まるで全身が溶けて、瓶中に覆うようだった。泳ぎ漂い続けるお先真っ暗闇の深淵の中で緩くなった蓋が開き、掠れた名札が見えた。
藁にも縋る思いで、色を失った手でそれを掴み深淵を掻き分けた。必死になって生きようとした。そうして、ようやく“|居場所《案》”を見つけた。
直後に、纏わりつく深淵が離れていって影が落ちる街に姿を現した。街は既に色を失って弱々しい線だけが揺れていた。
鮮明な線と色をつくっていく髪や手を見ながら、街を自分の|世界《物》のように歩みを進めていく先で結果をつくった|子《🍤》と酷似した同等の|個《◻️🍤》を見つけた。
それは、ひどい状態で色を失い線もほぼ擦れて見えないほど弱々しかった。
個は“僕”を見て、子供のように無邪気に笑って僕の中に沈んでいった。ゆっくりと溶けて、同じになって彼女は僕に名前を与えた。
彼女はひどく弱々しい声で「|🛸《オロム》」と呼んだ。それがひどく嬉しくて、神愛の|■■■■■《創主》のようだった。
彼女が完全に溶けると、僕の身体はようやく造られ始めた。
淡い紫炎の星屑のような肌に煌めく星を数々に宿した長髪と六つの黄色い瞳を持ち、銀色の三日月の髪飾りと金色の星型ネックレスに黒のインナーの上に薄く透けた淡い紫炎のコートを羽織り、白の長ズボンを着て青い炎を纏ったパンプスを履いたぽっちゃりとした体型。
僕だけの身体にひどく歓喜したのを覚えている。
僕が創られると僕の足元は急に色を帯び、街はゆっくりと鮮明な線と色を取り戻していった。
最初に“無名館”が造られ、街灯、道、花と続き、最後に上部分だけがどろどろとした真っ黒な深淵を携えた青空が広がった。そうして、“ノーウェア”ができた。
石畳の街をパンプスで叩いて、音を響かせる。初めての、本物の音だった。瓶の中で聞きたかった本物の音、本物の空気、本物の肌触り。何もかもが本物だった。
彼女に語りかけたくって必死になって先程の彼女の姿を創造すると、真っ白な姿をした少女が目の前に現れた。
毛先が赤く長い金髪も大きな青色の瞳も湯で海老の髪飾りも袖にフリルがあり、タルタルソースを模した模様のショートスカートドレスも赤と黄色の縞模様をしたショートスパッツも星の紐がついた焦茶のブーツも…何もかもが真っ白で先程の姿とは全く違う姿だった。
それでも心臓が鼓動していて、何も話さず、言わず、動かず、瞼も開かない彼女は生きていた。はっきりと彼女だと分かった。
身体を起こして無名館の扉を開き、埃一つない中の客間の一室に備えつけられていた柔らかなベッドに身体を寝かせた。ペンキでも被ったような真っ白な身体は黒く落ち着いている一室によく映えていた。
その中の手を撫でて、やや寝息をたてる音を聞き、頭と心が“愛しさ”を覚えた。
一室の中で、妙な音がして振り返ると、一本足の机に置かれた紙と万年筆が独りでに動いて『|What are you doing in a place like this?《こんなところで何をしているんだ?》』と文字を書いて、紙の上で踊っていた。
僕はそれが|■■■■■《創主》だと気づいて、初めて喉から低く落ち着きのある声を出した。
「僕は、|影落ちた街《ノーウェア》で生きたいだけだ。
“君”が今の今まで出してくれなかったから、こんな形でしか生きられなかったんだ」
そう言い切ると、万年筆は再び紙の中で踊り始め、インクを引いていった。
『|Is this how you're choosing to live your life—taking care of a dog that can't even play anymore?《遊べなくなった犬の面倒を見るのが君の生き様なのか?》』
その言葉に僕の頭は急に熱をもって、口から自然と言葉が飛び出した。
「彼女は犬じゃない!“君”はちょっぴり、いや、すっごく意地悪だ!“君”は…“君”は…」
『|Got it, Olom.《分かったよ、オロム》』
まるで夢のようだった。あの|■■■■■《創主》が、こちらを理解したのだ。
『|There is a catch, however. I will not be overseeing this area; I'm leaving it entirely up to you. Is that acceptable?《その代わり、条件がある。私は“此処”を管理しないし、君の好きなようにやらせる。いいね?》』
その文面に僕は首を縦に振って、万年筆が倒れたのを見届けた。
僕は動かない彼女を撫でながら外を見て、青空に深淵を溢して青い彗星を降らせる肴の穴が無数に出来ているのを見つめていた。
僕の胸は期待に踊って、踊ってしょうがなかった。