編集者:すず
*ご挨拶*
こんにちは、そして、この物語を読もうとしていただけている皆様、ありがとうございます。
この物語は初めて書いた物語なので誤字やおかしいところがあったらご指摘していただけると幸いです。
結構長編になると思います。
改めて、これからよろしくお願いします
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目次
1.鏡の中の他人
「おはよう。……あなたは、だれ?」
記憶をなくした人が、鏡の中で出会った「知らない私」の物語です。
「おはよう。よく眠れた?」
視界が開くと同時に、聞き覚えのない、でも透き通るように優しい声が降ってきた。
視界が開くと、そこは豪邸のような広い部屋だった。
声の方に視線を向けると、ベッドの脇に一人の女性が座っていた。
上品なワンピースを着て、慈愛に満ちた表情で私を見つめている。
「私のことは『お母さん』と呼んでね。」
「……お母、さん……?」
掠れた声で呟くと、彼女は満足そうに微笑み、私の頬に手を添えた。
その指先は、ゾッとするほど冷たかった。まるで、体温という概念を知らない氷の彫刻のように。
私は彼女の手を振り払うようにして、ふらつく足取りでベッドを抜け出した。
足の裏に触れる絨緞の感触が、あまりにも現実離れしている。
部屋の隅、金縁の大きな姿見(かがみ)の前に立ち、私は息を呑んだ。
「……だれ、これ」
そこに映っていたのは、私の知っている「私」ではなかった。
燃えるような鮮やかな赤髪。
深い海の底のような、透き通った青い瞳。
陶器のように白く、毛穴一つない完璧な肌。
鏡の中の美少女が、私と全く同じタイミングで、絶望に満ちた唇を震わせた。
私の記憶は、この瞬間に0%になった。
2.消えなかった刻印
「どうしたの? そんなに自分のことを見て」
背後から、クスクスと場違いに明るい笑い声がした。
鏡越しに目が合う。お母さんは、まるで着せ替え人形を眺めるような瞳で私を見ている。
「……これ、私じゃない。誰なの」
震える声で問い詰めると、彼女は困ったように小首をかしげた。
「何を言ってるの。あなたは私のかわいい、世界でたった一人の娘よ」
その言葉に体温は宿っていない。彼女は私の手首を掴むと、拒絶を許さない力で部屋の外へと促した。
廊下を抜けると、そこには映画に出てくるような広いダイニングルームが広がっていた。
長いテーブルの向こう側で、新聞を広げている男の人がいる。
「おはよう。体調はどうだい、エマ」
お父さん、と呼ばなければいけないらしいその人は、顔を上げずにそう言った。
目の前に置かれたのは、湯気が立つパンケーキと、真っ赤なイチゴのジャム。
「あなたの好物でしょう? さあ、冷めないうちに食べて」
お母さんが私の椅子を引き、耳元で優しく、でも逃がさないように囁いた。
その時、私は思った
(私の名前は……ユキなの。そんな、エマなんてしゃれた名前じゃなかったはず……)
喉まで出かかったその言葉を、私は無理やり飲み込んだ。
目の前に座る「お父さん」の、新聞を持つ指先がピクリと動いた気がしたから。
「……いただきます」
私は震える手でフォークを持ち、真っ赤なジャムがたっぷりかかったパンケーキを口に運んだ。
ひと口食べた瞬間、頭の中が痺れるような、暴力的な甘さが広がった。
甘い。甘すぎて、吐き気がする。
ユキだった頃の私が好きだったのは、もっと安っぽくて、少し酸っぱい、コンビニのジャムパンだったのに。
気持ち悪さをこらえて、フォークを握りしめる。
その時、レースの袖口からチラリと見えた。
「……っ、え」
自分の白すぎる手首に、真っ黒な数字が刻まれていた。
まるで、スーパーの商品の裏にあるバーコードみたいな、不気味な黒い線。
『No.000』
ユキだった頃の私の体には、こんな汚れみたいなもの、一つもなかった。
私は思わず、フォークをカチャンと皿の上に落としてしまった。
その音に反応したのか、お父さんがゆっくりと新聞を閉じる。
冷たい、宝石のような瞳が、まっすぐに私を射抜いた。
お父さんがゆっくりと椅子を立ち、私に近づいてくる。
その足音は、無機質で、機械の作動音のように正確だった。
「……おかしいな。昨日の調整で、その番号は消したはずなんだが」
お父さんの大きな手が、私の細い手首をギュッと掴んだ。
指先は、お母さんと同じように氷みたいに冷たい。
「エマ。……いや、『0号』」
彼は感情の消えた瞳で私を見下ろし、残酷に微笑んだ。
「お前はまだ、自分が『ユキ』だというバグを抱えているのか?」
視界がぐにゃりと歪む。
私が私であるための記憶は、音を立てて崩れ始めた。
3.再起動の拒絶
「バグ……? 0号……?」
お父さんの言葉が、頭の中でノイズのように響く。
掴まれた手首から、冷たい何かが体の中に流れ込んでくる感覚。
「……やめて、離して!」
私は無我夢中でその手を振り払い、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
ガシャーン、という皿の割れる音が静かなダイニングに響き渡った。
私はここから逃げないとまずいと思い、全速力で廊下に出た。
だが、お母さんに先回りされてしまった。
そのお母さんの横を通り抜け、廊下を走った。
私は振り返らずに走り出した。
豪華な壁紙を剥ぎ取るようにして廊下を駆け抜け、大きな玄関の扉に肩からぶつかる。
「開いて、お願い……っ!」
祈るような気持ちで回したノブは、あっけなく回った。
扉の向こう側にあったのは、青い空でも、見慣れた街並みでもなかった。
どこまでも続く、無機質で真っ白な研究施設の廊下。
「……うそ、でしょ」
私が「家」だと思っていた場所は、巨大な実験室の中に作られた、ただの箱庭だった。
4.完成品と試作品
はぁ、はぁ、とはげしい息の音が、静かな廊下に響く。
右も左も、真っ白な壁。窓一つない。
振り返ると、遠くの方で「カチャ、カチャ」と、あの偽物の両親が歩くような、硬い足音が近づいてくる。
「……っ、どこまで続いてるの、ここ!」
私は必死に角を曲がり、目の前にあった銀色の重い扉に飛び込んだ。
部屋の中は、うす暗い緑色の光で満たされていた。
大きなガラスの筒が、何十個も並んでいる。
その中には、薄い液体に浸かった「何か」が浮かんでいた。
私は、一番近くの筒に歩み寄り、息を呑んだ。
「……え?」
そこにいたのは、今の私と全く同じ、燃えるような赤髪と青い瞳を持つ少女。
隣の筒にも、その隣にも。
全部、今の私と同じ顔をした「私」が、眠るように浮かんでいた。
筒の足元には、ラベルが貼ってある。
『No.001』『No.002』……。
私は『No.000』。
鏡を見て「綺麗だ」なんて一瞬でも思った自分が馬鹿みたいだ。
私は、ただの試作品に過ぎなかった。
「……ようやく見つけたよ。ユキ」
背後から、あの両親とは違う、もっと若くて冷酷な男の声がした。
「おめでとう。君は、唯一『心』というバグを持ったまま目覚めた、最高傑作の試作品だ」
5.100%の逆襲
「最高傑作の試作品、か。……ふざけないで」
私は水槽に映る、自分と同じ顔をした無数の「製品」を睨みつけた。
目の前の男は、白衣のポケットに手を突っ込み、壊れたおもちゃを眺めるような目で私を見ている。
「バグがあるから面白いんだよ、ユキ。君のその『怒り』さえ、僕たちには貴重なデータなんだ」
男が手元のタブレットを操作した瞬間、私の手首の『No.000』が熱く脈打ち、全身に電流が走ったような激痛
が襲った。
「ぐっ……あああああ!」
痛みの向こう側で、真っ白だった脳内に鮮やかな景色が流れ込んでくる。
コンビニのジャムパンの味。放課後のチャイム。誰かと笑い合った、本当の私の記憶。
0パーセントだったはずの何かが、一気に100パーセントまで跳ね上がる。
「……私は、あんたたちの道具じゃない。私は、ユキだ!」
私の叫びに呼応するように、部屋中のアラートが鳴り響いた。
背後の水槽がパキパキと音を立ててひび割れ、制御不能のエラーメッセージが壁一面を埋め尽くす。
「なっ……過負荷(オーバーロード)だと!? 0号、何をする気だ!」
男が初めて顔を強張らせ、後ずさりする。
私は割れた水槽から溢れ出した水の中に立ち、男の胸ぐらを掴みあげた。
「システム終了。……ここから、全部壊してあげる」
【最終回】0%の終焉と100%の始まり
背後で爆発音が響き、研究施設の白い壁がガラガラと崩れていく。
警告アラートが鳴り止まない中、私はただ前だけを見て走った。
手首の『No.000』という刻印が熱い。でも、もう痛みは感じない。
「エマ! 戻りなさい! そこは君のいる場所じゃない!」
遠くで男の叫び声が聞こえたけれど、私は一度も振り返らなかった。
私の名前はエマじゃない。製品でも、試作品でもない。
通路の突き当たりに、ひときわ大きな鉄の扉が見えた。
全身の力を込めて、その重い扉を押し開ける。
瞬間、目に飛び込んできたのは、眩しすぎるほどの光だった。
鼻をくすぐる、草の匂い。
頬を撫でる、少し冷たい夕方の風。
遠くの街から聞こえてくる、かすかな生活の音。
「……あ」
視界がいっぱいのオレンジ色に染まる。
記憶の中にあった、あの懐かしい夕焼け空が、そこには広がっていた。
私はゆっくりと、自分の手首を見つめた。
黒かった『No.000』の数字が、夕日の光に溶けるように薄れていく。
遠くから、放課後の終わりを告げるチャイムの音が聞こえてきた。
私は深呼吸をして、一歩、踏み出す。
「……おはよう、私」
鏡の中の誰かじゃない。
100パーセントの意志を持った、本当の『ユキ』として。
私は、私の人生を歩き始めた。