__「は? なんなのお前」
__「キッショ!」
__「なんで生きてんの?」
__「気持ち悪いんだよ、早く消えろ」
__「目障り。さっさと死ね」
「……“自分”って、なんなんだろう__」
これは、“自分”がわからなくなった一人の人間が、少しずつそれを理解していく物語__。
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目次
多面的人格論 #1
**第一話 黎明、諦める。**
黎明。街が寝静まっている時間帯。
虹野累は目が覚めてしまったので、のっそりと起き上がった。
「……また、目が覚めた。いつになったら|永遠《とわ》に眠れるんだろう……」
__累は、諦めているのだ。自分の人生を。
自分は嫌われ者で、誰からも受け入れられない。誰とも思いを分かち合えずに、死んでいく。
そんな絶望にも近い覚悟を、十三歳という幼さで受け入れつつあった。
「はぁー……まぁいいや。することないし、小説、書こう」
そんな累の、投げやりな日々の癒し__それは、小説を書くことだった。
公開はしていないが、毎日コツコツと書いている。
__物語は、僕の味方だ。
そう言ってしまえるくらいには、大好きで、愛している。
自分にぴったりの物語がないのならば__創ってしまえばいい。
味方なんてどうせ、自分くらいしかいないのだから。
累は頬を軽く叩いて、机に向き合う。
今日も今日とて短い僕が始まるぞ、と、呪うように思いながら。
多面的人格論 #2
**第二話 白日、息詰まる。**
白日。虹野舞は伸びをした。
「ん、あ〜……」
声を漏らしながら、たった今自分が打ち込んだ文字の羅列を見る。
「うーん……。なんて言うか__スランプ、だねぇ〜」
いつもなら、最低でも五話くらい書けていたのだけれど、現在、二話目。
圧倒的に進みが遅い。
別に趣味で書いている小説なので、締め切りとかそういう問題はないのだが、思えばここ数日、外に出ていない。
時折外出して景色や通行人を眺めると、案外続きが思いつくものなのだ。
「じゃあまぁ、気分転換でも〜__」
「藍ぃっ! いつまでも引きこもってんじゃないわよ!!」
突然の怒号に、体を竦める。
(あのばばぁ、煩いなぁ〜……。ていうかあたし、舞なんだけど〜)
__藍は、既に死んでいる。
自分は、藍の別人格だ。
藍は生きていくのに疲れて、自分の中に引き篭もることが多くなった。それにつれ、別人格も増えていったのだ。
他にも別人格はいて、時間帯によって誰が出るかが変わる。
藍はもう限界だった。だから、生きることを他の自分に任せた。
藍はもう、二度と外には出てこないだろう。
「なんか……。あたしも、他の子に任せたくなってきたなぁ〜、生きるの」
でも、あたしが離脱したら他の子もいなくなっていって、やがてこの身体は空っぽになってしまうかもしれない。
それだけは、許されない。
「流石にこれ以上部屋にいたらばばぁが凸って来ちゃうよねぇ。まぁ、丁度いいか〜」
椅子から降り、舞は宣言した。
「気分転換タイム、だぁ〜い!」
多面的人格論 #3
**第三話 薄暮、嘆く。**
薄暮。虹野唯は、公園のブランコに腰掛けていた。
「…………………………暇ぁっ!!」
じっくり溜めてから、叫ぶ。
「暇暇暇暇ぁっ! ひーまーなーのぉっ!! めちゃくちゃにどうしようもなく素晴らしく惚れ惚れするまでに暇っ! なんで通行人が全然いないのぉ?! そりゃ平日だからなの!! 阿呆なのか、舞は! 家を出る前に気づいても良かったの! 結局、馬鹿みたいに競走しながら下校してるガキぐらいしか通らなかったの! 悩みがないのが悩みって気付けないのが悩みみたいな連中しかいなかったのぉ! せめて何かを抱えてそうな人に通ってほしかった!! いつの間にか日が傾いているし……頼む、ネタにできそうな人、通行人になってくれ!!」
捲し立てるように喚き倒し、自問自答し、罵り、希ったところで、ぜぇぜぇと浅い呼吸を繰り返す。
「イマイチ展開も思いつかなかったし……もう、どうしようもないの」
そこで、あ、と思い出す。
「そうだ。こんなときこそ、|時那《ときな》先生なの」
|謳片《うたかた》時那。年齢不詳、性別不詳のミステリアスな小説家である。虹野藍が尊敬しており、すなわち、他の人格も敬っている相手である。
どんなジャンルも書けるらしいが、得意とするのはシリアスなもの。
__なんで、こんな大切なことを忘れていたのだろう。
最近は物忘れが酷い。元々、記憶力はいい方でもなかったが……。
「多分、頻繁に人格が入れ替わってるせいなの。藍がいた頃はマシだったけれど……藍が出てこなくなって以来、記憶の共有が難しくなってきている気がするの」
記憶の共有。要は、例えば累が何をしたかを、舞や唯、他の人格も知り、憶えている、ということである。
でも、最近はそれが難しくなってきていて__。
「あぁっ、もう、ムシャクシャするの! 何がなんだか解らない……さっさと家に帰って、時那先生に浸るしかないの。うん、そうするべきなの」
物憂げな溜め息と共に立ち上がり、唯は家路につく。
これからのことは、これから考えよう。
多面的人格論 #4
**第四話 宵闇、微睡む。**
宵闇。虹野圭は本を読み耽っていた。
尊敬する|謳片《うたかた》|時那《ときな》先生の著書だ。
窓から差し込む淡い光に気がつき、外を見る。
読んでいるうちに、いつの間にか月が高く昇っていたらしい。
「なんか、眠くなってきたな。そろそろ寝てもいいかも……いや、でも次の子に怒られそうだ……」
俺も一回、自分が出る直前に前の子が寝たせいで、出られる時間をずっと寝て過ごしたことがある。
あれは中々に勿体なかったな。だから、今自分が寝るわけにはいかない……。
そう思っても、やはり眠気はやって来る。
「よし、数分だけ寝るか。すぐ起きれば大丈夫……」
そう思い、微睡んだ刹那、怒号が聞こえてきた。
「藍!! あんたいつまで引きこもってんのよ、いい加減明日は学校行きなさいよ!」
全くもう、と言いながら母が去っていく。
圭は「それはこっちの台詞だ」と反射的に言い、焦って口を塞いだ。
幸い母は聴こえていなかったらしく、特に反応はなかった。
ふぅーっと安堵し、胸を撫で下ろす。
「……にっしても、これで明日は学校行かなきゃだな……」
不登校児に対する、クラスメイトの目。先生の気遣ったような目。孤立するクラスメイトを見る、目__想像しただけで既に胃が痛い。
憂鬱だ……けれど、行かなかったらもっと嫌な結果になる。
「仕方ない、か。じゃあもう早く寝て、明日に備えよう」
授業中に転寝するなんて言語道断だしな、と呟き、アラームをかける。
ベッドに倒れ込み、圭はそのまま深い眠りについた。
多面的人格論 #5
**第五話 夜半、滞る。**
夜半。虹野黎は、目を覚ました。
「ん……あぁ。熟睡したな。まぁ、最近は徹夜し続けてたしな……」
ふぁ、と欠伸を噛み殺す。
「で、明日は学校にいかなきゃいけないのか……はぁ。準備、するか」
さっさと準備を終わらせようと、黎はベッドから降りた。
---
「……参ったな」
準備を開始し、十分ほど経った頃。黎は膨れ上がった鞄を前に嘆息した。
「学校、全く行ってなかったせいで、何持ってけばいいのか分かんないや……」
というわけで、とりあえず要りそうなものを詰め込んだ結果、こうなった。
「んー……もうちょっと整理したら、それでいいや」
流石にこの量は持っていくのが大変そうだったので、仕方なく少し調整することにした。
---
「よし、これでいっか! 大分減ったし、いいよね」
自分を納得させるように二、三回頷き、椅子に座り込んだ。
そこで、自分がパジャマ姿だということに気づく。
パジャマと言っても、パーカーにズボン(どちらもダボダボ)というザ・部屋着みたいなコーデというだけなのだけれど。
「流石に着替えなきゃ、か。何日もこの服着てるし……」
服を脱ごうとして、あ、と留まる。
今更だが、藍の別人格には男も女もいる。藍は女だからもちろん身体も女だ。
(……一応、止めといた方がいいかな?)
まぁ実質、多重人格だからどの人格も女であり男でもあるようなものなのだけれど、他の自分に批難されそうだ。
いくらなんでも、自分の身体に興奮することはないと思うけれど。
「えっと、次は……明だったか。うん、それなら女子だからいいだろう」
着替えは次の子に任せるとして、黎は残りの自分の時間を小説に充てることにした。
黎は机に向かい、ゆっくりだった思考を加速させる。
それはもうぐるぐると、呪いのように考えだした。