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目次
その子の笑い方
2025/08/27
初めてみた時、綺麗な子だなって思った。艶やかな長い黒髪、黒曜石のようで吸い込まれそうな瞳、華奢だけど芯がありそうな微笑みを浮かべていた。席が隣だったのもあって、私はその子と仲良くなっていった。毎日、一緒に下校して、途中の公園で遊んだ。寄り道はダメだと先生に言われていたけど、どうせ誰もいないし、夜まで公園にいるわけでもない。
今日も2人で下校する。
「最近、はまってるアニメがあるんだー。」私がニコニコしながら言うと、その子は小さく微笑んだ。それがなんだか大人っぽくて、私も大口開けて笑うんじゃなくて小さく笑うようにしよう、と思った。
「どんなアニメ?」その子が聞いた。例えるなら、穏やかな広い湖みたいな声だった。それもまた参考にしたくなった。「バトル系だよ。今、すごいはやってる。クラスの子達も話してたよ。知らない?」私が訊くと、その子は上品に首を傾げ、困ったように眉を八の字にした。
「アニメ、あんまり見れないから。」そっかー。私はアニメが大好きだったので、その子とアニメの話で盛り上がれないことが、残念でならなかった。
公園に着いた。滑り台や、シーソーや、ブランコがある。けれどそのどれもが錆び付いていて、たいして大きい公園でもないので、人は誰もいない。私たちはやはり錆び付いているベンチにランドセルを置いて遊んだ。15分ほどした頃から、その子は自身のキッズケータイをやけに気にするようになった。そろそろ時間なのかな、と最初は思ったが、それならすぐにごめんねー帰るねと言い出せるだろう。それにまだ4時にもなっていないのだ。「どうかした?」私が尋ねると、その子は画面から顔をあげ、口をもごもごとさせた。「あ、いや…。」その子は一瞬画面に視線を落とし、申し訳なさそうに私に言った。
「ごめん、私帰るね。」「えっ。なんで?」「ちょっと親が…。」その子はキッズケータイをポケットにしまい、ランドセルを背負って帰っていった。私は呆気に取られつつ、その子が、お母さんあるいはお父さんのことを「親」と呼んだことに驚いていた。「ママ」「パパ」「お母さん」「お父さん」と呼ぶのが普通ではないだろうか。それが親。その響きは冷たく、その子と家族との間に、距離や壁があるように感じた。
大人びているんじゃなくて、大人びなきゃいけないような理由があるのかも知れない。嫌な何かが心の底から湧いでていた。
弱々しい風が、私の短い髪の毛をすこしだけ揺らした。
次の日、学校に来たその子に、私は訊いた。「昨日、どうして突然帰ったの?」嫌なら、言わなくても良いんだけど。そう付け足すと、その子は「ごめんね。」と答えた。「親が荒れてたから。」俯きがちにその子は続けた。「あんまり詳しいことは言えないんだけどね。」と言いながら、ランドセルを漁りキッズケータイを取り出した。そして、それを操作し私に画面を見せてきた。
「メッセージ画面。お母さんとの。」私は息を呑んだ。その子のお母さんが送ってきたであろう文面に、驚きを隠せなかった。『あああああああああああああああああああああああああああああああああ』…。もはや文章ですらなかった。相手の叫び声が聞こえてきそうになった。目を見開いている私を見て、その子は再び「ごめんね。」と言った。キッズケータイをランドセルにしまう動作は、やっぱり大人のようだった。「いや…。大丈夫だけど…。」この状況で果たしてなんと言葉をかけるべきなのかわからなくて、私とその子の間には、しばらく沈黙が流れた。
その日、その子は早退していた。
放課後、私は久々に1人で下校しながら、その子について思考を巡らせていた。複雑な家庭環境なんだろうなぁと、そこまでは予想がついた。そこからだ。お母さんはどんな状態なのかとか、いろいろ気になるところはあった。が、さすがに根掘り葉掘り聞くわけにもいかないだろう。私が1人もんもんと考えていると、いつの間にか通学路ではない変な道を歩いていた。ボロボロのアパートや小さな家が立ち並んでいた。ここどこだろう、と慌てながら辺りを見渡していた時だった。ボロボロのアパートの部屋から、人が2人出てきた。私はそれをみて、思わずあっと声を上げた。艶やかな長い髪の毛、黒曜石のような瞳。大人っぽい微笑みではなかったけれど、すぐにわかった。その声で相手も私の存在に気付いたようで、驚いた様子で数秒固まった。
「み、美香ちゃん。」その子は女の人を支えていた。お母さんだろう。整えられていないボサボサの髪の毛、よれよれの服。この人があのメッセージを送ってきたのか。その子は女の人を支えながら、ゆっくりと歩いて私の方に来た。「どうしたの?なんでこんなところにいるの?」焦ったような、しかしやはり綺麗な声で、その子は言った。「ちょっと迷っちゃった。」女の人のことが気になったけれど、触れて良いのかわからず、無難な返事をした。女の人から酒の臭いが漂ってきて、思わず一歩、後退る。
「そう、通学路に戻りたいのね?そしたら、ここを真っ直ぐ行って、あの角で右、そしたらすぐに左に曲がって、しばらく歩いたら通学路に出るよ。手が離せないから、案内できないけど…。」その子はいつもとは少し違う、私のみたことのないような表情を浮かべた。「いや、いや、全然、ありがとう。」私がぶんぶん首を横に振ると、その子は大人びた微笑みを浮かべ、「じゃあ、明日、学校で。」女の人を支えながら歩き始めた。少しずつ、少しずつ遠ざかっていくその背中は、なんだかちょっと、寂しげだった。
「…また明日、また明日ね!」私は大きく手を振った。その子は振り返って、口角を上げた。小さくだけれど手を振りかえしてくれた。それは、大人びた笑顔なんかじゃない、疲れと、希望と、それ以外の何かが混ざった、その子だけの笑い方だった。
冷めた視線はでもちょっとぬるい
まえがきわに
2025/09/18
「私にばっかり押し付けないでって言ってるじゃん!」
捺実が叫んだ。班活動で調べたことを、クラスメイトの前で発表する時間のことだった。うちの班の発表はぐだぐだで、席に戻りながら「ダメダメだったね。」と小さく笑い合っていた。捺実の大声に、クラスが水を打ったように静まり返った。そのあと一気にざわつき、クラスメイトの声で溢れかえる。「え、なになに?」「やば!キレてんじゃん。」いつもおとなしい捺実の大声は、クラスのみんなに大きな衝撃を与えたようだった。
「え、どうしたの、捺実?」捺実の幼馴染である遙が、動揺した様子で訊ねる。捺実はくちびるを震わせながらこぶしを握りしめた。「みんな何もしなかったじゃん。私が全部1人で調べてまとめたのに、なんで文句ばかり言うの。」私は何も言い返せなかった。私だけじゃなくて、班の全員が気まずそうに黙り込んでいた。全員、捺実に任せておけば大丈夫だろうと思って、何もしていなかった。捺実も「わかった、やっておくね。」と笑っていたし、不満を言われることもなかった。捺実はいつもそうだった。大人しくて優秀で優しくて、弱音を吐かない。だから強い人間なんだと思い込んでいたけれど、そうではないのかもしれなかった。「ごめん…。」班の誰かが言った。誰の声なのかはわからなかった。私の心がそんなことを判断する余裕もなかったからだろう。みんなの視線が痛かった。みんなに悪者だと認識されることへの恐怖とか、みんなの前で告発まがいのことをした捺実への苛立ちとか、罪悪感とか、焦りとか、そういうの全部が私の喉を締め付け、言葉を出せなくした。
捺実は深く息を吸って、班の全員を1人ずつ見つめたあと、心底軽蔑したような瞳で言った。「もういい。」そして踵を返すと、教室を出て行った。クラスメイトがまたざわついた。本来は事態を収めるべきなのにずっとあわあわと戸惑っていた担任が、捺実を追いかけていった。体から一気に力が抜け、私は自分の席に座った。私を責める捺実も、叱るであろう先生もいなくなったことに安心していた。「俺は謝ったのに…。」班の男子が、椅子に腰を下ろしながら小声で呟いていた。先ほど謝罪していたのは彼だったのだと理解した。私も謝っておくべきだったと思った。例え捺実の心に届かないような表面上だけの謝罪でも、謝ったという事実があれば、それだけで良いから。
Σ੧(❛□❛✿)←使ってる人あまりみない
かわいいこ
2025/11/28 かわいいこ
うわー、かわいいな。初めて彼女を見た時、心の底からそう思った。曲線を描く輪郭と小さなくちびるはそれだけで愛らしさを出し、低い位置で結ばれた髪の毛は少しうねっていて、ブレザーのせいで角張っている肩はそれでも華奢で、膝下の長さのスカートから覗く足は意外に日に焼けていた。私には彼女はあまりにも魅力的に映った。しかし一般的に、彼女は特別可愛らしくはないようだった。友人にそれとなく訊いた時、返ってきた言葉は「えー福井さんっしょ? まー普通じゃね。 あんま目立ってないしよく知らね。」である。世の中見る目がないもんだなと思う。と同時に、見る目がなくて良かったとも思う。他の誰かに彼女の魅力を理解され、彼女が人気者になるなんてことはあってはならないのだ。彼女は自分が魅力的だと気づいていないから魅力的なのだ。一生かわいいと持て囃されずに無自覚に生きて、それなりに不幸な人生を歩み、81とかで死ねばいい。そーゆーのが、私は好き。
「そういう」より「そうゆう」より「そーゆー」
無題833
いじめ表現あり。フィクション。
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いもうと
駄
2025/12/18 いもうと
妹が生まれた。お母さんは愛おしそうな目で生まれたばかりの妹を見る。壊れ物を扱うような手つきで抱く。私はそれが嫌い。お母さんだけじゃない、お父さんも妹に目をやるの。私のことなんてどうでもいいのかなって思う。もちろんそんなことはないんだろうし、誰も悪くないけど、けど、私は私から両親の視線を奪った妹が、ほんの少し嫌い。
「ただいまー」玄関のドアを開け、私は声を張り上げた。靴を脱いでランドセルをほとんど落とすみたいにして降ろす。「外さむかったあ。雪、降ってるよ」返事はない。お母さんと妹は、もしかしたら買い物に行ってるのかも知れない。ランドセルを引きずりながらリビングの方に行った。「おかあさ…」言いかけて、お母さんが床で寝ていることに気づいた。横には妹もいて、やっぱり寝ているので、たぶん妹を寝かしつける時に一緒に寝ちゃったんだろう。ちょっとつまんない気持ちになりながら、でも無理に起こしちゃいけないことはわかっているので、私は自分で自分のおやつを用意することにした。もう背伸びしないでも届く冷蔵庫を開け、プリンを一つとる。あと、スプーン。静かなリビングで食べてもあんまり美味しくなかった。
数分で食べ終え、暇になった私は、妹の顔を覗き込んだ。寝ている妹は、小さくて暖かそうでふやふやしていて、簡単に壊れてしまいそうだと思った。ちょっと興味が湧いた。憎いとまではいかないけど、ちょっとの怒りを込めてツンツンして、ちょっと仕返しみたいなことをしてやりたくなった。頬に触れた。柔らかい。簡単に形が変わる、マシュマロみたいだ。この鼻をつまんだらこの子は息ができなくなるんだろうなとか、息ができなくなったら、この子は死んじゃうなとか、頬をふにふにしながら考える。私は簡単にこの子を殺せてしまうのに、お母さんは全然私のことを警戒していないことに、変な罪悪感を抱く。私はこの子を簡単に殺せてしまうことに、恐怖も抱くの。
あんまり美味しくなかったプリンのカラメルが、喉の奥で甘味と苦味を増して気持ち悪い。甘いのに気持ち悪いなんて、初めてだ。私は自分の手を妹から離して、キッチンに走った。蛇口を捻ると水が勢いよく出てくる。手を洗う。石鹸を使って、何度も、念入りに、洗う。
作
何が澱む
メリークリスマス🎅
2025/12/25 何が澱む
今日は雪が降っていた。私がコンビニで弁当を買って家に帰っている時、元クラスメイトに会った。
「奈那?」セーラー服に身を包み、暖色のマフラーに顔を埋めた竹口は、私を見て驚いたような声を上げた。無視して通り過ぎることもできず、私は視線を曖昧に動かしたまま口を開いた。「…ひさしぶり。」竹口は口角をあげ、久しぶりだねと言った。1年前よりも可愛らしくなっている気がした。
まだ11時半なのに竹口が外にいるということは、今日は中学校は半日だったのか。焦りのような、嫌悪のような、後ろめたさのような、よくわからない感情の中で考えていると、竹口は口を開いた。
「奈那が学校に来なくなって、もう、1年とか? ほんと久しぶりだね。」少しどきりとしながら、小さく頷いた。それで終わり。沈黙が場を支配する。コンビニの袋が手から落ちそうになったので持ち直す。寒いはずなのに手には汗が滲んでいた。この場から早く離れたいと思ってはいるが、それを言えるわけもなく、私はマスクの下で口をもごもごと動かした。「元気? マスクしてるけど…。」不意に問われ、ほとんど反射のように視線を竹口にやった。目が合う。「元気…マスクは、インフル予防で。」竹口は柔らかく笑った。可愛いというより、綺麗で大人びていた。たぶん、竹口は成長していた。身長も高くなっているし、髪型も、ボブだったのが低い位置でのポニーテールになっている。目の奥に何があるのかわからないのも、成長なのかもしれなかった。
「そっか、元気なら、よかった。」私はなぜ竹口はそんなふうに笑い、そんなことを言えるのか、理解ができなかった。
雪が降っていた。私の肩に落ちてきてすぐに溶ける。コンビニ弁当も冷えてしまう。まあそれは、家に帰ってチンすればいいだけなのだけど。
口を開いて声を出しかけて、やめた。私が不登校になったのは、竹口が原因だよと、そんなことを言ってもどうにもならない。
「じゃあね。」竹口は私に手を振って歩いて行った。私も歩き出す。竹口の足跡が積もった雪に残っているのが視界に入り、私はそれを、足跡とは逆向きに踏みつけていった。喉の奥に酸っぱい塊が迫り上がってきて気持ち悪い。竹口のそれをどれだけ踏みにじっても、惨めなのは変わらない。
クリスマスだから雪よ。
適当
一応バッドエンドにしておくか…一応。
息抜きに書いた小説をまとめたやつ。総集編みたいなやつ。
2025/12/25〜
1.普通
(12/25)
教室は、小さな社会だ。
そして私は、そんな社会に耐えられなくて、逃げ出した。
ピンポーンと、家のチャイムが鳴らされた。
いま、この家には私以外誰もいないから、私が出なければならない。重い体をベッドから起こして玄関に歩く。その間に、チャイムがまた鳴らされる。はあいと、聞こえるかもわからないような声量で言いながら、鍵を解除しドアを開けた。
「あ……久しぶり。…あ、初めましてか。」
ドアの前に立っていたのは、セーラー服に身を包んだ私と同い年くらいの女子だった。
いつもの宅急便ではないことに驚いたあと、クラスメイトなのだと察して心臓が1回大きく波打つ。
「あたし、クラスメイトの山吹かゆです。えっと、先生から、プリントとか預かってきたので…。」
そう言って彼女は私に持っていたクリアファイルを渡した。やけに分厚いそれを受け取る。
彼女は続けた。
「みんな待ってるから、来てねって。」
どうせ待ってないのにと、ネガティブでもなんでもなく思いながら浅く頷くと、彼女は小さく頭を下げて帰っていった。
遠くなっていくその背中を、しばらくの間ぼんやりと眺めていた。
私も、不登校の子の家にプリントを持っていく側になれたらよかったのに。
自分の部屋のドアを開け、中に入る。
クリアファイルを机の上に適当に置いた。と言って中身を確認するわけではない。そんなの面倒臭いし、どうせ理解できない。
スマホを手に取り、SNSを開く。大量の情報が一気に頭に入ってくるこの感覚が好きだ。他のことを何も考えなくて良いから。
数分それをいじっていたけれど、だんだんと頭に入ってこなくなってきた。つまり飽きた。もういいやとスマホを机の上で滑らせる。
視線は自然と、分厚いクリアファイルに向いていた。手を伸ばす。クリアファイルを逆さまに持ち替える。
大量のプリントが、重力に逆らえずにバサバサと落ちていった。
グラフ、アルファベット、よくわからない図に誰かの肖像画、たぶん大事なお知らせプリント。いろんなものが混ざり合って、机に、床に落ちていく。私の部屋を汚していく。
快感も嫌悪もなかった。
どうしてこんなことをしたのか、自分でもよくわからない。
けどたぶん、たぶん、届かない普通が、嫌になっただけ。
2.夏の匂い
(12/26)
夏の匂いがする。
もうすぐ、中学生になってから、初めての夏休みがやってくる。特別な予定なんてないけれど。
友達はいないわけじゃない。2人くらい、けっこう話す仲の子がいる。でも一緒に昼食を食べるほどではないし、授業の「2人組になれ。」で組んでくれるわけでもない。
つまり私は地味に孤立している。
元々友達作りは苦手だったけど、小学校の時は幼馴染と同じクラスだったからなんとか耐えてた。それが、中学生になって、幼馴染は3組、私は1組、見事に離れてしまったわけだ。
けど、1人で食べる昼食も別に不味くはない。先生と組むのも少し恥ずかしいけど悪くはない。
チャイムが鳴り響く。6時間目が終わり、終礼が始まり、また終わる。
リュックを背負い教室を出ようとした時、先生に呼び止められた。
一瞬頭に疑問符が浮かんだが、すぐに理解した。
「今日もこれ届けてくれる?高柳さんに。」
先生に渡されたのは予想通りの、プリントが詰められたクリアファイルだった。私は毎週金曜日に、クラスメイトで不登校の高柳という生徒にプリントを届けに行っているのだ。
高柳さんは中学の入学式にすら来なかったので、初めてプリントを届けに行くまで顔も知らなかった。今でも下の名前は知らない。
インターホンを人差し指で押した。
しばらく待つとドアが開き、高柳さんの顔がのぞいた。
「山吹です。これプリント。」
毎週のことなので慣れたもので、高柳さんも浅く頷きながら受け取ってくれる。
それで終わりだ。毎週会うけど、仲がいいわけではない。事務的な会話以外を交わしたことはない。
「じゃ…。」
小さく頭を下げ身を翻した。
「な。」
歩き出した時、後ろから声が聞こえた。振り返る。
「夏休み、いつから?」
それは私に投げられた言葉だった。初めて高柳さんが話したところを見た。驚きつつ、口を開く。
「25日。…あと5日。」
そうだった。あと5日で夏休みに入るのだ。高柳さんにプリントを届けに行くことも、少なくとも夏休みの間はないのだろう。
高柳さんがわかったというように頷いたことを確認すると、私は今度こそ自分の家に歩き出した。
夏の匂いがする。けっこう好きな匂い。
3.風と熱と
(12/26)
私の中学校はあと5日で夏休みに入るらしい。
今さっき山吹かゆに渡されたクリアファイルがいつもより厚く、重量があるのは、夏休みの課題も入っているからだろう。
でも手をつける気には到底なれなかった。どうせちんぷんかんぷんだし、夏休み明けも私は学校に行かないだろうし、先生も誰も、期待なんてしていない。
私が家でぼうっとSNSを見ていた間も、外の世界は動いていた。
季節は変わり、私と同い年の山吹かゆたちは成長して行く。
社会からはみ出た私は置いてきぼりにされる。しかしそれも、当たり前のことだった。
私は自室の、つけっぱなしだったエアコンを消した。その代わりに窓を開けた。
湿った風が入り込んで、カーテンを弱々しく揺らす。
私もみんなと同じようになりたいとか、そんなことを望んでいるわけじゃない。ただ、季節を感じないのは勿体無いかなと思っただけ。それだけ。
窓を開けたことで、外の音が空気に溶けて聞こえてきた。
下校途中の小学生たちの騒ぎ声。車のエンジンの音。私が在籍している中学校からだろう、運動部の掛け声とホイッスルの音も混じっていた。
胸焼けに似た変な感覚に陥った。
熱を持った声が耳に入ってくると、喉の奥が気持ち悪くなった。
私がいなくても世界は何も変わらないって、理解はしていたけど、受け入れることはできなかった。
ちゃんと学校に通っていて、ちゃんと部活動に励んでいて、ちゃんと生活している。そういう人の存在を突きつけられるのは、嫌なことだと知った。
窓を閉めた。湿度の高い風のせいで肌がベタついていた。
現実逃避するみたいに、エアコンをつけた。でもそのエアコンから流れてくる、新鮮な空気さえ、私には似合わない。
4.気づき
(12/27)
夏休みが明けても、高柳さんは学校には来なかった。
私が彼女の家にプリントを届けに行くのはもはや習慣となっていたし、今更面倒臭いとかそんなのは思わない。
ただ、勉強大丈夫なのかなというお節介な疑問は時折抱く。もちろん、訊かないけど。
インターホンを人差し指で押す。ピンポーン。しばらく待つとドアが開いた。
「あ。久しぶり。」
挨拶してプリントを渡す。受け取る高柳さんの肌は、夏休み前と変わっていないか、あるいはさらに白くなっている気がした。外に出ていないのだろう。
「先生が良ければ来てねって言ってたよ。」
みんな待ってるからと先生からの言葉を続けようとしてやめた。
こんな言葉は薄っぺらいし、嘘ではないが事実でもない。みんな、学校に来ていない子のことまで考えるほど余裕があるわけじゃない。
高柳さんは口を開いた。でもすぐに閉じた。
なに、と訊こうとしたけど、言うほどじゃないなら大したことでもなさそうだ。
私はいつも通りじゃあねと残して帰ろうとした。
「もう来なくていい。」
足を踏み出した時、高柳さんは硬い声を出した。
「…もう来なくていい。」
彼女はそう繰り返したあと、ドアを閉めた。鍵がかけられる音が聞こえた。
家に向かって歩きながら、私は沸々と怒りが湧いているのを感じていた。
もう来なくていいって、もう少し感じの良い言い方があるでしょ。結局最後まで感謝の言葉なかったし。
せっかく私が、プリントを届けに行ってあげてたのに。
そこまで考えてふと気づいた。
私が今まで、彼女に感謝の言葉ひとつかけられなくても苛立たなかった理由とか、面倒臭いと思わなかった理由とかを、理解した。
私は結局、自分に酔っていた。
不登校の子、つまりは弱い子に、わざわざプリントを届けにいってあげる自分。
感謝されなくても優しく接してあげる自分。
そういう自分が好きだったし、そこに価値を見出していた。だから、届けに行かなくても良くなったら、私の価値が下がってしまうと危機感を抱いているのだ。
気づいてしまった今、全部がつまらなくなった。
月曜日、担任に「高柳さんにもう来なくていいと言われてしまった」とか相談しなきゃな。
それが面倒で、私は思わずため息をこぼした。
5.光陰
12/27
私が山吹かゆにもう来ないでと放ってから、彼女がやってくることは本当になくなった。
先生から親に電話のようなものは来ていた。しかし親からは今のところなにも訊かれていないので、親は親で自己解決しているのか、悩みすぎているのか、私は知らない。
これから、暇になるなあ、と呟いた。いや別に、今までも暇だったんだけど。
私の小さな呟きは力無く床に落ちていき、ぶつかり、消える。また静寂が部屋を支配する。
今まで山吹かゆから受け取ってきた、プリントが入ったクリアファイルが、本棚に無造作に積まれているのが視界に入った。ほこりの被った、中学1年生の教科書と一緒に。
どうしてかわからないが、それを開きたくなった。
勉強なんて大嫌いなはずなのに。
英語の教科書と、山吹かゆにもらったクリアファイルを手に取った。数学は、ちょっとハードルが高い。クリアファイルから英語のプリントと思われるものを探して抜き取る。
そういえば、結局1回も、山吹かゆに感謝の言葉を述べることができなかった。彼女からしたら割と最悪な奴じゃん。そんな、勉強とは関係ないことが浮かんでくるたびに、頭を振り教科書に集中するよう頑張った。
be動詞、一般動詞、肯定文、疑問文、否定文。
アルファベットくらいはわかるが、単語とか、文法とか、そう言うのはさっぱりで、プリントと睨めっこしながら進めた。
久々に使うシャーペンを握りしめて、教科書の文章を殴り書きみたいに書いた。ノートはどこにしまったかわからないから、そこら辺にあった裏紙を使う。
少しして、どれくらい経ったかなと顔をあげ時計を見た。まだ15分しか経過していない。驚いた。体感、40分くらいなのに。
SNSを見ていたら、1時間も2時間も飛ぶようにすぎる。
時間を実感して噛み締めることができるのは、新鮮だった。無駄にしていないと思えて、嬉しくもあった。
さらに10分くらいシャーペンを走らせた。疲れてきた。ため息をつく。
自然と、スマホに手が伸びた。ちょっとくらい良いだろう。だって、25分も勉強したのだ。
でもいざ動画を見始めると、私が久々に頑張って詰め込んだ知識がボロボロ落ちていく気がして、怖くなった。
私の25分が、体感1時間のあの時間が、無いことになるのは嫌だった。
SNSを閉じた。今はただ、ぼうっとすることにした。
6.変化
(12/28)
もう9月の下旬だというのに、蒸し暑さは夏休み中のそれと変わっていないように感じた。
もうすぐ、中間テストがやってくる。
しかしクラスメイトたちの間にそこまでの緊張は走っていない。
中1の勉強は重要ではあるが難しいものではないので、それも当たり前なのかもしれなかった。
きっと高柳さんも、中1の勉強くらいは自分で勉強しているのだろう。
そこまで考え、自分自身に呆れた。私はいつまで高柳さんのことを引きずっているのだろうか。
初めて他人にあんなふうに拒絶された。ムカついただけでそこまで悲しくはなかったが、インパクトがありすぎた。
学校から帰る時、彼女の家が視界に入ると、少しだけ歩調が乱れる。
でもそれも、時間の問題だろう。
15時半、学校が終わり、私はいつも通り1人で帰路に着いた。
数分歩くと、二階建ての白い壁の家が見えた。高柳さんの家だ。
でも、歩調が乱れることはなかった。頭の隅に高柳さんの顔が浮かんで、すぐに消えた。
私がその家を通り過ぎかけた時、真横からドアが開く音がした。
ほとんど反射的にそちらに視線を動かした。あ。声がもれる。
くしゃくしゃのTシャツを着た高柳さんがそこにいた。彼女は私と目が合うと、困惑したように口を開いてまた閉じた。
バッチリ目が合ってしまった手前、黙って立ち去るというのもよくないだろう。
「久しぶり。」
高柳さんは視線を泳がせながら曖昧に頷いた。そして声を出した。
「まえ…。」
それだけだった。数秒の沈黙。
言わないなら、そこまで大事なことではないのだろうし、適当に言葉を残して帰ろう。そう思った。
「なに?」
けれど、私の口から出てきたのは適当な言葉ではなかった。
私はじっと高柳さんを見つめた。彼女は言った。
「まえ、ごめん。」
「…あー。」
頭に疑問符が浮かんだが、それも一瞬で、すぐに理解した。高柳さんは自身の「もう来なくていい。」という発言を気にしていたのだ。
「ムカついたけど別に。それよりそのTシャツ、アイロンかけたら?」
ほんの少し、仕返しのつもりで言った。
高柳さんは目を見開き、Tシャツに視線を落とした。それから恥ずかしそうな、でも嬉しそうな表情で、はっきりと頷いた。
それが意外で、私はわずかに首を傾げた。
7.まぐれ
(12/29)
中間テスト最終日、最後の科目が終わると、教室は一気に騒がしくなった。
予想外に難しかったとか、逆に意外とできたとか。期末テストに向けて話しているクラスメイトもいる。
期末テストは12月上旬で、あと1ヶ月と少ししかない。早すぎるよねー、という不満げな声がどこからか聞こえた。
1週間後、テストは全て返ってきて、廊下に10位までの生徒の名前が張り出されていた。
学校から配布されているタブレットでも自分の順位は確認できるようになっているが、他人の順位も見たい生徒は廊下に集う。
私もそのうちの1人だった。10分の休み時間。掲示板に歩いた。
まだ自分の順位は確認していない。でもテストの点数はわりと良かったので、もしかしたら10位以内に入っているかもしれない。学年の人数だって90人ほどで、多くはないから、1桁もそこまで高い壁ではないのだ。
掲示板に張り出されている印刷物。1位、2位はだいたいいつも同じ人だけど、それ以下はコロコロ変わる。
1位、2位、3位と視線を落としていく。6位。私の名前はまだない。
あー、ないのかもな、と思いながら7位を通り、8位。
8位 山吹かゆ 394点
私の名前があった。8位だ。意外とやるじゃん。
そこまでの努力はしてないのに結果が出た。好ましいことではないのかもしれないけど、単純に嬉しかった。
「山吹さんて、頭いいんだねー。」
ふいに真後ろから声が聞こえて私は肩を震わした。
「8位でしょ。すごいね。」
振り返ると、掲示板を見上げるクラスメイトの川口菜月がいた。背が高いから、私が見上げる形になる。
川口さんは視線を私に下げ、にこりと笑った。優しそうっていうか、大人びているというか、そんな笑顔だった。
「あたしも結構、やったのにな。でも山吹さんは、あたしより頑張ったんだろうね。ちがう?」
「え、あ、うん。」
私は気まずさを抱きながら曖昧に頷いた。本当はそこまで頑張っていないのに、頑張ったと思われてることに、申し訳ないような気持ちになる。
川口さんは、次は頑張るかーと呟くように言って、教室に戻っていった。
ちゃんと勉強してる人もいるという事実に僅かに驚きながら、再び掲示板を見る。
9位 川口菜月 392点
僅差じゃんと思った。
私は彼女の背中を追うようにして、教室に戻った。
8.それぞれの
(12/29)
11月も中旬になり、家の中が肌寒くなったのがわかる。
私はリビングに降りて、テレビを見ているお母さんに、なんてことないように言った。
「期末テスト、受けようかな。」
お母さんはこちらを振り返り、ええ?と驚いたような声を上げた。
「受けたいなら、全然いいよ。何日だっけ?」
思いの外あっさりとした反応に、私は拍子抜けと安堵を同時に抱いた。
クリアファイルに入っていた、二学期の予定が書かれたプリントを思い出しながら、口を開く。
「12月3日から、あ、でも、全科目は受けれない…かも。」
「そんなん当たり前よ。1科目でも2科目でもいいよ。」
私はありがとうと言って、自室に戻った。
次のテストの範囲は、学校で配布されたタブレットで確認しているから、ちゃんと勉強すれば大丈夫なはずだ。
私は気合を入れて、ほんの少しの不安も抱きながら、机に向かった。シャーペンを握り、数学の問題集を開く。
---
期末テストのちょうど2週間前になった。
今回のテストは、前回よりも努力というものをしてみようかなと、なんとなく思った。
川口さんにも負けたくはなかった。
私は彼女と親しいわけではない。事務的な会話以外を交わしたことはないほどだ。
だけど、川口さんがあと3点取ってたら、私は彼女に負けていたわけで、それになんとなくの焦りを感じていた。
それに今度は、「頑張ったの?」なんて訊かれたときに胸を張って頷けるくらい、頑張ってみたくなった。あまり頑張らないでも8位なんだから、頑張ったら1位を取れるかもしれないという、淡い期待が生まれたのもある。努力したという経験が欲しくなったというのもある。
今まで自主勉強なんてほとんどしたことがないか、勉強法はよくわからないけど、とにかく問題を解きまくればいいのだろう。
そうと決めては、学校のワークを周回するしかない。
机に向かい、宿題以外で開いたことのないワークをめくった。自主学習用に、新しいノートを使う。冷たいシャーペンを握りしめ、ノートにシャーペンを走らせた。
9.終わり
12月3日。
私は心臓が異様に高鳴っているのを感じながら、中学校の正門をくぐった。
中学の入学式だけはなんとか行ったけど、それからは1回だって通っていない。
ほとんど初めてみたいなもの。なので、生徒通用門ではなく来客用の正門から入ってね、とのことらしい。そっちの方が生徒が少なくて気持ち的に良いというのもある。そもそも私は下駄箱の場所を記憶していない。
事務員さんに「立花先生(担任)を呼んでもらえますか」と言えば、職員室に連絡してくれた。立花先生が迎えに来てくれるのだ。私は、校舎に入り、持ってきた上履きに履き替えて待つ。
私1人では教室に行きづらいので、先生が迎えにきてくれるのは、ありがたいと言えばありがたい。でも、ほとんど初対面の立花先生にいきなり一対一会うのも、それはそれで…というものだ。
やってきた立花先生に連れられ、教室に歩く。
立花先生は私の想像よりも優しげな先生だった。安堵。
教室についた。廊下に生徒がほとんどいないのは、今日がテストだからか。それともいつもこうなのか。
中からクラスメイトらの話し声が聞こえた。心臓が縮まるような感覚に陥りながら、私はドアに手をかけた。そのまま横にひく。
中に入ると、私の存在に気づいた生徒が、驚いたように目を見開いた。しかし、話しかけてくる生徒はいなかった。
私は俯きがちに、ついさっき立花先生に教えてもらった席に座った。1番後ろの窓側だ。
視線だけを動かし辺りを見回す。入学式の時に全員と会っているのだけど、そんなのもうとっくに忘れている。
教室のドアが開く音がした。視線をそちらに動かすと、山吹かゆがいた。
知ってる顔に、
と思ったら隕石が落ちてきた。
全員死んだ。
一応ちゃんとした終わり方まで決まってたんだけど、どうにも川口以外のキャラが好きになれなくて、もう本当に何やねんっていう感じで(><)
(><)←これつけてたらなんとかなると思っている。
追記(2026/01/14)
軽く読み返したらばかみたいに設定ミスあってくそわろた。
あと書くの下手。
途中1
田中くじら。転校生は俯きがちに自身の名を口にした。「え、名前、くじら?」という驚きの声がいくつか漏れた。
「田中さんの席はあそこ、窓側の1番後ろ。」窓側の1番後ろは、私の後ろの席だった。「教科書とかもう届いてるよね? まあ、届いてないのあったら隣の席の本田さんに見せてもらって。本田さん、お願いね。」くじらが小さく頷き、席に歩いたことを確認すると、担任は「じゃ、出欠とります。」と声を張り上げた。
1時間目が終わった後の休み時間、くじらの席の周りには誰もいなかった。ふつう転校生がやってきたらその珍しさに人が集まりそうなのに、なぜ誰も話しかけないのかというと、おそらくくじらが特段可愛くもなく、明るそうでも面白そうでもなく、猫背で陰気くさいから、そして、闇が深そうだから。
くじらという珍しい名前の由来は、クラスメイト全員が気になっているだろう。それでも気軽に訊きに行かないのは、この話題が彼女の地雷を踏んでしまわないか、不安になるからだ。きっとくじらが明るく親しみやすい性格なら、そんな心配はなくて、底の浅い質問が教室を飛び交っていただろう。
くじらが転校してきてから、1ヶ月が経った。いつも教室の隅の自分の席に座り、背中を曲げて本を読んでいる彼女に、友達はいないようだった。まあ、わざわざこんな暗そうな子と友達になりたいと思うことは、そうないのだ。
味の上書き
タイトルださ
2026/01/02
ぶすじゃん。
田山くんの好きな人を初めて見た時、そう思った。あくまで見たのは遠目からだから、近くで見たら美人なのかもしれないけど、その可能性は限りなく低そうだった。
あの子、名前は確か篠原だったか。篠原さんより、わたしの方がずっと綺麗だ。スタイルもわたしの勝ち。外見に注いでいる時間も熱量も、多分、わたしが上。声も__あの子の声は聞こえないけど__わたしの声がきもいわけじゃない。そもそも、わたしには特別な欠点はない。あの子には少なくとも、顔っていうどうしようもないような欠点があるのに。それなのに、田山くんはわたしではなくあの子を好きになったらしい。わたしは、自分の好きな人の思考回路が、急にわからなくなってしまった。
あの子のどんなところに惹かれたのだろう?確かに、あの子は人気そうだけど、今も友達と笑い合ってるけど、それは恋愛的にモテてるわけではないだろう。友達として、一緒にいて居心地がいいとか、そういうものなのではないか。だっていくら性格が良くったって、あの顔じゃ、男子の恋愛対象になるのはなかなか難しそうだ。
わたしは下唇を軽く噛みながら、自分の教室に戻った。
昼休み、わたしは友人に訊ねた。
「ねえ。隣のクラスの、篠原さんって知ってる?あの、ツインテールで身長が低い、あの子。」
知ってるよ、という返事は正直あまり期待していなかった。友人は可愛い方だけど、外交的なタイプではないからだ。しかし返ってきたのは意外な言葉だった。
「あ、けっこう話すよ。1年の時、同じクラスだったから。友達。」
「…ふーん。どんな子?」卵焼きをお箸でつまんで、口に運ぶ。わたしの家の卵焼きはちょっとしょっぱい。甘い方が、わたしは好き。
友人は楽しげな口調で言った。「優しいし、良い子。意外とノリいいしね。」わたしの眉がぴくりと動いたのがわかった。でも、ぶすじゃん。内心で反論した。誰にも言わないけれど。友人は続けた。「まあまあモテるらしいし。今彼氏とかいるのかな?てか、ゆみはなんで気になるの?」
わたしはその問いには答えず、ミートボールを口に放り込んだ。卵焼きのしょっぱさと、ミートボールの甘辛さが混ざって、独特な味が広がった。
「わたし、田山くんが好きなの。」唐突に暴露すると、友人は目を輝かせた。女子は恋愛話が大好きだ。
「へー、お似合いじゃん、2人。美男美女。」さっきのあの子の話なんてどこかに行って、わたしと田山くんが褒められてることに、優越感を抱いた。だよねだよねと思い切り乗っかりたい気持ちを抑えて、控えめに口角を上げてみせる。「告白しようか悩んでるの。」友人は、絶対成功するって、と根拠のあるようなないようなことを口にした。
田山くんにわたし以外の好きな人がいることなんて、そしてそれがぶさいくなあの子だなんて、考えもしていないみたいだった。
うん。そうだよね。わたしはミートボールをもうひとつ食べた。卵焼きの味なんてすぐ消えて、甘辛さだけが残った。
(><)
通学路
2026/01/05 通学路
電車に乗り込んだ。席は空いてない。まあ朝の満員電車なんだから当たり前だ。吊り革につかまりぼうっと外の景色を眺める。なかなか動き出さない電車、変わらない景色、ほんの10秒程度で飽きて視線を少し下に落とす。前の人のカバンにキーホルダーが揺れている。知ってるキャラクターだった。何年か前に流行ったやつ。名前は知らない。3文字だったという記憶はある。最近はもう全然みないし。電車が動き出した。体が横に揺れないよう足にグッと力を入れて立つ。これが地味にキツくて、席に座れている人が羨ましくなる。体の前で抱えるようにしている通学リュックが重い。中には教科書やら参考書やら辞書やらが入っている。学校のロッカーに置いておくこともできるけど、家で勉強するわけだから、持ち運ぶしかない。
目的の駅で降りた。学校に向かう。学校に近づくにつれて同じ制服の人が増えてきてなんだか愉快な気分になった。校門をくぐり校舎に足を踏み入れ、下駄箱で靴を履き替える。私の教室は1階にあるので少し廊下を歩けばすぐに教室に着く。自分の席に座ると、前の席の友人と、自然と会話が始まる。
「今日、メガネ忘れて、黒板何も見えないんだけど。」「えーどうすんの。」「ノート見せてくんね。」「えー。まあ考えておく。てか、さっき電車で、なんか結構前に流行ったキーホルダーつけてる人みたんだよね。」「ふーん。ノート頼むよ。」「でさーずっと思い出せなくて、あれ、なんて言うキャラなんだろ。」「その情報だけで私がわかるわけなくね。」「3文字だった気がするんだけどな。」「名前が?」「うん。」「調べれば?」「なんて調べたら出てくるんかわからんもん。」「3文字の名前、何年か前にはやったキャラ、あと、見た目で調べたらいけるでしょ。」「見た目ー、なんか、クマみたいな、ウサギみたいな、それともゾウなんかな。水色ってことしかわからなかったし。」「水色のクマとウサギなんていないから、ゾウでしょ。」「でも1番最初に思ったのはクマなんだよね。」「てか、この教室さむくね?」「暖房ついてるけど、窓開けてるし意味ないよね。」「閉めたいけど閉めちゃだめなんだっけ?」「そう、きついよねー。」取り止めもない会話。
お昼休み。私は購買に向かった。購買は、私がどれだけ早く来れたと思っても、もう生徒で溢れている。どんなスピードで買いに来ている人がいるのか、いつも不思議だ。1番人気の焼きそばパンはとっくに売り切れで、私はメロンパンとカレーパンを買って教室に戻った。先にお弁当を食べ始めている友人の席に、自分の椅子を持って行って座る。カレーパンにかぶりついた。咀嚼し、飲み込んだ後、口を開く。「休み時間にあのキャラのこと、調べたんだけど、出てこなかった。」「キャラ?」「言ったやん、電車で前の人がキーホルダーつけてて、そのキャラが思い出せないみたいなこと。」「あー思い出した思い出した。私は黒板見えないことのが重大だったからさ。」「ノート見せてあげたでしょ。」「まあね。でも授業中に当てられたら答えられないし。」「で、そのキャラがさ、出てこなかったんだよね。」「いまさっき聞いたって。」「あんたもなんか調べてよ。」「いや、私はそのキーホルダー見てないし、共通認識がないじゃん。」「それは確かにその通りなんだけど。」カレーパンを食べ終えた。メロンパンの袋を開ける。甘い匂いが私の鼻をくすぐってきた。
放課後、私は電車に揺られていた。午後4時の電車は朝と比べてあまり人が多くないので、今日みたいに席に座れることもある。通学カバンからスマホを取り出し、検索アプリを開く。水色、クマ、キャラクター、1文字ずつ打ち込んで検索をかけてみる。フリー素材のイラストや、大して水色でないクマのキャラクターが出てきた。一応目を通したけれど、あのキーホルダーのキャラクターはやはりいなかった。やはりあれはクマではなく、ウサギかゾウだったのか。スマホを閉じて息を吐きながら顔を上げた。あのキャラクターが特別好きだったわけでも、思い入れがあるわけでもないし、絶対に名前を知りたいわけでもない。思い出せなくても問題はない。まあいっか、とスマホをカバンの奥に突っ込み、窓の外の景色を眺めた。夕焼けが綺麗だし、景色が動いているから、10秒程度で飽きることはなかった。電車の心地よい揺れが私の眠気を誘ってきた。寝たら起きれなくなるから、寝ないけど。
1️⃣
小説執筆の文字数稼ぎたかった!
今日は3文字しか書いてなかったらしいので、流石に3文字は…と思い。
中学生の頃だった。いじめられてる彼を、私は助けようとした。
助けようとした。
それだけだ。手を伸ばしかけて、やめた。
教室の真ん中で、バケツに入っていた汚い水をかけられた彼は、震えていた。
いじめっ子たちと傍観者である私たちは、彼を囲うように佇んでいた。私はほうきをぎゅっと握った。
こんなことはもうダメだ。私が変えなきゃ。
しばらく前から思っていたことだった。
数十秒か、数分か、誰も動かなかった。いじめっ子たちはくすくすと笑い声をあげ、他のクラスメイトは視線を彷徨わせながら延々と床を掃くような仕草をしている。
私は一歩、足を踏み出した。いじめっ子たちの視線が私に集中した。
ほうきの柄から手を離し、彼に伸ばそうとした。
私の行動を見定めるような視線。心臓がぎゅうと縮こまっていく。彼は助けを求めるような瞳を長い前髪から覗かせた。
あ。ダメだ。
いろんな感情が私にのしかかってきて、もう、ダメだった。重かった。倒れてしまいそうだった。
私が彼に手を伸ばして、彼が私の手を取って、それで、どうする?私は彼を、自分自身を犠牲にしてまで守れない。
私はいじめに耐えれない。
きっとここで彼を見捨てたら、私は助かる、いじめられない。
私は手を下げた。彼から視線を逸らし、一歩あとずさった。
いじめっ子たちが、急に、私を認めてくれたような気がした。
もう恐怖からは逃れられたはずなのに、汗はやっぱり、止まらなかった。
高校生になった。
いま、私のクラスでは、いじめが行われている。
高校生になったのに何も変わっていない。
その事実が、汚くて、でも、生暖かった。
ずぶずぶと沼にはまっていくみたいな感覚が、私は、破滅に向かっていっているようにしか思えなかった。
そしてこの認識は、たぶん、合ってる。私はこのままだと、どうしようもなくなる。
そこまで理解しているのに、沼から出ようと足掻けないのだ。
足掻いたら足掻いただけ、沈んでいってしまう。足掻く私を鎮めるように、沼から、手が伸びてくる。
足掻いたこともないけど、私はそれが、どうしようもなく怖かった。
「ねえ、はな、聞いてる?」
「え。」
ハッとした。目の前には、友人のユカリが不満げな顔を浮かべている。
ここは学校。いまは、ホームルームの前だった。
そこまで思い出した私は、ごめんと苦笑を返した。
「聞いてなかった。」
「もう。」
ユカリは可愛い顔をしている。むっと頬を膨らませても可愛いのは変わらない。平凡な顔立ちの私からすれば、どうやっても羨ましい。でもユカリは、顔なんて普通でいいんだ、というスタンスらしい。どうしてかは知らない。
「今日、日焼け止め塗ってくるの忘れて、ね、ちょっと貸してー。」
「べつにいいよ。体育の時でいい?」
「ありがと!」
ユカリの肌は真っ白で美しい。整った顔立ちに白い肌、まるで高級な人形みたいだ。
私が見とれそうになっていた時、教室に先生が入ってきた。それとほとんど同時にチャイムが鳴り響き、ホームルームが始まった。
先生の話をぼんやり聞いていると、ふいに、教室のドアが開いた。
「北山ー、遅いぞ。」先生が言う。
教室に入ってきた北山ゆずは、俯いたまま頭を下げ、自分の席に座った。どうしてか私の心臓が、彼女を見て、震えるように鳴った。
メモ→ゆかりがいじめてる奴の1人に好かれて(可愛いから)いやだねー。ゆかりちゃん過去にもこう言うことあったから「顔は普通でいい」スタンスなんだろうね。
あと北山はいじめられてる子なので、なんか、主人公が…罪悪感を…こう。
でも多分わたしは続きかけない。
ていうか「ゆ」から始まる名前ばかりだとわかりにくいね。
ほうきと熱
2026/01/10 ほうきと熱
あ、と思った時には、遅かった。私たち以外誰もいない音楽室の空気は、ひどく凍りついていた。目の前に立つマドノさんの顔からは、先ほどまでの薄い笑顔は消え、代わりに驚いたような焦ったような表情が浮かんでいた。
「何、怒ってんの。」マドノさんは眉を歪め口角を上げた。私の先ほどの大声を中途半端な笑いに変えることで取り繕い、表面だけでも整えたがっているのがわかった。私の首に、熱が集中している。熱い。私はほうきの柄を握りしめた。手のひらの汗のせいで少し滑った。「私、そのキャラ、好き。」先ほどの雑談でマドノさんに子供っぽいし可愛くないと笑われていたキャラクター。私の通学カバンにもそのキャラのキーホルダーが揺れていて、マドノさんは多分、続けて「でもゆうかはカバンにつけてるよねー、謎すぎ!」とか言うつもりだったんだろうと想像する。
私は俯いてほうきを動かした。首の熱さが顔にまで上ってくる。心臓が、耳の奥でどくどくと鳴っている。私の顔は真っ赤だろう、いつもだったらそれが面白いなんて笑われてたはずだ。けど今は笑われない。廊下から別のクラスの子達の笑い声が聞こえてくる。
マドノさんが大きく息を吸った。私は顔は上げないまま、視線だけをそちらに動かしたが、制服の襟までしか見えなかった。「ば、…は?…急にこわ…きもいし。」マドノさんは変に震えた声で言って、私と同じようにほうきを動かした。せっかく吸った息を、怒声ではなく細く長いため息として外に出していた。ぶつぶつと何か呟いているけど、私が聞き取れるような声量ではなかった。私の悪口か、文句か、内容がほんの少し気になったけど、知らなくても良いはずと思い直す。
音楽室にゴミはほとんど落ちていなかった。私たちは今までにないくらい、静かにひたすらほうきを掃いたけど、ちりとりに集まったのはゴミとも言えないゴミだった。マドノさんはゴミ箱にそれを捨てた。掃除の時間の終わりを知らせるチャイムが鳴り響き、私たちはロッカーにほうきとちりとりを片付けて、音楽室をでた。教室に戻っている時、マドノさんは私の三歩分ほど前を歩いていた。
春だね
ざつ
「春だねー。」
桜の木を見上げながら私は言う。
「リツナは西高、行くんでしょ?」視線を、隣を歩くリツナに動かして訊ねた。リツナは薄い黄緑色の瞳を私に向けながら頷く。私はその瞳が好きだった。どこまでも透き通っていて美しい。
「そう。ミナミは緑丘高校だよね、制服がかわいいところ。」
吐息のようで消えてしまいそうだけど、どこか芯のある声だった。私はその声も好きだ、耳触りが良い。「でも私よりもリツナのほうが似合いそう。」「そう?」「そうだよ。それに私は、西高の制服のほうが可愛いと思うし。」私の第一志望は西高だった。偏差値62、制服は今と同じようなセーラー服だ。偶然リツナも西高を志望していたので、2人で受かったらいいねという話を何度かした。けれど結果は、私だけが落ちた。仕方のないことだった。模試の点数も良いとは言えなかったし、テスト当日もひどく緊張していたから。それでも第二志望の緑丘高校には受かっていた。なので私は、今年の4月からそこに通うことになっている。
「手紙書こうよ。」リツナは静かな声で言った。「別の高校だし、会う回数とか減るだろうけど、やり取りは続けたいし。」私は背の低いリツナをみおろした。たぶん、150cmもないんじゃないだろうか。
「連絡先交換してるのに、手紙?」「…あ、たしかに。」「え、忘れてたの?」「一瞬。」ふっと笑いがこぼれる。ネガティブでもなんでもなく、リツナはいいなと思う。その性格が好きだなと思う。結局私は、勉強でリツナに置いていかれても、彼女のことが嫌いになれない。
「じゃあ、毎日メッセージ送るからね。」
「うん。」
風が吹いて、桜の花びらが光に滑るように舞った。私とリツナの入学式まで満開でいてねと、自分勝手だけど、心の中で願った。
ざつ
散文
(1/1)
友達と学校から帰っているとき、自動販売機があったので、何か買うことにした。私は自動販売機の前に立ち、どれにしようか、飲み物を睨むようにしながら考えた。甘いジュースが美味しそうだとまず思った。でもジュースは太るかな。しかし部活の後で汗を流したし、ちょっとくらい良いんじゃないか。あるいは緑茶か、いっそシンプルさを追求して水だろうか。ジュースと緑茶の中間っぽい炭酸? 隣でガコン、という音がした。友達はカフェオレを購入したようだ。「まだー?」急かすように言われ、私は慌てて緑茶を選んで買った。冷たい緑茶は、まあまあ美味しかった。
(1/1)
あ。これ美味しそうだな。コンビニに置いてある、肉が入ったおにぎりに手を伸ばしかけてやめた。何度見ても美味しそうなのに変わりはないけど、女子が肉ばかり食べてると、引かれたりしそうだと思ったから。代わりに、シャケが入ったおにぎりをとった。肉の次に好きなシャケ。
(1/13)
隣に座ってる子が消しゴムを落とした。私はそれにすぐに気づいたけど、隣の子のことがあまり好きじゃないから、視線をすっと逸らして、何も知らなかったことにした。しばらくして、ようやく消しゴムが机の上にないことに気づいた隣の子が、席から立ち上がり探し始めた。私も上半身を軽く動かして探すふりをした。数秒して私はあっと声を上げ、消しゴムを取った。隣の子に渡した。低い声でありがとうと言われた。私は黒板に向き直して、シャーペンを握った。
(1/13)
自習の時間。先生はしばらく席を外している。ちゃんと勉強してる子は6人程度で、鏡で見た目を整えてる子が2、3人、友達とこそこそ話してる子が4人くらい、私みたいにぼーっとしてるのが3人。それ以外の子は、何してるのかよくわかんない。
(1/13)
糖分補給でラムネを食べてたら、1粒床に落とした。3秒ルールということでサッと拾ったけど、一瞬食べるか迷った。でも結局食べた。普通の味がした。
(1/13)
学校の廊下を掃除してたら、画鋲が落ちてた。ほうきで軽く掃くと、思った以上に廊下の上を滑って私の方に来たから、ちょっと後ずさった。ちりとりで回収しながら、これってゴミ箱に捨ててもいいのかなとか考えた。考えた末、捨てた。
(1/13)
ご飯を食べていると、奥歯の方で砂を噛んだみたいなジャリッという音がした。え、砂?と一瞬嫌悪のような不安のようなものを抱いたけど、確認するほどでもないし、変な味がするわけでもないので、そのまま飲み込んだ。飲み込んだ後、なんだったんだろうと思った。
画鋲は燃えるゴミではないよ。
まあ小説ってフィクションですから。
小説では犯罪者主人公が肯定されて生きてることもある。
素敵なイナちゃん
水をかける描写があるけど、グロエロはないので
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可愛い名前シリーズ。イナちゃん。ツミちゃん。
あと、飯田さんって苗字の子どっかで出したいな。いつか出す。
嘘と熱、毒
まえがきわに
2026/01/22 嘘と熱、毒
朝。通学路を歩いていると地面に赤く鈍く輝く何かを見つけた。なんだろう。駆け寄ろうとしたが通学リュックが重くて走るのはしんどいから早歩き。歩道の端っこに落ちているそれは、おそらくピアスだった。触っても大丈夫そうだったから、あたしはしゃがみ手を伸ばした。小さくて硬くて、太陽光でキラキラと輝いていて美しい。あたりを顔をあげあたりを見回し持ち主を探そうとしたが、誰もいない。とはいえ交番に行って届けるのも、時間が厳しくて無理そうだった。とりあえずあたしが回収して学校が終わったら交番に届けようか。でも持ち主はピアスを無くしたことに気づいたらまず来た道を戻るよね。じゃあ、ここに置いておく方がいいのか。だけどそれはちょっと罪悪感がある。それに踏まれたらかわいそうだ。道の端にでも移しといたらいいかなって、それじゃ余計に持ち主が見つけにくくなるだけだろう。結局あたしは、学校が終わったら交番に届けようと思い、赤いピアスをスカートのポケットに突っ込んだ。小さいから、そのまま忘れてしまいそう。メモしなきゃと思いつつ、ペンはリュックの中だし、スマホも持っていない。頭の中でピアス、ピアス、ピアス、と繰り返しながら立ち上がり学校の方に急ぐ。
学校。休み時間、あたしは次の授業の教科書をとりに、廊下にあるロッカーに行った。スカートのポケットには、まだちゃんとピアスがある。
自分のロッカーから教科書を取り出して、教室に戻ろうとした時、視界の端に黒い服が映った。顔を動かしたら、隣のクラスから男子生徒が出てきて、地面やロッカーの上をキョロキョロと見渡していた。果ては、窓の枠まで。明らかに何かを探している様子だったので、窓枠を熱心に見つめている彼に、あたしは声をかけた。
「何、探してるの」彼は一瞬こちらをみて、またすぐ視線を戻して、答えた。
「ピアス。片方だけ。おれのじゃない」
その言葉に、どきりとした。スカートの中の赤が、主張し始めた気がした。「なんで?」少し困惑しながら、訊ねた。
うちの学校はピアスが禁止されているし、つけてくる生徒もまあいない。まだ、中学生だし。それに、つけてくるにしても、あたしの持ってる赤いようなやつは派手すぎる。耳につけていたらすぐに先生にバレてしまうだろう。だからきっと、これは彼が探しているものじゃない。そんな思考を巡らせる。
「なんで、ってなに?落としたからだけど」
「…じゃ、どんなの。見た目。何色」
「赤いやつ」
答え合わせみたいなものだった。あたしは頭に、毒みたいに鮮やかなあの赤を思い浮かべた。じわじわと、ポケットの赤が、熱くなっていく。ここでこれを出して、素直に「朝拾った」と言えばいい。
でもあたしには、それがなんだかとても難しいことに思えてしまった。今言うべきだと理解していても、手はポケットに伸びていかない。ただ、教科書の端をいじるだけだ。
「なんでいるの、あんたは」
彼に訝しげに問われて、あたしは焦った。焦った末、答えた。
「あたしも探してあげようと、思って。」
ああ、もう、ポケットからピアスを取り出して渡すことはできない。余計な嘘をついてしまったことを、すぐに後悔する。だがその嘘で心がどうしてか軽くなっていることも、事実だった。
彼は、あたしの言葉に驚いたように目を見開いた。好きにすればと小さく言い、別のところを探し始める。その態度に少しムカついたが、あたしは頷きだけを残し、教室に戻った。自分の机の上に教科書を置いた後、また廊下に出て、ピアスを探す。
しかしもちろん、あるわけがないのだ。あたしが持っているのだから。探すふりを20秒ほどして、あたしはふと疑問が浮かび、廊下の奥の方にいる彼に駆け寄りながら訊ねた。
「ねえ、ピアスって、誰のなの?その人はなんで、学校にピアスなんか持ってきてるのよ」
彼は顔をしかめながらあたしに向けた。ずっと思っていたけど、愛想がまるでない。普通の男子中学生って、こういうものなのだろうか。
「山下夏美」
呟くように言われた。知らない人だった。その山下さんがなぜ学校にピアスを持ってきているのかは、教えてもらえなかった。あたしは追求せず、ただ、山下さんは自分が無くしたピアスを他人に探してもらっているのか、と思った。
「てか、名前なに?あなたの名前」続けて問うた。
「は、知らなかったの?」「うん」
彼は視線を下に落としながら答えた。「佐田だけど」ふーん。あたしは身を翻し、廊下の端から端まで探しながら、自分の教室に戻った。次の授業がそろそろ始まる。
昼休み。友達とご飯を食べる。ポケットにはやっぱり、赤いピアスが入っている。
あたしはシャケを咀嚼し飲み込んだ後、口を開いた。「隣のクラス…か、わかんないけど、山下夏美って子、知ってる?」
友達は白米をお箸でつまみながら首を傾げた。数秒考えるような沈黙が落ちて、友達はあ、と声をあげる。
「知ってる。あんまり学校、来てないらしいけど。」
「え、なんで」
「え、知らないけど」
「そりゃそうか」
白米を食べる。シャケと一緒に食べた方が美味しいなと、咀嚼しながら思う。白米は甘いってよく言うけど、まあ確かに甘いけど、白米だけで美味しいと思えるほど、あたしの味覚は発達していないようだ。
昼食を食べ終え、あたしは廊下に出た。5時間目の教科書を取りに行くという目的もあるが、それより、佐田がまだ探しているのか気になったからだ。ロッカーから教科書を取って、彼の姿を探す。しかし廊下に彼はいなかった。流石に教室で友達と遊んでいるか、あるいは、廊下ではない別のところを探しているのか。あたしは無性に気になって、階段のほうまで歩いて行った。
彼はいた。階段の隅から手すりまで、視線をゆっくりと動かし探している様子だった。まだ、探しているのか、まだ見つかっていないのか。まあ見つかっていないのは当たり前だ。もう諦めてしまえばいいのにと、罪悪感を抱きながらポケットに手を入れてみる。このピアスを適当な場所に落として、さも今見つけたかのように「あった!」と彼に差し出してみようか。だけど、彼の探しようならこんな鈍く輝くピアスを見落とすわけはないし、あたしは演技が苦手だから、疑われるかもしれない。
あたしは結局、赤はそのままでポケットから手を出した。教室に戻るか、佐田に声をかけるか迷っていると、階段を探していた彼が顔を上げた。こちらを見た。目が合う。
「何?」
彼に問われ、あたしは慌てて、首を横に振る。何に対しての否定かはよくわからないけど。焦っていることを誤魔化したくて、口を開いた。
「て、ていうか、案外交番に届いてるんじゃないの?学校で落としてたら、目立つから誰かが拾って職員室に届けるじゃん、そしたらタブレットに落とし物の連絡とか、くるし、来てないってことは、外なんじゃないの」
唐突に早口で捲し立てられた彼は、ギョッとした表情を浮かべ、次に不機嫌そうに眉をしかめた。「もう行った。昨日行った」
「あ、そう」気まずい沈黙が落ちる。あたしはそれに耐えられなくなって、くるりと体を動かして、教室に歩いた。背中に彼の鋭い視線が向けられている気がして落ち着かなかった。けれど、ちらりと後ろを見てみれば彼は普通に探していて、あたしの自意識過剰だったことを知る。朝「あたしも探してあげる」なんて言っちゃったけど、全然探していないなとふと思う。だってあたしは、どれだけ探しても見つからないことを理解しているから。彼にとっては、嘘をついたやつでしかないんだろうけど。
放課後。あたしはいつもと違う道を歩いていた。交番に向かっているのだ。交番があるのは知ってるけど、落とし物を拾うことも、迷子になることもそうないので、あたしの記憶が間違っていなければ交番に行くのは人生で初めてだ。
交番に入ると、お巡りさんがデスクに座っていて、少し緊張した。ポケットから赤いピアスを取り出しながらあたしは声を出した。
お巡りさんの反応は驚くほど淡白で事務的だった。それが普通なんだろうけど、あたしの緊張はなんだったんだろうなんて思った。どこでいつ拾ったのか、謝礼をもらうかとか、持ち主が現れなかったらとか、そんなことを訊かれた。謝礼や所有権は正直よくわからなかったし、面倒くさそうだったので、大丈夫ですと答えた。ピアスで謝礼をもらっても、ちょっと恥ずかしいし。
あたしのポケットの中でずっと存在を主張していた赤いピアスは、お巡りさんの手によって無造作に袋に入れられていた。それが、よくわかんないけどズレてて、よくわかんないけど、目が離せなかった。
交番を出て、あたしはあまり歩いたことのない道で家に帰っていた。家が立ち並んでいる住宅街に入った。ここを曲がって、しばらく歩いたら、いつもの通学路に戻れるはずだ。あってるよね?足元にあった石を蹴りながら考えて、角を曲がる。すると、誰かの話し声が聞こえてきた。内容まではわからない。あたしが顔をあげると、前の方に人の姿があった。見慣れた制服を着ている。
佐田だ。
気づいて、心臓が跳ねた。彼は一軒の家の前に立っていて、誰かと話している。普通に考えて、その家の住人だろう。髪が長くて背が低くて、だから多分、女子だ。佐田が通学リュックから赤いファイルを取り出し、その子に渡す。また何か話す。
あたしは自然と止まっていた足を動かした。少しずつ彼らとの距離が縮まっていく。会話の内容が聞き取れるほど。
「__ピアス、探したけど見つからなかった」
「そっか」
あたしは息を呑んだ。でも、歩みは止めなかった。
佐田があたしの足音に気づいたようで、こちらに顔を動かした。その瞳が見開かれる。あたしは別に、悪いことをしているわけじゃない。わかってはいる。けれどもあたしが会話の内容を聞いてしまったことは、あたし自身にとっても、彼らにとっても、良くなかったなと思った。
あたしは彼らと普通に会話ができる距離で立ち止まり、喉の奥に苦味が広がるような感覚になりながら、言葉を探した。
「いや、偶然だから」
出てきた言葉は、言い訳のようで、余計にあたしがなにか悪いことをしてるみたいになった。
佐田の横に立つ私服の女子があたしを不思議そうな表情で見つめていた。その耳に、ピアス穴は開いていなかった。あたしは彼女が誰なのか、全然知らない。けれど、先ほど少しだけ聞き取れた会話と、視界の端に映る表札の「山下」に、あたしはあの赤を握りしめたくなった。
今日、佐田に嘘をつく前に、さっさとピアスを渡していたら、遠回りしなくて済んだのに。こんな会話聞かなくてよかったのに。そもそも佐田たちもこんな会話はしなくて、あってよかった、で終わっていたのに。この気まずさや苦味とは、全く無関係だったのに。
佐田は目を細め、ああそう、とだけ答えた。あたしは曖昧に頷いて歩き出した。彼らの横を通り過ぎてすぐ、佐田という表札のかかった家を見つけた。
あたしはなんとなく、スカートのポケットに手を突っ込んだ。赤はもうない。熱は感じない。ただ、厳しい冬の寒さが、少しマシになるだけだった。
うける
羊水
小説かけない。
2026/02/04 羊水
「私とみなみちゃんの顔は瓜二つだ。でも別に、血縁関係があるわけじゃない。たぶん、みなみちゃんは私を避けるのは、それが不気味だからだ。」
「だけど私は、みなみちゃんに運命を感じてしまうのだ。当たり前でしょう。私とみなみちゃんで異なっている部分は、髪色と性格くらい。ほくろの位置だって、全く同じ。」
「私はみなみちゃんのことが好きだ。これは恋ではない。けれどただのクラスメイトに抱く感情でないことも、また明白だった。」
「私はみなみちゃんと、つながりたいだけなのだ。ぐちゃぐちゃに混ざり合いたいだけなのだ。心で。」
「なぜなら、私たちはひとつだから。」
小説書けない。
世界で1番綺麗なひと。
2026/02/05 世界で1番綺麗なひと。
世界で1番綺麗なひと。
あの子はただ教室に存在しているだけで、話すことはないし、動くこともない。消えてしまいそうに不安定に、でも確かに、窓のそばに立って微笑んでいる。
絶対、私の期待を裏切らない存在。どれだけ期待しても良い存在。
あの子の髪は、長くてこまかくてすうっとしている。柔い風が吹くと髪だけが静かに揺れる。髪色は、光によってかなり変わるけれど、薄い黄色か白。曇りや雨の日はどこか濁ったような、けれどあの子の一部と考えればどこまでも美しい色。晴れの日は、色というより輝きが目立つ。あの子から鋭い光が放たれているように見える。あの子の瞳は、大きくはない。小さくもないから平均なのだろうが、一括りに平均と言うことに違和感を覚えてしまうほど、存在感がある。瞳の色はなくて、黒目もない。白目があるから、瞳の位置を認識できるだけだ。あの子はスタイル抜群。きっとモデルになったら大人気だと思う。身長は170cmは超えているけれど、線は細く華奢で、強く触れたら折れてしまいそうな弱さがある。あの子の、ブレザーのせいで角ばっている肩が、私は好き。あの子のふくらはぎは、透き通るような色。健康的な太さがあって、輪郭が完成されている。
あの子には血が通っていない。あの子には体温がない。あの子は呼吸しないし、声をあげて笑うこともない。それでもいいの。それがいいの。それがあの子だから、いいの。
あの子は、私の理想。憧れ。期待。生きている人には向けられないほど、重い、愛。
私はあの子を、世界で1番綺麗なひとだと思う。私はあの子を、私が卒業するまで、いいえ、卒業してからもずっと近くに置いておきたい。いまはそう胸に置いている。
でもきっと、何年か後に私の中の「綺麗」が変わったら、あの子にはなんの価値もなくなる。
あの子は、世界で1番綺麗なひと。
いまだけ。
途中2
最近、私の小説の表現と似たようなのを他の小説でちょくちょく見かけることがあって(だいたい同じ人なんだけど)、偶然ならすごい。
名前出さないけどもし意図的だったらコメントください(^_−)−☆
「わたし、誰のことも好きにならないよ。」
彼女は夕陽の差し込む教室で、そう言って微笑んだ。私は教室に足を踏み入れることすら忘れて、微笑みに見惚れた。数秒して彼女の長いまつ毛が伏せられた。髪の毛がその胸元に落ちた。彼女がペンを筆箱にしまったのを見て私はようやく何か言おうとした。でも言葉は出てこなかった。開いた口をまた閉じた。私は少し俯いて教室に入った。自分の席の上に置かれている教科書を回収して、カバンを肩にかけている彼女に目をやって、すぐに逸らした。
彼女が去った後、教室の温度がいくらか上がった気がした。私は教科書をカバンにしまい廊下に出た。彼女の姿はどこにもなかった。
急に校庭から運動部の掛け声が聞こえてきて私は窓の外をチラリと見やった。なんかやってるな。それだけ思って視線を戻し、歩き出す。階段を降りて下駄箱に向かう。
もう書かないよ。「彼女」好きじゃない。「私」好きじゃない。
小説を書いているときにキャラに愛着が湧くことってないけどね。
途中3
小説書こうと思って途中まで進めたけどありきたりだし普通に面白くないから終わりです。
「高杉さんて、ノリ悪いよねー。」
ユミコが言った。それは意図的になのか案外大きな声で、私は内心で少し焦った。本人に聞こえてしまうじゃないか。チラリと教室の隅の席に座っている、高杉直子の方に目をやる。いつも通り1人で本を読んでいて、聞こえたのか聞こえなかったのかよくわからない。「せっかくあたしが誘ってあげたのに!」ユミコは不機嫌そうに続けた。子供みたいだなと思う。まだ中学生だし、子供なのだけど、カラオケに誘って断られたから、陰口を叩くのは、幼稚だろう。ユミコは自己中心的な性格だ。私やほとんどのクラスメイトは、それを、リーダーシップがあると勘違いしてしまっただけ。いや、勘違いではない。実際リーダーシップはある。同時に、わがままで、自己中心的でもある。
私はユミコの口から出てくるゾワゾワするような言葉に、曖昧に首をかしげるしかなかった。私はいつもこれでやってきた。相手からすれば物足りない反応なのかもしれない。でも、嫌われて突き放されるほどでもないから、これがいいのだ。
早く、チャイムが鳴ってくれないだろうか。次の授業はロングホームルーム。何をする予定だったか。ユミコの話を聞き流しながらぼんやりと考えていると、教室のドアが開き、先生が入ってきた。チャイムはまだ鳴っていないけれど、クラスメイトたちは各々の席に散らばっていき、私もそれを見て同じようにする。
ロングホームルームでは席替えが行われた。先生が事前に作ってきた表が学校用タブレットに送られてきて、それを見て、机をガタガタと移動させる。表を拡大し、私の名前を探す。右から左へスライドして行ったら、すぐに見つかった。廊下側の1番後ろ。前の席はまあまあ仲の良いクラスメイトで、安堵しながら隣の席にある名前を確認する。
「高杉直子」
そう書かれていた。
教室に、机が一斉に動くうるさい音が溢れる。言葉にするなら、ガタガタか。しかし「ガタガタ」よりもっと不鮮明でこもっていて、耳の奥で暴れるような音だ。
クラスメイトが机を動かし終え、この時間は自習になった。1人で机の上で完結する静かなことのなら、何をしてもいい、ということだ。私は数学の課題を解きながら、時々隣の席に視線をやった。
高杉直子は、やはり本を読んでいる。ページをめくる音が、数分に1回聞こえてくる。
放課後は、ユミコと数人の友人とカラオケに行った。高杉直子は無論、来なかった。
休み時間
2026/02/15 休み時間
「柳瀬さん、ちょっと。」2時間目の終わりの中休み、友達と校庭で遊ぶために教室を出て行こうとした時、先生に呼ばれた。先生の方に行くと、囁くように言われる。「佐伯さん、いつも1人でしょう。だから柳瀬さんが仲良くしてくれないかしら。」私は教室の隅にいる佐伯さんに視線をやった。1人で席に座り、本を読んでいる。確かに彼女が誰かと仲良くしているところは見たことがなかった。内心で面倒くさいなと思ったけれど、断るのは苦手だから頷いた。
「ねえ、佐伯さん。」佐伯さんの席に向かいながら声をかける。本から顔をあげ、分厚いメガネのレンズの奥で瞳を細める佐伯さんは、表情がないようで話しにくい。私は胸に抱えた運動帽をいじりながら続けた。「一緒に遊ぼ。」彼女は、わずかに目を見開いた。
「…うん。」
佐伯さんは本に栞を挟んで、立ち上がった。机の横にかけてある運動帽を手に取り、私の様子を伺いながら歩き出す。私は本当は走って運動場に行きたいくらいだったけれど、自分勝手だと思われるのも癪だから、彼女の歩くスピードより少し速いくらいにとどめた。教室を出て廊下を歩き、階段を下り、下駄箱で運動靴に履き替える。運動場に出ると、私を待っていた友達2人に、「ミナちゃん、早くー。」と声を張り上げられた。私は佐伯さんの方を見やって、一瞬迷って、結局走った。
「ごめん、遅くなったっ。」息を弾ませながら合流すると、友達が、こちらへやってくる佐伯さんに目を向けた。私は友達が何を言いたいのか察して、頭をかきながら少し笑って見せた。佐伯さんに聞こえないように声量を落として、言う。「先生に遊んであげてって頼まれたの。ほら、佐伯さんって、いっつも1人でしょ。」友達は意外とあっさり納得したようだった。でも少し嫌そうな、気まずそうな表情で、「じゃあ今日何して遊ぶ?」と首を傾げた。
私たちに追いついてきた佐伯さんに何をしたいか訊いたら、なんでもいいよと言われた。だから無難に、鬼ごっこ。私が鬼で他の3人が子、私から逃げる。10秒数えて子を追いかけ始める。足の遅い佐伯さんを真っ先に見つけたけど、佐伯さんをタッチして鬼にしちゃったら、つまらないかな、と思った。鬼が佐伯さんのまま中休みが終わっちゃうかもしれない。それにあまり仲良くないのに鬼にするのも、なんだか申し訳ないような、変な感じがする。だから私は、彼女をスルーして、友達をタッチすることにした。
佐伯さんは中休みが終わるまで、多分、1回も鬼にならなかった。
教室に戻ると、先生がこっそり私に訊ねてきた。「仲良くできた?」仲良くできたのかな、とよくわからなかった。でも、頷いた。先生は満足そうな顔をして、私は上手く答えられたことに安心した。
佐伯さんの席をちらりと盗み見ると、佐伯さんは、3時間目の算数の教科書をペラペラとめくっていた。
黒縁メガネのあなた
2026/02/18 黒縁メガネのあなた
それでも私みゆちゃんが好きよ。
みゆちゃんと初めて会ったのは中1だった。中学の入学式が終わった時にみゆちゃんの方から私に話しかけてきたのだ。初めてかけられた言葉を、私はもう覚えていない。私がその春にみゆちゃんと交わした会話で唯一覚えている内容は、みゆちゃんの視力が0.1もないということだけだ。だからみゆちゃんは、分厚い黒縁メガネをかけていた。
みゆちゃんと私は、いわゆるスクールカーストでいうと、少なくとも上位ではなかった。いつも2人だったし、身内ノリみたいなものしか持ってなかった。私は身内ノリをしながら、自分今イタいな、と思っていた。けれどみゆちゃんは楽しそうだから言えなくて、恥ずかしくない程度に合わせていた。もしかしたらみゆちゃんも、私と同じようなことを考えていたのかもしれないな。
中1の10月。私が風邪で数日学校を休んでいる間に、みゆちゃんと私の関係性は少し変わった。みゆちゃんは、私が事務的なこと以外で話したことのない子と少し仲良くなっていた。その分、私との距離は少し離れた。このままだったらみゆちゃんがどんどん離れていってしまう。そう直感して、でも引き留めるのは気恥ずかしくてダサい。私は何もしなかった。みゆちゃんは案の定、あっさりその子の方に行った。
中1が終わる頃にはみゆちゃんの黒縁メガネは無くなっていた。肌の色もちょっと白くなっていた。前髪の横の部分に、触角というものができていた。全体的に顔が少し華やかになっていた。
みゆちゃんと私は、もう友達じゃなかった。だって、私と目が合っても、みゆちゃんはにこりともせず何かを言うこともなく、すぐに逸らす。コンタクトが入った瞳は、メガネの時より濁ってる。逸らした後、みゆちゃんはたいてい、教室の真ん中で弾けるような笑い声を上げる。あの頃の潜めるような笑い声とは、全然違う。耳がキーンとなるような声。
それでも私はみゆちゃんが好きだ。
みゆちゃんは、決して完璧な人間ではなかった。気持ちが盛り上がったら声が大きくなって抑えるのが大変だし、みんなの前で発表する時は俯いてボソボソ話すようになるし、深爪しがちだし、私のお弁当のおかずを勝手にひとつ取っていくし、学校配布のタブレットで夢小説を書いたりしている。
だけどみゆちゃんは、ちゃんと「ありがとう」と口にするし、よく笑う。
私は、自分から懇願するのは絶対に嫌だけど、みゆちゃんとまた友達になりたいと思っている。
いつかみゆちゃんがなんらかの理由で孤立しても、私だけはすぐあなたの元に行く。言う。「それでも私、みゆちゃんが好きよ。」
もしそうなったら、みゆちゃんは前みたいに、分厚い黒縁メガネにしてね。
途中4
2025/10/28 無題
1話
「たな、か、あゆみです。早生まれで、あ、3月生まれです。すきな…いや趣味…は、読書です。好きな食べ物はお米で、ええと、嫌いなのは、なすとか…にんじんです」
まばらな拍手を聞きながら、自己紹介を終えた私は椅子に座る。
最悪だ。声は裏返るし、言葉は詰まるし、言うことに迷いすぎた。そのくせ声はでかくなってしまって、あまりにもちぐはぐだ。普通に自己紹介をすることすらできないのに、中学では明るい性格でいこうだなんて、無理なことだった。
私の次の生徒の自己紹介は迷いがなくて、声がしっかりしていて、面白くて、クラスに笑いが溢れた。比べるものじゃない。でも比べた。そしたら、もっと落ち込んだ。
胸の奥が自己嫌悪でぐずぐずになった。
チャイムが鳴り響いた。初めての授業が終わり、初めての休み時間がやって来た。
「田中さん」
山瀬緋奈。私は、私の名前を呼んだ生徒の名前を知っていた。私の前の席の子だから。実際今も、彼女は自身の席に座ったまま、体を捻ってこちらを見ている。
「なに」初めてクラスメイトに声をかけられ、心臓が1回だけ飛び跳ねた。
「もしかして、西小学校だった?」
私が通っていた小学校についての話だと理解するまでに1秒かかった。
頷いて、声を出すまでにさらに1秒。
「あ、う、うん」
彼女は私の返事に、ふーんと目を細めた。
「2年の時、同じクラスだったよ。…田中さんは覚えてないかもしれないけど」
にっこりと可愛い笑顔を浮かべた彼女に、好意を抱く。
「そ、う。そっか」
「うん」
同じクラスだったかは、覚えてなかったけど、でも、この子は優しいから、好き。
2話
小学2年生の時のことは、あまり思い出したくないなと思う。忘れられないだろうなとも思う。
1番覚えてるのは両親が離婚したことだ。当時の私は離婚なんて理解ができなかった。ただお父さんがいなくなった、私の苗字は水口から山瀬になった、それだけ。お母さんに「お父さんは帰ってこないの」と訊ねたとき、お母さんは激昂した。いつもは優しいお母さんがこんなに感情をむき出しにしたことが怖くて、それ以降お父さんの話題はタブー扱いになった。
次に覚えているのは、クラスメイトのことだ。確か名前は、田中あゆみ。私は彼女のことが嫌いだった。よくいじめられていたのだ。足を引っ掛けられたり、私の好きな人をみんなに言いふらされたり、私の苗字が変わったことについてもしつこく訊かれた。彼女からすればただの遊びだったり悪意のない疑問なのだろうし、きっと彼女はもう忘れているだろうけど、私は覚えている。嫌い。
中学に入学して、2日目。半日授業の日の朝のHRの時間。
後ろの席の生徒の自己紹介を聞いた時、胸の奥がざわっとした。
「たな、か、あゆみです」
かなり緊張しているようで裏返っている声は聞き取りにくかったけれど、理解はできた。
田中あゆみ。私の嫌いな元クラスメイト、いや、クラスメイト。
好奇心と悪意と怒りの混じった感情で、休み時間、私は彼女に話しかけた。
「もしかして、西小学校だった?」
もしかしてとつけたのは、あるいは希望だった。田中という苗字もあゆみという名前もありふれているから、私の嫌いな田中あゆみじゃない、全く関係のない田中あゆみなのかもしれない。西小学校出身で私と同じ学年で、名前が田中あゆみである生徒はただ1人だけだ。彼女が頷けば本人であると確定した。
否定してくれと心のどこかで願っていた。
「あ、う、うん」
願いは簡単に打ち砕かれた。私はふーんと薄く口角をあげた。無邪気に喜ぶなんてもちろん無理だったが、あの時の恨み晴らしてやるーと怒りを爆発させることだって同じくらい無理だ。
「2年の時、同じクラスだったよ」
そう伝えれば何か思い出すかもしれないと考えたが、彼女はそう、と気まずそうに少し首を傾げるだけだった。
性格が変わっているな。ぼんやりと、そう思った。
3話
「ひな」って、こう書くんだね。
山瀬緋奈のノートを見て私がこぼすと、彼女は薄い反応を示した。「ええ?ああね。」それはどこか嫌がっているようにも受け取れたので、私はそれから彼女の名前について何かを言うことをやめた。
中学校に入学して2ヶ月が経った6月の下旬、私はふと思った。
これが恋なのだな。目の前に座る彼女の、半袖からのぞく細く白い腕をぼんやりと眺めていた。HR中だが担任の話は何も頭に入ってこなかった。彼女が夏服で登校してきてから、私は内心で動揺が止まらなかった。今まで服に隠されていたその肌を直視することができなかった。彼女の高い位置で結ばれたポニーテールがわずかに揺れただけでも美しいと感じるし、彼女が口を開けて笑った時にちらりと覗く八重歯に胸が高鳴るし、彼女の手が私の手に触れた時などは小さく声をもらしてしまうほどだった。
しばらく前から、心のどこかでは気づいていたことだった。それでも私と恋愛を結びつけることに抵抗を抱いて、認めていなかった。どうして今このタイミングでするりと受け入れられるようになったのかは、よくわからない。もう認めるほかないと思ったのかもしれない。
チャイムが鳴り響いた。私が頭の中でぐるぐると恋だとか愛だとかについて考えている間にHRは終わり、1時間目が始まったようだった。数学教師が入ってきて、日直が号令をかけて、私の意識もほとんど無理やりそちらに向けることで、ほら、昨日と全く同じだろう。
この思いとの付き合い方について考えるのは、まだ先でいい。後回しでいい。だって向き合うことは怖いことだから。
4話
「田谷くんと南さん、付き合ったらしいよー」
そう言う話題を耳にするたびに、馬鹿らしいと内心で嘲笑っていた。中学生の恋愛なんてたかがしれている。どうせ数週間で別れるだろう。その程度の想いなのだ、大抵は。私は自分のその考えを信じて疑わなかった。
「ねー、山瀬さんって田谷くんのこと好きなの?」
クラスメイトにそう問われた時、心の底からはあ?と思った。全く、意味がわからなかった。田谷くんは私の2つ後ろの席に座っている男子生徒。そして今は他のクラスメイトと付き合っているようだ。どうして私がそんなやつのことを好きにならないといけないのだろう。私もその程度の人間だと思われていることに対してイライラしながら、しかしそれを表には出さず、あくまで笑顔で首を横に振った。
「好きじゃないよ。どうして?」
「だってー、田谷くんが山瀬さんのこと好きらしいから、山瀬さんはどうなのかなあって。」はあ、と言うほとんど吐息のような声がこぼれた。
「いや、田谷くん南さんと付き合ってるでしょ?」田谷くんのことはあまり知らないが、流石に二股をかけるほどではないはずだ。中一でそこまでのプレイボーイがいたら驚愕する。
「んー、別れたらしいよ。三日?くらい前に」
三日前に別れて、はい次の女、と言うわけである。気が変わりやすく軽薄な男だなと、一回も話したことのない彼の好感度がどんどん下がっていくのがわかった。
「…ふーん」やばいやつじゃん、と思わず続けそうになり、少し慌てる。「私は恋愛とか、興味ないかな」かなりオブラートに包んで、けれど気づかれるか気づかれないか程度の棘を混ぜて、笑って見せた。
恋愛なんて馬鹿げている、周りでカップルが増えていく中で私はその意見を突き通すつもりでいた。
それは意地なのかもしれなかった。
5話
好きな人が恋愛アンチであると知った時、私の心は何色に染まっただろう。
よく覚えていないなと首をひねる。
王道は灰色あたりだろう。灰色は気分が沈んでいる心情の象徴のようなものだ。でもあまり落ち込んだ記憶はなかった。と言って喜ばしかったわけでもないから、明るい色も違うだろう。悔しいとかもなかった。ただああそうなんだなと受け取っただけ、受け入れただけ。
問い。
2026/02/27 問い。
私は文字を打つ。小説を書く。
「彼は窓の外に目をやった。」
彼とは誰だろう。名前はなに。年齢は。どこにいる。椅子に座っているのかベッドに寝ているのかはたまた地面か。時間は?朝か昼か夜か。季節。春夏秋冬のどれだ。何語を話す。瞳は何色。髪の長さは。最後に食べたものはなに。持病はあるか。視力はどれくらい。最近聞いた音楽は。彼の家は何部屋あるのだろう。彼の家のキッチンは、ガスコンロかIHクッキングヒーターかどちらか。テレビはあるか。スマホはあるか。機種は何か。彼が最後に外に出たのはいつ、なんのために。学生時代に得意だった科目は。所属していた部活は。ボランティア経験は。親は何歳。兄弟はいるのか。恋人はいるのか。飼育しているペットの種類と匹数は。会社に勤めているのか。今着ている服は何色か。いま、空腹か。喉が渇いているか。最後にトイレに行ったのはいつか。血圧はどれくらいか。身長は。体重は。足のサイズは。生命線はどのような感じか。IQは高いのか。やったことのあるスポーツは。作れる料理は。演奏できる楽器は。今まで習ったことのあるものは。筋肉量は。タイピングの速度は。骨折したことはあるのか。
私は文字を打つ。
「病院の外の木は枯れていて、葉は1枚もなかった。」
彼は病院の中にいるのか。枯れていると言うことはこの小説の季節は冬か。外の気温と湿度はどれくらいか。体感温度は。風はあるか。雪は降っているのか。紫外線の量は。明日の降水確率は。花粉量は。彼がいる病院の名前は。総合病院か否か。彼は入院しているのか。していないのか。彼が病院に来た目的は何か。いつ病院に行こうと思ったのか。なぜ病院に行こうと思ったのか。どのような症状が出たのか。あるいは誰かの付き添いか。それは誰なのか。親か兄弟か恋人か子供か。その「誰か」の名前は。年齢は。住んでいる場所は。病院の外にある、枯れている木の種類は何か。幹の太さは。樹齢何年か。なぜそこにあるのか。高さは。表面の亀裂の深さは。色は。
私は文字を打つ。
「彼は視線をすいと戻した。カーテンを閉めた。」
彼はなぜ視線を戻してからカーテンを閉めたのか。カーテンを閉めてから視線を戻す、でない理由は何か。彼が視線を戻した時、彼の頭や首は動いたか。どれほどか。まつ毛は揺れたか。髪の毛は揺れたか。彼の1番短いまつ毛と1番長いまつ毛の長さはそれぞれ何cmか。彼の髪の毛は1日に何本抜けて何本生えるのか。彼は二重か。一重か。奥二重か。瞳孔の動き方は。彼がカーテンを閉めた時、空気はどれほどゆらいだか。音の大きさは。
そこまで考えて、私は文章を消した。
たった4文のそれを消すのは、あまりにも簡単だった。
はみ出し
駄作すぎる
2026/03/01 はみ出し
「マナカです。ヨロシクおねがいします。」
前の席の子がそれだけ言って頭を下げ、席についた。一拍おくれてまばらな拍手が起こった。下の名前は? あたしは少し視線を揺らしたあと、立ち上がった。用意していた自己紹介を、明るい声で口にする。「宮中あおばです! 趣味は、アニメをみることです。よろしくお願いしますっ。」パチパチパチ。さっきよりは大きい拍手に安心しながら座り直した。
*
「ミヤナカさんって、好きな色なに。」
休み時間に、前の子に聞かれた。体を捻ってあたしを真っ直ぐに見つめる、マナカ…なんとかさん。リュックに大量にキーホルダーをつけている、ボーイッシュな子だ。あたしは質問の意図が汲めないまま、きゅっと口角を上げて答えた。「お、オレンジ! です。」
マナカさんは目を細めた。感情の読めない表情に居心地の悪さをいだく。数秒の沈黙が流れる。彼女は言う。
「青じゃ、ないのね。」
名前はあおばなのに、好きな色は青じゃないんだね、そういう意味なんだろうと理解するのに、少し時間がかかった。「…あ、う、うん。言われてみれば、そうかもー。」曖昧に首を傾げ愛想笑いを浮かべると、マナカさんは体を前に戻した。…一体なんの会話だったんだろう。引きつった笑みだけがあたしの顔に残った。
*
中学に入学して2週間が経った。クラスでは、いわゆるグループみたいなものが形成されつつあった。けれどあたしは、ぼっちだ。なるたけ好印象になるよう頑張った自己紹介のおかげか、最初の数日は話しかけてきてくれる子もいたが、会話が続かなかったせいか離れていった。
あたしは少々焦っていた。中学生活をぼっちで過ごすのは嫌だった。ペア授業で余るのは気まずいし、友達と一緒に青春したいし、学校を休んだ時などノートを見せてもらいたいし、親に余計な心配をかけたくない。
誰か、まだどこのグループにも入っていない子がいないだろうか。騒がしい休み時間。そう思いながら、あたしは本から顔をあげた。
すぐに見つけた。まだ、どのグループにも入っていない子を。
「ね、ねえ! マナカさん。」
あたしは勢いよく席を立ち上がり、目の前の背中に声をかけた。マナカさんがこちらを振り返る、たった数秒のあいだ。心臓がうるさい。
*
「マナカって、漢字で書いたら真中でしょ。真ん中って意味の。でも実際は全然はみ出てるよね。集団から。」
通学リュックにつけている大量のキーホルダーが、私が歩くたびにじゃらじゃらと揺れる。
学校からの帰り道、私はそう言ってきた友人に笑いを返した。あんただって名前はあおばなのに好きな色はオレンジでしょ。たいした反撃でもないけれどそう口にすると、友人は肩をすくめた。
「テッパンネタ?それ。中1の時も言ってたよね。いま、中3なのに!」
傾き始めた夕日が、私たちの影を長く伸ばす。呆れたように笑っている友人に、「あのアニメ、今日からなんじゃないの。」と訊ねると、友人は知ってるよと声を弾ませた。
私はグループの真ん中にはいないし、友人も青い色を選ばないけど、それで特に困ることはなく、もうすぐ高校受験。
駄作すぎる
ゼリー
2026/03/11 ゼリー
お姉ちゃんが死んだ。風邪気味だから薬買ってくると言って薬局に向かった、その帰り道の横断歩道で信号無視の車にぶつかったようだった。
お姉ちゃんが買ってきたコンビニの袋には、つぶされた薬と包装が破れているアイスが入っていた。ほかに、交通事故現場の近くにゼリーが落ちていたという。お姉ちゃんが買っていたものだろう。車と衝突した衝撃で袋から抜け出し、そこら辺に転がったと推測された。
いま、私の家の冷蔵庫には、そのゼリーが入っている。お姉ちゃんのお葬式が終わってもう2週間経つのに、家族の誰も食べていない、オレンジ味のゼリー。ナタデココ入りのゼリー。
夜8時、夕食を食べ終えた私は、そのゼリーに手を伸ばした。なにも言わずにスプーンとそれを持って自分の部屋に行った。
これ、食べれるのかな。蓋をぺりっとめくって、匂いを嗅ぐ。おかしな匂いはしない。だから私はスプーンで少しすくってみた。口を開いて、スプーンを口元に運ぶ。
だけど私がスプーンをかたむけることはなかった。するりと舌の上にゼリーを入れることには、抵抗を感じた。
私はスプーンの上のゼリーをしばらく眺め、捨てるか容器に戻すか悩んだ末、戻すことにした。
あっさりと空いた穴に入り込み、境界線も曖昧になったゼリーに、私は敬意と嫌悪を同時に抱いた。
不純な指先
みつこ①のぼつのほう
2026/03/22 不純な指先
中3になった。公立中学なら受験生だなんだと先生に言われて空気もピリピリしたりするのかなーなんて考えつつ、しかしここは中高一貫だ。気分は中2のときとほとんど同じでバカみたいなことを延々やるだけだった。ああこれが中高一貫校の学力の中だるみとか言うやつなんだなと毎日思う。
ねーみつこ。呼びかけられて私は本から顔を上げた。クラスメートの安城なぎさがつり目を細めて立っていた。
「みつこっていっつもつまんなそーな本読んでるよね。なにそれ?」
どうせ言ってもわからないでしょう。うーんと顎に手をやって言葉を選んで、結局1番無難なことを言った。「短編集だよ。」興味なさげな表情で、なぎさはさっさと話を変えた。そんなことよりさ、という彼女の声は、つまんなそーな本の時より楽しげだった。
「山本、学校辞めるらしいよ!」
その声は朝の騒がしい教室に、意外と響いていた。一瞬、山本って誰だろうと思った。でもすぐに、あの子のことかと脳内にその顔を思い浮かべる。山本杏。肩にギリギリつかないくらいの茶色がかった髪の毛と、目と同じくらいの長い前髪と、そこからのぞく怯えたような瞳。
なぎさは山本杏のことがずっと嫌いだった。だから、いや、だからと言うのはおかしいか、とにかくいじめていた。私は時々それに加担するくらいで、なぎさが裏でどういうことをしていたのか、なんていう具体的なことは知らないけど、もしかしたら結構酷いものだったのかもしれない。
「そっか、なんでなんだろうね。」
原因がいじめか否か、それだけが気になって、その情報の信憑性とか根拠とかを全てすっ飛ばしてそう言った。
なぎさはくすくすと笑った。初めて彼女の笑顔が可愛く見えた。
「知らない。でも、私が関係してたら、嬉しいな。」
「そうだね。関係してるんじゃない。」
私は適当に答えた。適当というのは根拠がないからだけど、私の中ではどうせいじめが直接的な原因なんだろうとほとんど確定していた。なんとなくだった。
上機嫌ななぎさを数秒見つめて、私はまた本に視線を落とした。そのとき教室のドアが開いた。瞳だけ動かしてそちらを見やった。
山本杏が俯きがちに入ってきていた。
教室が水を打ったように静まり返った。先ほどのなぎさの発言のせいでクラス全員が、彼女が学校を辞めるという噂を耳にしているのだ。山本杏は異様に静かになったクラスメートにやはり怯えるような視線を向けた。噂がなぎさによって広まったことを、彼女は当然知らないんだろう。
彼女はいつ、学校を辞めるんだろう。辞めたら会えなくなるんだな。そう考えると急に山本杏の輪郭が曖昧になった気がした。触れたらすぐにボロボロ崩れそうという印象は、最初から今までずっと変わっていないけど、それに実感が伴ったのは今が初めてだった。私が自分の指で彼女に触れたら、彼女は絶対に崩れるんだという、崩れてこの世から失われてしまうんだという、確信に近い実感だった。
私は本を持つ自分の指を見た。SNSでよく見る細くて白い指とはほと遠い私の指は、この実感にピッタリだと思った。
続かないのよ
美術部について
なんかここ1週間全部ダメ
小説全部へた
2026/03/24 美術部について
うちの学校の美術部が好きだ。ゆるいから。友達とだべってても、宿題をしてても良い。顧問もあまり部活には参加してこないし、部室にやってきても厳しいことは何も言わない。絵のコンクールには定期的に提出させられるけど、大体の子はテキトーに描いてるだけ。もちろん、受賞する子なんて出てこない。
こういう空気が、ずっと続けばいいなと思っていた。|本気《まじ》な子なんて、入部してこないでほしいな。毎年4月になると、目を輝かせ、どこか緊張した面持ちで見学にやってくる子がいる。でもすぐに程度の低さに失望したように部室を出ていく。それで、ちょっと苛立つ。まあ苛立つ権利なんて私にはそうなかった。本当は、真剣な子の方が正義なのだ。
私が高校1年生になった春、新たに中1の子が入部してきた。正直、嫌だった。その子は部活見学の時点で明らかに私たちに失望していたし、私が苦手な、真面目に絵を描きたいような子だったから。どうせ入らないだろうなんて考えていたのに、と裏切られたような気持ちになった。
その日、私が部活に行くと、その子は当たり前のようにいた。隅の方に座り、キャンパスに向かって鉛筆を走らせていた。サッという衣服が擦れるような乾いた音が、まだ人の少ない美術室の床に落ちていく。
「あぁ…おはよー。」
放課後だけど、部活の最初の挨拶だから「おはよう」。最初の「お」が消えかかったけど、伝わったはずだ。相手が友達ならやっほーとか緩い言葉を使うけど、全く話したことのない後輩に対して使うには、ちょっとハードルが高い気がした。
その子はこちらに視線をやって、小さく会釈した。すぐにまたキャンパスに戻す。
そういえば、名前なんなんだろう。自己紹介したっけ? 訊いてもいいんだろうか。集中しているようだし、後でいいか。私は適当な椅子に座って、通学カバンから筆記用具と参考書を取り出した。数学の課題があるからだ。因数分解。カチカチとシャー芯を出してノートを開く。
早く友達来ないかな。この子と2人だと、なんとなく気まずい。呼吸音すらうるさいとか思われてそうで、なんだか息がしにくくなる。
そう考えていた時、美術室のドアが開いた。
「あっ莉子。早いね。」
友達がそう言って美術室に入ってきて、私は肩の力を抜いた。
「あ、あと、吉田さん? すごいねー絵描いて。」
絵を描いているその子に軽い調子で声をかける友達に、一瞬驚いた。その子の名前を覚えていたことにも。なるほど、吉田さん、と心の中で反芻していると、友達が声を上げた。
「絵、めっちゃ上手いねー。莉子、見てよ、吉田さんの絵。」
「え、そーなの。」
私は首を傾げながら席を立った。歩きながら吉田さんのキャンパスに視線を投げて、思わず目を見開く。吉田さんが座っているところの少し手前で立ち止まり、私はそれをじっと見た。
龍の絵だった。まだ下書きの段階だし、ガサガサしているけれど、天に向かって登っていくようにうねっているそれが龍であることは、明確だった。
たぶんこれは上手い、と悟った。直感だった。下書き段階のこの龍に、私はわずかに気圧されていた。
「す、すごいね。」
言いながら吉田さんに視線を落とすと、彼女は俯いて「どうも。」と答えた。その声音に混ざっているのが、照れなのか、呆れなのか、見下しなのか、あるいは何もないのか、私にはわからなかった。
止まっていた彼女の手がまた動き始めて、サッサという音がまた美術室に広がる。それが耳障りだと思った、断絶したくなった。
ラストが若干モヤモヤするモゾモゾする喉元まで来てるのに名前思い出せないみたいな感じ
私が求めてるのは「ユイカちゃん」シリーズだよーでも同じようなの書いたらそれはパクリだ自分で自分の作品パクっても何も悪くないんだけどね単純に面白くねーよ!!!!!!
↑😵
犬が話す日
結構前に書いたやつ
2025/09/22 犬が話す日
「やあ、僕はポチ。」
飼っている犬が急に人語を話し始めた場合、どう対処するのが最善なのだろう?私は思考を巡らせた。だが答えなどでない。なぜならそんな前例聞いたことがないからだ。
「はは。」思わず乾いた笑いを漏らすと、目の前の犬はまた声を上げた。
「信じられないっていう顔をしているね!」声に連動して口も動いているので、犬が話しているのは間違いがなさそうだが、やはり理解ができない。好奇心でも恐怖でもなく、純粋な困惑。そして世界が狂い始めたのかという、不安。
「ていうか、あなた、女の子でしょ。それに名前はココアでしょ。ポチって誰?」
私がなんとか言葉を絞り出す。途中からは案外スラスラと声が出てきて、喉を縛り付けられているようなそれは、勝手な思い込みであったのだと気づく。
「お腹が空いたよ!飼い主!」
私の質問を無視し、犬は話を進めた。私のことを名前ではなく飼い主と呼んでくるところにカチンとくる。
「まあ、はい。ご飯食べて。」
私は犬が話し始めた衝撃で止まっていた、餌入れにドッグフードを入れる手を再び動かした。犬が抗議するように言う。
「えぇ、人にドッグフードを食べさせるつもりなの?」
「人じゃない。」
「僕は人だよ!」
「人じゃない。」
「僕は人だよ!」
「人じゃない。」
「僕は人だよ!」
私が同じことを繰り返すと犬も同じことを繰り返す。なんだこの無駄極まりない会話はと思いながら、犬の前に餌入れを置いた。食べなかった。「食べないの?お腹空くよ。」どうやら拗ねた様子の犬はそれを無視してきた。ため息をつきながら、まあお腹空いたら適当に食べるだろうと、私は私の部屋に戻った。いつまでも犬の相手をしていられるほど暇ではないのだ。いや、この状況では犬の相手をするべきなのだろうか。
翌日、犬は相変わらず人の言葉を話していた。
「やあ、僕はポチ。」
「昨日も聞いた。」犬の朝ごはんの用意をしながら、適当に答える。昨日はいつの間にかドッグフードを食べていたようなので、今日も同じ調子でドッグフードを与える。
「信じられないっていう顔をしているね!」
「はあ?してないよ。」どこをどう見たらそう感じるのだろう。それとも犬なので、わからないのだろうか。
「お腹が空いたよ!飼い主。」
餌の入った餌入れを犬の前に置いた。犬はそれを見て、次に私を見上げた。抗議するような声をあげる。「えぇ、人にドッグフードを食べさせるつもりなの?」
昨日も同じことを言っていたなと、気づいた。
犬の方を見た。犬だった。ふわふわの毛があった。私は犬の体に触れた。まるで毛の塊みたいな犬。いつも通りのように思えた。手を埋めていくと、胴体に触れた。
冷たく、硬い、胴体。
翌日、犬は相変わらず人の言葉を話していた。
「やあ、僕はポチ。」
私は無言で犬の朝ごはんを用意した。
この犬は普通の犬と同じようにご飯を食べ、水を飲み、運動をし、排泄をする。そしてよく寝る。
「信じられないっていう顔をしているね!」
私は犬の前に餌入れを置いた。
「えぇ、人にドッグフードを食べさせる気なの?」
餌を餌だと認識すると、犬は抗議するように私を見上げた。
翌日、犬は相変わらず人の言葉を話していた。
「やあ、僕はポチ。」
犬の前に餌を置いた。それを認識すると同時に、犬は私を見上げた。
「えぇ、人にドッグフードを食べさせる気なの?」
私はそれを無視した。
翌日、犬は相変わらず人の言葉を話していた。
「やあ、僕はポチ。」
それから、言った。
「明日、地球がなくなるよ。」
犬の朝ごはんを用意する手が、止まった。
「え?」思わず聞き返すも、犬が私の方を見ることはなかった。
「明日、地球がなくなるよ。」犬は同じことを繰り返す。
翌日、犬はいた。人の言葉を話すことはなかった。
横たわっていた。動かなかった。毛は全て抜け落ちていた。シルバーの胴体に、何かが写っていた。数字だった。
00:01:00
それは減っていった。00:00:59、00:00:58、どうやら59秒、58秒ということらしかった。
タイムリミットなのだろうと思った。
私は犬の横に寝転んで、目を瞑った。宇宙というものを想像して、心を躍らせていた。
私の作品の中では平均ちょいした。50点だ。
タイトルがいいです!好き。タイトル効果で15点くらい加算。
アイデアで35点。
くじらと私
2026/03/30 くじらと私
「…田中くじら…です。」田中くじらは俯きがちにそう述べた。彼女の長い前髪から覗く瞳を見て、かわいそうだなと思った。
きっとこの子は、親に愛されなくて、動物の名前をつけられて、でもその名前に見合うほどの魅力もなくて、苦しい人生を歩んできたんだろう。彼女の瞳はそういうことを雄弁に示していた。
転校生としてやってきたくじらの席は私の隣だった。くじらよりずっとちっぽけな彼女は芯のない動きで椅子に腰掛けてた。「名前くじらってまじ?」クラスのどこからかそう聞こえてきた。居心地悪そうなくじらに、私は声をかけた。
「ねえ、よろしくね、くじらちゃん。」
微笑みかけると、くじらは一瞬目を見開いたあと、前髪に手をやりながら頷いた。
その日の2時間目は体育だった。
授業が始まって早々、教師が2人1組でペアを作るよう指示をした。この授業ではバドミントンをするようだった。クラスメイトたちが動き出し、次々とできていくかたまりたちの間で、くじらは不安そうに顔をきょろきょろと動かしていた。
誰ともペアになれていないくじら。転校生なのに誰にも話しかけられないくじら。視線がずっとやや下にあるくじら。一体なににそんなに怯えているのだろう。人間にか。私は足を踏み出した。
「くじらちゃん、ペアになりましょ。」
私のほうを振り返る彼女の口は、ぎゅっと固く閉じられていた。
くばられた羽根とラケットを手に持って、羽根を高く上げてからラケットで打つ。くじらは打ち返せない。のろのろと動くせいで間に合わないのだ。それで、彼女は運動が苦手であることを察した。ああ、よかったと思った。私の理想を覆さないでくれてありがとう。
私はくじらをもっと好きになれた。
お昼休み、くじらは当たり前のようにひとり自分の席でお弁当を広げていた。周りが騒がしく友人同士で食べているのを数秒眺めてから、自分の箸を持つ彼女に、私の心臓は音を鳴らし始めた。
こんなに理想的な人間がいたのか!
3時間目の数学で、教師に当てられたくじらはなにも答えなかった。「わからないの?」そう問われてようやく首を縦に動かして、私はくじらは勉強ができないことを知った。彼女の白紙のノートがみじめで仕方がなかった。
4時間目の音楽、隣からくじらの細い歌声が聞こえてきて、私の喉は締めつけられた。下手なわけでも上手いわけでもないその歌声は、彼女にぴったりな気がした。私はそれからしばらく歌うことを忘れて、くじらの歌声に耳を傾けていた。クラスメイト全員のそれの中から彼女だけを抽出するのは、案外簡単だった。
ねえくじらちゃん。あなたは私の運命の人よ。
白米を口に運んでいるくじらにそう伝えたくなった。口元がむずむずした。だけれど我慢して、私は代わりに席を立ち上がった。一瞬だけ視線をこちらに向けたくじらに向かって言った。
「ねえくじらちゃん。」
驚いたように彼女は顔を上げた。
「私と付き合わない。」
それは疑問系のはずだったけれど、断定みたいに語尾は下がった。
数秒、沈黙が落ちた。友人同士で話していたはずのクラスメイトも静かになっていて、教室から音が失われた。
しばらくして、口を歪めてくじらは言った。
「……付き合わ…ない。」
「そっか。」
でも大丈夫。私が朝と同じような微笑みを浮かべると、彼女はどうしてか泣きそうな顔をした。
私はますます確信した。くじらちゃん、あなたには私がいないとだめなのよ、と。あなたは私がいないと、泳ぎ方も息の仕方も、愛され方もわからないんだから。
くじらという名前に見合わないなんて嘘だったと理解した。
62点
朝、バスの中
日常かきたかったので。
2026/04/04 朝、バスの中
ピンポーン。チャイムの音がリビングに響いて、朝食を食べていた私は反射的に時計を見た。7時35分。慌てて立ち上がり、玄関へ向かう。ドアを開けながら「ごめーん。」と声を上げた。立っているのは当然、幼馴染の柏木さくらだ。「ちょっとだけ! 待ってて。」
そう言うと、彼女はツインテールを揺らして首を傾げ、肩をすくめた。「早くしてねー。」了解と答えリビングに駆け、少し残っている食パンを口に詰めて、今度は自分の部屋に向かう。通学カバンを手に取り、玄関に戻った。靴を履いてドアを開けた。食パンのせいで話せないので、ジェスチャーでさくらに行こうと伝えると、彼女は呆れたように眉尻を下げた。
通学路を歩く。食パンを飲み込んでから私は口を開いた。
「いま何時?」「7時38分だよ、まあバスには間に合うと思うけど。ていうか歯磨いてないよね絶対?」「朝起きてすぐ磨いたからセーフ。」「そのあと朝ごはん食べたなら意味なくない。」「いや1番細菌が多いの起きてすぐだから。」「納得できないけど、そういえば、朝の占い見た?」「え、それ本当に見てる人いるの?」「牡牛座1位だったんだよねーあと血液型でもB型1位だった! ダブル1位ってすごくない、私?」「さくらって牡牛座なの?」「まさか幼馴染の誕生日知らないの?」「知ってるよ、4月でしょ。4月って牡牛座なんだー。」「あ、南は12位だったよ。」「うそ! 水瓶座?」「うん。」「血液型は? 何位だった?」「さあ、南って何型なの?」「え、わかんない。」
話していると、バス停に着いた。すでに何人かの人が並んでいて、私たちは1番後ろに立った。会話が途切れたので、私はなんとなく通学カバンからスマホを取り出した。ニュースアプリを開いた。さくらがそれを覗き込んでくる。共有するようにスマホを彼女から見やすいよう動かす。
「なんかいいのある?」「いいの…? いいのって何?」「面白そうなの。」「ないなあー。」さくらが指を伸ばして、勝手にスマホをスクロールした。知らない芸能人、政治、健康、そんなさして興味のない記事で溢れかえっていた。その中のどれが彼女の目に飛び込んで行ったのかはわからないが、彼女はそういえば、という様子で口を開いた。「早生まれって損だよね。」「え、急に何。」「まあ私は早生まれじゃないから別にいいんだけどね。」「私は早生まれなんだけど。」私の誕生日は2月上旬である。さくらと私にはほぼ1年の差があるんだな、と思う。
バスがやってきた。スマホを通学カバンにしまうと、さくらはあぁ、と声を出した。それからバスの存在に気がついたようで、通学カバンにキーホルダーのようにつけている定期券を手に取った。停車したバスのドアが開き、列が動き出した。乗り込み、定期券をピッと当てながらバスの中を軽く見回す。いつものことだが、朝のバスはほとんど満員だ。座るところなんてない。私の隣に立ち吊り革を持って、さくらは口を開いた。バスの中なので声量は抑え気味。
「今日って英語の小テストあったよね?」バスが動き出し、少し揺れた。私はさくらの方に視線をやりながら、同じように小声で返した。
「そうだね。勉強した?」「いや、やってない。それでテストって朝礼の時にやるっけ、授業だっけ?」「金曜だから授業中。」「あ、そうなの。じゃあ勉強時間あるか。助かった。」「そんなやばいなら今から単語帳めくったら?」「うーん。片手だと不安定だし。」「何が。」「ほら、バスが揺れた時。」「まあでも、いけるでしょ。」「えー、バスの中はそういうんじゃないじゃん。おしゃべりする時間じゃん。別の話しよ。」「別の話? なんだろー。来年の担任誰がいい?」「怖くない先生がいいな。」「それはそうだよね。谷先生とかだとちょっと嫌かも。」「てか、持ち上がりなんじゃないの? 去年そうだったし。」「あーそうかもしれないけど。持ち上がりって正直つまんないし。1人くらいは変わって欲しい。」「いやむしろ持ち上がりの方がいいでしょー、嫌な先生に当たりたくないし。」「てか持ち上がりって最初から嫌な先生だった場合、最悪すぎない?」「あはは確かに。ドンマイって感じ。」
バスが停車した。ドアが開き、人が入ってくる。誰も出て行かない。つまりただ狭くなっただけ。さくらがこちらに詰めてきたので私も詰める。隣に立っている人も詰める。多分、その隣の人もそんな感じだろう。上から見たらドミノみたいになってるのかな、と思う。でも倒れてるわけじゃないからドミノじゃないか。じゃあなんだろう。さくらとの会話が途切れてから私はそんなことをぼんやり考えていた。いつの間にかさくらは、体の前に抱えた通学カバンを机に単語帳を開いていて、なんだ、おしゃべりする時間とか言ってたのに、とおかしくなる。彼女は、私が見つめてきていることに気がついたのか顔を上げ、不思議そうに、どこか訝しげに私に訊いた。
「何、その笑顔。」「別に。」
説明するほどのことでもない。私がバスの外の景色に目をやると、さくらも再び単語帳に視線を落としていた。
朝、揺れるバスの中。
主人公は朝はNHKのニュースしか見ないので、、、
制服
ひまつぶし
ひつまぶし
2026/04/05 制服
制服が好きだ。
制服に身を包む。そうすると、わたしは「高校生」になれる。
だからわたしは制服が好きだ。例えばバス停でバスを待っているとき、制服を着て通学カバンを背負っていれば、他の人は「あ、中高生が登校しているんだな」とわかるし、わたしはそれを裏切らないようにしていればいい。簡単なことである。普通に過ごせば良いだけなのだ。
だからわたしは制服が好きだ。周囲からの視線に悩まなくていいから好きだ。行動が多少幼くても、失礼でも、学生なのだから仕方ないと解釈されるところが好きだ。
学校からの帰り、バスに乗り込むと、制服を着た誰かがいた。中学生か高校生か、どこの学校か、そんなことは何もわからないけれど、制服というだけでわたしは彼女を仲間だと認識する。きっと彼女も、仲間とまでは思っていなくても、わたしに警戒心をいだくことはないはずだ。
降りるべきバス停に着いて、わたしは人を避けながら前方に歩いた。制服の彼女はまだ座ったままで、動きが特にないところを見ると、もうすぐ降りるというわけでもないのかもしれない。それに少し距離を感じる。物理的にも精神的にも遠いことを理解する。
スマホをいじったままの彼女をみて、ふと、彼女は他人に仲間意識を覚えるほどすがっていないのかもしれないという仮説が生まれる。
わたしはそれを内心で否定しないし、肯定もしない。ただ、そうかもしれないとだけ思う。
バスを降りると、太陽がわたしをジリジリと照らしつけてきて、バスの中の涼しさが恋しくなる。
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