原作元曲「Let's Ride Away」↓
https://www.youtube.com/watch?v=V6Iiuz_3rsE
曲パロ3作目。
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TAKE
気がついたら、知らないところにいた。
砂漠のような黄土色の大地。夕暮れ時のような|茜《あかね》色の空。高速で流れる白黒の煙。何もかも呑み込むような静寂は、自分の呼吸音も心拍音も、そして存在をも かき消していく。
———ここは、どこだ?
ザ、と後ろで音がした。振り向く。———誰かがいる。
自分よりも、背は低い。|華奢《きゃしゃ》な体つきだった。肩までの黒髪。少年とも少女とも見分けがつかない、中性的な顔つき。
「いたのか」
唇を動かし、彼女——または彼はそう|呟《つぶや》く。
ほとんど聞こえない。静寂に呑み込まれて消えてしまうのに、なぜかその声はよく響いた。低い声だった。バリトンボイス、というのだろうか。
「あなた、は?」
自分も唇を動かす。同じく、ほとんど聞こえない。
しかし通じたのか、彼女——彼は、にっと笑った。
すっと目の前に手が差し出された。手を取れ、ということか。
自分も手を伸ばし、彼の手を握った。
ぎゅっと引っ張られる。音もなく、彼は走り出す。自分も走り出した。
---
体が浮く感じがした。
茜色の空は暗くなり、夜が来る。白黒の煙は力を増して、空一面を雲のように覆う。
白い煙は自分の体に|纏《まと》わりついて動きを縛る。
黒い煙は自分の視界を覆って、それを奪った。
ぐらり、と足がふらついた。そのまま崩れ落ちる。彼の姿が見えない。
手を伸ばせない。体が動かない。堕ちていく。———ああ、この感覚は。
カァン、と音がした。
それと同時に、目の前に黒くて金属質のものが投げられる。
「これは……?」
映画のなかでしか見たことがない。———銃だ。
銃口から硝煙が吐かれ、天に昇って消えていく。
「まだ動けるくせに、倒れようとするな。」
姿は見えない。声だけが頭の中によく響いた。
煙 |蔓延《はびこ》る天に銃口を向けて、引き金に自分の親指をかけて、引く。
何も音はしなかった。
腕に、肩に、体に強い衝撃を受けて、よろめく。
一瞬だけ、煙が霧散し、雲に穴が空き、夜空が見えた。チラチラと何かが光っている。
立ち上がろうとして、気づく。
———目が見える。体が動く。
「動けない者は、眠りにつく。」
彼の声が静かに聞こえる。空中に溶けていく。
「動ける者は———」
|刹那《せつな》、耳元で風圧を感じた。
「———銃を持つ。」
MEET
「お前は|銃《それ》を持て。私は《《これ》》を持とう。」
彼はそう言って、大ぶりの弓矢を自分の前に掲げた。
「今は真夜中だ。」
その言葉で、自分の周りに一瞬霧散した煙が戻って纏わりついているのに気づいた。
銃を握る。空中に向けて引き金を引く。煙は再び消えた。
夜というだけあって、一寸先は闇。何も見えず、距離感も存在感も掴めない。
「だが、迷うことはない。この弓矢で、私はお前に場所を教えよう。」
彼が弓を構える。天に矢の先を向けた。ゆっくりと、矢を握る右手を引く。離した。ギュイイ……ン、と独特の音を発して、矢は夜の闇に消えていく。
そして———花火のように、矢は空中で|爆《は》ぜた。
出発だ、という声で 走り出した。
「自分たちはどこへ向かう?」
自分が問う。
「そんなものはない。止まることもしない。」
返事が返ってくる。
何度も、足がもつれた。
しつこくしつこく、何度も雲と化した煙は 自分に張り付いてくる。
走れない。動けない。
その度に銃を撃って、時折 天に爆ぜる矢を頼りにして、走り続けた。
硝煙が目に、鼻について気持ち悪い。
つまづいて転んで、膝を擦りむいた。痛みが走って、思わず銃を握りしめる。
走る音も、布擦れの音も、呼吸する音も聞こえない。見下ろしても、自分の体は暗く見えない。もちろん、彼の姿だって見えない。
ギュイイン、という音とともに、空が|眩《まばゆ》く光る。
闇と静寂の中を、ひたすら走り続けた。
どこに行くのか。それすらも分からない。
真っ暗な空が、茜を帯びる。
地平線が姿を現す。黄土色の地面が見える。
前で走る、彼の姿が見える。肩までの黒髪が揺れている。
背中に背負っている大ぶりの弓は、|赤銅《しゃくどう》色をしている。
———夜が明けた。
RIDE
しばらく走っていると、ブウウウ、と強烈な風を顔に受けた。思わず目を|瞑《つむ》った。
風が途絶えて、ゆっくりと目を開ける。一気に視界が開けた。
雲の形を成していた煙は、もうない。
日光の|眩《まぶ》しさに、思わず目を細めた。空の上で、晴れ雲が速く流れている。
美しい日の|下《もと》で、芝が青々と茂っていた。時折吹く風にあおられて、歌うように揺れ、踊る。
前方に、地割れのような亀裂が横に走っているのが見えた。
「ここは……?」
彼に聞くよりも早く、「|峡谷《きょうこく》だ」という返事が返ってくる。
前にいる彼の方向を視線を向けると、彼は立ち止まってこちらを見ていた。
「早く来い。置いていくぞ」
そう言われ、慌てて地面を蹴った。
---
彼の体が浮くのが見えた。背負っている赤銅色が、光に反射して夜空の一等星のごとく光る。
谷底があった。ザアザアと川が流れている。土の匂いを思いっきり吸い込んだ。
生きている、と思った。
亀裂——崖の手前で、思いっきり力を入れて飛んだ。体中に衝撃が伝わるよりも先に、体が浮く。
|生命《いのち》を含んだ湿った風が、自分の体に吹きつけた。落とさないように、銃を握りしめる。
向かいの崖の手前に着地する。
前の彼は、とうに走り出している。
全身に風を受ける。
一晩中走り続けたのに、少しも疲れを感じない。
水面のように透明な雲が、小さな二つの点を映し出す。———自分たちだ。
周りの景色が次々と移り変わる。まるで動画のワンシーンだ。
木々の一つ一つを捉えることは もうできない。———どれくらいの速さで疾駆しているのだろう?
気づいたら、見渡す限りの緑の中にいた。
どこまでも広がっている、どこまでへも行ける気がする。
「もう昼だ。」
彼の声が響く。太陽は既に南中し、大地を|隅々《すみずみ》まで照らしていた。
煙の一筋も見えず、ただ澄み切った空気だけが広がっている。
銃を握り、空中へ引き金を引く。パァン、という祭りのような音が響き渡った。
---
緑——平原の世界を通り過ぎていく。風が強く吹き抜けた。
列車が停止するときのように、高速で流れていた周りの景色がゆっくりと流れていく。
「———もう、時間だ。」
走る速度を落としながら、彼は告げる。
「お前は帰らなければならない。」
自分のほうを振り向くことなく、立ち止まった。髪が静かに揺られ、表情は分からない。
自分も、走る速度を落とし、立ち止まった。
「私は、お前の未来にいる。」
景色を見渡す。視界に広がっているのは、砂漠のような黄土色の大地だった。
何もかも呑み込むような、静寂の世界。
「お前にその銃をやろう。どのように使っても構わない。」
自分は、手に持っているそれに目を落とした。もう、使うのは慣れている。
「ここは、時空を越えた世界だ。———」
ビュウ、と風が渦巻いた。彼の姿が見えなくなる。
ゴウゴウと音を立てて、辺りは白い光に包まれる。視界が閉ざされた。
体の感覚が消える。白い視界がぐるぐると回る。意識が上昇する。
「———また会おう。」
耳元で、そんな|囁《ささや》き声がした。