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目次
少女レイ
「ぼくたち、ずっとなかよしだよね!」
「ずうっといっしょにいようね」
カンカン、と乾いた音が聞こえてくる。
なんでこんな事になったんだろう。起きたのはほんの短い間の事だったと思う。
クラスメイトは非日常な話題に飛びつき、非難と好奇の目で見つめる。更に噂は広がり、同じ目が増える。囁く声、ニヤリと笑う口元、隠す気もないのだろう心の欲望。友達だってすぐに手のひらを返す。自分たちの中でストーリーを作り上げ、全てわかっているかのように振る舞い、声高に「あいつは昔からああいう奴だった」と言いふらす。今起ころうとしている事だって、何が関係しているのかなんて……。まあ、もう自分には関係ない。
昨日より何十倍も軽い足取りで遮断機をくぐっていく。列車はもうすぐそこまできている。ふと今来た道を振り返ると、人が立っていた。片手を差し出し……微笑んでいる。
これは誰が始めた地獄か、わかったような気がした。
「悠馬と真、参加しま〜す!」
「おお〜!いいじゃんいいじゃ〜ん」
「えー!じゃあうちらのルームきてよー!」
「えー、うちらのとこにしてよー」
「はいはい、ウチらのとこ他校の女子来るから!ウチらがもらっていきまーす。ねえ、今から行こうよ」
ウチらは遅れてくるから、と言われ三人だけでカラオケ店へ向かう。
部屋に入り、適当な曲を入れておく。しばらくすると女子達が部屋に入って来た。
「はー、涼しい。お待たせー。こっちは由美と、春香ね」
よろしく、と挨拶する。他校の人とも話しながらかわるがわる歌っていく。
ちょっとトイレ行ってこようかな、と悠馬が席を立ったので、僕も、とついていく。
「先に帰ってていいよ」
「うーん……わかった」
部屋に戻ると、案の定春香がいない。悠馬の隣に座って見え見えな態度とって、今頃は電話番号でも交換してるんだろう。
うぇーい、とノリノリで肩を組んでくるクラスメイトに合わせながら悠馬を気にしてチラチラ扉の方を見る。
悠馬は、長く帰って来なかった。終わった後も、俺もう帰るね、とそそくさと帰ってしまった。もちろん春香も。
家に帰り、悠馬に電話する。
「春香さんとどうなの?」
「え、いや、なに、どうって、はぁ?」
「いや、わかるよ。いい感じでしょ?」
本当はそんな事どうだっていい。問題は悠馬と距離を縮めていることだ。
「友達になっただけだし!」
「へえ……。友達ねぇ……」
そんなものも僕はいらない。悠馬は違うのか。
「いや……まあね」
「まあいいや。今度の日曜、遊びに行かない?」
「いいよ。じゃあ、またね」
当日。約束をキャンセルされた。
「用事できちゃって。ごめん」
「いいよ。じゃあまた今度」
「うん」
電話を切り「やっぱり遊ばない」と母に告げるとお使いを頼まれた。
いつも行くスーパーに向かう途中で本屋に寄ろうと大通りに入る。
こんな暑いなら寄り道しなきゃよかった、と思いながら進んで行くと悠馬を見つけた。誰かと話している。
気になり、人の間から覗いて見てみる。
春香だ。
その瞬間、穴に落とされた気分になった。僕との約束を当日にキャンセルする用事が、春香。春香が大事。僕は必要ない。約束も後回しでいい。当日にキャンセルしても何ともない。
心が抉られた。
これを僕だけが勝手に感じて苦しむのはおかしい。というかこの感情を抱いていることがおかしい。いつもなら悠馬の隣には僕がいるはずなのに。
心臓が耳元で鳴っているかのようにうるさい。見られないうちに、と元来た道を歩き始めた。
二学期が始まった。春香の学校も始まっているだろう。
学校まで行き春香を呼び出す。
疑うこともなく、どうしたの、と笑っている。
「悠馬のことなんだけど。悠馬ってさ、結構女遊び激しいんだよね」
「え」
「カラオケ行ってから仲良くしてるみたいだからさ、大丈夫かなと思って。余計な心配だったらごめん」
「いや、全然……」
「じゃあ、それだけだから」
もちろん嘘だ。誰かと付き合った事は一度もない。
春香の友達を探すのは簡単だった。数人にメッセージを送る。もちろん偽名を使う。
「林春香さんって知ってます?」
「知ってる!クラスメイト」
「春香の友達だよ」
「あ、じゃあやめとこうかな……w」
「え〜、なに?w」
「何ですか?w」
「今うちの学校で噂になってて」
「なんで?」
「え、春香が?」
「なんか、男遊びが結構激しくて援交もしてたみたいで。本当かどうか聞いてみたいね、って話になってたんですよ」
「え、マジで?初めて聞いた」
「いやいや、そんなわけないよ!噂って……それ結構やばくね」
これだけでいい。あとは勝手に広げてくれる。アカウントやメッセージは念のため消しておく。
春香に手紙やメッセージを送りつける。大量に。これで最後になるだろう。
「俺ともしてくれる?w」
「死ねばいいのに」
「恥ずかしいわぁ」
「ねえ、どんな気分?」
「隠しておくことでもないもんね」
「自分から言うとかすごいわ」
「最低だね」
「気持ち悪。無理」
「学校の人ともしてるんでしょ」
「教師も騙してたり?」
「人生終了w」
「かわいそ〜w」
「誰か庇ってくれないの?wおじさんに庇ってもらえば?w」
これくらいでいいやと思い、既読のついたメッセージも、まだ既読のついてないメッセージも、アカウントも消す。
「もしもし、悠馬?」
「何?」
「何してんの?」
「なんも。テレビ観てる」
「最近春香さんとどう?」
「ど、どうって何もないよ」
「ふーん。じゃあね」
これでも春香は悠馬に助けを求めないのか。その程度の思いなのか。悠馬との付き合いは。怒りが湧いてくる。
春香に襲いかかりに行きそうになるのを抑え、その時を待っていた。
春香が自殺して数日後。
自殺の原因は春香が以前関わった男性と揉め事になった事、ということになっていた。関係者の誰かがそう証言したようだ。
列車のレールを見ると、端の方にキーホルダーが落ちていた。真っ二つになり、片方は粉々になっている。拾い上げて見てみると、それは悠馬がつけていたキーホルダーと同じだった。いや、最近はつけているところを見ない。破片まで丁寧に集め、海に捨てる。もう一度戻り、レールのすぐ近くに置かれたまだ綺麗に咲いている花をぼうっと眺める。
カンカン、と響き渡る音に顔をあげる。
春香が立っていた。恐ろしい顔でこちらを見て、指差している。
僕は微笑み、しばらく向き合っていたが、すぐに列車が消していった。