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目次
いつものバスの中、いつもの背中
今日もいつもと同じ時間、同じバスに乗り込んだ。いつもと同じように、車内は人で溢れている。通学リュックを前に背負って吊り革につかまり、周りからの圧に耐えながら、目だけで辺りを軽く見回す。今日はあの人、いないのかな。いつもこのバスに乗っている、背の高い男の子。吊り革につかまりながら1人で本を読んでいたり、友人らしき人と小声で会話していたり。制服がうちの学校のものなので同じ学校であることはわかっているが、廊下ですれ違うことはない。学年は違うのだろう。それにしてもこのぎゅうぎゅうの車内だと、いくら彼の背が高くてもなかなか見つけにくい。きっと彼は、私が見つけられないだけで、今日もいつもと同じようにこのバスに乗っているのだと思う。
結局今日は彼の姿を見つけられないまま、バスを降りた。同じ学校なので、バスを降りてから学校に着くまでは同じ通学路のはずなのだが、やはり見つからなくて、ああ今日は休んでいるのかなとちょっとだけ落胆した。
その次の日も、彼はバスには乗っていなかった。少なくとも、私に彼の背中は見えなかった。その次の日も、さらに次の日も。1週間が経っても、彼が視界に入ることはなかった。10日が経って、2週間が経った。私の心には不安とショックが滲んでいた。どうして急にいなくなったのか、その理由を頭の中でひたすらに探した。転校?病気?それとも、そんな大きな出来事ではなくて、バス通学から自転車通学にしたとか、部活の朝練があるのでバスの時間を変更したとか。そうであって欲しいと願っている自分がいて、私はこんなにも彼のことを好きだったのかと自分自身に驚く。彼の顔を見たことなんて、1、2度しかないのに、私の頭はすぐにそれを思い出せてしまう。そのことに気づいて、やっと、私は私の感情を理解することができた。
当たり前にあった彼の気配が消えて、1ヶ月が経った。もう彼を見かけることはないのかもしれないという諦めが、最近、私の心を締め付ける。バスに乗り込んで、吊り革につかまった。目だけで辺りを見回す癖はここ数日でようやく抜け切ってくれた気がする。
不意に、前の方から声が聞こえた。バスの中だからだろう、遠慮がちな声だった。「水戸くん、足はもう大丈夫なん?」「うん。あんまり派手な動きはできんけど。」布と布が擦れる音や咳払いのせいで、その声ははっきりとは聞こえなかった。でも、私の耳は、記憶は、それを逃さなかった。反射的に顔を上げた。そこには、見慣れた彼の背中があった。
じゃあね、お母さん。
「じゃあね、お母さん。」
靴を履きながら、家の中に向かって小さくつぶやいた。それは虚しく地面に落ちていった。リビングからテレビの音が聞こえる。きっとお母さんの好きなドラマでもやっているのだろう。娘が遠い遠い東京という大都会で一人暮らしを始めると聞いても見送りさえしないのだから、本当に私のことなんてどうでもいいんだろうと思う。少しは心配とか、いや、今更お母さんにそんなことを言っても無駄だろう。お母さんの私への興味のなさは昔からだった。
バスに乗り、駅で降りて電車が来るのを待ちながら、今までのことをぼんやりと考えた。
私は望まれて生まれた子じゃなかった。お母さんが当時付き合っていた彼氏との間にできた子だったらしいが、妊娠が発覚してすぐに逃げられたそうだ。お母さんは頻繁にお父さんの悪口を吐き出していた。私がお母さんからの愛を実感したことは一度だってなかった。お母さんの手料理を食べたこともなかった。どうして堕してくれなかったのだと思うくらい、心が苦しい時期もあった。お母さんなりに葛藤したのかもしれないが、産んだなら産んだで幸せにして欲しかったというのは欲張りなのかもしれなかった。
お母さんは美しかった。夜のお店で働いていた。夕方に家を出て、朝方帰ってくる生活をしていた。昼間は大抵寝ていた。お母さんとの間に会話はあまりなかった。私がお母さんと話すのを怖がっていた面もあったのかもしれない。拒絶されたら立ち直れないと思っていたのかもしれない。私はお母さんを愛していた。たった1人の家族だった。お母さんがどれだけ私を嫌っていたとしても、私がお母さんを心の底から嫌うことはなかった。
もしも私が愛される子だったら。そんな考えが頭をよぎって、咄嗟にかばんからイヤホンを取り出し耳にねじ込んだ。スマートフォンを操作して音楽を流すと、頭の中に直接響いてくる。この感覚が私は好きだった。頭の中がそれでいっぱいになって、強制的に他の思考が中断された。
続き書くか迷う
投げるわ
2025/05/17
可哀想な子だ。
初めて加藤沙織という人物を目にした時、そう思った。加藤沙織は更衣室で小柄な女の子をいじめていた。たまたまドアが少し開いていて、隙間が生まれていた。人もほとんど来ない、寂しい旧校舎の4階だったので油断していたのかもしれない。のちにいじめられている女の子の名前は久世結衣だと知った。結衣は壁際に追い詰められ、ヘナヘナと力なくへたり込みながら、苦しそうな表情をしていた。加藤沙織は結衣の長く美しい黒髪をひっぱって彼女を立たせた。結衣は大粒の涙をボロボロと流しながらいじめに耐えていた。そんな健気な女の子を、加藤沙織は気持ち悪いと容赦なく罵っていた。
私は静かにその場を後にした。もうこのことは忘れようと決意しながらも、頭の隅では加藤沙織の姿がへばりついて離れてくれなかった。加藤沙織にも、自身を大切におもってくれている誰かがいるだろうに。気にかけてくれるような、愛してくれているような人。
次の日も昨日のことが気になってしまい、昼休みに高速でお弁当を食べ、旧校舎の4階更衣室に向かった。ドアは閉まっていたが、音が中から漏れ出ていた。ロッカーに何かが当たったような鈍い音が響く。おそらく結衣が加藤沙織に突き飛ばされたのだろう。
痛そう。自然と顔が歪む。不意に足音が近づいてくることに気づいた。一瞬、加藤沙織が更衣室から出てこようとしているのかと思い焦ったが、違ったようだ。
「あ」階段を上がってきた山口美緒が更衣室の前に立つ私を見て、そうこぼした。
山口美緒と私は、いわゆる幼馴染であった。だからと言ってとても特別仲が良いわけではない。小学生の時は学校終わりは毎日一緒に帰っていたりしていたが、中学に上がって別々の部活に入ると当然時間が合わなくなる。クラスも同じではなかったため話すこと自体が減っていき、今はなんとなくお互いに気まずい。
「雛乃…なにしてんの…」私を見て怪訝な顔をする。私はしっと自身の唇に人差し指を当て、もう一つの人差し指で更衣室のドアをさす。美緒はさらに眉を顰めたが、こちらにきて更衣室のドアに耳を近づけた。中から加藤沙織の荒れた声がうっすらとだが聞こえてきて、美緒は目を見開いた。困惑した表情で私と更衣室の間で視線を揺らす。10秒ほどそうすると、彼女は私の手を引っ張った。自身が上がってきた階段付近で立ち止まり口を開く。
「雛乃、知ってたの?」
「昨日気づいたばっかだけど…。いじめだよね」
まるで美緒は元から知っていたかのような口ぶりが気になった。そういえば、彼女はなぜこんなところに来たのだろう。
「そうだよね。やばいよね。わかってるんだけどさ」「なに?美緒は知ってたの?このこと」「うちのクラスはみんな知ってるよ。加藤さんも久世さんも同じクラスだしそりゃわかるでしょ…」
思考が停止した。彼女はなにを言っているのだろう。
「知ってるのに放置してるの?」
美緒は下唇を噛んで俯いた。私は続ける。
「そりゃ、自分が犠牲になる必要はないけど、担任に言うとかできるでしょ?簡単なことじゃん」
「…加藤さんは加藤電気の社長の娘なんだよ、有名だよ。だから担任も逆らえなくて黙ってるわけ。逆に久世さんは貧乏らしいし」
怒りが一気に冷めていく。現実はそんなもんなのか。どうしようもできないもんなのか。
「加藤電気はさ、この学校にたくさん寄付してるからさ。校長までいじめのことが伝わったとしても、きっとなにも変わらないよ。先生にチクったことが加藤さんにバレたら、次いじめられるのは自分かもしれない。っていうか、そうなんだよ。久世さんも」
美緒はそこで言葉を止め、諦めのようなうっすらとした笑みを浮かべた。仕方ないんだよと言う彼女の呟きは、まるで自分自身に言い聞かせているようだった。
身体中の力が抜けていくのを感じる。加藤電気のとこの娘か。なら仕方ない。どうしようもない。だから私も賢い他の生徒のように、見て見ぬふりをすれば良い。強者は弱者を潰し、弱者は強者に潰される。それだけの話だった。
「もうそろそろ、お昼終わるね。戻ろう」
腕時計をチラリと見た美緒が言った。
早咲きの桜
『好きでした。大好きでした。』
それだけ書いた手紙を、封筒に入れる。四葉のクローバーのシールで封をした。クローバーを選んだことに意味はない。ただ、なんか良さそうだったから。明日、この手紙を先輩に渡す。読んでもらえなくてもいい。彼の心に届かなくてもいい。自分の中でこの気持ちにけじめをつけたいだけなのだ。
手紙を丁寧にカバンに入れる。明日は先輩の卒業式だ。卒業式が終わったあと、それとなく渡そう。
次の日、ちゅんちゅんという鳥の鳴き声で目が覚めた。時間を見れば、目覚まし時計がなる10分前。窓を開けると、冷たい空気が頬を撫でる。それに乗った春の匂いに、私の鼻がくすぐられた。支度を終えて、カバンを肩にかけ家を出た。カバンの中の手紙が曲がっていないか、シールが剥がれていないか、そんなことを何度も確認した。そうしているうちに、やけに長く感じた通学路も歩き切って、学校の校門をくぐっていた。先輩のことばかり頭に浮かんできて、朝のHRのことはあまり覚えていない。気づけば、体育館の遠い天井を見上げていた。卒業生、入場、という先生の声と同時に体育館のドアが開き、卒業生たちが入場してくる。私は拍手をしながら先輩の姿を探していた。先輩は少し緊張した表情で歩いていた。でも堂々としていて、素敵だと思った。
そのあと、卒業証書授与や卒業生からの答辞などを終え、拍手に包まれながら卒業生が退場する頃には、あちこちから鼻を啜る音や嗚咽が聞こえてきていた。私もいつの間にか鼻頭が熱くなっていた。
在校生である私たちも教室に戻り終礼が始まる。私たちを見つめる先生の瞳は少しだけ遠くを見ていた。きっと卒業生たちを見て色々思うところがあったんだろうが、私はそんなことよりもカバンの中の手紙が気になって仕方がない。終礼が終わってすぐ教室を出ようと思ったが、友達が話しかけてきたので少し遅れてしまった。それでもなるべく早く会話を切り上げ廊下に出た。1秒でも早く先輩に会いたくて、走ろかという考えが脳裏に浮かんだけれど、カバンの中の手紙がそれでよれよれになってしまったら大変だ。
先輩は、校門にいた。写真撮影や見送りでごった返していたが、私は彼をすぐに見つけることができた。後輩の女子に囲まれていた。彼の制服の第二ボタンは、もうなくなっていた。改めて先輩の人気を目の当たりにし、開きかけた口から声が出なかった。カバンの持ち手をぎゅっと握りしめ、大丈夫、手紙を渡すだけだ、と自分に言い聞かせながら、カバンから手紙を出す。幸い曲がってもおらずシールもそのままだ。
「先輩。」女子生徒らの隙間を通って先輩の近くに行った。「見なくてもいいです。受け取っていただけますか。」彼に聞こえるか聞こえないか、ギリギリの声量だった。でもそれが今の私の限界だった。先輩の顔が変わるまでの一瞬が、永遠のように思えた。彼はにこりと笑い、ありがとうと返事をくれた。きっと手紙の中身も大体の予想はついているのだろう。彼にとってこの手紙は、何度も受け取ってきたラブレターのうちの1通なのだ。
頬に熱が集中しているのを理解しつつ、彼の元を離れた。風がやわらかい。桜の花びらが、光に滑るように舞った。
彼の制服の第二ボタンは、もうなくなっていた。
↑最高の文章だろこれ!!!!!
山吹、再起動。
リメイク
山吹あずさが死んだ。病気だった。彼女は私の幼馴染だった。私たちはずっと仲が良くて、幼稚園の頃、彼女はどうしてかわからないけれど、いつも私の後をついてきていたのが懐かしい。中学2年になった頃、山吹あずさが悪性リンパ腫であることを知った。つまり癌だ。医者に余命半年だと告げられたことも続けて教えてもらった。私は悲しみに暮れ、そして彼女を支えると決めた。勉強より、部活より、友達より、あと半年しか一緒にいられない彼女に時間を使った。彼女はそのことに対していつも申し訳なさそうな顔をしていた。ごめんねと度々言われた。私は聞こえなかったふりをしていた。
余命宣告をされてから7ヶ月後、あずさは息を引き取った。もちろん、多少の心構えはできていたけれど、それでも私を鬱にさせるくらいには衝撃的でショックの大きい出来事だった。あずさが死んでから私は家に引き篭もるようになった。なので鬱だと診断されたわけではないが、両親は完全に鬱だと思っているし、私自身もまあそうだろうなと頭のどこかで感じていた。
カーテンを閉め切った、人工的な光に照らされている部屋。外はきっと真っ暗だ。でも私は眠れなかった。体も心も疲れているのに、寝ることができなかった。スマホで時間を確認すると深夜2時半だった。「2:30」その数字に体が少し跳ねた。
山吹あずさが死んだ時間だ。
平静を装いつつ、スマホの画面を下に向けた。その時、ピコンとスマホが鳴った。こんな時間に?と不審に思いつつ、だからこそ気になった。だがまたあの数字を見るのだと思うと、スマホに伸ばした手が一瞬止まった。それでも数字を見ないように通知を確認した。トークアプリからの通知だった。インストールしたは良いものの、部屋に篭りっぱなしになってからは大した働きをしていないアプリ。あずさが生きている時は頻繁に使っていたのにと、そんなことを思って胸が締め付けられる。もうこれ以上それについて考えてしまわないよう、メッセージに意識を向ける。誰がこんな時間に送ってきたのだ。確認して、目が釘付けになった。相手の名前が、「山吹あずさ」____彼女のものだった。おかしい。彼女のスマホはとっくに処分されたはずだ。もうこの世に存在していない。同姓同名の人は登録していない。
恐怖心も、確かにあった。でもそれ以上に、期待が膨らんでいった。その通知が、彼女の名前が、光り輝いて見えた。私は震える手で送られたメッセージを開いた。2通、送られてきていた。
『いつまでも部屋に篭りっぱなしじゃだめだよ』
『前に進んで』
ただの文字のはずなのに、視界が滲んだ。頬を生ぬるい液体がつたった。
ただの文字のはずなのに、それには特別な力が込められているように感じた。さっき以上に胸が締め付けられた。でも、苦しくはなかった。
彼女に背中を押されたから、だから、私は進む。未来に向かって。
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リメイク前(多分小6後半〜中1前半あたり)
君が死んだ。ずっと前から医者に余命宣告をされていた。
心構えはできていたからショックはある程度減っていたのかもしれないが、少なくとも私を鬱にさせるくらいは悲しかった。
君が死んでから私は家から出なくなった。だから鬱と正式に診断されたわけではないけれど、両親は私を完全に鬱だと思っている。
カーテンを閉め切った、人工的な光に照らされている部屋。
外はきっと真っ暗だ。スマホの時計を見ると深夜2時半だった。「2:30」。その数字に体がびくりと反応する。
君が死んだ時間。
ぴこん、とスマホが鳴った。またあの数字を見ると思うとスマホを伸ばす手が一瞬止まった。
「LINEか‥‥。」
数字を見ないように通知を確認する。
インストールしたはいいものの、部屋に篭りっぱなしになってからは大した働きをしていないアプリ。
君が生きている時は頻繁に使っていたのに。
でも、奇妙なことが起きていた。
送ってきた相手の名前が____『山吹 あずさ』君の名前だった。
目が名前に釘付けになる。
意味がわからない。君のスマホはもう処分されたはずだ。だから誰も持っていない。
君と同姓同名の人は登録していない。そもそも、私とLINEを交換しているのは両親とあずさだけである。
私は震える手であずさから送られてきたメッセージを開いた。
2通、送られてきていた。
『いつまでも部屋に篭りっぱなしにならないように』
『前に進んで』
ただの文字のはずなのに視界が滲んだ。
ただの文字のはずなのに、それには特別な力が込められているように感じた。
君にそう背中を押されたから、だから、私は進む。未来に向かって。
リメイク前のほう短編カフェのリレー小説から引っ張ってきた。リレー小説っていいね。