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目次
魔法使いとスマホ
赤松紅葉、16歳。
ごく普通の高校に通っている一般人だ。
自分で言うのもなんだけど、容姿端麗&成績優秀、スポーツも出来る。
しかし、学校では勉強が出来るだけの真面目キャラを通していた。
中学の時に色々あったのだ。
「紅葉!」
背後から名前を呼ばれた私は振り返る。
そこにいたのはショートヘアのよく似合うクラスメイトで、いつものように抱きついてきた。
「おはようございます、朝日さん」
「おはよ。今日は絶好の水泳日和だね」
ニッコリという文字が見えそうなほど笑った朝日結衣。
まるで太陽のように眩しくて、思わず目を細めてしまった。
今頃だけど、季節は夏の始まりぐらい。
確かに朝日さんの言うとおり気温が高く、絶好の水泳日和だろう。
しかし、頭の中にあったのはどのように手を抜くか。
スポーツは程々に、というのが高校での私だ。
それから私は朝日さんと少しだけ会話して、自席で本を読むのだった。
1時間目は歴史、2時間目は国語と人によっては眠る授業が続く。
そして2時間連続の水泳。
嫌々着替え、準備運動やらを終わらせる。
朝日さんは早く泳ぎたいのか落ち着きがなかった。
私はジリジリと照らす太陽に、少しだけ苛立ちを覚えていた。
何故、うちの高校は屋外で少しも屋根がないのだろう。
それから数分もしないうちに本格的に授業が開始した。
今日はテストもあるらしく、いつも以上に気を付けないといけない。
出席番号が1番なので、最初に泳がなくてはいけないのに不満を抱きながらもゴーグルをつける。
泳ぎ始めよう、とすると同時に聞こえた轟音と大きな揺れ。
何事かと全員が辺りを見渡す。
その時、クラスの誰かが声をあげた。
「校庭だ!」
クラスのほぼ全員が校庭を見た。
私もプールから出て様子を確認してみる。
砂埃が舞う校庭に出来たクレーター。
その中心に見えた黒い影。
「全員静かに。決して大声を出してはいけませんよ」
教員の指示を誰もが素直に聞き入れた。
あの影の正体は魔物と呼ばれる、異世界からやって来た生命体。
まだ謎の多い生き物だが、一つだけ確実な情報があった。
それは《《人を襲う》》ということ。
魔物といっても様々だが、今回は獣型という聴力がとても良い種族。
音の大きな方に向かい、人を襲う。
一番確認される種族だからか、全員が対処法を認知していた。
「早く来てくれ、魔法部隊」
全員が手を合わせて願っている。
魔法部隊とは名の通り、魔法を使って魔物と戦い人々を守る部隊のこと。
政府が公認した警察や自衛隊と似たような組織、とこの世界では小学校の時に習う。
(……遅いな)
魔法部隊の隊員である魔法使いはとても少ない。
そもそも魔法を使える人間自体が少ないのが大きな理由だ。
その為、他の場所で魔物が出現していた場合は通報しても到着は遅い場合がある。
「あ、魔物が校内へ向かって──!」
「早く来いよ、魔法部隊」
全員の不安がどんどん大きくなっていく。
誰もいない校庭など、広い場所の方が巻き込む恐れがなく魔法が使いやすい。
つまり、校舎に入られたら被害ゼロというわけにもいかなくなる。
私は辺りを見渡し、自分の位置や状況を確認した。
クラスの中で一番後ろにいて、近くには更衣室がある。
覚悟を決めた私は静かに歩きだした。
「どこ行くの、紅葉」
腕を掴まれ、思わず足を止める。
全員が校庭を見ていたから気がつくと思わなかった。
朝日さんの言葉をきっかけに全員の視線が集まる。
上手く言葉が出ない。
「……ごめん」
やっと出せたのはたった三文字だった。
私は彼女の手を振りほどいて、更衣室へ向かう。
「──!」
私の名前を呼ぼうとした朝日さんの口がクラスメイトによって塞がれた。
大きな声を出したら魔物が向かってくる。
仕方がないこととはいえ、私は何度も謝りながら更衣室へと入った。
扉はあまり音を立てずに開く。
軽くタオルで水を拭き取ってから荷物を漁る。
肌身離さずに持ち歩いていて良かったと、それを私は握りしめた。
更衣室から出ながら私はスマホの画面をタップする。
こんな状況でスマホを使用、それも水着姿だと変人にしか見えないだろう。
すでにクラスメイトと教員の視線が痛かった。
でも、そんなことを気にしている場合じゃない。
「うちの高校に魔物が来たんですけど」
「お疲れ、紅葉ちゃん。柊木さんが前の仕事終わって向かってるけど、最短でも10分は掛かると思う」
通信の相手は櫻井さんという、私の仕事場でオペレーターをしている人だ。
10分で死傷者がどれだけ出てしまうか。
考えるだけで頭が痛くなってきた。
私は一度深呼吸をしてから覚悟を決める。
「……箒が壊れるほど最速で来るよう、柊木さんに伝えてください」
スマホをスピーカーにすると同時に最終確認がされた。
その声には驚きが少し混ざっている。
私はカバーを一度外してカードを取り出しながら返した。
「誰かが傷つくよりは、何倍もマシです」
そっか、と納得した櫻井さんの優しい声が聞こえた。
私はクラスメイト全員の顔を見て、深々と頭を下げた。
そして彼らにしか頼めないお願いをする。
「私が必ず皆を守ります。なので魔物を呼び寄せてください」
少しでも被害者を減らすには、この方法しか思い浮かばなかった。
けれど、クラスメイトが危険に晒されるかもしれない。
仕事を開始するまでの数分だけ。
殆ど話したことがなく、対して仲の良くないけど皆に頼むしかなかった。
「おーい! この魔物野郎!」
何度も話しかけてくれた声が静かな高校に響き渡った。
彼女は私を見て微笑み、そしてまた大声を出した。
誰も朝日さんのことを止めようとはせず、クラス一丸となって魔物を呼び寄せてくれている。
涙が流れそうになるのを必死に堪えて、私はカードをスマホの上でスライドさせた。
その瞬間、優しい黄緑色の魔方陣が浮かび上がる。
《カード認証=成功シマシタ》
《生体認証=No.27ト一致シマシタ》
《仕事着ヲ転送シマス》
スマホから新しい魔方陣が浮かび上がり、足元へと設置される。
それを踏めば、仕事着に一瞬で着替えることが出来るのだ。
白を基調とした黄緑のラインが入った帽子と、スーツ。
魔法部隊の制服を着ると、少し気が引き締まったような気がした。
《物資調達=箒ノ転送ガ完了シマシタ》
《慈悲ノ魔法使イ=作戦開始》
スマホを左手首のケースにセットし、箒で空を飛ぶ。
魔物は皆のお陰で校庭まで戻ってきており、プールへと走っているところだった。
「皆、ありがとう」
感謝を伝えた次の瞬間には急降下し、魔方陣を魔物へとセットした。
少し距離を置いてから発動させると、小さな爆発が起きる。
これで大声のする方より、敵意のある私へと注意が向く。
「……櫻井さん」
「紅葉ちゃん、どうかしたの?」
「今回の魔物は獣型なんですけど、私より大きいです」
私の身長が170cmで、魔物は大体地面から耳までの高さが2m。
これが降ってきたら大きなクレーターが出来て当然だろう。
そんなことを考えていると、魔物はその前足を大きく振り下ろした。
箒に掴まって空ヘ回避する。
私がいた場所はクレーターが出来ており、直撃すれば死ぬかもしれない。
プールからは勿論、校舎からの視線も集まってきた。
今すぐ逃げたいけど後悔はしていない。
「魔方陣展開」
スマホを操作して攻撃系魔法をどんどん発動していく。
でも、一度に入れられるダメージが少ないから倒せない。
早く柊木さんが来ることを願う。
攻撃方法は前足を振り下ろすだけなので、回避には慣れてきた。
もう一度攻撃を仕掛けようと、魔物の懐へ飛び込む。
「逃げて!」
プールから聞こえた数々の叫び声。
視界の横が急に明るくなって、とても熱い。
魔物が今までと違う攻撃を準備しているのはすぐに理解できた。
時間の流れが遅く感じる。
そんな私が真っ先に考えたのは自分より周りの心配。
空中に逃げれば人にも、街にも被害は出ないだろう。
箒に集中し、私は天高くへと飛んでいく。
スマホを操作して何重にも防御魔法を張ってみたけど、耐えられるとは思えない。
自分がダメでも、誰かが倒してくれるだろう。
「紅葉!」
その一言で、全ての音が掻き消されたような気がした。
何にも邪魔されずに、その声は私へと届く。
「死なないで……!」
誰か、って誰だ。
私が倒れたら、柊木さんが来るまでの残り五分を誰が戦う。
クラスメイトを守ると誓ったのは、私だろ。
その瞬間、魔物の口からビームのようなものが出た。
幾つも重ねた防御魔法は全て破壊される。
魔方陣を展開させる余裕もない。
約束も守れない自分が嫌で、とても悔しい。
---
天へと伸びた、一筋の光は隣県からも確認された。
同時に熱風が街を駆け抜ける。
魔物がビームを放った時間は約10秒。
「く、れは……」
一人の女子高校生が、涙を流しながら床に座り込む。
ビームを直撃した魔法使いの姿はない。
「赤松が、負けたのか?」
とある生徒の発言で、場の空気が変わる。
一度は小さくなった不安が膨れ上がったのだ。
全員が大声で叫びそうになるのを抑え込む。
赤松紅葉は、命を懸けて守ろうとしてくれた。
その意思を無駄にするわけにはいかない。
「──良くやったじゃん、紅葉ちゃん」
誰かの声が、辺りに響き渡った。
朝日は顔をあげて声の主を探そうとする。
すると、誰かが更衣室の屋根にある2つの影を見つけた。
「やっぱりスマホの魔方陣を発動させる方が効率いいね。倒せなくても時間稼げるから」
赤を基調とした黒のラインが入った帽子とスーツの魔法使いは独り言を呟く。
小脇に抱えられているのは、先程まで戦っていた魔法使い。
---
「……下ろして」
最悪の気分だ、と眉間にシワを寄せながら私は呟く。
防御魔法が全部破壊されて、死を覚悟した。
その時、私を光よりも速いスピードで救い出したのはこの男だった。
名前は柊木奏斗。
確か22歳で、二つ名は──。
「紅葉ちゃんのせいで壊れちゃったよ、箒」
「自分のせいでしょ」
「今、全員が仕事中で代わりがないんだよね」
思わず眉間にシワを寄せたのは仕方がないと思う。
箒というのは全部で10あるが、魔法使いは私を含めて現在9人。
柊木さんが2つ目を壊したから、使用可能は8しかないということになる。
「街に被害が出る前に終わらせて」
「了解」
そう笑った柊木さん。
対して私はため息を吐くだけだった。
「紅葉!」
「……朝日さん」
下から声が聞こえ、私は倉庫を飛び降りる。
魔法を使わずに着地したので、全員が驚いていた。
校庭へ視線を向けると、柊木さんが魔物の攻撃を避けながら大きな魔方陣を描いている。
凄いな、と少しだけ尊敬していると男子が何か話していた。
「赤松一人で倒せなかったのに大丈夫か?」
「え、お前知らないの?」
「黒と赤の魔法使いといったらアイツしかいないだろ」
その時、誰もが話すことを止めた。
辺りが魔方陣から放たれている紅い光に照らされている。
「残念ながら、君の敗北が確定してしまったよ」
私たちは様々な魔法を使う。
その中でも得意な属性を、魔法部隊の制服は表していた。
赤と黒は、炎と燃え残った灰。
徐々に気温が上がっていく。
炎魔法の発動するための魔方陣が原因だ。
「じゃあね」
魔方陣からまっすぐ天へと伸びた炎。
避けることが出来なかった魔物は、魔法が止まるとその場に倒れ込んだ。
《探知中=全魔物ノ討伐ヲ確認シマシタ》
《魔物ノ転移ガ完了》
《本部ト通信中デス…本部ト通信中デス…》
魔物の下に魔方陣が現れると、音声通りに本部へと転移された。
少しすると柊木さんが戻ってくる。
「流石は炎を扱う『憤怒の魔法使い』サマですね」
棒読みで伝える私を書き消すように、周りから歓声が聞こえてきた。
魔物を倒したのは柊木さん。
私は、ただ時間稼ぎをしていただけに過ぎない。
そんなことを考えていると、スマホから櫻井さんの声が。
「二人ともお疲れ様。他に通報は来てないから被害確認が終了したら解散で大丈夫だよ」
「分かりました」
返事をした私は柊木さんから箒を受けとる。
そのまま怪我人の有無など、校舎内を飛びながら確認した。
魔物が校庭から動かなかったからか、特に大きな怪我をした人はいない。
途中、何度も感謝を伝えられた。
でも感謝されるようなことはしていない。
納得できずにモヤモヤした気持ちで、私はプールへと戻った。
「確認終わったよ」
「ありがとね。それじゃ仕事を終わろうか」
《憤怒ノ魔法使イ=作戦終了》
《慈悲ノ魔法使イ=作戦終了》
頭上に現れた魔方陣が降りてくると、元の水着へと戻る。
柊木さんも私服なのか、白Tシャツにデニムだった。
「……」
「何、そんなジロジロと見て」
「いつもは目立たない服を着てたから気づかなかったけど、大きいなと──」
真面目に観察している柊木さんの言葉を遮るように、私は頬を叩いた。
そして『最低』と一言だけ吐き捨てる。
踵を返して数歩進んだところで、彼らが目に入った。
私の正面に居たのは、朝日さん。
魔法使いということを隠していたからどんなことを言われるのかと、少し構える。
「──良かった」
想像していなかった言葉に戸惑う。
「死んじゃうんじゃないかって、私、心配で……!」
涙を流しながら、朝日さんは胸に飛び込んでくる。
クラスの女子も次々と私を抱き締めた。
男子たちは目を逸らしながら感謝の言葉を並べる。
「自分を抑え込んだ時に、視野も狭くなったとは思ってたけど」
ここまでとはね、と柊木さんは赤くなった頬を抑えながら言った。
思い返せば、あの時の歓声は私にも向けられている。
倒せなかったけど、魔法使いとして戦ったから感謝を伝えられた。
視野が狭くなっていた、か。
確かにそうかもしれない。
ちゃんと周りを見ず、私ではないと決めつけていた。
「柊木さん」
「ん?」
いつもみたいに上手く笑えない。
だけど、自分を縛っていた鎖が消えたみたいに気分が良い。
少しだけ柊木さんの方に振り返りながら小さく呟く。
「私って馬鹿だ」
久しぶりに流れた涙は、私の頬を伝って落ちた。
---
あれから数日が経った。
私が魔法使いということは学校中に知れ渡り、今でもすれ違う度に感謝を言われる。
それと、魔法部隊の仕事が入った時は公欠にしてくれることになった。
元々学業を優先するように隊長から言われていたけど、私の成績なら問題ないだろうって。
授業中に唯一スマホを机上に置いていい許可。
あと、席を出入り口の近くにしてもらった。
他の魔法使いへ優先的に割り振られることになっている。
でも私が得意な魔法が必要なことが意外と多く、想像していた五倍は働いているだろう。
日常が変わりつつある中で、特に変わったと思うのは私自身。
真面目キャラだったのが、中学の時のような人間になってきている。
例の件をきっかけに本当の私がバレて、それからは自分を抑え込むことがなくなった。
良いことなのか、悪いことなのかは分からない。
でも、柊木さんを始めとした|魔法使い《仕事仲間》からは雰囲気が変わったと言われる。
「──こちら魔法部隊本部。応答願います」
「No.27赤松紅葉です。魔物ですか?」
「うん。柊木さんが苦戦してるんだけど応援に行ける?」
私が教師に確認しようとすると、静かに頷いた。
教科書とノートを閉じて、スマホを手に取る。
「今すぐ向かいます。現場の情報を送ってください」
扉に手を掛けたとき、声が聞こえた。
「今日も頑張って!」
「無事に帰ってこいよな」
クラスメイトの応援。
今は、大切な彼らがいるから頑張れる。
扉を開けて振り返ると、彼女と目が合った。
お昼までに戻ってこられるといいな。
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
廊下を走り、カードを取り出す。
《カード認証=成功シマシタ》
《生体認証=No.27ト一致シマシタ》
《仕事着ヲ転送シマス》
校舎の外にある非常用階段への扉を開き、魔方陣を踏んだ。
そして、思いっきり飛び降りる。
《物資調達=箒ノ転送ガ完了シマシタ》
落下地点の途中に現れた魔方陣から箒が現れた。
それを掴めば地面ギリギリで止まる。
近くの壁を蹴って箒にちゃんとした体勢で乗れば、準備完了。
《慈悲ノ魔法使イ=作戦開始》
赤松紅葉、16歳。
ごく普通の高校に通っている──
──『魔法使い』だ。
ーーー
生きる。です
個人的には想像していた通りに書けたので、意外と満足しています
連載決定しました
詳しくはこちら!
https://tanpen.net/novel/series/753d8d11-865d-45da-9722-77ed9223fa77/
小説『聖夜の奇跡』 ver.読み切り
登場人物
1.カイ/蒼井海斗
本作の主人公。東京に住む高校二年生で文武両道。将来の夢は小説家。
2.アヤ/篠崎彩
主人公の幼馴染。東京から遠く離れた主人公たちの出身にある高校に通っている。
3.ユウ/神薙夕
主人公の友人。同じ高校に通っており、奇跡やサンタクロースを未だに信じている。
4.天使
彼がいなければ、この物語は始まらない。
聖夜に起こった奇跡。
その結末を、貴方の目で見届けろ。
奇跡。
それは常識ではおこることが考えられないような出来事のこと。
---
「お前、まさか信じてるのか?」
呆れながら男子高校生──カイは言った。
クリスマスイブというのに部活はあり、もう日が暮れ始めている。
「サンタクロースはいるし、奇跡は起きるだろ!」
あと妖怪も神様も、とカイの友人──ユウは続ける。
カイは苦笑いを浮かべた。
高校二年生にもなって信じているのは、どうなのだろうか。
「あー、バイト嫌だな……」
ユウはスマホを見てため息をつく。
それに対して、カイは小さく笑みを浮かべた。
「え、は、お前笑ったのか……?」
うるさいわ、とユウの頭を叩いてスマホをしまう。
母親の前でもそんな顔はしていない。
そう言われたことが衝撃だったが、その後に連絡相手を問い詰められてカイは逃げた。
足が早いカイにユウは追い付くことが出来ず、少しして立ち止まる。
肩で息をし、呼吸が整うまで時間が掛かった。
「……まさか彼女じゃないよね?」
時が少し経ち、完全に日が落ちて夜が始まる。
イルミネーションで有名な駅前が街が彩られた。
家族や恋人など、皆が大切な人とこの時間を過ごしている。
そんな中、一人でベンチに座る影。
気まずいとは思いながらも彼は人を待っていた。
スマホを開いては閉じる。
また開いて、ため息をつきながら閉じる。
「うーん、既読つかないな」
マフラーを巻いていてもまだ寒く、鼻の先が赤く染まっていた。
冷たい手に、温かく白い息をかける。
「カイ!」
自分の名前を呼ばれ、顔を上げる。
懐かしい声と姿に、スマホをしまって立ち上がった。
「お、お待たせ。結構待たせちゃったよね」
「大丈夫、今来たところだから。一度来たことがあるとはいえ、迎えに行ったほうがよかったか?」
「二回来たことあるよ!」
悪い悪い、とカイは笑う。
頬を膨らませて怒っていたのはアヤ。
遠く離れたカイの地元から来た、幼馴染だ。
「それにしても東京は人が多いね。カイと離れないようにしないと」
初めて東京に来たような反応を見せるアヤ。
そういえば、とカイは疑問に思った。
数日間東京にいるのに小さな荷物しかない。
駅のロッカーに入れてきたのか聞こうとしたが、手を引いて走ったアヤに聞くことは出来なかった。
やっと止まったかと思えば、イルミネーションに目を輝かせている。
カイは息を整えながらスマホを構えた。
自身やアヤの母親に写真を送る約束をしており、撮らないと後が面倒くさいのだ。
「あ、カイじゃん」
聞き覚えのある声に、思わず顔を歪める。
まるでロボットのようにカクカクとカイは振り返った。
その顔を見た瞬間に声が漏れたのは『げ』という声。
「ユウ……」
「げ、は酷すぎない?」
ここにいるとアヤが来てしまう。
帰らそうとしたが、時すでに遅し。
「えっと、カイの友達?」
「まままさかカイの彼女!?急いで写真撮ってクラスのグループに……」
「バカ、お前やめろ!」
カメラを起動するユウはアヤを盾にし、カイは立ち止まるしかなかった。
ユウを睨んでいる間に自己紹介が済み、何故か高校での話になっている。
「カイって学校ではどんな感じなんです?」
「陽キャでも陰キャでもないごく普通の人間。運動が出来るから一応モテる。あと文芸部で小説を書いてるね」
何でもかんでも話すユウのこめかみをグリグリするカイ。
イタタ、とスマホを落とさないように頑張るユウ。
「良かった。まだ小説家になる夢、諦めてないんだ」
「え、カイの将来の夢って小説家なの!?」
少し考えた後、言っていないことに気がつく。
コノヤロー、と今度はユウがやり返していた。
「あ、二人の写真撮ってあげる」
ほら寄って~、とアヤの方へと押したユウ。
突然の行動にカイは少し怒りながらもポーズを取る。
アヤはニコニコと笑っていた。
「よし、それじゃこれをクラスのグループに……」
「やめろ、本気と書いてマジで」
ユウは冗談だと言うが、カイは信用できなかった。
「カイに送っとくからアヤさんに送っといてね」
「アヤで大丈夫ですよ、ユウさん」
「それならユウって呼んで」
「よろしくね、ユウ」
カイが頭を抱えている間に二人は仲良くなっていた。
そして、何故かユウは恥ずかしいエピソードを探っている。
アヤも悪ノリし、このままだとクラスだけではなく学校全体まで伝わってしまう。
「アヤ、よかったら連絡先交換しようよ。カイの前じゃ妨害されるし」
「あ、スマホの充電ない」
「だから既読つかなかったのか」
三人のグループを作ることになり、ユウは家に帰ることになった。
それから少しして、カイの母親も待っているので駅へと向かった。
「あのさ、カイ……」
「おっと噂をすれば母さんだ」
電話に出て今から帰ることを伝えたが、母親の様子がおかしいことに気がついた。
少し間があってから伝えられた事実にカイは戸惑う。
うまく声が出せない。
とりあえず電話を切り、自分の中で少し考えた。
「アヤ」
突然名前を呼ばれたアヤは息を飲んだ。
「お前が交通事故にあって死んだって母さんが…」
「……」
「今、ここにアヤは存在してる。お前は生きてる…よな?」
カイは下を向いたまま問いかけた。
しかし、すぐに返事は帰ってこない。
「私は、カイのお母さんが言ったように東京へ向かうときに交通事故にあったの。緊急搬送されたけど、その……」
世界から音が消えたような気がした。
否、本当に消えていた。
時が止まったかのように人々は動かない。
「アヤは死んでいる」
後ろから聞こえた声にカイは驚く。
止まった世界で動く、薄汚れたパーカーを着た男。
「家から最寄り駅までバスで向かってたんだけど運悪く巻き込まれてね」
「そんな…いや、でもユウに見えてたし、写真にも…!」
写っている、というカイと男の声が重なる。
「僕が起こした奇跡で一時的に生き返ってるからね。君に会いたいというアヤの願いを叶えるために」
一時的に生き返る。
そんな現実離れしたことを信じられるわけがなかった。
「まさかお前みたいなやつが神様?」
「お前みたいな、はひどくない?あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕は天使。天界に住む神の使いさ。今日はクリスマスだから人間界に遊びに来てるんだ」
「お前みたいなのが天使…?」
「ん?」
天使の額に青筋が浮かぶ。
あ、これは死ぬかもしれない。
カイは神の使いである天使を怒らせたら大変な気がした。
「ごめんね」
今にも消えそうな声が聞こえた。
「先に死んじゃって」
「……なんで俺のとこなんだ。家族に会ったほうがいいだろ」
「でも、こうやってイルミネーションをカイと見るのをずっと楽しみにしてたからさ」
少しずつアヤの姿が光に包まれ、透けていく。
別れが近づいてきているのがカイにも分かった。
「アヤ、そろそろ……」
天使の奇跡が、終わる。
カイは天使の胸ぐらを掴んで叫んでいた。
「おい天使!奇跡が起こせるなら…」
「もういいの。私はカイとイルミネーションを見れただけで幸せだから」
でも、もし小説家になれなかったら化けて出るからね。
そう笑ったアヤを見て、カイは自分の行動が酷く思えてきた。
「……俺、絶対小説家になるから。だから転生して読めよ!」
「分かった」
「約束だからな!」
うんうん、と子供を説得するように返事をするアヤ。
少しずつ姿が見えなくなっていく。
「さようなら、カイ」
アヤは人として強かった。
だから最後まで泣くつもりはないのを、カイは知っている。
それについて何かを言おうとは思わなかった。
でもアレは、あの言葉だけは許せない。
「バカ!」
カイは声をあげる。
「さよならじゃないだろ。また会おうな、アヤ」
驚いたアヤは、少しの間顔を伏せた。
そして地面にポタポタとそれが落ちる。
「……うん!」
--- またね ---
---
会場に響き渡る、ドラムロールの音。
あと数秒もすれば新人小説家発掘コンテストで大賞を受賞した作品が発表される。
見事入賞した数人の若き小説家たちが、その時を待っていた。
ある者は息を呑み、ある者は神に願う。
そして、ある男子高校生は幼馴染と経験した奇跡を思い出している。
(きっと大丈夫。天国から応援してくれよ、|彩《アヤ》)
ドラムロールの音が、シンバルと共に止まる。
発表者の息を吸う音をマイクが拾った。
「聖夜の奇跡」
声と共にスクリーンに映し出された綺麗な表紙。
著者の氏名などが続いたが、男子高校生の耳には入ってこなかった。
何度か壇上に来るように言われ、周りに引きずられる。
会場中の視線が集まり、スポットライトが嫌というほど熱い。
「それではコメントをお願いします、蒼井海斗さん」
高校三年生の蒼井海斗。
彼こそが『聖夜の奇跡』の著者だ。
海斗は少し悩んでからコメントをした。
それを最後にコンテストは閉幕。
本人や学校へのインタビューも数週間続き、改めて凄いコンテストだと思った海斗だった。
「今回のコンテスト、全部レベル高かったのによく大賞貰えたよね」
少しずつ海斗の日常が戻ってきた、ある放課後。
ファミレスでチョコレートパフェを食べながら女子高校生が呟く。
その様子を見ながら海斗はカフェオレを飲んでいた。
「|夕《ユウ》の大好きな『奇跡』が起こったのかもな」
「……からかってる?」
いいや、と海斗は優しい笑みを浮かべた。
去年の12月24日。
クリスマスイブに経験した奇跡を小説にして、見事大賞を受賞した。
天使との約束を果たせたことを、今頃になって海斗は安堵している。
「えーっと、『まるでその奇跡を体験したような書き方』が評価されたんだっけ?」
私たち経験したからね、と夕は付け足す。
あの聖夜の奇跡小説が実際に起こった、なんて誰が信じるだろうか。
海斗と夕は二人だけの秘密として、誰にも話してこなかった。
そういえば、と海斗は口を開く。
「小説に出てくれてありがとな、夕。お前のお陰で物語が良くなった気がする」
「どーいたしまして。親友のためなら小説に出るぐらいお安いご用だよ」
私も楽しかったしね。
そう呟いた夕の視線の先には一冊の本。
白い雪が降る中、少女が振り返って笑みを浮かべている表紙だ。
隅の方に書かれているのは『聖夜の奇跡』と『蒼井海斗』、そして『神無』の文字。
「まさか表紙まで手伝ってくれるとは」
「|神薙《かんなぎ》だから|神無《かんな》。安直とは思ったけど、今回の場合は良かったかもね」
「お前もテレビから追いかけられたらいいのに」
遠慮しまーす、と夕は最後の一口を食べる。
聖夜の奇跡が書店に並ぶときに、海斗は出版社から表紙について相談を受けた。
シンプルなものか、イラストレーターに頼むか。
夕に相談したところ、無償で書いてくれるとのこと。
イラストレーター『神無』改め『神薙夕』は中高生を中心にSNSで話題の人物。
この一件がなければ、海斗は友人と知ることが無かっただろう。
「あのさ、ずっと聞こうと思ってたんだけど」
「何だ、急に改まって」
「最後のシーン、結局使わなかったよね」
本編はアヤの『またね』というセリフだけが書いてある右のページ。
そして、涙を流して消える少女の絵が左のページで終わっている。
「……個人の感想だけど、あの続きが一番感情が込められてた気がした。|カイ《お前》の心象描写が胸をギュッと締めて、涙が止まらなかった」
夕の言っていることが、分からないわけではない。
「でも、アレは使えなかった。いや、自分で考えた結果使わなかったんだ」
泣いた彩に手を伸ばすが、届かない。
もし掴めたとしてもあの奇跡は終わっていただろう。
数年後の墓参りの様子と、転生後に出会えた物語も書いてはみたが海斗は納得できなかった。
「お前にあげた原稿用紙は本物だ。まぁ、好きにしてくれて構わないから」
「オークションで幾らになると思う?」
「そんなことしないだろ、お前は」
会計を済ませて、二人は夕焼けに照らされながら歩いて家へと帰っていった。
その時にしたのは、季節外れのくだらない話。
---
聖なる夜に奇跡は起こる。
大切な幼馴染に、天使が会わせてくれた。
きっとサンタクロースや神様もいるのだろう。
初めから否定するのではなく、少しは信じてみてもいいのかもしれない。
そしたら、気まぐれで|俺《海斗》の願いを叶えてくれるような気がする。
ふと顔を上げると、電柱の上に誰かが立っていた。
でも、一瞬にして見えなくなったから気のせいだと思う。
俺は小説家になったよ、彩。
そっちに行くのは当分先のことだろうし、気長に待っていてくれ。
あ、もし天使がいたら新人大賞を取った約束は果たせたって伝言を頼む。
「伝言を頼まなくても聞いてるよ。ねぇ?」
「まぁ、私たち見えてないから……」
「電柱に降り立ったところは一瞬だけ見えてたよ」
多分だけどね、と付け足す綺麗な白色の服を着た男。
彼の発言に影のない少女は驚いた。
「長生きできるように祝福でも贈る?」
提案を即座に断られ、男は凹んだ。
しかし、少女は別のことを頼んだのだった。
その願いは、彼女だけのものではない。
「生まれ変わってもまた出会えますように、なんて『奇跡』じゃ無理だよ」
「天使を辞めた貴方なら叶えてくれるでしょ?」
勿論、と男は笑みを浮かべる。
『奇跡』を使えるのは特別な日に短時間など制限が多かった。
だが男が使えるようになった『祝福』に制限など存在しない。
世界で一番偉い『神』を縛れるものなどないのだ。
「|海斗《カイ》、|彩《アヤ》、|夕《ユウ》。君らに祝福を」
生きる。です
改めて読み返すと、文章が酷すぎますね
魔女と巡る旅
使い魔。
その種族は多種多様で、獣から鳥類。
悪魔が使い魔になった事例も、本当に少ないが確かにあるらしい。
「次!」
使い魔の召喚には、三年間の学園生活で知識を深めて技術を磨く。
そして、卒業試験を受ける合格する必要があった。
俺──メイナードは今日卒業する。
episode.0
正式に魔法使いへとなった俺は、生涯を共にするパートナーであり家族を召喚出来るのだ。
魔法使いが命を落とせば、使い魔も命を落としてしまう。
その逆もあり得る、まるで悪魔の契約だが俺は楽しみにしていた。
「これが俺の使い……魔?」
魔方陣に血を垂らして呪文を唱えた。
すると三年間切磋琢磨してきた友人たちと同じように、煙で魔方陣周辺の見通しが悪くなる。
少し時間が掛かる筈だったが、強力な風が煙を吹き飛ばした。
そこにいたのは王道の黒猫でも、鴉でもない何か。
いや、その言い方は失礼だったかもしれない。
手首足首に鎖を付けた、白い服の女性が膝を片方だけ立てながら座っていたのだ。
「おい、それは無いんじゃねぇか?」
瞬きをした一秒にも満たない時間。
その一瞬で、目の前の光景はガラリと変わっていた。
俺が立っていた場所から半径1mもない位置から先。
芝生は燃え尽き、とてつもない程の熱さに襲われる。
魔法、しかも先生の最高火力と気づいたのは少し経ってから。
そして俺を確実に殺しにきた魔法を、彼女が防いでくれたことに気がつく。
「別にただ生徒たちを送り出すだけが、俺の仕事じゃない」
「世界平和を脅かす存在。そんな奴を召喚した場合は契約を結んだ魔法使いを殺さなくちゃいけない規則だからな」
笑いながら言う女性の発言に、背筋が凍る感覚がした。
ずっと憧れていた先生に殺されかけたことも。
召喚した彼女が世界平和を脅かす存在というのも信じられない。
でも、先生の眼が本気だ。
「本当に済まない、メイナード」
ずっと考えていても仕方がない。
俺は大きな声で笑う。
そして、真っ直ぐ腕を伸ばして青空を指差した。
「どうやら俺の人生はここで終わりらしい。でもお前らと三年間過ごせただけで満足だ」
「メイナード……」
「仕方ない、俺がずっと空からお前らのことを見守ってやる。ちょっと待て、俺そもそも天国に行けるのかな?」
周りに問い掛けると泣きながら笑おうとしている。
きっと行ける、と次々に背中を押してくれた。
これで無視されたら死にきれないっつーの。
さて、あいつらとの別れは済んだ。
後は先生に1個だけ伝えたら人生に悔いはねぇ。
「来世では先生を超える魔法使いになる。だから楽しみにしておいてくれよな」
「……あぁ」
最後まで涙を見せない強い男に、俺もなりたかった。
ポタポタと地面を濡らしていく涙。
拭っても拭っても、止まることはない。
先生はやっぱり俺の憧れだ。
「何故そこまでする」
これから共に死ぬ彼女は言う。
「命は惜しくないのか。お前、これから死ぬんだぞ?」
「泣き叫ぶなんて、子供みたいなこと先生なら絶対しないからな」
「……この死にたがりめ」
また女性が邪魔してくる可能性がある。
その為、俺が使える中で最強の拘束魔法を発動させた。
放たれた炎に自ら飛び込む為、自身の箒を手元に呼び寄せる。
遠い国では物に魂が宿ると言われているらしい。
なら、燃え尽きるのは俺一人だけで構わないだろう。
巻き込んで悪いな、名前も知らない俺が召喚した使い魔。
炎に当たる瞬間、時が遅くなったように感じた。様々な思い出が頭の中を駆け巡る。
すると、考えないようにしていた感情が一瞬だけ表に出そうになった。
幼少期より自分の意見を主張することが少なかった。
あまり裕福な家庭ではないから、我儘を言って迷惑を掛けるわけにはいかない。
いつの間にか父親は消え、母親は疲労で倒れた。
一人になった俺に手を伸ばしてくれた先生は本当に格好良くて、憧れで超える目標だ。
どれだけ馬鹿にされようとも、偽善者だと罵られようとも。
俺は、目の前で困っている全員を救いたい。
最強の魔法使いになって、先生に恩返しをしたい。
アイツらと、まだまだいっぱい話したい。
「やりたいことが、ありすぎるな……」
俺は静かに目を閉じた。
──本当にお前は馬鹿だな
「私にまで謝るとか、頭のネジが数本どっかいってるんだろ」
そんな声が聞こえた瞬間、謎の浮遊感に教われて目を開く。
天高くで、俺の魔法よりも強力な拘束魔法で囚われていた。
「は?」
思わずそんな言葉が漏れる。
そして隣を見ると、召喚した女性が俺の箒に乗っていた。
話し掛けようとしたが、真っ先にそれが目に入って声が上手く出せなくなる。
「コイツが死にたいのは勝手だが、私は生きたいんでね」
「……その手錠があるということは完全に封印は解けていないはずだろう」
「あぁ、だから何倍も時間が掛かって機嫌が最高に悪い」
それじゃあ、と女性は箒の進行方向を変えた。
先生が魔法を準備をしようとする。
「今すぐ殺り合うのも構わないが、新人魔法使いなど赤子と対して変わらん」
その言葉が意味をするのは、真っ先に俺の仲間を殺すということ。
先生は彼女と戦うことを止め、俺たちは意外にあっさりと学園の敷地を抜けた。
「……なぁ」
「話し掛けてくるな」
集中してるんだ、と女性は必死に応急手当をしている。
俺が先程気づいたのは、彼女の怪我だった。
最後に見た時には無かった《酷い火傷》は、とても痛々しい。
応急処置をしたとしても、ちゃんとした治癒魔法を使わないと病気に掛かる恐れがある。
「1つだけ聞かせてくれ」
女性は何も答えない。
無視されていたとしても、これだけは聞いておきたかった。
「俺を助けたの、生きたいからだけじゃないよな」
返事は来ない。
わざわざ火傷してまで俺を助けたいのは生きたいから、なんて理由じゃないような気がした。
治癒魔法ではなく、彼女はずっと水魔法で冷却している。
封印、が関係しているのかは分からない。
暫く無言が続いていると、彼女は小さく呟いた。
「……教師に殺されるなんて、嫌だろ」
その一言を最後に、俺たちは会話をすることがなかった。
元々俺と話したくないと言っていたから、当然だろう。
だがさっきの女性は、どことなく悲しそうに見えた。
そもそも世界平和を脅かす存在って、どういうことなんたろう。
彼女の力は封印されているから、実際はもっと強いはず。
昔、何があったんだろうな。
「……着陸するぞ」
そんな声が聞こえて俺は起きた。
いつの間にか、眠っていたらしい。
日光があまり入ってこない森に着くと、女性は歩き始めた。
二人の足音だけが、静かな空間に響いている。
「ここは……」
「忘却の森。世界地図には載っていない、名前の通り『忘れられた森』だ」
人が長年踏み込んでいないのだろう。
絶滅したと思われていた動物、今は全て枯れたはずの花。
遠い過去にしか存在しないものが沢山そこにはあった。
「置いてくぞ」
少し駆け足で追いかけていると、小さな建物が見えてきた。
女性がその扉を開けた瞬間、中から炎が出てくる。
確実に食らっていたように見えたが、防御魔法が間に合ったらしい。
ため息を吐きながら彼女は言う。
「その癖はまだ治っていなかったのか、コハク」
「も、申し訳ありません……」
「別に謝ってほしい訳じゃないんだけど」
琥珀色の瞳をした少女が、そこにはいた。
しかし、あれほどの魔法を使えるとは思えない。
「えっと、そちらの方は?」
一瞬面倒くさそうな顔をしたかと思えば、とりあえず建物の中に入れてもらえた。
趣ある外観からは想像できないほど中は綺麗だ。
きちんと毎日掃除しているのは見ただけで分かる。
「コイツが封印を解いた」
「……へ?」
どうも、と俺はお辞儀をする。
すると少女が一瞬で頭を下げた。
「ありがとうございます!」
机にぶつけ、涙を流しながら叫んでいる。
声の大きさに頭がキーンとなった。
とりあえず感謝されてるはず、だよな。
「ついでにコイツの使い魔になったから」
少女は勢いよく顔をあげ、そのまま後ろへと倒れた。
「レイラ様ほどの力を持っている魔女が使い魔にされてしまうとは……」
「魔女、だって?」
背筋の凍る感覚に襲われる。
魔女レイラといえば、この世界を滅ぼそうとした女性。
誰でも関係なしに笑顔で命を奪う。
数え切れないほどの悪魔と使い魔契約を結び、国を壊滅寸前まで追い詰めた。
どんな魔法使いでも殺すことはできず、封印されていると習ったけど──。
(まさか、彼女だったとは)
よく考えれば幾らでも当てはまる箇所はあった。
先生に殺されかけたのにも納得がいく。
「今すぐ逃げたしても構わないぞ、死にたがり。その場合は牢に入れさせて貰うが」
資料によれば、魔女レイラは不老不死。
悪魔が倒されたとしても、心臓を貫かれようとも死ぬことはなかった。
なら、今のはおかしい。
彼女を召喚してから今までの行動を思い出す。
「……お前、本当に魔女レイラなのか?」
「どういう意味だ」
酷く冷たい視線に逃げ出したくなる。
でも聞かないと気が済まない。
学園で習った内容と違うところは、幾らでも上げられた。
まず、召喚された瞬間に俺たちを皆殺しにするはず。
悪魔が倒されても生きているのは、使い魔契約を結んでいないから。
不老不死なら、俺が死んでも問題ない。
なのに、逃げたときは牢に捕らえられる。
俺は勇気を振り絞って口を開いた。
「歴史に残っている魔女レイラと、俺が見てきたお前は明らかに別人なんだよ」
「……。」
「同一人物だとしても、何でそんなに違うのか説明してくれ」
魔女レイラは感情のない殺人鬼。
そんな資料をいつか読んだ。
なら、彼女が見せたあの表情はどう説明する。
悲しそうな顔は、昔を思い出しているようにも見えた。
「おい、何でもいいから答え──!」
そう言った瞬間。
俺は彼女の些細な変化に気がついた。
小刻みに揺れる肩。
怒っているようにも見えるが、笑いを堪えているようにも見える。
どちらか判断できずに戸惑っていると、少女がいつの間にか隣にいた。
そして耳を塞ぐように進めてくる。
理由は、すぐに理解した。
---
私──レイラは大声で笑う。
「よく分かったな、この死にたがりめ!」
久しぶりにこんなに笑えた気がした。
封印されていた間、暇すぎて覗きぐらいにしか使えない最弱の魔法。
それで私のことをどう書き残されていくのか見ていたけど、本当に酷すぎる。
「いたた……」
笑いすぎてお腹が痛くなってきたところで、私は話し始める。
「私は魔女レイラ。歴史の通り、たくさんの命を奪ってきた殺人鬼だ」
アイツらと世界一の魔法使いを目指していた。
もし《《気づかなければ》》違う未来があっただろう。
私が弱いからだ。
馬鹿だったせいで世界を敵にまわすことになった。
「死にたがり──いいや、メイナード」
「……俺の名前」
「聞かせてくれ、お前は生きたいか?」
死を望むのなら私も共に、というだけだ。
メイナードという新人魔法使いの彼は、本当の私に気づいた。
そして、私のせいで殺される未来は変えられないだろう。
コイツの憧れたアイツにも、共に学園生活を送った友人からも。
世界中の誰からも死を望まれるなんて、私だけで十分だ。
「お前、死にたいのか?」
そんなメイナードの質問に黙ることしか出来ない。
この世界で生きる理由は見つけられないだろう。
でも|私の使い魔《コハク》と、|忘却の森《この地》で生きる全員が私に『生きろ』と言っている。
「……分からない」
「じゃあ生きようぜ」
私は驚く。
「世界各地を巡って人助け。ついでにお前の生きる意味も見つける」
彼が本気なのかは、聞くまでもない。
この森に隠れていれば安全。
忘れられたこの場所を見つけることは誰にも出来ない。
それでもメイナードが提案するのは、外に行くこと。
「私なんかに人助けが出来るわけ……」
「まず、その考えを捨てろよ」
どうしても彼の提案を受け入れられない。
過去が消えることはなく、私は弱いままだから。
「生きたいのか、それとも死にたいのか。分からないんだから挑戦するんだろ」
アイツの姿が、重なる。
ポロポロと溢れた涙は止まらない。
私は魔女レイラ。
多くの命を奪ってきた歴史に残るほどの殺人鬼。
そして誰にも話せない秘密を抱え、唯一世界に牙を向いたであろう馬鹿な人間。
弱い私は、変われるのだろうか。
罪滅ぼしを兼ねた世界を巡る旅の中で、生きる意味は見つけられるだろうか。
その時、地面が揺れた。
建物が軋み、一気に辺りの温度が上がる。
ここからでも分かるほど強大な魔力。
メイナードと話してる暇はない。
壁に立て掛けてあった私の箒と杖を持って魔法を発動させる。
「レイラ様、そのお姿は……!」
白い服から真っ黒な服に着替えて帽子を被る。
一瞬鏡で見てみたが、数十年前と変わらない姿。
魔法使いの年齢が止まってしまうのは、強大すぎる魔力が身体に影響を及ぼすから。
私は学園を卒業した翌年に不老になった。
「世界各地を巡る旅で、私は本当に『生きる意味』を見つけられると思うか?」
ドアノブに手を掛けた私は問い掛ける。
決して振り返らず、返事を待つ。
「もちろん。でも行動に移さないことには、何も始まらない」
「……そうか」
じゃあ旅に出るためにさっさと片付けることにしよう。
扉を開けて私は二人と目を合わせた。
どうやら、彼らも襲撃者は分かっているらしい。
ため息を吐いた私に対して、コハクが立ち上がる。
「私も行きます」
「封印が完全に解けていない状況ではアイツを倒すことは不可能だ。そう言いたいのか、お前」
自分でも驚くほど低い声が出た。
メイナードにとって憧れの存在である魔法使い──レオ。
昔は親友と呼べる存在だった。
でも今の私は、アイツに対して何の感情も抱けない。
「……悪かった。お前はそんな奴じゃないもんな」
「なぁ、この森は世界地図に載っていないんじゃなかったのか?」
「この森は空気中の魔力で作られた外と切り離された場所。結界の中、と考えてもらった方が分かるか」
普段は、出入口のない完璧な隔離状態。
この場所はどんな魔力探知でも見つからないはずだった。
私は自身を見て舌打ちをする。
捕らえられた時、レオは言っていた。
私の手足にある鎖は特別製で、魔力を極限にまで封じ込めるのと同時に発信器でもある。
例えどんな場所に潜伏していても必ず見つけられる、とは言っていたがここまでの性能とは。
「アイツは今、私たちが結界を通り抜けた場所に魔法を放っている。まぁ、外と森を区切る壁が見えているわけではないだろうが」
でも、それも時間の問題かもしれない。
壁が壊されたら、この森で暮らす多くの生き物が傷つく。
それだけは絶対に避けなくてはいけないことだ。
ずっと寄り添ってくれた皆を守ることが、せめてもの恩返し。
「コハク、荷物をまとめたらメイナードと逃げろ」
「それは命令ですか、レイラ様」
「……いいや、お願いだな」
ここで命令と言えないのが、私の弱いところだ。
帽子を深く被って箒に跨がる。
そして、最高速度で壁を抜けるとソイツは魔法を止めた。
学園で見たときにも思ったけど、やっぱり老けたな。
30代前半で止まったのだろう。
封印前より身長があり、大人っぽい気がする。
「一人で来たのか?」
「本気を出して巻き込みたくないからな」
「その判断、後悔するなよ」
言い終わると同時にとてつもない熱さに襲われた。
目の前にあった炎魔法。
私は元々詠唱して設置してあった防御魔法で防ぐ。
レオは、魔法の腕は普通だった。
どんな属性でも人並みで、得意魔法や強い魔法が使えない。
しかし、この男にはたった一つ才能がある。
「……相変わらず詠唱をしないんだな」
この世界では魔法を発動するには詠唱が必要だ。
もちろん私だって唱えないと使えない。
レオの才能は、戦闘に置いて有利だった。
詠唱をしなくても、頭に浮かべている魔法を発動できる。
いつ、どんな魔法が来るか分からない。
それは相手を追い詰めていき、隙が生まれやすくなるのだ。
私は常に防御魔法を発動しているから問題ない。
でも、数十年で魔法のレベルも格段に上がっている。
まだ封印が完全に解けていない今の状況だと、流石に心に余裕は持てない。
「いつもの使い魔たちはどうした?」
「大人数で虐める趣味はない」
どうにか詠唱して攻撃しようとするが、圧倒的な魔力不足。
属性の中でも最底辺の魔法しか発動できない。
本当に厄介だな、この枷は。
これがあると世界各地の行く先々で現れるだろう。
外せるのは作ったコイツしかいない。
「戦いにくそうだね、レイラ」
「外してくれ、なんて頭を下げるのは死んでも嫌だね」
「もちろん俺も外すつもりなんてないから」
防御に徹するか、リスクを背負って強力な魔法を発動させるか。
答えは考えなくても決まっている。
私は防御魔法を全て解除して魔法の杖を咥えた。
そして決して離さぬよう、箒にしがみつく。
「防御を捨てるのか!?」
頭の中に浮かんでいる一つの魔法。
それは、私が長年研究を重ねたことで扱うことが出来るようになった蒼い炎。
多分この時代でも蒼炎を使える魔法はいない。
あの魔法なら、倒すことが出来るはず。
詠唱は必要ない私のオリジナル。
現在保有できる最大の魔力を全て使えばギリギリ発動できるだろう。
箒を繊細にコントロールすることで、レオの魔法は避けられた。
あと少しで魔力が貯まる。
次の瞬間。
魔法をすぐに発動できるよう集中したレイラは、地に伏していた。
「……は?」
思わずそんな声が出る。
さっきまで箒で空を飛んでいた。
その筈なのに、私は今、地面に倒れている。
完全に思考停止していた私に掛けられた声は疲れているようだった。
「お前が封印されている間に考えた、拘束魔法だ」
身動きを取れない拘束魔法は知っている。
しかし、《《魔法の発動まで》》不可能で《《地面へと縛りつけられる》》ものは見たことがない。
レオの言うとおり、封印されているときに創られた魔法なのだろう。
「色々考えたんだ、お前を確実に殺す方法を。そしたら一つだけ試していないのがあった」
私が不死と呼ばれていたのは、あらゆる魔法に耐性があったからだ。
正確には、自分に使える魔法なら効果がないというもの。
国中の魔導書を学生時代に呼んでいた私は、魔女になってから全ての魔法を使えるようになった。
その為、既存の魔法で私が死ぬことはない。
しかしレオが収納魔法で出したものを見て、息を飲んだ。
太陽の光で銀色の刃が光る。
「……首を斬り落とせば、流石のお前でも死ぬだろう」
「やってみるか?」
煽るように言ってみたはいいが、これは無理だ。
拘束されて動けない確実に私は首が飛ぶ。
そうすれば使い魔であるコハクも、主人になったメイナードも一緒に死んでしまう。
二人への謝罪しか頭に浮かばない。
「地獄で元気にしろよ、魔女レイラ」
「アンタが堕ちてくるのを楽しみにしてる、|レオ《親友殺し》」
振り上げられた剣を見てから、私は目を閉じた。
---
「──ディストラクション」
そう呟くと同時にレイラを抱えて距離を取る。
想像以上の魔力消費から、先生の魔法の強さを改めて実感した。
「何をしているんだ、メイナード」
先生の冷たい眼で身体が震える。
でも、レイラを助けたことを後悔していない。
これが正しい選択だと、俺は思うから。
「ソイツの正体は魔女レイラ、今ここで……」
「レオ」
いつの間にか、隣にコハクがいた。
レイラに言われた通り、荷物をまとめて背負っている。
「もし、その先を言おうものなら怪我程度では済まないぞ」
その姿からは想像できないほど低く冷たい声。
俺に向けられていない筈なのに、怖くて仕方がない。
先生は手に持っていた剣を空間魔法で片付けながら杖を構えた。
コハクが詠唱を始めると同時に魔法が飛んで来る。
しかし、俺たちに当たることはなかった。
「……また会おう、レオ」
腕の中から聞こえた声は、少しだけ震えていた。
コハクの詠唱が終わった俺たちは、あの場所から遠く離れた廃村へと転移した。
辺りからは全く気配が感じられない。
「暫くは追手が来ないと思いますけど……」
そう言ったコハクは、少し怯えているように見えた。
お願いと言っていたけど、使い魔にとって主人の命令は絶対。
特に罰が与えられるわけではない。
でも、出会って間もない俺でも分かるほどレイラへ忠誠を誓っている。
「コハク」
「は、はい!」
「……助かった」
顔を下に向けたまま、レイラは言った。
その声からは感情が分かりにくい。
「メイナード」
名前を呼ばれ、俺は少しだけ背筋が伸びる。
しかし、レイラが聞きたいことは分かっていた。
助けるときに使った魔法──ディストラクションについて。
本来なら、その名の通り物質を破壊する無属性の魔法。
主に瓦礫や木などを破壊する救助に使われている。
どんな魔法使いでも、それが限界だ。
「お前、あの時に一体何を破壊した?」
レイラを助けるために使った魔法。
あれは紛れもなくディストラクションだ。
困っている全員を救いたい。
その一心で努力してきたからか、俺は物質以外も破壊できるようになった。
もちろん、そこには魔法も含まれる。
「……レイラを縛っていた拘束魔法だ」
そうか、と返事が返ってきた。
どうやら納得したらしい。
「レオの詠唱なしと同じく才能、だろうな」
「才能……」
「私の|枷《これ》には魔法が一切通用しない」
でも、とレイラが続けようとする。
俺はその先に気づいていた。
多分先生が魔法で破壊不可にしているだろう。
魔法も破壊できる俺のディストラクションなら外せて、邪魔されずに旅が出来るかもしれない。
成功する可能性は正直低い。
数十年前から続く、しかも先生の魔法を俺のような新人魔法使いが解けるのだろうか。
「行動に移さないことには、何も始まらない」
自分の頬を思いっきり叩いて構える。
俺みたいな、俺なんか、
そんな考えは捨てた筈なのにな。
「失敗しても文句言うなよ」
「うん」
まずは魔法を破壊して、それから手錠の筈だった。
思わず詠唱を止めてしまう。
ディストラクションの対象が増えたときから、俺は魔法回路が見える。
それを見れば魔法の効果が分かるという、あまり役に立たないものだと今まで思っていた。
しかし、今回ばかりは見えて良かったと心の底から思う。
数えきれないほど重ねられた魔法。
しかも破壊する順番を間違えれば俺が死ぬ。
先生は当時、俺のような魔法使いが現れる可能性を考えていたんだ。
一気に破壊すれば確実にアウト。
「どうかしたんですか?」
コハクが尋常じゃない汗の量に心配してくれた。
答えそうになるのを必死に我慢して、俺は首を振る。
そして詠唱を再開した。
1つずつ丁寧に、でも少し急ぎながら破壊していく。
先生がこの場所に来たら、という焦りから汗が止まらない。
「レイラ様」
「……一人で行けるか?」
そんな会話が耳に入ってきたが、俺は気にしている暇がなかった。
魔法を全て破壊した俺は、その場に座り込む。
連続で15回も同じ魔法を発動したのはこれが最初で最後だろう。
「──!」
最後の詠唱を始めようとしたが、それは叶わなかった。
レイラの魔法で真横へと飛んで行く。
そして俺がいた場所で、レイラはコハクを受け止めていた。
「すみません、レイラ様……」
「いや、よくここまで耐えたな」
あとは任せろ、と立ち上がった彼女の視線の先には先生がいた。
「追跡が途切れたかと思えば、お前がやったのか」
後ろから聞き慣れた声が聞こえた。
レイラを殺すよりも、俺を殺す方が何倍も簡単。
振り返るときには時すでに遅し。
俺の腹に深く突き刺さるのは、銀色に輝く刃。
「──ディストラクション」
ただの枷ならそこまで詠唱に集中する必要はない。
片目を閉じながら、俺は手を伸ばした。
その瞬間にレイラの枷は壊れ、とてつもない魔力が解放される。
先生は舌打ちをしながら剣を抜いた。
傷口から血が流れ続ける。
しかし、すぐに傷は塞がった。
レイラが回復魔法を掛けてくれている。
「私を追う術はもうないぞ、レオ」
「そうだな。でも、今ここで殺せば問題ない!」
俺に向けられた攻撃魔法は発動しなかった。
一瞬にして展開された回路が、もう一つの回路によって掻き消されている。
驚く先生をよそに、レイラは新しい魔法を発動させた。
「お前の拘束魔法には劣るものだが、別に問題ないだろう」
「王の前でエヴァンを殺したよう、メイナードの前で俺を殺すか?」
「その名前をお前が口にするな!」
レイラは怒っていた。
でも、少し悲しそうにも見える。
エヴァンと言えば、魔女レイラが殺した最初の被害者。
当時、次期国王と期待されていたレイラと先生の同級生。
俺が助けたときにレイラが言っていた親友殺しって、まさか──。
「どうしてエヴァンを傷つけた」
「……君を陥れるためだよ、レイラ。君はどんな魔法でも使えて、彼は王族だから恵まれている」
「アイツは、最後まで信じ続けていた。なのにお前はそんな気持ちを……」
レイラが何をするつもりなのか、分かってしまった。
炎魔法である赤色の回路。
完治した俺は急いで詠唱を始めて破壊する。
「殺すな!」
大声で俺は続ける。
「確かに先生はエヴァン王子を殺したのかもしれない。でも、今ここで殺したら昔と同じだろ!」
何故か、涙が溢れた。
理由は分からないけど、小説に感動したような。
他の人の感情が流れ込んできたような、変な感覚。
涙を拭った俺は、レイラに近づく。
そして胸ぐらを掴んで一言だけ。
「自分で変わる可能性を捨てるんじゃねぇ!」
---
私は、やっぱり弱い。
感情に身を任せて、また罪を重ねるところだった。
メイナードとエヴァンは似ている。
言動はもちろん、綺麗に輝く金色の瞳が特に。
拘束を解くことはせず、私はメイナードの手を握った。
一度目を閉じて、ゆっくり開く。
「……悪い、助かった」
手を離してもらった私はしゃがみこみ、レオと視線を合わせる。
そして無理に笑いながら言った。
「お前ならすぐに解けるだろうから放置する。まぁ、メイナードに感謝するんだな」
立ち上がり振り返ったが、何もしないのは違う気がする。
やっぱり拘束は解くことにした。
そして、顔面に蹴りを入れる。
魔法での身体能力を強化していたからなのか、数メートル飛んだ。
「うわっ、痛そうだな……」
「具合はどう、コハク」
「レイラ様の魔法のお陰で完治しました!」
そっか、と言って私はコハクの頭を撫でる。
嬉しそうに笑っていたので、私もつられて笑った。
「行こう、メイナード」
「……あぁ。さようなら、先生」
---
──これは、新人魔法使い『メイナード』が魔女『レイラ』と世界を巡る旅
共に生きていく。
参加させていただく部門
『②ファンタジー部門』
素敵な企画を考えてくださった方(リンクも)
『みるる。様』
https://tanpen.net/event/25555c0d-407b-4803-8907-deafacdfc3f4/
本編字数
『9004字』
--- 満開の桜が風で揺れた。 ---
「ふわぁ……」
季節は春。
綺麗な白や桃色で染まった山。
その奥にある小さな神社。
鳥居に座っている小さな影が小さくあくびをした。
少女の名は|雅《みやび》。
明らかに人間のものではない獣の尾を風で揺らしながら麓の村を見下ろしていた。
ありきたりで申し訳ないが、彼女は一般的に九尾と呼ばれる妖怪だった。
少しばかり説明しよう。
九尾とは、名が表すように九つの尾を持つ狐の妖怪。
そもそも狐の妖怪というものは、尻尾の数で強さが分かる。
多ければ多いほど長生きしており、知識も妖力も桁外れだった。
「うぅ、眠い……」
因みに雅の尻尾の数は一本。
ここで疑問に思った人もいるだろう。
何故、九尾なのに一本しかないのか。
答えは簡単、先程も説明した通り妖力が多いから。
妖力というのは妖怪の使う『妖術』に必要な力。
魔力や霊力、呪術などの不思議な力と同じものと考えてもらって大丈夫だ。
消費量が多いほど強力な妖術を使うことができ、自身の妖力を誤魔化すことも可能。
「……!」
ピクッ、と雅の耳が動く。
そして高い高い鳥居の上から飛び降りた。
妖怪というのは、人間より何倍も身体の作りが丈夫だ。
その為、怪我一つなく雅は着地した。
「予定より時間が掛かりすぎではないか?」
「雅」
頬を膨らませながら怒っていた雅。
しかし、名前を呼ばれた瞬間に背筋を伸ばす。
「……おかえりなさい、|叶《かな》」
「あぁ、ただいま」
鳥居を抜けた老婆は家へと足を向ける。
老婆の正体はこの神社の巫女──叶。
半世紀以上も巫女としてアメフラシの舞などをこなしてきた。
妖怪退治もしており、その実力は業界最強と呼ばれるほど。
一人で全てやってしまう者は、彼女以外にいない。
--- これは、本来なら敵である人間と妖怪の物語 ---
---
境内の掃除をする一つの影。
それを|妾《わらわ》──雅は鳥居の上から見下ろしていた。
掃いても掃いても、桜の花弁は落ちてくる。
最近、あまり体調が良くないというのに|彼奴《アイツ》は無理しやがって。
また腰を痛めたらいいのに。
そしたら叶も、久しぶりにゆっくり過ごせるだろう。
「……待て。妾は今、何を考えていた?」
妖怪としてあり得ない。
人間の、しかも|妖怪《妾たち》を倒すことで生計を立てている巫女の身を案じていた。
これでは九尾失格だ。
「あだっ」
そんな声が聞こえた妾は下を見る。
躓いてしまったのか、地面に伏せている叶。
「大丈夫か?」
「……あぁ、心配いらない」
何だ、今の間は。
もしかして擦りむいて血が流れたんじゃないか?
しかし、そんな匂いはしないから足首を捻ったのでは?
仕方ないので、妾が背負って護符を売っている場所まで運んでやる。
「早く跡継ぎを見つけて引退しろ」
「私もそうしたいんだけどねぇ……」
掃除を中断した叶は、お茶休憩に入ることにした。
話題は、後継者について。
本来なら数人で行う巫女の業務。
一度だけ、叶は倒れたことがあった。
偶然訪れた旅する医師に診てもらった結果、やはり数年の無理がいけなかったらしい。
巫女の仕事だけではなく妖怪退治も続ければ、その命は長く持たない。
でも一人で業務をするしかなかった。
この神社を中心とした数十キロメートルに巫女はもちろん、神社だってない。
そして巫女になるにも条件が厳しかった。
「私が死んだあとはお前さんが継いでおくれ、雅」
「はぁ!?」
妖怪である妾に頼むなんて馬鹿なんじゃないか。
そう説教のようなことをしていたら、夕方になっていた。
今日の業務が終わっていない、と立ち上がろうとする叶はやはり馬鹿なのだろう。
とりあえず座らせ、妾が境内の清掃をすることに。
叶には建物の中で護符を書かせたり、お守りを作らせることを優先させた。
「……どうしてこのボロ神社は無駄に広いんだ」
毎日一人で朝から夕方まで、叶はずっと掃除をしていた。
別に頼んでくれたら、妾も少しぐらいは協力してやったというのに。
少し妖術を使って掃除をしているといい匂いがしてきた。
もう日は暮れ、綺麗な月が桜の木を照らしている。
「雅、夕飯にしよう」
「今日はなんだ?」
「報酬金で買った米と、依頼人から貰った川魚だよ」
魚かぁ……。
別に嫌いというわけではないが、お揚げが食べたい。
あれは、人間にしては素晴らしいものを作ったと思う。
「……雅や」
「急にどうした?」
いつもと違う雰囲気の叶に、少し緊張が走る。
もしかしたら、何か大変なことが起こることを予知したのかもしれない。
巫女の力の一つに、未来予知がある。
それが今、発動したと考えた妾は箸を置く。
「いや、何でもない」
そう笑った叶は、今にも泣き出しそうに見えた。
「昔に話してくれた友と、幸せに生きるんだよ」
問い詰めても意味がないことを知っているから特に気にしない。
けれど、妾は後悔するだろう。
この時に無理やりにでも吐かせれば良かった、と思うことになる。
次の日。
雲一つない空が、そこには広がっていた。
久しぶりに気持ちよく目覚めることが出来て、とても気分が良い。
仕方ないから、境内の掃除は妖術で終わらせておいてやる事にした。
「……?」
数刻経っただろうか。
全く叶が起きてくる気配がない。
「まだ寝てるの、か……?」
寝室の襖を開いた妾は、少し違和感があった。
というよりは、ここ数年は感じなかった気配が部屋から感じる。
恐る恐る足を踏み入れて、叶の元へと向かう。
布団で眠っているように見えた。
でも、すぐに気づく。
「叶!」
死の気配。
信じたくなかったが、叶から死の気配を感じる。
呼吸も、心臓も止まっていた。
命の灯火はまだ完全に消えているわけではない。
今から麓の村へと急げば、医者が助けてくれるかも。
そんな淡い期待を胸に、妾は制限を外して獣の姿へと変わる。
叶を咥え、一番の速さで山を下る。
けれど負荷が掛からないように丁寧に運んだ。
「ひっ、妖怪だ!」
「九尾が山を降りてくるぞ!」
村からは様々な声が聞こえてきた。
雅は叶を下ろして、自身に制限をかけて人とよく似た姿になる。
「助けてくれ。コイツのことを、どうか……!」
その言葉を遮るように、雅の頭に石が当たった。
投げたのは、村に住む男だ。
近くにいた男たちも投げ始め、女子供も石を持ち始める。
雅は驚きも、反撃もしない。
何度か後ろに倒れそうになるのを必死に耐えながら、様々な場所から血を流す。
「出て行け!」
「巫女様の仇よ!」
反論する雅の言葉は、どの村人にも届かない。
まだ、叶は助かる可能性がある。
なのに誰も話を聞いてくれないのには、理由があった。
巫女になるために必要最低限のこと。
それは霊力の有無だった。
霊力を持たない普通の人々──この村人たちには雅の言葉はただの雑音。
砂嵐のような、ごちゃごちゃとした音にしか聞こえないのだ。
「……ッ」
届け。
どれだけ雅が願っても、声が届くことはない。
この村の住民たちは何度も叶に助けてもらっている。
なのに、今は雅を追い出すことに夢中で誰も石が当たっていることに気づかない。
(人間なんて嫌いだ)
そう雅は心の中で呟いた。
思い込みが激しく、一時の感情で行動する。
今、この瞬間にも叶が助かる可能性が低くなっていた。
ポロポロと、涙が溢れ落ちる。
雅は大粒の涙を流し、膝をついて頭を下げた。
「叶を、助けてください」
お願いします、と言っても攻撃の手は止まらない。
人々の心にあるのは《《怒り》》だけ。
妖怪が何をしていようと、関係なしに石を投げる。
もう、ダメだ。
「妾のせいでこんなに傷ついてしまったな」
そう言って妾はそっと抱き締めた。
石が当たった場所が痛い。
そして、胸の辺りも苦しい。
知るはずのなかった、人の温もり。
それを教えてくれた叶はもう、いつもみたいに笑ってくれなかった。
「……なぁ、叶」
決して返ってくることのない返事。
でも、期待してしまう。
「今まで、ありがとな」
人の姿のまま、妾は走り出す。
そして、一度も振り返らなかった。
軽い足取りで俺は獣道を進んでいく。
ピタッ、と足を止めてゆっくりと顔を上げると、そこには赤い鳥居が。
元々無かったのか、この世を去ってしまったからか。
神社というのに結界が張っていない。
「……お、いたいた」
賽銭箱の前に座っている人影。
しかし、彼奴は人ではない。
元々この辺では名の知れていたが、最強の巫女を殺したとしてもっと有名になった。
やぁ、と声を掛けてみると顔を上げる。
その顔は白く、あまり体調の良いようには見えない。
俺は来るときと同じ軽い足取りで、その者へと近づいていく。
「妾は今、物凄く機嫌が悪い。命が惜しければすぐにこの場を立ち去れ、霊術使い」
尋常じゃないほどの殺気に、温度が幾らか下がったような気がした。
しかし、俺はそんなことを気には留めない。
「君を勧誘しにきた」
そう、一言だけ告げると目の前に一瞬で移動していた。
首を絞められ、その姿からは想像できないほどの力が掛けられる。
「……さっさと消えろ」
このまま殺されてしまうかと思ったが、どうやら本当に随分と丸くなったらしい。
咳き込みながら床に伏せる私を放り、元々座っていた場所へと腰を下ろした。
しかし、顔は空を見上げている。
「話ぐらいは聞いてくれてもよくないかい?」
「……。」
ふむ、どうしたものか。
ここで退くわけにもいかないが、もう返事をしてくれそうにない。
一人で淡々と話すしかないのだろう。
少し予定外だが、仕方がないか。
「叶殿が亡くなってからの君の働きは素晴らしい。抑制力が消えて暴れる妖怪たちを倒し、俺たち《《退治屋》》の出る幕がなかった」
霊術使いは大きく二つに分けられる。
一つは、俺のように妖怪を退治するための攻撃的な霊術を使う『退治屋』。
そしてもう一つは結界や祈祷など、補助的な霊術を使う『巫女』。
双方を使うことが出来た叶殿を失ったのは、やはり辛い。
「妖怪を退治する妖怪。そんなのどれだけ探しても前例がないだろう。でも、俺はいいと思うぞ」
本来なら、彼女のような妖怪は即座に倒さなければならない。
人間も妖怪も関係なく、多くの命を奪ってきたからだ。
しかし、俺は倒さない。
正確に言うなら、《《倒せない》》のだ。
『私が死んだら雅を、あの子を頼む』
叶殿はいつも、そう言っていた。
もし約束を守らなければ、あの世で何をされるか分かったもんじゃない。
死んだあとにまた殺されるなんて、嫌だからな。
でも、俺自身もコイツのことを気に入っている。
人の優しさに、温かさに触れた妖怪はここまで変わった。
俺の理想が叶う可能性も、ゼロではないということだ。
「妖怪と人間が手を取り合う世界」
「──!」
「貴様が望むものはそんな世界だろう、|響《ひびき》」
驚いた。
この妖怪は、|響《おれ》のことを知っていたのか。
「無理だ、実現するわけない。今までの妾たちと貴様たちがそれを証明している」
「いや、必ず叶うさ」
俺はニッコリと笑った。
「君とあの人が過ごした年月が、それを証明している」
彼奴と過ごした年月、か……。
ずっと昔、一人前の巫女となる前から妾は敵わなかった。
何度も挑んでは負けて、挑んでは負けて。
いつの間にか肩揉みとか境内の掃除とかをやらされるようになった。
「……ハッ」
思わず、笑いが溢れる。
悔しかった。
でも、楽しかった思い出ばかりが脳裏に浮かぶ。
「結局、お主の言うとおりになってしまうではないか」
叶の仕事。
人と話すことの出来ない妾には、巫女として人間どもを守ることは不可能だ。
妖怪を退治することなら、まだ引き継げるだろうな。
彼奴が言っていた《《幸せ》》の意味は、分からない。
もしかして、叶は幸せじゃなかったのか?
「……ふん」
妾はなんて馬鹿なことを考えていたんだろう。
幸せじゃない?
あんなに楽しくて、笑顔が溢れていた日々が?
多分、彼奴が夕飯の時に見た未来は自らが亡くなることだった。
だから泣きそうな顔をしていた。
『昔に話してくれた友と、幸せに生きるんだよ』
遺言だ。
決して一人で死なぬように。
叶を失ったあと、妾が昔のようにならないようにするために遺した言葉。
ギュッと、胸が締め付けられたような気がした。
「危ない!」
そんな声が聞こえたかと思えば、一体の妖怪が妾に爪を向けていた。
速いが、別に避けれないわけではない。
しかし神社に被害が出るのは、少しばかり胸が痛む。
「この妾に傷を一つ負わそうなど、百年早い」
「クソッ」
脇腹に蹴りを入れれば、真っ直ぐ横に飛んでいった。
途中で上手く着地したが、骨を折った感覚がしたから暫くは向かってこないだろう。
妖怪は人より身体が丈夫とはいえ、治るのにも時間は掛かる。
治り次第、逃げ帰ってくれたら一番いいのだが。
「──まぁ、そう簡単にはいかないか」
どうやら妾が気に入らないらしい。
まぁ、巫女の真似事と言っても間違いではないからな。
過去に誰彼構わず殺していたということもある。
怨みは人一倍買っていることだろう。
しかし、こんなところで負けてはいられぬ。
「仕方ない、全力で相手しよう」
「ナメるなよ!」
「誰も下に見てなどいないわ」
体術を基本とし、妖術は身体能力の上昇か。
ただの突きに見えても、下手したら心臓ごと潰されるかもしれん。
低級妖怪なら、一瞬で倒せていたかもしれないな。
だが、五大妖怪の一人である|九尾《妾》には効かぬ。
相手が悪かったな、|中級妖怪《童》。
伸びてきた腕をしっかりと掴み、背負い投げを決める。
「クソ、が……!」
まだ諦めていないのか、童は立ち上がった。
これ以上やれば其奴は命を落とすことになるだろう。
妖力が尽きたとき、代わりに消費してしまうのは《《生命力》》。
敵討ちか何か知らないが、ここで死ぬには惜しい気がした。
どうしたものか。
そんなことを考えているとその妖怪は倒れた。
呼吸は浅く、もう指一本動かせないように見える。
とっくに命を犠牲にしていたのか。
「殺せ」
小さく其奴は言った。
ふむ、と妾は近づいてしゃがみ込む。
「情けなんていらない。敗者は死ぬのが決まりだろう」
「断る。さっさと帰れ」
「……はぁ?」
妾はただ攻撃されたから対応しただけ。
それに、もう殺しはしない。
彼奴は極楽にでも行っているんだろうが、そこから霊術を使ってもう一度死を経験させられる気がする。
故に、彼奴の願いは聞き入れられない。
「……響」
「どうかしたのかい?」
「お主も知っての通り、妾たちの言葉は普通の人に届かぬ。それだけではなく、妖怪というのはあまり群れず自己中心的な考えをもつ奴等しかいない」
結局、妖怪も|自分勝手な《そういう》ところは人間と変わらないんだ。
どうにかして其奴らを統一しないことには、共存なんて無理だ。
「──魑魅魍魎の長」
響はとても驚いているように見える。
過去の妾からは、本当に想像できない言葉だ。
全ての妖怪をまとめるなど、共存と同じぐらい難しい。
だが、不思議と自信があった。
「妖怪どもはどうにかしてやるから、人間どもをどうにかしろ」
「出来るわけがない!」
「妾たちは、人と違って長い命を持っているんだ。|響《彼奴》の意志が途切れない限り、必ずや実現させてみせよう」
「俺が生きてるうちには無理って断言してるよね?」
そうは言っておらぬ、と口元を隠しながら笑う。
響も文句を言ってはいたが、笑みを浮かべていた。
地に伏せていた妖怪は、呆れているようにも見える。
妾は妖力を分けてやって手を差し出す。
先程、あんなことを言ってしまったが良いことを思いついた。
敗者の命は勝者が奪う。
「つまり、お主の命は妾のものだよな?」
「……まさか」
どうやら考えていることが分かったらしい。
響に助けを求めようとした妖怪。
しかし、今まで人間だと気づいたのかとても驚いている。
馬鹿だな、と思っていると妾を壁にしていた。
「何で退治屋がここにいるんだよ!」
「お主こそ、何故壁にする」
「私はアンタと違って低級妖怪なんだから、すぐに退治されんだよ!」
あ、本当に馬鹿だ。
というよりは自身の実力を理解していないのか。
低級と分かっていて妾に挑んだことも意味不明すぎる。
「……名乗れ、童」
「楓だよ!」
「そうか。よく聞くといい、楓。お主は中級妖怪だぞ」
風で草木の揺れる音だけが聞こえる。
そっと楓の顔を覗き込んでみると、思考停止しているようだった。
「まぁ、そんなことはどうでもいい」
「どうでも良くないわ!」
突然の大声に頭がキーンとした。
普通に煩い。
とりあえず驚いていることは十分伝わった。
「楓、妾の手伝いをしろ。そして勝手に死ぬことは許さない」
「拒否権はないんだね、うん」
そうして、雅は初めての仲間を手に入れた。
響と別れるなり、|同じ五大妖怪である四体《叶に話した友たち》の棲まう場所を訪れる。
事情を説明すると力を貸してくれた。
妖怪によっては条件を出したりしたが、雅は特に問題なく共存に向けて進んでいく。
しかし、退治屋を中心とした人間たちはとても順調とは言えなかった。
やはり長年積み重ねてきたものは、そう簡単に崩れない。
「……ここまでか」
そう、小さな声で妾は呟いた。
腹にポッカリと空いた大きな穴。
長年の無理が悪いのか、全く自然回復が機能していないようだった。
止血なんてすることは不可能で、体温が下がっていくことが自分でも分かる。
彼奴が治癒を使う妖怪たちを集めてくれたらしいが、一向に傷は塞がらない。
「意識をしっかり持て!」
昔と同じ、頭にキーンと響く大声。
声的に視界の隅にいるのは楓だろう。
もう、目がよく見えない。
「明日はやっとアンタたちの夢が叶う日だ。死ぬにはまだ早いじゃないか」
「そうは言っても……」
妾はダメだ。
どうにか妖術を使うことをやめさせ、しっかりと指示を出していく。
霊術で傷を負わせたように見せているが、これは妖術だ。
犯人探しはまだしなくて構わない。
明日の式典だけ、歴史を変える第一歩は絶対にやり遂げないと。
「楓、妾の代わりを頼む」
彼奴は、誰よりも変化の術が上手い。
式典程度なら、余裕で乗り越えられるだろう。
「ああ、とても悔しい」
叶が死んでから396回目の春が来た。
桜を見るたびに、彼奴たちを思い出す。
叶の遺言であった『友と幸せに生きる』ことは達成した。
響の死後も、意志を継いだものがここまで頑張ってくれた。
途中、何度も辛く苦しかったが楽しかった。
数年ぶりに桜が綺麗に咲いて祝ってくれているかと思えば、道半ばで命を落とすことになるとは。
運が悪いとしか言いようがない。
「四大妖怪になってしまうな。でも、すぐに楓が妾の席に入るだろうよ」
「そ、んな……私なんて、まだまだアンタには及ばない……」
すすり泣く声が聞こえた。
どうにか妾は腕を持ち上げて、声のする方へと手を伸ばす。
優しく手は握られ、とても安心した。
「後は任せた。それに悔いなく生きてから死なないと、あの世で殺して……やるか、ら……」
覚悟しておけ。
--- 最後の言葉は伝えられたのか、分からない。 ---
妾が地獄に堕ちることは確定。
人を救い続けた彼奴らと会うことなど、出来るわけがない。
「……ハッ」
どれだけ妾は会いたいのだ。
地獄への道を歩いていたら遠くに幻覚が見えてきた。
巫女服を着た婆さんと、見慣れた和装の爺さんが道を遮るように立っている。
「──。」
声が聞こえた。
長い時を過ごしてきたが決して忘れることはなく、夢にまで出てくた優しい声と生意気な声。
思わず、妾は駆け出す。
転びそうになりながらも決して止まらない。
飛びついた妾を其奴たちは、ギュッと抱き締めながら後ろへと倒れた。
「久しぶりだね、雅」
「死んでいるからアレだけど、元気そうで何より」
涙が溢れた。
まさか会えるとは思っていなかったし、何となく温かく感じる。
「叶、響、妾は最低だ。彼奴らに全て任せてしまった」
「託したんだろう、君は」
「でも明日は大事な日だったのに……」
「グズグズするなんて、お前さんは変わったねぇ」
うるさい、と妾は顔を叶へと埋める。
こんなに喜怒哀楽がはっきりしてしまったのは、人間のようになったのはお主のせいだろうが。
響は妾を見て大笑いしていた。
本気で燃やしてやろうかと思ったが、辞めておく。
今は再会にまだ浸っていたい。
「幸せだったかい?」
そう、叶が聞いてきた。
妾は涙を拭いながら、精一杯笑ってみせる。
「もちろん!」
満開の桜が風で揺れた。
現在私──楓は、数百年前なら決して足を踏み入れることがなかった都に来ている。
今日から人間と妖怪が手を取り合う歴史が始まる。
アイツが死んだことは悲しくて、犯人が憎い。
でも今はその感情を全部押し殺さないといけないんだ。
そう、何度も自分に言い聞かせる。
私は《《魑魅魍魎の長》》を演じ切らなければいけない。
何があっても動じてはいけない。
この式典を、私は任されたのだから。
「雅様」
「……今行く」
木の床を下駄で歩く音が静かな都へ響き渡る。
ピタッ、と足を止めた私の視線の先には響の意志を継ぐものがいた。
辺りから感じる霊力的に、放送はうまく行っているのだろう。
放送というのは、式典の様子を全国の人間と妖怪に見せるためのもの。
私は一度深呼吸をしてから云った。
「始めよう」
満開の桜が風で揺れた。
木のてっぺんに、ずっと見てきた一体の妖怪の姿が一瞬見えた気がする。
幻覚だったとしても、多分アイツは何処からかは見てくれているんだろうな。
響と、最強巫女も一緒に見守っていてくれると思う。
そう考えてみたら肩の力が抜けた気がした。
--- 完 ---
ということで、後書きです。
まず一言だけ言わせてください。
「これ、何部門?」
一応和風ファンタジーのような気がするんです。
でも違うの…かな?
もし、企画者から何か言われたときは変えるかもしれません。
さて、小説の内容に触れていきましょう。
題名は「共に生きていく。」
テーマ?が人間と妖怪の共存ということで、この題名にしました。
巫女の叶と妖怪の雅。
本来なら敵同士である二人が仲良くすると言うのはずっと前から書いてみたかった内容です。
叶が亡くなったあと、人間へと復讐を始めても良かったんですけど共存してほしくて響くんが登場しました。
実は、もっと内容を濃くしようとも思いました。
特に名前だけ出てきた五大妖怪とか触れたかったですね。
でもダラダラと長くなるのも良くないかと思ったり、年内に紅葉ちゃんの方をもう一話出したいなど…
色々な理由でこのような形になりました。
リクエストがあって、余裕があった場合は書き直すかもしれません。
ちゃんと後書きらしい後書きを書いたのは初めてですかね?
これからも、応援よろしくお願いします!
共に生きゆく。
『共に生きていく。』
https://tanpen.net/novel/03686c8d-fb3a-4453-bf0e-c330128dedb8/
『古文に変換する』
https://catincat.jp/javascript/kogo3.html
--- 満開の桜が風に揺れき。 ---
「ふおう……」
折節は春。
清げなる白や桃色にうつろひし山。
その奥なる小さき神社。
鳥居に居れる小さき影小さくあくびせり。
少女の名は|雅《みやび》。
明らかに人のものならぬ獣の尾を風に揺らしつつ麓の村を見下ろせり。
ただに申し訳なけれど、人は並やうに九尾と呼ばるる物なりき。
少しばかりことわらむ。
九尾とは、名表すべく九つの尾を持つ狐の物。
されば狐の物といふものは、尻尾の数にこはさ分かる。
多くば多きほど長生きしており、知識も妖力も桁外れなりき。
「うぅ、ねぶたし……」
因みに雅の尻尾の数は一本。
ここに疑ひに思ひし人もあらむ。
何故、九尾なれど一本のほかになしや。
いらへは簡単、先程もことわりし通り妖力が多ければ。
妖力といふは物の使ふ『妖術』に要る力。
魔力や霊力、呪術などのあやしき力と同じものと考へさせ安穏なり。
使ひ量の多きほど強力なる妖術使ふべく、みづからの妖力をいつはることも可能。
「……!」
ピクッ、と雅の耳動く。
かくて高き高き鳥居の上より飛び降りき。
物といふは、人より何倍も体の作りがふつつかなり。
その料、怪我一つなく雅は着地せり。
「あらましよりほどが掛かりすぎにはあらずや?」
「雅」
頬を膨らませつつ怒れる雅。
されど、名を呼ばれし露の間に背筋を伸ばす。
「……かへりたまへ、|叶《かな》」
「あな、ただいま」
鳥居を抜けし嫗は家へと足を向く。
嫗の正体はこの神社の巫女──叶。
半世紀より上も巫女にてアメフラシの舞などをたばかりきたり。
物退治もしおり、その実力は業界最強と呼ばるるほど。
一人さながらやりぬる者は、人より外ならず。
--- こは、元来ならば敵なる人と物の物語 ---
---
境内の掃除しする一つの影。
それを|妾《わらは》──雅は鳥居の上より見下ろせり。
掃くとも掃くとも、桜の花弁は落ちく。
日ごろ、さほど体調わろしといふに|彼奴《かれ》は押して。
また腰を痛めまし。
そせば叶も、久しぶりにやをらふるべし。
「……待て。妾は今、何を考へたりき?」
物としたり得ず。
人の、さるは|物《妾ども》を倒すことに生計を立てたる巫女の身を案じたりき。
これには九尾失格なり。
「あだっ」
さる声のきこえし妾は下を見る。
躓きにけりや、地面に伏せたる叶。
「安穏か?」
「……あな、憂ひいらず」
何なり、今の間は。
ようせずは擦りむきて血や流れぬ?
されど、さる匂ひはせねば足首を捻りしには?
せむかたなければ、妾が背負ひて護符を売れるかたまで運ぶ。
「とく跡継ぎ見つけ引退せよ」
「我もさせまほしけれどかしぃ……」
掃除を止めし叶は、お茶休憩に入ることにせり。
話題は、後継者につきて。
元来ならば数人に行ふ巫女の営み。
一度ばかり、叶は倒れしためしありき。
おのづから訪れし旅する医師に診させしすゑ、なほ年ごろの無理がえいかざりけむ。
巫女のいとなみばかりならず物退治も続けば、その命は長く持たず。
されど一人営みすべかりき。
この神社を心とせる数十キロメートルに巫女はもとより、神社とてなし。
かくて巫女になるにも題目が厳しかりき。
「我が死にしあとはなんぢが継ぎたまへ、雅」
「はぁ!?」
物なる妾に頼むなどをこならずや。
さ説法のごときことしたらば、夕方になれり。
けふの営みの終はりたらぬ、と立ち上がらむとする叶はなほをこならむ。
かつがつ居らせ、妾が境内の清掃しすることに。
叶には建物に護符書かせ、守りを作らすることを優先させき。
「……いかでこのボロ神社はいたづらに広きなり」
日ごろ一人あしたより夕方まで、叶はすがらに掃除しせり。
殊に頼まば、妾も少しほどは組みきといふに。
少し妖術を使ひて掃除しせるとよき匂ひしきたり。
いま日は暮れ、清げなる月が桜の木を照らせり。
「雅、夕餉にせむ」
「けふはなになり?」
「報酬金に買ひし米と、頼む人より貰ひし川魚ぞ」
魚かぁ……。
殊にいとひといふよしならねど、揚げが食はばや。
あれは、人にせばめでたきものを作りきと思ふ。
「……雅なり」
「とみにいかがせり?」
いつもと違ふけはひの叶に、少し緊張走る。
ようせずは、何かゆゆしきが起こることを予知しもこそ。
巫女の力の一つに、ゆくすゑ予知あり。
それが今、発動せりと考へし妾は箸を置く。
「いや、事なし」
さ笑ひし叶は、今にも泣きいだしさうに見えき。
「昔に話しし友と、幸せに生くるぞ」
問ひ詰むとも心のなきことを知りたればわざと案ぜず。
されど、妾は後悔せむ。
この時にあながちにされど吐かすべかりし、と思ふことになる。
次の日。
雲一つなき空が、そこにはわたれり。
久しぶりに心地よくおどろくべく、いと心地良し。
せむかたなければ、境内の掃除は妖術に終はらせおく事にせり。
「……?」
数刻経けむや。
全く叶がおどろきくる気色なし。
「いまだ寝たる、か……?」
ねやの襖を開きし妾は、少し違和感ありき。
とひうよりは、ここ年ごろは感ぜざりし気色が室より感ず。
恐る恐る足踏み入れ、叶の元へと向かふ。
布団に眠れべく見えき。
されど、すなはちおどろく。
「叶!」
死の気色。
信ずまじけれど、叶より死の気色を感ず。
呼吸も、心臓も止まれり。
命の灯火はいまだ全く消えたるよしならず。
今より麓の村へと急がば、医師が助けもこそ。
さる淡き頼みを胸に、妾は抑えを外して獣のさまへとうつろふ。
叶を咥え、一番のとさに山を下る。
されど負荷掛かるまじくねんごろに運びき。
「ひっ、物なり!」
「九尾が山を降りくるぞ!」
村よりはかたがたなる声きこえきたり。
雅は叶を下ろして、みづからに抑えかけ人とよく覚えしさまになる。
「助けよ。これのことを、いかでか……!」
その言の葉遮るべく、雅の頭に石当たりき。
投げしは、村にゐる男なり。
近くなりし男どもも投げ始め、女わらはも石を持ちそむ。
雅は驚きも、反撃もせず。
幾度か後ろに倒れさうになるを必死に忍びつつ、かたがたなるかたより血を流す。
「いでゆけ!」
「巫女の仇よ!」
いひあらがふ雅の言の葉は、いづれの村人にも及ばず。
いまだ、叶は助かる可能性あり。
なのに誰も物語を聞かぬには、よしありき。
巫女になるために要最低限のこと。
そは霊力の有無なりき。
霊力を持たぬ常のわたり──この村人どもには雅の言の葉はただの雑音。
砂嵐のごとき、ごちゃごちゃとせる音のみきこゆるなり。
「……ッ」
及べ。
いづればかり雅が願ふとも、声の及ぶことはあらず。
この村の住民どもは幾度も叶に助けさせたり。
なのに、今は雅追ひいだすことに夢中に誰も石の当たれることにおどろかず。
(人など憎し)
そう雅は心に呟きき。
思ひ込みがあららかに、一時の心地にふるまふ。
今、この露の間にも叶の助かる可能性低くなれり。
ポロポロと、涙溢れ落つ。
雅は大粒の涙を流し、膝をつきて頭を下げき。
「叶を、助けたまへ」
願ひたてまつる、と言ふとも攻めの手は止まらず。
わたりの心なるは《《怒り》》ばかり。
物が何したらむと、縁なしに石を投ぐ。
いま、無用なり。
「妾がためにかく傷つきにけりな」
さ言ひて妾はやはら抱き締めき。
石の当たりしかた痛し。
かくて、胸のきはもわりなし。
知るべきなかりし、人の温もり。
それを教へし叶はいま、いつものごとく笑はざりき。
「……なぁ、叶」
ゆめゆめ返りくることのなきかへりごと。
されど、頼みぬ。
「今まで、ありがとぞ」
人のさまのまま、妾は走りいだす。
かくて、一度も振り返らざりき。
軽き足取りに我は獣道を進みゆく。
ピタッ、と足止めやをら顔を上ぐと、そこには赤き鳥居が。
早く無かりきや、この世を去につればか。
神社といふに結界張りたらず。
「……お、ありしありき」
賽銭箱の前に居れる人影。
されど、彼奴は人ならず。
早くこの辺には名の知れたれど、最強の巫女を殺しきとしなほなにしおひなりき。
やぁ、と声を掛くと顔を上ぐ。
その顔は白く、さほど体調の良かるべくは見えず。
我は来るほどと同じ軽き足取りに、その者へと近づきゆく。
「妾は今、凄まじくけしき悪し。命があたらしくばすなはちこの場立ち去ね、霊術使ひ」
尋常ならぬほどの殺気に、温度が幾らか下がらむ気せり。
されど、我はさることを気には留めず。
「君さそひにきたり」
さ、一言ばかり告ぐと目の前に露の間に運べり。
首絞められ、そのさまよりはえ思ひやらぬほどの力掛けらる。
「……とく消えよ」
かくて殺されぬるやと思へど、はたげに随分と丸くなりけむ。
咳き込みつつ床に伏せる我放り、早く居れるかたへと腰を下ろしき。
されど、顔は空を見上げたり。
「物語ほどは聞くともわろしや?」
「……。」
ふむ、いかがせりものか。
ここに退くよしにもいかねど、いまいらへまじ。
一人淡々と話すべからむ。
少しあらまし外なれど、せむかたなしや。
「叶殿のかくれしよりの君の働きはめでたし。抑制力消え暴るる物ども倒し、我ら《《退治屋》》のいづる幕がなかりき」
霊術使ひは大きに二つに分けらる。
一つは、我がごとく物を退治するための攻めやうなる霊術を使ふ『退治屋』。
かくていま一つは結界や祈祷など、補助やうなる霊術を使ふ『巫女』。
双方を使ふべかりし叶殿を失ひしは、なほ憂し。
「物を退治する物。さるのいづればかりとぶらふとも前例なからむ。されど、我はよしとぞ思ふ」
元来ならば、人のごとき物は即座に倒すべし。
人も物もすずろに、多くの命を奪ひくればなり。
されど、我は倒さず。
正確に言はば、《《え倒さず》》のなり。
『我が死なば雅を、かの子を頼む』
叶殿は日ごろ、さ言へり。
もし契りを守らずは、かの世に何をさるるや分かれるものならず。
死にしあとにまた殺さるるなど、うたてければぞ。
されど、我自身もこれのことを気に入れり。
人の優しさに、温かさに触れし物はここまでうつろひき。
我が理想の叶ふ可能性も、零ならずといふことなり。
「物と人が手取り合ふ天下」
「──!」
「汝の望むものはさる天下ならむ、|響《ひびき》」
驚きき。
この物は、|響《我》のことを知れりや。
「あながちなり、成るまじ。今までの妾どもと汝らがそれを明らめたり」
「いや、定めて叶ふよ」
我はニッコリと笑ひき。
「君とかの人のふりし年月が、それを明らめたり」
彼奴とふりし年月、か……。
すがらに昔、一人前の巫女となる早く妾は敵はざりき。
幾度も挑まば負け、挑まば負けて。
いつの間にか肩揉みなど境内の掃除などやらさるべくなりし。
「……ハッ」
思はず、笑ひ溢る。
口惜しかりき。
されど、楽しかりし思ひ出ばかりが脳裏に浮かぶ。
「つひに、お主の言ふとほりになりなずや」
叶のいとなみ。
人と話すべからぬ妾には、巫女にて人どもを守ることはあたはず。
物を退治することならば、いまだ引き継ぐべしな。
彼奴の言へる《《果報》》の心は、分からず。
ようせずは、叶や果報ならざりし?
「……ふん」
妾はなどをこなることを考へけむ。
果報ならず?
さしも楽しく、笑顔の溢れたりし日々が?
おほかた、彼奴が夕餉の時に見しゆくすゑは自らのかくるることなりき。
なれば泣かむ顔せり。
『昔に話しし友と、幸せに生くるぞ』
遺言なり。
ゆめゆめ一人死ぬまじく。
叶を失ひきいと、妾昔めくまじくするために遺しし言の葉。
ギュッと、胸締め付けられむ気せり。
「危ふし!」
さる声のきこえしやと思はば、一体の物が妾に爪を向けたりき。
とけれど、殊にえ避かぬよしならず。
されど神社に被害のいづるは、少しばかり胸痛む。
「この妾に傷を一つ負はさむなど、百年疾し」
「糞ッ」
脇腹に蹴を入れば、直横に飛びゆきき。
半ばにかしこく着地すれど、骨を折りし感覚がすれば暫くは向かひこじ。
物は人より体が丈夫とはいへ、おこたるにもほどは掛かる。
おこたりついで、逃げ帰らば一番よけれど。
「──まぁ、さ易くはいかずや」
はた妾が気に入らずめり。
まぁ、巫女のまねび事と言ふともひがごとならねばぞ。
きしかたに誰彼構はず殺せりといふこともあり。
怨みは人一倍買へることならむ。
されど、かかるさるほどに負けいられぬ。
「せむかたなき、全力にあひしらはむ」
「なあなづりそ!」
「誰も下に見などあらずよ」
体術をもととし、妖術は体才の上がりか。
ただの突きに見ゆとも、下手せば心臓ごと潰されもこそ。
低級物ならば、露の間に倒されたりもこそ。
されど、五大物の一人なる|九尾《妾》には効かぬ。
かたきぞ悪しかりし、|中級物《童》。
伸びこし腕をひしと掴み、背負ひ投げを定む。
「糞、が……!」
いまだ思ひ絶えたらずや、童は立ち上がりき。
これより上やらば其奴は命を落とすことにならむ。
妖力の尽きしほど、代はりに使ひぬるは《《命力》》。
敵討ちか何か知らねど、ここに死ぬるにはあたらしき気せり。
いかがせりものか。
さることを考へたるとその物は倒れき。
呼吸は浅く、いま指一本動かすまじく見ゆ。
すでに命を犠牲にせりや。
「殺せ」
小さく其奴は言ひき。
ふむ、と妾は近づきてゐ込む。
「情けなどいらず。敗者は死ぬるが定まりならむ」
「いなぶ。とく帰れ」
「……はぁ?」
妾はただ攻めらるれば応えしばかり。
それに、いま殺しはせず。
彼奴は極楽にも行くらめど、そこより霊術を使ひていま一度死を知らせらるる気す。
故に、彼奴の願ひは聞き入れられず。
「……響」
「いかでかせるや?」
「お主も知りての通り、妾どもの言の葉は常の人に及ばぬ。さほどならず、物といふはさほど群れずみづから中心的なる案をもつのみあり」
つひに、物も|自分勝手なる《さいふ》ところは人とうつろはぬなり。
いかでかし其奴らを統一せぬことには、共存などあながちなり。
「──魑魅魍魎の長」
響はいと驚けべく見ゆ。
きしかたの妾よりは、げにえ思ひやらぬ言の葉なり。
全ての物をまとむるなど、共存と同じほど難し。
されど、不思議と覚えありき。
「物どもはいかでかすれば、人どもをいかでかせよ」
「うまじ!」
「妾どもは、人と違ひて長き命を持てるなり。|響《彼奴》の意志のおこたらぬ極み、定めてうたてし成らせみせむ」
「我が生きたるうちには無理りて断言せるぞかし?」
さは言ひたらぬ、と口元を隠しつつ笑ふ。
響も文句を言はばあれど、笑みを浮かべたりき。
地に伏せたりし物は、呆れたるやうにも見ゆ。
妾は妖力を分けてやとて手差しいだす。
先程、かかることを言ひてけべきことを思ひつきき。
敗者の命は勝者奪ふ。
「すなはち、お主の命は妾のものぞな?」
「……よも」
はた考へたるが分かりけむ。
響に助けを求めむとせる物。
されど、今まで人とおどろきしやいと驚けり。
をこかな、と思へると妾を壁にせり。
「などか退治屋がここなるぞ!」
「お主こそ、何故壁にす」
「我はなんぢと違ひて低級物なれば、すなはち退治されんぞ!」
あ、げにをこなり。
とひうよりはみづからの実力を心得たらずや。
低級と分かりて妾に挑みしためしもあやなすぐ。
「……名乗れ、童」
「楓ぞ!」
「さりか。よく聞くべき、楓。お主は中級物ぞ」
風に草木の揺るる音ばかりきこゆ。
やはら楓の顔覗き込むと、思考止めたべかりき。
「まぁ、さることはあだなり」
「いかがにもわろしよ!」
突然の大声に頭がキーンとせり。
なのめに煩し。
かつがつ驚けることは十分伝はりき。
「楓、妾の手伝ひせよ。かくて自由に死ぬることは許さず」
「拒否権はあらぬかな、うん」
さても、雅は初めてのかたへを手に入れき。
響と別るなり、|同じ五大物なる四体《叶に話しし友ども》の棲まふかたを訪る。
よしをことわると力を貸しき。
物によらば題目いだしすれど、雅はわざとものならず共存に向け進みゆく。
されど、退治屋を心とせる人どもはいと順調とはえ言はざりき。
なほ年ごろ積み重ねこしものは、さ易く崩れず。
「……ここまでか」
さ、小さき声に妾は呟きき。
腹にポッカリと空きし大いなる穴。
年ごろの無理や悪しき、絶えて自然おこたり働けるまじかりき。
止血などすることはあたはず、体温が下がりゆくがおのれにも分かる。
彼奴が治癒を使ふ物どもを集めけめど、一向に傷は塞がらず。
「心をひしと持て!」
昔と同じ、頭にキーンと響く大声。
声やうに視界の隅なるは楓ならむ。
いま、目よく見えず。
「明日はやうやうなんぢらの夢の叶ふ日なり。死ぬるにはいまだ疾からずや」
「さは言ふとも……」
妾は無用なり。
いかでか妖術を使ふことやめさせ、ひしと指示をいだしゆく。
霊術に傷負はせきべく見せたれど、こは妖術なり。
犯人とぶらひはいまだせで構はず。
明日の式典ばかり、史を変ふる第一歩はさらにやり遂げずと。
「楓、妾の代わりを頼む」
彼奴は、誰よりも移ろひの術かしこし。
式典程度ならば、たやすく乗り越ゆべし。
「あな、いと口惜し」
叶の死にしより三百九十六回目の春来たり。
桜を見るたびに、彼奴らを思ひ出す。
叶の遺言なりし『友と幸せに生く』ことは達成せり。
響の死後も、意志を継ぎしものがここまでこころばみき。
半ば、幾度も憂くわりなけれど楽しかりき。
年ごろぶりに桜が清げに咲きて祝へるやと思はば、道半ばに命を落とすことになるとは。
つたなしとしかいはむかたなし。
「四大物になりてなしまひそ。されど、すなはち楓が妾の席に入らむぞ」
「そ、んぞ……我など、なほなんぢには及ばず……」
すすり泣く声きこえき。
いかでか妾は腕持ち上げ、声のする方へと手を伸ばす。
優しく手は握られ、いと安心せり。
「後は任せき。それに悔いず生きたりより死なずと、かの世に殺して……やるや、ら……」
覚悟しおけ。
--- 果ての言の葉や伝へられし、分からず。 ---
妾が地獄に堕つることは定め。
人救ひ続けし彼奴らと会ふことなど、うまじ。
「……ハッ」
いづればかり妾は会はまほしきなり。
地獄への道を歩みたらば遠くに幻覚見えきたり。
巫女服を着し嫗と、見慣れし和装の翁が道遮るべく立てり。
「──。」
声きこえき。
長きほどをふりくれどゆめゆめ忘るることはなく、夢にまで出てくた優しき声と生意気なる声。
思はず、妾は駆けいだす。
転びさうになりつつもゆめゆめ止まらず。
飛びつきし妾を其奴らは、ギュッと抱き締めつつ後ろへと倒れき。
「久しぶりかな、雅」
「死にたればものなれど、すくよかさうに何より」
涙溢れき。
よも会ふべしとは思ひたらざりき、そこはかとなく温かく感ず。
「叶、響、妾はむげなり。彼奴らにさながら任せにけり」
「託しけむ、君は」
「されど明日はやむごとなき日なりしに……」
「グズグズするなど、なんぢはうつろひきかしぃ」
こちたき、と妾は顔を叶へと埋む。
かく喜怒哀楽のしるかりにけるは、人めきしはお主がためならめど。
響は妾見大笑ひせり。
本気に燃やさむやと思へど、辞めおく。
今は再会にいまだ浸りたらばや。
「幸せなりきや?」
さ、叶聞ききたり。
妾は涙を拭ひつつ、精一杯笑ひてみす。
「もとより!」
満開の桜が風に揺れき。
今我──楓は、数百年前ならばゆめゆめ足踏み入るるがなかりし都に来たり。
けふより人と物が手取り合ふ史始まる。
かれの死にしためしはわびしく、犯人憎し。
されど今はその心地をさながら押し殺すべきなり。
さ、幾度もおのれに言ひ聞かす。
我は《《魑魅魍魎の長》》演じ切るべし。
何あふとも動ずべからず。
この式典を、我は任されければ。
「雅様」
「……今行く」
木の床を下駄に歩む音の静かなる都へ響き渡る。
ピタッ、と足を止めし我が目差の先には響の意志を継ぐものありき。
きはより感ずる霊力やうに、放送はうまく行くらむ。
放送といふは、式典のけしきを天下の人と物に見するためのもの。
我は一度深呼吸ししたりより云ひき。
「始めむ」
満開の桜が風に揺れき。
木のてっぺんに、すがらに見こし一体の物のさまが露の間見えし気す。
幻覚なりとも、おほかたかれは何処からかぞ見るらむ。
響と、最強巫女ももろともに見守れば思ふ。
さ考へば肩の力の抜けし気せり。
--- 完 ---
感情無し
読み切りシリーズ、第五弾
私は、人ではないらしい。
「ほら彼女よ、例の《《感情無し》》」
「まさか両親が死んでも泣かないなんてね」
大雨が降るなか開かれた両親の葬式。
多くの人が別れを告げに来てくれている。
「あの子、叔父に引き取られるらしいわよ」
「叔父ってあの?」
両親のために時間を作ってくれるのはありがたい。
けど、わざわざ聞こえる声量で話す必要はないんじゃ?
そんなことを考えながら、私は残された者として色々とするのだった。
葬式が終わり、私は荷物をまとめていた。
元々私物が多いわけではないので、数分もあれば荷造りが終わった。
「……もう良いのか」
リビングで忘れ物が無いかを確認していた私に、声が掛けられる。
振り返ると、一人の男性が壁に寄りかかっている。
彼は私の叔父であり、私と同じ《《感情無し》》らしい。
そもそも《《感情無し》》と言うのは、その名の通り感情が無い人のこと。
この世界は感情豊かなほど、様々な魔法を操ることが出来る。
嬉しければ光属性、怒っていれば炎属性。
どういう原理なのかはここ数百年不明だけど、実際に感情が無い私と叔父は魔法を使えない。
「馬車に荷物を乗せろ。長旅になるが……」
「別に大丈夫ですよ」
「……そうか」
さっさと馬車に乗って叔父を待つ。
今日から数日の間はお世話になる馬にニンジンをあげていると、叔父は出てきた。
私が14年過ごしてきた家は、明日には空き家になる。
そして、いつかは知らない誰かの帰る場所になることだろう。
「……あれ」
目から流れた《《それ》》は頬を濡らした。
拭っても拭っても、止まることはない。
「な、にこれ……」
「……。」
「何で止まらな、いの……」
叔父は、そっとハンカチを渡してくれた。
そういえば同い年ぐらいの子がこうしてた時、大人の人はみんなハンカチを渡してた。
分からない。
何で感情のない筈の私が、こんなことに。
「悲しいんだろ」
ボソッ、と叔父が呟いた。
悲しい? この胸の奥が苦しい状態が?
つまり私は今、やっと感情を……。
「……あはは」
「おい、何して……」
私は叔父に寄り掛かりながら、笑っていた。
「私は《《人》》だった。呪いの子なんかじゃなかったんだ」
感情無しだから、軽蔑の目で見られた。
感情無しだから、あることないこと沢山言われてきた。
感情無しだから、二人に迷惑を掛けてしまった。
「もっと早く感情を持てていたら……」
お母さんやお父さんに、会いたいよ。
一緒に笑いたかった。
魔法だって二人みたいに沢山使いたかった。
初めての感情が『悲しみ』で、こんなに後悔するなんて。
「……感情豊かなほど、様々な魔法を操ることが出来るって言うだろ」
「う、うん……」
「《《感情無し》》なんて存在しないんだよ。ただ、上手く自分のことを表現できないだけ」
両親は、この事を知っていたのだろうか。
だから私のことをずっと愛してくれていた。
そう考えると、また涙が溢れてくる。
「俺もそうだからよく分かる。普通の奴らみたいに笑えねぇし、泣けねぇ」
辛いよな、と叔父は私の頭を撫でてくれた。
とても安心する。
「本当は家についてから話すつもりだったんだが……俺たちは大掛かりな魔法を使えない代わりに繊細な魔法──回復とか身体能力上昇が使える」
「そうなの?」
「ついでに、お前を見下してた奴らより運動神経良かっただろ? あれは身体能力上昇の魔法を使ってるからなんだよ」
衝撃の事実がどんどん明かされてるけど、不思議と落ち着いていた。
とりあえず、一つだけ疑問がある。
「叔父さんはどうしてそんなに詳しいの?」
「あー……」
叔父は真実をあまり話したくないのか、誤魔化そうとしている。
まぁ、話したくないなら別に良いんだけど……。
「改めてこれからよろしくね、叔父さん」
「……あぁ」
---
--- 誰にも求められてない登場人物 ---
私──本作の主人公で、14歳の少女。数日前に両親を無くし、叔父に引き取られることになった。『感情無し』と呼ばれていたが、感情の表現が苦手なだけとのこと。
叔父──主人公の叔父で、年齢は50代とか?姪を引き取ることになったが、別に何とも思っていないように見られる。心の中では、とても主人公の両親の死を悲しんでいる。
なんか、思い付いたので書きました。
衝動書きですね。
一時間クオリティなので雑ですが、どうだったでしょうか。
ファンレターなどで感想を言ってくれると幸いです。
時間あるときにちゃんと書き直したいな……。