を改めて確認し、覚悟を決める。
――よし、これから行くぞ。
「では、行きましょう」
その言葉で、集まっていた人達がぞろぞろと歩き出す。
僕もその中の一員となってゴブリンの巣に向かった。
序章 8話
ゴブリンの巣に向かう道中も何体か偵察部隊と見られるゴブリンに遭遇し、その度に誰かが倒していた。
そして、一つ覚えた魔法がある。冒険者が使っていた魔法で、《サーチ》。これは範囲探索魔法で、感知範囲内にある生体反応や、その位置、今どの様な状態なのかを確かめる事が出来る魔法だ。
試しに使ってみる。
「《サーチ》」
うっ、頭に沢山の情報が流れこんで来て頭が痛い。まぁ、その分正確な情報が得られるし、感知範囲も広いみたいだ。先程他の冒険者が使っているのを見たが、こんな事にはならなかった。どうやら、効果自体は誰が使っても同じだが、その精度や範囲は術者の魔力によって異なる様だ。僕には「最強」スキルで得られる感知能力があるから、《サーチ》は要らないな。
《サーチ》を解除する。頭痛が収まった。但し、先程《サーチ》を使って見えた情報は記憶している。ゴブリン数百体に、ホブゴブリン数体。ゴブリンの巣が近い様だ。
……さて、他の冒険者達はどの様に処理するのだろうか?
そう考えて手出しはせずに敢えて傍観してみるが、誰も攻撃しない。
仕方ない、僕が処理しよう。
「《魔弾生成》」
体内の魔素を集めて弾の様な形にする。
因みに魔素とは、世界中にある不思議なもので全ての生物や物質、空気にも宿っている。魔法は、これを操って自らの望む効果を実現する事だ。
僕は、まだまともな魔法を扱えない。魔法は術式を組み上げ、その深淵へと迫り、魔素を流し込み、効果をイメージする事でようやく発動する。
とはいえ、今は関係の無い話だ。
「《|複製《コピー》 》」
これで、魔弾の数が数百――即ちゴブリンと同じ数だけ増えた。後は発射するだけ。
「発射!」
一つ一つの魔弾を正確に操り、ゴブリンの急所を撃ち抜く。ゴブリンも、ホブゴブリンも、皆等しく地面に倒れ伏す。ついでにゴブリンの巣の脆そうな箇所も壊しておいた。
これでようやく皆が気付いたらしい。武器を持ち、戦闘態勢になった。
……もう戦闘は終わっているが。
敵が居ないのに、辺りをきょろきょろと見回しているのはいっそ滑稽だった。
「モンスターが居ると思ったのだが……。勘違いだったか。皆、ここに丁度良い大きさの穴がある。ここから|奴等《ゴブリン》の巣へ入ろう。良いか?」
僕を含め、全員から賛同の声が上がる。
僕達はゴブリンの巣へ入っていった。
序章 9話
ゴブリンの巣の中は、まるでモグラの巣の様だった。そう、大部分が地中に作られているのである。
この中だと、僕の感知能力にも影響が出てくる。
あ、そうだ、あれを使おう。
「《サーチ》」
使った途端にいつも通りの感知能力が戻って来た。
成程、《サーチ》は使い所によっては有用なものになるのか。
まぁ、それはさておき、ゴブリンの位置の確認をしよう。
ここから少し進んだ先にある広間に、ゴブリンが沢山居る様だ。巣の中に侵入してきた僕達をずっと中に置いておく事は出来ないという事か。まぁ、そりゃそうか。
こんな事を考えている間にも、僕らはどんどん前に進んでいく。
そして――、広間に足を踏み入れた時――
「キィッ」
ゴブリンに囲まれてしまった。
「ひいっ、囲まれたぞ!」
冒険者から、怯む様な声が上がる。
おいおい、そんな事を言ったら――。
「もう駄目だ……」
冒険者全員にその感情が伝染してしまった。いや、僕はそうは思っていないから、全員では無いか。
そうこうしている内に、ゴブリンが襲い掛かって来た。
冒険者達を見ると――僕以外の全員はすっかり怯えきってしまって、攻撃を捌く事すら儘なっていない。
仕方がない。僕が全て倒そう。
足を一歩、進める。そして――|消えた《・・・》。
否、一瞬で常人が認識出来ない速度まで加速したのである。
すれ違いざまに剣を一閃。これで、数体のゴブリンの頭が落ちる。
天井を蹴り、壁を蹴り、縦横無尽に駆ける。その度にゴブリンの首が落ちた。
大体10分後――
全てのゴブリンが絶命。
僕は、剣を振ってゴブリンの血を落とす。
冒険者達から安堵の声が漏れた。
「お前、すげえな。良かったら、俺達のパーティーに入らないかい?」
パーティーに誘われたぞ。
だが……僕にはセリナさんがいるのだ。他の人ではなく、セリナさんが良いのだ。
よって、この話は……。
「すみません。僕にはもう仲間がいるので」
断らせてもらった。
「そうか。まあ、お前なら引く手数多だろうしな」
「っ!!」
「どうした?」
強い気配を感じた。多分、この中では、僕だけしか太刀打ち出来ない、強い敵。
彼らに話せば、ついてくるというはずだ。それを許せば足手まといになる。最悪、死ぬかもしれない。
故に、話さない。
僕は誤魔化す事を選んだ。
「なんでもありません。少し離れます」
彼らに一言断ってから、強い気配の方へ向かう。
幾つもの曲がり角を曲がり、見えて来たのは、しっかりした作りの扉。
その扉を開け放つ。
序章 10話
扉を開けた先にいたのは、一体のゴブリンと、棍棒を手にしたオーガだ。
「オ前ガ侵入者カ?」
ゴブリンが問いかけてきた。
「ああ」
「ソウカ。ナラバココデ排除スル。兄貴。ヤッテクレ」
驚いたことに、あのゴブリンとオーガは兄弟だったらしい。
……まぁ、オーガはゴブリンの上位種らしいから、有り得なくは無いが。
「ゴアァァァァァァ!」
オーガが叫ぶ。
「任せろ」と言っている様に聞こえた。
「ゴァァッ」
オーガは、手にした棍棒を力任せに振るってくる。
避けるのは容易い。ただ、あまり時間を掛けすぎると、不審に思った冒険者達が僕を探しに来る。そうなると、彼らも巻き込んでしまう事になる。それは避けなければならない。
故に、避けるのではなく、往なす。
剣を抜き、構える。そして、高速で進みながら剣を振るう。但し、斬るのではなく、受け流す様に。
徐々に、オーガに近付いていく。そして、オーガの目の前まで辿り着いた。
剣を一閃。
オーガの棍棒が真っ二つに切断された。
オーガに剣を振るう。が、しかし、オーガがパシリと受け止めてしまった。
一瞬だけ、僕の動きが止まる。とても小さな、けれどもオーガにとっては大きな隙だった。
「ゴルアァァァァ!!!」
オーガの拳が迫る。
――もう駄目だ……。
そう思った瞬間、僕の中で何かが「使え」と囁いてくる。
何だこれは?
自分の体の中に意識を集中する。
「最強」スキル……?
そう、信じられない事だが、確かに「最強」スキルが囁きかけてきていた。
――使え。
――我を使え。
「お前は……?」
――我は――、
---
「え?」
気が付いたら、僕は何も無い、真っ白な空間に居た。
いや、何も無いというのは間違いか。
僕は、ある方向へ目を向ける。
そこには、透明なクリスタルと、その中に光の玉があった。
僕は、クリスタルと光の玉の方向に足を向ける。
足を動かそうとした時――
その声は聞こえた。
――触れるな。
「え?」
――それは、我が施した封印。神の封印を破って無事に済む保証は無い。やめておけ。
「そうか」
――分かってくれたか。我が元の場所に戻してやる。
僕は――クリスタルに触れた。
途端に、クリスタルの中の光の玉の光が増す。
――な!?
声が驚いている。
――自殺願望でもあるのか!?その力は人の身に余るものだぞ!
声が、声を荒らげた。
――ちっ、仕方がない。
『|封印神顕現《カースヴァルト》』
現れたのは、白いフードが付いたローブを着て、フードを目深に被っている青年。
『我は封印神カースヴァルト。もう一度言う。その力は人の身に余るものだ。よって封印する』
……自分で使えと言い、封印すると言うとは……。
『其を封ずるは我の糸。足掻けど足掻けど抜け出せぬ。封印糸カースヴァルテン』
封印神の言葉に応えて現れたのは、深紅の糸。
それが襲い掛かって来た。
どうにかしなければ……。
――我の力を使え。
さっきから何なんだ?使えと言ったり、封印を解くなと言ったり。
――我と|奴《封印神》は相容れない存在。もっと言えば大抵の神族と我は相容れぬ。
――我の力を使え。
どうすれば良いのか?
――この力は我……お前のスキルの新たな権能。「スキル|複製《コピー》」と言い、後は、使いたいスキルを発動する時と同じ様にすれば良い。
成程。こうすれば良いのか?
「魔剣創生」
僕の手元に、一本の魔剣が現れる。漆黒の魔剣。夜影剣マガビナスだ。
――そうだ。
魔剣を構える。
「反撃開始だな」
序章 11話
「はぁっ!」
手にした夜影剣で、目の前に迫ってきた封印糸を切り裂く。
まるで意思を持ったかの様に動いていた糸は、力を失い、地面にはらりと落ちる。
そのままの勢いで、封印神に肉薄する。
『面白い。神の権能を切り裂く事が出来るとはな……。どうやら貴様はかなりの強者のようだ。我が直々に相手してやろう』
封印神がカースヴァルテンに魔力を通す。
魔力とは、魔なるものを操る力。大抵は、魔素を操る力だと説明されるが、決して、操れるものが魔素だけという訳ではない。
そして、カースヴァルテンは封印神カースヴァルトの権能。神の権能を具現化するには大量の魔素が必要になり、カースヴァルテンは魔素の塊の様なものなのだ。
ここで思い出してみてほしい。僕のスキルは、「最強」。その効果は……?
僕はカースヴァルテンに魔力を通す。普通の人がこれをすると、カースヴァルテンを強化してしまうだけ。しかし、特別魔力が多い僕がすると、その効果は一変する。
魔力は、魔なるものを操る力。2人以上の術者が魔力を通した場合、当然、魔力が強い者がそのものを支配出来る。
『今更何をしている?』
封印神が笑う。
僕は、気にせずに魔力を通し続ける。
そして、封印神の魔力を上回る。
よし、これで――
僕は、カースヴァルテンを操る。
『な!?』
封印神が驚いていた。
僕は、カースヴァルテンを封印神に襲い掛からせる。
封印神は、新しく生み出したカースヴァルテンで、全てを防いでいた。
ちっ、流石に簡単ではないか。
僕は、そのまま追撃しようとした。が、しかし、突然、カースヴァルテンが霧散した。
封印神が、カースヴァルテンの使用をやめたのである。
非常にややこしいのだが、カースヴァルテンを構成している魔素は、封印神のものなのだ。僕が魔力で操っていても、元々の持ち主が魔素を拡散させて存在そのものを無くしてしまったら、操りようがない。
そういう訳で、僕の武器は夜影剣だけになってしまった。
夜影剣を構える。
『やめだ』
封印神が言った。
一体、何故?
「何故だ?」
警戒しながら問う。
『お…我が来たのは、貴様に警告をする為だ。もう用は済んだ。これ以上争っても、双方に何の益もない。これで分かったか?』
「ああ、分かった」
『では、さらばだ』
封印神が消えた。
――後、神託スキルを授けておいたので、我に何か用があったら、呼ぶように。
「分かった」
聞いているかどうか知らないが、返事をしておく。虚空に僕の声だけが虚しく響いた。
……本当に、何も無い所に向かってブツブツ言う危ない人になる。
そろそろ戻ろう。
僕は、戻りたいと強く念じた。
来た時と同じ様な感覚に包まれ、僕は、オーガとゴブリンが居る広間に戻って来ていた。手に夜影剣を持って。
……今気が付いたのだが、あの謎の声は、「最強」スキルと、神の声の2バージョンあった様だ。
序章 12話
戻って来たのは、僕の意識が白い世界に飛んだところ。
現実に戻って来た僕は、すぐに行動を開始した。
まず、夜影剣でオーガの拳を受け止めた。キィィィンと、およそ剣と拳の衝突とは思えない音が鳴り響く。そのまま、鍔迫り合いの様な状況になった。僕とオーガの力は互角。両方とも、本気を出している。これ以上の強化は不可能。そのはずだったのだが――
「■■■■」
僕の体が反射的に唱えた何か。それにより、僕の身体能力が飛躍的に上昇する。
「ふっ!」
ついに、夜影剣がオーガの拳を弾き飛ばした。オーガが大きくのけ反る。
ようやく見えた大きな隙。その隙を逃さず、夜影剣による連撃を叩き込む。刹那の間に細切れになったオーガの肉が宙を舞う。最後に、カランと音を立てて、オーガの魔石が落ちてきた。
僕は、それを拾う。
「兄貴ッ!」
ゴブリンの悲痛な叫び声が聞こえる。
僕は、それには構わず、無表情・無感情でゴブリンのもとに向かう。
そのまま夜影剣を振るった。音も無く、ゴブリンの首は胴と分かれた。
その顔を見た瞬間、僕は何か複雑な気持ちになって、その場を足早に去る。
---
「大丈夫か!?」
広間に戻って来ると、冒険者達に取り囲まれた。僕の安否を確認する為である。
「ああ」
そう答えて、オーガの魔石を取り出す。
それを見た冒険者達は、驚きの声を上げる。
「それって、オーガの魔石じゃねぇか!?」
「ここに居たのか!」
そういえば、オーガは討伐推奨ランクCだったか。驚く訳だ。
それに、今回の依頼では、受けた者のランクがD以下だったから、自然とC以上のランクのモンスターは出ないと考えていた様だしな。
「恐らく、オーガがこの巣のリーダーだったのだろう」
冒険者の中からそんな声が上がった。
「そうかもな」
本当は違うのだが、取り敢えず肯定しておく。
「よっしゃあ!ゴブリン狩りだぁ!」
冒険者の一人が叫び、皆で答えた。
「「「応!」」」
---
それから約一時間後――
広間には、僕を含めた冒険者全員が居た。僕ら全員が、ある物を取り囲む様にして立っている。
ある物とは――
「こんな大量のゴブリンの角、どうするんだ?」
ゴブリンの角だ。それも大量の。
「持って帰るしか無いだろう」
「そうだな」
……こうして、僕達は、大量のゴブリンの角を背負って帰る羽目になったのだった。
序章 13話
※この作品は、20歳未満の飲酒・喫煙を推奨するものではありません。飲酒・喫煙は20歳から。
ギルドに帰還してからは、それはもう大騒ぎだった。
ゴブリンの巣を潰した功績で、討伐参加者は全員冒険者ランクが上がった。ボスのオーガを討伐した僕は、ランクDからランクB−にランクが上がった。異例の、ランク上昇速度だそうだ。
「トーマくん!」
セリナさんが駆け寄って来た。
「どうし、ま……」
「どうしましたか」。僕の言葉は途中で遮られた。セリナさんに抱きしめられたからだ。
「無事で良かった。ほんと、無事で……」
セリナさんの言葉は、途中で泣き声に変わる。それだけ、僕の事が大切で、心配だったという事だ。
「ああ、無事で良かった」
ゴズベルさんが静かに言った。表向きは、いつもと変わらないゴズベルさん。でも、僕は、その目に浮かんだ涙を見逃さなかった。
漸く分かった。彼女らが、僕の事をとても大切に思ってくれて居る事に。
感動の再会をしている僕に、声が掛かった。
「おーい、俺達と一緒に飲まないか?」
お誘いが来た様だ。
でも、今までセリナさん達と話していたんだけどな……。
そんな僕の躊躇を感じたからか、セリナさんが言ってくれた。
「行って来なよ。仲良くなったんでしょ?」
その言葉に、僕は大きく頷いた。
「はい!」
「じゃあ、行くか」
冒険者の男達について行く。行き先は、酒場だ。
……言い忘れていたが、日本(二十歳から)と違って、この世界では子供の飲酒はOKだ。理由は、種族によって酒への耐性が違うから、らしい。逆に、喫煙に関しては、かなり厳しい。きれいな空気で無いと、極端に体調を崩す種族が居るからだ。
---
酒場に行く道中、冒険者達から幾つも質問をされた。
「そういえば、名前を聞いていなかったな。名前は?」
「トーマだ」
「そういや、ちっこい癖に強いよな。トーマ、お前、何歳だ?」
「7歳だ」
「嘘だろ」
あぁ、そういう事か。エルフや高位の獣人、魔族などは、寿命が数百年、数千年単位だからな。大方、僕もそういう種族だと思っていたのだろう。
その後も、たくさん質問をされたが、話すのが面倒なので、下に内容を記しておく。
名前:トーマ
種族:人間
年齢:7歳
職業:(村人だが、説明が面倒なので)剣士(と言った)
出身地:ラセア村
武器:剣
スキル:(最強というチートの様なスキルだが、説明が面倒なので)剣技(と言った)
---
酒場に着くと、皆で宴をした。
「おう、お前も飲まないか?」
と問いかけられた。
だが、一応僕は7歳の体だ。やめておいた方が良いだろう。
「いえ、やめておきます」
「んあ?そうか」
理由を告げていないのに、納得してくれた。
後で聞くと、子供だから、だったらしい。異世界にもそういう考えがあるんだなぁと変な所で納得した。
そして、宴も終わりに近付いてきた頃――
僕は、熱気のある宴の中に居るのに少し疲れて、外に夜風にあたりに来ていた。
「はぁ……」
溜め息が漏れていた。
え?
何に溜め息をついたのか、自分でも分からなかった。
考えてみる。
10分たって、ようやく分かった。
僕は、あのゴブリンとオーガの兄弟を殺した事を気に病んでいたのだ。モンスターだろうと、兄弟は兄弟。今日、僕は、仲の良い兄弟を自らの手で殺した。多分、これは一生背負っていく事になるだろう。
そして、冒険者を続けていくのならば、これを何度も何度もやらなければならない。
けれども、冒険者はやめない。やめられないのだ。冒険者を続けていかなければ、1人でまともに暮らしていくことすら出来ない。
でも、この決断をした事が僕の人生を大きく変えていくとは、この時は全く思わなかった。
8/6 大筋の内容は変わりませんが、少し改稿しました。
序章 14話
今回から、文字数を多くしようと思います。
今回の討伐に参加した後、宴で飲みに飲みまくった者達の大半は、頭痛や吐き気と共に目覚めた。二日酔いである。
僕は、自分の家(セリナさんの家)のベッドで目覚めた。当然ながら、二日酔いでは無い。1滴も飲んでいないからだ。
セリナさんがこちらへ来た。
「あのね、トーマくん。大事な話があるから、ちょっとこっちに来てくれない?」
?よく分からないけど……。まぁ、セリナさんが言うんだから、かなり大事な話なんだろう。
「はい」
「良かった」
セリナさんは、どこかホッとした様子で呟いた。
「こっちよ」
セリナさんについて行く。
大体5分くらい歩いたところだったかな。
セリナさんが急に立ち止まった。
「ここら辺で良いかな」
「それで、話とは?」
なるべく早く話を済ませて欲しい。
そんな僕の気持ちが伝わったのか、セリナさんは簡潔に語った。
「私達じゃ、もうあなたを支えられない」
突然の発言。セリナさんたちに捨てられるのでは無いかと、頭が真っ白になる。
「なぜ?」
辛うじて出た言葉。
セリナさんも、今の自分の言葉が僕を傷つけたと理解したのだろう。慌てて、真意を語り始めた。
「私達は、あなたの戦闘について行ける。でもそれだけ。あなたの足手まといになってしまうかもしれない」
(それに、あなたの成長の邪魔になってしまうわ……)
「……そうですか」
あの時と同じだ。ゴブリンとオーガの兄弟を殺した時。僕の心から、感情がぽっかりと抜け落ちた。今なら、いつもなら嫌がるどんなことでもしてしまう気がする。
「はい、分かりました」
セリナさんの話に異を唱えず、了承した。
「本当に良いの?」
自分から話を持ちかけてきたのに、確認してきた。
変な人だ、と思いながらも「はい」と答える。
「そう……」
「それでは。1時間後に出発しますので」
「え、1時間後?」
セリナさんが聞いてくるが、どこに驚きの要素があるのかわからない。
「早すぎない?」
ああ、そういうことか。
「そうですか?」
「うん」
そうか。なら……
「3時間後でどうでしょうか」
「3時間後ね。分かったわ」
「それでは」
セリナさんと別れた。
さて、本来の予定よりも時間が増えたが……。何をしようか。
まぁ、とりあえず荷物の整理をするかな。
家に戻る。
「スキル|複製《コピー》アイテムボックス」
アイテムボックスというスキルを|複製《コピー》して、荷物を全てしまう。
これで15分。まだ3時間30分以上も余っている。
何をしようか。
「うーん……」
たっぷり悩んだ。5分くらい。
「やっぱ、あれしか無い、か」
あの時の真っ白な空間。あそこにもう一回行って、あの光の玉と話したい。もっと強くなるためのヒントが隠されている気がする。
問題は、どうやって行くか、なんだよな。
とりあえず、精神統一。自分の奥深くへと、集中していく。
すると、あるところまで来たとき、あの真っ白な空間に行き着いた。
――来たのか。
「ああ」
あの光の玉は、どうやって来たのかは聞かなかった。それはつまり、僕がここに来ることができると確信していたということだ。
「なぜ、僕が来ることが分かった?」
――それを説明するには、少々我のことを話す必要があるな。長い話になるが……良いか?
「ああ、問題ない」
幸い、時間はたっぷりあることだしな。
――我は、普通のスキルとは違う。
「え……えぇっ!?」
話が始まった瞬間、僕の驚きの声で話を止めてしまった。
――まぁそう驚くな。話を続けるぞ。
「あ、あぁ」
――スキルの等級は知ってるか?
「勿論だ」
スキルには等級があり、低い方から順に、
ノーマル、エクストラ、ユニーク、レアとなる。
――我は、最高位のスキル、「マスター」だ。
「はぁっ!?」
それがもし本当なら、既存のスキルについての考えをひっくり返すことになるぞ。
――一々驚くな。続けるぞ。故に、我の力は強い。強すぎるのだ。だから、ある一定以上の強者にしか宿らん。そして、その強者ならば、この程度のことくらい普通にできる。
……この?あぁ、そうか。なぜ僕がここに来ることができると分かっていたのかについて答えてくれていたのだったな。すっかり忘れていた。
――時間は良いのか?もう3時間経つが。
「あ、やばい。教えてくれてありがとな」
――大した事ではない。
「じゃあな」
目を閉じて、集中を解く。
目を開けたとき、そこはセリナさんの家だった。
「トーマくん、準備は出来た?」
セリナさんの声が響く。
「大丈夫ですよ」
「そう」
セリナさんが出て来て言った。
「また、会えるよね」
確認のような言葉だった。
「きっと」
断定は出来ないけど、また会えるような気がした。
家の扉を開ける。
ピンクや黄色、白などの色とりどりな花びらが、僕の視界を彩る。
一体どういう事だ?
困惑する僕に、セリナさんが言った。
「サプライズ大成功!」
花びらが全て舞い降りて、視界がクリーンになったあと、僕の目に飛び込んできた光景は、絶句せざるを得ないものだった。
魔狼達が花かごをくわえている。その数はざっと10は居るだろう。
なぜ、魔狼が花かごを……?
僕の頭の中は疑問と困惑でいっぱいだ。
「実は私、|召喚士《サモナー》なの」
「ええっ!?」
「ふふっ、びっくりした?」
そりゃびっくりするよ、と言おうとして口を開きかけたが、堪えた。そんなことを言ったら、いたずらっぽい笑顔で、ならなんだと思ってたの、と聞かれるだけだ。
「答えてくれないのね」
悲しそうに言われた。
「!」
「おいおい、そこまでにしといてやれ」
「ゴズベルさん」
「よう」
ゴズベルさんはそう言って、右手を上げた。そして、僕に近づいてきた。
「トーマ、あの程度の演技に騙されているようじゃ、まだまだだ」
そう言われた。さっきのセリナさんとの遣り取りについてアドバイスをしてくれている様だ。
「はい」
本当に、まだまだだ。
そんな僕の表情を見て、ゴズベルさんは苦笑しながら言った。
「まあ、そんな顔するな。女が悲しむ様子を見て何とも思わない方がおかしいしな」
そう言った後、僕の頭を撫でてくれた。
「でな、わざわざ俺達が見送りに来た理由は、これだ」
ゴズベルさんが、薄い緑色の魔石をゴトリと置いた。
「これは?」
僕は問う。
セリナさんが答えてくれた。
「通信用の魔石よ。これでたまには連絡、取ってね」
「はい!」
良かった。セリナさんが寂しがって新しい家に突撃してくるのではないかと、内心冷や冷やしていたのだ。
「では、そろそろ」
「行ってしまうのね」
「でも、これがありますので」
受け取った通信用魔石を見せる。
「そうね」
よし、新しい街に着いて落ち着いたら、セリナさんに連絡を取ろう。
「ねぇ、トーマく……」
「また、いつか会いましょう」
「……ええ」
何故か、セリナさんは悲しげな表情をしていた。
「じゃあな、トーマ」
「バイバイ、トーマくん」
「さようなら」
僕は、セリナさん達に背中を向けて歩き出した。
---
トーマが去った後――
「ねえ」
「何だ?」
セリナはゴズベルに話し掛けた。
「私、嫌な予感がしたの。もう、今のトーマくんには会えないんじゃないかって――。多分、トーマくんにはもう会えないか、次会う時には別人かと思う位、性格とか顔つきとかが変わってしまっていると思うの」
「……それがどうした」
ゴズベルの声は、唸る様な声だった。
「いくら変わっていようと、トーマはトーマだろう」
「そう、そうよね。トーマくんはトーマくんよ」
閑話 旅の途中
セリナさん達の元を出た僕は、森の中を進んでいた。
目的地は、冒険者の街ルディ。
ルディに行く為の街道へ出る道は、森の中にあった。
今回の旅は、順風満帆だった。
特にモンスターや野生動物に襲われる事も無く、天候の急な変化に見舞われる事も無かった。
――さっきまでは。
今、僕の目の前には、大きな白狼がいる。
ヴヴゥゥ……と唸っていて、今にも襲いかかって来そうだった。
はぁ、どうしようか。
この場から一歩でも動けば襲い掛かられる。
倒す、しか無いよな。
「スキル|複製《コピー》魔剣創生」
僕の手には、夜影剣マガビナスが。それを構える。
白狼が襲い掛かってきた。爪の攻撃を往なす。上段からの振り下ろし、下からの振り上げ、右からの横薙ぎ、突上げ、突き、そこから爪を返して下からの振り上げ、左右両方向からの横薙ぎ。7連撃を往なし切る。
一旦後ろに跳んで、白狼と距離を取る。
僕は、周囲を警戒しながら考えた。
この白狼は、右や下から攻撃する癖がある様だ。上や左より攻撃の頻度が高い。
ひとまず、右と下方向は要注意だな。
「はぁ……ふぅ」
一度深呼吸をして息を整え、集中する。そして、地面を蹴って、白狼に急接近した。
僕がきめにかかったのは白狼も分かったのだろう。白狼は全力で応戦してきた。
まぁ、一度攻撃のパターンを見抜いた相手との戦闘は、初見の相手よりもかなり楽だったが。
白狼の爪が下から振り上げられる。それをマガビナスで打ち払おうとした。が、直後、白狼がマガビナスに噛み付いてきた。しかも、峰の方へ。
普通なら、そのままマガビナスを無効化出来たかもしれない。だが、これは魔剣だ。魔素や魔力との親和性が高いので、いつも魔素でコーティングして使っていた。魔素でコーティングすると、武器自体が頑丈になり、武器を構成している要素が強化される。
つまり――
白狼の顎が落ちた。
マガビナスの峰の打撃力が高まっている状態で、マガビナスをちょっとだけ振るった。それだけで、白狼の顎の関節が砕かれ、その時に加わった衝撃で顎が落ちた。
白狼の傷口から血がぼたぼた流れる。このまま戦いを続けても、白狼は死ぬ。かと言って、逃げ帰れば良いという訳でもない。そうしたら、出血多量で死ぬからだ。どちらにせよ、白狼の未来は決まっている。戦いを続けるか続けないかで訪れる結果の違いは、白狼が生きていられる時間の違いでしかない。だが、どうせ死ぬと分かっていても、少しでも生きていられる時間が長くなる選択をするのが生物としての|性《さが》だろう。
そう思っていた。
今、僕の目の前には、予想に反して、今なお戦意を喪失していない白狼の姿があった。
一体何が白狼を立たせているのか。
それは分からないが、一つ思った事がある。
「美しいな」
そう、美しいと思ったのだ。自らより圧倒的に強い存在と対峙して尚、その戦意を失わせていない。自らは大怪我を負っているのにも関わらず。
ここは、全力を示さなければいけないだろう。
「スキル|複製《コピー》魔剣創生[複数展開]」
僕の周囲に四属性火・水・風・地の四本の魔剣が浮かぶ。
「[複合《|美しい花には毒がある《Lily of the valley》》]」
四属性の魔剣に宿った各属性の魔素を利用して魔法陣を描き、魔法を発動する。
|美しい花には毒がある《Lily of the valley》。この魔法の効果は、各属性の属性効果と、毒だ。前者はおまけの様なものだが、その威力は各属性の上級魔術四発分に匹敵する。おまけでさえそうなのだから、後者の威力は推して知るべしといった所だろう。
白狼は、息絶えていた。
まぁ、低威力の魔法とはいえ、この辺りの生物には過剰威力だからな。
さて、そろそろ先に進もう。
そう思い、足を踏み出しかけたのだが、進む前に足を止めた。
その理由は、今目の前に居る。
「クウゥゥン……」
とつぶらな瞳でこちらを見つめてくる生き物が二匹。色は白。
……お察しの通り、この二匹の生き物は、先程の白狼の子供だ。
さっきの白狼は、子供を守ろうとしていたのだろう。
そう考えると、白狼を殺した罪悪感が込み上げてくるな。
白狼の死体は、どうせこのまま森に置いておくと他の生き物に食われるか、腐るかしてしまうだろう。
僕は、白狼の死体をアイテムボックスに収納する。
「さあ、お行き」
白狼の子供を安全だと思われる場所に放した。
これで、旅の途中で起きた主な出来事は終わりだ。
いや、まだ一つあったか。
---
白狼を殺した数日後――
僕は水を飲む為にきれいな泉に寄っていた。
水面に僕の顔が映る。
僕の顔は、中の上、上の下といったところだろうか。普通以上だが、特別イケメンという訳でもない。顔は特徴的では無かったが、髪は特徴的だった。
髪は、白い。だが、所々に黒のメッシュが入っている。
服は、特筆すべき所が無い極々普通の服だ。少し破れているくらいか。後は普通だ。
アイテムボックスから、白狼の死体を取り出し、尻尾を切り取る。無意味にそうしたのではない。
僕は、その尻尾を首に巻き付けた。ファッションなどではなく、自分への戒めとして。
あの白狼を殺さずとも、あの場を切り抜ける方法はあったはずだ。それなのに、僕は、実力行使に出た。その自覚は無かったけど、力に溺れていたのかもしれない。だから、もう二度とそんな事が無い様、あの白狼の尻尾を首に巻き付けたのだ。
水を飲んだ後、僕はまた進み始めた。
新登場の魔法
Lily of the valley(美しい花には毒がある)
・小範囲の範囲魔法
・基本四属性の複合属性
・各属性の属性効果+毒
幕間 二人の男
人が住む世界から少しずれた場所。神界と霊界の狭間――
そこに、二人の男が居た。一人は、美しい銀髪と宝石の様な赤い目を持つ男。もう一人は、金髪碧眼で白い布を身に纏った、どことなく神々しい男だ。
銀髪の男が金髪の男に話し掛けた。
「悪いな、こんな所まで来させて」
「大丈夫だ、アウグスト。力の大部分を失ったとはいえ、ここまで来られるだけでかなり儂も助かる」
「そうか?クラティオ。わざわざ創造神たるお前をここまで来させるというのはな」
「さっきも言った通り、儂は大丈夫だ。それより、そろそろ話を始めよう」
どうやら、創造神とアウグストという男が話しているようだ。創造神といえば、この世界の殆ど全てを創ったとされている最高神だ。
最高神と話しているアウグストは一体何者なのか、という疑問が脳裏をよぎるが、今は置いておく。
「奴はルディに向かっているようだ」
クラティオがアウグストに言った。
「ああ、その様だな」
「確か、ルディにはメアが居た筈だ」
「確かに居る。どうする気だ?」
「メアを利用して、儂達の計画を進める」
「メアはもう一般人だぞ。反対だ」
アウグストとクラティオが対立している。
「じゃが、メアを利用せんとも、奴なら計画通り行動するぞ。メアを利用して、奴の行動を制限する方が良いと思うが」
「それでもだ」
「はぁ……いつになっても、メア一筋だな。良いだろう。今回は見守るだけで手出しはしないことにする。但し、奴の命が危うくなったら、先のオーガ戦の時のように、お前が介入すること。これが条件だ」
「ああ」
「ふむ……久々に観察者に徹することが出来るな。何が起こるか楽しみだ」
ようやくここまで辿り着きました!次話から、1章が始まる予定なので、構想を練る為にしばらく更新をお休みするかもしれません。ご理解のほどよろしくお願いいたします。
1章 1話 ルディ
投稿が遅くなりました。すみません。
5日後――
僕は、ルディの門の前に立っていた。
5日程前まで居た町――クリスタの門よりも大きな門だ。街の門の大きさで、街の大体の規模が分かるという。
そう考えると、ラセア村やクリスタより、ルディは大きな街という事だろう。
普通に、凄いと思う。
立ち止まって門を見上げている僕を、周囲の人は微笑ましげに見ている。
周囲の人々の視線に気が付いた僕は、少し顔を赤くしながら入場審査待ちの列へ並んだ。
入場審査はあまりに呆気なかった。
身分証として冒険者カードを見せると、
「B-ランクのトーマだな。ようこそ、ルディへ」
とだけ言われて、あっさり門の中へ通されたのだ。
僕が首をひねっていると、先ほど入場審査をした衛兵さんが笑顔で答えてくれた。
「冒険者はね、ギルドが身分を証明してくれているんだ。だから、入場審査がこんなに簡単なんだ。君だって、冒険者が街と街、国と国を移動してくれなきゃ、困るだろう?」
衛兵さんが僕の為に噛み砕いて説明してくれたから、よく分かった。
お礼を言う。
「ありがとうございました」
お礼を言う僕の姿が可愛らしかったのだろうか、衛兵さんはもう一度ニッコリと笑顔になって、
「どういたしまして」
と言った。
ルディへ足を踏み入れる。
僕は、ようやくルディの中へ入ったんだ。
街に入ったらまずすること……それは、宿探しとギルドに行くことだ。
その二つ、どちらを優先するか、僕はしばし悩む。
結局、ギルドに行くことを優先することにした。ギルドに行けば、宿の情報もあると思ったからだ。
ギルドは、案外簡単に見つかった。何しろ、門に並んでいた人の2割程が向かっていたのだから。
大きな石造りのギルドの建物は、周りの建造物の雰囲気に絶妙にマッチしていた。
大きな扉を押して開け、中に入る。
ギルドの中には人がひしめいていた。
その中を掻き分け、受付に向かう。
「すみません、依頼を受けたいのですが」
冒険者カードを見せながら言った。
受付のお姉さんは一瞬びっくりした後、すぐに笑顔になった。
「そうですね……こちらの依頼はいかがですか?」
そう言って、一枚の依頼書を差し出してきた。
それを覗き込む。
「エリクシルの採取依頼、ですか」
「ええ。報酬は、中銀貨七枚です」
中銀貨七枚……かなりの大金だ。
「この依頼を受けます」
「はい、分かりました」
ギルドを出て、これからどうするか考える。
エリクシルはこの付近だと「霊獣の森」に自生しているそうだ。
宿はギルドの近くにたくさんあったから、一旦宿に行った後、霊獣の森に向かおう。
1章 2話 噂
ギルドの周りに乱立する宿の中で、比較的安全そうな宿を探す。
だが、それはどの冒険者でもしていることのようで、空いている宿は無かった。
うーむ、どうしようか……
――スキルを使用すれば良かろう。
あ、そうか。
「スキル|複製《コピー》アイテムボックス」
アイテムボックスの中に荷物を全て放り込んだ。
「これでよし」
僕は、うーんと伸びをして歩き出そうとしたが、周りの人に注目されていることに気が付き、歩みを止めた。
人々は、何かをひそひそと話していた。
疑問に思い、聴覚を強化して話し声を拾う。
聞こえてきたのは、主に僕の噂だった。
『あれ、アイテムボックスだろう?』
『信じられない。あんな子供が……』
しまった、大勢の前でスキルを使ってしまった……。
僕は面倒事を避けるため、足早にその場を去った。
霊獣の森は、ここからかなり遠い場所にある。だが、それは直線距離での話だ。ここは、霊獣の森に一番近い場所ではない。霊獣の森に一番近い街に行き、そこから霊獣の森を目指した方が遥かに早い。
だから、これから、霊獣の森に一番近い街――オースティンを目指す。
幸い、金はある程度あるから、乗合馬車に乗っていくことができる。
僕は、乗合馬車乗り場へ急いだ。
幸い、乗合馬車が来たばかりだったため、僕はすぐに乗ることができた。
乗合馬車は、オースティンへ向かう――
1章 3話 エリクシル
乗合馬車に乗ってオースティンに辿り着いたトーマ。
この街に長居する意味は何もないため、すぐに街を出て霊獣の森を目指す。
今回の依頼は討伐ではなく採取のため、道中のモンスターは全て無視して進んだ。
そして、辿り着いた霊獣の森。その奥深くへと進んでいく。
霊獣の森の表層は、ただの森。だが、その奥深くまで入り込んでいくにつれ、その風景は変化していく。
最初は、美しい花が増えてきた程度。だが、だんだんと樹木は大きく太く育っているものが増え、たまに美しい花の群生地も見かけるようになった。
そんな美しい森にも、モンスターは出る。モンスターというよりは、聖獣、霊獣、幻獣に|分類《カテゴライズ》される生き物だ。基本的に争いを好まないため、高い知能を有する上位種、上位個体はあまり襲ってこない。だが、彼らはプライドがとても高いので、礼儀を欠けば問答無用で戦いへと持ち込まれる。
それは置いておいて、今、僕は森の最深部と言って良いところにいる。
エリクシルが辺り一面に生えている。
白い彼岸花が虹色に光っているかのような花を咲かせ、その周りを幻光蝶と妖精が優雅に、幻想的にふわふわと舞っている。
この美しく幻想的な光景を醸し出すエリクシルを「生えている」と表現するのは、エリクシルに対する冒涜のように感じたが、今の僕の語彙力ではそう表現するしかなかった。
たくさんあるエリクシルの中から、五株選び、摘み取……ろうとしたが、その直前、声が聞こえた。
「やめて!」
子供のような声。
反社的に声の方向を見ると、羽のある小さな人間――妖精がこちらを涙目で見ていた。
「なぜ?」と問うより早く、妖精が言った。
「それは、私たちが大切に育てたエリクシルなの!」
それを聞いて、僕の心に迷いが生じる。
このまま、エリクシルを抜いてしまっていいのか――
でも、依頼だから――
その迷いは、やがて葛藤へと成る。
僕は冒険者。これは依頼。
なら、それで良いじゃないか。
心が空っぽになる感覚――
手早くエリクシルを摘み取り、専用の保存容器に入れた。
後は、これをギルドに持ち帰れば依頼完了となる。
僕は、この森を後にした。
1章 4話 オーダーメイド
はい、3日連続投稿です。
夏休みで時間があるので、普段はできないことに挑戦しようと思い、毎日投稿に挑戦しています。
応援してくださると嬉しいです。
ギルドにエリクシルを持ち込み、報酬の中銀貨七枚を受け取った。
その足でギルドを後にし、今いるのは防具屋。
お金がたっぷり手に入ったため、装備を整えに来たのだ。
防具を物色する。
むー……
中々良いものがない。
僕の戦闘スタイルは、魔法と体術の複合。 だから、そのどちらも防げる防具が欲しい。だが、防具屋にはその数は少なく、あったとしても、大抵はどちらも一応は防げる器用貧乏タイプ。
僕が理想としている万能タイプは一つもなかった。
僕がうーんと唸っていると、店の店主が声をかけてきた。
「どうした?」
僕は気に入る物がない、ということを正直に伝えて良いものか、と悩みながらも、店主に正直に話した。
「僕、近接戦と魔法戦、両方を使う戦闘スタイルなんですけど…… 僕に合う防具がないんです」
「そうか。良かったら、オーダーメイドしてみないか?」
「オーダーメイド?」
僕がオウム返しで聞き返すと、店主さんが詳しく教えてくれた。
「おう。オーダーメイドっていうのは、俺たち職人が、使い手に合わせた武器防具を作ることだな。もちろん価格は変わるぞ。珍しい素材を持ち込んでもらえたらその分安く強いものが出来上がるし、特殊な加工をしたらその分強くなるが高くなるな。まあ、要は内容次第ってことだ」
「なるほど。じゃあ、それをお願いします」
「ああ、分かった」
「予算は……中銀貨七枚ですね。最大でも」
それを聞いた店主さんは、難しい顔で考え始めた。
「その額だと…… あまり良いものは作れそうにないな」
「そうですか。じゃあ、|これ《中銀貨七枚》を前金として、足りない分を出来上がったものを取りに来る際にお渡しします」
「ふむ…… ああ、それで良い」
話が纏まったため、どんな防具が欲しいか店主さんに語っていく。
「そうですね……
重さを感じさせず、物理と魔法耐性どちらも高く、見た目も格好いいものが良いです」
「お、おう……
今日中に必要な材料に見当をつけておく。明日、そっちに伝えに行くから、泊まってる宿を教えてくれ」
あ……
「すみません。宿には泊まっていないので、冒険者ギルドを通して伝えて下さい。僕の名前はトーマです」
「おう、明日冒険者ギルドを通してトーマに必要になる材料を伝えれば良いんだな」
「ええ」
「おう、じゃあ」
「それでは」
僕は、防具屋を後にした。
1章 5話 必要なものリスト
気付いている方もいらっしゃるかもしれませんが、作者は今、毎日投稿に挑戦しています。夏休み期間中は毎日投稿する気でいますので、毎日午後7時を楽しみにしていてください♪
翌日――
僕は、依頼を受けようと、冒険者ギルドに立ち寄った。
「おーい!トーマはいるか〜?」
昨日の店主さんだった。
「トーマは僕です」
このまま名乗り出ないでおいて良い事など一つもないので、さっさと名乗り出る。
「ん、もういたのか。ほれ、『必要なものリスト』だ。受け取れ」
店主さんから必要なものリストを受け取る。
というか、ネーミングセンスなさすぎだろ……
「言っておくが、素材にも『格』というものがあってだな。同じはたらきをするものでも、格によって完成度は大きく変わるぞ。自分が入手できるか、実用に耐えうるものになるのか、それを考えながら素材を集めてくれ」
店主さんはそう言って去っていった。
僕は、受け取った必要なものリストに目を通す。
どうやら、同じ項目に書かれているものでも、上に書いてあるものの方が入手難易度が高く、より強い防具が作れるようだ。
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属性耐性
火
サラマンダーの秘宝
フレイムドラゴンの逆鱗
フレイムドラゴンの鱗
ファイアバードの風切羽根
ファイアバードの羽毛
水
ウンディーネの秘宝
海龍の逆鱗
海龍の鱗
風
シルフの秘宝
ウィンドドラゴンの逆鱗
ウィンドドラゴンの鱗
土
ノームの秘宝
地龍の逆鱗
地龍の鱗
氷
フロスティーネの秘宝
フロストドラゴンの逆鱗
フロストドラゴンの鱗
雷
雷光丸の秘宝
雷龍の逆鱗
雷龍の鱗
サンダーバードの風切羽根
サンダーバードの羽毛
光
天使の至宝
精霊の秘宝
闇
悪魔の至宝
魔王の秘宝
聖
聖女の力
|究極の治癒魔法《サクリファイス》を発動するための魔力の結晶
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まだリストの内容は続いていたが、長いため、座って読める場所に移動して読むことにする。
はい、ということで次回もリストの内容は続きます。恐らく長くなるため、こういうのが苦手な方には読み飛ばしを推奨します。話が進んで、リストの内容を確認したいな、と思ったときにお読み下さい。
8/11
表記ゆれを見つけたので修正しました。
1章 6話 不備
連続投稿五日目です。三日坊主の作者は、一体いつまで連続投稿できるのか……(もう既に三日以上経っていますが)
応援して下さる方がいる限り、作者は頑張ります!
座って読めて、お金がかからない場所を探すのに手間取ったが、タダで座れる場所を見つけた。
ここは、ルディの憩いの広場のような場所。
足元が芝生で、見ているだけでもリラックス出来るし、ベンチがかなりの数置いてあるため、気兼ねなく座ることが出来る。
ベンチに腰掛け、店主さんから貰った「必要なものリスト」を開いた。
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物理防御
龍の逆鱗
龍の鱗
ヨロイムカデの装甲
魔法防御
龍の逆鱗
龍の鱗
強化
|攻撃力《パワー》アップ
|機動力《スピード》アップ など
強化水晶
---
必要なものリストを読み終えた僕は、丁寧に畳んで、アイテムボックスに入れた。
――おい、待て。
どうした?
――そのリスト、不備が多すぎる。
え?
――まあ、仕方のないことではあるがな。この世界で普通に生きていたら、まず聞くことも、出会うこともないから。
何が足りない?
――ひとまず、これらだな。
スキルが教えてくれたものは、かなりの数に上ったため、リストの形にしようと思う。
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魔法耐性
時
時空神の歯車
空間
世界のはじまり
生命
原初の魂
原初の魂のレプリカ
神秘
最高神の至宝
神の秘宝
物理防御
|究極の鉱石《ヒヒイロカネ》
|古龍《エンシェントドラゴン》の逆鱗
|古龍《エンシェントドラゴン》の鱗
アダマンタイト
魔法防御
|古龍《エンシェントドラゴン》の逆鱗
|古龍《エンシェントドラゴン》の鱗
状態異常耐性
|九首龍《ヒュドラ》のコア
---
――取り敢えず、これでいいだろう。
すごく、素材の入手難易度が上がったような気がするが……
まあ、一つ一つ集めていこう。
ところで……
聞いたことのない属性があったが、あれは何だ?
――それは、今度話す。
ふーん、今は話せないってことね。
良いけど。
――すまないな。
え…… 今、こいつが謝ったぞ。初めてじゃないか?
――そんなことないぞ。我だって、謝る時は謝る。
うーん、と伸びをして、よいしょ、と立ち上がった。
「明日から、素材集め開始だ!」
誰かに宣言するように、そう言った。
1章 7話 訓練
区切りがいいところで切ったら、今回はかなり短くなりました……。
――残念ながら、それは無理だな。
え?
――精霊達の試練がどれだけ難しいと思っているんだ。龍種だって、最強の種族と呼ばれているんだぞ。
――悪いが、お前には|少し《・・》訓練をしてもらう。
訓練?
――ああ。今のままでは、防具の素材集めに無理がある。
どこでやる?
――我がお前しか入れない異空間を創る。心配するな。異空間の中では年を取らない。
死ぬこともない。それに、出て来た瞬間に今の時間、今の場所に転移する。
それなら、誰も気にすることなく訓練出来るな。
何故、そこまでする?
――お前に死んで欲しくないから。それだけだ。
……そうか。
――準備は良いか?今から異空間を創るぞ。
僕が返事をする前に、異空間が目の前に出現した。
――入れ。
僕は、異空間に足を踏み入れた。
異空間は、僕が精神を集中させた時に辿り着いたあの空間と酷似していた。
真っ白な、何もない空間。
しかし、異空間には、一つ、あの空間と違うところがあった。
建物――いや、施設があった。
それも、一つではなく、沢山。
――まずは、お前の力を測る。
――トーマ、我と戦え。
強大な気配を感じた。
思わず、振り向く。
――そこには、人影があった。
「さあ、トーマ、我と|殺《や》りあおう」
1章 8話 アレン
今日は諸事情で遅れました。申し訳ありません。
その代わり、いつもより若干長めに書きました。
僕の目の前に立つ人影は、漆黒の髪と相反する金色の瞳をギラギラと光らせ、こちらを見ていた。
彼の美しく整った、だが野性的な容姿を纏め上げるのは、白と黒のシンプルな色合いの豪奢な衣装。
その手には刀を持っていた。
しばし、僕と彼は睨み合いを続ける。
だが、その時間も永遠に続くことはなく。
唐突に、「彼」が動いた。
目にも止まらぬ速度で、僕との間合いを詰める。
そして、手にした刀で一閃。
僕は、夜影剣でその攻撃を防ごうとする。
いつもより体が重く感じた。
攻撃を防ぎ切ることが出来ず、僕の体に浅い傷が刻まれる。
痛みを堪えながら、後ろに跳んで間合いを取った。
「言ってなかったが、お前の力には夜影剣以外のものに制限をかけてある」
そう言って、また戦闘を始めようとする彼。
まだ聞きたいことを一つも聞けてないのに!
「ちょっと待て!」
僕がそう言っても、彼が止まるとは思っていなかったが、意外なことに彼は動きを止めた。
「何だ?」
「お前は誰だ? 何故この空間にいる?」
「質問が多いな…… まあ良い。一つずつ答えてやる」
そこで、彼は一瞬だけ目を閉じて、また口を開いた。
「我はお前の中にあるスキル。そうだな…… アレンとでも呼べ。お前の中にあるスキルだから、当然、この空間にも入れる。以上だ。質問はそれだけか?」
成程。だから、僕の力を制限したり出来たのか。
だが、それにしても……
「何故、僕よりもそんな圧倒的に強い?」
そう、アレンが本当に僕のスキルなら、全力の僕と同じくらいの力でなければおかしい。なのに、奴は、僕よりも強かった。力を制限されていたからではない。正真正銘の地力でアレンに負けたのだ。
「お前が我を使いこなせていないからだ」
え……?
その言葉に、僕はしばし、動きと思考を止め、ただ呼吸をするだけの「物」に成り下がった。
「正確に言うと、『お前』という器がまだ成長途中で 我の力を受け止め切れないから、我が力を抑えている」
アレンのその言葉は、呆然と動きを止め、思考を放棄している僕の耳には入って来なかった。
アレンが何かを呟く。
「もう戦えぬか…… まあ良い。既にお前の現状の力は把握した」
そう言って、アレンが指をパチンと鳴らす。
すると、僕の傷が塞がれていった。肉体の傷だけではなく、|精神《こころ》の傷も。
すっかり戦いを始める前の状態に戻った僕。
アレンから感じられる強烈な圧も、消え去っていた。
「これより、訓練を開始する。が、我はお前に付きっきりという訳ではない。ちゃんと、日々自分を磨き続けろ。言うなれば、鍛錬に近いな。怠るなよ。一年に一度、我はお前の力を測る。その時に、鍛錬の成果が分かるだろう」
そう言って、アレンはすうっと空間に溶けるようにしていなくなった。
アレンがいなくなった後、僕はアレンが呟いたあの言葉について考えていた。
『我は所詮、|主《あるじ》の劣化コピー』
あの言葉は、どういう意味なのだろうか。
1章 9話 鍛錬
地味なシーンを長々と続けるのは作者の趣味ではないので、ダイジェストでお届けします(それでも数話に渡るのですが)
アレンよりも強い人がいる?
もしそうなら、きっと、モンスターにもかなり強いものがいるだろう。
……これは、真剣に鍛えなければ、下手すれば「防具の素材集めで死んでしまったやつ」になってしまう。
僕は、真剣に鍛錬を始めた。
一年目――
やればやるだけ伸びていく。それだけ、僕には伸びしろがあったのだ。
これならアレンに一撃を入れることが出来ると思ったのだが……
手加減してくれていても目で追うことすら出来なかった。
アレンも、これでは僕の成長が分からないと思ったのか、「ここに全力で攻撃しろ」と言って掌を開いた。
言われた通り、全力でやった。
全力でやったのだが……
アレンに傷一つ負わせることも出来ず、逆に僕の体が痺れる始末。
一体、アレンはどれだけ遠くにいるのだろう。
二年目――
今年も、たくさん、たくさん鍛錬をした。 なのに、アレンとの戦闘の結果は去年と変わらず。
一応、それなりに成長しているとは言われたが、あの結果を見れば疑ってしまう。
五年目――
今年もアレンの動きを目で追うことすら出来ずに負けた。
最初より何倍も強くなったと言われたが、それがどうしたって思う。
何倍も強くなっても、目で動きを追うことすらも出来ない相手がいるのだから。
疲れてきた。娯楽が何もない環境の中、五年間もひたすら鍛錬を続ける。
結果が全然目に見えない。
もう、僕は十分に頑張ったんだ……
終わろう……
九年目――
毎年同じようにアレンに負けているが、そろそろ何かが掴めそうな気がする。
四年前に絶望したのが嘘みたいだ。
十年目――
ようやく、アレンの動きを目で追うことが出来た。
……いや、まあ、それが出来たからなんだっていうんだって自分でも思う。
でも、これは大きな進歩だと思う。
アレンにも「ふむ…… 少しマシになってきたかな」と言ってもらえた。
二十年目――
アレンの攻撃に反応出来るようになってきた。
回避や防御はまだ出来ないけど、このまま頑張っていけば出来るようになると思う。
三十年目――
そろそろ毎年の成長ペースが落ちてきた。 今までの鍛錬の方法での限界が近づいてきたようだ。
最初と比べたら比べ物にならないくらいに強くなった。
だが、未だアレンの攻撃を回避することが出来ない。
努力が足りないのだろうか。
1章 10話 鍛錬2
五十年目――
今年も、いつもと変わらない結果だった。
アレンにも、「成長速度が落ちたな……」と言われた。
「お前、ここの施設を利用していないな?」
「え?」
「はぁ…… やっぱりか。ここの施設を利用した時の最低成長速度を大きく下回っていたからそう思ったのだが…… ここの施設はお前の成長を助けるものばかりだ。しっかり使え」
「あ、はい」
「はぁ…… しゃきっとせんな」
何だか、今年のアレンは溜め息をよく吐く気がする。
まぁ、良いや。
ここの施設かぁ…… どんなのだろう?
明日が楽しみだ。
五十一年目――
取り敢えず、時間はほぼ無限にあることだから、目についたものから利用していこうと思う。
ということで、目の前にあるこいつから使っていこうかな。
この施設の外見は、この空間と同じくらいの無機質な白い物体で圧を放ってきている大きな建物という感じだ。
息をすぅ、と吸った。
心を決めて、扉を開く。
施設の中に入った瞬間、この施設の概要が膨大な情報となって、頭の中に流れ込んで来た。
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施設名:プグノス
| 《 》強さを自由に指定して戦闘訓練をすることが出来る。相手の戦闘スタイルはランダムに決まる。また、全ての項目をランダムにすることも出来る。
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一番大切なことを要約すると、こんな内容だった。
取り敢えず、自分と同じくらいの強さに設定して戦ってみた。
結果は、惨敗だった。
相手の動きを追うことも出来るし、反応することも出来る。なのに、攻撃を全て避けられ、相手の攻撃を避けたと思ったら回避先に罠が仕掛けてあったり……
圧倒的に、僕には戦闘経験や戦闘技術が足りていなかった。
この施設では、色々な相手に対する戦い方を学べるようだ。
基礎鍛錬も欠かさないように気を付けながら、僕はこの施設に一年没頭した。
正確に言うと、何百年も没頭したのだが、毎年アレンと戦わなくてはならない。
最初は、せっかくの集中が途切れることが嫌だったのだが、だんだんと「身に付けた技術を試してみよう」と思うようになった。
最初の一年間で身に付けた技術で、アレンに攻撃らしい攻撃を初めて加えることが出来た。
アレンも、僕を一応褒めてくれた。
まあ、その後ボコボコにされたが。
今は、六百五十年目。そろそろ、この施設で伸びる力も頭打ちに近づいて来ている。
他の施設も利用して総合力を上げた後、またここに来て戦闘技術を磨こうと思う。その頃には、きっと僕の出来ることも増えているだろうから。
施設の設定はこれより濃密ですが、語っていると話が進まなくなると思い、カットしました。今度、この作品の設定集のシリーズを作ってそこで語ろうと思います。
1章 11話 固有能力
10日連続投稿……!
七百年目――
今、僕がいるのは「ファチェーレ」という施設。この施設の概要は次の通りだ。
---
施設名:ファチェーレ
スキル工房とアイテム工房の両方の機能を持った工房。設備は最上級で、特殊な機能もある。
「ポイント」を元にして全てのものを創ることが出来るが、本当に全てのものを創れるようにしようとすると、色々と厳しい条件をクリアする必要がある。
スキル工房
その名の通り、スキルを創ったり、新たに習得したり、進化させたり出来る工房。
アイテム工房
アイテムを創ったり、強化したり出来る工房。
---
概要を読んでいて気になったことがあると思う。
下記を参照。
---
ポイントについて
この空間では、経験値が貰えない代わりに「ポイント」が貯まる。様々な施設で利用可能。
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取り敢えず、スキル工房で「魔剣創生」を習得し、夜影剣を出してみてその性能を確かめた。
劣化などはなかったため、このスキルを弄っていく。
まず、固有能力化。
出せる魔剣が夜影剣のみになったが、他の魔剣は使っていなかったため問題ない。
その後、性能の向上や能力の付与などをして強化していった。
現在の夜影剣がこちら。
---
固有能力:|夜影剣《マガビナス》
付与:形状変化(レベル10)
[持ち主の望む通りに形状を変えられる(レベルに依存)]
攻撃力上昇(レベル23)
魔素吸収(レベル49)
(蓄積値5002573)
[周囲の魔素を吸収して全ステータスを上げる(レベルに依存)溜めた魔素を利用することも可能]
---
六百五十年の努力でここまで成長させることが出来た。
そろそろポイントもなくなるし、新しく手に入れた固有能力の性能も確かめたいので、プグノスに行こうと思う。
1章 12話 魔法
諸事情で遅れました。すみません。
七百三十年目――
プグノスで、|夜影剣《マガビナス》を使った新たな戦い方を模索して、三十年が経った。
新たな戦い方には至っていないが、僕の戦闘スタイルの問題点が見えてきた。
それは、対多数の戦闘が、どうしても苦手だということ。
これは、剣というものの特性上仕方ないことだと思う。
だが、苦手を放置していいかと言うと、そうではない。
だから、魔法を戦闘に組み込むことにした。
――魔法。
それは、才ある限られた者にしか使えない例外を除いて対多数の時の最強の力。
剣が速度に勝るなら、魔法は殲滅力に勝る。
剣は対少数、対個人の時に強いが、魔法は対多数の時の殲滅力。
接近戦に持ち込まれたら、魔法を発動するのに詠唱を必要とするため弱いが、遠距離からの攻撃では無敵の強さを発揮する。
それが魔法。
簡単に言うと、接近戦に強い剣と遠距離戦、殲滅戦の時に強い魔法の両方を高いレベルで使いこなせたら強い、ということだ。
現状、僕には大量の魔素と高い魔力はあっても、それを使いこなす技術、魔法への理解が足りない。
そもそも、魔法なんてほとんど使えないのだ。
まずは、全属性の最下級魔法が使えること。
セリナさんに練習方法などを教えてもらったから、すぐ出来るだろう。
これを目標とし、頑張っていこうと思う。
八百三十年目――
目標を立てたのは良いものの、全然達成出来ない。
達成出来ない目標を立てるのは良くないと思い、達成が容易なものにしたつもりだったのだが……
基本属性(火水風土)、複合属性(氷雷)、上級属性(光闇)、特殊属性(聖、神秘)の聖は出来た。
だが、上位属性(時、空間、生命)と特殊属性の神秘の最下級魔法の発動が出来なかった。
これは、知識不足と練習不足、そのどちらもあると思う。
いつもは習うより慣れろでやって来たのだが、今回はそれを曲げないといけないのかもしれない。
こんなことをごちゃごちゃ考えている間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。
今は無限に等しい時間も、やっぱり無駄に使うともったいなく感じる。
僕は、焦る気持ちをなだめながらビブリオに向かった。
ビブリオとは、一体……⁉
明日の夜になるまで分かりません。
次回もお楽しみに。
1章 13話 ビブリオ
ビブリオ。
かなり昔からその存在を知っていたものの、習うより慣れろの僕とは無縁だった場所だったため、一度も利用していなかった施設だ。
ビブリオは、世界中の情報が集まる図書館。
その蔵書数は無限らしいが…… 本当なのかは分からない。
ビブリオの扉を開け、中に入った。
たくさんの本、それを収めている本棚がある大きな図書館を想像していたのだが……
予想に反して、中にあったのは一つの小さな機械、閲覧用であろう机と椅子だった。
機械の見た目はタブレットによく似ている。
電源マークが描かれているボタンを押すと、機械が起動した。
これ…… まんまタブレットじゃないか!
《ビブリオへようこそ。どのような情報をお求めですか?》
そんな声がタブレットから聞こえた。
「上位属性と神秘属性の最下級魔法の習得方法を教えてくれ」
《かしこまりました。少々お待ち下さい……》
言われた通り、少々――数秒後、タブレット画面に文章が表示された。
それを読んでいく。
「……なるほど。全部上級属性までとは練習方法がそれぞれ異なるのか。神秘属性にいたっては単体で使うのではなく、他の属性と組み合わせて使う属性だったとは…… だから、他の属性と違って最下級魔法の名前すら分からなかったんだな」
ビブリオで得た情報を元に、新しく練習計画を立てる。
修正が容易になるよう、あまり決めすぎないようにして……
うん、これで良いだろう。
さぁて、今からやるぞ。
《ご利用ありがとうございました》
---
各属性の練習方法
聖、上級以下:属性の象徴となるものを身近に置いて触れ合う。
時、空間:常にその存在を感じるようにする。
生命:生命と命のふれあいをする。
神秘:神秘的な力を感じる。
---
この練習方法でやると、各属性の最下級魔法を会得することが出来た。
それから 時にはアレンにヒントを貰ったりしながら、練習をして、全属性の上級魔法まで使えるようになった。
そこまでの話は是非とも語りたいのだが、時間がないし、長いからまた別の機会にする。
今は、鍛錬を始めてから千三百四十八年後。
ビブリオに行ってから五百十八年が経ったことになる。
ちょうど、今からアレンが僕のチェックにやって来る。
その時に、僕の全力を試したい。
ダイジェストにするって言ったのに長々と書いてしまっていますね……。
あと一、二話で終わるのであと少々、お付き合い下さい。
1章 14話 合格
昨日は投稿できず、すみませんでした。
いつもの倍の文字数になっています。
僕の前にアレンが、アレンの前に僕がいる。
「さて…… 今年も毎年と同様、お前の力を測る。かかってこい」
アレンがそう言った。
僕達は、初めて戦った時と同じように、しばらく睨み合いを続ける。
だが、その時間も永遠ではなく。
「|夜影剣《マガビナス》」
僕はマガビナスを顕現させた。
僕とアレンは間合いを詰めようと同時に動く。
同時に手に持っている物を振って、
先に相手に届いたのはアレンだった。
僕の体に浅い傷が刻まれる。
だが、それごときでは止まらない。
無詠唱で|治癒《ヒール》を使用し、傷を癒やす。
その間も動きは止めず、アレンに一撃入れようとマガビナスを振り続ける。
アレンもそれを防ぐ形で刀を振り続ける。
最初は僕が押していたが、アレンが押し返してきた。
激しい剣戟の応酬。
一瞬たりとも気を抜けない。
形勢を変えようと、無詠唱でファイアボールを放つ。
当然、アレンには一ミリも効果がなかったが、一瞬だけ視界を遮ることに成功した。
その隙に跳んで離れる。
ここからは魔法戦だ。
火属性の上級魔法を使う。
「イグニス」
炎がアレンを襲う。
だが、アレンは全く意に介さず、
「アクア」
と、同じように水属性の上級魔法で掻き消してしまった。
それだけでは止まらず、
「アウラ」
風の上級魔法を使ってきた。
「ソウロ」
土の上級魔法で対応する。
が、僕に出来るのもここまで。
一度に魔法を連発し過ぎた。
ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。
視界が霞んできた。
アレンがゆっくりと僕に近付く。
今年も無理だった……
そのまま目を閉じて、意識を失…… おうとして、全然意識が飛ばないことに驚く。
目を開けると、アレンがいた。
どうやら、僕のことを治癒してくれたらしい。
でも、何故……?
「お前、いつまでも一人称が僕のままだな。そんなだからいつまで経っても我に勝てないのではないか?お前がずっと、来年もチャンスがあると思っているから。まあ、ぎりぎり合格ラインに達してはいるから、修行は終わりだが……」
そこで一度、アレンは言葉を切って、
「本気で防御を固めろ。我の最強、その一端を見せてやる」
アレンは、魔力を練り上げながら言った。
「そもそも、お前が使っているのは魔法ではなく魔術だ。魔法は世界の理に逆らったり、一部を書き換えたり出来る絶大な力を持つが、習得難易度が高く、消費魔力量も多い。
そのくせ、その性能はピンキリだ。一方、魔術は世界の理に従って発動されるが、効果は魔法より弱い。それに比例するように消費魔力量も少ないが、その効果は魔法の完全下位互換といえる効果ばかりだ」
アレンの話を必死に理解する。
僕がそうしている間に、アレンは魔力を練り上げ終わったようだ。
「魔法の頂点、結界魔法。魔法行使者から決められた半径の空間に結界を張り、その中の空間を好きに弄ることが出来る。これには本来長ったらしい詠唱が必要だが、我はそれを破棄出来る」
結界魔法……
今の僕では到底届きそうにない高みだな。
「さあ…… 準備は出来たか?」
アレンのその言葉に、ようやく今の僕のピンチ度を思い出す。
これは、やばい!
全属性の魔力を練り上げて、融合させ、壁を創る。
「結界魔法――百花繚乱」
アレンを中心に、僕が範囲内に入るくらいの大きさの小さなドーム型の結界が張られ、その中に色とりどりの花が咲き乱れる。
アレンは赤い花を摘み取って言った。
「ファイア」
その言葉と同時に、僕の周りを炎が包み込んだ。
「アクア」
水魔術で消火しようと試みるが、発動しない。
「ウォーター」
アレンが青い花を摘み取って言った。
僕の周りに水が現れ、炎が消える。
「今回はこれだけで良いだろう。最後に、我の取っておきを見せてやる」
そう言って、アレンは花を全色一本ずつ摘み取る。
そして、言った。
「ファイア、ウォーター、ウィンド、ロック、アイス、サンダー、ライト、ダーク、セント、タイム、スペース、ライフ、ワンダー。
オール・アトラビウス――千本桜」
風景が、変わった。
僕の周りには千本の桜があって、時折その花を風に運ばせている。
――綺麗だ。
僕が桜に見惚れていると、アレンが指をパチンと鳴らした。
美しい桜は消え、代わりに、
「がはっ……」
僕に多大なダメージを残した。
「|治癒《ヒール》」
アレンが僕のダメージを癒やしてくれた。
「先程言った通り、ぎりぎりだが合格だ。これにて、訓練を終了する」
アレンがそう言った後、僕の目の前に元の世界と繋がっているゲートのようなものが現れた。
「そして、お前にはこの空間を自由に利用することが出来る権利を与える。だが、この空間の劣化バージョンだ。ポイントもないし、空間から出た時は現実でも時間が進んでいる」
僕がアレンの次の言葉を待っていると、アレンが言った。
「どうした?話はこれで終わりだ。さっさと帰れ」
アレンの言葉に急かされるように、僕はゲートに向かった。
そして、元の世界へ帰還する――
長かった(作者目線では長かった)トーマの訓練(鍛錬)もようやく終わりました。次回からは物語が進んでいきます。
お楽しみに。
9/29 設定変更
パクリ感があったので設定を変更しました。
1章 15話 龍の討伐依頼
元の世界は、当然だが異空間に入った時と何も変わっていなかった。
出た瞬間、元の時間に転移したからだ。
「これから、依頼でも受けるかな」
ギルドの依頼の中に防具で必要な素材を集められるものがあったらラッキーだな。
そう思いながらギルドに移動した。
ギルドに行って依頼を見てみると、龍の討伐依頼があった。
場所は、霊獣の森。
ちょうど良い。
依頼を受けようとしたが、その前に推奨ランクを確認する。
推奨ランクは――
Aだった。
これでは、依頼を受けるのがかなり難しくなる。
推奨ランクは、「このランクだったら死ぬことはなく依頼を達成出来る」というものだから、それより下のランクで依頼を受けようとすると、当然、その差を覆す何かが必要になってくる。
僕はこの街に来たばかりで、そんなものはない。
しばらく、考える。
ランクA冒険者から太鼓判をもらえたら大丈夫かな?
受付に行って依頼を受けることを伝える。
「トーマ様、あなたのランクはB-です。この依頼を受けられますか?」
予想通り、ランクについて言われた。
僕は、通信用魔石――通称 通信石に魔素を注ぎ込む。
頼む、セリナさん、出てくれ……
すると、透明なウインドウが現れ、そこにセリナさんの姿が映った。
「久しぶり、トーマくん。中々連絡してくれなくて心配してたよ。元気だった?」
「はい、元気でした。久しぶりに会ったばかりで申し訳ないのですが、とある依頼を受けたいので、推薦してくれませんか?」
「うーん、依頼次第だね」
「龍の討伐依頼です」
「討伐かぁ…… なら、大丈夫だね」
一体この人の考え方はどうなっているんだろうと思いながら、セリナさんの次の言葉を待つ。
「ランクA冒険者セリナは、トーマを龍の討伐依頼に推薦します」
セリナさんは、自身の冒険者カードを見せながら言った。
「正気ですか?彼はまだ子供ですよ」
受付の人が異を唱えるが、セリナさんはそれに対して、
「ランクA冒険者の私が決めたことよ」
と、強気な態度のまま。
しまいには、受付の人が折れてしまった。
「はぁ…… 分かりました。しかし、死んでも自己責任ですよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
ようやく龍の討伐依頼を受けることが出来た。
「セリナさん、ありがとうございました」
セリナさんにもお礼を言っておく。
「どういたしまして」
ここで通信を切った。
ギルドを出て、オースティンに向かう。
前回と同じように、乗合馬車に乗ってオースティンに行き、そこから霊獣の森に行くのだ。
龍との戦い……
楽しみだな。
8/12
最後の方で変なことになっていたので修正しました。
1章 16話 メリアル
乗合馬車に乗る。
乗合馬車の中は、幸いあまり混んでいなかった。
土日の昼間のバスの中と言えば想像しやすいだろうか?
普通に席に座ることが出来た。
馬車が出発するまでボーッとしようとする。
だが、それは出来なかった。
「隣、良い?」
僕に可愛らしい声で話しかけて来た少女が居た。
「どうぞ」
その少女は、長い銀髪を後ろでまとめて、余った髪を耳にかけていた。
「私はメリアル・トリィ。ちょっとわけがあって霊獣の森に用があるの。あなたは?」
好奇心と落ち着きを内包する金の瞳が僕を見つめる。
一瞬、どこかアレンに似ていると思ってしまった。
こんな可愛い子がアレンに似ているわけないのに。
急に自己紹介されて少し面食らったが、すぐ気を取り直して僕も自己紹介をした。
「僕はトーマです。一応ランクB-冒険者で、霊獣の森に用があってオースティンに向かっています」
「目的地が同じなのね。一緒に行動しない?」
「そうですね…… そうしましょう」
メリアルには名字があるから、恐らく貴族だ。
何故ここに居るのか分からないが……
ここで貴族に恩を売っておくと、後々有利になるだろう。
だが、それで守り切れず死んでしまうようなことがあったら意味が無い。
利益とリスク。それらを天秤にかけ、利益をとった。
それから、僕らは雑談をして、互いの情報交換をする。
だが、お互いに本当に重要な情報は隠したまま。
仕方が無いだろう。
僕には誰にも話せないことがあるし、メリアルには護衛を付けずに霊獣の森に行くような余程の事情がある。
「あ、そうだ。私のことはメアと呼んで、敬語は使わないで。お願い」
馬車を降りる時に、メアに「お願い」された。
何故かは分からないが、承諾する。
僕に不利益は無いからね。
敬語を直すのは難しそうだが。
道中は僕が護衛しながら、二人で霊獣の森の入口までやって来た。
これから頑張って話を進めます。
応援してもらえると、作者はすごく頑張ります。
1章 17話 理由
昨日は急な予定が入ってしまい、投稿出来ませんでした。すみません。
二人で霊獣の森を進みながら話す。
「ねぇ……」
「何?」
「なぜ、トーマは冒険者になったの?」
急に、答えるのが難しい質問が来た。
「うーん……」
しばらく考える。
「そうだな…… お金を稼ぐのに一番手っ取り早い方法だったからかな」
「でも、騎士団に入った方が稼ぎが安定するし、かなり給料も高いでしょう?」
メアにそう言われた。
「強くなって、自由に生きたかったから」
「そう」
メアの言葉は素っ気なかった。
僕の答えが過去形だったことに気が付いたのだろうか?
今は、騎士団なんて不自由な職ではなく、冒険者という自由な職に就いてメアを守りたい。
それだけだ。
「じゃあ、僕も質問するね。メアは何の為に霊獣の森に来たの?」
「……」
メアは答えたくなさそうだった。
こういう相手から無理に聞き出すようなことはしようと思わない。
だから、「言いたくないなら別に良いよ」と言おうとして、やめた。
メアが口を開いたからだ。
「本当は、誰にも話したくなかったんだけど…… トーマになら話せるかな」
そう言って、メアは儚く微笑んだ。
「私は、ある人物に呪いをかけられたの。だけど、エリクサーで解けることが分かって、エリクシルを手に入れて作ろうと思ってここに来たの」
「え……? エリクサーくらい買えば良いんじゃないの……?」
冒険者になったばかりで、物の価値がよく分かっていない僕はそう言った。
「何言っているの? エリクサーは市場にあまり流通していないのよ」
「そうだったんだ」
「ここまでの戦闘を見る限り、あなたは相当強いようね。私のエリクシル採集の護衛をする気はない?」
「言われなくても、元々その気だよ。ただ、龍の討伐依頼を受けたからそれに付き合ってもらわなきゃいけないけど。一度ここを出て送り届けて……って面倒だから」
「分かったわ」
戦闘に守るとはいえ連れて行くのだ。
一応武器を扱えるかどうかは聞いておいた方が良いだろう。
「メアは何か扱える武器がある?」
貴族のお嬢様だから、この質問への回答は「否」だと思っていた。
だから、回答を聞いた時にはとても驚いたんだ。
「弓と魔銃を扱える。弓は嗜み程度だからメインは魔銃になるけれど」
「それは今出せるか?」
「ええ。スキルだから、いつでも出せるわ」
「ん、そうか」
僕は、それが事実かどうかは確認しなかった。
ここで嘘をつくメリットが無いし、ついたとしても後ですぐにバレる。
メアがそんな愚かでないことを祈るばかりだ。
「じゃあ、取り敢えずエリクシルの群生地に向かうか」
「え? 群生地なんてあるの?」
「ああ」
龍の討伐に関しては いつ見つかるのか分からないため、エリクシルの採取を優先した。
「付いてきて」
メアをエリクシルの群生地に案内する。
無事、辿り着くことが出来た。
メアがエリクシルの採取をする。
何故か、今回は妖精が現れなかった。
それを訝しむが、特に何かをするわけでもなく、また霊獣の森の探索に戻る。
エリクシルの群生地から出ようとしたところで、「それ」は現れた。
1章 18話 邪龍
強大な気配を感じた。
振り返ってはいけないと思ってはいるが、どうしても振り向いてしまう。
振り向いた先に居たのは――
龍だった。
龍が耳をつんざくような大声で吠える。
……鼓膜が破れた。
ちゃんと発音出来ていることを願いながら、メアに叫ぶ。
「逃げろ!」
それが聞こえたのか、メアはここから離れ始めた。
『お前一人で、我に勝てると思っているのか?』
龍が話しかけてきた。
でも、不思議だな。
鼓膜は破れているはずなのに。
『不思議か? 我は|思念通話《テレパシー》を使えるからな。今はそれで会話している』
そうか。
ただの龍が|思念通話《テレパシー》を使えるなんてな。
お前、特殊個体か?
『特殊個体? ふはは、何を言っている。我は邪龍だ』
邪龍……だと……!?
数百年に一度現れるかどうかの大厄災。
何百万人もの人命が失われる。
そんな邪龍が、僕の目の前に居た。
『さあ、三分待ってやる。せいぜい強力な攻撃の準備でもしてろ』
(|夜影剣《マガビナス》)
僕が右手に握るのは、魔剣。
(お願いだから、力を貸してくれ)
形状変化が上手く作用してくれたら、もしかしたらこの状況を打破する武器になるかもしれない。
すると、僕の願いに応えるように、|夜影剣《マガビナス》の形が変化した。
大剣。
僕の背丈以上の大きさの大剣に変化した。
名付けるとしたら、ドラゴンスレイヤーかな?
僕は、ドラゴンスレイヤーを大きく振りかぶる。
ドラゴンスレイヤーに魔素を注ぎ、魔術で斬撃を飛ばして斬ろうと、魔素を注ぎ始めた。
多分、今の僕に扱えるほぼ全ての魔素を注ぎ終わった。
でも、足りない。
魔素吸収で吸収した魔素を総動員して更に斬撃を強化する。
ドラゴンスレイヤーが、光り輝いた。
(|魔斬《スラッシュ》!!)
ドラゴンスレイヤーを振り下ろす。
1章 19話 拮抗
今回はかなりポエミーです。自分でもびっくりしています。
そして、すごく短いです。
『|龍の息吹《ドラゴンブレス》』
邪龍も|龍の息吹《ドラゴンブレス》で応戦してきた。
まぁ、当然か。
あのまま黙ってやられてくれるわけでもないだろうし。
白く光り輝く斬撃と、白い光を束ねたブレス。
その二つがぶつかって、
ちょうど互いの中間地点で拮抗する。
そんな時間も永遠ではなく、
やがて、斬撃がブレスを押し始めた。
それでも尚、抵抗を続ける邪龍。
ブレスに注ぐ魔素の量を、先程までの二倍にした。
途端に押され始める斬撃。
このままじゃ……
負ける。
だから、
もっと、
もっと、
もっと、
魔素を注ぐ!
夜影剣を維持する魔素も魔力も全部、
|魔斬《スラッシュ》に注ぎ込む。
斬撃が、再びブレスを押し始めた。
徐々に、徐々に、
斬撃が邪龍の体に近付いていく。
そして、
斬撃が邪龍に触れた。
その時点で、僕は、思考に靄がかかったようになり、目の前が暗くなっていく。
魔力欠乏症だな……
気を失う前に一瞬だけ見えたのは、
攻撃をものともしない邪龍。
ピンピンしていた。
流石に、見間違いだろうな……
見間違いであってほしい。
そう願いながら、
僕は気を失った――
1章 20話 終わり
気を失って地面に倒れ込んだトーマを邪龍はじっと見つめる。
そんな時間が、一秒、二秒、三秒、……と続いていく。
気を失ったはずのトーマが、むくりと起き上がった。
「まあまあ、だな」
そう言って、邪龍を見据えた。
威圧感など欠片もないのに、何故か動けなくなる邪龍。
「すぐに終わらせるから待ってろ」
そう言ってゆっくりと邪龍に近付き、
その体にトン、と触れる。
邪龍は動かない。
圧倒されて、動けないのだ。
何もダメージは負っていない。
何もされていない。
なのに、邪龍は根源的な恐怖を感じていた。
触れたところから魔力を流し込む。
邪龍の中を魔力で乱して内側から壊すつもりだった。
だが、途中で邪龍が、
『ア、アウグスト様?』
と聞いてきたため出来なかった。
恐らく流し込んだ魔力から推測したのだろう。
「そうだが…… そう言うお前は誰だ?」
『ルーオミネンです! あの龍の里の!』
「ルーオミネン…… ああ、あの時の。何故邪龍になったのか聞きたいことは色々あるが、あいにく今は時間が無い。取り敢えず、邪気を祓うぞ」
『お願いします』
邪気とは反対の聖なる力をルーオミネンの中に浸透させ、邪気を圧倒していく。
やがて、ルーオミネンの邪気は消え去り、邪龍から普通の龍になった。
『ありがとうございます!』
「おう。それとな、俺に敬語は不要だから」
『いえいえ、そんなことは出来ません』
「誰だ? 敬語を強要しているのは。見つけ出してやめさせねば……」
『いえ! 我らが自主的に敬語を使っているだけです!』
「そうか…… お願いだからそれはやめてくれ」
『はい、分かりま…… 違う、分かった。これでいいか?』
「ああ」
『それで、アウグスト様は何故ここに居る?』
「はぁ…… ルーオミネン。敬語とタメ口が混ざって妙なことになっているぞ」
『あ、そうか? 今すぐ直す。これで良いか?』
「ああ、完璧だ。もう時間が無いから、詳しい話はまた今度だな」
『分かった』
「じゃあな」
そう言って、また気を失った。
---
先程のやり取りの一部始終を見ていた者がいた。
「へぇ…… |この世界《ここ》にも、強い奴はいるみたいだね。この|世界《ゲーム》は楽しめそうだ」
足元まである長いローブを着て、フードを被った トーマくらいの年の頃の少年は、そう呟いた。
フラグを立てまくってややこしいことになっていますが、今はトーマの周りに何かをしようとしている怪しい人物やグループが二つあるなぁ、という認識で大丈夫です。
1章 最終話 報告
なぜか物語のプロローグとエピローグって長くなりがちですよね。作者はその現象がかなり重症なので、1章のエピローグを書き上げるのに3日かかりました。投稿が止まっていたのもそれです。すみませんでした。
次の章に入るために準備期間がほしいのと、イベントを開催するので しばらく投稿を休みます。
「ん……」
僕が目を覚ますと、かなりカオスな状況になっていた。
目の前には、恐らく邪龍が元に戻ったのだと思われる龍がいた。
龍は僕を攻撃せずずっとこちらを見ている。
『起きたか』
……ん?
龍がやけに友好的だな。
「ああ。ところで何故そこまで友好的なんだ?」
『昨日の敵は今日の友というだろう?』
「まあ、そうだが……」
『細かいことは気にしないようにしようぜ。その方が……』
「その方が長生き出来る」
『そういうことだ』
「はぁ……」
どうやら僕に詳しい事情は教えてくれないようだ。
「僕はここに龍の討伐で来た。だが、この様子だと討伐するのは不可能だ。討伐しなくても良いという証明があれば依頼は取り下げられるはずだ。何か証明になり得るものはあるか?」
『トーマが我を使役すれば良かろう。使役するなら魔力消費を気にせずほぼ出しっぱなしにしておけるし、主の命令には従わなければいけないからな』
「なるほど。それで、どうすれば良いんだ?」
『その代わり、我の願いを聞いてくれるか?』
「内容によるけど…… まあ、僕に出来そうなことだったら」
『分かった。それじゃあ、今から我が言うことを復唱してくれ。
我が名はトーマ。
其方の名はルーオミネン。
我の使役獣となり、
我の力となれ。
言ったら、我が用意する魔法陣に魔力を注げ。魔力の心配はするな。回復させてある』
「分かった。
我が名はトーマ。
其方の名はルーオミネン。
我が使役獣となり、
我の力となれ」
言った後、魔法陣に魔力を注ぐ。
何かと僕が繋がる感覚がした。
『これで終わりだ』
「ふむふむ。で、僕はどうすれば良いんだ?」
僕は、戦闘の面では「最強」のスキルを手に入れたが、頭が良くなったというわけではない。
元々頭が良い部類ではなく(それどころか悪い方だった)、問題の対処が苦手だ。
『これから冒険者ギルドに向かい、我が危険な存在でないことを証明してもらう』
「分かった。あと、ルーオミネンがその姿で街に来るとみんなを怖がらせる。どうにかならないか?」
『分かった。人化する』
人化?
名前から察するに、人の姿になることだと思うが……
服などはどうなるのだろうか。
そんなことを考えているうちに、ルーオミネンが煙に包まれどんどん小さくなっていく。
それは人の形を成した。
服は――
着ていた。
良かった。
流石に服を着ていないなんてことは無いと思っていたが、一応心配していたのだ。
龍の姿のルーオミネンは、炎でも吐きそうな赤いドラゴンのような見た目をしていた。
そんなルーオミネンの人間の姿は――
血を思わせる真紅の髪に、それと同じ瞳。筋肉がついていて、いかにもパワーファイターのような体付き。僕の倍ほどもある身長。
結局、龍の姿でも人の姿でも、ルーオミネンは赤をテーマとしたカラーリングだった。
「で、ルーオミネンの願いは何?」
「我が兄を…… 救ってくれ」
「今から我が転移魔法を使うから、トーマは我に捕まってくれ」
「分かった」
言われた通り、ルーオミネンに掴まる。
「では、いくぞ」
次の瞬間、僕の視界は真っ白な光に包まれ、強い浮遊感を覚えた――
「ついたぞ」
ルーオミネンに言われて、反射的に閉じていた目を恐る恐る開く。
言われた通り、そこはルディの冒険者ギルドだった。
みんな、突然現れた僕とルーオミネンを訝しげなまなざしで見ている。
そんな中、僕は受付に向かって、
「ギルドマスターはいますか?」
と聞いた。
僕のその行動に対し、周りの人達は僕達に「うわぁ……何故この状況であんな行動が出来るんだ……?」という目を向けてくる。
僕だって、急ぎの用が無かったらこんなことはしていなかった。
どんな状況でも受付の人は動じず、
「ええ、いらっしゃいます。ギルドマスターにどのようなご用件で?」
と冷静に聞いてくる。
ギルドマスターは多忙なため、大した用件でもないのに呼び出す輩に貴重な時間を取られるわけにはいかないのだろう。
「今回の龍討伐の依頼についてです。報告があるため、出来れば一週間以内に直接話したいのですが」
受付の人はどこかと連絡を取り、言った。
「はぁ……分かりました。今ちょうど空いているので、今からお会いなさるそうです。くれぐれも、失礼がないように」
「はい」
僕は、ルーオミネンと共にギルドマスターの執務室に向かった。
「お前さんがトーマか? 噂は聞いているぞ」
入った瞬間、ギルドマスターは僕にそう言った。
「はい」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はシセロ・コーウィン。一応、ここのギルドのギルドマスターで、領主の弟だ。領主の弟と言っても、とっくの昔に家は出ているから名字も違うし、特に気にすることはない」
「一応」という枕詞がついていることが気になるが、今聞くべきはそこではない。
というか、ここには質問に来たのではなく報告に来たのだ。
「先日の龍討伐の依頼について報告があります」
「ちょっと待て」
ギルドマスターが僕に「待った」をかける。
「どうしましたか?」
「その敬語、やめてくれ。俺はそういうの、好みじゃないんだ」
「分かった」
ちょうど僕も、敬語を使うのは時間がかかるし、回りくどくなると思っていたところだ。
「単刀直入に言わせてもらうと、龍討伐は失敗した。いや、失敗という表現は適切ではないな。龍を討伐する必要がなくなった」
「それはどういうことだ?」
「ギルドマスター」
「シセロで良い」
「そうか。シセロ、広い場所はあるか?」
「モンスターの解体場を使おう。ついてきてくれ」
ちなみに、ここまでのやり取りの間、ルーオミネンは完全に空気となっていた。
先導するシセロについていく。
ギルドの中の移動のため、ギルドの中を進んでいくことになる。
周りの人達は僕がギルドマスターに連れられてどこかに行くのを見て、何があったのだろうとほとんど全員がこちらの様子をうかがっていた。
「ここだ」
たくさんの人の視線を浴びながら辿り着いたのは、コンクリートのようなもので出来ただだっ広い建物だった。
何もない空間に、コツ、コツ、……と僕らが歩く音だけが響く。
建物の中央に来たとき、シセロが僕らに言った。
「それで? ここに来てまでする報告は? 言っておくが、俺は多忙だ。暇ではない」
シセロから遠回しに「さっさとしろ」と急かされた僕は、さっさと報告を終わらせようとルーオミネンに指示を出す。
「ルーオミネン、元の姿に戻れ」
「分かった」
そういうと、ルーオミネンは煙に包まれ、人化したときとは反対に、見る見るうちに大きくなっていく。
論より証拠。
いくら話しても、その証拠となるものがなければ信ぴょう性がない。
だから、シセロに疑いようのない証拠を見せた。
「この龍が、今回の討伐目標だ」
「ああ、確かに……依頼書に記載された特徴と酷似している」
「この龍は、僕の使役獣になったから僕の命令は何でも聞く。今から、僕が命令した人以外は襲わないようにするという命令をする」
「分かった。それさえしてくれれば今回の依頼は失敗という形にはなってしまうが、報酬は出そう」
「良いのか? てっきり、僕が龍に命令して人々を危険にさらすことがないよう、魔術を使って契約でもするかと思っていたのだが」
「トーマなら、そんなことはしないさ。俺の信頼を裏切って、そんなことをしたりはしないだろう?」
「まあ、シセロの信頼云々はおいておいて、僕はそんなことはしないけど」
シセロが自分にかなりの自信を持っている……いや、持ちすぎていることには多少の危機感を覚えたが、僕の与り知ることではない。
「じゃあ、今からルーオミネンに命令をする」
「ルーオミネン? ああ、あの龍のことか。もう名前を付けたんだな」
名前を付けたわけではないのだが、もう疲れたから訂正はせず、話を進めていく。
「ルーオミネン。これから、僕が許可したとき以外は、人やその所有物に危害を加えてはいけない。自衛はしていい。これは命令だ。分かったか?」
『分かった』
「『分かった』と言っている。これで良いか?」
「ああ、十分だ。それで、報酬の件だが……」
「報酬は別に良い。今回、ルーオミネンという大事なパートナーを得ることが出来たからな」
「そうか。分かった。長々とありがとうな」
「それを言うのはこっちだろう」
「まあ、どっちでもいい。じゃあな。俺は仕事に戻る」
「ああ。|またな《・・・》」
何故か、また会う気がした。
ギルドを出ると、人の姿になったルーオミネンが話しかけてきた。
「報酬を貰わなくて良かったのか?」
「うん。僕は何もしていないから」
「そうか」
こうして、僕は新たな仲間を手に入れた。
これにて、1章は終了です!
いやぁ、長かったですね。
文字数にすると22000字。投稿した日数にすると、3週間。
かなり長いですが、
まだまだこの物語は続きます。
これからも応援よろしくお願いします。
m(_ _)m
賢人タレスをたずねて 召喚状
久し振りの投稿。
この地を治めるルディ家から僕に召喚状が届いた。
貴族からの|召喚状《強制出頭命令》は、僕がどうあがいても断れない。
日時は、三日後の十五時。
|この世界《ここ》は日本と同じように時が進む。
違うのは、西暦だけ。
まあ、世界が違い、宗教も違うため、西暦というのは不適切なのだが。
西暦というのが一番分かりやすかった。
今は、王国歴千百八十三年だ。
急にこの地の領主一族に呼び出しを受けた。
一体、僕は何の用件で呼び出されたのだろうか?
全く心当たりがない。
困惑しながらも慌ただしく準備を進め、
そして迎えた三日後――
僕はギルドで借りた正装に身を包んでいる。
ルディ家の豪邸の門扉を叩く。
もちろんこれは比喩で、実際はドアノッカーを使ったのだが。
洗練された動きのメイドさん達が僕を館に招き入れる。
くつろぐ間もなく、メイド長が僕を呼びに来た。
「メアリー様がお待ちです」
メイド長についていき、メアリー様の執務室に行く。
メアリー……?
どこかで似た名前を聞いたことのある気がしなくもない。
どこで聞いたかは分からないが。
そんなことを考えている間に、メアリー様の執務室の前に着いたようだ。
「くれぐれも、失礼なことはしないように」
メイド長が「くれぐれも」の部分を強調して言った。
僕には、貴族相手に失礼なことをした記憶などないが……
どこかで気付かないうちにやってしまっていたのだろうか?
「よく来たわね。入って良いわよ」
聞き覚えのある声に促され、僕はメアリー様の執務室へ入っていった。
扉を開け、
「失礼します」
と言ってから入る。
「よく来たわね」
最初と同じ言葉を僕に言ったのは、この部屋の主であるメアリー様。
メアだった。
僕の目の前で、執務用の机に書類を並べ、執務用の椅子に優雅に腰掛け微笑んでいたのは、僕に「メリアル・トリィ」と名乗った人物だった。
つまり、この部屋の主はメア。
僕の頭の中で疑問が膨らんでいく。
何故、メアは僕に名前を偽ったのか?
何故、メアは僕をここに呼び出したのか?
そもそも、何故メアは僕に近付いたのか?
それと同時に、一つの謎も解けた。
メアが僕に愛称で呼ばせたのは、本当の名前も偽名も、愛称がメアになるから。
まあ、何故両方とも同じ愛称になるようにしたのかは疑問だが。
「さあ、ここに座って」
メアがソファを手で示しながら僕に言った。
お言葉に甘えて座らせてもらう。
「何故、僕を呼び出したんですか?」
「理由は二つあるわ。あなたを呼び出した理由は、話を最後まで進めれば分かると思うから、取り敢えず話を進めさせてもらうわね」
「はい、分かりました」
「敬語じゃなくていいわ。出会った時も、そう言ったでしょう?」
「うん、まあ……」
いや、貴族のお忍びの時の言葉と、貴族の立場で言う言葉とでは、重みが違うでしょうよ⁉
とは思ったものの、さすがに口に出すわけにもいかず、こうして曖昧な返しになった。
「まず、私を助けてくれたこと、礼を言うわ」
「僕はほとんど何もしていないよ」
「私を逃がしてくれたでしょう?」
「でも、それだけだ」
「あなたが『逃げろ』と言ってくれなければ、私はあの場から動くことすらできなかったもの」
僕の言葉を、メアが否定する。
「それに、あの龍を味方にしてくれたでしょう?」
メアには話していなかったはずだが……
ギルドから聞いたのだろうか?
「ううん、僕はそんなことしていないよ」
「え? だけど……」
メアは困惑している。
だが、僕は何故メアが困惑しているのか全く分からない。
「僕は全力で攻撃した後、そのまま気絶しちゃったんだ。でも、その攻撃は全く効いていなかった」
「だけど、龍は味方になってくれたじゃない」
「うん。僕が気絶している間に何かあったんだと思うよ」
その間の記憶は、もちろんない。
「……そう」
メアがそう答えるまで、少しだけ間があった。
恐らく、僕が言ったことを理解し、その状況を想像しようとしていたのだろう。
……多分、それは無理だと思うが。
言った本人である僕ですら、想像出来ないのだから。
「それで、もう一つの理由は?」
早く話を進めて貰いたい。
僕は、ルーオミネンにルーオミネンの兄を助けると約束したのだから。
「私と……」
メアは頬を少しだけ赤く染めながら言い切った。
「パーティを組んでほしいの!」
え?
僕は一瞬だけ呆然とし、この部屋に無言の気まずい時間が訪れることとなる。
「理由を聞いても良い?」
メアは女の子だ。
女の子を危険にさらすようなこと、出来るわけがない。
だから、理由次第で断ろうと思っていた。
「あなたにお礼がしたいの。私の呪いを解くのを手伝ってくれたし、私を逃がしてもくれたでしょう? 足手まといにはならないと約束するし、これでも領主の娘だからコネもあるわよ」
メアを連れて行くことのメリットとデメリット。
理由も、好意でやってくれているものだ。
これらのことから、総合的に判断して、
「良いよ。これからよろしくね」
メアがパーティに入ることを許可した。
「ええ。これからよろしく!」
メアも、嬉しそうだった。
「じゃあ、行きましょうか」
「お父さんに報告とかしなくて良いの?」
「ええ。もう話はしてあるわ」
よ、用意周到だな……
「そう。これからどうする?」
話がどんな方向に進むか分からなかったため、ここから先はノープランだ。
「これから、賢人タレスのところに行こうと思っているわ」
賢人タレス……
初めて聞く名前だ。
「ごめん。僕、田舎から出てきたばかりでこういう知識に疎いんだ」
「そう。まあ、仕方のないことよね。生まれ持った環境を変えることは、私たちには難しいことだもの」
メアのその言葉には、経験した者にしか宿らない重みがあった。
メアは貴族なのに、何故だろう?
「賢人タレスは元王国魔法師で、今は龍の森に住んでいるわ」
ほうほう。
龍の森とは一体何だろう?
名前からして、龍に関係がありそうだが……
そんな僕の考えを読んだのか、メアは龍の森について説明してくれた。
「龍の森は、龍の縄張りになっているところよ。龍は縄張り意識が強いから、縄張りに入った者全員を威嚇し、追い出してしまうの」
「ふむふむ。何でそんな危険なところにいるの?」
「それは私も分からないわ。本人に会って聞くしかないわね。それで、結局どうするの? 行くの?」
「もちろん、行くよ」
当然、何らかの知識を持っていそうな人がいたら会いに行くだろう。
「分かったわ」
そこで、今まで空気になっていたルーオミネンが急に口を開いた。
「その賢人タレスとやらに会った後、我の兄のところへ行ってはくれぬか?」
急に、そんな提案をされた。
「何故?」
その理由を問う。
「龍の森の主は我の兄だからだ」
どうせすぐ近くまで行くんだから、様子くらい見に行っても良かろう、というルーオミネン。
まあそうか、と僕たちも納得する。
「じゃあ、賢人タレスのところへ行きましょうか」
メアがそう言い、僕たちはそれぞれ、
「うん」
「ああ」
と言い、ルディ家の豪邸を出た。
この章は長い閑話みたいなものなのでナンバリング(1章とか2章とか)はしていません。
賢人タレスをたずねて 龍の森
外へ出た僕たちが向かったのは、言うまでもなく龍の森である。
龍の森に行く前に必要な物資を買い揃えたりしなくて良いのか、と聞いたが、メアは「もう準備は済ませてあるわよ」と言ったのだ。
その時見せてくれたものも、十分森の探索をするのに足りうるものだと確認している。
だから、今の僕たちは本気で戦ってもその後の心配をしなくても良い状況になっている。
だが、それなのに――
「メアは一旦退いて!」
「分かったわ!」
たかがモンスター一匹に苦戦していた。
理由は分かっている。
僕たちは、連携が出来ていないのだ。
おまけに、敵はそれなりに強い。
僕たちの攻撃の穴をついてくるので、なかなか倒せないのだ。
「今回は僕が倒すよ!」
(|夜影剣《マガビナス》)
無詠唱で固有能力を発動させ、特に魔術や魔法を乗せることなくモンスターに振るう。
先程までの苦戦が嘘だったかのように、刃はスッとモンスターの首に通り、僅か数秒で僕たちは勝利を収めたのだった。
「お疲れ」
とルーオミネンから声がかかった。
「ありがと」
メアが僕にお礼を言ってくれた。
「僕たちは連携が取れていない。だから、この龍の森で連携の練習をしながら賢人タレスを探そうと思う」
「そうね」
「確かにな」
「それは儂のことかの?」
突然あたりに響いてきた声。
慌ててあたりを見回すと、そこには髭を生やした白髪の老人がいた。
話の流れ的に、この老人が賢人タレスだろう。
だが、勘違いがあってはいけないので一応確認しておく。
「あなたが賢人タレスですか?」
「いかにも。儂がタレスじゃ。儂の小屋でゆっくり話でもしようか。こっちじゃ」
待て待て待て。
話の展開が急すぎて理解が追い付かない。
つまり、賢人タレスの小屋に行き、その話をじっくり聞けるということだろうか。
それは、考えるまでもなく賛成だ。
先導する賢人タレスに付いていき、龍の森の奥深くへと入っていく。
龍の森は、奥深くへと入っていく程に美しく、危険になっていく。
そして、ほぼ最深部といえるところに辿り着いた時、賢人タレスは止まった。
「ここじゃ」
そこにあったのは、小屋だった。
いや、まぁ、本人が小屋と言っているのだからそこにあるのは小屋なのが当然なのだろうが……
「賢人タレスの」小屋だから、もっと特別なのかと思っていた。
それが、何の変哲もない小屋で少し拍子抜けしている。
「ほぉっほぉっほぉっ。驚いたかの?」
賢人タレスは愉しげに笑った。
「ええ、まあ……」
僕達の反応はあまり芳しくない。
だから賢人タレスも冷めたのだろう、僕達を小屋に案内してくれた。
「む、さあ、中に入ろう」
賢人タレスの小屋の中に入る。
全員が小屋に入ると、賢人タレスは小屋の扉を閉めた。
そして、僕達全員をその目で見回す。
「ふむ……一応全員の『ステータス』は視てみたが……全員特殊じゃの」
ステータス?
それが特殊とは……?
メアもルーオミネンも疑問があるようだ。
どうやら、この世界の常識というわけではなさそうだな。
「あぁ、まずはそこから話さなければのう」
そう言って、賢人タレスはステータスのことについて説明を始めた。
ここを閑話的な章だとは言った。だが、話が進まないとは言っていないぞ……!
賢人タレスをたずねて ステータス
「『ステータス』については儂も詳しくは分かっておらんのじゃが……」
そう前置きをして、賢人タレスは本題に入る。
「ステータスはその個人の全てが記載されている図書館。『鑑定眼』系のスキルを使えばその一部の情報を読み取れる。勿論、スキルの等級や熟練度に左右されるがな」
「ふむふむ。それで、僕達のステータスはどうだったのですか?」
「詳しい内容を知られたくない者もいると思うからの、一対一で伝えようと思う」
「分かりました」
「まず、この中で一番普通だったルーオミネンからじゃ」
そう賢人タレスは言うと、ルーオミネンを部屋へ招いた。
十分ほど経った頃だろうか。
ルーオミネンが部屋から出てきた。
その顔は、「とても良いことが聞けた」と見ていて気持ちが良いほどの爽やかな笑顔だ。
有用な情報を手に入れたのだろう。
次に、メアが呼ばれた。
メアも、十分ほどで帰ってきた。
だが、その顔は難解なことを聞いて考え込んでいるような表情で、晴れ晴れとしたものではなかった。
次は、僕の番だ。
賢人タレスに呼ばれ、部屋の中へ入った。
「ふむ……トーマは、全ての項目が軒並みSランクじゃな」
「全ての項目?」
「ああ。総合、体力、魔素量、攻撃力、魔法攻撃力、防御力、魔法防御力、敏捷性、状態異常耐性、回復力、スタミナ、全ての項目じゃ」
良く分からないが、凄いことなのだろう。
賢人タレスの目が輝いている。
「それで、他の項目はありますか?」
「それがのう……」
賢人タレスは困惑しながらも話してくれた。
「お主の[運命]と[称号]を視てみたのじゃが、これほど理解できないものは初めてじゃ」
「どんな感じですか?」
気になる。
「まず[運命]じゃが、『??の器になる者』と『??????と出会う者』の二つが視えた。……視えたのに読めないのは初めてのことじゃ」
「称号は?」
「『転生者』と『??に認められた者』の二つが視えた。最初に言った方は、読めはしたが、意味がさっぱり分からん」
称号は本当にただの「称号」のようだ。
でも、運命は全く何も分からない。
その時が来るまで分からないということだろうか。
「それで、スキルじゃが……」
「どうしました?」
「いや、初めて見るもので困惑しておるだけじゃ」
ああ、僕のスキルは特殊だからな。
---
―――――――――――――――
名前:トーマ
種族:人間
状態異常:なし
職業:村人
[運命]
??の器となる者
???????と出会う者
[称号]
転生者
??に認められた者
総合:S
戦闘センス:S
体力:S
魔素量:S
攻撃力:S
魔法攻撃力:S
防御力:S
魔法防御力:S
敏捷性:S
状態異常耐性:S
回復力:S
スタミナ:S
[スキル]
最強(ランク:マスター)
神託(ランク:エクストラ)
[魔法・魔術]
火属性魔術
火属性魔法
水属性魔術
水属性魔法
風属性魔術
風属性魔法
土属性魔術
土属性魔法
雷属性魔術
雷属性魔法
氷属性魔術
氷属性魔法
光属性魔術
光属性魔法
闇属性魔術
闇属性魔法
時属性魔法
空間属性魔法
生命属性魔法
聖属性魔術
身体強化
魔力操作
[固有能力]
|夜影剣《マガビナス》
―――――――――――――――
―――――――――――――――
名前:メアリー・ルディ
種族:人間
状態異常:なし
職業:銃使い
[運命]
[称号]
??の??
????の???????
?????に呪われし者
総合:A
戦闘センス:A-
体力:B
魔素量:A+
攻撃力:A
魔法攻撃力:A
防御力:B
魔法防御力:B
敏捷性:S
状態異常耐性:B
回復力:A
スタミナ:B
[スキル]
魔銃顕現(ランク:ユニーク)
[魔法・魔術]
強化魔術
[固有能力]
なし
―――――――――――――――
―――――――――――――――
名前:ルーオミネン
種族:龍
状態異常:なし
職業:なし
[運命]
特になし
[称号]
英雄に救われし者
総合:S
戦闘センス:S
体力:S
魔素量:S
攻撃力:S+
魔法攻撃力:S-
防御力:S+
魔法防御力:S
敏捷性:S-
状態異常耐性:S
回復力:S+
スタミナ:SS
[スキル]
硬鱗(ランク:エクストラ)
[魔法・魔術]
身体強化
魔力操作
[固有能力]
なし
―――――――――――――――
突然ですが、ここで一旦切ります。
それぞれのステータスも載せておいたので、参考にしてください。
賢人タレスをたずねて スキル
前回の更新からかなり時間が経ってしまいました……。リアルが忙しいので、十月末までこの状態が続くと思われます。
「『マスター』ランクのスキルらしいが…… その等級は聞いたことがないのう。トーマは何か知っておるか?」
「はい。……でも、長くなりますよ?」
「構わん。儂は少しでも多くのことを知りたいだけじゃ」
僕は、スキルに教えてもらったことを賢人タレスに全て話した。
話を終えると、賢人タレスは少し考え込む素振りをして、
「ふむ……どうやら、お主が知らぬこともありそうじゃな……」
そう呟いた。
あの時話してくれたことが全てではなかったのか。
「お主のスキルには鍵がかかっておる。『マスターロック』というようじゃ」
今の機能だけでも十分強いが、更に強くなれるのか……
「必要な鍵は、レアスキル。レアスキル|所持者《ホルダー》がお主を認めることで開放される」
ということは、レアスキル|所持者《ホルダー》を探して認めて貰わなくてはならないのか……
やることがどんどん増えていく……
「取り敢えず、今ここで神羅万象の分は解除しておこうか」
そう、賢人タレスが言った。
それは、つまり……
「儂はレアスキル|所持者《ホルダー》なんじゃ」
「そうなんですか⁉ まあ、ここまでの性能を誇るスキルだからおかしくはないか」
むしろ、レアスキルではなかった時の方が驚くだろう。
「……本当に、凄いのう。まだ子供なのに、こんなに頑張って」
ふいに、賢人タレスがそんなことを言った。
「そうですか?」
「千三百年もほぼ一人頑張って……」
っ⁉
知っていたのか……
そんな僕の考えを読んだように、賢人タレスは、
「当然じゃ。ステータスはその者の全てを表しておる」
そう言った。
「どうじゃ? 何か変化はあったかのう?」
突然、そんなことを言われ、僕の頭が疑問符でいっぱいになる。
「どういうことですか?」
「マスターロックの一部を解除した」
言われてみると……
何だか、周りのものをより深く、広く、鋭く感じられるようになった気がする。
「感知能力が上がったじゃろう? それが今開放された能力の一つじゃ」
ということは、いくつかあるのか。
「一つ?」
「うむ。もう一つの能力は、儂が持つレアスキル『神羅万象』の能力を使えるようになるというものじゃ」
それは、かなり強力な能力だな……
「マスターロックを解除していけばより強くなれるじゃろう」
でも、どうやってレアスキル|所持者《ホルダー》を探せば……
そんな僕の心を読んだかのように、賢人タレスは言った。
「儂にもレアスキル|所持者《ホルダー》を探すことはできん」
あ、できないのか……
「じゃが、各地に散らばっておるはずじゃから、各地を巡っていけば見つかるじゃろう」
「ふむふむ」
つまり、今まで通りで良いということか。
「と、まあ、儂が分かるのはこれくらいじゃ」
「ありがとうございました」
きちんと礼を言ってから部屋を後にした。
この作品は風呂敷をどんどん広げていく予定です。伏線を仕込んだりしようと考えているので、ぜひ考察してみてください! また、読んでいく上で疑問に思ったことがありましたら、ぜひ、ファンレターの方で質問してみてください。
考察や質問をいただいたら、「こんなものが来ました」と、どなたからのものかは分からないような形で後書きに掲載させていただければと考えております!
賢人タレスをたずねて 魔導具
「ありがとうございました。では、僕達はこれで」
「少し待ってくれ」
礼を言ってその場を後にしようとすると、賢人タレスがそう言って僕達を引き止めた。
「これからレヴィアタンのところに行くのじゃろう? 恐らく水中メインになるが、対策はできておるのか?」
あ、忘れてた。
それが顔に出ていたのか、賢人タレスが、
「はぁ……そんなことじゃろうと思っておった」
と溜息をつきながら言った。
仕方ないだろう。
僕は水中での戦闘を可能にする魔法が使えるのだから。
みんながその魔法を使えないということを失念していた。
「いや、我は水中戦闘を可能にする魔法が使えるから、それを皆にかければ良いのではないか?」
「私も使えるわ。トーマはどうなの?」
「僕も使える」
あれ……? ということは……
「ふむ、なら皆が皆各自でその魔法をかけて戦えば良いな」
僕が言いたかったことをルーオミネンが代弁してくれた。
「いや、そうはいかんじゃろう」
賢人タレスがそう言い、僕達は首をかしげる。
何故? みんなが自分に魔法をかけて戦えばそれで良いのではないか?
「例えば、攻撃への対処に手一杯になった時。そんな時は魔法の制御にまで気を回せんじゃろうて」
確かに……
なら、どうすれば良いのだろうか?
「じゃからの、魔法を持ち運べる程度の大きさにして自動で制御されるようにするんじゃ」
ふむふむ……
つまり?
説明を理解しきれていなそうな僕達の反応を見て、賢人タレスが苦笑しながら言った。
「平たく言えば、魔導具じゃな」
「なるほど」
一瞬で理解出来た。
「魔導具の作り方は……」
長かったので省略。
簡単にまとめると、
1.込めたい魔術や魔法を魔法陣に書き起こす。
2.魔導具の道具部分を作成する。
3.完成した魔導具の道具部分に魔法陣を刻み、特殊なインクでその上をなぞる。
これだけだ。
意外と簡単だな。
「簡単だと思ったじゃろう?」
賢人タレスが目を光らせて言った。
まるで心を読んでいるみたいだ。
「じゃがのう……魔法陣を書く、たったそれだけのことに苦戦する輩もおるんじゃ」
ふむふむ。
まあ、冒険者は腕っ節が強ければ良いと思っている人もいるから、そっち方面の知識があまりない人もいるのだろう。
まあ良い。
やらないことには何も始まらないからだ。
取り敢えずやってみた。
分かったことが一つ。
魔法陣を書くのがとても、いや、かなり難しい!
一応、魔法理論はかじっているため、基礎的なことは分かる。
だが、魔法陣は起こしたい現象を正確に記述しないといけないため、少しの歪みも許されない。
そのため、「基礎的な理論が分かる」程度では描けないのだ。
その割には、メアもルーオミネンも簡単そうに書いていたが。
時間がかかったが、魔法陣を書くことが出来た。
次に、魔導具の元になるものを作成する作業に入る。
これは、賢人タレスが元々持っていたミスリル製の腕輪になった。
ミスリルは軽くて丈夫な魔法合金なので、戦闘の邪魔にならないという判断からだ。
最後に、魔法陣を刻み込む作業に入る。
腕輪は薄いので、貫通してしまわないよう力加減を調節するのが本当に難しかった。
まあ、そんなこんなありながらも、完成した腕輪。
早速着ける。
腕輪に魔素を吸い取られる感覚があったが、自然回復量の範囲内だ。
腕を軽く動かしてみるが、特に違和感などは感じなかった。
見ると、メア達も腕輪を着けていた。
何故か、二人とも目を輝かせている。
そこで、ようやく気付いた。
そうか。これはこのパーティ初のおそろいの装備。
喜ばない方がおかしいか。
事実、僕も踊り出したいくらいには喜びの気持ちがある。
その後、メア達が落ち着くのを待ってから旅を再開した。
目指すは、レヴィアタンの棲家|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》。
ようやく書き終わったぁ……
次話もお楽しみに。
〈お知らせ〉
10月末に定期テストがあるため、恐らく無浮上になります。
幕間 勇者の旅路
トーマの兄、ソーマは勇者である。
今日は、その勇者の旅路、その一部をここに記そうと思う。
---
今からおよそ一年前。
ソーマの旅の始まりである。
慣例通り、七歳で神殿に行き、創造神に職業を授けられた。
その職業とは、「勇者」である。
最後に確認されたのは約百年前。
その勇者の再来に、王国中が湧いた。
すぐに、ソーマは王城に招待され、最高の環境、最高の教師のもと、戦闘訓練を積んだ。
実戦で十分使えるようになると、すぐ、モンスターの間引きに派遣されることが決まった。
近年、モンスターの活動が活発になっているため、ソーマを即戦力として使いたかったのだ。
結果は上々。
これからもモンスターとの戦いに参加することが決まった。
とはいえ、勇者といえどソロは厳しい。
王国は、勇者のパーティメンバーを希望する者を大々的に募集した。
その結果、集まった四人。
彼らはまだ若い身でありながらも、防御、支援、回復のスペシャリストである。
レアスキル「外柔内剛」を持つロブシティアス。
レアスキル「峻厳幇助」を持つスブシーディム。
レアスキル「聖女の祈り|スペム・サンクティ」を持つマルガリタ・ディバーシス。
彼ら、彼女らは、「勇者パーティ」の一員として、目覚ましい活躍を見せた。
ある者は、強力なモンスターの群れから家族を救われた。
またある者は、自ら強力なモンスターに挑み、返り討ちに遭ったところを救われた。
そうして、勇者パーティは王国中へその名を轟かせていった。
---
そして現在――
ソーマ、ロブシティアス、スブシーディム、マルガリタの四名で構成される勇者パーティは、次の呼び出しに備え、王都に待機していた。
王都に待機といっても、何もせずただ遊び歩けば良いわけではない。
次の戦いに備え、武器防具の手入れ、消耗品の補充などやるべきことはたくさんある。
それらを終えて暇を持て余したソーマたち勇者パーティは、王都にある市民用の広場で雑談していた。
「そういや、お前には弟がいるんだっけか」
と、スブシーディム。
「ああ」
そう答えたのは、ソーマだ。
「たしか、トーマだったわよね?」
「ああ」とソーマが言う直前、マルガリタが話し始めた。
「最近よく噂で聞くの…… トーマって名前の強い冒険者がいるって」
それを聞き、ソーマは「へぇ」とあまり興味が無さそうな声で返事する。
だが、その実、ソーマの心の中は興味と疑問でいっぱいだった。
まだ七歳になってから数ヶ月しか経ってないはず…… なのに、何故あんなに強いんだ?
何か強力なスキルを手に入れたのか? なら、ぜひこのパーティに誘いたいな。
トーマをパーティに加えた後のこのパーティの活躍を想像し、ソーマの口の端が吊り上がる。
一人で笑っているソーマを不思議そうに見ながら、ロブシティアス、スブシーディム、マルガリタは雑談の続きをするのだった。
一ヶ月ぶりの投稿です。この回を考えるのにかなり時間がかかりました……
幕間 狭間にて
今日も今日とてアウグストは神界と霊界の狭間から現世を視る。
いつもはアウグストしかいないが、今日はクラティオも来ていた。
「よう、久しぶりだな」
アウグストはクラティオに軽く挨拶をした。
「そうじゃのう。そういえば人間の感覚で言えば久しぶりじゃったのう」
「クラティオ、何だかボケてないか?」
「バレたか」
そのまま、二人でしばらく笑った。
ある程度笑ったところで、クラティオが話を切り出してきた。
「そういえば、|トーマ《アレ》にメアが接触したらしいのう」
「らしいな」
アウグストも知っていたようだ。
クラティオがにやにやしながら言う。
「なんじゃ? やきもちでも焼いておるのか?」
「違う」
アウグストは否定する。が、その様子をクラティオはにやにやしながら眺めていた。
「それで? 今のトーマはスキルの力をどれだけ引き出せている?」
二人で立てた計画の話にし、話を逸らそうとするアウグスト。
クラティオは「なんじゃ、面白くないのう」とでも言いたげな表情になったが、時間もないので話を進めることにした。
「三割といったところかのう」
「ほう……三割か」
決して多いとはいえないが、少ないともいえない割合。
現段階でそれなら、計画は順調だといえるだろう。
「次は……レヴィアタンに会いに行くのか。少し早すぎないか?」
レヴィアタンの状態については、クラティオも知っていると思ったから言わなかった。
「安心せい。ルーオミネンもついておるし、いざとなったら|アレ《・・》も出てくる」
「アレか……何故か前回は出てこなかったんだよな。そのせいで俺が出る羽目になった」
アウグストの言葉に、クラティオの表情も苦々しいものになる。
「それはすまぬ。あとでスキルをいじり、トーマが危うくなったら必ず出てくるようにしよう」
「そうしてくれ」
そこで、アウグストは一旦何かを考えるように口を閉じてから、話の続きを始めた。
「あと、何か話すことはあるか?」
クラティオにたずねる。
「特にないのう」
「そうか」
「うむ。それじゃあ、儂はやらなければならぬこともまだ残っておるし、この辺で失礼せるぞ」
「ああ。じゃあな」
クラティオは神界に帰っていった。
2章 1話 エーリヴァーガル
テスト等ありまして更新できませんでした。
お待たせしてすみません。
それでは、2章をどうぞ!
|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》を目指す僕達。
道中に出るモンスターは、問題なく倒せるものばかりだ。
だが、|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》に近づくごとに、周囲の草丈がどんどん高くなり、襲いかかるモンスターが見えづらくなってきていた。
「きゃっ!」
今も、草の陰から飛び出してきたゴブリンに反応が数瞬遅れたメアが悲鳴を上げた。
僕がすぐに仕留め、メアに声をかける。
「大丈夫?」
「え、ええ……」
「トーマよ。我は大丈夫だが、メアが限界のようだぞ。一旦休んだ方が良いのではないか?」
ルーオミネンが言った。
だが――
「その必要はないよ」
「ふむ? それはどういうことだ?」
「こういうこと。――転移」
僕の転移魔法で、僕を含めた全員が|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》へ転移した。
移動先の様子は魔力探知で確認してあるため、問題ない。
|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》は、一見すると普通の湖と大差ないように思えた。
――時折、強大な魔力が見え隠れすることを除けば。
『何者だ?』
強大な魔力の発生源となっている存在が言った。
「我が名はルーオミネン。覚えているか? 其方の弟だ」
『ふむ……魔力を見る限り、確かに、僕の弟、ルーオミネンに間違いないな』
どこか他人事のような反応だ。
『それで、今日は何の用だい?』
「用はない。ただ、兄さんが元気か見に来ただけだ」
『そうか。僕は元気だよ』
何故か、レヴィアタンが僕達を遠ざけようとしているように、僕には感じられた。
それは、ルーオミネンにも感じられたようで、
「兄さん、大丈夫か?」
レヴィアタンを心配していた。
『そんなに心配しなくても、僕は大丈夫さ。さあ、お帰り』
「いや、だが……」
大丈夫だと言うレヴィアタンだが、ルーオミネンのレヴィアタンを心配する気持ちはなくならない。
それは僕も同じだ。
『早くお帰り。君が守るとはいえ、人間二人を連れた状態だと、彼らも危ないだろう?』
何が何でもレヴィアタンは僕達を帰したいらしい。
帰ろうとしない僕達に、レヴィアタンは更に言い募る。
何が何でも僕達に帰って欲しいようだ。
『頼む。早く、帰ってくれ』
ついに諭すような言い方から、懇願に変わり、やはり尋常でないことが起こっていると悟る。
『ガハッ』
レヴィアタンが血を吐く。
何か、とても大きな、恐ろしいことが起こっている、もしくは起ころうとしていることは明白だった。
『早く、逃げろ――!』
レヴィアタンがそれまでの話し方を崩し、少し乱暴な話し方になる。
それほど必死になるなら、言う通りにしようとも思ったが――
「ことわ――」
「嫌だよ」
ルーオミネンの言葉を遮るようにして、僕は言った。
当然、仲間の兄を置いて逃げることなんてできるわけがない。
「私もよ」
続いて、メアが言う。
メアも同じ思いだったようだ。
もちろん、ルーオミネンも。
レヴィアタンの体から何やら『邪悪』としか表現のしようがないオーラのようなものが立ち上って、彼の体を包んでいく。
レヴィアタンであって、レヴィアタンでないものが魔力を練る。
僕達は、武器を構えた。
戦いが始まる。
2章 2話 邪を砕く①
どうも、小説を投稿し始めて一年経ったことに今気付いた人です。
それでは、本編をどうぞ。
このまま地上で戦いが行われるかと思ったが、やはりこちらの都合の良いようにはいかない。
レヴィアタンは湖の中へ潜る。
僕達に、それを止める|術《すべ》は無かった。
このまま湖の上から攻撃を放ったとしても、衝撃が水に吸収され、レヴィアタン本体に届く攻撃の威力は極僅かなものとなるだろう。辛うじて届いた攻撃も、龍であるレヴィアタンに備わる高い物理防御力と、魔法防御力により、無効化されてしまうに違いない。
僕達は、レヴィアタンに有利な環境へ誘い込まれていると分かっていても、レヴィアタンを追って湖に飛び込まざるを得なかった。
幸い、水中活動を可能にする魔術がかかった揃いの腕輪があるため、水中での戦闘には困らない。
作り方を教えてくれた賢人タレスに感謝だ。
湖の中には、レヴィアタンの魔素が満ちていた。
これでは、魔術を発動する予兆も、発動されようとしている魔術の種類も分からない。
それでも――レヴィアタンの魔素が大量に放出されていくのは分かった。
既に満ちていた魔素は、恐らく僕達の感知能力を鈍らせるためだろう。
そして、今放出された大量の魔素は、魔術発動のためだろうか。
『―――っ! 我が兄は魔術の高速発動と並列発動を得意とする!』
ルーオミネンが|思念通話《テレパシー》で叫んだ。――|思念通話《テレパシー》で叫ぶという表現が適当なのかは分からないが、そこに触れてはいけない。
それは、つまり――
咄嗟に、メアとルーオミネンに防御魔術をかける。
自分は後回しだ。
何とか生身で受け切る。
多少のダメージは負うだろうが、それは覚悟の上だ。
もしかしたら、そのダメージが原因で、レヴィアタンに殺されてしまうかもしれない。
それでも、自分より、メアやルーオミネンを守りたかった。
発動されたのは、数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程たくさんの、|水球《ウォーターボール》。
それら一つ一つが、僕やメア、ルーオミネンに狙いを定め、飛んでいく。
ダメージを覚悟したが――
しかし、いつまで経っても痛みも何も無い。
どういうことかと思い、自分の体を確認すると、|二人分《・・・》の防御魔術がかかっていた。
メアとルーオミネンに確認すると、二人とも僕と同じように二人分の防御魔術がかかっていた。
メアは何故か照れている様子だし、ルーオミネンは『なるほどな……』と呟いている。
そんな二人の様子を見ているうちに、僕も気付いた。
僕を含めた三人全員が、自分以外の二人に防御魔術をかけた。当然、他人の魔術や魔法に自分の魔術、魔法を重ねがけするのは、自分で自分のものに重ねがけするのより圧倒的に難しい。それが出来たということは、この場にいる僕を含めた三人の魔法技術の水準が極めて高いということである。
他約二名がそこまで思い至っているかは微妙なところだが。
それはさておき、このままレヴィアタンと戦っても、勝ち目は薄いだろう。皆無に等しいと言い換えても良い。
『作戦を立てた方が良いと思うのだが、どうだ?』
僕と同じことを感じ取ったのか、レヴィアタンが|思念通話《テレパシー》で言った。
『うん、それは良いと思う。だけど――』
作戦を立てる、それ自体には反対ではない。むしろ賛成だ。
ただ、メアが|思念通話《テレパシー》で話せるのかという懸念がある。
『私なら大丈夫よ』
そんな僕の不安が分かったのか、メアが|思念通話《テレパシー》で言った。
『うむ、了解した。それでは、作戦を説明する』
ルーオミネンが|思念通話《テレパシー》で作戦を説明し始めた。
……いつの間にかルーオミネンが仕切り始めていることに気が付いた僕だった。
2章 3話 邪を砕く②
レヴィアタンの魔術攻撃を捌きながら、ルーオミネン立案の作戦の内容を聞く。
『我が兄の邪悪な力の源と、我が兄の本来の力の源が違うのは分かるだろう?』
レヴィアタンをしっかり見てみると、なるほど確かにその通りだ。
『我とメアリー・ルディが隙を作る故、トーマは力を溜めて叩け』
なるほど、シンプルだ。
でも、僕が警戒されて出来ない時は、どうするのだろうか?
こういう時は、聞いてみるに限る。
『その時は――』
おっと、危ない。
魔術が掠りそうになった。
背筋がゾクリとする。
『うん、分かった。じゃあ、やってみるよ』
『頼んだ』
魔術で水を固め、足場を作る。
そこに乗り、|夜影剣《マガビナス》に魔素を込める。
イメージするのは、あの巨体を切り裂く一つの大きな刃。
集中する。
集中。
集中。
集中――できない。
レヴィアタンの魔術攻撃は、広範囲にわたる弾幕だ。それは、誰かに攻撃を向けようと、全員に対する最低限の火力は維持し続けられることを意味する。
それに加えて、僕の魔素が|夜影剣《マガビナス》に集まっていることに気付き、ルーオミネンとメアへの攻撃以上に僕への攻撃が激しくなっていた。
一旦、溜めていた魔素を散らす。
今のままでは無理だ。
僕も攻撃に参加し、レヴィアタンを斬りつける。
レヴィアタンは全く気にしない。
そりゃあ、あの巨体に傷を負わせたところで、かすり傷にすらなっていないだろう。
でも、段々とレヴィアタンは僕を警戒するようになってきた。
たまに魔素を少し|夜影剣《マガビナス》に集め、レヴィアタンに少しだけ大きなダメージを負わせていたからだ。
レヴィアタンは、僕を取るに足りない木っ端から、明確な敵へと、認識を改める。
これで、僕が隙を狙ってレヴィアタンへ大技を放つことはほとんど不可能になった。
だが、これで良い。
魔素をいつでも|夜影剣《マガビナス》に込められるようにして、レヴィアタンの邪悪な力が通る通り道といえる場所を狙う。
当然、レヴィアタンはそれに気付いていて、防ごうとしてくる。
僕にばかり集中していて、良いのかな?
僕に集中することは、すなわちルーオミネンとメアに対する警戒を疎かにすることを意味する。
そう、僕の狙いは、レヴィアタンの集中を僕に向け、ルーオミネンとメアが攻撃する隙をつくることだ。
レヴィアタンが致命的な隙を見せる。
|思念通話《テレパシー》でメアに呼びかけた。
『――メア!』
2章 4話 邪は砕かれ
今回は短いので2話投稿します。
本日の1話目です。
『分かったわ!』
ルーオミネンによる作戦の説明が行われた時、僕がした質問の答え、それは、「メアが撃つ」だ。
メアの主な武器である「魔銃」は連射性と速射性に優れる。また、画一的な威力の攻撃を放つことを得意とする。
そして、一番優れたことといえば隠密性に優れたことだろうか。
誰だろうと、意識外からの一撃は効く。ましてや自らが見たことのないような攻撃なら、反応が鈍り、隙が生まれるだろう。
魔素を過剰に込めて威力を上げることは難しいが、意識外からの攻撃が出来る魔銃は、使い所によっては強い武器になり得る。
メアが持つ魔銃に魔素が満ちる。
濃くなる。
レヴィアタンが動いた。
魔術陣が大量に描かれる。
その瞬間、僕は叫んだ。
「ま―――っ、ぶ……」
水中であることも忘れて、口に水が入る。
ルーオミネンとメアが僕が言わんとしたことを察して動く。
魔術陣に魔素が満ちる。
メアが持つ魔銃から弾が発射される。
聖属性だ。
それは、正確にレヴィアタンを撃ち抜く。
だが、レヴィアタンが魔術を発動する方が速かった。
防御魔術を発動する。
これで持ちこたえてくれることを願いながら、攻撃に耐える。
空間が、爆ぜた。
Q.メアは攻撃しようとしているのになんで動けるの?
A.魔銃を扱いながら魔術陣(魔法陣)を描くことは、魔銃使いの基本技能です。
本編で補足出来なかったところを少し補足しました。
2章 5話 少年は嗤う
本日の2話目です。
水蒸気爆発。
頭をよぎった単語はそれだった。
細かい原理は分からないが、確か水が急激に気化することで膨張し、それが爆風になるのだとか。
僕達の体が空を舞う。
鳥と同じ視点から見える|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》には、かつてあれだけ邪魔だと思った水が無い。
僕達と同じく吹き飛んだレヴィアタンの巨体は、僕達より先に|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》の底に叩きつけられる。
僕達がこれからどうなるか実演してくれた訳だが、さて、どうしたものか。
あれだけ鬱陶しいと思った水が今はクッションとして欲しくてたまらない。いや、高いところから水に入ると、コンクリートに激突した時と同じくらいの衝撃を受けるんだっけか。
危機的状況だというのに無駄な思考ばかりが頭を埋め尽くす。
その時、声が響いた。
「うん、中々面白いものを見せてもらったよ。このままじゃ、君達死んじゃうよね? このまま見殺しにするのも何だかあれだし、これは面白いものを見せてもらったお礼として受け取って欲しいかな」
少年か少女か問われれば間違いなく前者の、しかしハスキーな声だと言われれば後者のものだとも思える声だった。
そんなことより、その後に起こった現象の方が重要だ。
ふっと感覚が飛んだかと思えば、僕達の体は地面に降り立っていた。
「誰だか分からないけど、ありがとう!」
助けてくれたことに感謝する。
「いや、礼には及ばないよ。そもそもこれをやったのってボクだし!」
少年がそんなことを口走る。
あ――という顔をするが、もう遅い。
最初に動いたのは、ルーオミネン。
「ふざけるな……」
怒気をあらわにし、少年に掴みかかる。
「貴様のせいで、我が兄は、あんなことに……っ!」
ちらりと目をやると、レヴィアタンはたくさんの傷を負い、気を失っていた。
……傷を負わせたのは僕達だが、怒りで視野狭窄になっているルーオミネンは、そんなことに気付かない。
「あーあ、バレちゃったかぁ……まあ、今はまだ、ボクの存在を知られるわけにはいかないから、ここらで記憶を消そうかな」
記憶を、消す……?
不穏な言葉に、全員が身構える。
「ああ、そんなに身構えなくても、痛みもなく一瞬で終わるから」
少年はそう言った。
だが、違うのだ。
記憶を失うことに対する恐怖は、人類の誰もが抱く恐怖だ。
このあたりを一切考慮していないあたり、少年は僕達とは違う存在なのかもしれない。
――違うよ。
えっ?
――ボクと君は、格の違いこそあれど、同じ存在だよ。
「君は――」
少年に声をかけようとしたが、少年によって遮られる。
「それじゃあ、また会えることを願って――『|消去《デリート》』」
水蒸気爆発の原理をいかに本文中で簡単に説明するか苦悩した結果があれです。気になる方は調べてみて下さい、多分もっと詳しくて分かりやすい説明が載っています。
今更気付きました、キーワードに「主人公最強」とつけておいて、主人公が全然最強じゃないことに。
いずれ最強になるでしょうから、それまで見守ってやって下さい。それが1年後か5年後か10年後になるかは、作者の頑張り次第です、はい。
2章 6話 道は違えど、未来は同じ
あれ?
何があったんだっけ?
確か、メア、ルーオミネンと共にここ、|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》にやって来て、レヴィアタンと戦闘になって――
ダメだ、ここまでしかちゃんと覚えていない。
状況的に、レヴィアタンを殺さずにああなってしまった原因のみを排除することが出来たことは分かるんだが……
思い出そうとしても思い出せない。
こういう時に思い出そうと粘っても、思い出せない、そういうものだ。
だから、今起こっていることに目を向ける。
今は、気を失っていたレヴィアタンが目を覚まし、ルーオミネンと話しているところだ。
『何があったんだい?』
レヴィアタンがルーオミネンに尋ねた。
恐らく、今回の一部始終の記憶だけが抜け落ちているのだろう。
「我も全ての記憶があるわけではないのだが――」と、ルーオミネンが説明を始める。
その間、何をするでもなくボーッとしていると、メアが声をかけてきた。
「この後、私の家に来て欲しいの」
「え? うん、良いけど――」
「本当⁉ なら今すぐにでも――いいえ、流石に今すぐには良くないわ、彼にも都合がありますもの」
特に何も考えず承諾したのが運の尽き、僕はこの後メアの屋敷に|招待《連行》されることになったのだった。
「いつなら空いてるっ⁉」
メアの圧に気圧され、僕はこの場で一番してはいけない返答を選んでしまう。
「えーと、いつでも……」
相手への選択権譲渡。
あ、しまった――と思う間もなく、メアが話を進める。
「なら、この後すぐに来て欲しいわ!」
さっき、今すぐは良くないと言っていたのはどこへやら、僕に示されたのは「すぐに」。
いつでも良いと言ったのは僕だ。なら、断るわけにはいかない。
「分かったよ……ただ、お風呂に入ったりとかしたいんだけど……」
「分かったわ。屋敷にあるものを貸してあげる」
先程までの興奮は消え失せ、冷静な口調でメアは言った。もっとも、冷静なのは口調だけで、メアから感じる空気はまだ冷めぬ興奮を感じさせたが。
「うん、ありがとう」
僕達の会話が終わるのとほぼ同じタイミングで、ルーオミネンとレヴィアタンの会話も終わったようで、二人が僕達の方へ近付いてきた。
「トーマ。大事な話がある」
「うん」
先程までの若干ふざけていた空気を正し、真剣なものへと変える。
「我は、トーマに従属している。それは、我から望んだことだ。だから、こんなことを言ってはいけないと分かっているのだが――」
そこでルーオミネンは言い淀む。
「うん。それで?」
続きを促すと、ルーオミネンは言葉を絞り出すように言った。
「契約を解いてくれとは言わない。だが、我に……我に、主から離れ、兄の側で過ごす許しをっ!」
なんだ、そんな話か。
もちろん、答えは決まっている。
「もちろん。ただ、契約は解かないよ」
「ああ、分かっている。もしトーマが危機に陥ったなら、我はトーマの矛となり盾となるために、いつでも馳せ参じることを約束しよう」
「うん、安心したよ」
たとえ距離が離れようと僕達は仲間で、僕はいつでも受け入れる。
ガキっぽい理想論かもしれないけど、その瞬間、確かに僕は、そう思ったんだ。
「ありがとう、トーマ。そして、またな」
『僕からもお礼を言うよ。ルーオミネンは魔力回路が激しく傷ついた僕の傷が癒えるまで寄り添ってくれるって言うんだ。優しい弟だろう?』
「そうだね。さて、長話もなんだし、そろそろお開きにしない?」
「ああ」
『うん』
「ええ」
またね――と、僕とメアはすっかり水が枯れてしまった|荒ぶる湖《エーリヴァーガル》を後にする。
その様子を、遠くから眺めている者が一人。
「道は違えど未来は同じ、何故ならボクがこの世界に関わるから」
傲岸不遜にそう言い放つ。
「縛られることもまた自由、か。彼が、彼らが選んだことだから、ボクは何も言わないけれど、なぜ縛られない自由を選ばなかったんだろうか。人間が考えることは良く分からない」
でも、それが人間の面白いところなんだけどね――と、白い髪に白い瞳の少年が呟く。
「うーん、ほんとはやっちゃいけないんだけど、ボクも彼らを間近で観察したくなっちゃったから……」
片方の目を金に染め、虚空を見つめている少年は、ちょうど良いところを見つけ、言う。
「よし! ここならいけそうだ」
瞳の色を白に戻し、少年は闇に消えた――
なるほど、なかなか書き上がらなかったのは1900字あったからなのか――と、少し納得。
本当は白×白ではなく白×赤にしようと思っていたんですが泣く泣く白×白に。これから出そうと思っているキャラと被るからとかいう理由ではなく、ちゃんとした意味があるからなのです。
さて、あと1、2話でこの章も終わりです。
この章が終わった後、設定や次章の構成を練るため、1週間から2週間の休みを頂きたいと思います。たとえ、今章最終話の2週間後が忙しくても、皆様に必ず続きをお届けしますので!(フラグ)
2章 7話 交渉と報酬、ただし交換条件は驚愕モノ
ルディ家の屋敷にて。
今、僕はメアの父親の前に座っている。
何故こうなったかといえば、メアの部屋に入ろうとした瞬間、肩を叩かれ、振り向くと、「少し話があるんだ」と笑顔で僕を見るメアの父親がいたからである。
「………………」
「――――――」
沈黙が辺りを支配している。
ここだけ時間が止まっているみたいに、空気が重く、停滞している。
重い沈黙の中で、メアの父親の笑顔だけがやけに存在感を放っていて、それが余計にこの空気を助長していた。
さて――と、この重苦しい空気の中で最初に口を開いたのは、他でもないメアの父親だった。
「まず、自己紹介といこうか。私は、君と仲良くさせていただいているメアリーの父親、ハーランド・ルディだ。君のことはメアリーからよく聞いているよ、トーマ君」
「はあ……」
重苦しい空気の中で口を開くことのなんと難しいことか。
もっと気の利いた返事がしたかった。しかし、重苦しい空気とハーランドさんの圧に気圧されて口を開くことも出来ない。
「おっと、今の状態では何が何だか分からないか。失敬。詳しい説明を忘れていた」
詳しい説明とやらを受けても現状への理解が及ばないと思うのだが、それは間違っているだろうか。
困惑する僕をよそに、ハーランドさんは説明を始める。
「伝えたいことは二つ。まず一つ目だ。…………」
そこで、ハーランドさんは溜めをつくる。
「…………」
溜めをつくる。
「…………」
溜めを――
こんなに溜めをつくる、つくらなければならないなんて、一体どれだけ大変なことを話すつもりなのだろうか。
ようやくハーランドさんが本題を話し始める。
「……私の娘を無事に帰してくれてありがとう。これはその礼だ」
そう言ってハーランドさんは小さな袋を差し出してきた。
「これは|空間収納袋《アイテムバッグ》だ。この中にはモンスターの素材と中銀貨五枚が入っている。まあ、詳細は後で確認してくれ」
「分かりました。ありがとうございます。でも、良いんですか? 確か|空間収納袋《アイテムバッグ》って|古代遺物《アーティファクト》ですよね?」
「ああ。だが、これはたくさん流通しているもので、さほど価値が高いわけでもない。これも、私からの贈り物だ」
|古代遺物《アーティファクト》にしては価値があまり高くないとはいえ、ハーランドさんは僕に|古代遺物《アーティファクト》を贈ってきた。しかも、その中にはかなりの額のお金と、モンスターの素材が入っているという。僕がやったことに対する対価だとしても、多すぎる。
一体何を要求するのか、と身構えていると。
「二つ目だ。メアリー、出てきなさい」
ハーランドさんが僕の後ろに向かって呼びかけ、恐る恐るといった様子でメアが出てきた。
「こんにちは。この度は、私をここへ無事に連れ帰って下さったこと、心から感謝します」
メアがこんな丁寧な口調で話すのは、僕の前では初めてじゃないか?
いつもの元気はどこへやら、萎びた野菜のようにお淑やかに話すメアは、なるほど確かに領主の一人娘に相応しい「格」のようなものを持っていた。
「彼に、『お願い』があるんだろう?」
「……ッ!! ええ」
ハーランドさんの姿は、さながら娘を応援する父親のようで、先程までの貴族の駆け引きで見せていた顔とは全く違うものだった。
「私と、王立学園に通いませんか?」
2章 8話 絶望の始まり、もしくは地獄への入口
「王立、学園?」
驚愕。
メアから聞いた言葉をそのままオウム返しに呟いてしまう。
「ええ。正式名称は、王立総合学園。他にも二つ王立の学園があるけれど、単に『王立学園』といえばこちらを指すことが多いわ……ごほん、ですわ」
少し興奮気味に語るメアの口調は少し崩れていて、ああ、やっぱりこれがメアだと、そう思った。
それはさておき、せっかく教育を受けられる貴重なチャンスだ、この話を受けておいて損はない。
「それは別に構わな……構いません。ですが――」
思わず崩してしまった口調をもとに戻しつつ、学費はどうするのかと問おうとする。
「それについては私から説明するよ」
まるで心を読んだかのような発言をしたハーランドさんにバトンタッチ、話を続ける。
「王立学園には、入試枠が三つあるんだ」
「三つ、ですか?」
一つは分かる。貴族枠だ。
あと、二つ……?
「一つ目は、お察しの通り貴族枠だ。二つ目は、その従者枠。そして、最後三つ目は、侯爵位以上の貴族からの推薦を受けた平民枠だ。ただ、こちらはほとんど使われることはない。この枠で入学するような能力の高い者は、既に他の家の者になっていることがほとんどだからだ」
でも、大器晩成とまでは言わないが、成長が遅い者はどうするのだろうか。
その疑問への答えが語られることがないまま、話は続く。
「うちは伯爵位だからな、三つ目の枠は使えない。必然、君には二つ目の枠で受けてもらうことになるわけだ」
ふむふむ、と頷く。
要するに今から僕はルディ家の人間になる訳だ。
……それで、学費はどうなるのだろうか。
一瞬だけ、じとーっとした目でハーランドさんを見てみる。
「ああ、すまない。学費のことについてだったね」
やっぱり忘れていたのか。
「先程の話の続きになるが、それぞれの枠で、各学年上位十名には、授業料免除、王国騎士団団長による剣術指導、王国魔法師筆頭による魔法指導を受ける権利が与えられる」
「なるほど。つまり、僕は従者枠で学年上位十名に入らなければならないというわけですね」
「ああ、そうだ。飲み込みが早いね。……これなら詰め込み勉強にも耐えられるかな」
ハーランドさんの言葉の最後の方は聞こえなかったが、何故か背筋がゾクリとした。
「まあ、飛び級や留年、遅れて入学する人もいるから、トーマ君も一度くらいなら落ちても構わないよ。あそこはかなりの難関校だからね」
僕に対して、「気負うな」と励ましてくれているはずのその言葉からは、「そうは言っても落ちることは許さん」という強い意志を感じた。
そして、少し前に抱いた疑問が解消された。
成長が遅い者は、頭角を現した時点で入学希望を出し、受験する。後は飛び級制度で上の学年へ進級し、自らの実力に合った学年で学ぶだろう。
「さあ――」
と、ここで一旦言葉を切り、僕とメアを僕が初めて会った時のような笑顔で見てから、ハーランドさんは言った。
「勉強を始めようか」
その時、僕とメアは、絶望そのものを目にした時のような顔をしていたとここに記しておく。
これでひとまず、2章は完結です。
この後、トーマとメアが勉強する回の投稿となりますが、設定が固まりきっていないので今しばらくお待ち下さい。
なんとか2週間以内に投稿出来るよう頑張ります。
古を知る:建国記
「さて、今日は全ての学問を学ぶ上で必要となる、我が国の建国についてだ。メアはもう知っているから、復習になるだろう。それじゃあ、アーシャ、後は頼むよ」
アーシャと呼ばれた女性が前に進み出る。
「はい、承知いたしました」
何やら多忙そうなハーランドさんを見送った後、アーシャさんが茶髪を揺らしながらこちらを見た。
「ハーランド様から伺った話によると、メアリー様、あなたは既に十分ご存知のようですね。ここには私も居りますので、復習がてら彼にお話ししては如何でしょうか」
アーシャさんからの唐突な提案。
メアは困惑しながらも、返答する。
「そうね、やってみるわ」
その声に、少しの喜びを滲ませながら。
◇ ◇ ◇
今から、およそ千百年前。
まだこのトリースタ王国が存在しなかった頃、強大な帝国として君臨していたエンペラス帝国に幾人かの男児が生まれた。この内の一人が、後の英雄アウグストである。
かの帝国は、人間を至上とし、亜人はモンスターと同列に扱った。いわゆる人間至上主義である。
幼き頃からこの思想に染まった者に囲まれて暮らしていたアウグスト。だが、十歳の頃からその思想に疑問を抱くようになり、静かに牙を研ぐ。
そして、数年後には父である帝王を退位させ、領土の一部を簒奪し、このトリースタ王国を建国したと伝えられている。
そして、名は失伝したとされているが、アウグストには協力者である妻がいた。
妻は元シャルドーレ皇国の九十八代皇帝であり、退位した後はトリースタ王国の血統に名を刻んだ。
アウグストの在位期間は三十年と、特別長いというわけではない。なお、最長で六十一年である。
アウグストには子がいなかったため、弟のディーセンに位を譲って退位した後は、王国を建国した英雄として、王国の守護を担っていた。
アウグストが死した後の九百年間は、エンペラス帝国の遺した土地に出来たフェビーラ帝国と、アウグストの妻が皇帝を務めたシャルドーレ皇国との間で国交を結び、大国として栄えた。
時々、魔族の国から軍勢が送られたりもしたが、その時々に現れる一騎当千の英雄が一体残らず始末していた。
だが、最近の百年は、この一騎当千の英雄も現れず、魔族からの侵攻に多大な犠牲を払っていた。
また、最近のフェビーラ帝国では、強力な魔導兵器の研究が進んでいると聞く。
隣国がいつこの国に牙を向けるか分からない状況で、現れない英雄。民の不安は高まっていた――
魔を学ぶ:魔術教練
今日の集合場所は、訓練場だった。
その一角に二組の小さな机と椅子があるのはかなりシュールな光景だ。
集合時間ちょうどに、アーシャさんがやってきた。
「二人共揃っているようですね。今日は魔術について学んだ後、私と模擬戦をしていただきます」
アーシャさんと?
アーシャさんが戦う姿が全く想像出来ないが、強いのだろうか。
「さて、まずは魔術の定義からですね」
アーシャさんは話を進めるのが早い。
聞き逃さないよう、必死に食らいつく。
「魔術とは、魔素をエネルギーとして通常ではあり得ないことを意図的に引き起こす技術のことです。例えば、このように」
アーシャさんが右の人差し指をすっと立てると、その指に小さな火が点った。
小さな魔術だが、通常では起こり得ないことだ。
「さて、私の指には火が点いていますが、火傷はしていません。何故だか分かりますか?」
自らの魔素を用いて身を守っているからだろうか。
だが、自分の魔素をエネルギーにして火の魔術を発動させているのだから、そこに魔素を投入したら火の勢いが強くなるだけじゃないかな。
僕がうーん、と悩んでいると。
「対火属性用の防御魔術を使っているのかしら」
メアが言った。
「正解です。普通の防御魔術でも防御は出来ますが、このように少しずつ魔素が魔術に吸収されてしまいます」
説明の途中で、アーシャさんは指に掛けている防御魔術を特に属性を限定していないものに変えた。
変えた瞬間、僅かだが火の勢いが強まる。
瞬きした後は、先程までの勢いに戻っていた。
「その分魔素の消費が多くなるので、こうして防ぐ魔術の属性に応じて防御魔術の性質を変えるのが一般的です」
ふむふむ、と頷く。
隣にいるメアは、紙にメモを取っていた。
僕も――と思ったが、紙が手元にない。
そういえば、スキルの補助なしじゃこの世界の文字が書けないな、と心の中で苦笑する。
時間がある時に練習しておかなければ。
「さて、メアリー様もトーマ様も魔術が使えるとのことですので、一番得意とする魔術を見せて下さい」
一番得意な魔術か……
特に苦手な魔術も得意な魔術も無いからな……
適当に雷属性の最上級魔術にしておこうかな。
「まずはトーマ様からお願い致します」
「分かりました」
体内にある魔素を魔力を用いて放出し、雷属性に変換されるよう、雷属性のシンボルを入れ込んだ術式を構築する。
完成した術式に均等に魔力を通せば、魔術が発動した。
その魔術の名は――
「『雷霆』」
瞬間、辺りに爆発するような光が満ちる。
加減を間違えてしまったのか、それは訓練場全体に及ぶ光で、直撃すれば訓練場をボロボロにしていただろう。
直撃すれば、だが。
直撃する寸前に、アーシャさんが僕達全員と訓練場に対雷属性用の防御魔術を発動してくれていた。
「はい、なかなかの威力でした。しかし、私が止めていなければ大変なことになっていたでしょう。もっと魔術のコントロールを学ぶようにして下さいね」
……ごもっともで。
「それでは、メアリー様、お願い致します」
「分かったわ」
メアは静かに魔法陣を描くと、すぅ、と息を吸った。
「『風よ』」
たったそれだけの短い詠唱で、周囲の風が凪ぎ、不可視の弾丸が生み出される。
アーシャさんが動く間も無く、不可視の弾丸は、訓練場の壁に突き刺さった。
僕も、アーシャさんも、そしてこの魔術を放ったメアでさえ、驚愕に目を見開き、動けないでいた。
土塊がぱらり、と落ちる。
その音を合図に、まるで止まっていた時が動き出すかのように、僕達は一斉に動き出した。
「すごいね、メア!」
「あ……」
「やっちゃったわ……な、直さなければっ! 『土よ』」
僕からは、称賛。
アーシャさんは、驚愕。
メアは、焦燥。
三者三様の気持ちをあらわにする。
焦ったメアによって発動された土属性魔術により、壁は元通りに修復された。
それにより、アーシャさんはほっと息を吐きつつ、顔を引き締める。
「お互いの能力は把握出来ましたね。それでは、今から私とあなた方で模擬戦をしましょう」
アーシャさんとの模擬戦――一体どうなるのか。
大半をとても眠い状態で書いたので、後で読み直して違和感があったら書き直すかもしれません。
2024/04/29 設定が矛盾していたため改稿。
武を試す:模擬戦
【お詫び】
諸事情により、投稿が一日遅れてしまいました。
すみません。
「模擬戦の勝利条件は相手を戦闘不能にすることです。なお、降参するのも有りとします」
シンプルで分かりやすいルールだ。
「また、事故を防ぐため、相手を死に至らしめる攻撃は禁止とします。このルールを破った場合、失格になります」
妥当なルールだ。
「それでは、このコインが落ちた時をもって試合開始とします」
いつの間にかコインを手に持っていたアーシャさんが、そう言った。
アーシャさんの指がコインを弾く。
それは、クルクルと宙を舞い――
チャリンと音を立て、訓練場の床に落ちた。
音が響いた瞬間、僕達は動き出した。
「『雷霆』『物質創造』」
雷を魔法で創り出した剣に纏わせ、アーシャさんに斬りかかる。
「『魔銃顕現』」
メアが手に魔銃を出現させる。
「『風よ』」
風の弾丸を装填し、構える。
対するアーシャさんは、様々な魔術を使い分け、時には体術も使いながら僕達の攻撃を凌いでいる。
「『地形操作』」
アーシャさんの言葉で、訓練場の床が盛り上がり、僕達の動きを阻害する。
ただ走るだけでもいつ足を引っ掛けられるか分からないため、いつも以上に神経を消耗してしまう。
「ここだっ!」
アーシャさんの隙のない防御に出来た隙。
その隙に雷の剣を差し込む。
だが、剣が動かない。
見れば、ガッ、と刀身を掴まれていた。
アーシャさんの手は、防御魔術を纏っている。
それにより、剣が纏う雷を無効化し、さらに刃で傷を負うこともない。
「ちっ」
刀身に手を触れ、時間を巻き戻す。
剣が創られる前まで時間が巻き戻り、残ったのは依代を失った雷だけ。
僕は新たに双剣を創り出し、雷を纏わせる。
そしてアーシャさんの放った風を切り裂くと、そのまま後退した。
僕の目が映すのは、アーシャさんへ接近するメアの姿。
メアは、魔銃で魔術の弱点となる場所を正確に撃ち抜き、魔術を不発に終わらせる。
それを見たアーシャさんは、放つ魔術の数を増やす。
どうやら、一撃の威力が低くなってでも、数を増やし、メアの防御をすり抜けて少しずつダメージを蓄積させる目的のようだ。
メアは、先程までとは違う行動を取った。
全ての魔術を迎撃しようとするのではなく、自らが戦闘不能になるダメージを負わせる魔術だけを撃ち抜く、攻めのスタイル。
突然の方針変更に、アーシャさんは驚き、少しだけ魔術を放つ手が緩んでいる。
チャンス!
僕は、双剣に纏わせた雷を腕に伝わせて全身に纏わせ、地面を蹴った。
それは|正《まさ》しく、疾風迅雷。
転移と見紛う程の速度で、アーシャさんの背後に迫った僕は、勢いのまま右の剣を突き出す。
咄嗟のことで、動きが鈍いアーシャさんだけど、それでも戦闘継続において致命的な傷は避けた。
だが、アーシャさんは肝心なことを忘れている。
僕の手にはもう一つ、剣があって。
そして、もう一人の仲間が今か今かと待ちわびている。
今、もう一つの剣が振るわれた。
――当たる。
そう思ったところで、アーシャさんが|消えた《・・・》。
否、違う。
先程の僕と同じ。
知覚出来ない程高速で移動しただけ。
刹那の間に僕のところからメアの前に移動したアーシャさんに、メアはまるで反応出来ていない。
アーシャさんは、発射直前だったメアの魔銃に少し手を添え、何もない虚空を穿つはずだった弾丸が、少し違うところを穿つ。
つまり、先程までアーシャさんが居たところの近くに居る、僕に。
「――すみません、あなた達の実力を見る為、少し手加減をしていました」
アーシャさんがそう言った直後。
「――あ、がっ」
僕に、メアの魔弾が突き刺さる。
そのまま、僕の視界は暗転した。
後を語る:それから
「――ん……」
光が眩しい。
その眩しさに思わず目を瞑ると、体が再び眠りに落ちようとする。
それに抗い、目を開くと、やはり眩しかった。だが、徐々に目が光に慣れてくる。
ようやく周りが見えるようになって、最初に視界に飛び込んできたのは、今にも泣きそうな表情のメアだった。
「うっ、うぅっ……無事で良かったぁ、トーマぁ……!」
訂正。
メアは大粒の涙を流しながら、僕へ抱きついてきた。
包帯に包まれている、メアの魔弾によって出来た傷がかなり痛むが、今はそういう時間じゃない。
痛みを堪えながら、ゆっくりとメアの手を握る。
残念ながら、腕を持ち上げ、メアを抱きしめる程の力は残っていなかった。
メアの手を握り、泣きじゃくる彼女を宥めながら、ぼんやりとした頭で、あれから一体どれだけの時間が経ったのだろう――と考える。
そんな僕の思考を断ち切るように、廊下からバタバタと足音が聞こえてきた。
そして、そのままピシャリとこの部屋の扉を開けると。
「――メアリー様! 一体どうなさいました、か」
その声の主――アーシャさんは、勢いよくメアに声を掛け、そして部屋の中でメアの手を握っている僕と目が合い、言葉の勢いが削がれる。
アーシャさんは、夢を見ているのかと暫し呆然としていたが、僕が小さく手を振ろうと腕を上げたのを見て、これが夢じゃないと気付いたみたいだ。
「トーマ様……目が覚めたのですね……」
メアとは違い、涙こそ流さないものの、やはりアーシャさんの目は潤んでいた。
「――ぅ……う、ん」
たった一言、「うん」と発するだけなのに、声は掠れ、途切れ途切れにしか出せなかった。
それだけ衰弱しているのだから、僕が眠っていた時間は相当なものだろう。
だが、まずは――
ぎゅるる、と。
僕のお腹が激しい空腹を訴えたのだった。
◇ ◇ ◇
「はむっ、はむっ……」
それから、少し後。
僕は一心不乱にアーシャさんの作ったご飯を食べていた。
「もう……そんなに早く食べるとむせますよ?」
アーシャさんは呆れ混じりに言った。
「大丈夫、です……ごほっ」
大丈夫、と言った後にむせた僕を見て、アーシャさんは、ほら、言わんこっちゃない――というような表情で、また呆れる。
むせる僕の背中をとんとんと叩いてくれたのは、メアだった。
「ほら、|一週間《・・・》も眠っていたのだから、お腹が空いているのは分かるけれど、もう少し自重しなきゃいけないわよ」
「うん、分かって――一週間⁉」
分かっている、と答えようとしたが、一週間眠り続けていたという事実に目を見開く。
「ええ、一週間。私の魔弾を受けたあなたは、一週間こんこんと眠り続けていたの」
「そっか。でも、たった一週間だ。リハビリして、一週間分の遅れを取り戻す」
「……っ!」
メアは、僕の言葉に込められた決意に気付いたみたいだ。
だからって、止まるつもりは無いけど。
たった一週間、されど一週間。
一週間で失った力はあまりにも大きく、取り戻すには相応の時間が要る。
それこそ、一週間なんて比にもならないくらいに。
だから、ある人物の助けを借りる。
まあ、今は体力を戻すのが先だけど。
◇ ◇ ◇
――それから、一週間の時が経った。
はじめは歩くのもやっとだったが、今は四時間は走り続けられるくらいには体力が回復した。
まあ、四時間を走り続けられる体力なんて、一分程度しか戦い続けられないけど。
そろそろ実戦的な訓練もしたいところだ。
僕は、ある人物へと呼び掛ける。
力を戻す:無限組手
「――アレン」
――何だ?
「僕の、修行に付き合ってほしい」
――ふん、了解した。
次の瞬間、僕の意識は落ち、気が付けばあの白い空間に居た。
「さて、一週間も目覚めなかったそうだな」
アレンが言った。
「そうだよ。僕自身、不甲斐ないと思っている」
「そう思うのなら、もっと強くなることだな。あの女程度の攻撃で気絶するとは……我らがなめられてしまうではないか」
僕としては、なめられようが何だろうが別に良いのだが。
アレンは、言動の通り、かなりプライドが高い。
もし不満を持たれでもしたら、僕が気を失ってしまった時などに、何を仕出かされるか分からない。
「……我をそのように思っていたのか?」
しまった。
精神世界だから、僕の思考は相手に筒抜けなのだ。
アレンはガードがしっかりしているのか、僕にはその思考を一切読み取ることは出来ない。
「今後から改めるよ」
改めるつもりが無いとも取れる僕の態度に、アレンは一瞬むっとするが、ふんと鼻を鳴らす。
時間は有限だ。
今はこんなことをしている場合ではない。
「こんなことをしている場合ではないな」
アレンも納得した。
「構えろ。わざわざ付き合ってやるのだ。せめて、我とまともに戦えるようになれ」
アレンが拳を構える。
武器を持っていないのは手加減か。
僕も拳を構える。
その瞬間、アレンの纏う空気が一気に変化して――
僕は、その圧に呑まれないよう、必死に抗う。
「ぅぁっ!」
アレンの纏う圧がより強くなり、僕は思わず声を漏らす。
その隙にアレンは強く踏み込み、まばたきする間に僕の眼前へ迫ってきていた。
「――ッ!」
認識はした。
体が追い付かない。
回避しろ。
どこに?
後ろは駄目だ、衝撃を殺すことすら出来ない。
横も駄目だ、アレンの速度なら追いつける。
なら――
僕は一歩、踏み込む。
「前だ!」
拳に当たりに行くかのように前に出た僕に、アレンの動きは一瞬鈍る。
だが、直後に軌道を変えた拳に、僕のみぞおちが捉えられた。
僕の体は大きく吹き飛ばされる。
際限無く広がる精神世界を吹き飛ばされる僕は、どうでも良いことを考えていた。
――あれ、これって勝つの無理じゃない?
アレンと僕の違い。
力の使い方。
経験。
速さ。
全てが劣っている僕に、勝ち目などあるわけが無い。
それでも。
これからもメアと共に在るのであれば。
強くなって、メアを守れるようにならなければならない。
空中で体勢を立て直し、強引に着地する。
僕は、強い意志の籠もった瞳でアレンを見据えた。
「多少はマシな面構えになったな」
アレンの纏う空気が、また少し変化する。
より濃く、より深く、より重く。
先程までよりも強くなった圧。
しかし、僕は気圧されることは無く、アレンとしっかり向き合った。
「――フン!」
アレンが踏み込む。
前から拳。
少し遅れて、後ろからは蹴りの準備。
上半身の力を抜き、体を大きく反らせる。
蹴りが迫ってくる。
体を反らせた勢いを利用し、地面を蹴る力も利用して、そのままバク転する。
息つく|暇《いとま》も無い戦い。
ふっと息をつき、足に力を入れる。
そのまま一気に前へ突っ込み、拳を振りかぶる。
狙うはアレンの右肩の付け根。
精一杯の力を拳に込めて――
僕の拳は、パシッと小気味良い音を立てて、アレンに受け止められた。
「動きは悪く無かった。が、狙いが悪い。格上に対して正面から向かって、敵うと思うのか」
アレンの体が僕の拳を受け止めたまま滑らかに動く。
アレンの左拳が僕の体を捉えた。
あまりの衝撃に、僕の体が宙を舞う。
「続きだ。立て」
アレンに立たされる。
僕は、再び構え、アレンと対峙する。
前から拳。
いや、その前に横からの蹴りが当たる。
後ろに避ける。
回り込まれる。
咄嗟に横へ。
刹那の間の思考を幾度となく行った後。
横から蹴り。
フェイント。
下へ潜り込む。
背後へ。
背中――隙!
拳を突き出す。
とった!
僕の拳がアレンに吸い込まれるように当たる。
その後、アレンの蹴りが僕へ命中。
大したダメージは与えられなかったが、それでも当てたものは当てた。
アレンが構えを解く。
「手加減していたとはいえ、よく我に一撃入れたな。正直、無理だと思っていた」
若干貶されているような気がしなくも無いが、褒められている、んだよね?
「これだけの技があれば、大抵の相手には力を鍛えるだけで勝てる」
技だけじゃ駄目ってことか。
まあ、当然だな。
この言葉を最後に、僕の意識は薄れ始める。
個人的には、本気のアレンとも戦ってみたいのだが。
――まだ早い。
駄目みたいだ。
僕の意識は覚醒して――
目が覚めたら、メアの膝の上だった。
えっ、何で?
後の色々
「おはよう」
メアが僕の顔を覗き込んでくる。
近い。
それに、メアの長い銀髪が僕の顔にかかって、少しくすぐったい。
「えっと……」
突然のことに頭が混乱し、上手く言葉が出て来ない。
「心配したのよ? あなたがようやく目を覚ましたと思ったら、また倒れてしまったのだから」
心配をかけてしまった様だ。
「でも、この分だとここ最近の疲れで少し眠ってしまっただけみたいね。良かったわ」
話の途中でぎぃ、と部屋の扉が開く音がした。
メアが恐る恐る振り返ると、そこには医者と見られる男性を連れたアーシャさんがいた。
「メアリー様、これはどういうことでしょうか」
恐ろしく冷たい声でアーシャさんが言った。
言葉はメアに投げかけられているが、その目は僕を見ている。
蛇に睨まれた蛙の気持ちを心の底から理解した。
「医者を連れてくる間、ずっと床に寝かせておくわけにはいかないでしょう? 残念ながら、私には意識の無い殿方をベッドに寝かせる程の力はありませんの」
メアは、手足が震え、声も震えそうになるが、なんとかそれを隠して努めて冷静にそう答えた。
……目は泳ぎまくっていたが。
「なら、もう大丈夫ですね。私が彼をベッドに寝かせましょう」
アーシャさんは有無を言わせず、僕の脇を掴む。
このままだとアーシャさんの力と重力に引き千切られそうで怖い。
「あの、大丈夫です。もう動けますので」
「そうですか、それなら話は早いですね。この椅子に腰掛けて下さい。この医者が診てくれます」
「はい、分かりました」
アーシャさんから感じる圧が緩んだのを感じ、安堵する。
「それでは、お願いしますね」
アーシャさんが医者の男性に言い、医者はしっかり頷いた。
「失礼します」
医者が僕の手に魔法陣を描き、魔力を通す。
暫くそうしていたが、やがて医者が手を離した。
「特に大きな問題はありませんでした。ただ、疲労からか魔力の流れが少し悪いようです。幸い、少しの休息で改善される程度なのでお試し下さい」
「ありがとうございます」
やはり疲れが溜まっている様だ。
一度どこかで休みをとらなければ。
「それでは」
そう言って医者はすっと部屋を退出し、そのままどこかへ行った。
次の患者の所へ行ったのだろう。
「特に異常はありませんでしたね。それでは、戦闘訓練を再開しましょうか」
鬼か。
「何か?」
僕の突っ込みが口に出ていたのか、それとも僕がやりたくなさそうにしている様に見えたのかは分からないが、アーシャさんが不機嫌そうにそう言った。
「いや、何でも」
何でも無いと言って会話を終わらせる。
その後、僕達はアーシャさんにこっぴどくやられた。
戦って、魔術理論を学んで、歴史を学んで、一般教養も叩き込まれる。
そんな日々を過ごす中、ついに一年が経った。
次回に閑話、その次の回に幕間を挟んで2章は終わりです(予定)。
閑話 ある休日の一幕 point of view A
天気が良い。
窓を開け、太陽に向かって思い切り伸びをする。
体がほぐれ、柔らかい日差しが心地良い。
そうそう、確か前にもこんな日があった。
その日は久方ぶりの休日で、良い天気だったから散歩に行ったんだっけ。
そうしたら、何故かメアに見つかり、自分も連れて行って欲しいと言われて、仕方なく一緒に散歩に行って――
いや、出掛ける前に何故かアーシャさんにも見つかって、「あなたとメアリー様を二人きりにするわけにはいきません」と、アーシャさんも加わり、結局三人で出掛けたのだ。
暇だし、あの日と同じ様に出掛けてみようかな。一人で。
「行ってきます」
その声は誰にも拾われぬまま、僕は一人で屋敷を出た。
街に出ると、思いの外人が少なかった。
前はもっと人が多かったのになぁ……
あの日は働く人達の休日で朝市もやっていたから、人が多かったのだろう。
うーん、どうしようかな。
前に三人で来た時の様に屋台を巡ろうと思っていたのだが、あてが外れた。
まあ良いや、取り敢えず歩けば何か見つかるだろう。
適当に歩いていると、見覚えのある店を見つけた。
「よお、坊っちゃん!」
そう僕に声を掛けたのは、串焼き屋の店主だ。
美味しそうな串焼きの香りが鼻腔をくすぐる。
そうだ、これをメアとアーシャさんと三人で食べた。
この香りを嗅いで、メアが食べたいって言って……
結局一人三本ずつ食べた覚えがある。
「串焼き一本ください」
「おう、一本だな。100ルーズだ」
中銅貨を一枚渡して、串焼きを受け取る。
「ありがとうございます」
「こちらこそ、ありがとな!」
買った串焼きを頬張りながら散歩を再開する。
炭火で焼いた肉の旨みと甘辛いタレが絶妙に合わさり、口の中に広がる。
控えめに言って、美味しい。
串焼きが美味すぎてあっという間に食べ終わってしまった。
食べ終わると、喉が渇いてくる。
何か水が飲める所が無いか探していると、果実水を売っている店が目に入った。
ちらりと覗くと、どれも美味しそうだ。
どれにしようか悩むが……
「すみません、このドゥルシスベリーの果実水ください」
「おっ! ドゥルシスベリーに目を付けるとはお目が高い! これはこの領地の特産品で、とても甘いのが特徴なんです!」
押しが強い。
少し苦手なタイプだ。
「へえ、そうなんですね。いくらですか?」
適当に相槌を打ち、購入に移る。
「はっ! すみません、うちの果実水を買ってくれることが嬉しくて……300ルーズです!」
中銅貨三枚を渡し、果実水を受け取る。
グラスに口を付け、一口嚥下する。
ドゥルシスベリーの甘みが口いっぱいに広がり、僅かな酸味がアクセントとなって美味しい。
喉の渇きも相まってか、僕はあっという間に果実水を飲み干してしまった。
手で口を拭いながら言う。
「美味しかったです」
グラスを返し、散歩を再開する。
ふと気が付くと、ちょうど太陽が南中する所だった。
そろそろ帰ろうかな。
屋敷に帰ってメア達と話したい気分だ。
屋敷の扉を開けると、メアが飛び出してきた。
「ただ……」
ただいま、と言おうとした所で、メアの声に遮られた。
「どこ行っていたの⁉ 心配したのよ!」
そうか、そういえば誰にも言わずに出掛けていた。
「う……ごめん、ちょっと散歩に。次からはこんな事は無い様にするよ」
メアがいつもより感情をあらわにしながら、僕に言う。
「ほんとにお願いするわ。そうだ、何か欲しい物は無い?」
ちゃんと心掛けよう。
さて、欲しい物、欲しい物か……
特に無いんだけどな。
AということはBもあります。来週投稿予定。
閑話 ある休日の一幕 point of view B
「あら? トーマはどこかしら?」
私がそれに気付いたのは、トーマを街の視察へ誘おうとした時だった。
近くに控えていたアーシャに尋ねる。
「アーシャ、トーマはどこか調べてくれるかしら?」
「承知致しました」
すぐにアーシャはトーマの居場所を調べ始めた。
探査魔術を使っている様ね。
屋敷や街で妨害術式を使うことも無いでしょうし、これならすぐ見つかりそうだわ。
「メアリー様」
案の定、すぐにトーマは見つかった。
「見つかったのね。どこかしら?」
「ええ、見つかりました。街の中です」
「行きましょう!」
「お待ち下さい」
屋敷を出ようとした私を、アーシャが制止した。
「何かしら?」
出鼻をくじかれた私は、早くトーマのもとへ行きたいのだけれど――と、少し不機嫌な気持ちを抑え込んで言った。
「本日は休日です。ここ最近は慌ただしい日々でした。トーマ様もお疲れでしょう。お一人にして差し上げるのもよろしいのではないでしょうか」
「そうね」
私が相手の言ったことを認めるのは、その後に否定する時が殆どだ。
それを知っているアーシャは、再び口を開き、下がろうとする。
けれど、今は本当にアーシャの言うことが尤もだと思っていた。
「一人にしておいてあげましょう」
「メアリー様……」
アーシャが軽く目を見張る。
そんなに我儘な人間だと思われていたのかしら、と心の中で軽く苦笑した。
思えば、私は昔から我儘な人間だった。
気に入らない人間が居れば数日の内に外した。
逆に、気に入った人間は何年も手元に置いた。
アーシャがその筆頭だ。
そうして、今度は想い人すらも私の我儘で手元に置こうとして――
これで、良いの?
良いのよ、これで。
今は、あの頃の記憶は無いかもしれないけれど、きっと、彼も心の底では――
だから、私は間違っていない。
たとえ間違っていたとしても、結果が納得出来るものであれば大丈夫。
だから、私は進み続ける。
自問自答を終えた私は、これからすべきことの思案に移る。
そうね、まずは彼の中に私の存在を印象付けなくては。
贈り物をすれば良いかしら。
そうと決まれば、後は尋ねるだけ。
私は、トーマが帰って来るのをじっと待った。
次回、幕間。
幕間
どこかに
いつもの様に、神界と霊界の狭間からトーマを見る者が、二人。
二人とも暇なのかと言いたい所だが、生憎とそのうち一人は暇ではない。
今回もいきなり現れたクラティオが話を始めた。
「アウグスト。トーマとメアは王立学園を受験するつもりじゃぞ」
「懐かしいな。確かあそこには――」
「うむ。ダンジョンがあるのじゃ」
「あそこのダンジョンは特別だったはずだ。もしかしたら、俺達の元へ辿り着くかもしれないな」
アウグストがそう呟いた。
クラティオは「ありえない」と言い、言葉を続ける。
「メアが本気で手を貸せば別じゃが、あやつは本気で愛した者――例えばお主とかじゃな、にしか本気で手は貸さんからの。無理じゃろう」
それに対して、アウグストは反論する。
「これまでの旅を見る限り、メアは多少だがトーマのことを気に入っている様だ。少しくらいは手助けしてくれるのではないか?」
「それでも、メアの力を最大の戦力として捉えている時点でトーマの力が足りていないじゃろう。メアの力は補助に徹してこそ真価を発揮するのじゃから」
クラティオのトーマを見る目は厳しい。
「まあ良い。その時になれば分かるだろうさ」
アウグストがこの話を終わりにした。
「そうじゃのう。それに、もっと大事な問題もあるのじゃ」
「ああ。この世界に、俺もクラティオも知らない干渉があることについてだな」
「そうじゃ。干渉が始まったのは随分前からじゃが、特に干渉が大きくなってきたのは、先のレヴィアタンの一件からじゃの」
「俺やクラティオでさえも視ることが出来なかった。その時点で、俺やお前以上の者が関わっている。これは世界を揺るがす大問題だ」
「儂が直々に調査を進めよう」
「すまない。俺に万全の力があれば……」
申し訳無さそうにするアウグストに、クラティオが言う。
「良いんじゃ。お主には、散々助けられた。次は、儂が助ける番じゃろう?」
「……っ! ああ、ありがとう」
忍び寄る勇者の魔の手
ソーマ達勇者パーティの四人は、周囲の喧騒に紛れ、これからの勇者パーティの行く末について話していた。
「勇者」パーティと言うからには、モンスターや魔族、ひいては魔王すらも相手取らなくてはならない。
それには、いかに強いスキルを持つ者だと言えど、四人では心許無い。
勇者パーティの戦力増強のため、ソーマはパーティメンバーのレアスキル|所持者《ホルダー》と同等の強さを持つ者を探し続けていた。
その傍ら、自らの弟であるトーマの捜索も行っていたが、トーマの捜索は難航していた。
冒険者ギルドへ行き、何度聞き込みをしても、トーマを見掛けたという者は現れない。
(くそっ! 勇者パーティに入れば将来は殆ど約束されたものだというのに――!)
勇者パーティに入ることのメリットがどれだけのものであったとしても、肝心のトーマを見付けられなかったら意味が無い。
最近はモンスターの被害も鳴りを潜め、勇者パーティの仕事にも随分余裕が出てきた。
空いた時間を使って、ロブシティアス、スブシーディム、マルガリタの三名には見込みのありそうな者を探してもらっている。
勿論、ソーマもだ。
そして、月に一度定例会を開き、仲間集めの成果を報告し合っている。
「さて、仲間集めの成果はどうだ?」
ソーマが定例会の進行をする。
「成果は無しよ」
「俺もだ」
「ボクも、成果なし!」
マルガリタ、ロブシティアス、スブシーディムが言った。
今までと同じで、成果は無いらしい。
「そうか……困ったな、三人がどれだけ強いと言っても、さすがに魔族を相手取るには人数が少なすぎる」
ソーマは、困った様に言った。
「こうなると、最後の手段に頼ることになるのかしら?」
マルガリタの言葉に、ソーマが答える。
「非常に不本意なことだが、そうなる」
「まあ、そうだろうな。何せ、こっちから学生をスカウトし、モンスターや魔族との戦いに投入するのだから」
ロブシティアスが言った。
「えっと、手はずではボクが王立学園へ入学して、学園生をスカウトするんだっけ?」
「ああ、そうなる」
スブシーディムがソーマに確認した。
「責任重大だね……」
「スブシーディム、よろしくな」
「うん、頑張ってみるよ」
「それでは、解散!」
ソーマの言葉でソーマ達四人は別れた。
「見つけたよ」
白い髪の少年が言った。
その言葉を聞き、腰の短剣を抜いて警戒態勢に入る。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。少し、君の姿を借りるだけだからさ」
一気に踏み込み、少年に斬りかかる。
少年はそれをひらりと躱し、言った。
「じゃあ、いくよ? ――『眠れ』」
少年と話していた相手は、がくんと膝を折り、そのまま倒れてしまった。
少年はそれを慌てて抱きとめる。
「ふう、危ない危ない。この時期は道が冷えるからね。意識のない人を寝かせたりとかしたら、風邪引いちゃうよ」
しっかりと抱きかかえ、言う。
「『転移』」
学校でテストが近付いており、更新が遅れてしまいました。すみません。
テストが終わるまで(7月に入るまで)は更新をお休みします。
また、この物語の舞台が大きく変わるのに合わせ、今この話を投稿しているシリーズを【冒険者編】とし、続きを連載するシリーズを新たに作成します。
詳しい話につきましては、次話を投稿する7月7日にお知らせします。
次回「3章 1話 試験を控えて」
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