永遠なんてないよ。
そんなことはない。
永遠はあるよ。
色はないよ。
そんなことはない。
色はあるよ。
希望なんてないよ。
そんなことはない。
希望はあるよ。
死んでもいいよ。
そんなことはない。
死んではダメだよ。
薔薇は咲かないよ。
そんなことはない。
薔薇は咲くはずだよ。
星は輝かないよ。
そんなことはない。
星は輝くよ。
誰もが、誰かを愛することはできないよ。
そんなことはない。
誰もが、誰かを愛することができるはずだ。
愛なんてものはないよ。
そんなことはない。
愛は確かにあるはずだ。
陽は笑わないよ。
そんなことはない。
陽は笑うよ。
月は見えないよ。
そんなことはない。
月は見えるよ。
運命は変えられない。
そんなことはない。
運命は変えられる。
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目次
〔 摯 〕
赤く灯った提灯を頼りに目の前の白無垢の白い肌を撫でた。
それはひどく怯えた様子で紋付袴の私を見て、「どうして、私なんだ」と問うた。
私は彼に低く、しかし、安心のできる声で答えを述べた。
「君が選ばれたからだ。
本来、来るはずの巫女はどこかの猿と交わって地に堕ちてしまったし、君の子は元々がダメだった。
あの深い霧を迷わずに来られるのは、そもそも邪の印だ。
それに君は一度足りとも、こちら側へ来なかった。
少し、関心が引いたんだ。まるで……元から惹かれていたように」
私の声に彼は何も言わなかった。
しばらくして、私の手を払ったすぐに「元に、帰りたい。何もなかった、何もない時に」と彼はそう呟いた。
私は彼のやや淡い桃色の髪を撫でて、諭すように言葉を絞り出した。
「…ああ、元に戻すさ。
完全に戻せなくても……君の言う“何もない時”にはもう一度だけ戻そう。
私は君の☓☓☓☓だから。君も私の☓☓☓☓だから。
君が好きなようにしたことを私が実現させよう。
君が救おうとしたものを、私が救おう。
永久に続く階段の中で、私が君の手を引いて上へ上へと登ろう」
そのまま言葉を続けた。
「だから、どうか…私に全てを委ねてほしい。
ここには君を責める者も、脅かす者も、笑う者も、妬む者も…君が“いらない”と思った者はもう、何もいない」
彼は私の言葉に耳を傾けて首を僅かに縦に振り、私の手を取った。
狐の仮面の下の唇が歪むのを堪えるのが難しく感じた。
---
鐘を鳴らしながら、左周りに庭園の池の廊下を一周し、彼の脚に手を触れた。
ふと、空を見ると月の見えない新月で、暗がりの彼がより一層美しく思えた。
次に肩へ触れ、胸、腹、耳、頭と…最後に生殖器を愛撫するように撫でた。
彼が少し声を漏らしながら隠すのに微々たる加虐心が駆り立てられるのは久々のことだった。
初めにゆっくりと撫でた頬が淡い赤に染まっているのに私は「緊張しなくていい」と言葉をかけた。
彼は緊張が解けたのか、花が咲いたように笑った。その微笑みが暗闇の中へ溶けていった。
---
赤い提灯の灯る祭壇でお互いが向き合うように座り、彼へ己の顔が反射する程に磨かれた鎌を手渡した。
「始めに一つだけ。
私は君に手荒な真似をしたいわけじゃない。
今から渡す鎌を君は何に使うか知っている。
しかし、それを今すぐにやれというわけではない。
ゆっくりと、自分を見つめて決意が決まったらでいいんだ。
私はいつでも君の味方だ。君のことを愛しているし、愛しいと思っている」
彼は渡された|鎌《かま》を見つめて軽く考えた後、決心したように左肩に鎌の刃を当てた。
そのまま、引こうとして不意に私の顔を見て、「……右手を、掴んでいてほしい」と願った。
私はその手を掴んでやり、震えた手を抑えて彼が鎌を引くのを待った。
ゆっくりと鎌が肩へ食い込み、血が白無垢を染めるように滲んでいった。
乱れた息と痛覚が手の震えを更に増幅させ、強張った皮膚を削ぐように鎌の刃が押し当てられる。
彼の額に汗が滲み、左肩に血を流しながら皮一枚になった皮膚をようやく鎌が刈り取った。
衣服ごと転がった左腕が床に転がり、その上を垂れて流れる血が更に濡らした。
赤い提灯の灯った優しい光が手に持つ短剣に反射した。
彼に身体を動かさないよう命令して、白い肌に刃を沿わせた。
ゆっくりと刃に血が滲み、白い肌を伝って床へ落ちていった。
彼は少しくぐもったような声をあげたが、だんだんと大人しくなり受け入れたような瞳が私を刺した。
着実に刃は愛しい瞳の周りを抉り、両目の皮を削り取った。
皮膚の仮面を染める血を絹の布で拭き取って箱に納める。
代わりに私とは正反対の白い狐の仮面を手にとって、彼の顔に納めて外れることがないように仮面と皮膚を糸を通した針で縫いつけた。
しばらく、彼の皮膚に針を入れた感覚が手から離れなかった。
---
仮面越しに覗く黒の瞳が信頼を置いたように見つめた。
私が目の前で彼の落とした左腕と両目の皮膚に喰らうさまを彼は恍惚とした表情で見ていた。
腹の中が満たされていくのを感じながら、残り十年は満たされるような感覚があった。
---
まだ足りない、足りないと抗わない彼の身体に荒々しく歯を立てて喰い尽くした。
理性が戻った頃には縫いつけた仮面が血の海に浮かんでいるばかりで、骨の髄まで彼を喰い尽くしていた。
人をほんの出来心で弄んだサトリや鬼にでもなったような気分だった。
_異の譚は語られ集まり楽しげに
〔 隠世 〕
赤い提灯の灯る部屋の中で頭に角の生えた屈強な男性と、身体中に茶色い毛が生え、一つ目の猿ようなものが腕相撲をして争っていた。
二匹の周りには銀髪の従者らしい女が使え、酒の入った盃が減れば減るほど注ぎ足していった。
「時に、|覺《さとり》。ここは確かに良い場所だが、銀髪が多いな。
それに餓者髑髏であったり、悪魔であったり、狸だったり……まぁ、何たる妖怪の血を引く者が多いことよ」
「そりゃ…そういう風に育てられたからじゃないのか?」
「へぇ、人が品種改良でもされたと?」
「これは…その、鬼がそんなことを言い出すとは思わなかった」
「全て読めてるくせにか」
「…鬼のは読めん。如何せん、もののけの血が多すぎる……数千年前からいるようなものを下っ端の妖怪が手を出すか?」
「ああ、ああ……言われてみれば。恐ろしいものか?」
「そうだな。そこら辺の人間や付喪神とはわけが違う。恐ろしいものと言えば、神宮の寺家の子と厄介な青二才だ」
「ふむ……狐と、あれか」
「邪が多過ぎるんだ、仮にあれらが森に入ってきたとて純粋に信用して返す気はないね」
「覺ですら毛嫌いするあれには一体何があるやら…」
鬼と呼ばれた角の生えた男は盃の酒を勢いよく口につけた。その拍子に溢れた酒が服を濡らし、酔いが回ったか上機嫌な様子で捲し立てる。
覺は黙って従者に目を合わせ、従者が出ていくように指示をした。
銀髪の従者の数名が出ていき、覺もようやく鬼の時点へ目を合わせた。
「しかし、我ながら人間を抱くなどよくやったものだ。いくら餌欲しさとはいえ狐も物好きじゃないか?」
「ああ……接待を受けられるといえど、易易と種を撒くものではないな。すぐに死ぬからいいものの、お前のような嫁がいる鬼には難しい話だったろうに」
「それは…言わない話だろ」
「聞いていない」
「…覺も偉くなったもんだ…」
「山に憑いている妖怪はそんなものだろう。鬼も覺も結局のところ、人間の恐怖が創り出したものだ。空想の一部でしかない。」
「そんな空想を我々は生きているわけだが…」
「何もかも不思議こそを我々のせいにして、恐怖で縛った空想の中で?
冗談じゃない、それなら神も妖怪も同じことよ」
「……こちらの存在について考えると、どうにも頭が痛くなってくる。何か、別の話をしないか?」
鬼がそう机に足をかけてわざとらしく飽きを見せると覺は笑って話題を投げる。
盃にもう酒は入っていなかった。
「それなら、こんな話はどうだ?狐は巫女が途絶える、もしくは適任がいないと神宮の寺以外を喰らうらしい。
中でも、狐の術の霧に迷うような阿呆を好むらしい…前に読んだが、早速呼んだらしいぞ」
「へぇ…それで腹は足りたのか?」
「まさか!百年も眠るような奴だぞ、一人の一部だけで足りるわけがない。
どうせ、そこら辺の人の夢にでもかけて喰うさ」
「夢…というと、あの無尽蔵な愛の人間を思い起こすな。村を出ていたか?」
「ああ…双子の内の一人を連れて、他で娘を一人産んだようだが…やはり捨てられて強い想い故に夢へ囚われたままだ。次期に死ぬだろうさ」
「良い気味だ」
鬼が愉快そうに笑って銀髪の従者を呼んだ。
噂されていた餌は何をするでもなく盃に酒を注ぎ、邪魔にならないように後ろへ下がった。
死人に口無しというのは生贄を誘う餌にも適用されるらしい。
〔 餌食 〕
心地よい幸福感を感じながら、目が醒めた。
子の姿はなかった。首を絞められた感覚もとうに消え失せていた。
気落ちして身体を起こそうとしたが、そもそも動かなかった。
頭の中が真っ白になり、動きの遅い頭がようやく理解した。
私は喰われたらしい。喰われたと言っても死んだから肉体が喰われたのであって、魂こそは喰われていない。
目の前には頭に角の生えた屈強な男や全身に茶色の毛の生えた猿のような生物、糸で縫いつけられた狐の面をした男性、古いが美しさを感じる和服を纏った女性。
狐の面をした男性のみ僅かに見覚えがあるような気がした。
助けを求めて叫んだ。声が出なかった。
更に、助けを求めて叫んだ。やはり、声が出なかった。
そうしている内に和服を纏った女性が狐の面の男性に声をかけた。
「ねぇ、腹が少しだけ満たされたのは良いけれど…前にまた来たでしょう?
ほら、四十九にも分けられた贄よ。あれで、そろそろ足りたんでしょう?」
「ああ…私はね。巫女には憤りを隠せないが、贄を運んだのは喜ばしいことだ。これでしばらく…百年は寝れるな」
「そう…それで?これはどうするの?」
女性が六本もある黒い棘のような手足で私を指した。
狐の面の男性がすぐに答える。ぶっきらぼうで、眠そうな声だった。
「……処理していい………食べてくれ、私はもういい…」
その言葉に私は気が狂いそうだった。
貴方の為に喰われたのに、たった一人の男に本来の意味で喰われるというその役を奪われたのだ。
それなのに、何故。
女性が、女が、女郎蜘蛛が、私に手を伸ばした。
その瞳にブロック状に刻まれた私を映して、大きく開いた鋭い牙が口の中から覗いた。
私はお前を崇めていたわけではない。
もちろん、23歳の|息子《道具》を愛していたわけではない。
盲信的な宗教の中で、貴方の存在を知った。
貴方に助けてもらおうとした。
私を見捨てた妻に、私を殺した子に、貴方を盲信的なまでに崇拝する神宮寺に……圧倒的な違いを見せて、ただ…救われたかっただけだ。
それが道具に殺され、貴方には見放され、神宮寺の贄に奪われて、
…私は|喰われたかった《救われたかった》だけだ。
---
永遠なんてないよ。
そんなことはない。
永遠はあるよ。
色はないよ。
そんなことはない。
色はあるよ。
希望なんてないよ。
そんなことはない。
希望はあるよ。
死んでもいいよ。
そんなことはない。
死んではダメだよ。
薔薇は咲かないよ。
そんなことはない。
薔薇は咲くはずだよ。
星は輝かないよ。
そんなことはない。
星は輝くよ。
誰もが、誰かを愛することはできないよ。
そんなことはない。
誰もが、誰かを愛することができるはずだ。
愛なんてものはないよ。
そんなことはない。
愛は確かにあるはずだ。
陽は笑わないよ。
そんなことはない。
陽は笑うよ。
月は見えないよ。
そんなことはない。
月は見えるよ。
運命は変えられない。
そんなことはない。
運命は変えられる。
---
運命は変えられる。
そんなことはない。
運命は変えられない。
月は見えるよ。
そんなことはない。
月は見えないよ。
陽は笑うよ。
そんなことはない。
陽は笑わないよ。
愛は確かにあるはずだ。
そんなことはない。
愛なんてものはないよ。
誰もが、誰かを愛することはできるはずだ。
そんなことはない。
誰もが、誰かを愛することができないよ。
星は輝くよ。
そんなことはない。
星は輝かないよ。
薔薇は咲くはずだよ。
そんなことはない。
薔薇は咲かないよ。
死んではダメだよ。
そんなことはない。
死んでもいいよ。
希望はあるよ。
そんなことはない。
希望なんてないよ。
色はあるよ。
そんなことはない。
色はないよ。
永遠はあるよ。
そんなことはない。
永遠なんてないよ。
〘 こわい 〙
呑まれた。呑まれた。呑まれた。
しきたりを重んじて素直に従えば、春の夢は未だ醒めぬ。
踊れや、謳えや、狐者異の名の下に。
嗚呼、神宮寺の名をその面に刻み喰らって。
嗚呼、神宮寺の名をその記憶に刻み喰らって。
嗚呼、四十九つに分けた身体を夢へお誘い喰らって。
天命は変えられぬ。
天命は変えられぬ。
天命は変えられぬ。
天命は変えられぬ。
異教徒の男を捨てたくば、亨をお喰べなさい。
《《鹿狩亨》》は春の夢。
《《八代亨》》は夏の夢。
秋の夢は醒めました。
冬の夢は醒めました。
春の夢が貴方を招きに参りましょう。
まだ春が醒めぬ内に。
貴方を招きに参りましょう。
春の夢こそ、
春の夢こそ、
《《〘亨〙》》こそが招く鍵。
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