〖鏡逢わせの不思議の国〗
編集者:ABC探偵
参加型企画にて参加された四名の方々のキャラクターを主役とした不思議の国のアリス×ミステリー
_瞼を開けば、そこは不思議の国。ちょっぴり狂気染みた国で〖アリス〗は何を思うだろうか?
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目次
参加型シリーズのキャラクター設定確認
自主企画にてご参加いただいた方々のキャラクター設定の確認です
サイド1 主人公、友人 サイド2 主人公、友人
の順にて記載しています
脇役一名追加しました
変更点、不記載な点等がありましたら、申しつけ下さい
サイド1
▪足立 様
名前 |足立結衣《あだちゆい》
年齢 15歳(6/9 誕生日)
性別 女
口調
敬語を主に使う。敬語が外れるのは痛い・辛いなどの時。
「どうも、こんにちは。私は足立と言います。貴方のお名前は?」
一人称 私
三人称 貴方たち
性格 人を慰める事が好きな物好き。自己肯定感が低い。(いえいえ私なんか)
外見
髪型 前髪は普通(?)、そしてこちらから見て左側に短い一つ結び。
髪色 黒色
顔立ち 誰もが見向きする美人。
瞳の色 黒色
体格 柔らかい感じ…?
▪その他設定
・コーンポタージュ、ココアなどの温かい飲み物が好き。
野菜が嫌い。
・特技はコラージュを作ることなど。
苦手は武器を使う事。
・骨が脆い。
・学生だが学校には通っていない。
・アレルギーはなし。
▪枠
サイド1の主人公(アリス)
▪雨鬼めけ 様
名前 |空才リリ《そらたか りり 》
年齢 23歳
性別 男
口調「~だから」「~です」「~ます」
一人称 ジブン
三人称 あの人
性格 冷徹な王子様みたい
外見 髪型はポニーテール。髪色は黒。顔立ちは、王子様みたいに整っている。瞳の色は右は青 左は緑 体格は中学生みたい
その他設定
・とても頭のよい学生
・コーヒーや食パンが好き
・甘い物も好き
・炭酸水は苦手
枠 サイド1の友人
サイド2
▪雪狸⛄ 様
名前 |神来社凪《からいとなぎ》
年齢 25
性別 女性
口調 優しいお姉さん「私は神来社凪よ」
一人称 私
三人称 貴方達
性格 優しく健気、常に冷静で気品にあふれてる
外見 黒髪の長髪(赤のカチューシャ)、黒い目、黒スーツで華奢な身体つき
その他設定
賢いが、虫が苦手 拳銃持ってる
枠 サイド2の主人公枠
▪Sui 様
名前:|濱田光流《はまだみつる》(偽名)
年齢:19歳
性別:男
口調:適当にあしらうような感じ「〜かも。」「〜じゃない?」
一人称:僕
三人称:あの子、その子
性格:ミステリアスで何を考えているかわからない不思議ちゃん、よく真顔でふざけたことを言う
外見:
・髪はアッシュグレイの爽やかショート、
・顔は大体真顔で目は死んでいる、
・瞳の色は鈍色にびいろ
・スラリとした体格で身長は175cmくらい
設定:
・連続殺人鬼として指名手配されている
・学校には通っていないし、仕事もしていない
・茹で卵が好き
・指が長く手先が器用
・紅茶には砂糖をドバドバ入れるタイプ
枠:サイド2の友人
〖脇役〗
雨鬼めけ 様
名前 |一条《いちじょう》イト
年齢 23歳
性別 男
口調「~だからね」「~ですから」「~です」
一人称 僕
三人称 あの人
性格 気弱 優しい 天然
外見 髪型はポニーテール。髪色は赤、顔立ちはモデルのように可愛い。 瞳の色は緑、体格は中学生くらい
その他設定 現役の学生 有名な大学を卒業している 炭酸とコーヒーがのめない リリと同級生
ルクス様
名前 |田村《たむら》ミチル
年齢 16歳
性別 男
口調 強めの上から「〇〇に決まってんだろ…。」
一人称 俺
三人称 俺ら
性格 生意気だが仲間思い。
外見 ボサボサロン毛を髪ゴムで結んだ感じ。赤みがかった黒。目の色は赤。というかオレンジ?小6くらいの身長、体重、見た目。)
その他設定 スッと現れては消える。
上記になります
次回からシリーズを開始するつもりですが、後の伝言があればご連絡下さい
〖鏡逢わせて瞼を開く〗
......夢、だったのか。それとも、現実だったのか。いくら考えても答えはでない。
ただ、何故かある言葉が脳裏に焼きついている。
--- 鏡は真実だけを対比して映す。夢か否かは逢わせれば自ずと答えは出るだろうね。 ---
---
顔立ちがかなり整った男女が二人して倒れこんでいる。
その横を白兎が急いで通り過ぎるが、これはまぁ、良いだろう。
女性はこれといって平凡な黒髪に短い一結び、濁った黒い瞳、女性らしい体格をしている。
男性は黒髪のポニーテールに右は青、左は緑のオッドアイの瞳、身体つきにはやや幼さが残る。
「これまた美男美女が二人も揃って......憎たらしいねぇ」
男女の近くから伸びをするような低い声。それは、やけに曲がりくねった木の上にいた。
痩せこけた身体に毛並みの悪い薄汚れた猫。顔も決して可愛いとは言い切れない。
「しかし、まぁ......そろそろ起きてもらおうかな」
例の猫はぴょんと木から降りると、ひとまず男性に雑にダイブし、女性には上に乗った。
それで起きるのが生きている証である。
「うっ...え、重......?」 (結衣)
「なん、痛...は?」 (リリ)
口々に述べた言葉は気にせず、
「やぁ、おはよう...〖アリス〗とその友人君」
何も知らなかったかのように挨拶した。
女性は|足立結衣《あだちゆい》、男性は|空才《そらたか》リリである。
---
ぴょんぴょんと踊り舞うキノコの跳び跳ねる小道を二人の男女が進んでいる。
赤いカチューシャを着けた黒髪の長髪に黒い瞳、黒スーツを着た華奢な身体つきの女性。
|寒色《アッシュグレイ》の爽やかなショート、|鈍色《にびいろ》...濃い灰色の真顔に死んだような瞳を貼りつけたすらりとした体格の男性。
|神来社凪《からいとなぎ》、|濱田光流《はまだみつる》である。
「おっと、その先はまだ行っちゃダメだよ」
不意に二人の後ろから大きくよく通る声が響く。
振り返れば、艶やかで美しい毛並みにふっくらとした身体つきの小綺麗な猫。顔はまぁ、中くらいの可愛さ。
「どうして、行ってはいけないの?」 (凪)
ふと、神来社凪、女性が訊く。それに勿論応えるのは猫。
「その先はまだダメと俺が今、決めたからさ」
「理由になってないわ」 (凪)
「じゃあ、そこの男が行きたくなさそうだったから」
「何も言ってないし、行きたくないと思ってない」 (光流)
三人、二人と一匹の会話が続く。
「そもそも、貴方は誰なの?」 (凪)
「〖アリス〗、君はもう知ってるはずだ」
「知らないわよ」 (凪)
堂々とした猫の言葉に凪が問うても意味がないと気づいたのか、光流が訊いた。
「じゃあ、僕は知らないから、教えられるよね?」 (光流)
「ふぅむ...確かに。俺はチャシャ猫だよ、あんたら白兎を見なかったかい?」
「いいや?気づいたらここにいて、この子と歩いてたんだよ」 (光流)
「へぇ、じゃあ白兎はあちら側に行ってしまったのか。困ったねぇ」
チャシャ猫は尻尾をぴんと立てて、くるくると回った後止まった。
「そうだな、じゃあこうしよう。あんたらはあの跳び跳ねキノコの生えた小道に行くんだ」
「その先に、何があるの?」 (凪)
「変な蛙たちが合唱してる、うるさ~い合唱隊の練習場さ」
〖聞き上手〗
「やぁ、おはよう」
「おはようございま......じゃなくて!」 (結衣)
曲がりくねった木々の森で女性の声が木霊する。
その声を聞いてか森の木々は太く青々とした葉が生えた枝で耳を塞ぐような真似をした。
「凄いですね、まるで人みたい」 (リリ)
感心するような声で言えば、薄汚ならしい猫も誇るかのように紹介する。
「凄いだろう?...彼等は他と違って聞き上手なんだ!植物ってのはお喋りで、自分は根を張って動くことも、動こうともしないくせ、水をくれだの我が儘でありゃしない!
でも、この〖木聞〗は何にも言わずに黙って人の愚痴だろうと自慢話だろうと聞き続けて、栄養にしちまうのさ!いやぁ、僕ならこれをあの子憎たらしい〖女王様〗に差し上げるね!
...ここだけの話、カエルの合唱隊の練習場付近の居酒屋で、あの女王様は話が長くて、心臓が止まるのが先か話が終わるのが先かで賭けができるからやってるそうだよ」
「あ~...私には貴方の話も長いように感じましたよ?」 (結衣)
「気のせいじゃないか?〖アリス〗、君は僕の話を聞いて心臓なんか止まっちゃいないだろうね?」
「止まるわけないじゃないですか」 (結衣)
「だろう?だから、僕の話は......」
「そんなことより、どちら様なんです?人が寝てる上を踏むだなんて...」 (リリ)
「なにさ、年上のくせに...。ま、いいよ、僕は寛大だからね。
僕は〖チャシャ猫〗。こちら側のチャシャ猫。でも、あれだなぁ。あちら側の〖チャシャ猫〗と一緒の名前だなんて!」
チャシャ猫と名乗った猫は尻尾を少し揺らした後、ふと言葉の続きを話す。
「うん、僕は...“ダイナ”だ。やぁ、よろしく。〖アリス〗の友人君」
「空才リリです。友人君って名前じゃない。そして、こちらは足立結衣。アリスじゃない」 (リリ)
「細かいね...じゃ、僕も“ダイナ”だ。いいだろう?」
「...分かりました」 (リリ)
それを聞いてチャシャ猫、“ダイナ”は満足そうに尻尾を立てる。
そして、周囲を見渡して言う。
「ところで、賭けに乗ってみるってのは好きかい?」
一度、ダイナの後ろに白兎が通った。
---
跳び跳ねキノコの小道を進んだ先、カエルのゲコゲコという声が聞こえてくる。
それは決して、人の耳には美しい歌声とは程遠く聞こえる。
やがて、そのカエルの声の出所が露になった。
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等の美しい歌声に誘われて!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|女王様だって褒め称える!木聞だって口を開く!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等の美しい歌声に心打たれて《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|国中が涙を流す、我等の歌声!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等、カエルの合唱隊!我等、カエルの合唱隊!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
様々な色や形状のカエル達が綺麗に並んでゲコゲコと叫ぶ異様な光景。
その光景に口を挟まないものがいるだろうか。
「なんだ、これは?」 (光流)
「さ、さぁ......ゲコゲコって言ってるだけよね?」 (凪)
例のチャシャ猫はいない。だが、カエルはいる。
呆然と立ち尽くす二人の前に団体の中で一際大きいカエルが歓喜に満ち溢れた声で叫んだ。
「|我等、カエルの合唱《ゲコゲコ、ゲコゲ》...〖アリス〗!〖アリス〗だ!皆、〖アリス〗のお出ましだ!」
その瞬間、他のカエル達も歌うのをやめ、一斉に喋る。
「〖アリス〗!念願の〖アリス〗だ!」
「やっと、皆の歌を聞いてくれるのが帰ってきたな!」
「〖アリス〗よ!隣のは誰?」
「分からないよ、帽子屋に似てるけど!」
「帽子屋はもっとへんちくりんだぞ!」
「馬鹿言え、きっとあの時の〖アリス〗が言ってた好きな人だよ!」
「なわけなイーね!友達じゃなイ?でも、なんか...不思議ネ!」
「おぅい、皆、歌え!我等の美声を...」
「うるっさい!!!!!!!」
そのカエル達を制したのはその中で歌わず指揮をとっていたカエル。
そして、決壊したように、
「黙れ!黙って歌え!練習しろ!女王様に発表するまで、後3日しかないんだ!
ただでさえ、一人が休んでるってのにお前たちはお喋りか!
〖アリス〗がどうした!今は歌だ!女王様に気に入って貰えなかったら、今度こそ、み~んな首を跳ねられちまう!いいのか、晒し首だぞ!?
そら、分かったらさっさと歌え、出来損ないカエル共!!!」
罵声が続く。流石に堪えたのか再び、カエル達が歌い出した。
「また、ゲコゲコ?これは一体何なの?」 (凪)
「分からない。もう少し進んでみる?」 (光流)
「...そうね」 (凪)
その異様な光景を後にして、またキノコの小道を進む。やがて、道の先に一軒の家があった。
その家の近くで掃除をする先ほどより一番小さいであろうカエルがいた。
「ねぇ...貴方は、歌わないのね」 (凪)
「歌?歌ですか?」
「いえ...」 (凪)
「僕ら、さっきまでカエルの合唱を聞いてたんだよ。あれが何か知らない?」 (光流)
「ああ、それなら...この国で一番、一番、歌の下手くそな合唱隊ですよ」
「下手くそ、なの?」 (凪)
「ああ、〖アリス〗達にはゲコゲコとしか聞こえませんよね。実は、私もです」
カエルはふと、目を地面に落としてやがて顔をあげ、決心したように言った。
「...私の聴覚と歌声は人間と同じです。それが、他のカエル達には異質だと聞こえるらしいんです」
「それが、何の関係が?」 (光流)
「それが原因です。ちょっと話があれですから家の中で話しましょうか」
そう言って、二人を家へ招いた。
〖普通の定義〗
一人の男が薄暗い部屋の中で何かの資料を見ている。20代半ばで髪はボサボサだが、精悍な顔立ちをしていた。
男性はふと、|一条《いちじょう》イト、|田村《たむら》ミチルと書かれた名前のある二人の男性と男子の写真を見る。肌や背格好からそこそこの年齢差があるように感じられる二人の男である。
写真を見ていた男性はその資料から名前を探していく内に何を思いたったか携帯電話を触った。
そして、〖鴻ノ池詩音〗と印された人物に電話をかけようとして、手を止め、携帯電話をポケットへ入れた。再び、資料に目を通す。
この男性の名は、|桐山亮《きりやまあきら》。後の捜査担当刑事の一人、男性検事官である。
---
貧相な家の中で、小さなカエルがお茶を淹れる。そして、それを一人の男性が砂糖を大量に入れて呷った。それをやや訝しげに見ながら紅茶を持った手を下げた女性の手が腰に吊られた銃に触れた。
カエルはそのカツンとした金属音に顔をしかめたが、すぐに取り直し、口を開いた。
「さて、どこから話しましょうか」
---
キノコが跳ねない小道を進む男女。その隣にはダイナと名乗る薄汚れた猫がいる。薄汚れた猫は饒舌に話ながら遠くに見えた小屋に楽しげに走っていった。近くからカエルがゲコゲコと鳴くような声が聞こえている。
小屋からは楽しそうな声が聞こえ、奇妙な匂いが漂ってくる。
扉を開けると充満した奇妙な匂いが顔に浴びせかけられる。後ろにいたリリが少し咳き込んだ。
「この匂いは......なんです?」 (結衣)
「アルコール、っぽいですね」 (リリ)
二人の会話にダイナは、尻尾を立てて扉をカリカリと爪を立てる。やがて、結衣を見上げた。
「〖アリス〗、開けてよ。この先なんだ」
扉を開けてあげると、何重にも帽子を重ねた帽子を被る男性に花柄のティーポッドの頭をした細身の貴婦人、コック帽を被った二本足で立つトカゲがいた。匂いはよりいっそう強くなっている。
「おお、〖アリス〗か。ダイナ、賭けの結果はどうだったかね?ほら、あの、女王様の...赤薔薇を黒く塗った三月兎の件だ」
「やぁ、帽子屋。相変わらず帽子が多いね。非常食かい?...あの三月兎がすぐにへたっちゃったよ。心臓は止まってないけど、すぐに気絶したんだ。
女王様の一言目でね。耳が大きくって、普通のと違って音が大きく聞こえるんだろうさ」
「普通?なるほど、兎の普通か!確かに考慮するべきだったな...つまり、今回の賭けは...」
「|私《わたくし》の一人勝ちですわね!」
高らかに貴婦人が笑う。その横でコック帽を被ったトカゲが、
「...じゃあ、また尻尾を料理しなければなりませんねぇ」
少し残念そうに、悲しそうに自身のちょん切れたと思わしき尻尾を触る。尻尾には一部、骨が見えていて周りには赤い肉と血が見える。切ってから、さほど日が経っていないようだ。
「おや、君のご家族の尻尾はダメなのかね?」
「酷いこと言うなぁ、帽子屋さん。僕の家族の尻尾は皆、女王様がお食べになられたじゃないですか。生えてくるまで待って下さいよ」
「ああ、そうだった。失礼した。じゃ、尻尾料理はあと、10、20...1360品待たなきゃいけないわけだ」
「そうなりますね。生えてくるまでの期間でも皆さん賭けるものですから、予約があとを絶ちませんねぇ」
「まぁ、それはそれは......であるなら、リスの尻尾料理にしましょうか?一回きりなのが難点ですけれど」
貴婦人の提案。それを含めて、あまりにも異質な光景に理解しがたい会話。
「...ダイナ、これは一体なんですか?」 (結衣)
「賭けの報酬を話してるんだよ。このままだと、リスの尻尾料理になりそうだね」
「リスの...尻尾、料理......?」 (リリ)
「そう。ふわふわだけど、肉厚が良いんだよ。ま、そんなことは置いておいて、何か頼む?」
ダイナはテーブルに飛び乗って、メニューを口で挟むと二人の側へ持ってきた。
メニューには、『トカゲの尻尾切り逃走ステーキ』『シュワシュワ花の実のサイダー』『バチバチ蜂のハニーパンケーキ』『人面人参のソテーとゴロゴロじゃがいもスープ』『双子卵の茹で花』『あったか~いカカオの滝ココア』といった普通ではない変わった物がある。
ふと、下を見ると黒い触覚の生えた蟻のような小人が注文をとりにきていた。
「...『ココア』で」 (結衣)
「ジブンは、『パンケーキ』一つ」 (リリ)
「僕、温いミルクね。砂糖不使用のやつだよ」
そう伝えると、二人をテーブル席に促して、またテーブルへ飛び乗る。そして、これ幸いと毛繕いを始めた。それと同時に尻尾の切れたトカゲが厨房の奥へ引っ込んだ。
「まぁ、ダイナ。毛繕いをしていらっしゃるの?櫛でも貸しましょうか?」
「良いよ、ティー。猫の舌は、櫛より万能なんだよ」
そう聞いて、ティーと呼ばれた花柄のティーポッド頭の貴婦人は櫛を引っ込めて、リリへと向き直る。
その頭のティーポッドはよく見るとひび割れが酷く、欠片一つ一つ磨かれていて綺麗だが何ともひび割れが気になるものだった。
「あら、貴方、綺麗な瞳だこと。瞳に自然の色がありますわね」
「ああ、どうも...そちらも素敵な頭ですね」 (リリ)
「そうでしょう?そちらの連れの方も綺麗なお顔立ちでいらして...」
「えっ、いや...そんなことはないですよ」 (結衣)
「いいえ。本当に綺麗な...ええ、とっても......綺麗で......」
「......あの......」 (結衣)
「...そうね、とっても良いわね。ねぇ、貴女、今から私の家にいらっしゃらない?少し、モデルをして貰うだけよ」
「モデル、ですか?」 (結衣)
「へぇ、良いんじゃないです?」 (リリ)
「...ティー、〖アリス〗は...」
「ダイナ、これは必要なことよ。それで、〖アリス〗...良いかしら?」
「...私でよろしければ......」 (結衣)
その言葉を聞いて、一瞬ダイナが目を見開いたが誰も気に止めるものはいなかった。
「それなら、この男は私が貰ってもいいかね?」
気に止めるものはいなかったが、口を挟むものはいた。帽子屋である。何重にも重ねた帽子を揺らしてリリへと投げ掛ける。
「はぁ...君ら人気だね」
「顔がいいからでしょうね」 (リリ)
「君...どこぞの王族みたいで鼻につくねぇ」
「褒め言葉として、受け取っておきますね」 (リリ)
一方、帽子屋。
「ふむ、同意ということで...よろしいかな、貴婦人」
「ええ、どうぞ。壊さないようにして下さいね」
「それは君の方だろう」
二人と一人と一匹の会話。話さない一人だけが遠くから聞こえるカエルの声を聞いた。
---
「さて、どこから話しましょうか」
「何の話?」 (光流)
ドバドバと砂糖を入れた紅茶の二杯目を啜りながら光流が聞いた。
「私の、話です。聞いて下さいますか?なんなら、砂糖をもっと持ってきますけれど」
「...どうぞ」 (光流)
カエルが口を開いた。
---
カエルの歌声は、基本ゲコゲコである(この世界観でのみを指す)。他の住民にはそれが歌として聞こえる。それが普通。
しかし、稀にそれから逸脱した才能や他とは違って変わった特徴を持つ者が生まれることがある。例えば、足が極端に大きかったり、何を言っても一つのことに完結したりする。それを含めて“異端者”と呼ぶことがある。
その異端者は数が少ない為、時に迫害や差別を受けることがある。
仮にその異端者が何を受けようが、世間は何の関心も示さない。
ただ、可哀想だの、不便そうだのと言って周りから逸脱した存在であることを強調するのみである。
簡単に言えば、|障害者《異端者》。
それが、
---
「つまり、それが貴女だと?」 (凪)
「お恥ずかしながら、その通りです」
「へぇ。じゃあ、その声で番を見つける時、どうしてるの?」 (光流)
真顔でそんなことを聞く光流にカエルは黙り続けていた。
ただ、恨むように瞳に陰りを帯びて、睨んでいた。
「本気にしないでよ」 (光流)
「...そうですか。...前述の通り、これらが異質な原因そのものなんです」
「......迫害や差別を受けたことがあるんです?」 (凪)
「ええ、まぁ......詳しくはお話できませんが、言えるものなら、前の大会で女王様の怒りを買ったのは私の歌声のせいだと言い続けて、それはもう酷い嫌がらせを受けた後にお休みを出しました」
カエルはそう言い切って、ため息を洩らす。それを聞いてか光流が、
「何の抵抗も無しに言われ続けたの?」 (光流)
「えっ、いや...流石に抵抗はしましたけれど...」
「なら、何で泣き寝入りしてるみたいになってるの?」 (光流)
「...な、何を言っても異端の戯言だと言ってまるで相手にしてくれないんです!」
「?...それで、諦めたのが......」 (光流)
「貴女の落ち度ですよね?」 (凪)
何か美味しいところでも取られたかのように光流が凪を見つめる。それに伴い、凪が光流ににっこりと微笑んで見せる。直後に光流が吐くような仕草をした。
一方、カエルは肩を小さい身体なりに小さく震わせ、口をきつく結び二人の男女を睨む。
そして、おもむろに横にあった包丁スタンドのよく手入れのされた包丁を取り出して、二人に突きつけるが早く、一つの乾いた発砲音が響いた。
光流は何かをする気だったのか、置き場のない浮いた手を見つめていた。
凪の手には、薄く白い煙を立ち上らせる銃器(SIG P224 SAS)が両手で握られている。
その二人の前に胸元にぽっかりと小さな穴の空いたところから赤い血が流れ、身体が軽く痙攣している小さなカエルが無造作に横たわっていた。
刃物は、もう握られていなかった。
〖郷に入れば郷に抗え〗
跳び跳ねキノコの小道を赤い髪にポニーテールをした緑の瞳のモデルのような男性と赤い瞳に赤味がかった黒のぼさついたロン毛を無造作にゴムで縛った小学生高学年くらいの男子が歩いている。
その二人の目の前によく手入れされた艶やかな毛並みにふくよかな体型をした小綺麗な猫が通る。
猫は二人を見て、聞こえないように
「年齢差の激しいコンビだことで」
そう呟いた。そして、
「何か、聞こえなかったか?」 (ミチル)
「さぁ....気のせいじゃないです?」 (イト)
しっかりと耳に入っていた。
---
何十枚とも資料が積み上げられた薄暗い部屋でふと、顔をあげた。
時刻は午前2時をまわっている。窓の外もいつしか闇に包まれて、灯りだけが景色を描いている。
その窓の一つの中にぽっかりと穴の空いた丸い空間ができていた。
吸い寄せられるようにして男性_桐山亮はその空間へ手を入れてみる。その手がぶつかるような感触はない。しっかりとした空洞ができているようだ。
壁に吊られた黒いモノを取って、その空間へ入ったと共に身体が落ちていく不思議な感覚に包まれた。
---
手入れがされ、太陽に照らされ、輝くように咲き誇る薔薇園。その奥にて薔薇に負けんばかりの豪華な装飾をされたお城のような建物。何もかもが美しく彩られていた。
「何があっても、おかしくはない...ですか」 (結衣)
一度、言い聞かせるような結衣の声。
無理もないだろう。ここへ移動する前に飲んだ『あったか~いカカオの滝ココア』。
文字通り、滝のように金属製の支えに支えられた二つのコップを行き来するココアを見たのだから。
余談だが、『バチバチ蜂のハニーパンケーキ』は確かにバチバチと火花の散る花に雷模様の入った蜜蜂が蜂蜜のかかった、ふっくらとしたパンケーキを飛び回るスイーツだった。
それをリリがどう食べたのかは、定かではない。そして、リリが最後に話した帽子屋は「貴婦人の相手は長くなりそうだから」と言って、そこで別れてしまった。さて、話を戻そう。
しかし、結衣の言葉を諭すように、リリが応える。
「おかしくはないだろうけれど、現実的ではないですよ」 (リリ)
「...まぁ...そう、ですよね...」 (結衣)
「現実か否かはどうだって良いけど、本当にティーの誘いにのるつもりかい?」
二人の結論を否定するように薄汚れた猫のダイナがティーと呼ぶ、頭が花柄のティーポッドの貴婦人をやや横目にして見る。
「何か、気にすることでも?」 (リリ)
「...君は、君らは気づかないの?何か、ほら...いやに強調するものがあるじゃない?」
「...君の汚さ?」 (リリ)
「えっ」 (結衣)
「.........君さぁ......冷たいよね」
少し低くめの声に大きい瞳を細めて、尻尾を揺らすダイナにすぐさま結衣が顎を撫でる。その途端、ゴロゴロと鳴いて尻尾が立ったままになった為、気分は良くなったようだ。
その少々気まずい雰囲気を壊すように貴婦人の声がした。
「さぁ、お入りになって」
その貴婦人が指す先には煌びやかな空間が広がっていた。
まず、玄関扉は格式の高い装飾に装飾され、そこから世界の境目のように賛美な空間、椅子、燭台、階段、机、絵画...極めつけは貴婦人の巨大な油絵。全てが閑麗で〖美しさ〗のオンパレードのようだった。
「...これは...!」 (結衣)
「...見事なものですね」 (リリ)
「............」
二人がその空間に入っていく中、ダイナだけがそこから黙ったまま、離れていった。
飾られた絵画の女王やダイヤの兵士、花などの絵の中で白兎の絵だけが笑ったような気がした。
---
二人の前に胸元にぽっかりと小さな穴の空いたところから赤い血が流れ、身体が軽く痙攣している小さなカエルが無造作に横たわっている。
「なに、してるの?」 (光流)
光流が凪に訊いた。
「......刃物...持ってた、から......それで...」 (凪)
「.........」 (光流)
その返答に暫く、静寂が包まれる。
やがて、光流が口を開いた。
「......そう。じゃあ、次はどこに行く?それ、片付けないと、危ないかも、だけど」 (光流)
「別に危なくはないよ?」
光流の声から後ろ手に声がした。
「チャシャ猫?」 (凪)
「そうだよ、〖アリス〗。俺だよ」
「...!...これは...これは、違う!た、ただ...」 (凪)
「ああ、知ってるよ。でも、光流の方が似合ったかもしれないね」
「......かもね~...」 (光流)
「そのカエルさ、時期にその匂い嗅いで“蛇”が来るだろうから、そのままでいいよ」
「蛇...?」 (凪)
「いいから、もう出よう?〖アリス〗、まだ行くところがあるんだ」
そう言って、尻尾を揺らしながら歩くよう促したチャシャ猫に続けて二人が貧相な家を出ていく。
遠くからは仲間の死を知らないカエルの歌声が聞こえてくる。
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等の美しい歌声に誘われて!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|女王様だって褒め称える!木聞だって口を開く!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等の美しい歌声に心打たれて《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|国中が涙を流す、我等の歌声!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|ああ、ほら、〖アリス〗が来るよ!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
|我等、カエルの合唱隊!我等、カエルの合唱隊!《ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ》
| 《ズリズリズリ...》| 《ズリズリズリ...》
| 《ズリ、ズリ...》
その跳び跳ねキノコの道の先に真っ暗なペンキを被った細長く巨大なものが向かいから蠢き向かってくる。
見たところ、蛇のようである。
「“蛇”、ね。確かに蛇だね」 (光流)
「そうね...」 (凪)
遠くで蛇が建物を壊すような音がする。蛇が暴れまわっているようだった。
やがて、何かを見つけたのか蛇がそれを、掴み...死んだカエルの身体が宙に舞った。
そして自分の目と鼻の先に来た瞬間、真っ暗な口を大きく開けて飲み込んだ。
その光景を見ながら、二人と一匹は立ち尽くす。
凪の持つ銃器はまだ、暖かった。
〖それぞれの邂逅〗
「なぁ、これ...どこに着くんだ?」 (ミチル)
キノコが跳ねる小道。ミチルの先をぐんぐんと進むイトは何も答えない。
やがて、ゲコゲコと聞こえてくる場所へ近づいていく。そして小さな家が見えてきた辺りでイトは振り返った。
誰もいなかった。
---
どこから迷ったのかキノコの跳ねない小道を進むミチル。どんなに呼んでも誰も答えない。
その先に白兎に乗られたボサボサ髪の男性を瞳に捉えた。
---
---
---
真っ黒な蛇が蠢く。こちらを眼中にもないようにただ、食べ物として認識したものを貪り続ける。
「〖アリス〗、もう行かないと」
チャシャ猫が急かす。
「〖アリス〗...これは必然だ、君はもう知ってるはずだ」
「...ねぇ、あの子が知ってるのは分かったけれど、僕は知らないよ?」 (光流)
チャシャ猫の言葉に光流が二度目の同じことを言うも、その問いは返されることなく
「お前は〖アリス〗じゃない」
低く声で断言するチャシャ猫の言葉が続いた。
よく見れば毛は逆立ち、尻尾は揺れている。機嫌が悪いのだと見て分かる。
「...〖アリス〗、〖アリス〗って...なんなのさ?あの子は別に名前があるよね?」 (光流)
「〖アリス〗だよ。向こうも〖アリス〗だ。〖アリス〗は二人で一つの形だ。
君だって、そうだ。二人で一つの〖アリス〗の友人だ」
「僕は一つで一人だよ。何言ってるの?」 (光流)
「だから...」
一人と一匹の喧騒が蛇を瞳に映す女性の後ろで続く。凪はふと、振り返ってその一人と一匹を見た。
腰を屈めて視線を合わす光流と毛を逆立てるチャシャ猫を見た。
遠くのモデルのような顔立ちをした男性を見た。
「...あれ、誰かしら」 (凪)
そう呟いた時から、言い争う二人がそれを見るのに時間はかからなかった。
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---
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---
これまた優雅な客室へ誘導される。何もかもが美しく彩られ、飾られている。
まるでそれを強調するような作りだが、部屋に入った女性は負けず劣らず、馴染み切っている。
「その座椅子にお座りになって下さいな」
ひび割れの目立つ花柄のティーポッド頭の貴婦人が座るように促した。
「失礼します」 (結衣)
---
「...何故?...は、分かりきってますね...」 (リリ)
優雅な客室から出た廊下に壁へ背をもたれるリリが虚空へ呟く。少し下を向き、かりかりとした音でふと顔をあげる。その顔は、やはり少々馴染めていない。馴染めていないというよりは、その顔が大きく周りが掠れて見えていた。
かりかりとした音は爪を窓に引っ掻く音のようで、音の主は間違えるはずもない薄汚れた猫のダイナがいた。
「...ダイナ?何してるんですか?」 (リリ)
窓を開け、顔が反射するほど磨かれた廊下にダイナが足を入れた。
「ティーはいないだろうね?」
「いませんけれど...玄関から入ってこなかったんですか?」 (リリ)
「僕がここへ正面から入ってみなよ、後で摘まみ出されるだけさ」
「...そりゃあ、どうして?」 (リリ)
「君さ、まだ分からないの?」
「...いえ、結衣が気づいているかは不明ですが...うっすらとは分かります」 (リリ)
「......ふぅん」
その言葉にダイナは背伸びをして、仕草だけは優雅に訊き返す。
「じゃあ、言ってみなよ。間違ってたら教えてあげる、ティーはこの廊下にいないから」
「...〖美しさ〗を強調している...のでは?」 (リリ)
「大正解...と言いたいけど、執着してるの方がいいかもね」
「なるほど...」 (リリ)
「正解が分かった君に教えてあげるよ。
ティー...貴婦人は〖完璧な美しさ〗を好む。周りが掠れて見えるほどの美人より、周りと馴染んで周りを武器にしてしまう美人を好む。
しかし、その美人でさえも脆かったりすると...作品としては成立しにくい為、再構築することがある。
それを聞いて、君はどう思う?」
「話が長いと...」 (リリ)
「............」
「いえ、とにかく危険なことは分かりました」 (リリ)
「そうだね。じゃあ、頑張ってね」
ダイナが尻尾をピンと立てて、リリの足元にすり寄った。
---
「う~ん、俺も知らないなぁ」
チャシャ猫が遠くの人を見て、結論出した。
「嘘でしょう?てっきり、何でも知ってるものだと...」 (凪)
「俺は博識屋じゃないよ、〖アリス〗」
「だから、〖アリス〗って...」 (光流)
なんなんだ、と言おうとしたところで、その遠くの人が息を大きく吸い込むように口を開いた。
赤髪にポニーテールをした緑の瞳にモデルのような顔立ちが特徴的な男性だった。
〖化けの皮の花隠れ〗
「...何してんの?」 (ミチル)
白兎に背中から乗られた男性にミチルが話しかける。
男性は何も言わず、ただ沈黙している。
「なぁ、何してんの?」 (ミチル)
やがて、男性がうっすらと目を開けて、
「......君......ああ、これは夢か...」
そう呟いた。それにすかさず、ミチルが反応し、白兎は動いた男性に驚いたのか遠くへ逃げていってしまった。
「夢なんかじゃない。夢だとしたら、見たことない人間が出てくるはずない」 (ミチル)
「いや...夢だよ。僕は君を...資料で見たんだ」
「資料って?」 (ミチル)
「......夢にしては、受け答えがはっきりしてるなぁ」
「だから、夢じゃない!気づいたら、さっきいた奴といて、それで...」 (ミチル)
「...それで?夢じゃないのは分かったよ。でも、一つだけ聞いていいかな」
「なんだよ?」 (ミチル)
「君...いつから、いつまで、ここにいるの?」
---
優雅な筆捌きで絵を描き続ける貴婦人。その正面に緊張した顔で結衣が座っている。
時折、貴婦人が絵を描くやけに輝く紙をグシャグシャにしては近くに置かれた、豪華な燭台で灰にすることを続ける。
「ああ、ダメね...これもダメ......美しくない...」
また、何かを悩むように呟く一言も結衣の緊張をさらに増す原因になっていた。
美しさに固執した貴婦人と人形のように固まる結衣の間に絵筆と紙の擦れる音だけが響く。
「...あの...少し、休憩しませんか?」 (結衣)
ぽつりと熱中している貴婦人に言葉を投げ掛けた。しかし、その言葉を聞き、貴婦人は顔にない瞳でこちらを見て、苛立ったように絵筆を床に投げると結衣に向かって呟いた。
「私の腕じゃない...この子が完璧でないから...完璧な美しさがないから...美しくない...美しくない...」
そして、皺のあるよく手入れされた綺麗なだけの手を伸ばして、結衣の腕を強く掴んだ。
ダイナが鍵のかかった豪華な扉のノブに爪を立てて、どうにか扉を開けようとしている。
それを呆れたように見ながら、リリが言葉を発した。
「どうやっても開かないと思いますよ」 (リリ)
「うるさいな、ここに〖アリス〗がいるんだろう!?」
前の甘えようは何故か、活力に動きリリの目の前で爪を立てる猫と化していた。
「鍵、かかってるんですよ。分かりませんか?」 (リリ)
「猫に鍵なんてものはないんだよ!扉なんて、ただの壁だ!爪で切り裂けばいい!」
「貴婦人に何をされても良いと?」 (リリ)
「...いつものことだから、気にしないよ」
「......なるほど。して、どうやって開けるんですか?」 (リリ)
そう言われてダイナが爪を立てるのをやめた。そして、少し経って、口を開いた。
「...探してきてよ、鍵。庭師か何か...持ってるんじゃないの?」
ぶっきらぼうに言い放つダイナの言葉にリリがダイナの首を掴んで、玄関へ歩みを進めていく。
「ちょっと!離してよ!痛くはないし、落ち着くけれど不自由なんだから!」
その抗議も虚しく、体を揺れ続けた。
ギリギリと腕が痛む。強く腕を掴まれ痛みが続く。
「痛...痛い、離して下さい!」 (結衣)
貴婦人は何も答えない。やかて、強く腕を掴んだまま、頭上にパテベラを振り上げた。
悲鳴だけが個室に響いた。
---
「えっと...こんばんは」 (凪)
凪が目の前の男性に話しかける。モデルのような顔立ちをした男性も何も言わなかったが、会釈を返した。
「...誰?」 (光流)
「い...一条、イトです...」 (イト)
「一条イト?そう...僕、濱田光流。よろしく」 (光流)
「ああ、どうも...赤っぽい黒い髪の、男の子を見ませんでしたか?さっきまで、いたんですけど...」 (イト)
「...へぇ...」
チャシャ猫が少し黙る。
「あ...そこの猫さん、前に見ましたよね?」 (イト)
「...それは、どこで?」
「小道で...」 (イト)
「へぇ、残念だね。覚えてないよ。来た道を探せば、見つかるんじゃないの?」
「そ...そうですね。有り難うございました」 (イト)
そのままイトと名乗った男性は小道を引き返して進んでいく。
それを見送りながらチャシャ猫が大きく尻尾を振って、残った二人に話かけた。
「じゃあ、行こうか。カエルの合唱隊を抜けた先に劇場があるんだ。
そこのチケットを取ってきた、さぁ行こう」
「何の劇場なの?」 (凪)
「さぁ?古い劇場だから、分からないよ」
「そんなところに何があるの?」 (光流)
「うーん...光流なら、何があると思うんだ?」
「...そもそも、ここがどんなところなのかが分からない。ずっと踊らされている感じ」 (光流)
「良い見方だ。なら、正解を探そう。さぁ、歩いて」
また、チャシャ猫が促した。
二人が同じタイミングで一歩を進めたのを見て、「劇を見た後に、感想を聞かせてよ」と言葉をかけた。
チャシャ猫の尻尾に巻かれた二枚のチケットが風で揺れた。
〖極端で苛烈なルッキズム〗
ちょっとクソ長くて...凪&光流パートを入れられなくって...。
多分、次が凪&光流パートだけの内容になるかなと...。
何を言っているのだろうと、固唾を呑んだ。
嫌な緊張感が走っていた。
「...答えられない、かな?」
目の前の男性が酷く大きな怪物のように見えた。
やっとのことで絞り出した声はやや掠れて、どこか力無い声だった。
「どう、い、う...意味だ?」 (ミチル)
「......あ~...」
まるで納得するような顔をして、こちらを見る男性に動悸がやけに激しくなる。
どうにも逃げ出したい気持ちに駆られ、男性から目を背ける。
男性が少し考えて、森を見渡した時、
「君、田村_」
もう、そこには誰もいなかった。
---
何かを叩くような音がした。
それが長く、長く続いた。やがて何かが軋むような音に変わってくぐもったような声が響いていた。
薔薇が咲き誇る庭園に一人の男性と猫がいた。
目鼻立ちが非常に整った男性は隣で毛繕いをする猫に向かって、話しかけた。
「ダイナ、鍵の在処に心当たりはありませんか?」
「ないね。もしかしたら、お喋りな薔薇が食べてるかも」
「ここの薔薇は鍵を食べるんですね」 (リリ)
「薔薇が鍵を栄養にするなんて思ってるの?」
「違うんですか」 (リリ)
「さぁ?できるか、できないかは本人次第でしょ。見てよ、あの薔薇...」
ダイナの視線の先に薔薇に水をやる黒薔薇の姿があった。
黒い花弁が所々虫に喰われ、青いオーバーオールを着た庭師。体格的に男性だと見える。
よく見れば、首元は鮮やかな緑の薄い茎で、今にも折れてしまいそうだった。
「...あ...どうも...えっと...」
「やぁ見ない顔だね。新人?」
「ああ、はい、そうです...あの、庭園で何か...?」
「鍵を探しに来たんだ。持ってるよね?」
「鍵...ですか?何に使われるんですか?」
「別に君のその細い首を折ろうってわけじゃないさ。部屋に入りたいんだよ、マスターキーぐらい庭師でも雇用されてるんだから持ってるんだろう?」
ダイナが堂々と述べた言葉に一つの疑問をもったリリが問いかけた。
「庭師程度でマスターキーを持ってるものなんですか?」 (リリ)
「ティー...貴婦人のことだから、持たせざるを得ないさ」
そう答えられ、リリは視線を男性に戻す。
見れば、オーバーオールのポケットを必死に漁る黒薔薇の男性の姿が目の前にある。
「あれ...どこ、行ったかな、えっと...」
だんだんとその行動が激しくなり、手に持った如雨露の水が激しく揺れる。
そして、その揺れる水が如雨露から這い出て、咲き誇る薔薇の一つにかかった瞬間、その薔薇が激しく絶叫した。その姿からは美しさは消え、醜いものへ変貌していた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
その絶叫を聞いて、一斉に他の薔薇達が叫ぶ。庭園内が絶叫の連鎖を迎えていた。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
全く同じ長さで、声で叫ぶ薔薇に唖然とする他なかった。
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」
「あ...あぁ...終わった...終わった...終わった...」
その薔薇の中で一つ黒薔薇だけがうわ言のように絶望に暮れる。
地に手をつけ、四つん這いのような状態でその黒薔薇の頭が下がっていき地面に頭を着ける。
許しを請うようにして一人と一匹の前で固まる間、遠くの小屋からごそごそと音がして、やがて小屋の中から出てきたあちこちに鋭いトゲが生えた太く逞しい緑の触手が斧を持って、黒薔薇の男性へ近づいていく。
そして、人の腕のように斧を大きく振り上げ、その細長い茎の首を両断した。
それが済むと薔薇達の絶叫は止み、触手もゆっくりと小屋へ帰っていく。
ポケットから落ちた壮麗な鍵と、うっすらと黒ずんだ水が出る細い茎がオーバーオールを着た身体と黒い花弁が散ったゴミだけが残された。周りの薔薇はいつしか、美しさを取り戻していた。
その壮麗な鍵だけをダイナが拾って固まったリリの前に落とす。
「鍵、見つかったね」
「......そうですね...」 (リリ)
「じゃあ行こうか」
リリがそれを拾ったのを確認してからすっかり静まりかえった薔薇園を歩くダイナ。
それに続くようにしてリリも足を進めた。
何かを叩くような音がした。
それが長く、長く続いた。やがて何かが軋むような音に変わってくぐもったような声が響いていた。
その音が止み、部屋から白い煙の立ち上らせるティーポット頭の貴婦人が真っ赤な絵の具に濡れたパテベラをぶらんと垂らして、足を引きずりながら出ていった。
部屋の中にはぐったりとした女性が一人倒れていた。
何度か鋭いもので刺されたような跡が膝にあり、そこから赤い絵の具が垂れている。
また、顔や腕には何度か殴られたような跡が青痣になり、腕にはくっきりと手形が残っていた。
ただ呼吸は小さくともしっかりとしており、床には嘔吐物の痕も見られるので生きてはいるようだ。
しかし、その弱々しい呼吸をしている女性は満足に起きることも出来ないと見てとれた。
「やぁ...大丈夫?」
女性がうっすらと瞼を開く。
薄汚く毛並みの悪い痩せこけた猫が少し悲しげな顔で女性_結衣を見ていた。
隣には使うことのなかった鍵を持ち、口をあんぐりと開けたリリが棒立ちしている。
「...〖アリス〗、立てるかい?」
「......立てると、思うんですか...?」 (結衣)
「全然?...僕がすっごく大きな身体なら、君を乗せて走れるんだけどね」
ダイナがそう言って、リリを見る。すぐにリリが結衣を抱え、部屋から早足で出ていった。
その時、少しダイナを振り返って、開けた口から言葉を述べた。
「ダイナはどうするんですか?」 (結衣)
「ん?ん~...少し、やることがあるからね...薔薇の庭園にでもいてよ」
「...分かりました」 (リリ)
リリが去る姿を見送って、ダイナは部屋の中にあった白く細い紐を口に咥える。
そして、廊下に出て左右の壁から出た釘に引っかけて、離れたところでごろんと廊下に寝そべった。
やがてこつこつと高い音が廊下に響くと、目の前に花柄のティーポット頭の貴婦人がいた。
頭のひび割れは未だ、治っていない。
「何をしていらっしゃるの?」
「やぁ、ティー。見れば分かるだろう?寝てるんだよ」
「...お止めなさい。床が汚れてしまうわ」
「へぇ...《《床が》》、なんだ」
「............」
「君はいつだって、美しいものに目がない。けど、その趣味を〖アリス〗に乗せるのはちょっと違うんじゃないかい?」
「..................」
「どうだっていいけれど...そのパテベラ、やけに黒ずんでるね?」
「何が言いたいの?」
「`君、すっごく醜いね?`」
そう言われた途端、貴婦人の頭から白い煙が立ち上った。
寝転がるダイナに急速に近づこうとして、縦に引かれた紐に足を引っかけ派手に転んだ。
途端に花柄のティーポットが粉々に砕け貴婦人の身体そのものが動かなくなった。
「陶器ってのはやだね、すぐに壊れちゃうんだから」
ダイナは、嘲笑うようにして割れた陶器の破片を転がし、廊下の先へリリの後を追うようにして小さな手足を動かしていった。
〖喜劇・悲劇の貝面〗
生臭い香りが鼻につく中、貧相な劇場が目にとまる。
やけにぶくぶくと太ったセイウチが「xxxx劇場へようこそ!」と元気よく挨拶した。
「...すごい臭いんだけど?」 (光流)
たまらず光流が入らずとも愚痴を吐いた。
「そう言わないでくれよ、これでもすご~く人気な劇場なんだよ。
なんと言ってもヤングオイスターの踊り食いができるからね、腹の減ったセイウチ達にとっては良い狩り場なんだよ」
「...狩り場?劇場というよりは...」 (凪)
「ああ...趣味の悪い奴等の...そうだね、一つの娯楽かな。映画を見ながらポップコーンやジュースを飲み食いしてるのと同じさ」
「楽しめそうな気がしないね」 (光流)
光流の言葉にチャシャ猫がふんと鼻を鳴らして、先に劇場へ入っていく。
それを見送って、凪が遅れて応えた。
「...同感よ」 (凪)
---
人の全身が乗りそうなほど巨大な皿に山と言っても過言ではないくらい乗せられたオイスター。
生きてはいないが、どれもどこか小ぶりで中から赤い何かが染みだしていた。
「...これ...」 (光流)
「匂いの元凶、だろうね。ここまで衛星状態が悪いとは思わなかったけれど...」
「...それで?食べれるの?」 (光流)
「どうだか。君のお腹に訊いてみなよ、このベビーオイスター食べれますか?ってね」
山盛りのオイスターの横でふっくらとした猫が嫌らしく笑う。
その笑いが他の席に座る汚ならしいセイウチが釣られ、皆が笑い出す。
「...何が可笑しいんだか...」 (凪)
「さぁ?俺らはきっと、この魚共と解り合えないだろうから知らないねぇ」
また、猫が笑いセイウチが釣られて笑う。
それが複数回続いた後、数々の席を見下ろす形の劇の幕が開いた。
---
〖第一幕 ~小さなベビーオイスター~〗
あるところに、〖優しい大工〗と〖食いしん坊なセイウチ〗がいました。
優しい大工と食いしん坊なセイウチはある時、海辺を歩いていました。
その先で、とても小さな、〖小さなベビーオイスター〗を見つけました。
優しい大工は問いかけます。
大工:「やぁ、小さな小さなオイスターくん。ここで何をしているの?」
それに小さなベビーオイスターは小さくしゃっくりをあげながら答えます。
ベビーオイスター:「お母さんとはぐれちゃったの。お母さんはボクより大きくて、美味しくて、とっても優しいんだ。でもボク、このままじゃお母さんのところに帰れない!おねがい、手伝って!」
その言葉に優しい大工と食いしん坊なセイウチは「もちろん!」と答えて小さなベビーオイスターをお母さんのヤングオイスターの元へ返すお手伝いをすることにしました。
優しい大工と食いしん坊なセイウチは出始めにくねくねとした木の森へ行きました。
そして、いつも沢山の話を聞いている〖木聞〗に食いしん坊なセイウチが話しかけました。
セイウチ:「ヤぁ、木聞!こノ小さなベビーオイスターのお母さんを知らないかい?」
木聞は何も答えません。
セイウチ:「ヤぁ、木聞!こノ小さなベビーオイスターのお母さんを知らないかい?」
木聞は何も答えません。だって、木聞には口がないのですから!
代わりにワサワサと身体を揺らして、落ち葉で矢印を作りました。
落ち葉の矢印は森の奥深くへ続いています。
三人が森へ入るとゲコゲコと歌う下手くそな声が聞こえました。
---
「...だいぶ、しっかりと言うのね」 (凪)
「............」 (光流)
---
〖第二幕 ~爬虫類のレストラン~〗
ゲコゲコと歌うカエルたちの合唱を聞きながら、三人はトカゲのレストランへ入ります。
レストランの席にトカゲのシェフがベビーオイスターのお母さん、ヤングオイスターと共に話していました。
ベビーオイスター:「お母さん!」
ベビーオイスターがヤングオイスターの元へ駆け寄ります。そして、状況を察したのかヤングオイスターが優しい大工と食いしん坊なセイウチにお礼を言いました。
ヤングオイスター:「あら、まぁ...私の子を連れてきて下さったの?とっても優しいのね」
そう伝えて、殻をパカパカと開いて嬉しがると、ヤングオイスターは言いました。
ヤングオイスター:「せっかくですから、何かお食べにならない?」
そして、トカゲのシェフに注文をとらせました。
三人は席に座ると出てくる料理を今か今かと待ち続けました。
---
第二幕が終わり、「しばらく休憩中!」と放送が流れた。
第三幕は一度お預けのようだった。
「...大した物語じゃないね。〖アリス〗、どこか歩こうか?」
腐ったような匂いのするベビーオイスターをボールのようにコロコロと転がしながらチャシャ猫が訊く。
「行くって、どこへなの?」 (凪)
「う~ん...」
考え込んだチャシャ猫に代わり、光流が提案する。
「なら、舞台裏に行こうよ」 (光流)
「舞台裏?...いいね、行こう。〖アリス〗、舞台裏はそこの扉だ。セイウチは手が短いから開いているはずだよ」
チャシャ猫がテーブルから飛び降り、やけに錆びついた扉の近くへ行く。扉には厳重なロックがかかっているように見えたが、実際にはそのロックそのものが扉に《《かかっている》》だけだった。
二人と一匹がその中へ入ろうとしていた時、会場ではヤングオイスターの踊り食いが始まろうとしていた。
〖最高で最悪で奇妙な物語〗
庭園の近くのベンチに痛々しい姿でぐったりとしている女性がいる。
その横で少し心配そうにした男性が右往左往していた。やがて、一匹の薄汚れた猫がぽてぽてと近づいて座るように腰を下ろした。
「こりゃまた、酷いねぇ」
「酷い、で済むものなんですか?」 (リリ)
「...まぁ死んでないだけね...」
結衣は何度か鋭いもので刺されたような跡が膝にあり、そこから赤い血が垂れて固まっていた。
顔や腕には何度か殴られたような跡が青痣になっていたが、腕に残っていた手形はうっすらと消えつつあった。また、呼吸も回復しつつあった。
「......〖アリス〗...君が死なないことは確かだろう。君は2つで1つだから、その傷も...きっとすぐに治せるさ」
結衣の口から蒸せかえるような嗚咽が洩れる。やがて、うっすらと目を開けてダイナの白く濁った瞳を見つめた。すると、どうだろうか。傷口は塞がり、青痣や手形は薄く消えていく。
なんとなく感じる気味の悪さがリリの頭から離れなかった。
「...これは...なん、ですか?」 (リリ)
「もう知ってるだろう。答えるまでもないさ」
「知ってる、知ってるって...こっちは何も知りませんよ。いやに狂ったこんな世界、知ってる方がおかしい!」 (リリ)
「それは君が覚えてないだけだろう。彼、彼女は...もしかしたら、あるいは......」
何かを知っていうようで知らない。そもそもここにどうやって来たのか。
何が目的なのか。この猫の言うままに従ってもいいのか。
それすら分からない。しかし、もしかしたら、あるいは...。
「一度、醒める必要があるね」
そう言われた途端に開けているはずの瞳を開けるような感覚に襲われ、知らない都会の路地裏に近しいところが映る。自分の近くに何の外傷もない結衣がおり、他にも複数人がいることが分かる。
その光景に驚きを隠せないでいると、それがぐにゃりと歪んで再び、ベンチの側に戻った。
結衣の傷はもう綺麗さっぱりとなくなっていた。
---
どこからが夢だったか。
どこからが現実だったか。
どこからが始まりだったか。
どこからが終わりだったか。
どこからが、何だったのだろうか。
---
「お待たせいたしました!」
〖第三幕 ~喰って喰らって喰い続けて~〗
やがて、肉眼では分からないほど大量の植物プランクトンが水一杯の水槽に入っている料理が運ばれてきました。食いしん坊なセイウチはその料理に目を丸くして、優しい大工の方を見ます。
セイウチ:「ナンだ、コれ?おイ、ヤングオイスターはカラカッてるのカ?」
誰も答えません。優しい大工も、小さなベビーオイスターも、ヤングオイスターも口も殻も開こうとしません。
そし_
「食っちまえ!」
---
「喰っちまえ!」
観客のセイウチが叫んだ。
「そうだ!そうだ!み~んな、喰っちまえ!」
続けて別のセイウチも叫んだ。
口々に腐った臭いのオイスターを口に含んで、唾を飛ばしながら訴えかけた。
---
がやがやと騒がしい声が舞台裏に響く。
暗く照明も少ない舞台裏に猫の毛がぽつぽつと落ちている。
「...君さ、換毛期なの?」 (光流)
「はぁ?......だったらなんだって言うんだ、君が毛でも取ってくれるのか?」
「いや、取らないけど」 (光流)
光流がそう言ってチャシャ猫から目をそらす。かえって、チャシャ猫は鼻を鳴らして先に歩く凪だけを見つめていた。
やがて、今までのより騒がしい声に大きく響いた。だんだんとそれが近づき、目と鼻の先ぐらいの距離になった時、圧縮されたように詰められたヤングオイスターの檻の箱がいくつも目の前にあった。
「......あの」 (凪)
それに対して何かを言おうとした時、一斉に身体を震わせヤングオイスターが振り返り、目がくり貫かれたような穴の瞳でこちらを見た。
何も言わなかった。ただ、口を鯉のようにパクパクと開いては閉じ、とにかく身体を震わせて寒そうに、怖がるように見ていた。
チャシャ猫がその姿を嗤った。ヤングオイスターが泣いた。
そして、合わせたかのようにぴったりと揃って凪と光流を見た。
不快感が開け放たれた舞台裏の扉から出ていくことはなかった。
〖銘々と狂を喰む〗
今回も結衣&リリ パートのみです...。
ただ、立ったままそれぞれが呆然としていた。
やがて白兎が視界に入ったような気がした。
藁にもすがる思いで追いかければ、そこに三人がしっかりと揃っていた。
白兎はどうやら、信じるに値したようだった。
---
「それで、これからどうするんです?」 (リリ)
「どうするもこうするもねぇ...お喋り女王にでも会ってみるかい?」
庭園の近くをリリが結衣を背負いながら一匹の汚ならしい猫と歩いていた。
「...ああ、そういえば...帽子屋と約束をしてなかったかい?」
「そうでしたね。どうします?このまま行きますか?」 (リリ)
「いや、レストランにでも置いてってほしい。あのトカゲが良いものでも出してくれると思うからさ」
「......分かりました」 (リリ)
---
キノコが跳ねない小道で奇妙な匂いが充満したレストランの扉を開く。
コック帽を被った二本足で立つトカゲが箱に色々と詰めながら忙しそうにしていた。
「おや...何をしてるんだ?」
ダイナがトカゲが詰める箱に飛び乗って邪魔するように笑う。
「ああ、ダイナ...邪魔をしないで下さい。今から帽子屋のところで、帽子を作るんですから」
「帽子を作る?君は料理屋だろう。帽子なんて、作れるのかい?」
「...帽子を作るのも、料理を作るのも...大して変わりませんよ。芋虫の煙のオーダーの方が、何倍も難しいですよ。形がないものを作れ、なんてねぇ...」
「そういうものかい?帽子屋に行くなら、僕らも連れてってよ。君のところで休もうと思ったのに、君がいないんじゃ意味がないからね」
「かまいませんが...つまみ食いをしないでくださいね、お連れの方も一緒に行きますか」
ダイナとトカゲが一斉にリリと結衣を見た。リリが代わりに頷いた。
---
「やぁ、やぁ、やぁ...やっと来たな!モデルと|料理屋《デザイナー》のお出ましだ!」
帽子屋が高らかに笑いながら空の下のキッチンへ招き入れる。
「どうも...お手伝いに来ました」
縦に長いテーブルを介して、トカゲが箱から物を出しながら口を開いた。口の中に赤く先端が丸い舌が見える。
テーブルには帽子屋が用意したと思われる料理器具が数多く揃っている。
その中に糸や布があるが、ミキサーやこし器等が圧倒的に多かった。
「......帽子屋...なんですよね?」 (リリ)
「ああ、そうだが。さて、君達は確か...貴婦人のところの...その様子だと壊されかけたみたいだな。
生きているのは良いことだ...いや、待て...これは何度か...いやいや、そんなはずはないな。
して、手伝ってくれるのだろう?先日、白兎を何匹か捕らえてね。
たまごでも貰ってきてくれないか?」
「たまご...?兎は卵生じゃなかったはずでは...」 (リリ)
「ああ、兎は哺乳類だ。しかし、卵生な兎が至っても良いだろう?哺乳類で卵生な兎がいたっていいし、哺乳類で哺乳類な兎、卵生で卵生な兎、哺乳類で卵生な兎...がいたっていいんだ」
そのまま語り始めそうな帽子屋にダイナが急いで口を挟む。
「帽子屋、白兎はたまごを出さないよ。あるのは鏡だけだ」
「おや、そうだったか...なら、|料理屋《トカゲのデザイナー》が用意しているはずだ、どうかね?」
「言われてなくてもここにありますよ。白兎はどうするんですか?」
「ん?ああ...檻に入れてそのままだ、使うなら〖偽夢〗と分けて使ってくれていい」
「しかし、判別のしかたが...」
「ふむ、確かに。なら、こうしよう」
帽子屋がテーブルの向こうの脆そうな檻の中で騒ぐ白兎の上にトカゲが持ってきた箱や食器をどんどん積み重ねていく。
大量に物を乗せるが、檻はびくともしなかった。
「...ふむ、意外と...ダイナとそこ、二人も乗ってくれやしないか?」
ダイナが一瞬嫌そうな顔をしたがリリと結衣をすぐに促し、檻の上に乗る。
やがて、檻の柱が軋みだし、重りと一緒に白兎を押し潰した。
白砂の上に乗ったような音と結衣の驚いた声、檻が壊れた音が鳴った。
「おや、起きたか」
「なん...なに...?」 (結衣)
トカゲが物をどかしながら結衣の下にあるものに気づく。
綺麗に何も傷のない輝く硝子のような何かの破片。
まるで、元からあったものがバラバラになっていたかのような破片だった。
「...潰すなんて、怖いねぇ...」
ダイナが結衣にその破片を持つよう促して帽子屋に文句を言う。
「しかしダイナ、これの判別は少々手間がかかるのだよ」
「そうは言っても...鏡は真実だけを対比して映し、夢か否かは逢わせれば自ずと答えは出るのだから...わざわざ破壊しなくても...」
「だから、それが手間だと言ってるんだ!ダイナ、それを言う暇があるなら少々手伝ってもらおうか。
猫でも物を押さえたりすることはできるだろう?」
「君は猫に_」
「ダイナ、勘弁した方が良いですよ」
「...君を取って食ってやろうか...?」
「まさか!」
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テーブルの上でトカゲに威嚇し、丸まるダイナをよそ目に結衣が箱から材料を取り出しながら口を開いた。
「ええっと...それで、何を作るんですか?」 (結衣)
「...なんだったかな...ああ、〖白砂の帽子鏡甘味〗だ。作り方は|料理屋《デザイナー》に聞いてくれ」
そう応えた帽子屋が席を立ち、潰れた檻の隙間からはみ出た白砂を軽くかき集めテーブルへ置く。
そのまま、砂の掃除を始めた。
「...じ、じゃあ...始めましょうか」
トカゲが申し訳なさそうに口を開いた。
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〖白砂の帽子鏡甘味〗
▪偽夢の白砂 120g
▪空上白砂糖 30g
▪ノロスライムのゼラチン 80g
▪ソゾウの涎水 100g
▪薔薇園産のローズホイップクリーム 50g
▪イエローアイススネーク 100g
▪相対双子のアイシングクッキー 50g
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トカゲの口からつらつらと聞いたこともない材料が挙げられる。
「...ふぅん...水無しじゃ、ダメなのかい?」
「ダイナ、手伝わないなら_」
火花を散らし合う二匹の間に結衣が割って入り、軽く諭してからダイナをテーブルから下へ下ろす。
「...それで...その、何をすれば?」 (結衣)
「ええっと...まず...」
トカゲが物を言おうとした瞬間、どこからか若い男性のような声が聞こえた。
ナレーション:ナレーション
ソゾウの涎水をノロスライムのゼラチンと一瞬に入れ、ふやかしましょう。
鍋に空上白砂糖とトロトロ溶けたゼラチンを入れ、焚き火中火で混ぜ合わせましょう。
容器(帽子容器)に等分入れ、二時間以上冷やしましょう。アイスブロックスペンギンがいると時間を短縮できるように手伝って貰えるでしょう。
冷えた帽子鏡甘味を取り出し、偽夢の白砂を全体にまぶしましょう。白砂は白兎の偽物です。潰しても鏡逢わせでも、どんな方法でも良いので破壊しましょう。
まぶしたら、薔薇園産のローズホイップクリームでリボンの型をかたどります。貴婦人に見つからないよう、もしくはあの臆病な庭師を説得して口五月蝿い薔薇の首を引きちぎり、石臼で潰してからホイップクリームの沼と薔薇粉を組み合わせて下さい。
できましたら、イエローアイススネークをリボンにし、相対双子のアイシングクッキーを砕いてバラバラにしてから飾って下さい。
そのナレーションが終わる頃には、既にテーブルの上に白砂の帽子鏡甘味が乗っていた。
「え、でき...」 (リリ)
戸惑うリリを無視して、遠くで片付けをする帽子屋をトカゲが呼んだ。
「...帽子屋さん、できましたよ、帽子屋さん?」
帽子屋の返事はない。
返事がないことに不信に思ったのかダイナがテーブルの下から帽子屋の姿を見た。
白い砂は黒く染まり、帽子屋の手足を這い覆い隠す。
帽子屋が悲鳴を挙げる間もなく、その姿が黒い蛇へと化していく。
その蛇がだんだんとこちらを振り向き、テーブルの甘味目掛けて口を大きく開けた。
「うわぁ~お」
ダイナが伸びたような声をあげてテーブルから離れる。結衣とリリも同様に離れるが、トカゲだけが逃げなかった。
そのまま蛇がトカゲもろとも甘味を喰おうとした瞬間にトカゲの尻尾が生え、身代わりのように尻尾を切って逃げたようとした。
その逃げた先に自分が持ってきた大きな箱に頭を強くぶつけていた。
蛇はトカゲを食いし損ねると、テーブルにある材料や器具をテーブルごと食らい尽くし、一匹と二人に見向きもせずに空の下のキッチンから出ていった。
ダイナが伸びたトカゲに乗って楽しげにたしたしと踏みながら言った。
「〖アリス〗、もう用事はないし、君も大丈夫そうだから...その|白兎《鏡の破片》だけ持って来てほしいんだが...いいね?」
先程、出ていった蛇も伸びてしまったトカゲに気にする素振りもなく、つらつらとその言葉を述べるダイナに|結衣《〖アリス〗》は頷くことしかできなかった。
〖食欲旺盛な御伽噺話〗
何かに見られているような気持ちとおぞましい不快感が漂っていた。
圧縮されたように詰められたヤングオイスターの一部が騒ぎたてるように発狂した。
言葉にもならない声を言い続け、それを五月蝿いと思った同じ檻に入った他のオイスターがそのオイスターを叩き始めた。
一人のヤングオイスターの悲痛な叫びだけが木霊し、何かが頭上で動いた気がした。
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〖第四幕(最終幕) ~食欲旺盛~〗
食いしん坊なセイウチが大きく口を開けて、テーブルごと水槽を飲み込みました。
喉にゆっくりと四角いものが通って、胃の中へ貯まります。
そのまま、ゆっくりとこちらを見て、優しい大工も、小さなベビーオイスターも、ヤングオイスターも皆を全て飲み込んでしまいました。
長い、長い静寂がレストランを包みました。
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物凄い勢いでオイスターを頬張るセイウチの群れ。
皿に盛られたオイスターが少なくなると、セイウチ同士が腹を殴り合い、胃液と一緒に吐き出したオイスターを啜るように食べ尽くす。
それがドロドロに胃液で溶かされ、形がなくなっても腹を殴り合い続け、紫色に変色する肌を見せながら可笑しく踊る劇場の華と化した。
もう誰も、演劇を聞いていなかった。
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「...なぁ、〖アリス〗...そろそろ、【アリス】になるだろうし...そうだな、その檻を壊してくれないか?」
そうチャシャ猫が凪に言った時、その言葉を待っていたのか檻の中のヤングオイスターたちが檻の柱を掴んで騒ぎ始めた。
檻の中で一生を過ごしていた動物のように、外へ出ることを憧れていたとでも言うのかひどく暴れていた。
ヤングオイスターをよく見れば、殻にひび割れがあり、殻が脆いことが分かる。
また、殻の中の身体はぶくぶくと水が溜まっていそうなほど肥えてしまっている。
おそらく、良く言うなら...肉汁が沢山の身の柔らかいオイスター。
それでも、こうして檻に閉じ込められ、まともに動けず、まるでフォアグラのような状態であることに衛生面も考えて口に入れるのは少し遠慮してしまう。
「壊すって...どうして?」 (凪)
「...君だって、こんな狭いところにずっといたくはないだろう?」
「でも、銃なんて立てる音が大きいものがしたら_」 (凪)
そう言った途端に上から物音が響き、白くふわふわとした毛の白兎が二匹、落ちてくる。
それらの内、一つが光流の隣に落ち、一つがオイスターの檻の前にあった。
喚く一人と一匹を見ながら、凪の腰に吊られたSIG P224 SASのような形状の銃器が揺れる様を光流は見た。
すぐに抜ける状態ではないことを確認して、隣の白兎を勢いよく掴み、オイスターの檻の前の白兎が檻に強くぶつかる形で飛ばされる。
白兎と白兎が鏡逢わせする形で逢わされ、檻の一部が壊れると同時に投げられた白兎が白い砂と化し、もう一方の白兎が綺麗に何も傷のない輝く硝子のような何かの破片となって、反射でそうあるかのように凪へと飛んだ。
檻の一部分が白兎の頭の形にぐにゃりと柱が歪み、そこから大勢のオイスターが白兎だった白砂を踏みながら外へ出ようと柱にめいっぱい力を込めた。
その間に凪が破片を拾い、チャシャ猫がしかとその行為を目に焼きつけた。
ゆっくりと檻が開かれ、中から詰められたヤングオイスター達が大量に飛び出す。
裏から表へ飛び出していくものや、他の檻を壊そうと奮闘するもの、泣いて喜びもの、ないように見えるはずの瞳を丸くして呆然と立ち尽くす者など様々だった。
やがて、全ての檻が歪みダムが決壊するようにヤングオイスターの川が流れ出した。
それらに巻き込まれて流れるように表へ飛び出すと、そこにはお腹から臓物や中のベビーオイスターが切り裂かれたり、吐き出されたりする形でセイウチから脱出を図っていた。
脆い殻でベビーオイスターの脱出を手助けする為に沢山のヤングオイスターが大量のセイウチがぶくぶくと太った贅肉を噛み、セイウチは自らの肉を揺らし、痛みに悶え続けている。
やがて、皮膚が剥がれたような音がしてセイウチの肉が切られ、ヤングオイスターの殻が割れた。
その光景が劇場の至るところで続いていた。
「セイウチの踊り食いだね」 (光流)
光流が少々抑揚のある声で皮肉のように言った。
チャシャ猫がそれを無視して、凪へ向き直る。
「...〖アリス〗、その|白兎《鏡の破片》を持って来て欲しいところがあるんだが、いいね?」
|凪《〖アリス〗》はただ、目の前の地獄絵図から目を背けるように、ゆっくりと確かに頷いた。
〖鏡逢わせのアリス〗
「...あぁ、ええと......田村ミチル君と、一条イト君だよね?」
白兎が脚から白い砂を垂らしながら桐山の脚にすり寄る姿を気にもせず、桐山がそう口を開いた。
ぼさついた黒髪を掻いて、二人の顔を見回し、また口を開いた。
「ここ、どこか分かる?」
二人が首を横に振った。その答えにまた頭を掻いて、足元ですり寄る白兎が砂を撒き散らしながら、奥へ誘うのを見た。
「...終わりが、あるだろうから......行こうか?」
二人が首を縦に振った。
---
赤と白が入り交じり、破れたトランプが散らばる城内。
青い葉に成る赤薔薇は全て黒く塗られ、ペンキが滴っている。
ダイナがその落ちたペンキをつけ、葉っぱに肉球のスタンプを押していく様子が映る。
その様子に呆れたように結衣が口を開いた。
「何してるんですか」 (結衣)
「うん?......ああ...そろそろ行こうか。白兎はあるね?」
「白兎...?...破片ですか?」 (結衣)
「ああ、そう、鏡の破片だ」
「白兎だとか、鏡の破片だとか...なんなんですか、それは?」 (結衣)
「もう知ってるだろうに。まぁ、そうだね、説明は何百回してもいいから話そうか」
ダイナが尻尾を立たせながら破れたトランプにスタンプをつけた。
「まず、今から会うのは〖女王様〗さ。
あの口五月蝿い女王でね、最近はめっきり五月蝿くて、破片を探せと喧しい。
この女王様は鏡でね。割れている時に映す言葉は全て嘘で、まっさらで割れていない時は真実を映す。
今はその、割れている嘘つきってわけさ。くれぐれもであの鏡の言葉に耳を貸しちゃいけないよ。
次に〖白兎〗。本物は女王及び、鏡の破片で鏡逢わせしたり、破壊することで白兎から破片へ変化する。
一つ気をつけて欲しいのがこの白兎にも偽物がいること。
ソイツを〖偽夢〗...これは鏡まで案内してくれるけれど、女王へ嵌めても白い砂になってバラバラになる。その白い砂は集まって、その...前に見た黒い蛇みたいな黒く変色して実体をもって襲ってくる。
これも|本物《白兎》と鏡逢わせするか、破壊することで暴けるね」
つらつらと説明を垂れ、小さな足を動かしながら更に口を動かす。
「さて、その女王である鏡を割った人物が例の三月兎だ。兎にも悪い兎と良い兎がいるのさ、人間にもいるだろう?
その三月兎は割れてなかった女王様の裁判中にとにかく暴れ回って、もうずっと前の〖アリス〗の靴を女王に投げて割ってしまった。
そこから、もう女王様は三月兎を打ち首だとか、ムキチョーエキだとか言って最終的に三月兎を投獄して...不思議の国の因果から、鏡の破片を集める〖アリス〗を呼び込んだわけだ」
「〖アリス〗?...じゃ、要はその鏡である女王がこの世界の...力?的なものを使って?...その、割れて散った鏡の破片である白兎を...集めさせる為にジブンを呼び込んだと?」 (リリ)
「あ~...そうだね、理解が早くて助かるけど...正確には結衣と、もう一人だけだね。
その子と二つほど、共通点があれば〖アリス〗に指す。
ただこの〖アリス〗も不完全で...あ~...そうだね、これは...|チャシャ猫《ブラザー》に託すよ」
そう言って、目と鼻の先で笑う艶やかで美しい毛並みにふっくらとした身体つきの小綺麗な猫。
「やぁ、|ダイナ《ブラザー》。俺が話そうか?」
---
「ああ、頼むよ...後ろの〖アリス〗もいいね?きっと話したんだろう?」
痩せこけた身体に毛並みの悪い薄汚れた猫がそう言って凪と光流を見る。
「...ええ」 (凪)
「ああ、いいよ」 (光流)
「そりゃ何より」
チャシャ猫が尻尾をピンと立たせて口を開いた。
「〖アリス〗は今の君...凪と...ああ、結衣だったな。その二人のことだ。
〖アリス〗は鏡の破片に唯一触れられ、鏡を元に戻すことができてね。その状態だと女王を元に戻せるんだが、〖アリス〗だとダメなんだ。
〖アリス〗は`【アリス】`でないとダメだ。〖アリス〗は確かに女王を元に戻せる。けれど、夢...この国から醒めることはない。
〖アリス〗は女王を戻して、女王...鏡へ入っても帰れない。永遠と始めからを繰り返す。ちなみに女王はあまりに〖アリス〗が帰れないと人を更に呼び込む。捜索人を増やすわけだ。
つまり、俺らはあんたらが何度も〖アリス〗として、さ迷ってるのを幾度となく見てきた。
これを知ってるのは女王と、案内人である|ダイナ《ブラザー》と俺だけだ。
そして`【アリス】`。〖アリス〗ともう一人の〖アリス〗が繋がることで2つが1つになる。
それが`【アリス】`だ。これは女王から元の世界へ醒めることができるから、帰る時はそうしてくれ。
それを忘れたり、片方が亡くなったりで...あんたらがまた繰り返すのを何度も見てきたよ。
ただ、国も慣れてしまったか、今回ばかりは違うようだね...まるで何か、異物が入りこんだような_」
「|チャシャ猫《ブラザー》」
不意にダイナが口を挟む。すぐにチャシャ猫が口をつぐんで、先に広がる暗くふわふわとした曖昧な雰囲気のある洋風の建物。
その奥に布のかかった厳かな雰囲気の鏡。
人が数人映れるほど、大きいが、その鏡が映る部分には何もなく、額縁が見えている。
微かに残る破片に人の一部のようなものが移り、どこか弱々しい声で誰かに語りかけた。
「......で、探して......〖アリス〗......胡椒.........人形......ビスケット...双子......虫...破片を...」
「...君さ...ずっとそのままでも良いんじゃない?言ってることは五月蝿いけど...声が小さいから、ちょうどいいよ」
「...よ、しろ...の?ダイナ......いわね。かえって...わ。......早く、〖アリス〗...」
何を話しているかはうまく聞き取ることはできないが、その場にいるチャシャ猫もダイナと同様に笑っているところを見るに彼等には聞こえているようだった。
やがて、話が着いたのかダイナがチャシャ猫に耳打ちをして互いにお互いの〖アリス〗へ戻る。
お互いがお互いと挨拶した後、〖アリス〗が自分と同じ黒髪と、黒い瞳を見て鏡のように見る。
無数に反射する自分自身を見て、お互いが離れた。
「`【アリス】`」
猫が導くように呼んだ。
---
白兎を追う。
偽夢を追う。
〖アリス〗と`【アリス】`を追う。
---
そこに、|胡椒《ペッパー》や|砂糖《シュガー》の粉を撒き散らす髪の人のようなものが蠢く肉と戦っていた。
巨大な肉が暴れようとして、〖アリス〗に助けを求めた。
---
そこに、二人で一人の双子が人形となって何体も何体も椅子に座っていた。
黒いアンティークドールと白いビスクドールがお互いに嗤って、同じ服装で、〖アリス〗を嗤った。
全員が頭からかかとまで、赤く、細い糸に繋がれていた。
〖溶ける解ける融ける〗
白兎が大きな額縁の前で止まった。
ふんすと鼻を鳴らして床に落ちた硝子、鏡の破片にぼさついた黒髪の男性が映ったのを確認した。
「...れ、異物......れ、異物.........お前は誰だ?」
始めは弱々しく掠れていた声が終わり際に力強く聞こえた。
桐山の後ろにいたミチルとイトが周囲を見回し、やがて気づいた。
その声が今は額縁だけになった鏡から聞こえていることに気づいた。
鏡がやがて咽び泣くように「`【アリス】`」と永遠に呟き続けた。
桐山だけが腰に吊った黒く硬いものに手をかけていた。
---
「...で、君ら〖アリス〗がここにいる理由は|女王《鏡》の|鏡の破片《白兎》集めのただの巻き込まれってわけ。
前に言ったはずだけれど、もう忘れたのかい?」
水を失った魚のように蠢く巨大な肉の上で懸命に爪を研ぐ汚ならしい猫。
|砂糖《シュガー》と|胡椒《ペッパー》をお互いに髪から撒き散らす人型がそれを慌てるように止めようとしている。その近くで匂いに釣られた数匹の白兎が右往左往していた。
「そりゃ、あんな長々とした説明の中で、ひっそりと言われましても...分かるはずがないでしょう」 (リリ)
「へぇ...美しい花に大量の水をやっても、うまく育たないかな?...ああ、これは...そうだね、分かりにくいか...|チャシャ猫《ブラザー》の方が上手そうだ」
「そのブラザーってあの猫ですか?綺麗な、方の...」 (結衣)
「...そうだね。太ってもっさりした方の猫だよ」
「兄なんですか?」 (結衣)
「兄弟なんかじゃないよ、それぐらい親しい...なんでそんなこと聞くんだ?!
君らはどっちが上か下か棲み分けることしかできないのか?!
言っておくけどね、僕らが話してる言語は君らに合わせてるだけであって、別に日本語_」
力がこもったのか爪をたてられている肉の身体が暴れ出した。
比例して止める手も激しさを増す。やがて、肉の皮膚が剥がれるように爪を立てた形で剥がれる。
組織液のように肉汁がその跡に染み出した。
ようやく離れたダイナが爪についた油を払う内に肉の暴走も止まり、皿の上で大人しく横たわる。
その横たわった肉を数匹の白兎が噛ろうとして、|砂糖《シュガー》と|胡椒《ペッパー》がその白兎を捕まえようとお互いの身体に触れたと同時に全ての白兎が|顔合わせ《鏡逢わせ》をした。
黙って見ていた|塩《ソルト》が急いで引き離し、肉の上で融合しかかった|砂糖《シュガー》と|胡椒《ペッパー》を助ける拍子に|塩《ソルト》が|胡椒《ペッパー》の方へ倒れ、完全に融合した。
塩胡椒と化した二つに|砂糖《シュガー》が急いで白兎の白砂を欠けた肉の上から払いのけた。
その様子にみかねたダイナと|砂糖《シュガー》の会話が続く。
「白砂だって、塩胡椒と変わらないだろうに...」
「変わる!というか、〖アリス〗!手伝ってくれ!|塩胡椒《■■■》は使いものにならないんだから!」
「...〖アリス〗...火鍋を鍋にかけてくれるかい?」
「...え?」 (結衣)
突然、ダイナに話を振られる結衣に代わり、リリが先に火鍋を火にかけた。
それを確認したダイナが肉に何かを囁き、肉がその火鍋に乗る。
そのまま白砂と塩胡椒、追った|砂糖《シュガー》が火鍋に入り、溶けるようにして全てが煮られていった。
砂糖や胡椒、塩の舞う髪が抜けて溶け、身体も徐々に溶けた液体に呑み込まれる。
液体の中で沈んだ肉は嬉しげに泳ぎ、狩り手のいなくなった鍋の中で偽夢である白砂だけを鍋から追い出して本物の|白兎《鏡の破片》だけを丁寧に落とした。
鍋の中で肉と黒くなった白砂と煮だった3つの調味料は火が止まるまで、鍋の中で泳ぎ続けた。
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対比する黒と白のドールが嗤う。吊られた赤く、細い糸が対応するように首や手足を動かした。
「これは…なるほど、どちらだろうね?〖アリス〗」
チャシャ猫が白いビスクドールの上に飛び乗るなり、黒いアンティークドールが赤い糸に従うまま、チャシャ猫をどかそうとした。
「どちらって、何を?」 (凪)
「そのままの意味だよ、君はどちらだと思う?…ほら、よく言うだろ?」
「…操り手が、どちらであるか?」 (光流)
「そう、それ!」
「それなら、糸ではないの?」 (凪)
「君、なにを見てきたんだ?此処は確かに真実を映すけれど、対比しなくちゃならない。分かるだろう?もう、何回も何回も何回も…繰り返してるんだから!」
「じゃ、ドールってこと?それじゃ、これは_」 (光流)
光流が言いかけた途端にチャシャ猫に乗られていない白いビスクドールが光流を見つめて、一斉に動き出した。
全員が白く、双子のように瓜二つの何も無い顔で繋がった赤い糸をぶちぶちと千切って光流の方へ進む。糸に繋がれたままの黒いアンティークドールがよたよたとした歩きで白いビスクドールを止めようとして、逆に転倒し、コピーのように全ての頭に強い圧力がかかり、沈むように白い足が潜ると嫌な音を立ててひび割れが入り黒いアンティークドールの頭が踏み潰された。
その混乱の中でビスクドールよりも白く小さい生物が潰れるのが見えた気がした。
「…ふむ…まぁ、歳をとると止められないからね。特にヤングは」
チャシャ猫が白いビスクドールの上で笑った。例の白いビスクドールは抵抗をやめて、ただ呆然と立ち尽くし、自分と同じビスクドールが相手になる黒いアンティークドールの頭を踏み潰すのを見ていた。
「…そのうち、白いのだけ動き出しそうって思ったんだけど
…その通りだったね」 (光流)
「そっちに来ているけれど、大丈夫なの?」 (凪)
「別に人型なら躊躇わないよ」 (光流)
「君、やったことあるもんな」
「……言った?」 (光流)
「君が来てから、54回目でね。今は123回目。出たら異物に気をつけるといい」
「異物…?」 (光流)
その話の中で凪だけが何も言わない間、白いビスクドールが光流の目の前まで到着して、敬うように綺麗なお辞儀をした。
お辞儀する白いビスクドールの何人かの足に白いビスクドールよりも白い砂がついていた。その砂に向かって赤く細い糸が群がった。
「…おや…へぇ、良かったな……ヤングってのは群れなきゃ何もできないわけだ。
君、認められたんだよ…いや、単なる押しつけか」
「あまり、嬉しくなさそうね」 (凪)
「そりゃあもちろん。個人的には、この下のビスクドールが相応しいと思うんだけどね」
「…それは…どうして?」 (凪)
「責任ってのが胸の中で成長して、成長して…大人になっちまうからさ。それを今の彼が追うには少し負担が大きいんじゃないかい?」
「子供だって言いたいの?」 (光流)
「そうじゃない。ただ、そうだな……追われる身のトップはリスクがあがるってことだ。下の方の鼠なら、こそこそと回るだけでいいだろう?
つまり、こうだ。行けよ、ボンクラ。お前だって違うだろう?」
チャシャ猫が下の白いビスクドールに語りかける。唆されたビスクドールを見ながら、外野の二人が交互に感想を述べた。
「貴女って、案外…口が悪いというか…」 (凪)
「……育ちの良い方が…ひどく調子が良いのと同じだね」 (光流)
白いビスクドールがお辞儀をするビスクドールに話し掛けるような動作のあと、お辞儀をしていた白いビスクドール達が互いの耳元らしきところに手を当て、ひそひそと話し始める。
やがて、考えがまとまったのかチャシャ猫が今まで乗っていた白いビスクドールの身体を黒く塗り始めた。
そうする内にまた赤く細い糸が上から伸び、主導権をまた握るように身体を動かし始めた。
赤く細い糸の中で数本だけがやけに白砂をまとわりつかせた糸が混乱の中で揉みくちゃにされた|白兎《鏡の破片》を差し出した。
光流の代わりに凪が手を差し出し、白兎は確かに〖アリス〗の手の中にあった。
〖千古不易の千古不変〗
咽び泣く鏡の額縁にそっと手を添えた。何もない。硬い身体で、鏡のように硬い。
ぐにゃりとも言わなかった。
ふと、足踏みが聞こえた。手をどけて振り返るとミチルが貧乏ゆすりをしている。痺れを切らしたように彼は言葉を乱暴に投げた。
「...なぁ、名前ぐらい教えたっていいだろ。ずっとついてきたんだから」 (ミチル)
その言葉に名前を教えていなかったことにはたと気づいた。
「ああ...僕?僕は...桐山。桐山、亮。うん...そうだな、一応刑事だよ」
名前を教えたというのに二人はやけに警戒している。何かを察したのかイトが先に口を開いた。
「えっと...僕は一条イトで、こっちが田村ミチルです...」 (イト)
「そうだね、その通りだ」
「...あの、なんで僕と、ミチル君の名前を知ってるんですか...?」 (イト)
「そりゃ君らが行方不明だからだけど...」
「行方不明?どういうことだよ!」 (ミチル)
黙っていたと思えば声を張り上げて割って入る少年。自分がおかれた境遇も分かっていなかったようだ。...そんなこと、あるだろうか。
この夢のような変な世界も、残業で疲れた自分の夢ではないかと思うほど都合がいい。目の前に探していた行方不明の子供が現れる?馬鹿げてる、そんなことあるはずがない。
仮にこれが夢なら、どうやったら目覚められる?...試しに拳銃で頭でも撃ってみるか。でも、それだと現実だった場合、くだらない考えで死んだことになる。そんなの御免だ。
やっぱり夢に過ぎない。それなのにずっと感じる違和感はなんだ?
「おい!答えろよ!」 (ミチル)
思考が止まる。小学六年生くらいの身長の少年が腰を少し過ぎた辺りで手をめいいっぱい伸ばし、胸ぐらを下に掴んでいる。何とも奇妙な姿だった。
怒った子供を宥めるように言葉を口から絞り出した。
「君らは...その、数ヵ月前から行方不明で......どこを探しても見つからないから、警察にも人探しのお役目が回って...それで、今は君ら以外の行方不明者も探しながらこうしてるわけだけど...ちょっと疲れたな」
「......死ぬのか?」 (ミチル)
歳相応の顔つきで怪訝な顔をしたミチルを見た。イトに限っては不審や警戒よりも不安を感じている。
「別にそういう《《疲れた》》じゃないから、大丈夫だよ。単にただ...奇妙な状況に困惑してる」
赤と白の入り雑じった破れたトランプをひょいと摘まんで、興味ありげにふんふんと鼻を鳴らす白兎が片手に近づいている。その白兎を撫でながら、ふと、あの連続殺人犯も見つかっていないなと本来の業務を思い出した。
それを思い出したところで、この状況から現実の薄暗い資料だらけのオフィスに戻れるわけではないが。
動き続ける思考の中、白兎のように軽い足音が奥から鳴り響いた。
---
鏡の女王の城へ向かう道中の迷路のような庭園の中で、
「君ハ〖アリス〗カ?」
「キミは`【アリス】`か?」
まるでコピーしたように体格も、顔も、声も全てが瓜二つの男性が結衣を見つめていた。
一人は結衣の肩を強く掴み、一人はリリの腰を強く掴んでいた。
痩せこけた汚ならしい毛並みの猫が目を細め、二人の男性に向かって、ゴロゴロと喉を鳴らした。
それに合わせたように男性が笑い出し、互いに二人を離した。
結衣は肩に、リリは腰に手形の跡がくっきりと残っていた。
痩せて汚い猫は猫らしく鳴いた直後に伸びをするような低い声が|猫《ダイナ》の口から飛び出た。
「それが、〖アリス〗か`【アリス】`であるかは君達に関係ないだろう?
何せ、君達にできるのはただ待つだけじゃないか。それ以外に何ができる?」
「私ハ案内ガデキル」
「ワタシはアンナイができる」
「嘘をつかないでくれ。大方、あの割れた嘘っぱち鏡の話だろ?
お喋り鏡は口を閉めることを知らないんだよ。君達がそんな狼女王の話に耳を貸すと思わなかった」
「シカシ、君ハ君デ何ガデキル?大キナ身体デ、運ブコトモ、喰ラウコトモ、アマツサエ助ケルコトモデキナイ。
案内。案内シカデキナイデハナイカ?道ヲ指シ示スダケデハ駄目ダ。幼イ子供ハ何ガ正解カ絶対的ニ判断スルコトガデキナイ。シカシ、僕達、相対的ナ双子ハ`【アリス】`ノヨウニ二人デ一人、2ツデ1ツダ。コレホドマデニ、良イ例ハナイダロウ?」
「しかし、キミはキミでナニができる?オオきなカラダで、ハコぶことも、クらうことも、あまつさえタスけることもできない。
アンナイ。アンナイしかできないではないか?ミチをサしシメすだけではダメだ。オサナいコドモはナニがセイカイかゼッタイテキにハンダンすることができない。しかし、ボクタチ、ソウタイテキなフタゴは`【アリス】`のようにフタリでヒトリ、2つで1つだ。これほどまでに、ヨいレイはないだろう?」
高い声と低い声で同じことを繰り返す双子に苛立ったようにダイナが言葉を続けようとして、〖アリス〗に遮られた。
「...あの......双子、なんですか?」 (結衣)
「アア、僕達ハ相対的ナ双子ダ。全テガオナジデナケレバナラナイ。対照的デハナイ。対照的デ相対的ナ双子」
「ああ、ボクタチはソウタイテキなフタゴだ。スベてがおなじでなければならない。タイショウテキではない。タイショウテキでソウタイテキなフタゴ」
「対照的で相対的...?...ええと......少し違って...それが比較......で...?」 (結衣)
「......結局、違うってことですよね?」 (リリ)
「アア、ソノ通リ。誰ダッテ、全ク同ジ人間ハイナイ。皆、ドコカハ必ズ違ウノダヨ。例エ、双子デモ例外ハナイ。ソウダロウ?〖アリス〗
君ハ、イツダッテ片割レガイルガ、共通シテイルトコロ以外ハ違ウジャナイカ」
「ああ、そのトオり。ダレだって、マッタくオナじニンゲンはいない。ミンナ、どこかはカナラずチガうのだよ。
タトえ、フタゴでもレイガイはない。そうだろう?〖アリス〗
キミはいつだってカタワれがいるが、キョウツウしているところイガイはチガうじゃないか」
そう結衣に投げ掛けた。それにリリがそっと反応した。
「...無視...?」 (リリ)
「彼等は2つで1つに拘るんだよ。1つに興味がない。しょうがないさ」
珍しいダイナのフォローを聞きながら、投げられた結衣は口を開いた。
「...確かに、そうかもしれません。皆、違って...皆、良いという言葉もあります。
でもそれなら...貴方たちは、全く同じ人間ではないんじゃないですか...?」 (結衣)
その〖アリス〗の言葉に再び、双子は笑い出し、互いに「僕は二人で一人だ。それは絶対的に変わらない」と答える。
その声は高くも低くもなく、まるで三人目のようなもう一人のような感覚だった。
やがて、双子のうちの一人は片方の肩に手をおいた。もう片方はその片方の腰に手を回し、二人の身体がゆっくりと液状に融け合い、高くも低くもない声が響く。
そうして完全に融けて二人が一人になった時、うまく噛み合わない手足を動かしてダイナの後ろの白兎を見た。
それを視認すると、近くにあった木の枝を拾って白兎の頭へ貫通させる。白砂だけが流れた先に鏡の破片だけが落ちていた。
「さて...今度、二人で一人になるのは君の番だ、〖アリス〗」
ひどく膨れ上がって、手足や耳、瞳が各4つある双子が一つに一緒になった異形がそう破片を差し出した。
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「やぁ、庭園の中だってのに...こんなに煙がたつものなんてあるのかね?」
迷路のような庭園を抜けようとふくよかな体型で毛並みの美しい猫が愚痴を漏らした。
庭園内には薄気味の悪い紫の煙が立ち込めている。凪も光流も何かを急ぐようにしてそこを抜けようとしていた。
やがて、庭園内のやけに広い薔薇の花畑へ出る。煙は何らかの匂いを増して、強く深く立ち込めていた。その霧のような煙を払いながら、薔薇の花畑を踏みつけて進むと煙を焚いている、吸っている芋虫がパイプタバコをふかしながら、こちらを見た。近くで白兎が薔薇の花畑に顔を埋めて、棘を噛み砕きながら遊び回っていた。
「あぁ...なんだ、腹の広い猫か。てっきり、喧しい王様が来たのかと思ったよ」
「へぇ、あの鏡磨きの男の方が良かったかい?」
「いいや...良くないね。あの男ときたら、花に煙を与えるだけでも悪影響だとか喧しくてね。
花に水を与えるなら、煙だって人でいう水と一緒さ。その煙という水をこんなにも醜く咲いた花に与えてるんだ、こんなに光栄なことをあの王様は理解しようともしない」
その言葉を皮切りに芋虫は口から煙を吐いて、近くにいた蜂のような虫へ吹き掛けた。
虫は驚いたのか自分についた攻撃手段を芋虫へぶつけて飛び去り、ふよふよとした羽ばたきをしていった。
刺された芋虫は手を抑えて、パイプを手放し|猫《チャシャ猫》の後ろで立ち尽くす〖アリス〗こと、凪を呼んだ。
「ああ、痛い、痛い。腹の底から痛みが込み上げるようだ。
君は腹の底から誰かが込み上げたことはないのか?煙のようにすぐに消えてしまうものなら、良いけれど何年も何年も居座って、己の中身を食い尽くして成り代わり、一見しただけでは変わらない。
まるで、そうであることを演じるように、そうであったことを演じるように、そこに自然と姿を現す。
何者でもない。皆、そこにある薔薇が今、赤く美しいものから青く青く、醜くなっても一つだけが変わっても気づくことはない。
しかし、それが群ならば?群ならば、皆が気づくだろうね。しかし、〖アリス〗。君、君達は少数で、常々変わるではないか?
いつの間にか女王は白兎を取り込んで、猫すらも嗤って元の姿で玉座で割れる時を待つ。しかしね、女王が割れても誰も分からないのだ、そこの猫と、白兎以外は。
その寂しさから女王は君達という二人の群を招いて異様なまでに、執拗なまでに、`【アリス】`そのものを創る。初めはとても単純だった。愛しく愛らしいアリスはとにかく愛されたかった。
大きな承認欲求の一つだ、人の欲とも言う。`【アリス】`は二人で一人で、2つで1つだ。
心も身体も別れたそれは大きな受け皿になる。そうしてできた焼き物は、`【アリス】`を受け取るにふさわしいだろう。
だが、そうしてできたものには、焼き物には、ひび割れという古くなるのがつきものだ。
割れた陶器を交換するように、`【アリス】`も〖アリス〗も交換される。
使い物にならなくなった〖アリス〗はどこへ行ったのだろう?君達はもう、その心配はないだろうね、そこの猫はやっと、学びを得たのだから。
して、何の話だったか。ああ、そうだ...君は本当に君なのか?いつの間にか、別のものに置き換えられていたりしないか?はて、僕は僕か?僕は僕で、君は君で、僕は君で、君は僕、僕は変わらない。それがありのままだ。
鏡は真実だけを対比して映す。夢か否かは逢わせれば自ずと答えは出る...そうだったね?
だが、この己の中から膨れ上がるような感覚はとても、とても、そうだな、いつかの古い記憶の中のできもしない戦争に勝利を糧にして在る目標に向かって喰い破る_」
長々しい話が終わりを告げるように芋虫の下半身より少し上の辺りに何かが膨らみ、刺された刃物が顔を出すかのように身体を成長した虫が出て、糸の切れた人形のようにくたりとした芋虫にできた出口を更に広げて緑の液体や様々な色の混じった皮膚に柔らかい歯をあてがった。
そうして孵化した虫は液体に染まった羽を羽ばたかせ、足元で遊ぶ白兎に生まれて用いた攻撃手段である針を練習と言わんばかりに向けて白兎の形が崩れるまで刺し続け、針に白砂がついたまま飛び去った。残された形のある者が口々に言葉を出すまで時間はかからなかった。
「はっ、自業自得だ。こんなところで妙なものなんて吸ってれば、そりゃあ変な虫も寄ってくるさ」
「寄生蜂ってところ?おぞましいね」 (光流)
「......そう、ですね...ただ、話はとても...」 (凪)
「深かった?...僕、よく聞いてなかったよ。学校や職場の偉い人みたいだったからさ」 (光流)
「...そうですか」
凪が鏡の破片を拾ったのを確認した後に、チャシャ猫が笑って迷路の攻略を促した。
白い砂と緑の色をした体液に塗られ、踏み潰された薔薇だけがそこに残った。
〖盲目の愛憎〗
※今更ですが、はっきりとした流血表現があります
足音の先に、頭部がなく赤いペンキと葉っぱにまみれた人の裸体のような人型がいた。
人型は真っ白な手袋に布巾のようなものを持ってないはずの瞳でこちらを捉えた。
隣のモデルのような顔立ちをした可愛らしい青年がたじろぎ、友人と思わしき少年と共に自分の背中の後ろに隠れた。
白兎は未だ、足元で鼻を鳴らしては耳をぴんと立てたままだった。
「......どちらさまですか?」
腰に吊った黒く硬い銃器に手を伸ばしながら口を開いた先の言葉に耳を疑うほかなかった。
「そう怒らないでくれ、僕は鏡の手入れをしに来ただけだ。
鏡は子供のように手間がかかるだろう?愛しく美しい子が穢れのない温室で育つように、よく磨かれた鏡も手間を加えるほど美しく輝く。それこそ、我が子を育てるように」
「...鏡が、人形の子だってこと?」 (イト)
「流石にそんなことないだろ」 (ミチル)
青年と少年の会話に背を向けて、黙って足を開いて腰の銃器を掴み、両手でしっかりと持ち例の人型の胸元に標準を合わせたままグリップをしてトリガーに指をかける。
それを見たのか、慌てるように白い手を動かして動きを静止した。
「待て、待て、待て...僕はそういう役者じゃない!君には瞳があるだろう?!
何が善で、何が悪か、しっかりと判断がつくだろ?!」
往生際の悪い人の、弁明のようだった。一発、威嚇射撃として足元を撃ってみる。
そうすれば大袈裟に跳び上がり、存在しない瞳をつり上げて怒鳴ってくる。
「やめろ!!これだから異物は嫌なんだ!国そのものが勝手に呼んで、望んでもいないのに舞台を引っ掻き回す!女王様が割れてご乱心だってのに、招かれた〖アリス〗は使い物にならないわ、猫は学ばないわ、踏んだり蹴ったりなんだよ!
三月兎は反省をせずにそうすべきとでもあるように鏡に穢れを与えて、中々戻りやしない!庭園の迷宮は片側が手入れできずに女王様を美しく飾れないし、永遠と続く逢わせ鏡の先も辿れない!」
どこから出ているのかも分からない怒号が続いた。
銃口の標準を合わせて、警告を口にする。業務柄、勝手に撃つと報告書を書かねばならない。
着弾点を踏みつけて怒りを露にするそれの胸元に数発、続けざまに撃ってみる。
次に両脚へニ発、肩に一発。弾切れを起こした銃器をエマージェンシーリロードと名前のついた普段、そう滅多に使わないやり方で装填をする。
装填が終わった後に落ちるようにしてそれが倒れる。散った葉っぱが手袋を赤く染めるペンキに浸けられて、赤を拡げていった。
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初めてきた時より、長く長く感じる庭園。
それが一つのけじめのように歩く度、足から責任を感じとる。
その責任がやがて、歓喜に変わり、重々しい愛へと変化した。
奥から薔薇の茂みを通り越して陽気な音楽と神々しい光が抜け、目の前に華やかな数羽のクジャクと対比した真っ暗なカラスが大量に黄色い歓声をクジャク達へ向けていた。
「なんですか?これ...」 (結衣)
クジャク達が結衣の言葉に視線をやった。カラスも追うように結衣へ視線を動かすものの、一羽のカラスだけがクジャク達を長々と見つめていた。
「......やけに、見つめてるねぇ」
「ですね、まるで_」 (リリ)
そのカラスの黒い瞳が熱を帯び、艶やかな視線がクジャク達の一羽に向けられていたが、クジャクの瞳は結衣やリリ、ダイナへと向けられていた。
カラスがそれに気づいたのかぐるりとこちらを見て、熱を帯びた瞳に怒りを滲ませ、黒くなった口の中が見えるほど口を大きく開き、怒号を発した。
「_恋焦がれているようです」 (リリ)
怒号が風に流れながら、カラスの後ろでクジャクについて話すカラス達がいた。
その内容を聞いた怒ったカラスが怒りの矛先をそちらへ向けるのはとても早かった。
「あの、▩▤いいよね!超カッコいい!!」
「私、▦▥が好き!もう愛してる!」
二羽が各々話終わった瞬間、例のカラスが二羽の内の一羽の頭に嘴を激しく突いた。
執拗なまでに激しく突き、突かれたカラスの頂点から青く獣臭い液体が流れていたが、数分後にぐちゃりと何か柔らかいものが潰れる音がした。
その頭から嘴を抜いて、今度はもう一羽のカラスの目玉に嘴を突き刺し、思い切り抜く。
目の前の惨状にクジャクが奥の〖アリス〗へ助けを求めた。
結衣は動こうとしたが、先にリリが動き目玉を咀嚼するカラスを止めようとして、かえって嘴が腕に突き刺さった。
直後にカラスは羽をばたつかせ、青と赤の液体の混じった嘴を開いた。
「▩▤も▦▥も、私だけのものなのよ!
▩▤は美しい羽をばたつかせ、▦▥は優雅に踊るのよ?!その美しさは私だけが知っていればいいの!
私が一番知っているし、私が一番愛しているし、何より、私が一番愛されてるのよ!!
アンタ達なんて女王の破片集めの駒みたいなものでしょ?!そんなぽっと出の奴に彼等の良さが分からないに決まってる!分かるはずがない!!」
そう強く宣言する。それに他のカラスの内の小柄な一羽が業を煮やしたように睨みつけて、羽でそのカラスの顔をはたき中が淡い桃色の口を開いた。
「貴女が一番、▩▤と▦▥愛されてる?!勘違いも甚だしい!!
貴女みたいな醜女が愛されてるわけない!それに、▩▤と▦▥は皆を愛してる!貴女だけ愛してるなんてあり得ない!」
そう制したカラスの隣で似たようなカラスが、
「そうよ!皆_いや、彼らは本当は私を愛してるのよ!分かるでしょう、この_」
その場にいた全羽に鋭く尖った爪で身体の羽や肉をむしられた。
クジャクに向けた愛を怒りや悲しみ、憎しみに変え、全てを赤と青に染まったカラスへ向けていた。
二羽の全く同じクジャクはステージの下で繰り広げられる惨状に目を伏せ、逃げるように〖アリス〗へ足を進めた。近くで二匹の白兎が困ったように鏡逢わせて、形をなくした。
形をなくした内にできた鏡の破片を結衣が拾う頃に、クジャクは既に結衣の前にいた。
遠くで繰り広げられる喧騒は、気づいていないようだった。
「喧嘩ってのは、同じレベルの奴等でしか発生しないのさ。
あの醜く黒い鳥たちはそんなことも分からない。せいぜい、足掻いてるといい。
お互いに誇張した見栄の愛情を見せびらかして、偶像崇拝とでも言うべき仮面に踊らされる。これほどまでに楽な単細胞はいないね。
しかし、いがみ合って、誰も彼も否定して拒絶した先には何が待つのだろうね?」
そうクジャクが挨拶の前に言い訳じみた言葉を話した。続けて、
「偶像崇拝されるものは人によって変わるが、崇拝するものの本質はあまり変わらない。
僕達のように公で絶大な人気を誇るものも、関心のない他者からはそれは同じに見える。
君はどうだい?〖アリス〗。君は、僕をどう見る?」
「......いえ、その...貴方を、よく知らないのでどうにも...」 (結衣)
話が強制力をもって終了させられる。クジャクが少し驚いたような顔をするも、すぐに笑い出し、後ろのきらびやかな羽を外してクジャクの頭を脱いだ先に遠方のカラスと全く同じ姿が現れる。
「...よく知らないにしろ...これなら、どう?全く同じだろう?だからね、本質は変わらない。
結局ね、僕...僕らはカラスが見栄を張るように人気の皮を被って自分を晒しているだけだ。しかし、〖アリス〗は本物の本質を見るのだろうね。
ああ、許されるのなら...君になりたい。隣の君も本物なんだろう」
羨ましげにそう腕が治りつつあるリリを見た。
遠くのカラスは誰もが手を挙げ始めていた。
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庭園の中で食事会が開かれている。
見たこともない多様な食材がそこに置かれているだけで、そこには誰もいない。
凪と光流が席に座り、置かれた食材に目を通した。
メインはソゾウの象肉とニワトリの唐揚げ。脇にイエローアイススネークの黄色く渦巻き状のアイス。そしてノロスライムの薄い緑っぽい飲み物があった。
「...食べるのかい?」
チャシャ猫がほかにも広がる食材のテーブルに飛び乗って二人が食べ終わるまでただ、待っていた。
「奇妙な味ですね」 (凪)
「そうかな...そうかも」 (光流)
舌の上でどれも艶っぽい舌触りと塩のような味がした。肉もアイスも飲み物も皆同じ味がした。
いやでも食べなければいけない気がして、食んで舌で押し込み、喉へ通し続けた。
目の前で待つ猫は何も言わず、退屈そうに欠伸をして時が過ぎるのを待った。
やがて、全てを食べきった頃に食器に何か顔のようなものが浮かんだ。
メインの大皿には子供の落書きのような顔のソゾウとやけにリアルなニワトリ。カップのような食器には渦巻いた黄色い蛇のようなイエローアイススネーク。コップには薄緑のゲル状のノロスライム。
全員がこちらをじっと見つめてどこにあるかも分からない口で、
「命の味は、美味しかったですか?」
そう、問いかけた。その言葉が終わると溶けていくように消え、跡形もなく姿を消した。
光流が生唾を呑み込んだ後に嫌そうな顔をした。
凪はかえって吐きそうになっていたが、誰も止めるものはいなかった。
何故、食べたのかも分からないのだ。
「...まぁ......犬も猫も、どうせ...同じ味がするんだ」
猫がそう言った後にいやらしく笑って、
「しかし、人もそれは同じかな?」
空いた席の唐揚げを一つ齧った。
誰も何も言わなかった。
白兎は、もう満ち足りていた。