ほぼ実話です。
結構、昔の話なので、忘れている部分は想像で補ってます。
ゴから始まってリで終わる四文字の、黒くてテカテカしててすばしっこくて気持ち悪い、みんな大嫌いあの昆虫が出てきます。
結構な頻度で出てくる上、伏せ字にもしていないので、苦手な方はご注意ください。
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目次
はじまりはじまり
僕の学校には、ウサギが一匹いる。
種類は みんな大好き、アナウサギ。巣穴を掘って生活するので有名だ。
僕は飼育委員だ。飼育小屋の掃除とウサギのお世話をする。世話といっても、飯と水の取り替えくらいだが。
ウサギが住んでいる小屋なので、いろんなところが結構汚い。
おまけにこの飼育委員、シフトが多い。春休みも夏休みも冬休みも、ちょくちょく学校に来なきゃいけない。
ここまで話して察しの良い方はお分かりになるであろう、
飼育委員は、人気がない。他の委員決めじゃんけんに敗北した哀しき勇者が入るところだ。
僕もその一人である。
まあそんな、ちょっと……いや、だいぶ風変わりな委員会活動のお話だ。
---
嫌々なっても、活動してしばらく経てば 自然と愛着は湧く。いや、僕だけかもしれないが。
小屋の中の汚さも、休み中のシフトも、次第に慣れてくるのだ。
週に一、二回、昼休みに飼育小屋に来て、小屋の中を|箒《ほうき》で掃いて、飯と水を新しいのに取り替えて、ウサギの背をぽんぽんと撫でる。
その日も、そうやって終わるはずだった。
さっきも言ったように、この子はアナウサギだ。野生では、巣穴を掘って生活する。
しかし残念ながら、小屋の地面はコンクリートだ。穴なんぞ掘れない。
よって、小屋の中に巣穴の代わりになる、光を遮断した暗い空間を設置して、そこにウサギを住まわせている。
巣穴代わりの空間は地上にあって、マンホールがくくりつけられてある。だから皆、この空間のことを『マンホールの中』と呼んでいた。
その日、僕はマンホールの中も掃除してやろうと急に思い立った。掃除といえばマンホールの外ばかりで、中は全くといっていいほどやっていなかったからだ。
他の、同じシフトに入っているメンバーにそう言うと、皆同意してくれた。
少し手伝ってもらいながら、僕はマンホールの|蓋《ふた》を持ち上げた。———
———異変を感じたのは、そのときだった。
「おい、マンホールの下側になんかいるぞ!」
メンバーの一人がそう叫んだ。
は? と思う間もなく、———次の一言に全身が凍りついた。
「———ゴキブリだ! 二匹ひっついてる!」
絶叫パラダイス
持ち上げているマンホールの蓋を、地面に置くことはできず、ひっくり返すこともできず、かと言って手を離して落とすこともできず、僕はその場で右往左往した。
できることといえば、蓋を揺さぶることくらいだった。
それを見守っている皆も、箒を持って右往左往、周りを見回して右往左往、何も持たずに右往左往、息を呑んで右往左往。
かくしてそうして数十秒。
必死に揺さぶっていた甲斐があったのかなかったのか、———《《あいつら》》が落ちてきた。
「「「ギャー!!!!」」」
何人分なのか分からない絶叫が、小屋の中に響き渡った。
皆、悲鳴を上げながら退避して、飼育小屋の出口付近に密集する。
僕も、忍者もびっくりの早技でマンホールの蓋を地面に置いてその場から飛び退いた。
一匹目。
マンホールの中に入っていく。
誰もそれを追おうとはしなかった。
二匹目。
———なぜか出口に密集している僕たちのところに突進してきた。
もちろん、こっちは大騒ぎだ。
「ゴキブリゴキブリゴキブリ!!!!」
「ぎゃこっち来るんだけど!!!」
「なんとかして誰かなんとかしてー!!」
「ヒー!!! ギャー!!!」
鼓膜が破裂するかという絶叫のなかで、パニックになって てんやわんや。
そのとき、一人の女子がスコップと箒を|携《たずさ》えて前に出た。
確か、普段はおとなしい子だった。
見事な手|捌《さば》きで、箒でゴキブリの動きを封じ込めると、箒の中でモゾモゾと動くそいつ目掛けてスコップを振り下ろした。
その瞬間、皆の悲鳴が止んだ。ただ少しだけ、ざわざわとしている。
何度も何度も何度も何度も、彼女はスコップを振り下ろした。そいつの動きがなくなるまで。
そして、ついに息の根を絶やすことに成功する。
誰かが塵取りを持ってきて、彼女に渡す。やっと死に絶えてくれたそいつを塵取りに掃き入れ、ゴミ箱に捨てた。
わあっ、と そこら中から歓声が上がる。
世界を救った勇者を見るような目で、皆彼女を見つめていた。
とにもかくにも、これで《《一つの》》ゴキブリ騒動が幕を閉じた。
終わらない話し合い
もちろん、これで終わりにはならない。マンホールの中に逃げてしまった一匹がいるのだ。
当然のことながら、誰もマンホールの蓋を開けたがらなかった。
飼育小屋にゴキブリが出たという話は、瞬く間に他の飼育委員の耳にも入った。
私も見た、俺も見た、そんな声が他のシフトの飼育委員からも聞かれた。
———そして、顧問の先生の耳にも入る。
火曜日。いつも通り、委員会が開かれた。
普段なら、真面目に取り組んでいるか確認され、よく分からないお話を聞かされ、イベントがある期間はその準備をし、そこで終わりになるはずだった。
その日は、少しばかり空気が張り詰めていた。
話し合いが行われた。題材はもちろん、飼育小屋に出たゴキブリについてだ。
誰かが手を上げて、現状を先生に報告する。
「……最初は二匹でした。いや、一匹殺したから一匹か。でも、……最近はどんどん増えてる気がします。」
気がする、と言ったのは、マンホールの中を誰も見ていないからだ。
マンホールの蓋は巣穴代わりのその空間の上側にくくりつけられていて、横の出入り口は開いている。そこから覗いたときの感想だろう。
繁殖している場所がマンホールの中で良かった。ほとんど見なくて済むからだ。———他の場所だったら、どれほど恐ろしいか。
先生は神妙な面持ちで俯いていた。どうするのか思案しているのだろう。
「先生、ゴキブリホイホイとか置けないんですか。それか、マンホールの中を目掛けて殺虫剤|撒《ま》くとか」
またも誰かが提案する。先生は緩く首を振った。
「ウサギにどんな害があるか分からない。間違えてホイホイを食べてしまうかもしれないし、撒いた殺虫剤で体を壊してしまうかもしれない」
それはその通りだった。誰も反論しない。
でも、それすらできなかったら、どうすればいいのか。
結局結論は出ないまま、その日の委員会はお開きとなった。
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自分の当番の日が来た。
いつ迷い出てくるか分からないゴキブリにハラハラしながら、いつも通りの仕事をこなす。
幸い、一匹も外には出てこなかった。
ふと気になり、帰り際にマンホールの出入り口を覗く。
———黒い《《何か》》が、中でたくさん|蠢《うごめ》いているのが見えた。