「あいつには────────と言っておいたから」
「どうにかして僕と、僕の────の──をとれよ」
「僕はお前にかけている」
「お前のすべてをかけてあいつを、あいつの───を使ってでも後悔させろ」
「勝手に───あいつに、僕を敵に回したことを悔やんでもらう」
「そのためにも、あいつを──」
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目次
Prologue
晴瀬です。
新シリーズです。
10話以内くらいには終わるんじゃないかと…。
結構暗いです(多分)
あんまりすっきりしない終わり方かも。
自分が書きたいところを書きたいように書いたものなのでクオリティは保証しません。でも頑張って書きました。
毒を持った植物の話です。
「今まで」
そういう彼の目を見た。
「弱くて」
何を言うんだと思った。
「ごめんね」
俺の中で耳鳴りがした。
今までの出来事が走馬灯のように脳裏に巡って熱くなる。
いつから間違えた。
俺はいつから、こいつを生かすためにやってきたのに。
いつ、いつ俺は選択を選び違えた。
嫌だ。
嫌だ。
こいつが死ぬのだけは
止めなきゃいけないのに────
1
晴瀬です。
1話です
「ねえ|伊吹《いぶき》、今度の週末、ちょっと遊びに行かない?」
そんな切り出し方だったと思う。
俺も、そう話しけてきた|紫苑《しおん》も高2の夏。8月に入った頃。
珍しいなと思った。
控えめな紫苑がそんなふうに出掛ける提案してくるなんて。
だからすぐにその話に乗った。
落ち込んでいた紫苑が、やっとやりたいことを口にしてくれたのだから、叶えるべきだと思った。
そのちょっとした決断に、黒くて大きな渦が巻いてくるなんて、この決断をあとで激しく後悔することになるなんて、そんなこと考えもしなかったから。
---
俺と紫苑が高2に進級した年の5月末、紫苑の父親の|芹矢《せりや》さんが亡くなった。
病気だった。
元々紫苑には母親がいなかった。病気で亡くなったのだと芹矢さんは紫苑に話していたらしい。
紫苑は一人になってしまった。
だから、俺が、優しすぎる弱い紫苑を守っていかなきゃいけない。
芹矢さんの願いを叶えるために、恩返しをするために。
紫苑とは家が近くて、小さい頃から家族のように仲が良かった。
遡れば芹矢さんと俺の両親が高校時代からの親友だったらしく、俺や紫苑が生まれたあとも俺の両親がいなくなるまで、家族ぐるみで仲良くしていた。
俺の両親は、俺が小学5年生のときに事故で死んだ。
家族でショッピングモールに行こうという父さんの誘いに、反抗期だった俺が断ったから、俺だけ、助かった。
2人で買い物に出掛けていった帰り道だった。
小雨が降っていて、暗かった。それだけ覚えている。酷く暗い日だった。
帰りが遅いなと思い始めた頃に家に備え付けてあった電話機に連絡が入った。
警察からだった。
文字通り頭は真っ白になった。
手の先が急速に温度を失い、どんどん速くなる鼓動とは相反して脳の中心は冷えていく。
息が荒くなって身体が震えた。
「事故に遭った」
その言葉を聞いてからはもう何の説明だって耳に入らない。
病院に向かって、変わり果てた両親の姿を見た時やっと、これが夢でも空想でもないことを脳が捉えた。
俺は体中の水分がなくなるくらいに泣いて喉が枯れるまで叫び嘆いた。
そんなことをして夜を越えても、俺の両親は返ってこなかった。
それからは芹矢さんが手続きや葬式などを済ませてくれて、俺は何も考えずに家に戻ることができた。
あの家に、11歳の何もできない子供が一人で住めるように、となんとか働きかけてくれたのも芹矢さんだった。
知ったのはそれからずっと後のことだったけれど。
その後もずっと芹矢さんは何かと俺を気にかけてくれた。
俺は頻繁に紫苑の家に出入りし、紫苑と芹矢さんと俺は小さなことでも協力して今まで生きてきた。
そんな芹矢さんが、紫苑が大好きだった。
2
晴瀬です。
2話です。
芹矢さんが癌になったと聞いたのは俺と紫苑が高1の年の2月だった。
前々から「この頃体調が悪い」「病院に行く」そんな話は聞いていた。
だから覚悟はできていたよ、と強がっていた芹矢さんの、言葉とは裏の本音を映した悔しそうな瞳を強烈に憶えている。
「治る見込みはないらしい」
俺と紫苑を集めたリビングで弱く笑って芹矢さんは言った。
「え?」
俺は聞き返す。紫苑は黙っていた。
「治る見込みはないって、そんな、手術すれば治るとか、そういうことじゃ、ないの?」
「ないんだって。何度もお医者さんに訊いたけど、もう難しいって。
ごめんね」
芹矢さんは何も悪くないのに、何故かそう謝った。
それから少しして、芹矢さんが入院することが決まった。
延命措置とか、そんなことではなく身体の痛み止めや自宅では生活が困難になるから、という理由だった。
病院に行く前日、俺は芹矢さんに呼ばれた。話がある、と。
紫苑は呼ばれていないみたいだった。
俺と芹矢さんだけの、静かな部屋で芹矢さんは俺の目を真っ直ぐ見詰める。
「伊吹には今まで、本当に迷惑かけたね」
俺の名前をよんでそう言う芹矢さんに俺は|頭《かぶり》を振る。
「俺の方が迷惑かけたんだよ。一人で何にもできなかったのに面倒見てくれて、芹矢さんがいなかったら俺、死んでた」
本気でそう思っていた。
「そんなことないさ」
「伊吹は本当に強いから。僕がいなくても何とかやってたと思うよ。だから、ごめんね」
「何言ってんの。そんな訳あるはずないって。芹矢さんおかしいよ。いつもそんな事言わないのに」
芹矢さんが遠くなってしまう気がして怖かった。
どんどん遠くなって、手を伸ばしても触れられなくて、もう一生会えなくなってしまうような、そんな気がしてならなかった。
芹矢さんは小さく笑った。
そんな事言うなよ、とでも伝えるかのように。
「伊吹、|最後《最期》に頼み事してもいいかな?」
俺の返事を待たずに続ける。
「紫苑を守ってほしい」
「こんなこと、紫苑と同い年の伊吹に頼んでいいのかもわかんないけど、僕は、紫苑は優し過ぎる節だったり繊細な部分があるんじゃないかと思っていてね。
多分、僕がいなくなったら何かが崩れてしまうような気がして…。
伊吹に、見ててもらいたい。
今まで通り、明るく、守ってほしい」
そこまで言って芹矢さんは俺を見上げる。
「そんなことぐらい、言われなくてもやるよ。
俺だってずっと、今まで生まれてからずっと、芹矢さんに紫苑に守られて生きてきたから」
俺が大きく頷くと芹矢さんは安心したように目を伏せて頬を緩めた。
「ありがとう」
「こちらこそ」
お礼を述べる芹矢さんにそう返した。
取り留めのない話をしたあと、紫苑を呼んでほしいと言われて部屋を出た。
俺に語ったようなことを紫苑にも話すのだろうと思った。
ノックをして声を掛ける。
「紫苑」
自分の部屋でスマホを触っていた紫苑は俺の呼び掛けに顔を上げた。
「伊吹」
俺の名前を呼ぶ。顔がぱっと明るくなった。
「芹矢さんが呼んでる。話があるって」
俺がそう言うと「分かった」と紫苑は腰を上げた。
紫苑と芹矢さんは少し長く、話をしていたようだった。
3
晴瀬です。
3話です。
「遊びに行く、って何処へ?」
高2の8月頃、遊びに誘ってきた紫苑に俺はそう訊いた。
芹矢さんが亡くなってから約2ヶ月が経っていた。
「なんかさ、山とか登りたい」
「ほら、あそことか」
そう言って山登りなんか滅多にしたがらない紫苑はここから近い、巷で有名な山を挙げた。
「いいよ行こうか」
俺はそう答えて、その週の日曜日に2人で出掛けることにした。
---
翌朝、目が覚めた。
嫌な予感がした。
いつも朝に弱い俺は必ずといっていいほどスマホのアラームで起きるのに、今日はアラームの音を聞いていない。
恐る恐る枕元に置いてあったスマホを手に取り電源を入れ時刻を確認する。
スマホの中の時計は8時7分を指していた。
遅刻だ。
思考が停止する。
いつも紫苑と一緒に学校に行くのに。
紫苑が家のチャイムを鳴らして、いつも紫苑がそうしてくれるから遅刻しないで済んでいるのに。
置いてかれた。
俺が遅刻することを分かってて|家《うち》まで呼びに来なかったんだ。
「紫苑め…」
忌々しく漏らして俺は立ち上がる。
俺は一つ溜め息をついて急いで登校の準備を始めた。
---
ダッシュで教室に飛び入った俺はすぐ教卓に目を向ける。
幸い、担任はまだ来ていなかった。
「来たな」
俺が自分の席に鞄を置くと|春葵《はるき》が真っ先に俺のもとに寄ってきた。
春葵は高校で同じクラスになりそれからずっと同じクラスで仲良くしている友達だった。
「マジで焦った」
俺はそう言って小さく笑う。
教室の時計を見ると8時43分を指していた。
|HR《ホームルーム》は8時40分から始まるのか決まりだ。
「今日|桐生《きりゅう》は?遅くない?」
せっかちな担任の名前を出す。
いつもHR5分前には必ず教室に入っていて、生徒から鬱陶しがられている担任。
だからもうとっくにHRが始まっているんだと思っていた。
「ラッキーだったな、なんか必要なプリント忘れてきたからちょっと遅れるって」
春葵が言う。
「それにしても遅刻なんて酷いなあ〜」
春葵がそうやって俺を煽る。
「ただでさえ成績が悪いのに、まぁた先生に目つけられちゃうんだ」
にやにや笑う春葵に、
「紫苑が俺を見捨てたんだ!」
「俺んちに来てくれればこんなに走らずに済んだのに!」
俺は大袈裟にそう言ってみる。
すると春葵はにやにや笑いをやめて不思議そうな顔をする。
「あれ、お前知らないの?」
「紫苑今日学校来てないらしいよ」
紫苑とは違うクラスだったから今まで気付かなかった。
「えマジ?」
「おいおい嘘だろ?まさか2人して遅刻かよ」
春葵が額に手を当てて背中を反る。
呆れのポーズ。
「はあ、お前らがそんなにポンコツだとは…」
とことんいじってくる春葵に俺は笑いながら殴り掛かるふりをする。
「きゃあ!」
思っていたより高くて可愛らしい声を出した春葵に俺は驚いて動きを止める。
「お前のどっからその声出るんだよ」
俺が笑って春葵が笑った。