[あらすじ]
学校という社会に居場所を見つけられなかった四人の若者、仄(ほのか)、白藍(はくあい)、雷牙(らいが)、玲華(れいか)。彼らはある日、「ファントム」と名乗る謎の男によって見出され、豪華絢爛な隔離施設――通称「楽園」へと導かれる。そこは望む限りの快楽と娯楽に満ちた、まさに天国のような場所だった。
数日間の甘美な生活の後、眠らされた彼らは元の貧しい場所に戻される。ファントムは告げた。「この楽園に永遠に戻りたければ、私からの使命を果たせ」。
「天国」への帰還を狂信的に信じ込んだ四人は、感情のスイッチを切り、殺意だけを胸にプロの暗殺者として裏社会を駆け抜ける。チームとして、そして一人前になってからは単独で、彼らは命を惜しまず任務を遂行していく。
しかし、任務とプライベートの境界線が崩れ始めた時、彼らは「楽園」の裏に隠された真実と、ファントムの冷酷な目的に気づき始める。
これは、偽りの天国に囚われた若者たちが、自分たちの人間性を取り戻し、真の自由と希望を求めて「楽園」という檻からの脱出を試みる、再生と絆の物語。
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目次
第1話:社会の檻
--- ある日の朝 ---
コンクリートジャングルの隙間から零れ落ちた太陽の光は、いつも埃っぽく、冷たかった。
薄暗いアパートの一室。仄(ほのか)は、古びた鏡に映る自分を見つめていた。黒髪は無造作に伸び放題で、目の下には深い隈。学校では常に一人。向けられる視線は冷淡か、あるいは存在すら認識されていないかのどちらかだ。1 6年の人生で、「居場所」と呼べる場所はどこにもなかった。
窓の外では、楽しげに笑い合う女子たちの声が響く。仄は、鏡の中の自分に舌打ちをした。
(どうせ、誰も私なんか愛さない)
仄は、幼い頃から少し違っていた。孤児院で、自分を仲間外れにする子供や、虐待に近い態度をとる大人を見ると、衝動的に「殺してやりたい」と思った。実際に殺しかけたことも何度かある。その度に、彼女は社会から弾き出され、居場所を転々としてきた。このアパートも、いつまで住めるか分からない。
「……もう、疲れたな」
仄は、引き出しから綺麗なスティレットを取り出し、冷たい刃先を見つめた。
---
同じ街の、少し離れた場所に、|白藍《はくあい》がいた。彼は人混みを避け、静かな公園のベンチで文庫本を読んでいた。彼の周りだけ、世界の雑踏から切り離されているかのようだ。
白藍もまた、仄と同じ孤児院出身だった。穏やかな外見とは裏腹に、彼もまた内に深い闇を抱えていた。自分をいじめる相手を、言葉巧みに誘導して自滅に追い込んだり、気を失うまで暴力を振るったりした過去がある。
「白藍」
不意に声をかけられ、白藍は本から顔を上げた。そこに立っていたのは、|雷牙《らいが》と|玲華《れいか》だった。
雷牙はがっしりとした体格に鋭い目つきは、街を歩くだけで周囲を威圧する。彼は孤児院時代、常に年下の子供たちを守るために暴力を振るい、問題児として扱われていた。血は繋がっていないが、玲華とは兄妹のように育った。
玲華はクールな表情と、周囲を的確に分析する冷徹な視線を持つ。彼女もまた、知的な策略で大人たちを翻弄し、孤立してきた。常に手に持っているのは、普通のペンに見えるタクティカルペンだ。
「よぉ、今日も平和主義者ぶってるな」
雷牙が少し口角を上げて言う。
「うるさい。君たちこそ、また怪しいバイト?」
白藍は本を閉じ、静かに答えた。
彼ら4人は、社会では問題児、あるいは透明人間だった。しかし、お互いの前では、唯一人間らしくいられた。彼らの間には、“お互いを絶対に傷つけない”という暗黙のルールがあったからだ。
「そろそろ、この退屈な世界にも飽きてきた頃だろ?」
雷牙が玲華の隣で呟く。
「どうせ私たちを愛してくれる人なんて、この社会にはいないんだから」
その時、白藍のスマートフォンが鳴った。見知らぬ番号。彼らは警戒しながらも、通話ボタンを押した。
『もしもし、白藍くんかな?』
声は、奇妙なほど穏やかで、しかし抑揚のない男性の声だった。
『君たち4人が、この世界でどれだけ孤独か、私はよく知っている。君たちの才能は、こんな埃っぽい場所で埋もれるべきじゃない』
3人は顔を見合わせた。なぜこの男が、自分たちのこと、そして4人全員のことを知っているのか?
『私は「ファントム」と名乗っている。君たちに、本当の「居場所」を用意した。望むもの全てが手に入る、楽園だ』
雷牙が舌打ちをする。
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇ、どこからかけ…」
『信じられないかい? では、この住所に来てごらん。すべてはそこから始まる』
通話が切れた後、スマートフォンに一つの住所が送信されてきた。そこは、この街で最も高級な住宅街にある、古びた洋館だった。
「行くのか?」
雷牙が尋ねる。
白藍は、ふと仄の顔を思い浮かべていた。彼女もまた、この世界に絶望しているはずだ。
「……行こう。どうせ、失うものなんて何もない」
4人は、退屈で冷たい自分たちの日常から、未知なる「楽園」への扉を開けるために、歩き出した。それが、彼らをさらなる地獄へと導く道程とは知らずに
🔚
第2話:偽りの庭園
--- あれから数日 ---
ファントムから送られてきた住所は、街の郊外にある広大な敷地だった。高い塀に囲まれたその場所は、まるで別世界のようだ。雷牙を先頭に、4人は重厚な鉄門を押し開けた。
門の向こうに広がっていたのは、手入れの行き届いた、息をのむほど美しい庭園だった。色とりどりの花が咲き乱れ、中央には小さな噴水がある。彼らがこれまで生きてきた埃っぽい世界とはあまりにも違いすぎた。
「マジかよ……」
雷牙が呟く。
「入って」
振り返ると、そこにファントムが立っていた。年齢不詳、全身黒ずくめのスーツを着ているが、その顔は深い影に覆われて見えない。だが、その声は昨晩電話で聞いた、あの奇妙なほど穏やかな声だった。
「ようこそ、私の庭園へ」
ファントムは手招きをする。
「君たちの部屋を用意してある」
案内された洋館の中は、外観以上に豪華絢爛だった。大理石の床、高価そうな調度品、そして、望むものが全て揃っていた。ゲーム機、ブランド物の服、高級な食事。彼らがこれまで写真やテレビでしか見たことのないものが、そこには当たり前のように並んでいた。
「ここは……天国か?」
仄が震える声で尋ねる。
「ここは君たちの居場所だ」
ファントムは答える。
「社会は君たちを拒絶した。だが、私は違う。ここでは、君たちは誰にも邪魔されず、望む限りの快楽を享受できる。ルールは一つ。私からの連絡があるまで、ここから出てはならない」
ファントムはそれだけを言い残し、姿を消した。
残された4人は、恐る恐る、提供された「楽園」での生活を始めた。最初は警戒していたものの、目の前にある贅沢な生活は、これまでの孤独で貧しい日々とは比べ物にならなかった。
---
「うっま……!」
雷牙は、テーブルに並べられた見たこともないような肉料理に目を輝かせる。
「これ、私が欲しかった最新のパソコンだわ」
玲華は早速、高性能なマシンに向かっていた。
仄と白藍は、静かな図書室で本を読んでいた。
「すごいね、白藍くん」
仄が笑みを浮かべる。「本当に何でもあるんだ」
「ああ。悪くない場所だ」
白藍は穏やかに答える。
彼らにとって、この場所は夢のような時間だった。社会の冷たさも、過去の罪悪感も、ここには存在しない。あるのは自分たち4人と、満たされる欲望だけ。この幸福な日々は、彼らの中にあった人間らしさを少しずつ呼び覚ますようだった。特に、お互いの存在は大きかった。この世で唯一、お互いの闇を知りながらも受け入れ合うことができる存在。彼らは、生まれて初めて「本当の居場所」を見つけたと思っていた。
4人はそれぞれ自室で眠りについた。
--- 数日---
仄が目を覚ますと、そこは埃っぽい、見慣れたアパートの自室だった。体が重い。慌てて飛び起き、鏡を見る。いつもの、疲れた顔がそこにあった。
「夢……だったの?」
慌ててスマートフォンを確認する。白藍からのメッセージが届いていた。
『僕も元の場所に戻されたらしい洋館にはもう入れない』
雷牙と玲華からも同様の連絡が入る。彼らは呆然とした。
その時、ファントムから一斉送信のメッセージが届く。
『あれは夢ではない。楽園は存在する。そして、永遠にそこに戻るための方法も存在する』
メッセージには、一つの音声ファイルが添付されていた。再生すると、ファントムの抑揚のない声が響く。
『この楽園に永遠に戻りたければ、私からの使命を果たせ。君たちにはその”才能“がある。今日から、君たちは私の駒だ。最初のターゲットの情報は、追って送信する』
彼らは、望む限りの快楽を知ってしまった。一度手に入れた天国を、手放したくはなかった。
4人は、再びあの洋館へ戻ることを狂信的に信じ込んだ。あの楽園こそが、自分たちがいるべき場所だと。
仄は、鏡の中の自分を見つめ、感情を殺した。
(戻るためなら、なんだってやるさ)
彼女の目に、もはや迷いはなかった。彼ら4人は、偽りの天国への帰還を条件に、自らの人間性を手放し、裏社会の闇へと足を踏み入れた。
🔚
第3話:取引と喪失
元の世界に戻された四人は、喪失感に打ちひしがれていた。
特に仄の落ち込みは酷かった。アパートの薄汚れたキッチンでインスタントラーメンをすするたび、洋館で食べた豪華な食事と、隣で微笑む白藍の顔が脳裏をよぎる。
(あの場所こそ、私の居場所だったのに……!)
彼女は、自分を拒絶した社会への怒りと、あの楽園への強い執着心で、心が張り裂けそうだった。
雷牙と玲華も同様だった。玲華は、かつて欲しかった最新のパソコンを触りながらも、あの洋館の図書室にあった膨大な蔵書のことを考えていた。雷牙は、高級なソファの感触を忘れられず、古びたベッドに横たわっていた。
白藍は、公園のベンチで再び文庫本を開いたが、文字が頭に入ってこない。彼にとっての楽園は、食事でも豪華な設備でもなく、仄の笑顔が見られる唯一の場所だった。
「僕たちは、もうあの|楽園《場所》を知ってしまったんだ」
スマートフォンが振動する。ファントムからのメッセージだった。簡潔な指示と、合流場所が記載されている。
4人は、迷うことなく指定された廃ビルへと向かった。
---
廃ビルの屋上には、全身黒ずくめのファントムが待っていた。
「準備はいいかね、楽園の住人たち」
ファントムは静かに尋ねる。
「あの洋館に戻れるんだな?」
雷牙が詰め寄る。
「そうだ。ただし、永遠に楽園に住む権利を得るには、私の指示を完璧に果たす必要がある。失敗は許されない」
ファントムは、タブレット端末を差し出した。そこには、今回の指示の詳細が記載されている。裏社会で大きな影響力を持つ人物への接近。
「君たちの過去は調査済みだ。君たちは元々、社会の規範から外れた存在。私の指示に従うことへの抵抗は、他の者より遥かに少ないはずだ」
4人は、過去の自分を思い出した。孤児院で、自分たちを守るために取った行動。あの経験は、自分たちの中に確かに存在していた。
「私たちを愛してくれる人なんて、この世界にはいない。だったら、自分たちが愛せる場所を手に入れるしかない」
玲華が冷徹に呟く。
白藍は、仄を見た。仄もまた、白藍を見つめ返した。その視線に言葉はなかったが、互いに「この選択しかない」という決意が宿っていた。
「感情は不要だ。感情は判断を鈍らせる。スイッチを切るんだ」
ファントムが指示する。
4人は、それぞれの心の奥底に眠る人間らしさの最後の片鱗を、自らの手で切り捨てた。過去の感情も、不安も、社会的な規範も、全てを「オフ」にした。残ったのは、「楽園に戻る」という狂信的な目的意識と、ファントムの指示に従うという決意だけだった。
「……やりましょう」
白藍が代表して言った。その声には、もはや感情の抑揚はなかった。
ファントムは満足げに頷く。
「では、最初の仕事だ。ターゲットに接近しろ」
4人は、廃ビルを後にした。彼らの背中は、もはや居場所を求める孤独な若者のそれではなく、冷徹で目的を遂行する者のそれだった。
こうして、「忘却の庭園」の住人たちは、永遠の楽園への帰還を夢見て、裏社会へと深く潜り込んでいった。彼らにとって、この瞬間から社会は「仕事場」であり、普通の生活は「仮初」のものとなった。
🔚
第0話:キャラ資料
項目 設定
名前:仄(ほのか)
性別 :女子
年齢:16歳 (物語開始時) / 26歳 (社会復帰後)
誕生日:3月3日
過去:幼い頃から孤独。感情的になると殺意を抱く性質があり、社会から拒絶されてきた。
武器:スティレット(細身の短剣)
暗殺スタイル:ターゲットに近づき、心理的優位に立ってから命を奪う。素早い動きと非情さが特徴。
性格:内向的で繊細だが、芯は強い。感情の起伏が激しい側面もある。白藍に惹かれている。
役割:チームの接近戦アタッカー。
名前:白藍(はくあい)
性別:男子
年齢:16歳 (物語開始時) / 26歳 (社会復帰後)
誕生日:1月1日
過去:穏やかな外見とは裏腹に、人を陥れる狡猾な闇を持つ。孤児院時代はいじめの対象を自滅させたことも。
武器:仕込み杖
暗殺スタイル:お酒などでターゲットを酔わせ、気を失わせてから確実に仕留める。相手に苦痛を与えない穏やかな手法。
性格 :物静かで思慮深い。一見すると紳士的で優しいが、内に秘めた決意は固い。仄を深く想っている。
役割:チームの潜入・確保担当、心理戦のエキスパート。
名前:雷牙(らいが)
性別:男子
年齢:21歳 (物語開始時) / 31歳 (社会復帰後)
誕生日:2月7日
過去 :孤児院の年下組を守るために、常に暴力的な問題行動を起こし、社会から敬遠されてきた。
武器:スナイパーライフル
暗殺スタイル:ターゲットを見つけたら即座に、遠距離から一撃で仕留める。感情を挟まない効率重視のプロ。
性格 :クールで無口な兄貴分。責任感が強く、仲間(特に玲華)を守ることに強いこだわりを持つ。
役割:チームの監視・援護担当、リーダー的存在。
名前:玲華(れいか)
性別:女子
年齢:18歳 (物語開始時) / 28歳 (社会復帰後)
生誕:9月10日
過去:明晰な頭脳を持つが、その知性で大人たちを翻弄し続けた結 果社会から孤立。
武器:タクティカルペン(遅効性のトリカブト毒を仕込んだ針内蔵)
暗殺スタイル:ターゲットの後ろに気づかれないように回り込み、毒針で確実に殺害する。隠密性と知的な暗殺術。
性格:冷静沈着で頭脳明晰な戦略家。兄のように慕う雷牙にだけは少し甘える一面も。
役割:チームの情報分析・サポート担当。