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目次
#01 『君のそばにいたくて』
--- 中学3年の頃のある日の帰り道 ---
放課後の帰り道、夕焼けが校舎のガラスに反射して、オレンジ色の光が二人の影を長く伸ばしていた。
和正さんと並んで歩くこの時間が、僕はちょっとだけ特別で、ずっと続けばいいのにって思ってた。
でも、今日は……いつもと違って、胸の奥がざわざわしてた。
言わなきゃ。そう思って、口を開いた。
「ねえ、和正さん……好きな人とか、いるの?」
自分の声が、少しだけ震えていた。心臓の音がうるさくて、きっと聞こえてるんじゃないかって思うくらい。
「え……?」
驚いたような声。僕は慌てて目をそらした。
「その、好きな人とか……いるのかなって。気になっただけで……」
「……いない、けど」
「……そっか」
嬉しいような、苦しいような、不思議な気持ちだった。
和正さんの隣を歩きながら、風に揺れる木の葉の音だけが、ずっと耳に残っていた。
--- そして次の日 ---
昼休み、ざわつく教室の中。友達の笑い声、机を引く音、窓の外から差し込む陽射し。
そんな日常の中で―
「琥珀ちゃんっ……俺、好きです!付き合ってください!」
突然、教室の真ん中で、和正さんの声が響いた。
僕は呆然としたまま立ち尽くした。周りの視線が一気に集まる。息が止まりそうだった。
「な、なに言って……///」
顔が一気に熱くなるのがわかった。恥ずかしさと驚きと、いろんな感情が胸に詰まって、もう耐えきれなくて
---
「……和正さんの、バカっ!!」
そう叫んで、僕は教室を飛び出した。
(なんで……なんで人前で言うの!? あんな大事なこと……)
(……僕だって、こんなに……こんなに、ずっと……)
--- その日の放課後 ---
昇降口で靴を履いていたら、後ろから小さな声がした。
「……琥珀ちゃん」
振り返ると、和正さんが、少し困ったような顔で立っていた。
「今日……ごめん。いきなり、あんなとこで言っちゃって……」
「……ほんと、心臓に悪い……。バカすぎるよ……」
僕は目を伏せながら呟いた。でも、その声には、もう怒りなんて残ってなくて、胸の奥のほうがくすぐったかった。
「……うん、ごめん。でも……ちゃんと伝えたくてさ」
「今日の、あれ……返事、聞かせてもらえる?」
和正さんの声は真剣で、まっすぐで。僕は少しの間だけ、黙って空を見上げた。
夕焼けが眩しかった。頬がまた熱くなっていく。
「……僕も……ずっと、好きだった」
その一言を口に出すまで、どれだけ時間がかかったんだろう。
でも、言えてよかった。
和正さんは、少し驚いたように目を見開いて、それから、照れたように笑った。
「……よかった」
僕も、思わず笑ってしまった。
そのあと、二人で並んで帰った。いつもの帰り道。だけど、いつもより少しだけ、距離が近かった。
――風が、なんだか優しかった。
---
🔚
#02 『君の笑顔が見たくて』
付き合い始めてから、少しずつ距離が縮まった。
でも、僕は時々不安になる。
ちゃんと“彼女”らしくできてるかな、とか、和正さんにとって“僕”はどう映ってるのかな、とか。
そんなある日――
「琥珀ちゃん、日曜日空いてる?」
放課後の帰り道、急に和正さんがそんなことを言った。
「え……うん。空いてるけど……どうかしたの?」
「ちょっと、行きたいとこがあってさ。一緒に行こう」
それだけ言って、にやりと笑う和正さん。
なんか、企んでる顔……。
(え、なに? どこ行くの? どこに連れていかれるの?)
僕の中の「?」は膨らむ一方だったけど、日曜まで我慢することにした。
--- 日曜日 ---
待ち合わせの駅前に行くと、私服の和正さんが立ってた。
制服姿とは少し違って、カジュアルな服も、なんだか似合ってて、ちょっとドキッとした。
「よ、琥珀ちゃん。じゃあ、行こうか」
「う、うん……」
(どこに行くのか全然教えてくれない……)
駅を出て、少し歩いた先に着いたのは――
「……え? ここって……」
僕が思わず声を漏らした場所は、小さな雑貨屋さん。
前に、ふと話したことがある。かわいいガラス細工が売ってて、気になってたお店。
「覚えてたの……?」
「うん。前にチラッと話してたよね。行ってみたいって」
そんなこと……一度言っただけなのに。
ちゃんと覚えてくれてたなんて思わなくて、胸がぎゅっとなった。
中に入ると、小さなガラスの動物たちが所狭しと並んでいて、まるでおとぎ話の中に迷い込んだみたいだった。
「どれか、気に入ったのある?」
「え……?」
「今日の目的はさ、これなんだ」
そう言って、和正さんは小さな箱を差し出した。
中には――僕が前に「これ、かわいい」って言った、小さなガラスのうさぎが入ってた。
「……っ!」
「俺、こういうのセンスないけど……君が好きそうだなって思って。ちゃんと笑ってほしくてさ」
「……もう、ほんとに……和正さんの、そういうとこ、ずるいよ」
胸の奥が温かくなって、目が潤んでしまいそうだった。
「ありがとう……。すごく嬉しい……!」
「よかった。サプライズ、成功ってことでいいかな」
和正さんは、ちょっと照れながら笑った。
僕は、そっとうさぎのガラス細工を抱きしめた。
この人と出会えてよかった――
心から、そう思った日曜日だった。
--- 帰り道 ---
夕暮れのオレンジに包まれた街を、二人でゆっくり歩いた。
「……あのさ」
和正さんがぽつりと呟いた。
「俺、君の笑った顔が好きなんだよね。だから、もっと見せてよ」
「……バカ」
僕はうつむいて、けど口元は隠せないくらい緩んでいた。
「そういうの、ちゃんと面と向かって言わないでよ……嬉しすぎるから……」
そして、また少しだけ距離が近くなった。
ガラスのうさぎは、今でも僕の机の上で、やさしく笑っている。
---
🔚
#03 『いらっしゃいませ、ご主人様?』
--- ある日の夕方 ---
「……ただいま」
ガチャ、と玄関の扉を開けた瞬間、和正は違和感を覚えた。
部屋の中がやけに静かで、そして――なぜか、甘い香りが漂っていた。
(……あれ? 誰か来てる)
玄関に脱ぎっぱなしの小さなスニーカー。
(……このサイズ、まさか――)
「和正さんっ!」
リビングのドアを開けた瞬間、目の前に現れたのは――
「お、お帰りなさいませ……ご主人様♡」
パチンとウインクして、右手を胸元に添え、深くお辞儀する琥珀。
メイド服を着て。
「……は?????」
思考が一瞬フリーズする和正。
「……あれ? 反応薄い?」
首をかしげる琥珀。その姿が、似合いすぎていて逆に脳が処理を拒否する。
「ちょ、ちょっと待って。まず、なんでメイド服!? てかなんで俺ん家にいるの!?」
「……あれ、LI◯E見てないの? “今日は鍵借りて待ってるね”って送ったよ」
慌ててスマホを確認すると、確かに数時間前のメッセージに、
LI◯E[琥珀]
> 今日は和正さんの家で待ってる!サプライズあるから楽しみにしててね♪
とあった。
「いやいやいや、だからってこれは……!」
和正は頭を抱えた。視界の隅で、エプロンを結び直す琥珀がくるっと一回転。
「どう? 似合ってる……かな?」
「……いや、似合いすぎてて逆に困るわ……!」
顔が真っ赤になるのを感じながら、和正はソファにドサッと腰を下ろした。
琥珀はくすっと笑って、キッチンから戻ってきた。
「今日はね、“ご主人様おもてなしDay”ってことで、クッキー焼いたの。あと紅茶も入れたよ」
「おもてなしって……」
「いつも和正さんにばっかり優しくしてもらってるから、今日は僕が恩返ししようと思って」
そう言って、目を細めて笑う琥珀。
なんていうか――ズルい。
突然こんなサプライズされて、照れないわけがない。
「……じゃあ、いただきます、ご主人様って言われたし」
「はい、ごゆっくりお召し上がりくださいませ♪」
琥珀はお辞儀しながらも、ちょっとだけ恥ずかしそうに視線をそらした。
和正は一口クッキーを食べて、ふっと笑った。
「……なんか、こういうのも悪くないかもな」
「え? 何か言った?」
「いや、何でもない」
(……でも、本当にかわいすぎるんだって、琥珀)
---
(……ちょっとだけ、ネットで調べた“彼氏を喜ばせるサプライズ”に書いてあった通りにやってみたけど……)
(……恥ずかしすぎて、もう二度とできないかもしれない……!)
でも、その日の夜、和正から来たメッセージには
LI◯E[和正]
<正直、今日の琥珀、最強だった。
< またお願いしたいレベルで破壊力あった……。
とあって――
(……またやるのも、悪くないかも)
こっそりそう思った琥珀だった。
🔚
#04 『絶対服従』:琥珀のメイドサプライズ・延長戦
『絶対服従』:琥珀のメイドサプライズ・延長戦
その日。
和正の部屋で、いつものようにくつろいでいた琥珀は、ぽつりと口にした。
「和正さんって……“命令する”側とか、あんまり得意じゃないよね」
「は? なんだその言い方。どういう意味だよ」
「ふふっ、悪い意味じゃないよ。ただ、いつも優しいし、僕のこと大事にしてくれるからさ」
「それ、普通に嬉しいけど……なんか含みあるな?」
琥珀はクスッと笑って立ち上がると、棚から例の“メイド服”を取り出した。
(この前のやつ、ちゃっかり持ってきていたらしい)
「じゃあ――今日は、僕が和正さんに“絶対服従”してみるっていうの、どう?」
「……はあ???」
突然の提案に、和正は目を丸くする。
「僕が和正さんに“なんでも言うこと聞く”って設定で遊ぶの。どう? 楽しいと思わない?」
「いや、いやいやいや、待て待て琥珀、それはさすがに――」
「拒否権、ありません♡」
ニコッと微笑んで、琥珀はドアの向こうへと消えていった。
--- 10分後 ---
「……お待たせ、ご主人様」
パタン、とドアが開いて
そこには再び、メイド服姿の琥珀が、恥ずかしそうに俯きながら立っていた。
「今日は僕、和正様のしもべです。どんなご命令も、絶対です」
「……まじか」
和正は額に手を当てた。
(やばい……前回も可愛すぎたけど、今日はなんか……破壊力が二倍だ……!)
「……な、なんでも、って言ったな?」
「はい。今日一日、“絶対服従”です。ご主人様のご命令、なんなりと♡」
(なんなりとって……絶対本人、ネットで調べてるだろ)
「じゃ、じゃあ……まずは、お茶」
「かしこまりましたっ」
キッチンにぴょこぴょこ向かう琥珀。
その後ろ姿を見ながら、和正は完全に顔が崩れそうになるのを必死で抑えていた。
(かわいすぎる……これ、やばい……)
--- 数分後 ---
「はい、ご主人様。お茶とお菓子です♪」
「お、おう……じゃ、じゃあ……“あーん”して?」
「……!? わ、わかった……あーん……///」
琥珀が差し出すクッキーを口に入れる和正。
二人の距離が、どんどん近づいていく。
(やばい。俺、今日死ぬかもしれん……)
--- その日の夜 ---
遊びがひと段落し、制服に着替え直した琥珀が帰り支度をしていると――
「なあ、琥珀」
「ん?」
「次は……俺が“絶対服従”する番な」
「……!」
琥珀の顔が一気に真っ赤になる。
「ば、バカ……そ、それは……っ///」
「俺も、ちゃんと“しもべ”やるわ。命令してくれていい」
「……ほんとに言ったね? 後悔しないでよ?」
「おう、望むところだ」
そう言って、二人は笑い合った。
それはちょっと甘くて、ちょっと照れくさくて、
“好き”を確かめ合う、ふたりだけの小さな遊びだった。
🔚
#05 『ご主人様は僕。しもべは君。』
「じゃあ次は――僕の番、だよね?」
そう言った琥珀は、いたずらっぽい笑みを浮かべながら指をピンと立てた。
「和正さん、今日一日、“僕のしもべ”やってもらうから。絶対服従だよ?」
「……マジでやるのか、コレ」
「やるよ。前に言ったもん。後悔しないって」
和正は頭を掻きながらため息をついたが、その表情はどこか嬉しそうだった。
--- 朝 ---
「まずは、お弁当!」
「はいはい……ご主人様のために腕を振るわせていただきますよ」
「態度が軽いぞ、しもべ」
「へいへい……“琥珀様”」
「……っ、それはちょっと……///」
照れて赤くなる琥珀を見て、和正はクスッと笑った。
でも本当に、しっかりしたお弁当を作ってくれた。
卵焼き、ミニハンバーグ、彩りまでバッチリ。
お弁当箱の蓋には、ちっちゃく「K+W♡」の文字が書いてあった。
「これ……書いたの?」
「うん。せっかくだし、ご主人様らしく」
「いやそれ、ご主人様じゃなくて乙女やん」
--- 昼休み ---
「和正さん、こっち来て。今日は僕が膝枕してあげる」
「は!? いやそれ“しもべ”の仕事じゃないの!?」
「しーっ、口答え禁止。今日は“ご主人様”が癒しを提供する日なの」
そう言って和正を強制的に横にさせ、自分の膝に頭をのせる琥珀。
「……恥ずかしいだろ、これ……」
「僕だって前やったんだから我慢して。あと、耳かきするよ」
「まじで?!」
耳かき棒まで出てきて、本格的だった。
(これやるの、完全に“愛”だよな……)
「動かないで。ちょっとでも動いたら、お仕置きするよ?」
「……っ、それ、どっちの意味?」
「さぁ、どっちでしょう」
琥珀の声は、やけに甘くて――
和正の鼓動はどんどん早くなっていった。
--- 放課後 ---
帰り道、二人並んで歩きながら――
「あと1つ、命令あるんだけど」
「まだあんのか……」
「うん。ちゃんと聞いてね。それは――」
琥珀は立ち止まり、和正の目をまっすぐ見て言った。
「“ずっと僕のこと、好きでいて”」
和正は驚いた顔をした後、ふっと笑った。
「それはもう、命令されなくても守るわ」
「……ずるい。そういうとこ、ほんとずるい」
照れくさそうに笑う琥珀。その手を、和正がそっと握る。
「でも今日はご主人様だから、ちゃんと返事してくれる?」
「……はい、ご主人様。これからもずっと、あなたのことが大好きです」
「……っ! バカっ……!」
琥珀の顔は真っ赤だったけど、どこか嬉しそうで。
その日は、“ご主人様としもべ”という設定の中に、
いつも以上の“好き”が詰まっていた。
--- 数日後、和正のつぶやき ---
「次は……“お姫様と騎士ごっこ”とか言い出さなきゃいいけどな……」
「え? 言おうと思ってたんだけど?」
「……俺、絶対逃げられねぇじゃん……」
色々大変な和正だった
🔚
#07 『親にバレて気まずい翌日編』
--- 翌日 ---
学校の教室。
昨日の“親フラ事件”がまるで夢だったかのように、いつも通りの朝を迎えた二人。
「なあ琥珀……昨日のこと、どう思ってる?」
「も、もう思い出したくない!!///」
「いや待てよ、俺もすげー心臓やばかったからな」
和正は笑いをこらえつつ言った。
「うちの母さん、たぶん気づいてたと思うよ。なんかさ、『彼女ちゃん可愛いね~』ってニヤニヤしてた」
「うわあああああ!!完全にバレてたの!?!?もう絶対、気づかれてたぁ!!」
琥珀は慌てて顔を真っ赤にして机に伏せる。
「でもな、空気読んでたっぽいから、言い出せなかったんだと思う」
「そっちの方がヤバい!!」
和正は苦笑いを浮かべながら続ける。
「『もう少し仲良くなってから泊まりに来なさい』って言われたぞ」
「まじで!?交際公認!?///」
「いや、そんなわけない。でも前よりはちょっと距離が縮まった気がする」
そんな話をしていると、クラスメイトの一人がニヤニヤしながら近づいてきた。
「おいおい、昨日の話、校内にもうバレてるぜ」
「ええええええええ!?」
慌てる二人。
でも、その動揺も幸せの裏返しだと知っている。
「まぁ、仕方ないよな。隠すの疲れたし」
「そうだな。これからは堂々と行こうぜ」
そう言い合って、二人は手をぎゅっと握り合った。
#06 『そんなタイミングで帰ってこないで』
--- 放課後 ---
和正の家。
両親は共働きで、夜まで帰ってこないはずだった。
「……もう、近い……」
「自分でくっついてきたくせに」
「……ちがっ、これは、その……っ///」
ベッドの端に並んで座る二人。
和正が琥珀の手を握ると、彼女の肩がピクリと跳ねた。
メイド服を着てるわけでも、何かのごっこ遊びをしてるわけでもない。
ただ、いつもより距離が近いだけ。
その“だけ”が、やけにドキドキする。
「……ちょっとだけ、目つぶって」
琥珀がぽそっと言う。
「え?」
「……キス、してみたい」
和正の目が一瞬見開かれる。でも、すぐに頷いた。
(……まじか。これ、夢じゃないよな?)
お互いの顔が近づく。
指先が重なり、呼吸が重なり、目を閉じる――
その瞬間。
ガチャッ!!
「ただいま~。今日、会議なくなって早く帰ってきたよ~!」
玄関から母親の声。
「――――ッ!!?」
「やばいっ!!!!!!」
二人は反射的に飛びのく。
琥珀はベッドから転げ落ち、和正はとにかく枕を手にして意味不明なポーズで固まる。
「……ちょ、まって、どうする、どうする!? 僕、隠れる!? 出る!? 逃げる!?」
「落ち着け、落ち着け琥珀、頭低く、音立てるな!」
琥珀はベッドの横に隠れるようにしゃがみこみ、顔を真っ赤にして震えていた。
(な、なんで今!? 今じゃなくてよくない!?)
(よりによってあんなタイミングで帰ってくる親いる!?)
ドアノブがガチャガチャッと揺れる。
「……和正? あれ、鍵閉まってる? 部屋にいるんでしょ~?」
「う、うん! 今ちょっと! 勉強してる! ちょっと待って!」
「ふーん。あ、お菓子あるから、後で持ってくねー」
「りょ、了解ッス!」
ドアの前の気配が離れ、二人はほぼ同時にドッと力が抜けて崩れ落ちた。
「……死ぬかと思った……」
「心臓止まるかと……!」
お互いを見て、次の瞬間――
「……ぷっ」
「はははっ、なんだよ今の!」
「ご主人様、命令が一個足りませんでした、“親フラ警戒せよ”って!」
笑いながら、二人はようやく落ち着きを取り戻した。
--- その後 ---
ちゃんとご挨拶するまで、部屋のドアは必ず開けておくルールができた。
でも――
(……たぶん、次もバレそうな気がする)
そんな予感が、なぜか二人の中で共通していた。
#08 『父親と和正のガチトーク編』
--- 数日後の放課後 ---
琥珀の家。
和正は少し緊張しながら玄関のチャイムを鳴らした。
「……お邪魔します」
家の中は温かくて、どこか落ち着く雰囲気が漂う。
「和正くん、ちょっといいかしら?」
琥珀の母親がにこやかに声をかける。
「うん、もちろん」
するとリビングから厳つい声。
「君が、琥珀の彼氏か?」
居間のドアが開き、琥珀の父親が静かながらも威圧感のある眼差しでこちらを見ていた。
「は、はい。和正と申します。娘さんを大事にしています」
「言葉だけじゃ足りん。泣かせたら許さんぞ」
「ええっ!?」
緊張で声が震える和正に、父親は静かに続けた。
「責任取る覚悟はあるのか?」
「はい、本気で、必ず幸せにします」
数秒の沈黙の後、父親はふっと笑みを浮かべた。
「よし、合格だ」
「え?」
「俺も若い頃は似たようなことをしていた。応援している。ただし、部屋のドアは開けておけ。わかるな?」
「えっ!?それは……」
和正が焦る中、琥珀は控えめに頭を抱えた。
「お父さん……!?」
そんな日、和正は一歩大人になった気がした。
#09 『家に泊まることになったけど和正のベッドがひとつしかない編』
急な雷雨が降ったある日。
琥珀は傘も持たずに外出してしまい、和正の家に避難することになった。
「大丈夫?今日は泊まっていったほうがいいよ」
「うん、ありがとう……でも布団は?」
「親は旅行中だから部屋は使えるけど、布団は俺の分だけしかない」
「じゃあ、どうするの?」
「……俺、床でもいいよ」
「ダメだよ風邪ひくし……じゃあ、一緒に寝る?」
「えっ、本当に?」
「うん。仕方ないよね。ベッドは広いし、ぎゅうぎゅうじゃなければ大丈夫」
その夜、二人はベッドの端っこに並んで横になった。
距離は15センチくらい。
お互いの呼吸が聞こえて、胸の鼓動がバクバクしていた。
「琥珀、寝た?」
「ううん……眠れない」
「俺もだよ。君の息遣いが聞こえる……」
「ば、ばか!言わないでよ!」
「でも……嫌じゃないよ」
「僕も……」
二人はぎゅっと手を握り合い、やっと眠りについた。
翌朝、起きるとお互いにしっかり抱き合っていて、思わず顔を見合わせて笑った。
#10 『メイド琥珀、いらっしゃいませご主人様』
--- 文化祭2日目---
午後1時
「……で?なんで俺がメイド喫茶なんかに来なきゃいけないんだよ」
「いやいや、和正。文化祭といえばメイド喫茶でしょ?名物だぞ?」
「誰が決めたよそんなの……」
和正は気怠そうに腕を組みながら、陽斗に連れられて校舎内の特設メイド喫茶へと向かっていた。
「つーか、女子がやってんのか?男子クラスのノリとかだったらマジで帰るからな」
「大丈夫だって。俺の情報筋によると――“当たり”らしい」
(当たり……?)
よく分からないまま入店すると、薄暗い教室の中に、クラシカルな音楽と甘い香りが広がっていた。
「いらっしゃいませ、ご主人様♡」
と、黒と白のメイド服に身を包んだ数人の女子が笑顔で挨拶する。
和正は何とも言えない空気に包まれながら、静かに座った。
「ほら見ろ。クオリティ高ぇだろ?」
「……まぁ、想像よりはマシかもな」
と、そこへ――
「……っ!?」
「ご主人様、おかえりなさいませ――って」
視線の先にいたのは――
メイド服姿の琥珀だった。
「――っ!なんで!?」
和正の脳が一瞬、真っ白になる。
「……こ、こはく……?」
「……和正!?」
二人が固まったその瞬間――
「え、まさかお前、今日ここでメイドやってんの!? 聞いてねーし!!」
「し、仕方ないでしょ!クラスの女子全員出なきゃいけないしっ……!」
琥珀は頬を真っ赤に染めながら、エプロンの裾をぎゅっと握っていた。
「いやでも、その……似合ってるし、可愛いけど……! っじゃなくて、そういうの事前に教えとけよっ!」
「言えるわけないでしょ!? 恥ずかしすぎて!!」
「わーお。これ、今だけでご飯3杯いけるわ」
陽斗は隣でニヤニヤが止まらない。
「……あの、和正はどれにしますか?メニュー……一応ご案内、するから……」
「え、お前が担当すんの?」
「そ、そういうシステムだからっ!」
琥珀は俯きながら、メニュー表を手渡してきた。
近距離で見るメイド姿の琥珀は、普段の彼女とまるで違って見えて――
「……なんか、すげーな。可愛いとかそういうの通り越して、夢かと思った」
「や、やめてそういうこと言わないで!!もうこれ以上、心臓もたない……!」
---
陽斗は別の席に移動し、気を利かせた(という名のニヤニヤ置き土産)。
二人きりの時間が始まる。
「じゃあ、オムライスで……」
「……畏まりました。あの、ケチャップでお絵描き、されますか?」
「……頼んだら、やってくれるの?」
「う、うん。仕方なく、ね。ご主人様だから」
琥珀は恥ずかしそうに赤いペンを手に取り、
“♡K♡”と描いた後、「……あーん、して」と差し出してきた。
「マジでやるの!? ここ文化祭だよ!? 学校だよ!?///」
「うるさいっ……今はメイドだから!我慢して!」
「…………はい、ご主人様、いただきます……」
その瞬間
「和正が、あーんされてる……だと……?」
教室の隅から陽斗がシャッター音と共にガッツポーズを取っていた。
--- 放課後 ---
夕焼けに照らされながら、和正と琥珀は並んで歩いていた。
「なあ、あれ……マジでやばかったぞ?」
「ううっ……忘れて……一生の黒歴史だよ……!」
「いや、マジで可愛かった。似合ってた。……写真、撮っておけばよかったかも」
「っ!? や、やめてよほんとに……でも……」
琥珀はちょっと俯いてから、小声で続けた。
「……あとで、こっそり……もう一回くらい、褒めてくれても……いいよ」
和正は笑って、ポンと琥珀の頭を撫でた。
「……はいはい、ご主人様♡」
「それやめろってば!!」
けれど、その日――
和正の中で、「メイド姿の琥珀」は一生消えない記憶となった。
#11 『おいでよ、お姫様』
--- 文化祭の午後 ---
琥珀は友達と校内をまわっていた。
メイド喫茶のシフトも終わり、やっと“普通の生徒”に戻った気がしていた。
「ねえ琥珀~、次どこ行く?」
「うーん……じゃああれ。C組のホスト喫茶、ちょっと興味あるかも」
「え、意外。そっち系好きなの?」
「いや、別にそういうわけじゃ……ただ噂になってて。『C組の王子様がヤバい』って」
「えーじゃあ行こ行こ! どうせなら指名しよ!」
「え、指名制なの?」
「らしいよ? 面白そうじゃん♡」
そうして、冗談半分でドアを開けたその瞬間――
「――いらっしゃいませ。今日という特別な日に、僕に会いに来てくれてありがとう」
琥珀の目の前に現れたのは――
ホスト服を着た和正だった。
「…………え???????」
「え、え、え、ま、待って、え!? 和正!?」
「――あっ」
和正も一瞬フリーズした。
金の飾り付きのジャケット、軽くセットした髪。
普段の無頓着な姿とはまるで別人だった。
「お、お前なんで……来て……」
「……そっちこそなんでそんな格好してるの!?!?」
「……クラスの出し物。断りきれなくて……」
(な、なにこれ……カッコよすぎる……)
琥珀の顔はみるみるうちに真っ赤になる。
周りの女子生徒たちが「キャー♡和正さま〜♡」と黄色い声を上げる中、
琥珀だけが異質な空気を纏って立ち尽くしていた。
「……ご指名、どうされますか?」
「えっ、指名……」
「今だけだぜ? 俺を選んでくれるの、お姫様?」
その瞬間――
「っ……だ、誰があんたなんか指名するかああああ!!!」
琥珀は顔を両手で覆って、逃げるようにその場を離れていった。
和正はポツリと呟く。
「……あーあ、照れすぎだろ、アイツ」
でも口元は、明らかに笑っていた。
閉会式後、屋上にて。
人混みを避けた琥珀は、ぽつんと夕焼けを見ていた。
そこに和正がやってくる。
「……見つけた」
「……もう、話しかけないで」
「お前から逃げたんじゃん」
「だって……っ、あんなの反則だよ。なんで教えてくれなかったの……っ!」
琥珀は顔を伏せたまま、少し震えた声で続ける。
「……僕、あんな姿見せたのに。メイド服、めちゃくちゃ恥ずかしかったのに……!」
「……」
「なのに和正は、ホストとか、カッコよすぎて……ずるい」
その言葉に、和正はそっと歩み寄り、琥珀の手を取った。
「……じゃあ、今からはずるくしない」
「え……?」
「ちゃんと、目見て言うから」
和正は真っ直ぐ、琥珀の目を見つめる。
「今日の琥珀、世界で一番かわいかった。……お前にだけは、ホントのこと言いたかった」
「…………っ」
「だから、俺がカッコよかったって思ったなら、それは琥珀だけのものにしてよ。……それで帳消しにしてくれない?」
琥珀はしばらく沈黙した後、ぽつりと答える。
「……じゃあ、特別に。あのホスト姿、僕だけにまた見せてくれたら……許す」
「え、またやるの?」
「……部屋で。ふたりきりで」
「――それ、こっちが死ぬやつじゃん」
でも二人の影は、くすぐったい空気に包まれながら、ゆっくりと重なっていった。
#12 『家でホストごっこしてみた』
文化祭の数日後、自宅にて――
「……でさ、本当にやるのかよこれ」
和正は部屋の鏡の前で、慣れないシャツとジャケットを整えていた。
「やるって言ったのは僕でしょ? 言ったよね、“ふたりきりでもう一回見せて”って」
ベッドにちょこんと座った琥珀が、にやにやしながら言う。
「……いや、でもホストモードで接客ってどうすんだよ。俺、そういうの苦手だし……」
「文化祭ではけっこうノリノリだったじゃん?」
「いやあれは……仕方なく……」
(ていうか、あの時マジで心臓やばかったし)
和正はブツブツ言いながら、ついに覚悟を決めたように振り返った。
「……いらっしゃいませ、お姫様」
琥珀「!?!?///」
「今日も一段とお美しいですね。そんな貴女と、この時間を過ごせるなんて――俺、幸せすぎて壊れちゃいそうだ」
「ばっ……かっ……!!ちょ、まってそれはずるい……っ///」
琥珀は思わず顔を両手で覆った。
「いやもう無理無理むり……! 本気で来ないでよ……!」
「え、言ったのお前だろ! “ホストして”って!」
「ちがっ、ここまで本気だと思ってなかったし!!和正イケボすぎだし!!」
「……まぁ、相手が琥珀だから頑張れたけどな」
「……えっ」
「……好きな子のためじゃなきゃ、やってらんねぇよ。ホストとか」
しばらく沈黙した、琥珀がそっと口を開いた。
「……じゃあ、最後に“乾杯”だけして終わりにしよ」
「おう。じゃあ――」
和正はジュースを手に取り、少しだけ照れながら言った。
「今日という日に、世界一かわいいお姫様と過ごせた奇跡に、乾杯」
カチン、とグラスが重なったあと。
琥珀は小さく呟いた。
「……それ、好きってことにしても、いい?」
「もう何回も言ってんだろ。大好きだよ」
そしてその夜、
“ホストごっこ”は、いつのまにか“ただのいちゃいちゃタイム”に移行していった
#13 『文化祭明けの微熱と、あなたの手』
--- 文化祭明け ---
月曜日の午後
教室の窓から差し込む光がやたら眩しく感じる。
「……うーん、なんか……だる」
和正は授業中から体が重かった。
帰宅して体温を測ると、37.9℃。
(マジかよ……疲れたな、俺)
そのままベッドに潜り込み、LINEだけ送った。
LI◯E[和正]
ごめん、今日はだるすぎて無理。ちょっと寝る。
すぐに既読がつき、数分後――
「ピンポーン」
インターホンが鳴った。
(え……まさか)
玄関を開けると、そこには手提げ袋を抱えた琥珀が立っていた。
「ほら、予感的中。どうせ無理すると思ったから……お粥とポカリ持ってきた」
「……お前、天使?」
「黙って寝て」
(☁️……ほんと、和正ってば)
--- 数十分後 ---
琥珀は和正の額にそっと冷えピタを貼っていた。
「ったく、無理しすぎ。ホストとかやるから」
「お前がメイドやるって言うから、張り合っちまったんだよ……」
「えっ、なにそれ……そんな理由で……」
「……お前に、カッコいいって言ってほしかった」
琥珀はピタリと動きを止め、うつむいた。
「……じゃあ言えばよかった。ずっと……カッコよかったよ。悔しいけど」
和正がうっすら目を開けて、琥珀の手を掴む。
「ありがと」
「……だめ。今だけは僕が主導権握るの。いい子にしてて」
琥珀はそっとお粥を差し出し、和正はおとなしく「あーん」された。
(この人、病気だと……甘えん坊になるんだな)
ちょっとだけ得した気分で、琥珀は優しく微笑んだ。
🚪「……って、え?」
そのとき――
ガチャッ
玄関のドアが開いた。
「おーい和正、生きてるかー? 文化祭の反省会プリント届けに――」
陽斗だった。
「…………え?」
「…………は?」
そこには、
和正のベッド脇で、スプーンを持った琥珀と、寝間着姿で額に冷えピタを貼った和正。
完全なる“看病イベント真っ最中”である。
「……なるほどね?」
「いや違うこれはそういうアレじゃ――!」
「なるほどなるほど、これはおジャマだったね~~~」
陽斗はニヤニヤしながら、スマホを取り出した。
「ちょ、撮るな!!マジでやめろ!!」
「ちょっと記念に1枚だけだから! “恋人未満(?)の看病風景”って感じでさ♡」
「やめてえええええ!!」
琥珀は真っ赤になりながらも、思わず和正をかばってベッドに身を乗り出した。
「陽斗くん、今だけは本当に帰って……!お願いだから!!」
「うお、琥珀ちゃん超真剣……これは空気読まなきゃだね?」
「ほんと、お願いだから……今は“悪戯”やめて……」
「……ったく、仕方ねぇなあ」
ようやく玄関に向かいながら、陽斗がぼそっと残す。
「でもさ、俺がいなかったら、もっと進んでたかもね?」
「!?!?!?」
バタン、とドアが閉まる。
しばらく沈黙。
やがて、和正がポツリと呟いた。
「……俺、恥ずかしすぎて熱上がった気がする」
「……僕も」
二人は顔を見合わせ、思わず吹き出す。
「……でも、楽しかったかも。ちょっとだけ」
「俺も。……ちょっとだけな」
再び布団を整えながら、琥珀は和正の手をそっと握る。
「……元気になったら、仕返ししようね。陽斗に」
「うん。大人のやつで、倍返しな」
「ふふっ……和正、言ったね?」
そしてその夜
微熱とほんのり甘い時間は、ひそやかに続いていった。
#14 『陽斗が撮った写真、SNSでうっかり拡散事件』
ソファでまったりと過ごしていたところ、和正のスマホが「ピコンッ」と震えた。
イ◯スタ【陽斗】
今日の反省会の集合写真、良いやつ撮れたから送るね~!
和正「ありがとう…って、集合写真?」
数秒後、大量の写真が送られてきた。
その中に、まさかの一枚が混ざっていた。
「看病中のイチャ甘ショット」
布団に寝て額に冷えピタを貼られた和正に、琥珀がスプーンを差し出して「あーん」している構図。
二人とも顔を真っ赤にして、手が触れそうな距離で見つめ合っていた。
和正「な、何――!? 俺、この写真、見た覚えあるぞ!?」
琥珀「う…嘘でしょ…陽斗に送られてきたの…?」
それだけ言うと、うつむいて青ざめる琥珀。
和正は慌ててスマホを操作し、陽斗に返事を送る。
【和正】
ごめ、超まずいの送られてきたから消してくれ!
しかし数秒後に返ってきたのは…
【陽斗】
消せるわけないじゃん!今“#文化祭イチャ甘”でアップするね!
「ま、マジかよ…!」
焦る和正と琥珀。
慌ててSNSで検索すると…!
「あーん」写真がタグ付きで広まり始めている。
「やべぇ…もう手遅れだ…!?」
琥珀の目に涙が浮かぶのを見て、和正は決意した顔になる。
「大丈夫、俺が謝るから」
その夜は、二人で小声でのんびり慰め合った。