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目次
足りないきみは風を喰む4
食堂に向かいつつ、ナースを探しに薄暗い廊下を彷徨っている。
|「あの?すみません、私1人でいることが苦手で…近くにいてもいいですか?」《 雫》
ちょうど良いところに走ってきた彼女に出来る限り笑顔を向けて、こちらの真実を見せないように嘘を吐き続けた。
|「…それなら、ちょっと食堂の前に行きませんか?」《五喜》
|「ヒッ…、食堂?」《 雫》
「食堂」、ただそれだけなのにひどく怯えて先程までの笑顔が消えている。
|「嫌ですか」《五喜》
|「嫌じゃないです、けど」《 雫》
|「ねえ、雫さん?何で歩きながら苺を食べてるんですか?」《五喜》
何も言えなかったまま、少し気になった彼女を見つめた。
|「果物とか、スイーツ大好きなんです。甘いもの食べると元気が出てきて。」《 雫》
|「…行儀悪いですよね」《 雫》
そう言いながら、苺を頬に詰め込んでいた。
|「あ、食堂着きました」《五喜》
|「…ちょっと扉開けてきます」《五喜》
服を漁るも、肝心の鍵が見当たらないままでいる。
|「あ、鍵」《五喜》
|「ん、あ!五喜さん?鍵持ってますよ」《命子》
すると、どこから来たのか鍵を手渡してきた。
|「じゃあ、俺皆さんに食堂使う報告してきます」《五喜》
--- __ …また明日もよろしくお願いします__ ---
逃げるようにしてナースステーションに駆け出し、背後で聞こえるナニカに耳を塞いでいる。
足りないきみは風を喰む5
|「皆んなでお弁当、食べましょうか!」《命子》
全て彼女が作っているという綺麗な弁当を、それぞれ広げている。
|「んぇー、肉食べたあい…あ、そうじゃんここ、腐るほど肉ある… んにゃ、すこぉしばかりおさんぽでも行こうじゃないか〜 美味しそうな子いーないっかな〜。美人ほど美味しいのよねぇ〜。あー考えるだけで食欲そそるゥ。ふんふーん」《サヴェル》
一段目に詰められた辺り一面の野菜を見つめながらも、微笑み鼻歌を口ずさみながら受付を越えて病棟へ走り出してしまった。
|「あーあ、開けたらちゃんと入ってるのに…ねえ、彼の分まで誰か食べない?」《命子》
弁当の二段目の中心を飾る大きなハンバーグに魅入られ、迷わず声を上げる。
|「あ、俺食べます…ハンバーグ、好きなので」《五喜》
|「ふむ、あなたはハンバーグが好きなんですか?素晴らしいですねえ。ワタシもです」《アリス》
|「じゃあ、半分にしましょうか」《五喜》
少しずつ箸で割っていると、中から髪の毛が伸びた。その途端によぎった嫌な考えを忘れるためにも、髪の毛を引き抜いて床に投げる。
|「ねえ、あんさんが雫を殺したの?」《メルテス》
背後に座っていた彼女が、こちらに体を向けずに話しかけた。
|「ごめんなさい、ごめん、なさい」《五喜》
|「雫は仲間だった、すいーつ仲間」《メルテス》
|「__ ごめんなさい __」《五喜》
|「…このままだと、命子の奴隷になっちゃうよ?いいの?」《メルテス》
答える前に、弁当を持ちながら他のナースに話しかけに席を立ち上がっている。
|「叶飛!みーつけた!これあげる」《メルテス》
|「お、マジ?さんきゅ」《叶飛》
|「んはっ、やっぱお前良い奴だよな。」《叶飛》
それからしばらくの間、楽しいはずの食事の時間が続いていた。
足りないきみは風を喰む2
|「ここがナースステーションです!」《命子》
|「ふむ、皆さんで軽い挨拶をしましょうね」《アリス》
|「…あ、幸風五喜です」《五喜》
|「ジブンはメルテス・メメル。あんさんらも名前名のってよ」《メルテス》
体格とは大きく異なるジャケットの袖を少しばかり揺らしながら、俯くばかりの他のナースを指している。
|「んーにゃ、名前言いたい気分じゃないもーん。当ててみんしゃぁ」《サヴェル》
|「いやいや、じゃあ私が代わりに…彼はサヴェル・アスタ!」《命子》
|「初めまして。私は琴森雫と申します。」《 雫》
|「で、叶飛さんは?自己紹介!」《命子》
|「…何お前?そんなに死にたいんだ?」《叶飛》
舌打ちをしながら、嫌悪感を溜め込んでいる瞳をこちらに向けて睨んでいた。
|「もうー、食べても美味しくないですからね!」《命子》
|「そう、彼は七秘叶飛です」《命子》
|「と、まあ!以上がナースの皆んなです」《命子》
とびきり明るくいわゆる仕切り役であろう彼女が、それぞれ自由に過ごすナースたちに呆れながら笑っている。
|「それではさっそく、お願いしてもいいですか?」《命子》
--- もう一人誰かを連れてきてください ---
|「恋人、家族、他人!誰でもいいですよ」《命子》
|「…連れてきて、どうするんですか?」《五喜》
|「優しく言ったほうがいいんですかねえ、それともやっぱり厳しく言ったほうがいいんでしょうか?」《アリス》
|「うーん、まあ!連れてきた後に言います!」《命子》
紹介された自室に一人で向かっている最中、背後のナースステーションはひどく盛り上がっていた。
足りないきみは風を喰む3
|「__ 暗い、怖い __」《一花》
新しい職場の仲間を紹介したい、と嘘が混ざった話をして連れてきてしまった。
|「…あの、連れてきました、妹です」《五喜》
|「新人さァん?お名前どうぞぉ。あと名前と?名前とー、名前…あ、年齢もか!てことで、とりあえずゆーの自分のことぜぇんぶ話してみんしゃぁ。」《サヴェル》
引きつった笑顔を貼り付け、ただ固まったままそびえ立つ水色の髪をした男に怯え、耳元で囁いてくる。
|「十七歳、一花です__ …って、ねえ?本当に大丈夫なの? __」《一花》
ちょうどいいところに、目当ての彼女がナースステーションから手を振りながら走り出してきた。
|「…あ!居た、居た!ナースステーション集合って言ったのにー!」《命子》
|「五喜さん、良かった!連れてきてくれたんですね」《命子》
|「軽い説明をしますのでナースステーションへ来ましょうか!」《命子》
|「名前…えっと、貴方、誰ですか?」《一花》
|「産一命子!…産に一で命と子!」《命子》
|「あ、私も同じ漢字が入ってる」《一花》
それから数分後、ナースステーションと食堂を越えた遠い向こうにある自室を眺めながら歩いている。
|「…え」《五喜》
少しだけ開かれた扉の奥で、嫌な音を立てて何かを楽しそうに食べる命子のその周りで確かに一花の生首が転がっていた。
|「あれ、いつから居たんですか?」《命子》
|「…命子さん、なんで、一花の」《五喜》
|「ちょっと考えれば分かるでしょう?」《命子》
--- そんなことより、ねえ、五喜さん? ---
--- 次はナースの誰かを連れてきてくださいよ ---
足りないきみは風を喰む1
目が覚めると、ナースが俯きながら微笑んでいる。
|「おやおや、新しい人間さんですよね。いらっしゃいませ、身長は?体重は?年齢は?それから…」《アリス》
|「ちょっと、落ち着いてください!あとでカルテ見せますから!しかも次、私のセリフですからね!」《命子》
|「…我々がもし転生して人間になれたとしたら」《命子》
|「その仮定を詳しく想像するためにお呼ばしました」《命子》
|「とはいえ、少し雑用を任せるだけですけどねえ」《アリス》
ここは天使が働く病院だが、その実態はまるで悪魔的だった。
|「お名前は?」《命子》
|「…幸風五喜」《 こうふう いつき》
|「私は産一命子です、主にこうして新しく亡くなられた方を他のナースさんと日替わりにお迎えして過ごしています」《命子》
|「ナースステーションに向かいましょうか」《命子》
軽やかに靴を鳴らしながら、二人のナースに挟まれている。
「産一さんに、えっと…?」
|「そうだ、アリスさん自己紹介をお願いします」《命子》
|「ワタシはアリスですねえ。それ以外に、自己紹介で話すことってありますか?」《アリス》
|「…うーん、まあ、まあ!いっか!」《命子》
|「では明日から色んなナースさんとも触れ合っていきましょうね!」《命子》
足りないきみは風を喰む6
食事が終わりそうなところで、命子がこちらに微笑みながら手招きをした。そこで、口々に話していた皆んなが静かになる。
|「五喜さん!食堂の片付け手伝って!」《命子》
また、命子がその嫌な単語を空間に吐き出した。そうして、再び雑多とした空気になる。二人きりになった静まり返った食堂の中で、命子は何かを言いかけたこちらを見つめながら不思議そうな顔をする。それでも、またあのお願い事をした。
--- ねえ?またナースを連れてきてくださいよ ---
それから後日、ナースステーションを見渡していると察したような皆から嫌な視線を受ける。
|「おやおや、何か探しているのですか?」《アリス》
|「…食堂の中にカルテを忘れてきてしまって」《 》
|「付いてきてほしいということですかねえ?」《アリス》
「|お願いできますか?《 》」
見つめるこちらの目に視線を貼り付けながら、アリスは乾いた笑いをあげた。食堂についてから、物陰に事前に置いていたカルテを探すふりをする。
|「どうです?見つかりましたか?」《アリス》
|「…いえ、もう少しかかりそうです」《 》
|「いやあ、それにしても今日はお天気がとっても良い日ですねえ。こういう日には、1人くらい人間さんが亡くなってもおかしくはないんですよねえ。どう思いますか?そこの天使さん」《アリス》
そう言って振り返りながら、ナイフを突きつける命子に強い哀れみの目を向けて倒れ込んだ。
|「亡くなったのは人間でも誰でもない彼女でしたね」《命子》
足りないきみは風を喰む8
すっかり汚れきった食堂を、たった二人で隠すようにして掃除をしている。
|「腐敗臭も鼠の死骸も酷い」《 》
|「…ナースも、残りはメメルと叶飛」《命子》
どうしてこの二人が残されたのか
|「ねえ、命子さん?」《 》
どうしてこちらを無視するのか
|「もう少しで掃除も終わりですね」《命子》
そう呑気に呟いた命子を見つめたとき、視界が歪んでそのまま倒れ込んだ。幼少期のいくつかを、思い出した。
--- __ あー、またょごれた __ ---
初めて親に褒められた時は嬉しくて、初めて親に理不尽なことで怒られた時はこちらも腹が立って、初めて親と喧嘩をした時は悲しくて、初めての人生はどれも楽しいものばかりだったと思っている。
--- __ 出血もっとぉさぇたほぅがょかったな __ ---
遠くから聞こえる命子の声を聞きながら、暖かくなる腹と冷たくなる心を押さえながら。しょうもない2回目の走馬灯を、ただ見ていた。
足りないきみは風を喰む7
|「んっへへ〜、わぁいお土産大量だぁ…でぇも、これ全部運ぶの大変さぁね…ぶん投げても良いんかなァ…」《アスタ》
やけに嫌な匂いを放つ袋を引きずり、ナースステーションの前に佇んでいる。
|「…何、君?そんなに死にたいんだ?」《叶飛》
軽く舌打ちをしながらも、袋を運ぶことを手伝っていた。
|「あの、アスタさん?それが終わったら食堂に着いてきてくださいよ」《 》
そう言われたアスタがやけに引き攣った顔をしながら、隣の叶飛に話しかける。
|「…んにゃ、みぃじゃなくてゆぅが行きんしゃあ」《アスタ》
|「君は暇だろうけど、俺はメメルに呼ばれてるんだ」《叶飛》
そういいながら、駆け足でナースステーションを去って行った。
|「…みぃはまだ死にたくなかった」《アスタ》
残されたアスタがこちらに呼び出されたナースが皆んないなくなっていく事実と、最後まで残された事実をまとめて色々察した様子でいる。そうしてまた、食堂が汚れていった。