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目次
キミにあこがれて
第一話 君に憧れて
――この世界には、二種類の人間がいる。
神に選ばれなかった我々凡人と、全ての神から愛されたアヌキ様だ。
彼女が近くを歩くだけで、周囲の空気が一変する。
部屋には甘い、香水のような匂いが充満し、室内は柔らかな光りに包まれる。
地面を引きずるほどに長い、純白の修道士服。
歩調に合わせて、床につくほど長い金髪が、結婚式のヴェールのように揺れる。
頭の黒いヴェールで隠されたご尊顔は、
見ただけで意識が飛ぶほどの美しさだと言う。
彼女のおかげで、この世界は再び回り始めたのだ。
先代の偉大なる英雄が亡くなってから、世界は絶望に包まれていた。
だが、先代がいなくなってから数カ月後、彼女が現れた。
先代の功績を凌駕する実力に、先代に負けない美貌。
まさに、神が世界の危機に現世へ遣わせた神の使いだ。
そんな彼女の部屋の前に、私は立っている。
慎重に、慎重に、怒らせぬよう、作業を妨げぬよう、コンコンとノックをする。
「……あの、アヌキ様。本日の防衛作戦のコードですが、」
「予定通り『ブラック・オーディエンス』でよろしいでしょうか?」
緊張で声が震えた。
こんな凡人の問いかけに、世界の救世主が答えてくれるはずもないだろう。
そう思った、その時だった。
ドアの向こう側で少し何かが落ちる音がした。
驚かせてしまったのだろうか。不敬なことをしてしまった。
そして、ドアが音も立てずにゆっくりと開けられる。
彼女は慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、
なんと、凡人であり、ご尊顔を拝見できただけで人生すべての運を使い切ったような一般人に、目を合わせてくださったのだ。
「……そうですわね。その案でいきましょう。」
「……フッ、すべては、計画通りです」
鈴を転がすような、美しい声音。 ああ、なんと心強い味方だろう!
我々凡人が何日もかけて練った複雑な作戦を、彼女は実行してくれるのだ!
彼女ならばもっと良い策が思いつくのだろうが、これが試練というものなのだろう。
そして、また扉が閉じられた。
私の心は、その場で泣き出したいほどの感動に溢れていた。
その後、私は彼女に賜った恩を返せるよう、公園のゴミ拾いへと向かった。
やはり、人々のためになることをするというのは気持ちが良い。
ふと目をやると、アヌキ様が公園で子どもと話しているではないか。
なんという情操教育!もしかわれるのならば、その子どもと変わってアヌキ様の御話を聞きたいところだが、盗み聞きするのは流石に殺されてしまう。
私はこの光景を一生心に刻めて置けるように、早めに眠りにつけるよう、家へと向かった。
---
――この世界には、三種類の人間がいる。
神に選ばれなかった彼ら凡人と、全ての神から愛された天使とも呼べる先代と、天使を真似した私、凡人だ。
天使を模倣するために、私が人の近くを歩くだけで、周囲の空気が一変するようにする。
香水を身体につけて甘い香りを充満させ、室内の光の強さを魔法で調整する。
そして、平民とは区別がつくように、地面を引きずるほどに長い、純白の修道士服。
それに、美しさの演出のために床につくほど伸ばし、染めた金髪。
頭の黒いヴェールで普通の容姿を隠して、今日も私は天使のふりをする。
私が唯一、ただの少女、伊藤結衣でいられる場所は、この私の部屋だけだ。
今日も今日とて先代の真似をするために読むことすら数日かける魔導書を読む。
普通の人なら魔導書は1時間ほどで読めるらしいが、先代によって簡略化された魔導書でも私には数日かかる。
いくら表面上だけ天使を模倣したとしても、中身はただの少女なのだ。
物思いにふけっていた時、急にドアがノックされた。
「……あの、アヌキ様。本日の防衛作戦のコードですが、」
「予定通り『ブラック・オーディエンス』でよろしいでしょうか?」
おそらく一般職員だろう。
これはまずい。今の私は完全オフの服なのだ。こんな姿ではアヌキとは言えない。
とにかく黒いローブを被って誤魔化そうとしたが、ローブを取りに行く途中で床に置いていたマンガにぶつかって音がしてしまった。
まずい。これでは、職員たちのイメージが瓦解してしまう。
とにかく取繕わなくては。
「……そうですわね。その案でいきましょう。」
「……フッ、すべては、計画通りです」
偽物の笑顔を浮かべて、嘘をついているとバレないようしっかりと目を見て話す。
何かわかったような口ぶりをしたが、何もわからない。
『ブラック・オーディエンス』とはなんなんだ?直訳で黒い観客だぞ。
会議中はとにかくイメージを保つのに必死で、内容は覚えてないんだよなぁ....
そもそも防衛作戦ってなんだ?今日あるのか?どこで?
何もわからない。
とりあえず散歩をして忘れよう。
外は気持ちが良い。
風が横を通り過ぎて、落ち葉が愉快なオーケストラを奏でる。
秋は好きだ。
「あーっ!!!」
「二代目英雄のアヌキ様だーっ!!!」
「どうやったらそんな強くなれるの?」
しまった。捕まった。遠くから職員がこちらに向かってきているし、雑な対応は取れない。
「え〜っと、お野菜をたくさん食べたらですかね...?」
そうなんとか考えて出した答えは、子どもたちの耳には入らなかったようだ。
とっくに遠くの方向へ走り出している。
帰ろう。
部屋に戻ってベッドに倒れ込む。
すごくつらい。
そりゃそうだ。1日中、他人の皮を被って生きているのだから。
私は昔、普通の少女だった。
先代の英雄に命を救われてから、私はずっと彼女に憧れていた。
テレビで、強大な魔獣の討伐情報と、英雄の遺体が見つかったことが流れるときまでは。
それから数ヶ月。私は、寝る暇も惜しんでキャラを作った。
彼女に匹敵する強さを。彼女と同じくらいの美貌を。彼女とよく似た美しさを。
そうこうしているうちに、私は二代目英雄と呼ばれるようになった。
けれど、私は英雄じゃない。
先代に焦がれているただの一般人だ。
人々は、私の瞳に焼きついた彼女の光を、私自身の光だと錯覚しているだけだ。
ねえ、ボクイレさん。
私、ちゃんと英雄できてるかな?
第一話 君に焦がれて