「勇敢な青年よ、異世界へ行く気はあるかね?」
暴走車から子供を庇って死んだ俺、アキは、謎の老人にあらゆる事象を無効化できる最強スキル「リジェクト」を与えられて異世界転生を果たした。
二度目の人生、今度こそ、やりたいことを全部やって、自由気ままに生きてやる!
そう思った矢先、俺の前に現れたのは、傷を負ったまま鎖に繋がれた少女、リゼ。
“魔女”という理由だけで迫害され、捕まっていた彼女を、俺は追われの身になることなど知らずに救い出した。
ここから逃げて、二人で幸せになってみせる——そう思っていたのに、なぜか俺たちは「奴隷契約」で主従関係に!?
幸せを求め、互いに足りないものを埋め合いながら、喧嘩して、イチャついて、ときどき世界をひっくり返す。
「さあ、反逆の時間だ」
恋と笑いと冒険の果てに、俺たちが辿り着いたのは、魔王討伐という重大ミッション。
これは、奴隷契約で結ばれた俺とツンデレ魔女の、ラブコメ&革命譚!
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目次
奴隷契約で結ばれた、転生青年と魔女の反逆革命。/ プロローグ
転生もの初執筆!
「危ないッ!!」
その|瞬間《しゅんかん》、世界の進む速度が何倍も遅くなったかのように、俺は感じた。
目の前にいるのは、道路の真ん中で倒れ込み、訳も分からず|呆然《ぼうぜん》としている子供。そして左から迫るは、猛スピードのまま|俺目掛《おれめが》けて突っ込んでくる|暴走車《ぼうそうしゃ》。
————衝撃。金属がひしゃげ、骨が砕け、内臓の弾け散る鈍い音が頭の内側から強く響く。凄まじい痛みの中、俺の目が最期に写したのは、ひしゃげ、血で真っ赤に染まった自分の|肢体《したい》と、|爛々《らんらん》と|輝《かがや》く太陽を浮かべた、雲一つない|快晴《かいせい》の青空であった。
目の前の横断歩道で、|轢《ひ》かれそうになっていた子供を|咄嗟《とっさ》に突き飛ばし、その身代わりとして|致命傷《ちめいしょう》を負ったのだと、今更になって俺は気づく。
ああ……俺、死ぬのか。
身体中が、|酷《ひど》い風邪に冒された時のように熱い。だが、|不思議《ふしぎ》と痛みは感じなかった。意識がふわりと宙に浮かぶような感覚に|陥《おちい》り、頭がぼんやりとし始める。|急激《きゅうげき》な眠気に襲われ、視界が狭まり、徐々に世界が暗転していく。
……まだ、やりたいことがあった。
彼女が欲しかった。一生を共に|添《そ》い|遂《と》げてくれるような、そんな人が。
この世界を旅してみたかった。広大で、知らない事ばかりな、この世界を。
嫌だ、死にたくない。こんな所で、生きるのを止めたくない。
そう頭では強く思っているのにも拘らず、身体は異常なほどの冷静さを保ちながら、ゆっくりと死に行くための準備を始めていた。
自分自身に裏切られ、見放されてしまうような感覚。
それは、この二十数年余りの人生の中で受けてきた、あらゆる苦痛が、全て幸福なことであったかのように思えるほど|悍《おぞ》ましいものであった。|苦痛《くつう》という|概念《がいねん》を大幅に振り切り、心そのものを|掴《つか》まれて|捩《ね》じ切られるような、そんな感覚であった。
ああ……神様。
もし貴方が本当にいるのなら、俺にもう一度、チャンスをくれませんか?
「すまぬが、私はそんな力を持っておらん……」
「そんな、じゃあ、僕はもう……」
…………ん?
誰だ? 俺は今、誰と話しているんだ?
半ばパニックになりながら、俺は|瞼《まぶた》を開けて勢い良く起き上がった。
辺りに広がっていたのは、驚くほど静かな、白、白、白——。どういうことだ、先ほどまで俺は街中にいたはずなのに。しかも、直前負ったはずの傷と、感じていたはずの苦痛が完全に消え失せている。
一体ここはどこなんだ、死後の世界なのか? いや、それよりも……
「……誰だ、あんた」
目の前には、笑っているような、でもどこか泣いているような顔をした、全身|皺《しわ》だらけの老人が立っていた。彼は白く長い髪、そして髭を蓄えており、どこまでも眩しい、純白のローブを羽織っている。また、木製と思わしき、一メートルほどの大きめの杖を両手で突いていた。
「勇敢な青年よ、異世界へ行く気はあるかね?」
「……はっ?」
こちらを見据えた老人は、突拍子もなく俺に、そんな質問を投げかけてきた。異世界? 一体何を言っているんだ?
酷く混乱する俺をよそに、彼は続ける。
「異世界……そこは、剣と魔法が栄え、多種族が混じり合っている地。もし、そこで良いと言うのなら、私は君の言う“チャンス”を、生き返りたいという願いを、叶えさせることができる」
老人は、その細い目で、座り込んだ俺の顔を、表情一つ変えることなく見つめながらそう言った。おかしい、目の前で動いているのに、同じ生き物だとは|甚《はなは》だ思えない。
なんとなく俺は、彼が人ではない何かなのだと確信していた。おそらく神。または、それに近しい何かなのだろう。
恐らく、異世界の話も本当だ。俺には、目の前に立っている彼の眼差しが、嘘をついているもののようにはどうしても思えなかった。
ゆっくりと、三度、深呼吸する。少しの平静を取り戻し、ゆっくりと立ち上がった俺は一言、老人に尋ねた。
「……どうして、俺なんだ?」
老人は、少しきょとんと、|呆気《あっけ》に取られたような表情を見せる。そして、にこやかな表情を浮かべながら口を開けた。
「君は、自分より弱き者を守ったのじゃ、自分の命を代償にしてな。それだけで充分、あそこに向かうだけの資格は有しておる。新しい人生を歩むも、このまま死を選ぶも、君次第じゃ。さあ、どうする?」
俺は、自分の口元にそっと左手を添えて、少し、考える。
両親は早くに病死し、親友と言えるような友達も持たず、彼女すらいなかった俺には、帰らなければいけない家も、家族も、理由も、何もなかった。
一瞬、判断を|躊躇《ためら》おうとしたものの、落ち着いてみると、これは何の価値もない、今まで歩んできた俺の人生を、再びやり直せるチャンスでしか無いのであると気付いた。
そうと決まれば、答えは一つだ。
「ああ、行くよ。いや、行かせてください。俺を、異世界に」
俺の言葉を聞いた老人は、先ほどよりも増して、口角をにやりと上げて言った。
「よし。では、向こうに行く前に——」
そう言った彼は、杖を自分の頭の上に掲げながら言った。
「一つ、力を授けておこう」
すると、眩しく、純白に近い輝きを持った光が、杖の先端を中心にゆらゆらと|渦《うず》を巻き始めた。そして数秒後、握り拳大の塊となったそれは、輝きを保ったままゆっくりと、俺の胸に吸い込まれていった。
「今、私が君に与えた力。その名を“リジェクト”と言う。それは、あらゆる事象を無に帰すことができる。ただし、お前一人では使いこなせん」
「……どういうことだ?」
「ははっ、内緒じゃよ……時が来れば、きっと知ることになる……さあ、選ぶが良い、お前自身の、正義をッ!」
その見た目からは想像できないほど|喝《かつ》の入った声で、老人がそう叫ぶ。そして次の瞬間、俺の足元の床が黒く変色し、ガラスのように儚い音と共に崩れ落ちた。
突然の無重力感に恐怖を覚えながら必死に手を伸ばすが、何かに掴まることは叶わない。俺は、|無抵抗《むていこう》のまま真っ逆さまに落ちていった。
落ちた先の空間は、先ほどと対を成すような、奥行きすらわからないほどの|漆黒《しっこく》で埋め尽くされていた。そして、完全に視界を奪われた俺は、“落ちている”という現在進行形の事実すらも受け入れることができなくなり始める。
—-もうじき「異世界」という場所に辿り着くのだろうか。ならばこの空間は、俗に言うワープポータル的な何かなのだろうか?
しかし、そんな中で俺は、自分でもびっくりするほど冷静に、この状況を受け入れることができていた。なんせ、俺は一度死んでいるのだ。先のあの感覚に比べれば、こんなの、どうってことないさ。
……さて、ここで一度、おさらいしておこう。
暴走車から子供を庇い、元の世界で死んでしまった俺。
だがしかし、謎の老人との出会いを経て、“異世界転生”という形でもう一度、生き返ることになるのであった。
ここから先、舞台となるのは、剣と魔法が栄え、多種族が混じり合う、これまでとは全く異なる別世界。そこがどんな場所で、俺がどんな人生を歩んでいくのかは、まだ誰にも分からない。ただ、一つだけ確かなことがある。俺は、もう一度生きることが出来るのだ。
一分ほど、奇妙な浮遊体験をした後、一瞬の|僅《わず》かな痛みと共に、俺の全身からあらゆる力が抜けていくのを感じた。抗えない眠気に襲われ、意識がみるみるうちに|混濁《こんだく》を始める。
——|折角《せっかく》、掴み取ったチャンスなんだ。前の世界では出来なかったことを全部やって、悠々自適に暮らしてやるさ。
そう強く思いながら、俺は再び|微睡《まどろみ》の中に沈んでいくのであった。
奴隷契約で結ばれた、転生男と魔女の反逆革命。/ 第一話 : 空から転生、堕ちたら奴隷。
ここまでの内容
暴走車から子供を庇い、命を落とした主人公。
彼は、あらゆる事象を無効化するスキル“リジェクト”を手に、異世界転生を果たすのであった。
ヒュ——————……………
何か、耳の奥を裂く、甲高い笛のような音が耳の奥で響いている。何だ? 一体何の音だ?
俺、さっきまで何してたっけ——。|朦朧《もうろう》とした意識のまま、自分の身に今何が起こっているのかを知るために、意識の根底をゆっくりと探って行く。
子供……事故……血……、
…………白?
その瞬間、俺の脳裏に、あまりに鮮明な記憶が蘇った。
謎の白い世界。|皺《しわ》だらけの老人。自分の胸に吸い込まれていった、謎の白い光の塊。
——|勇敢《ゆうかん》な青年よ、異世界へ行く気はあるかね?
その|台詞《せりふ》と共に、俺は意識を完全に取り戻した。そうだ、俺はあっちの世界で死んで、ここ、異世界へとやってきたんだ。
ヒュ———————————-
……なら、ずっと耳元で鳴り続けているこの音は何だ? 俺は多少の冷静さを取り戻し、人並みの知覚機能を取り戻すと同時に、背中が何か、柔らかいものに押されているような|感触《かんしょく》を受け続けていることに気づいた。
そして、俺は受け入れ難い事実を知ってしまった。
——これが、風圧であると言うことに。
俺は、|遙《はる》か空の|彼方《かなた》で落下していたのだ。
全てを理解し、恐怖によって完全に|覚醒《かくせい》したことで、脱力していた手足が力を取り戻して行く。ふわりとした、安定感のある風圧が|乱《みだ》れ、体制がみるみるうちに|崩《くず》れて行く。息がうまくできない。風が全身を叩き、耳の奥で|風切《かざき》り音が|悲鳴《ひめい》のように|増大《ぞうだい》して行く。|心臓《しんぞう》が|暴《あば》れ馬のように俺の胸を蹴り付け、一気に全身が、熱のようなものを帯びて行った。
ぐるぐると回る視界の中、|一瞬《いっしゅん》、地上のようなものが視界に入る。真下にあるのはなんだ、建物か?
何にせよ、このまま落ちたら、俺は|有無《うむ》を言わせずに即死するだろう。
どうすればいい。一体、どうすれば————
——その力は“リジェクト”。あらゆる事象を無に帰す力じゃ。
ふと、老人が俺に言ったその言葉が頭の中で|響《ひび》く。次の瞬間、俺は、一つの考えを思いついた。
……ははっ、なんて|馬鹿《ばか》らしいんだ。下手すれば自殺行為だぞ?
でも、今はそうするしかないんだ。一か、八か——!
俺は、震える|手脚《てあし》を無理やり引き伸ばし、体制を一直線に固定した。そして、頭を下に向けた後、地面に向けて勢いよく両手を突き出す。まるで地面に突き刺さる矢のように|空気抵抗《くうきていこう》の減った俺の身体は、速度をみるみるうちに上昇させながら地表面に近づいていく。
俺の|授《さず》かった能力、“リジェクト”。あの老人は、“あらゆる事象”を無に帰す力だと言った、もし、それが本当ならば——
「頼む、成功してくれ……!」
そう俺が、震える|唇《くちびる》で呟いた瞬間、両手が青く発光を始めた。
その間にも、身体は更に速度を上げて地面との距離が近づいて行く。
迫り来るのは、|屋根瓦《やねがわら》が連なる巨大な建物。その屋根の一点へと、俺は狙いを定めた。もう、目を開けていられない。
指先に込められた力が、みるみるうちに増大していく。
二重の|爆発音《ばくはつおん》と共に、一瞬、全ての音が消えた。
もし、本当に、あらゆる事象を無効化できるのならば。
——落下の|衝撃《しょうげき》も、全て消し去れるはずだ。
無音のまま、一秒にも満たない自由落下運動を繰り返す。
一瞬の衝突音。そして、木をしならせ、へし折るような|轟音《ごうおん》が連続して数秒間、俺の耳元で響き続けた。目を瞑っていたから完全にそうだとは言い切れないが、恐らく俺は、落下のエネルギーを完全に抑え込めずに屋根を|貫通《かんつう》。そして、内部すらも突き抜けてしまったのだろう。
「……っ、いってえ……」
身体中から、|激痛《げきつう》と言う名の悲鳴が上がり続けている。それでも、俺は生きていた。あの高さからの落下の衝撃に、どうにか|耐《た》え切ったのだ。
俺は、|瓦礫《がれき》と|埃《ほこり》の舞う中、息を整えて身体を起こす。全身の状態をざっと確認するが、|重傷《じゅうしょう》と呼べるような傷は一切見当たらなかった、血もほとんど出ておらず、かすり傷や|打撲《だぼく》だけで済んでいる。まさに、奇跡とも呼べるような|軽傷具合《けいしょうぐあい》だろう。
しかし、|安堵《あんど》と同時に、俺は少し、|違和感《いわかん》を覚えた。腕の太さ、|胸板《むないた》の厚み、|腹筋《ふっきん》の|硬《かた》さ——まるで、以前とは別人だ。|筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》という言葉がこれほど似合う身体を、俺は前世で見たことがなかった。それほどまでに|自分自身《じぶんじしん》が、アニメのように美しい肉体をしていたのだ。
あの老人の、|仕業《しわざ》なのだろうか。そう思うと、胸の奥で小さく笑みが溢れる。落下から救ってくれただけでなく、こんなにも美しいボディまでも授けてくれるとは。ありがとう、名前も知らない老人。俺は、天に向かって、心の中で静かに|感謝《かんしゃ》を告げた。
だが、その|余韻《よいん》はすぐに途切れることになった。痛いほどの視線を、落下してから今まで、肌で感じ続けていたからである。ここがどこかは知らないが、建物の一部を|悉《ことごと》く破壊してしまったのだから、当然のことだろう。そう思いながら、俺は恐る恐る顔を上げた。
目の前にいたのは、明らかに高級そうな|服装《ふくそう》と|装飾品《そうしょくひん》に身を包んだ、数十人の男女。彼らに隠れて見えないだけで、更にその奥にも、沢山の人がおり、こちらに視線を向けていることが分かった。
「……何をしておるのじゃ|貴様《きさま》! オークションが|台無《だいな》しじゃないか! 死刑じゃ、死刑!」
目の前にいた一人の男のその言葉を皮切りに、辺りから大量の|怒声《どせい》、|罵声《ばせい》が飛び交う。それにしてもオークション? 何の話だ?
辺りを見回すと、ここが大きめの劇場のような場所であることが分かった。そして、暗い観客席とは異なり、|一箇所《いっかしょ》だけ眩しい照明に照らされている場所がある。
その|豪華《ごうか》な|壇上《だんじょう》、その中央には、一人の少女が立たされていた。手脚と首は|鎖《くさり》のようなもので繋がれており、|魔法陣《まほうじん》のような光が足元で輝いている。動くことすらできないのだろうか。
「あれは……何だ?」
俺は、|無意識《むいしき》にそう、口を開いた。
「ああ? なんだ|無礼野郎《ぶれいやろう》……ああ、あれか? あれは……」
男が次に言った言葉に、俺は|戦慄《せんりつ》し、|激昂《げきこう》した。
「ようやく捕えた、|劣等種族《れっとうしゅぞく》のオークションよ。まあ、お前のせいで|興《きょう》が削がれ、台無しになったがな!」
劣等種族? それだけで捕らえられ、オークションにかけられ、モノのように扱われているのか? あの少女は。気付けば俺はゆっくりと歩き出し、その壇上へと、脚を踏み入れていた。
近づいた少女の周りでは、ばち、ばち、と|静電気《せいでんき》のような音が響いていた。|殴《なぐ》られたのか、彼女の身体に残っていたのは、無数の赤い|痣《あざ》。美しい|金色《こんじき》の|瞳《ひとみ》は正気を失ったように|虚《うつ》ろで、身につけている衣服はボロ|雑巾《ぞうきん》のように黄ばみ、|汚《よご》れ、ぼろぼろになっていた。そして、黒の長髪は|寝癖《ねぐせ》まみれでべたついている。風呂にも、入れていないのだろうか。
「安心しろ……すぐに、助けてやるから」
俺は、彼女の拘束具に手を伸ばし、そっと指先を触れさせた。青白い火花と電流が、俺の腕を伝って全身に激痛を走らせていく。
「……ん、何だ、助ける気か? 無駄だよ、む・だ。この国一番の拘束魔法をかけているんだ、誰にも|解《と》けやしないさ。おい、そこの|平民《へいみん》。あんたそれでも|兵士《へいし》だろ? 奴を|縛《しば》り上げろ。共に|競《せ》り|落《お》として、死ぬまでこき使ってや——」
カシャン。
早口で男がそういい終わる前に、俺は“リジェクト”を発動した。
先の、落下の衝撃を抑えた時と同様、強く指先に力を込めて、念じる。すると、両手が青い輝きを|纏《まと》い始め、次の瞬間、思わず目を背けてしまうほどの眩しい光が部屋中を包み込みんだ。
そして、その光が明けると同時に魔法陣が|霧散《むさん》し、手、脚、首につけられていた|枷《かせ》が、あっさりと床に落ちたのであった。
拘束から解放され、脱力したまま床に倒れ込む少女を、俺は思わず抱きかかえる。
「おいっ、無事か⁉︎」
「な……んだ、と……? おい、あの無礼ものを捕えろ! 殺せ! 殺して構わん!」
男の怒声がステージの下から響く。俺は、少女の身体を横に抱きかかえ直して壇上を降りた。やはり、金にものを言わせるだけの弱者なのだろうか。こんな|至近距離《しきんきょり》に|捕縛対象《ほばくたいしょう》が立っているというのにも関わらず、誰も手を出さずないどころか、皆が距離をとって俺たちの逃げ道を作ってくれていた。
|好都合《こうつごう》だ——、そう思いながら、俺が走り出そうとしたその時、|掠《かす》れ声の少女が口を開けた。
「……やめて……このままじゃ、あなたまでひどい目に遭ってしまうのよ……?」
「悪いが、俺の|性分《しょうぶん》に合わないんだ。困っている人を見過ごすなんてな」
「でも、私は劣等種族で……」
「そんなの関係ない。俺から見ればお前は、一人の、ごく普通の女の子だ」
少し格好つけて言ってしまったが、こうも小っ恥ずかしくなるなんてな。まあ、この子を救えただけ、良かったってもんさ。そういえば、後ろから聞こえていたがちゃがちゃという金属音が、段々と近づいてきている。恐らく、こんなことを言っている場合じゃないな。
一瞬、後ろを確認すると、ざっと数十人は超えるであろう、|重武装《じゅうぶそう》で|剣《けん》や|斧《おの》を掲げた兵士たちが怒声を上げながら俺の背中を追っているのが見えた。俺は出口の場所を確認して、|勢《いきお》いよく会場を駆け抜けて行く。
「よし、逃げるぞ……ところで、君の名前は?」
「わ……私、リズ。あ、あなた、は……?」
「ああ、俺? 」
まさか、この|逃走劇《とうそうげき》が、いずれ世界を巻き込むような|大騒動《だいそうどう》になっていくなんて、この時は誰も思っちゃいなかったんだ。
「俺の名前はアキだ、よろしくな。取り敢えずどこか、隠れられる場所を探さないとな」
そう、|奴隷契約《どれいけいやく》を|結《むす》んだ、俺とこの少女の|反逆革命《はんぎゃく》、がな。
一番辛かったこと?
それはもちろんルビ付けよ。