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目次
#01
--- ある日の食堂 ---
食堂の隅っこ、ガヤガヤとした喧騒がまるで遠い世界のことのように聞こえる場所で、レイラはザンカが作ってくれたカツサンドを頬張っていた。カリカリの衣と肉のジューシーさ、ソースの味がじんわりと口いっぱいに広がる。いつも通りの味なのに、どこか今日のカツサンドは特別な味がした。
「おぉい、レイラ!」
弾むような大きな声に呼ばれ、視線を向ける。そこには、いつものメンバーであるエンジン、リヨウ、ザンカ、そして、その隣に見慣れない男の子が立っていた。
「……遅いぞ」
レイラがぶっきら棒に言うと、エンジンはへらへらと笑いながら答える。
「あはあは、わりぃわりぃ。こいつらが揉めててな」
「あっそ」と呟き、再びカツサンドに意識を戻そうとしたそのとき、ふと、横に立つ男の子に目を留めた。どこか冷たい瞳をしているのに、その奥には強い意志が宿っているように見える。
「そういえば、あんたは……」
レイラが問いかけると、男の子は少しだけ警戒した様子で、しかしはっきりと名乗った。
「俺は……ルド」
「ルドねぇ」
レイラは、その響きをそっと口の中で転がす。なぜか懐かしく、そして少し切ないような、不思議な感覚が胸をよぎった。
「ルドっていう名前の響き、ええなって思うんじゃけど、ザンカはどう思うん?」
レイラがふと、隣に座るザンカに尋ねた。
「ん? なにがじゃ?」
きょとんとしたザンカの返事に、レイラはムッとする。
「はぁ、ぶっちゃけんそ」
「ふざけとらんわ! なんで俺が、お前の頭ン中のことまで読まにゃいけんのんじゃ」
レイラとザンカのいつもの口げんかが始まると、エンジンが呆れたようにため息をついた。
「お前ら、まだそんなガキみたいな喧嘩すんのかよ」
エンジンの言葉が、なぜか胸に刺さった。何が気に食わないのかもわからず、レイラは不機嫌そうに小さくため息をつく。——まだ“ガキ”なのは、お互い様じゃないか。そんな言葉が喉まで出かかったが、彼女はそれを飲み込んだ。
「…チッ、なんじゃとそんなん俺が一番分かっとるわ」
ザンカは吐き捨てるようにそう言い、不機嫌そうに顔をそむける。
--- レイラの部屋にて ---
食堂での喧騒が嘘のように、部屋の中は静まり返っていた。ベッドに腰掛けて、レイラはぼんやりと天井を見上げる。
「ふぁあぁ、暇だべぇ……」
ぽつりと呟く。先ほどの食堂での出来事が頭の中でぐるぐると巡っていた。
(そういえば……人器の手入れ、したっけな)
暇を持て余したレイラは、いつものように人器である刀に手を伸ばす。柄を握りしめ、その刃を丁寧に磨き始めた。静かに刀を磨く手元を見つめていると、不意に、遠い昔の祖父の声が脳裏に蘇る。
---
『お主は、今は名を持たぬが……いつか、名を与えてくれる者が現れる』
祖父の温かい声。優しく、そして力強く語りかけてくれたその言葉が、今も鮮明に心に残っている
---
「……っくす。あんなふうに言うたくせに、じいちゃんも名前なんてなかったくせに……」
ポツリと、誰に聞かせるでもなく呟く。祖父への慕情と、名を持たなかったことへの寂しさが複雑な感情が入り混じり、レイラの胸を締め付けるが彼女は刀を磨く手を止めなかった。
--- 数分後 ---
刀の手入れを終え、レイラはベッドから立ち上がる。
「……さすがに1人は暇やなぁ」
窓の外に広がる、いつもの奈落の景色。その光景を眺めながら、レイラの心は決まっていた。
「……散歩でも行ってくるっしょ」
レイラは、静かに部屋を出た。
🔚
#02
--- 夕方 ---
廊下で、ルドとエンジンが顔を合わせる。
「なぁルド、レイラのこと嫌わないでやってくれ」
エンジンはいつもの調子で言う。ルドは「は?」と不審そうな顔をした。
「なんでだよ」
エンジンは少し目を伏せて、言葉を続けた。
「昔、レイラはずっとザンカ以外の人と交流がなかったんだ。だから、あいつのことを……」
言葉を遮るように、ルドが尋ねた。
「そういや、レイラとザンカを保護したのって何年前なんだ?」
「なんだよ、いきなり」
「なんだって……ザンカは17歳で、レイラが16歳だろ?だから、気になっただけだろ!」
エンジンは一瞬呆れたような顔をして、ため息をついた。
「……お前、ザンカの年まで知ってんのキモいぞ」
ルドはムキになり、エンジンの胸ぐらに掴みかかった。
「レイラから聞いたんだよ!」
「ふっ。ザンカとレイラ、同い年だぞ」
その言葉に、ルドは固まる。
「はぁ!? あの女、嘘つきやがって!」
「んまぁ、ルド。これだけは覚えとけ。あいつは嘘なんてつかねぇぞ」
「は?」ルドは理解が追いつかない。
エンジンの口元が弧を描く。
「レイラの誕生日、あと数ヶ月先だぜ」
「はぁ! ふっざけんな! てめぇ!」
ルドが叫び、エンジンに殴りかかろうとする。エンジンはそれをひらりとかわし、からかうように笑っていた。
ルドは叫びながらエンジンに殴りかかろうとするが、エンジンはそれをひらりとかわし、笑い声を響かせた。
「はぁ、怒るなよルド。どうしたんだよ、そんなにムキになって」
「うるせえ! 嘘つきは嫌いだ! レイラは俺に嘘をついた! ふざけやがって!」
「だから、あいつは嘘なんてついてねぇって言っただろ?」
ルドは息を荒くして、エンジンを睨みつける。
「嘘じゃねぇか! あいつは俺に16歳だって言ったんだ!」
「16歳だろ?」
エンジンの返答に、ルドは一瞬言葉を失った。
「は……?」
「16歳だよ。ただ、誕生日がまだ来てねぇって話だろ」
エンジンは肩をすくめて、ルドをからかうように続ける。
「お前、レイラに年齢聞いた時、ザンカにも聞いたのか?」
「……いや、レイラだけだ」
「だろうな。あいつはザンカの年齢まで言ってないし、お前も聞かなかった。だから、お前は勝手にレイラがザンカより年下だと思い込んだだけだ」
「ぐっ……!」
ルドは言い返せず、悔しそうに歯を食いしばる。エンジンの言葉が、ぐさりと胸に刺さった。自分が勝手に勘違いしていたのだと理解し、怒りの矛先を失った。
エンジンはルドの様子を見て、笑いをこらえきれずに、腹を抱えて笑い出した。
「あははは! お前、マジで面白いな!」
「うるせえっ!」
ルドは顔を真っ赤にして、恥ずかしさでいっぱいになった。
「てめぇ、俺を馬鹿にしてんのか!」
「いやいや、馬鹿にはしてねぇよ。ただ……」
エンジンは笑いながら、ルドの肩をポンと叩いた。
「ほら、言ったろ? あいつは嘘なんてつかねぇって。ただ、お前が勝手に勘違いしただけだ。それをあいつのせいにするのは違うだろ?」
ルドは何も言い返せず、俯いた。エンジンの言葉に、何も言い返せないほど正論だった。
「ま、いいじゃねぇか。レイラの誕生日、楽しみにしとけよ」
そう言って、エンジンはルドの横を通り過ぎていった。
ルドは一人、廊下に立ち尽くし、悔しさと恥ずかしさでいっぱいになっていた。そして、レイラに会った時に、どういう顔をすればいいのか分からなくなっていた。
🔚
#03
ルドは一人、廊下に立ち尽くしていた。エンジンが去った後も、自分の顔が熱いのがわかる。怒り、恥ずかしさ、そして少しの情けなさ。それらがごちゃまぜになって、胸の中で渦巻いていた。
「くそっ……俺が勝手に勘違いしただけ……か」
呟いた言葉が、廊下に虚しく響く。
(そうだ。あいつは何も嘘をついていない。俺が勝手に……)
そう頭では理解しても、どうにも釈然としない。レイラの態度を思い返せば、別に年齢をごまかそうとしている風には見えなかった。ただ単に、ルドが聞き足らなかっただけ。だが、その結果、自分が盛大に勘違いし、エンジンに馬鹿にされたのだ。
「ああ、最悪だ……」
壁に背を預け、ずるずるとしゃがみ込む。レイラの顔を思い浮かべると、どうにも気まずい。次に会ったら、どんな顔をして接すればいいのだろうか。
「……別に、謝る必要はないだろ」
そう自分に言い聞かせる。謝るべきことなど何もない。ただ、自分の勘違いを彼女に知られるのが恥ずかしいだけだ。
「……いや、待てよ」
ふと、ルドは閃いた。
(このまま、なかったことにすればいいんじゃねぇか?)
(そうだ。俺が勘違いしたことなんて、レイラも知らない。エンジンはバラすようなやつじゃないだろう。このまま何事もなかったかのように振る舞えば、何も問題ない)
よし、そうしよう。そう心に決め、ルドは立ち上がった。
その時、背後から声がした。
「ルド?なして、こんなところさ」
ゾワリと、背筋が凍りつく。
振り返ると、そこにはレイラが立っていた。手に何かの荷物を持っている。
「っ、レイラ!」
「……顔、真っ赤だよ。熱でもあると?」
レイラは不思議そうに首を傾げた。その表情はいつもの通り、無感情で、ルドの動揺など少しも知らないといった様子だ。
「ち、違う! なんでもねぇ!」
「そうけ……? けったいなやつ」
レイラは興味なさげに、ルドの横を通り過ぎようとする。ルドは慌てて、彼女の腕を掴んだ。
「お、おい! お前、今からどこに行くんだ!?」
「ザンカのところに、荷物を届けに…なんもさ」
「いや……なんでもねぇ!」
ルドは掴んだ腕を離し、再び口を閉ざした。どうにも言葉が出てこない。この場で「誕生日、いつなんだよ」なんて聞けるわけがない。
レイラは小さく首を傾げた後、再び歩き出した。その背中を見つめながら、ルドは心の中で叫んだ。
(ああ、もうダメだ……やっぱり、恥ずかしい……!)
🔚
#04
--- 翌朝 ---
食堂にて
「ルド、悪いんじゃけど、レイラ起こしてくれん?」
ザンカが言うと、ルドは
「はぁ!? なんで俺が!」
と反発した。
「悪いけど、俺は今からアイツのカツサンドを作ってやらんといけんのじゃ。あれがないと、朝からキレるんよ、アイツ」
ザンカの言葉に、ルドは
「だ、だったらエンジンかリヨウに頼めばいいだろ!」
と反論する。
だが、当のエンジンとリヨウは顔を見合わせ、苦笑しながら答えた。
「俺があいつの部屋に入ると、出てけって言われるんだよな」
「私が部屋に入ろうとすると、警戒されるのよね」
「おいおい、お前ら昔っからの付き合いだろ!」
ルドが言うと、ザンカが困ったように返す。
「昔っからいるって言われても困るわ。エンジンから聞いたと思うが、レイラは俺以外のやつと仲良くできなかったやつだからな」
「っ…あー、もう、わかった!」
そう言って、ルドは食堂を後にし、レイラの部屋へと向かった。
「あいつ、大丈夫か?」
エンジンの心配そうな声に、ザンカが|鷹揚《おうよう》に答える。
「大丈夫だろ」
「ま、正直、あいつ朝は機嫌悪いからなあ」
そうエンジンが言ったらリヨウは面白そうに笑いながら、そう付け加えた。
--- レイラの部屋の前 ---
(アイツの部屋の前まで来たのはいいけど、なんか気まずいな……)
ルドは内心そう思いながら、ノックをする。ドアの向こうから物音が聞こえたが、返事はない。
痺れを切らしたルドがもう一度ノックをしようとした、その時、内側から再び激しい物音が響いた。
「おい、レイラ!開けるぞ!」
ルドは勢いよくドアを開けた。ベッドの横に、レイラが倒れ込んでいるのが見える。
「おい、お前!どうしたんだよ!」
ルドが駆け寄ると、レイラは顔をしかめ、不機嫌そうに答えた。
「だぁもう……あんべわりい、あんべわるい!」
「は?何言ってんだお前」
「あー、うるさい、ボケ!」
レイラは叫ぶと、床に散らばっていた本をルドに向かって投げつけた。ルドは間一髪でそれを避ける。
「はぁ!? お前、何してんだ!」
「今は機嫌悪いんじゃい!」
ルドは「はあ!?」とキレ気味に言い返した。
「そういや、ザンカがお前にカツサンド作ってくれるって言ってたぞ!」
「カツサンド……?」
ルドは戸惑いながら言ったが、レイラの反応はそれだった。
「あ、あぁ」
「ザンカが……作ってくれたカツサンド……?」
「そうだって言ってんだろ」
その言葉を聞いた途端、レイラの目がまんまるになり、部屋を飛び出して食堂へと向かっていった。
🔚
#00
名前: レイラ
年齢:17歳
性別:女子
身長:165cm
人器:マフラー 刀
所属:掃除家「アクタ」
誕生日:7/1
容姿:ザンカと同じ前髪だが、逆向きにセットしており襟足がぴょこんと跳ねている
服装はザンカと同じデザインのズボンを着用でウエスト部分には、エンジンからもらった大切なマフラーを身につけている。
マフラー
人器名
「風読み」
能力: 遠距離・広範囲の|人通者《ギバー》マフラーを触媒とし、マフラーの切れ端や糸を無数の刃物のように飛ばして操り、風の流れを読み取り、相手の動きや能力を予測する索敵能力にも優れている。戦闘時は、マフラーの糸を張り巡らせて結界を作ることで、侵入者を捕縛したり、糸で切断したりする
---
刀
「刻風(ときかぜ)」
能力: 近距離・一点突破の|人通者《ギバー》。風の流れを読んだ情報をもとに、一瞬の隙を突いて正確な斬撃を放ち斬撃はただ切るだけでなく、風の流れを操り、相手の動きを鈍らせたり、人器の能力を一時的に無効化させたりする効果を持ってる
#05
レイラが食堂に飛び込んできたとき、ザンカはまさにカツサンドを仕上げているところだった。
「ザ、ザンカ!」
目を輝かせながら駆け寄るレイラに、ルドが呆れたような顔で後を追う。
「なんだよ、さっきまであんなに機嫌悪かったくせに!」
レイラはルドを無視して、ザンカの作業台に視線を釘付けにする。
「カツサンド、ホンマに作ってくれたん?」
「お、おう。ちょうど今できたとこじゃ」
ザンカが差し出した皿の上には、こんがりと揚がったカツが挟まれた、分厚いカツサンドが乗っていた。
レイラは無言でそれを受け取ると、大口を開けて豪快にかぶりつく。
「んんん!やっぱこれやないとアカンわ!」
満面の笑みでカツサンドを頬張るレイラを見て、リヨウとエンジンが顔を見合わせる。
「やれやれ。朝のカツサンドが、レイラの機嫌のバロメーターなのね」
「まったくだ。あいつの機嫌を直せるのはザンカだけか」
呆れ顔のルドがザンカに声をかけた。
「おい、ザンカ。お前、あいつの機嫌の取り方、よくわかってるな」
「まぁな。昔から、これでどうにかなるから楽なんじゃ」
ザンカはそう言いながら、レイラの隣に座った
その様子を見ていたルドは、少しだけ羨ましそうな表情を浮かべる。
(俺も、いつか…)
そんなルドの視線に気づいたリヨウが、そっと声をかける。
「ルド、大丈夫よ。いつかあなたにも、そういう特別な人ができるわ」
「な、なに言ってんだよ!」
ルドは顔を赤くして反論するが、リヨウはからかうように笑うだけだった。
食堂には、カツを揚げる音と、カツサンドを頬張るレイラの幸せそうな音、そして仲間の軽口が響き渡っていた。
🔚
#06
ザンカが隣に腰を下ろしたことで、レイラはさらに機嫌が良くなった。カツサンドを一口食べ、もう一口と頬張る彼女は、まるで小さな子供のようだ。その無邪気な姿を、ザンカはどこか満足げな表情で見つめている。
「ねぇ、ザンカ」
口いっぱいにカツサンドを頬張りながら、レイラが話しかける。
「今度さ、もっとでっかいカツサンド作ってくれへん?」
「欲張りなヤツじゃのう」
ザンカは呆れたように笑いながら、しかしその声はどこか嬉しそうだ。
「どんだけでかいのがええんじゃ?」
「んー……そうやな、僕の顔くらいのでっかいヤツ!」
レイラはそう言って、両手で自分の顔の輪郭を描いてみせる。
「ハハ、そりゃまた大作じゃな。腕がなるわ」
ザンカの言葉に、レイラは嬉しそうに飛び跳ねた。
そんな二人の様子を、ルドはやっぱり少し羨ましそうに見ていた。特別なカツサンド。特別な笑顔。特別な関係。自分にはまだ、そんな「特別」が何なのか、どうすれば手に入るのか、まだよくわからない。
そんなルドの心情を察したリヨウが、再びそっと寄り添う。
「ね、ルド。いつかあなたも、誰かの特別な存在になれるわ」
「はぁ!できねぇよ」
「そう?あなたには、あなたの良さがあるのに」
リヨウはそう言って、ルドの頭を撫でる。
不意打ちの優しさに、ルドはますます顔を赤くして、恥ずかしそうに俯く。
「な、なんだよ、リヨウ……!やめろって!」
そんなルドの様子を、エンジンがからかうように見つめていた。
「お?ルドもすっかりリヨウに懐いてるじゃないか」
「う、うるせぇ!」
ルドの反論もむなしく、食堂には笑い声が響く。
レイラのカツサンドを頬張る音、ザンカの優しい視線、リヨウの温かい手、エンジンのからかうような声。
それぞれの「特別」が重なり合い、食堂は温かな空気に包まれていた。
いつもの日常。いつもの仲間。
奈落の底から這い上がってきた彼らにとって、この穏やかな時間が何よりも尊い宝物だった。
ルドは、いつか自分も、誰かにとってそんな特別な存在になれることを信じて、カツサンドを美味しそうに頬張るレイラを改めて見つめるのだった。
🔚
#07
ルドは照れくささから、さらに深く俯いた。リヨウの優しい手が頭から離れ、少し寂しさを感じたが、それを悟られないよう、カツサンドを頬張るレイラのほうへと視線を向ける。
「な、なんか、カツサンドが美味しそうに見えてきた……」
ルドがぽつりと呟くと、それを聞いたレイラは、はっとしたように自分の持っているカツサンドをまじまじと見つめた。そして、何かを決意したかのように、そのカツサンドを半分に割る。
「はい、ルド!」
差し出されたカツサンド。レイラの口元には、かすかにソースがついている。
「え、でも、お前のだろ?」
「ええねん!半分こや!」
にこやかに微笑むレイラに、ルドは戸惑いながらも、そのカツサンドを受け取った。
「あ、あぁ……ありがとな」
一口食べると、ザンカが腕によりをかけて作ったカツサンドは、驚くほど美味しかった。カリカリに揚がった衣に、ジューシーな豚肉。そして、絶妙な甘辛さのソースが、口いっぱいに広がる。
「うまっ……!」
「やろ?」
誇らしげに胸を張るレイラ。そんな二人を、ザンカは優しい笑顔で見つめている。特別なカツサンドを、特別な相手と分かち合う。そんな小さな出来事が、ルドの心に温かい火を灯した。
「ほら、ルド。お前も負けてられねぇぞ」
エンジンが、ルドの背中をポンと叩く。
「お前には、お前を特別に思ってくれるヤツが、きっと現れる」
エンジンの言葉に、ルドはリヨウをちらりと見る。リヨウも、ルドを見て、にっこりと微笑んでいた。その笑顔に、ルドは再び顔を赤くする。
「な、なんだよ」
「なんでもねぇよ。ただ、お前の笑顔が見たくなっただけ」
リヨウの言葉は、ルドの心をくすぐる。照れ隠しにカツサンドを頬張るルドの姿を見て、また、食堂に笑い声が響いた。
奈落の底から這い上がってきた彼らの日常は、特別じゃないかもしれない。でも、この温かな日常こそが、何よりも特別な宝物なのだ。
それぞれの「特別」が重なり合い、温かい空気に包まれた食堂。ルドは、いつか自分も、誰かにとってそんな特別な存在になれることを信じて、残りのカツサンドを頬張った。その味は、いつにも増して、甘く、温かく感じられた。ルドは照れくささから、さらに深く俯いた。リヨウの優しい手が頭から離れ、少し寂しさを感じたが、それを悟られないよう、カツサンドを頬張るレイラのほうへと視線を向ける。
🔚
#08
ルドがカツサンドを飲み込むと、遠くで食堂のドアが開く音がした。振り返ると、そこにはタムジーが立っていた。いつも通り無表情だが、その視線はまっすぐにルドたちに向けられている。
「タムジー、もうご飯の時間か?」
ザンカが声をかけると、タムジーは静かに首を横に振った。
「掃除道具の点検だ。ルド、お前も来い」
タムジーの言葉に、ルドは慌てて残りのカツサンドを口に放り込む。
「おう、わーったよ!」
リヨウがルドの頬についたソースを拭うと、ルドはまた顔を赤くして俯いた。
「もう……!」
「ほら、早く行きなさい。遅れるわよ」
リヨウの言葉に背中を押され、ルドはタムジーの後を追う。
タムジーは無言で歩き続け、ルドも無言でその後を追う。静かな廊下に、二人の足音だけが響く。
「……なぁ、タムジー」
ルドが意を決して話しかける。
「ん」
タムジーは、振り向くことなく答えた。
「俺、いつか、あんたにも特別なもの作ってやるよ」
ルドの言葉に、タムジーの足が止まる。タムジーはゆっくりと振り返り、ルドをじっと見つめた。
「特別、か」
タムジーは静かに呟くと、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「……期待してる」
その言葉に、ルドは驚き、そして嬉しくなった。特別じゃないかもしれない。でも、この温かな日常こそが、何よりも特別な宝物なのだ。
廊下を歩く二人の背中に、いつものように優しい光が降り注ぐ。この穏やかな時間が、いつまでも続くようにと、ルドは心の中で願うのだった。
🔚
#09
タムジーの後ろを歩きながら、ルドは不意に口を開いた。
「なぁ、タムジー」
「…なんだ」
タムジーは無表情なまま、淡々と答える。
「俺、いつか、あんたにも特別なもの作ってやるよ」
ルドは、食堂で見たザンカとレイラのやり取りを思い出していた。特別なカツサンド。特別な笑顔。自分にも、誰かに特別なものを作ってあげられるかもしれない。
「…特別なもの、か」
タムジーの足が止まる。
「別にいらない」
「なんでだよ!」
「…必要ない」
タムジーは、冷たく言い放つ。
「そんなこと言うなよ!俺が作ってやるんだから、いいだろ!」
「…お前の特別なものなど、必要ない」
タムジーは、ルドに背を向けて再び歩き出した。
「待てよ、タムジー!」
ルドは、タムジーの背中に向かって叫んだ。
「俺は、あんたに、特別なものを作ってやりたいんだ!」
タムジーは、立ち止まり、静かに振り返った。その表情は、いつものように無表情だったが、ルドは、その奥に、ほんの少しだけ、感情の揺らぎを感じた。
「…好きにしろ」
タムジーは、それだけを言い残し、再び歩き出した。
ルドは、その背中を見つめながら、拳を握りしめる。
「見てろよ、タムジー。いつか、あんたにも、俺の特別なもの、食わせてやるからな!」
ルドの言葉は、静かな廊下に響き渡る。
奈落の底から這い上がってきた彼らの日常は、特別じゃないかもしれない。でも、この温かな日常こそが、何よりも特別な宝物なのだ。
それぞれの「特別」が重なり合い、温かい空気に包まれた廊下。ルドは、いつか自分も、誰かにとってそんな特別な存在になれることを信じて、タムジーの背中を見つめるのだった。
🔚