異世界で変身ヒロイン!パート2
リレー開始者:甘味
最低100文字/最大3000文字
話数 16 / 30
遥兎らいとのリレー小説、異世界で変身ヒロイン!の続きです。
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1
新年あけましておめでとうございます!
この世界での1月…梅月になりました。ということで私も入学…!ピカピカの1年生!
「アリア…アリアぁ…。変な男がいたらすぐアンに知らせるんだぞ!あとこれはこうで…。」
相変わらずお父様は親バカだ。どうやらお母様が病気で死んでしまったのでお父様はより心配性になったとのこと。いくら何でもやりすぎな気はするけどね。
「大丈夫ですよ、お父様。私も自衛くらいできますし、何かあったらアンや先生方に助けていただきますから!」
「アン、よろしく頼むぞ。」
「ええ、お嬢様は私が守ります!」
ピシッと敬礼するアン。
「あ、あたしも頑張ります!」
そうそう、リリィがいなくなったのでメイドさんが1人増えた。名前はミシェル。素直で素行もいいメイドさんだったから私付きになったそうだ。
「行って参ります!」
さぁ、ドキドキ学園ライフへ!しゅっぱーつ!
馬車で揺られること数日。
王立学校についに着いた!
白塗りの壁に美しい金や銀の飾り、それから金のエンブレムが映えている。
ところどころ魔道具と見られる光の板がチカチカとまたたいていた。
荘厳な門の前で立っている女性に話しかける。
「新入生様ですか?」
「はい、アリア・ロイエルです。推薦状はこちらに…。」
「確認いたしました。御入学おめでとうございます。向かって左のホールにて、新入生セレモニーがありますので御参加いただきますようお願いします。」
左のホールにて、新入生セレモニーね。入学式みたいなものかな?
「それにしても、大きな学校ですねー。」
「そうですね!私がここを卒業した時は見なかった建物がありますし…増築されてさらに大きくなったのでしょう。」
アンも王立学校出身なのかぁ。実家は男爵家よりの子爵家で推薦を貰って入学した、って言ってたなぁ。
またまた白色の壁に綺麗な飾りのあるホールの中に入る。
席表を見てクラス順に座るらしい。えーっと、私の席は前あたりだね。
「アン、行って参ります。」
「いつてらっしゃいませ、お嬢様。」
私たちがセレモニーに出席している間、メイドたちは別の講習があるためちょっとだけお別れだ。
私が所定の席に座ると、緋色の髪に同じく緋色の瞳の美少女がいた。
「…こんにちは。これからよろしくお願いします。アリア・ロイエルです。」
クラスメートには優しくしなくては!それに、新しい友達ができるかもしれないし。私はまだ同年代のお友達がいないのだ!ぼっちは嫌だ、絶対に。
「あっ、えっと…アタシはシエラ・ボイラーです。よろしくお願いします。」
事前勉強会(地獄だった)の記憶だと…この子は最近男爵家になった家の娘さんだ。実家はロイエル領の近隣で、確か幼くして優秀な鍛治師だとか。男爵家だから下に見られているけど…。
「えっと…ロイエル領には天使がいらっしゃるんですよね!?あっ、いきなりすみません…男爵家ごときがでしゃばって…。」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。気にしないでください。それで、天使というのは?」
「きゅあえんぜる様のことです!!どうなのですか!?絵姿がとてもお綺麗なんです!」
きらきらとした瞳で声をかけてくる。えへへ、照れちゃうなぁ…。
「新入生のみなさん、セレモニーが始まりますので席にお着きください。」
「セレモニーが始まってしまいますのでその話は後ほど…。」
「ごめんなさい…。」
この話は後で、かな。セレモニーをよく聴いて学園生活、満喫しちゃうぞ!
2
校長先生らしき人が登壇してきた。
「綺麗……」
誰かが呟いた通り、すごく綺麗な女の人だ。ブロンドの毛は神秘的な雰囲気で、ダイヤモンドのような洗練された美しさがあった。
しかし、まだホール内はざわざわしていた。
全く、人が話すときは静かにしなさいって習わなかったのかな?これは話しにくいぞ、大丈夫かな……。
「粛に」
心配は一瞬で吹き飛んだ。
地の底から這い寄るような声は、会場を一瞬で黙らせた。
「セレモニーと言っても、ただのお祝いではありません。ここは貴方たちの学び舎。お遊びのために来ているなら帰りなさい」
一言一言が、空気をびりびりと震わす。
校長先生は空気が引き締まったことを感じたのか、ふぅっと息を吐いた後、少し表情を緩ませた。
「……では、カリキュラムについて説明していきます。まず、我が校は六学年あります。一、二年生では計算や語学、社会学、それから魔術理論の基礎の学習、三、四年生ではそれぞれのスキルに合った魔法の学習、五、六年では校外での実践活動に入ります」
ほうほう、なるほどー。つまり、魔法するのは三年からかー。
……つまんな!やる気起きないなー。
「そして、成績最優秀者には将来に役立つアイテムが授与されます。頑張りましょうね」
うん私頑張るよ!
アイテムが関わるとなると話は別である。
「そして最後に……私の出身は男爵家です」
会場がざわめいた。
……ん?事前勉強会してたの私だけなのかな?アンから皆するって聞いてたけど?あれー?
「しかし、六学年で成績最優秀を取り続け、今校長の座にいます。ここは身分関係なく学ぶための学び舎。家の格など関係ありません」
身分なんて学ぶのには関係ないときっぱりと言い切った。
……かっこよ!
「王立学校校長、ライア・ハーネンゲルからは以上です」
うっ、事前勉強会で知ってたけど、名前も綺麗……。
「国王は魔族対策が忙しいらしく来られませんので、伝言だけ……『励め』だそうです」
おおう、上から目線。さすが王様。
「では続いて、推薦入学首席から。……カネラ・ローネライト!」
……出た!事前勉強会でもしつこく教えられた、エリート公爵家のお嬢様!確か、前代未聞の力をもつヒーラーだった気がする。何でも、今際の際の重傷者を一瞬で全快させるとか……。
「……」
あ、でてきた。
カネラさんはさすが公爵家、可愛いロリっ子である。眠そうな半眼も愛嬌を醸し出しており、クリーム色の髪の毛やまつげはは穏やかな雰囲気だ。
でも、話し出すの遅くない……?
「……ん」
あ、ようやく喋った。
「がんばろ」
と言うと、てくてくとはけていく。
……へ?
見回すと、他の入学者もぽかんとしていて、先生たちも何だか慌てている。
……こういうのって、普通台本があるよね。そういうのをガン無視って……。
首席がこれで大丈夫だろうか、と不安を覚えていると、校長先生が再び出てきて、ため息混じりに言った。
「えー……おほん。それでは、現六年の生徒代表にお話を伺いましょう」
……あの人か!
その人は、事前勉強会でも特に印象に残っている人。私の頭の中では、お父様の声がフラッシュバックしていた。
『いいか、アリア。その人は現六年の推薦入学首席で、王族並み、いやそれ以上のすごいオリジナルスキルを持っている。そして……』
「ジーク・ロイエル!」
『アリア、お前の兄だ』
ネーミングセンスなくてすみません……
3
「やあ。一年生諸君、はじめまして。私は六年生代表のジーク・ロイエルだ。ここはお互いに高め合う場所。友と切磋琢磨し、この国を引っ張るような恥ずかしくない貴族になれ。」
ジークお兄様が話しだした途端、部屋の空気がさっきとはまた違った緊張に包まれる。まさに鶴の一声。
こんなクールイケメンがアリアのお兄様なんて……お父様も結構イケオジだし、この家系美形すぎるでしょ。目の保養になります。
「では、私から生徒心得を諸君にお伝えしよう。生徒手帳が配られるので、そちらを確認してほしい。」
「わぁ!?すごいですね!こんなことができるんですね、六年生代表様は……!」
キラキラした光の中には新品の生徒手帳。目を同じぐらい輝かせてはしゃぐシエラさんにそっと声をかけた。
「シエラさん、お静かに。」
「はっ!す、すいません。」
「上から読み上げるぞ。まずは授業についてだ……。」
「ふぇぁ……。眠いです。アタシ、座学なんて耐えられませんよ!」
大きく伸びをして、シエラさんは目をこすって言った。
「私も座学はあまり得意ではないんですよね。どうしても眠くなってしまいます。でも、この後は寮に行くだけなのでもう今日はこれで自由時間ですよ。」
「本当ですか!?やったぁ!」
ぴょんとジャンプしたシエラさんに冷たい視線が向けられる。
「……あっ、ごめんなさい。アタシなんかと一緒にいると、アリア様が……。」
しゅん、と肩を落として落ち込むシエラさん。
「いいですか、校長先生も男爵家出身なのですよ。シエラさんにも他の誰にも負けない特技があるからいいではありませんか。」
シエラさんはまたぴょんと飛び上がる。まるで子犬みたいでちょっと微笑ましい。
「え、アタシの特技って……知っているんですか!」
「ええ、この国のためになる大変素晴らしい特技だと私は思います。」
優しく微笑みかけながら彼女に向けて言うと、彼女はすごく、すごく嬉しそうにぴょこぴょこと飛んだ。やっぱり子犬!
「やっぱりアリア様はキュアエンゼル様みたいに広くて慈悲深い心をお持ちですね!小説の中の聖女様みたいです!」
「いえいえ、聖女様だなんて……。」
ちょっと照れるなぁ。でも本当に聖女、目指そうかな?いやいや、私がなりたいのは変身ヒロインであり聖女では……あ、でも|聖女《キュア》エンゼル、とかいいかも。
アンたちと合流して、校内をお散歩している時のことだった。
「あら、あそこにいる方って。」
「そうですね。たぶん第三王女のエステリーナ様です。」
あの女の子がエステリーナさんかぁ。
カネラさんが新入生代表だったから今回はご挨拶しなかったけど、第三王女様が私たちと一緒に入学するって話だったからどこかで出会うとは思っていたんだよね。
派手なメイクだけどそれがバッチリ似合う美人さんだなぁ。この国美形しかいないの!?取り巻きがたくさんいて賑やかだなぁ。でもいくら美人だからといって、取り巻きになるつもりもないしそんなに関わらないかなぁ。波風立てない程度に仲良く、ね?
「ごきげんよう。ロイエル伯爵令嬢、それから……ごめんなさい、どちら様かしら?」
ほう、なんか悪い方向に捉えると、『伯爵令嬢の方ならまぁ知ってるけど、男爵令嬢なんて入ってきていいのかしら?』ってこと!?いや、さすがにそんなわけないよね?
「ア、アタシはシエラ・ボイラーって言います!」
「そうなのですね。失礼いたしました。アリア様はお父様たちがおっしゃっていたので知っていたのですが、どうにもシエラ様の方は話がこちらに入ってきておりませんでした。」
印象に残ってないよーってこと?嫌みでちょっと苦手かもなぁ、エステリーナさん。
「あら、そうでしたの。覚えて頂けてとても光栄ですわ。」
さっさと帰ろう。
帰って明日に備えよう。
4
うう、昨日は眠れなかった……。
軽く痛む頭を押さえながら登校する。
それもこれも、あの意地悪王女エステリーナ様のせいだ。まったく、校長先生が身分関係ないっていってたの忘れたのかな!?
ということは、不敬罪に当たるので口には決して出さないが、まあとにかく男爵家だからと言ってバカにするのは度しがたい。
イライラしたまま一日が始まる。
「はーい、教科書開けー。初日の歴史は建国についてだ」
初代王様が英雄だの、魔王と魔族は絶対悪だのという授業という皮を被った賛美を半ば聞き飛ばしながら聞いていく。事前勉強会で大体の内容は織り込み済みだ。相当変わった問題でない限り対処できる。
建国は大体こんな感じだ。まず、建国前は世界中で魔物が跋扈していて、人々は怯え暮らす日々だった。だがそれを一人の人間が打ち砕く。それが初代の王様。その後も画期的な文明活動を打ち出し、都市を作って、平和な世界をどうのこうの。
こんなラノベのテンプレートをけばけばしく話すものだから、ファンタジー過剰社会の現代っ子が飽きてしまうのも仕方がないと思う。
「では、今日の授業を終わりにする」
はあ、やっと終わった……。正直初日にして飽き飽きしている。早く休みになってほしいものだ。
「あ、あのっ、アリアさん!アタシここ分からなくて……教えてくれませんか?」
だがしかし、可愛い学友にそんなことをお願いされて断れるわけはない。
王様の街作りについて説明していると、不意にクスクスという嘲笑が聞こえた。
「ご覧になって、皆様。没落寸前伯爵令嬢と鍛冶しか能がない男爵令嬢がなにやらしていますわ」
「あら、きっとくだらないことを話しているのでしょうね。王女様に話しかけられたからと調子に乗っているのでしょう」
これっぽっちも乗ってないよ、むしろ胸糞悪くなってるよ!そっちこそ勝手に妬んでるだけじゃん、こっち全く悪くないし!鍛冶をバカにしてるけど、そっちだってなんか誇れることはあるのか!?私だって頑張ったからここにいるんだからね、バーカバーカ!
……ということはその後の関係がめんどくさくなるので口が裂けても言えないが、脳内では彼女らはけちょんけちょんだ。はあ、でも三年生までこれが続くのか……。
「全く、気分が悪い……」
つい漏れてしまったその声にシエラさんがビクッと反応する。
……あ、ごめんね貴女は悪くないよ、これっぽっちも。
その後は魔術理論についてだ。これはもう耳にタコが出来るほど聞いている。でないとスキル発動出来ていない。学校名物、「入学直後は誰でも知ってることをやる」だ。
「えー、このように魔法、もしくは魔術は魔素を取り込んで変化させた魔力によって発動します。魔素は全自動で魔力になるので、訓練は必要ありません。発動の形態はスキルによって異なり、スキルは念じることで発動します。魔力は身体の中の力をいきませることにより……」
難しいことを言っているが、つまり魔法というのは、まず力んで次にスキル発動と思えば出来るのである。
シエラさんも鍛冶スキルを持っていて発動経験があるらしく、ぼうっと聞いているが、一部の生徒はたまにメモを取っている。
真面目なのか、はたまた魔法を使ったことがないのか。もし後者だった場合、相当出遅れている。恐らく親の力で入ったのだろう。
「……」
黙りこくっているクラスの様子を一瞥し、お爺ちゃん先生がすっと水晶玉のようなものを取り出す。果たして何をするんだろうか。
「では、試しに魔力でこの魔道具を光らせてしてみましょう」
……へっ!?なにそれ絶対楽しい!しかも、もう計画の成果が出せる!
「ここにいる皆さんは一度はスキルを使ったことがあるでしょう。なので問題ありません」
あ、メモ取ってた人の大半が青ざめてる。その中にはさっきバカにしてきた人もいるようだ。自分性格悪いなーと分かっていても、ざまあみろと思ってしまう。
隣で何か疑問点があったらしく小首をかしげてシエラさんがすっと手を上げる。
「先生、それは魔道具なんですか?魔道具なら、魔力は必要ありませんよね?」
魔道具は、スイッチのような窪みを押すだけで灯りがついたり物が動いたりするものだ。
「いいえ、違います。ですが、いい着眼点ですね、シエラ・ボイラーさん」
「ふぇっ!?ア、アタシのこと、知って……?」
意外だったらしく目を白黒させるシエラさん。いや、私の勉強会で教えられるくらいだし、有名だと思うよ?
「ええ、貴女はとても優秀な鍛冶士ですからね」
断言する。この先生はいい人だ!
「これは魔術具。魔道具とは違い、自分の魔力で作動させるものです」
なるほど。魔道具ってすごいね、魔力要らずなんだ。どんな仕組みなんだろ?
「か、鍛冶なんてできてもなんの役にも立ちませんわ!」
出たな、虎の威を借る高飛車お嬢様。ほら、シエラさんしゅんとしちゃってるじゃない。
しかし、きつく目を細めた先生が、「なら、貴女がこれに魔力を注ぎなさい」と水晶玉を差し出す。
少し狼狽えたお嬢様だったが、虚勢のように胸を張って、「と、当然できますわ!」と答える。
いざやってみると……。
「な、何故これほどしか光りませんの!?」
豆電球程度だった。ほーら、ご覧。やっぱダメじゃん。
続いて、シエラさんがすると……。
ピッカァァァァァ。
まぶしいと感じるくらいに教室に光がほとばしる。
「な、何故ここまで……」
「知らなかったのですか?彼女は鍛冶の技術だけでなく、男爵家にしては魔力もずば抜けています。もちろん、そこまで多くはありませんが、魔力の扱いが上手く、最大のパフォーマンスができていますね」
すごい。シエラさん、大物!これで評価はひっくり返るんじゃない?
その後、シエラさん以上の成果は出ず仕舞い。皆が悔しそうにしているなか、私の番が回ってきた。
「では、どうぞ」
よーし、思いっきり光らすぞー!できるだけ魔力をいっぱい入れて……。
「疲れたぁぁぁぁぁ!」
お姫様のような寝台に飛び込み、すぐに「痛っ!」と顔をしかめる。マットレスなんてこの世界にはないので、せいぜいすこしふかふかする程度だ。
さっき起こったことを簡潔に説明すると、まず閃光弾級の光が出て、私含めクラス全員の目がやられた。次に、お爺ちゃん先生にこてんぱんに叱られた。「なんであんな魔力があるのに言わなかったんだ!」って。曰く、あれは玩具のようなものなので魔力が多すぎると兵器のようになってしまうらしい。でも、それを先に言ってほしい。知らなかっただけではないか。全く、とんだとばっちりだ。
はぁ、と息をつき「ステータス!」と唱え、「計画」の成果を見る。因みに、慣れたお陰で中二病からは脱出した。
アリア・ロイエル
種族:人間
年齢:9歳
レベル:50
体力値:470
敏捷値:250
魔力値:680
筋力値:400
耐久値:310
「ちょっと伸ばしすぎたかなぁ……?」
5
「伸ばしすぎですよ、お嬢様。」
「わっ、アン!もう、聞いてたなら教えてください!」
ビックリした。心臓に悪いって!
「はあ、一時期お嬢様が戦闘民族にでもなったのかと思いましたよ。ダンジョンにまで行く始末ですし、しばらくは我慢してくださいませ!」
「……分かりました。」
そうそう、入学する前に領内にあった簡単めなダンジョンに行った。それでもアンがいなかったら変身がなかなかできなくて、レベリング効率も悪かっただろうから、アンは素晴らしすぎる。
あとは、入学する少し前に、領内を通りかかった時に魔物に襲われた商人さんを助けたりしたかな?あの時の魔物は強かった。変身状態では痛みが減るっぽい(もしそうではなかったらすぐに心は折れている)けど、体力は7割くらい減った。回復薬なかったら私史上最大の痛みで失神してたよ。あ、|私《亜美》が死んだ時はそんなに痛くなかったよ。
まあ……死因が自分でもあほらしいし、ギャグみたいだったし、痛くないけど悲しいものは悲しいのだ。
そういえば、あの商人さん元気にしているかな?
かなり可愛かったはず。
名前とか覚えてないかな。
えーっと、箱のところとか思い出せれば名前も分かるかも?
「あーっ!」
「お嬢様?突然大声を出してどうしたんですか?」
「いや、思い出したんですよ!前に商人さんが魔物に襲われていたでしょう?あの、宝石を奪われていた……。」
アンは少し考えたあと、ポンと手を叩いて呟く。
「ああ、あの方々ですね。どうかされたんですか?」
「あの紋章、シエラさんのお家のものでした!」
「あら、ボイラー家のですか?」
確かにボイラー家の紋章だった!
そうか、あの商人さんはボイラー家御用達の商人さんだったのか。
「お嬢様、ボイラー家の令嬢であるシエラ様と仲がよろしかったですものね。」
「良かったです。」
もしかしたらあの商人さん、ちょっとでも私たちの購入品、安くしてくれたり……なんてね。
シエラさんの両親さんにも恩を売れちゃったり?表向きはキュアエンゼルの活躍だから、言ってはいけないのだけれど。
「アリア様、それでですね!」
「そうなんですね、シエラさん。」
そんなこんなで今日もシエラさんと2人で雑談する。
残念ながら、教室を閃光弾並みの光でみなさまの目をぶっ壊したわたくしはシエラさん以外に友達がいませんの。とほほですわ。
シエラさん、とってもいい子だからいいんだけどね。あの高飛車お姫様もアイツやべー奴だと認識したので話しかけてこなくなったし、まあ平和だ。
「そうそう、そういえば……きゃっ」
シエラさんと勢いよくぶつかったのはどこかで見た美少女。
ぶつかった相手が普通の男なら少女漫画モノなんだけれど、シエラさんはまたぶつかった子とは別ベクトルの美少女なのでそうはならず。
どちらにせよ私は眼福だ。やったぜ。
「あ、ごめんなさい!」
「うん。別にいーよ。」
あれが不思議なお嬢様、カネラさん。
セレモニーでのお話をひとことで終わらせたカネラさん。
「あ、ねえねえ」
「……わたくしでしょうか?」
ちょっと警戒しつつ、答える。
シエラさんはちょっと離れたところでこちらの様子を心配そうに見つめていた。
「きゅあえんぜるって、あなたでしょう?」
……変身ヒロイン、早速素性バレた!?
6
「あ、あら、そんなわけありませんわ。彼女は天使ですもの……」
一応当たり障りのない答えを返してみたが、内心はこうである。
え、あ、え、やばいやばいやばい!何で、何でばれてんの!?どどど、どーすんの?えーとえーと、なんとかごまかして……。
半ばパニックである。まあ、そんな状態で正常な判断を下せるわけもない。
「でも、あなた……」
そう言いながら、カネラさんは私の両頬に手を当ててじっと見つめてくる。
それにびっくりして、思わずすごい勢いで後ずさる。
「とにかく!わたくしはなにも知りません!」
そして、くるりと踵を返し、
「行きますよ、シエラさん!」
「……?はい」
ダッシュで逃げ去った。
アリアとシエラが人生最高記録を突破するであろう猛ダッシュで逃げ去った後。
「お嬢様、いかがでしたか?」
「ん」
カネラとそのメイド、ライチは真剣な顔で……といっても、カネラは眠そうな双眸を若干鋭くしただけだったが、とにかく、アリアについて話し合っていた。
「あのひと、しんぞうがすごいいきおいでばくばくしてた」
カネラのオリジナルスキルは、「診断」サーチ。相手にふれることで、身体の状態をたしかめることが出来るスキルである。このスキルで、適切な部位を治癒して名声を得ていたのだ。
「やはりですか……彼女……アリアさんの功績は伝え聞いていないのに、入学できているのがおかしいと思いましたよ」
ライチは更に顔を険しくした。
「しかし、一体何のために?王家を欺いて……もし、もしも、国家転覆でも謀っているのだったら、|公爵家《わたしたち》も危ういですよ」
「……ん」
……至って真面目に、自分たちの将来を憂えて悩んでいる彼女たちはまだ知らない。
自らの頭を悩ませているタネを作り出している人物は、「だって、その方が格好いいからー!」という、まあなんとも、よくいえば平和的で穏やかな、悪くいえばおまぬけで能天気きわまりない理由でそのとんでもないタネを作っていることを。
つまるところ、自分たちの懸念など、全くこれっぽっちも懸念する必要がないことを。
「さぐるひつようがある」
シエラはその眠そうな瞳に光をたたえて、生来の舌ったらずな発音で、全く必要ないことを行おうとするのであった。
……誰か止めてあげてくれ。脱力して思わず「は?」と言う彼女たちの姿が脳裏に簡単に思い浮かべられる。
「なんだったんだ、一体……?」
シエラさんとも別れ、私は誰もいない空き教室でひとりごちた。変身ヒロインのことを聞かれるわけにはいかない。
……まあ、さっき早々にバレたけども。
「うーむ、ハッタリかな?深追いしてこなかったし……いや、にしても怖いな!」
これからはもう少しばれないように頑張る必要があるようだ。ぐっと拳を握る。
そう、全ては正しい変身ヒロイン活動のために!
「あ、そうだ!」
変身ヒロインのことで思い出した。
「アニメと漫画……どうすっかな……?」
お嬢様感ゼロの口調で私は物思いに耽る。
と、いうのも……。
「私絵心と文才皆無だからな……」
そのレベルはなかなかのものである。ヤバい。無論、悪い意味でだが。
読書感想文は毎回テンプレートに沿ってかいていた。うまい書き方がわからないのだ。また、大学卒業後、大学院に入ることも考えたが、落ちた。見事に。ほぼ論文のせいである。体験を書けだと?そんなんないわ!私には想像の才能ねぇんだよ!
美術の授業はオール3。人を描けと言われたら棒人間を描き、自然の風景は緑や青の絵の具を塗ったくることしかできない。明暗って何だ。そんなのをはかれるのはセンスのある人間だけだ!
……はぁ、はぁ……。
ただいまの、口汚いことこの上ない愚痴はさておき、まあそんなわけで私にはアニメや漫画を作るなんて土台無理な話なのである。
うちが貧乏まっしぐらの私には最低限の教育しか与えられなかったらしく、お父様は思い出してはさめざめと泣いていた。
今は事前勉強会を出来るほどには資産が回復してきてるようだが。
……そういえば、リリィはいまどうしているだろう?
リリィは、盗んだ金品を換金したお金はもちろん、働き始めた当初から悪事を働いていたようで、いままでの給料も全部とられて、借金まみれの状態、身一つで追い出されたらしい。
さんざん冷たくされた挙げ句金品を盗んでいたという事実に腹が立たないわけではないし、いい思い出など微塵もないが、死なれるというのはどうにも気分が悪い。
よしんば死ななかったとしても、悪い組織に入るとか、物乞いで生きていくとかはしてほしくない。
……無事だといいな。そして、今度こそまっとうに働いているといいけど……。
話がそれた。
とにかく、絵心と文才がある人材が必要だ。そんな教育を受けているとなると……。
「……王家とか?」
自分でいっておいてだが、いやいやいや、と首を横にふる。
あの王女にはうんざりだ。王様も、新入生への手紙から察するに尊大な人だろう。
側室の子とかなら希望はあるだろうか?
「いや……そもそも会えるかもわからないしな」
そんな機会は巡ってこないだろう。
あと、複写の魔石とか、放映の魔石とか、アニメや漫画にすごく役立ちそうな魔石も手に入れたい。
だがいかんせん、ものすごく強くてレアな魔物からしか手に入らないらしく、お高いそうである。
キーンコーンカーンコーン。
おっと、授業の時間だ。
私は小走りで次の教室に向かった。
7
「お疲れ様です、アリア様。」
「シエラさんもお疲れ様です。最近、成績が良くなったのではないですか?先生方に指名されても堂々と答えられるようになったと、わたくしは思いますよ?」
「そっ、そうですかね!?えへへ……。」
今日の最終授業が終わった。ふぅ、結構今は簡単だから余裕そうに答えられるけど、高校生レベルの勉強に入ったらまずいかもしれない。特待生で学校に入ったスマート美少女の仮面がはがれてしまう。
……スマート美少女、だよね?スマートかどうかは置いておいて、少なくともアリアは美少女だと思う。中身はともかく。
「アリア様、あとで参考書をお返ししに参ります!ありがとうございました!」
「いえいえ、シエラさんのお役に立てたなら、わたくしも嬉しいです。」
そうそう、シエラさんもかなりの美少女である。
真っ赤な髪に燃える火のような瞳。ちょっと派手な外見だし、つり目だし、一見きつそうだけど優しくて純朴な美少女。それにアリアのことを慕ってくれている。もっと一緒にいて楽しい子がいるかもしれないのに。
私にとってはとてもありがたいことだ。閃光弾でみんなの目を攻撃?してしまった私には他に友達がいないし。とほほですわ。
ま、まあシエラさんは将来化けるだろう。アリアとは別ベクトルの美少女だ。
「おかえりなさいませ、アリア様。」
「ミシェル、ただいま戻りました。」
身の回りの世話(ヘアセットとかお食事とかお風呂の手伝いとか)はミシェル。護衛や勉強のお手伝いはアンがやってくれている。
「今日はまだお食事はいいわ。ちょっと体を動かしたいの。アンを連れてきてくれる?」
「はい、かしこまりました!」
一応ミシェルは秘密を知っている。けど、スキルとかが戦闘向きではないので訓練にはついてこない。その代わりすごくファッションセンスがいい。毎朝気合いを入れてコーディネートしてくれるのだ。
「お嬢様、訓練に行かれるのですか?」
「ええ。毎日戦闘しないと腕が鈍りますから。」
アンは素晴らしいです、と笑いかけてくれる。
「しかしお嬢様、無理はなさらないでくださいね?スキルを使うのは思った以上に疲労がたまりやすいのですよ。」
「すっきり眠れてますし、まだまだ大丈夫です!」
「そうなのですか……。」
ちょっと最近授業中に眠くなったり、カッコよくてでビューティーなお嬢様になるために予習、復習したりして睡眠時間は削れてるけど、まだまだいけるよ!
「最近、戦闘不足な気がする。」
ベッドでの独り言。いやー、最近は図書館にシエラさんと寄ったり、高校生レベルの勉強の予習をしたり、いろいろやっているので訓練の時間が短くなりつつある。
まずいぞ、アリア。確かに、最初はやられかけることもある変身ヒロインだけど、最後には必ずカッコよく勝つのだ!撤退するなんてありえない。
アンがいなくてもある程度は戦えるはず。だってアンに戦闘民族、って言われるぐらい戦ったし、ステータスもすごく伸びたし。
「よし、真夜中のお散歩だ!」
こっそり近寄って……パーンチ!
魔物は音もなく倒れた。
前々から思ってたけど、私の攻撃手段って大体パンチかキックがマジカルショットなんだよね。
マジカルショットも、ビームみたいな魔力の奔流を出せるけど、手のひらからなんだよね。
魔法の杖とか、剣とか、武器が欲しいよね!シエラさんに頼もうかな?あっ、でも頼んだらキュアエンゼル=私ってバレるし……難題だなぁ。
そう考えていると、ふっと疲れと眠気が襲ってくる。あれ?なんで?今日はマジカルショットも使ってないし。色も変えてないし。ちなみに、コスチュームの色を変えることで、若干パワーとかスピードが上がることは戦闘でわかってきた。
やばい。ここで寝ちゃだめだ。早く、部屋に戻らないと。足が動かない。
なんだか、どんどん、ねむく、なって、きた、よ、う、な……。
深夜のお散歩は楽しい。この涼やかな空気と、森の匂いがアタシは大好きだ。
「アリア様、いなかったなぁ。お部屋にお伺いしてもいないって言われちゃったし。それにしても、魔物がいない?」
誰かが最近、倒しているとか?
そんなアタシの前に、きらりと何かが見えたような気がした。
なんだろう。ひらひらしていたような。キラキラした……布?
もしかして、キュアエンゼル様みたいな服装の方が戦っているとか。キュアエンゼル様本人かも!?
アタシは急いでその場所に走った。
そこには。
「むにゃむにゃ……だめ、かえらないと。わたしはきゅあえんぜる。こんなところでねちゃ、だめなんだから……。」
今日の昼間、ちょうど会った伯爵家の令嬢。
アリア・ロイエル様がいたのだ。
8
「……ふぇ?」
男爵とはいえ令嬢らしからぬ声が漏れてしまったのは見逃してもらいたいと思う。なお、いつものことだよね? という疑問は一旦なしにしてもらいたい。
それほどの衝撃である。
「どっ、どうすれば……」
あたふたあたふた、うろちょろうろちょろ。
頭を抱えるような気分だったが、実際にそうすることはないので、行き場のない思いは手をブンブンと振って逃がした。
待って、待って、待って。
一旦疑問を整理しないと。
1、なんでここにアリア様がいるのか。そして寝てるのか。
2、アリア様は果たしてキュアエンゼル様なのか。
3、なんで魔物があまりいないのか。
これらを統括して考えると……。
…………。
「よし、一旦部屋にこっそり運ぼう!」
努めて明るく、誤魔化すようにしてわざと声に出して言った。
しかし、どうしようか?
メイドさんがこんなことを許すとは思えないし、たぶん独断だ。つまり、こっぴどく怒られる。
そしてアタシもこっそりここに来ている。つまり、こっぴどく怒られる。
…………。
……仕方ない。
アタシは、|ノーマルスキル《・・・・・・・》を発動した。
「うぅーん……」
無駄に豪奢なベッドの上で伸びをする。
手で押し退けて天蓋を開ける。
「「おはようございます、アリア様」」
アンが言う。ミシェルが言う。
いつも通りの光景。そう、いつも通りの光景。
大事なことなので二回言った。
「え?」
なんで?
なんで私、外で倒れたのにベッドの上で普通に寝てるの?
……夢か。
……夢だな。
そう、思うことにした。
そう、思いたかった。
完全にフラグが立っていた。
「アリア様は、キュアエンゼル様ですか?」
シエラさんが言う。
「…………」
絶句。
フラグ回収お疲れさまでした、というアナウンスが頭の中に電子音声で流れた。
「な、な、な、な、な、な……何のことでしょう?」
動揺を隠しきれなかった。どうしても声が震える。
ふ、二日連続……。
「昨日、森のなかで寝ていらっしゃいましたよね」
……夢じゃなかったんだ。うん、そんな気はしてた。
「その時、『私はキュアエンゼル』って、言っていらっしゃったんですよ、寝言で」
森のなかですやすや寝ていたという事実に加え、わざわざ倒置法まで使って付け足された寝言を言っていたという事実に顔から火が吹き出そうだったが、表情筋を引き締めて耐える。
「いや、でも、私はその夢のこと覚えてないですけど、そういう願望がそんな夢を見せたのでは?」
「いえ、キュアエンゼル様の服を着てました」
これまた即答。
いや、しかし、バレるわけには……。
変身ヒロインの正体は、仲間以外には秘密なのだ。
仲間以外には……仲間……仲間……!
とあるプリ◯ュアのシーンが頭に浮かんだ。
「あの、分かりました。正直に答えるので、お願いをひとつ聞いてください」
「……? はい」
なぜそんなことを言うのかと不思議そうな顔できょとんと小首をかしげたシエラさん。
うーん、可愛い。
って、いやいや、質問に答えなきゃ。
「シエラさんの言う通り、私はキュアエンゼルです」
私はきっぱりと言った。明かすからには、毅然としないとね。
「や、やっぱり……それで、どうして隠してるんですか?」
そんなもの、決まりきっている。
「その方が、かっこいいからです!」
沈黙。
あ、あれ? 私、何か変なこと言った?
「……す、素敵です!」
だ、だよね!
「正体を隠して、ただ民のために戦う英雄……なんとかっこいいのでしょう!」
だよね!
「すごいです! アタシ、アリア様のことを崇拝します!」
だよね! ……え? す、崇拝?
無言で心のなかでうなずいていた私だが、その言葉に引っかかる。いや、むしろ、引っかからずにいられるのか。
何を言っているんですか、と声をかけようとして、
「ぐはっ!」
その純粋無垢な瞳の輝きにやられた。
アリア に 10 の ダメージ!
「ど、どうかされましたか?」
て、天然か……ちっくしょー! この天然め!
心の中でそのかわいさに八つ当たりをした。
と、そこでチャイムが鳴り響く。
「あ! 行かなきゃ……」
おっと行かせないぞシエラさん。
「ちょっと待ってくださいシエラさん!」
心の中の言葉を丁寧語に直しつつ言う。
「あの、お願いがあります! ……仲間になってください!」
9
「仲間?仲間ですか!?」
「は、はい。あの、今のままでもとても忙しいのは承知の上です。あっ、この話を聞いてしまったからには、どちらにせよこのことは秘密にしてほしいのです。」
……どうだ?
ここでシエラさんのような美少女が仲間に加わってくれれば、よりメンバーも華やかになるのだ!それに、戦力も単純に上がると思われるので、よりかっこいいヒロインになることが出来るはず。
どうなのだ?
「……すっ」
すっ?
「すっばらしいですっ!是非、アタシで良ければ!アタシもかっこかわいいプリンセスになってみたいです!」
貴族の娘である時点で、もうそれはプリンセスな気がするのだが。
と、とにかく!
新たな心強い仲間が加わった!キュアエンゼルももう1人ではないのだ!
あっ、授業まであと2分だ。これは間に合うのか!?間に合わないかもしれない。
とりあえず走れ、私。
何とか授業に間に合わせて、慌ただしく座学やら謎の実験やらをしているともうお昼。
シエラさんを誘って寮の食堂へと向かう。
貴族学校の寮にも普通の高校や大学のように学食がある。値段はノールックでいつも頼んでいるのだが、値段が洒落にならないくらいに高い。|前世の私《亜美》なら卒倒してたぞ、もう。
寮の食堂なので聞かれたらまずい人……あのエステリーナ様やカネラ様がいないのである。領地がどこにあるのかで寮は決まるので、私たちよりも遠くにどどーんと領地を持っているカネラ様やそもそも王族であるエステリーナ様はいないのだ。
すみっこの方に座り、コソコソ2人で話しながらご飯を食べる。
「わたくし、素手で戦うのは限界だと思っているのです。」
「今まで素手で戦っていたんですか!?」
「ええ。一応、手から魔法弾を出すことは出来るのです。」
あとはグーで普通に殴るとか。まあ、そういう変身ヒロインがいてもいいよね!
シエラさんがかしゃんとフォークを落とす。
「手から魔法弾……アリア様、すごいですね。」
シエラさんにドン引きされた気がする。
そうだよね、やっぱり正義のヒロインが素手だけはよくないよね。貴族としても抵抗があるよね!さすがに武器、欲しいなぁ。それも可愛いやつ!魔法のステッキ!考えただけでもワクワクしてきちゃう!
「あはは、ありがとうございます。そ、それで!優秀な鍛治師でもあるシエラさんに、武器を作ってもらいたいのです!お願いできますか?」
「は、はい!もちろん!上手くできるかは分かりませんが、やってみます。」
あっ、でもこのままだとシエラさんが戦えないなぁ。せっかくだし、2人で戦えた方が賑やかだよね。かっこかわいいプリンセスになりたい!って言ってたし。
「それから、わたくしは変身する時にオリジナルスキルを使っているのですが……。」
「ダメですよ!いくら親しい方でも、師匠でもなければオリジナルスキルの内容は教えない方がいいのです。悪用されてしまいますから。もう少しアリア様は、用心された方がいいですよ!……あの、変身ってなんですか?」
「はい……ありがとうございます。ちなみに、変身というのは、普段の服から戦闘用のかわいい服に変えて、アリアからキュアエンゼルに早変わりする儀式のようなものでしょうか。」
むむむ、危うく口を滑らせるところだった。
「それをわたくしはオリジナルスキルで行っているのです。しかし、オリジナルスキルは人によって違うでしょう?わたくしのスキルは自分だけにしか効果がないようですし、どうすればいいのか……。」
試してないだけで、シエラさんにも効くのかもしれない。でも、そうすると私の魔力だけで足りるのかは不安なのだ。魔力量はアンとの特訓のおかげで増えたけど、マジックショットを使う時にも魔力は減るし、時間経過でももちろん減っていく。
これから新しく必殺技を編み出してどんどん使っていきたいし……。
と、その時。
私は閃いたのだ。
スキルに頼らなくても、もしかしたらシエラさんの変身ができるかもしれない方法を、過去の経験から閃いたのだ。
10
「閃光弾です!」
「え? 閃光弾、ですか?」
シエラさんが不思議そうに首をかしげる。それを見て、あぁ、ここにはそんなものはないのかと思い至る。
「えっとですね、その……」
お爺ちゃん先生はどう説明していたのだったか。数秒考え込む。
「目潰しに使う、光を放つ兵器のことです!」
「あー、あれですか! 閃光の魔術具ですね! ……? あれをどう使うんですか?」
再び首をかしげるシエラさん。
「ですから、あれを失明しない程度に調整して目眩まししている間に着替えるのです!」
「な、なるほど!」
シエラさんが感心したように手をたたく。ふふん、どんなもんだい。
「でも、それは誰が調整するんですか?」
みたび首をかしげるシエラさん。
……あ。
「え、えと……シエラさん、その手の方に心当たりないですか?」
私にその手のコネクションは皆無である。当然と言えば当然だ。だって私、今まで一年間ずっとレベリングばっかしてたし。
「うーん……あ、アタシの家の取引相手なら作ってくれるかもです! なんで必要なのか誤魔化すのが大変かもしれませんが……あ、彼女、見た目はとてもそう見えないかもしれませんがすごく優秀なんです! あのアイデアはどこから出てくるんだろう? と思うくらいですよ! だからきっとやってくれます! あ、そうです、武器のアレンジもその方に頼んでみます!」
「ほ、本当ですか!?」
叫んでから、はたと思い付く。たしか……。
「そ、その方ならわたくし会ったことあるかもです!」
「ほ、本当ですか!?」
さっき私が言ったことをシエラさんがそっくりそのまま返す。
「キュアエンゼルとしての活動最中に助けたのですよ。強い魔物でした、あの時のは……」
「へー、そうなんですね。……助けた? ……助けた、んですか?」
「はい、そうですよ?」
今度は私が首をかしげる方だった。
「あの人たちを助けたんですか……」
なぜかため息をつくシエラさん。
「どうかしましたか?」
「いいいいえ、なんでも、なんでもないんです!」
……絶対なにか隠してるなシエラさん。まあ、いっか。
「ああああと、衣装! 素敵な衣装がいりますよね! それはアタシの採寸係に頼みます! キュアエンゼルさまのような衣装がほしいと言えばきっと作ってくれます! 早着替えするなら脱ぎ着しやすいやつがいいですよね!」
「そうですね! あ、それから……」
その後も変身の段取りやいろいろを話し合った。そして、
キーンコーンカーンコーン。
「あ」
「あ」
ばらばらだったが、二人して同じ声が出た。
恐る恐る手元の器を見る。
まだ、半分以上、残っている。
そして、シエラさんと顔を見合わせる。
次の瞬間、私たちはものすごい値段の食べ物をものすごい勢いでがっつき始めた。
「さようなら、シエラさん!」
「はい、さようなら!」
アリア様と別れの挨拶を交わす。それにしてもさっきの昼食のあとの授業は非常に危なかった。うん、非常に。
そして、アリア様の姿が見えなくなって。
「……焦ったぁー……」
危なかった。危うくばれるところであった。というか感づかれているかもしれない。あの人たちのことをうかうかばらすところだった。本当に危なかった。
もしばれたら……ボイラー家が滅ぼされるやもしれないのだから。
あの人たちは、とんでもなく恐ろしい。
なんと言っても……たった三人で、魔物の大群をほぼ殲滅したのだから。
だから、多分というか絶対に、助けはいらなかったはずである。
一族の中で一番強いとされるアタシも手伝い、ノーマルスキルを手に入れられたが、ほぼあの三人がやってくれた。あの三人がいなければ今頃ボイラー家は壊滅していただろう。
「ほんとに、何者なんだろう……」
アタシの呟きは、オレンジ色に染まり始めた空に吸い込まれていった。
そして、一ヶ月後。
アタシたちは、休日を利用して魔物の大群……といっても小規模なもの、が押し寄せている町に来ていた。
ひどいありさまだ。
家は壊れ、人は倒れ、畑は荒らされている。しかし、だれも殺されていない。これは魔物の習性であり、敵対していない人間は殺さないという不思議な習性だ。一般では「初代王様に恐れをなして殺さない」という説があるが、どうにも疑わしい。だとしたら、なぜ敵対している危険度が高い敵は殺すのか。
それはともかくとして。
アタシとアリア様は物陰に隠れていた。
ひとつうなずき合い、閃光の魔術具を取り出す。
そして、事前に決めておいた、決めゼリフ? を高らかに叫んだ。
「エンゼル」「ヴァルキリー」「「メタモルフォーゼ!」」
少ない魔力でもすごい光が出るように改良された、それぞれの閃光の魔術具を放り投げる。
__戦闘、開始だ!
11
アタシたちをの周りを、きっとカラフルな光が包んでいるだろう。
「彼女」がオマケで可愛いパステルカラーの光に調整してくれたのだ。可愛さもマシマシである。
ただ、その可愛さに着目するヒマがないのが少し悲しい。アリア様の変身にも、だ。
ちなみに、アタシが変身している間はアリア様が可愛いポーズやセリフで誤魔化してくれているらしい。
「き、着替え終わりましたかシエラさん!?」
「大丈夫です、アリア様!」
こそこそ会話しながら着替える。
事前に練習したので何とか着替え終わった。
魔道具ではなく魔術具なので、光を出すにも魔力が要る。
なるべくロス分は減らしたいので、着替え終わるギリギリの時間まで光るように魔力を込めているのだ。
アタシの着替えがちょうど終わり、光は一瞬で消え去る。その間にアリア様は口上を述べていたようだ。
アリア様、いやキュアエンゼルの衣装は、白を基調としたもの。
膝丈ほどのフリル付き白のワンピースに、汚れ一つない純白の手袋に膝まであるソックス、白いブーツ。
頭にはホワイトブリムが、ツインテールにはそれぞれ白のリボンが。
胸の中央には虹色に光る宝石付きブローチが煌めく。
まさに、乙女心をくすぐるデザイン。この国に、ありそうでなかったデザイン。
一方アタシの服は赤を基調としている。
太ももが見えそうな赤色のミニワンピースに、アリア様よりずっと短いソックス、茶色のブーツ。
動きやすいポニーテールにアリア様と同じくカチューシャをつけて、朱色の手袋をつけて、首には緑の宝石。「彼女」が言うには、昼と夜で緑と赤に色が変わるアレキサンドライト、という宝石らしい。
色が変わると言う摩訶不思議な宝石なのに、魔力はこもっていないらしい。異国の宝石、だからだろうか。
アリア様より露出は多いので、少し着るのを躊躇ってしまうが、可愛いものは可愛い。
「アリア様、2人の決めゼリフを!」
「そうですね!」
事前に決めておいた決めゼリフをまたも言う。
「天の聖女、キュアエンゼル!」
「天の戦乙女、キュアヴァルキリー!」
「「ここに参上!」」
キラキラーンと、これまた事前に設定しておいた時間差魔術具の光がアタシたちを照らす。
「ブヒ」
「ぷる」
「ぷるぷる」
「ギギャーッ」
イノシシの魔物……ブラウンボアとスライム、水の魔法を扱うウォータースライムに初心者定番モンスター、ゴブリン。
アタシだってこれくらいなら倒せるし、アリア様も過去に初陣でブラウンボアとスライムを倒したことはあるらしい。
安心して戦いに挑める!
「カラーチェンジ、ブルー。マジカルショット!ミニ!」
アリア様のワンピースがあっという間に空のような薄い水色に染まる。
それと同時に、アリア様の手のひらからリボンのような、カラフルな光が流れ出す。
これがアリア様の衣装の特徴であり、戦術らしい。
「魔術を使う時は青色に設定した方が効率が良くなるのです」
とアリア様は言っていた。色を変えることで各能力を一時的に上げられるらしい。魔力はそこそこ使うが。
さて、アリア様の攻撃が魔物たちを一瞬で蒸発させ、少し地面も抉ったところでアタシも攻撃の準備をする。
持ち運ぶには流石に大きいので、収納の魔道具に普段は詰めている、アレを。
「デ、デカ……大きいですわね!?」
アタシの身長ほどはあるハンマー。
それを持って、相手を殴る。それがアタシの戦闘スタイルである。
「てやーっ!」
「ギュイ!」
ゴブリンはアタシのハンマーに潰される。
鍛治と同じ要領、と思えばハンマーの扱い方も慣れてきたのだ。
「……豪快ですね、シエラさん。」
「そうでしょうか?」
アタシの周りには幼い頃からモーニングスターやメイス、ハンマーの使い方に長けた人がたくさんいたので、これがアタシの当たり前である。
おっと、後ろからスライムがウォーターショットを。
見た目はそうでもないが、当たると殴られたような痛みをもたらすウォーターショットをハンマーで弾いて、スライムに殴りかかる。
「ありがとうございます。」
アリア様も己の手のひらからどんどんマジカルショットを打ち出して応戦する。
まだ戦闘は始まったばかり。
「気張っていきますよ!」
「はい!」
アタシはさらに、体当たりを仕掛けてきたスライムを弾き飛ばした。
デカァァァァァいッ説明不要!!シエラさんの武器はハンマーだ!!
シエラさんは可愛いがかなり脳筋だぞ!
12
「マジカルショットミニ! マジカルショットミニ! マジカルショットミニ! マジカルショットミニ! マジカルショットミニ! マジカルショットミニ! マジカルショットミニぃ!」
マジカルショットを連発していた私は、すこし乾いてきた喉を唾液で潤す。
……叫ばなければいいっていう意見もあるかもしれないけど、技名は叫ばないとカッコよくないからね。
それにしても、魔物が減っていくスピードがやたらに早い。
理由は分かっている。……シエラさんのバーサーカーぶりだ。
最初、勧誘したのは、どちらかというと支援方面の、鍛冶師としての力が欲しかったからだ。武器を作るとか、武器を強化するとか。
だが、しかし。
「うんしょ。えーい、よっこら、しょー! とやー!」
かわいい叫び声だが、この気合いの声と共に魔物が数匹魔力のかたまりになって霧散している。無論、シエラさんの振り回す武器によって、だ。
シエラさんの武器は、どでかいハンマーである。シエラさんの身長くらいある。「10トン」とか書いてありそうなでっかいやつだ。
一週間前、プリ◯ュアネームを決めるために、シエラさんに「どんなことが得意ですか? 自分のイメージとか……」と聞いたとき、「うーん、……闘える鍛冶師ですかね?」と答えられ、思わず「は?」と答えてしまったのだが、いやはや確かにその通りだった。|戦乙女《ヴァルキリー》に相応しい戦闘力だ。
このペースなら、楽勝と言ってもいい。すぐにでも片付きそうである。
そんなことを考えながらマジカルショット・ミニを連発していると、シエラさんがハンマーをブン回しながら振り向いて言う。
「アリア様、あともうすこしです!」
「分かりました! ……マジカルショット!」
「ぷるー!」
「ぷるるー!」
最後のスライムたちが魔力の光線にかき消される。
「やりましたね、アリア様! やっぱりすごいです!」
「いえ、これはシエラさんのお陰ですよ」
「本当ですか!? やったあ!」
シエラさんは、目を輝かせてぴょんこぴょんこ跳ねた。うーん、可愛いね。
「そういえば、村民の皆さんは大丈夫でしょうか?」
「あ、そうですね!」
皆さん、大丈夫でしたか、と声をかけようとして振り返ると、
「あ、あ……」
「う、うわぁぁぁ!」
……あ、れ? おかしいな? 村民の皆様、怖がってる?
「しししし、シエラ様、なんか私たちは変なことしてしまわれたのでしょうか?」
「アリア様、セリフが変ですよ……。でも、確かにおかしいですね……」
「ぷーるるるるるる……」
……ゑ?
「「……ぷーるるるるるる?」」
二人同時に謎の声をそのまま繰り返しながら振り向く。
果たして、私とシエラさんの視線の先にあったものとは、
「っそ、そんな……」
青くて、ぷるぷるしてて、
「なんで、こんな小規模のスタンピードに……」
頭に王冠を載っけた、
「ボスモンスターが!?」
キングスライムであった。
……わお。ドラ◯エそっくりだ。
「ぷるぅ……ぷーるるるるるるるるるぅ!」
声から分かる通り、ド怒りだ。つるっつるのお顔にシワが刻まれている。というか、巻き舌が上手いな。
「まずいです。まずいですよ、アリア様。キングスライムはかなり強いです。アタシたちじゃ歯が立ちません!」
「レベルはどのくらいですか?」
「……それは……」
言いよどみつつも、シエラさんは教えてくれる。それにしても、知ってるなんて物知りだね。
「……レベル60ほどです」
……ん? あんま高くなくない? 私より10レベル高いくらいだよ?
「あまり高くない気がしますが……」
「ええ!? 嘘でしょう!?」
「でも私のレベルは、」
「ああっ! 言っちゃダメです! ステータスのことは! 身内以外に! 言っちゃ! ダメなんです!」
レベルを言いかけると、シエラさんは感嘆符をたくさん付けてストップしてくれた。
……やっぱ私、常識足りない? 前もオリジナルスキル言いかけて止められたし……。
「……こほん。まあとにかく、私より少し高いくらいですよ?」
「……そうですか。なら、頑張れば倒せはすると思いますけど、でも、」
「とりあえず、小手調べにマジカルショット撃ちますね」
「はっ? え、ちょーー」
シエラさんがなにかを口にする前に、私の手のひらの前に出現した光の玉が高速で巨大化し、撃ち出された。
それは、キングスライムを貫かんと飛翔し、
そして、貫くことはなかった。
「はえっ?」と、なんとまあ間抜けな声が私の口から飛び出した。
全てを押し流すかのように見えた光の奔流は、キングスライムのからだでピタリと止まった。
今まで一度も防がれたことのない必殺技が防がれてしまった様子に、私は呆然自失としてしまっていた。
その、一瞬後に、ちかりと何かが光って、
「避けてくださいっ!」
そんなシエラさんの血を吐くような絶叫がなければ、私はなすすべなくやられていただろう。
「ーーっ!」
声にならない声をあげながら、反射的に横っ飛びした。致命傷は避けられた。
しかし。
「大丈夫ですか、アリア様!?」
「だいじょうぶ、です。あんまりいたくないです」
「で、でも……その、足……!」
プリキ◯アとは、血を流さないものだ。手足が欠損することもない。
でも、それは幼児向けの配慮だ。実際に傷を負わないなんてことは、ないのだ。
そう。私の左足は、ふくらはぎの中途からなくなっていた。
「大丈夫です。本当に。スキルの影響で、痛覚は軽減されていま……っ!」
「痛いものは痛いでしょう!? 足がなくなったんですから! ……ヒーラーの治癒魔術で治るとは思いますけど……」
「なら、平気です。これくらい耐えられます。……それより、なんですか、あれは……」
心配してくれているのだろう、私の足の先をちらちらと見ながらシエラさんは詳しく説明してくれる。
「キングスライムのオリジナルスキル、|『反射』《リフレクション》です。魔法攻撃を例外なく反射するスキル……魔法使いの天敵です」
「物理攻撃は通るんですか?」
「はい」
なら、倒す方法はひとつだ。私はその方法を一息に告げる。
「じゃあ、シエラさんがやっつけてください」
「へあっ!? なんでアタシが!?」
「だって私、今片方足がないので。機動的な動きは無理です。それに、拳であのサイズを倒すのはきついですし……。攻撃は私が引き付けますから、そのすきに」
「いや、でも……」
まだ躊躇しているシエラさんに怒鳴り付けるように発破をかける。おそらく、彼女が今もっとも矜持を強く持っている部分に向けて。
「あなたなら、やれます! ……あなたは、私の信頼できる仲間! 天の戦乙女、キュアヴァルキリーでしょう!」
「……! はいっ!」
シエラさんの顔から、迷いが消えた。
彼女は、ハンマーをぐっと構えて、キングスライムを強く強く睨み付けた。
そしてーー地を蹴った。
文字数多すぎて終わりかけました。
フラグをすぐ回収してしまうアリアさん。
甘味、あとは頼んだ。戦闘シーンがんばれ。
13
そして、跳んだ。
高く、高く。
どうやったら重そうなハンマーを持った状態であんなに高く跳べるんだ。
「はぁーっ!」
私の足元まで揺らすような衝撃波。
しかし、キングスライムはびくともしない。
ただ、その上にある王冠がぷるぷると揺れるだけ。
「……さすがに耐久値も高いですね。」
耐久値。スライム種は比較的低いとされる値も上位種であるため高いらしい。
「ぷる!」
とキングスライムが鳴き声を発すると、頭上の王冠が輝き始めた。
「あ、あれはもしかすると!アリア様!なるべく遠くへ!」
力を溜めている……ということ?
私は赤子のように四つん這いになって移動した。全速力で。
「ぶるるるぶる!」
「冷たっ!」
私が振り向くとそこには、水を撒き散らすキングスライムがいた。スプリンクラーのように見えて笑えるが、その水の中身は笑えない。
「痛いです!あ、それに……きゃあー!?」
水弾の水はただの水ではなく、酸性の水なのだ。
スライム種はさまざまなものを捕食して消化する。体内構造も簡易なため、胃酸のような酸性の液体を魔力とともに飛ばして攻撃する個体もいるのだ。完全にアンとの勉強会の受け売りだけど。
ああ、あんなに可愛かった服も溶け始めている。
デリケートゾーンの部分の布はある程度鋭いものや酸弾が当たっても耐えられるように調整されているが、細かい部分の飾りはそうではない。飾りまで耐酸性にすると費用が足りない、とシエラさんが嘆いていた。私の服はオリジナルスキル由来なのでトンデモ素材で出来ている。溶けないようだ。だから本来、見映え的にも私の方が相性がいいのだ。
おのれ、乙女の服を溶かしやがって!許さん、スライム!
「てやっ!」
シエラさんもハンマーで酸弾を弾く。そしてキングスライムを殴る。流石に武器は耐酸性になっているようで、鈍く光るハンマーはなんともない。
しかしやはり弾かれる。弾かれるたびに青いエフェクトのようなものが見えた。耐久値は関係ないのかもしれない。
出所は……おそらく王冠。先ほどからチカチカと光っているであろうアレが、魔法使いで言う杖のようなものなのだろう。
「魔法しか弾かないはずなのに。これは耐久値の問題じゃない。なぜ、物理攻撃まで。……てやっ!」
アレさえ奪えれば、かなり楽になるだろう。シエラさんの攻撃を阻んでいるバリアのようなものもなくなる。メカニズムは私にはよく分からないが。
先ほどから少し偉そうに分析しているが、本来の私はテレビのリモコンにつまずいて天に召されるような馬鹿なのだ。そして気の緩みでこのように足を失う残念変身ヒロインでもある。
「くっ、ほっ!」
でも、どうやって奪う?
私は左足が欠損し、シエラさんは攻撃を捌くので手一杯。少しずつシエラさんの肌も酸弾を浴びている。ジリ貧だ。
ああ、私の足を治療できるヒーラーがいたら。お願い、誰でもいいから私の足を動ける状態に!
……いや、違う。
変身ヒロインは、違う。
だって、どんなな窮地だって、彼女たちは諦めないで戦って、打ち勝つんだ。
勉強も運動も中途半端なところでいっつもやめていた私は、そんなところに憧れたんだろう?
何が「左足を治してくれ!」だ。何が「じゃあ、シエラさんがやっつけてください」だ。仲間に、他人に頼ってばかりのダメヒロイン。いや、ヒロインですらないかもしれない。
私はヒロインになりたいんだ。そう、誰よりも心も体も強い変身ヒロインに!
「カラーチェンジ、ブルー。」
いつの間にか白に戻っていたコスチュームを青に戻す。青は魔力を効率よく使える色。
私は立ち上がった。左足は治っていない。その代わり、虹色に光るクリスタルのようなもので覆われている。
私の魔力だ。魔力を固めたのだ。
魔物は必ず、死んだ後に魔石を残す。魔石はその魔物の魔力の塊。魔石は生命維持に必要な魔力が魔物が死んだことによって行き場を失い、凝固したもの。
魔力は固められる。固形にできる。
ならば、簡易義足のようなものを造るのも可能なのではないか。
……なんていう馬鹿げた考え。本当に出来るとは思わなかった。
出来たとはいえ、脆い。薄く足のおおまかな形を象って細い棒状の魔石で中を補強しているにすぎない。転べば砕け散るだろう。
ありがとう、コスチューム。ありがとう、アリアの体。無理して魔石を造ったので、魔力の限界が近い。コスチュームはチカチカとまたたき始めている。
転べばキングスライムに気づかれて、私の生命が終わる。倒す前に魔力が無くなれば正体がバレて変身ヒロイン生命が終わる。
一発勝負。一か八か賭ける。
でも、変身ヒロインなら絶対成功する。
息を吸って、静かに。キングスライムは私に気づいていない。バランスを保って、出せるスピードを!
「ぶる!?」
私は王冠を掴んだ。思いっきり引っ張った。手応えはある。でも、キングスライムは酸弾の準備をし始めた。
「さあ、こっちです!」
「ぶるぶる!」
正面にいたシエラさんがキングスライムの腹を殴った。準備されていた酸弾はシエラさんの方に飛ばされる。
キングスライムの王冠を守る力は弱まる。
その時、突然私の体の中から魔力が湧き出てきた!これならいける!拳に魔力を流し込んで、スライムと王冠が同化した部分に滑り込ませる。
「マジカル、フィスト!」
王冠はキングスライムから弾き飛ばされて、シエラさんの頭上を通り、地面へと落ちる。
「ヴァルキリー!」
「これでトドメです!」
そして、シエラさんは振りかぶって、全力の一撃をお見舞いした!
「ぶ、ぶる!ぶ、る。」
弱々しい断末魔をあげたキングスライムは、私たちよりも大きいあの巨躯が嘘のように小さく溶けて、そして、地面と同化した。
魔石は残らなかった。やはり、あの王冠が魔力の源なのだろう。
「や」
「やったあああああ!勝った!勝ちましたよ!」
「勝ちましたね!……さて、アタシたちはそろそろお暇しましょうか。」
「あ。」
コスチュームがより一層チカチカと輝いて。
私の変身ヒロイン生命が危ない!
「ヴァルキリー!王冠の回収は任せましたよ!」
「ええ。皆様、これにてエンゼルとヴァルキリーは失礼しますわ。ごきげんよう!」
家からこっそり様子を見ていた村人たちの子どもたちが家を飛び出してくる。
「かわいい!」
「かっこいい!」
ふっふっふ、ここの村人は見る目があるなぁ。
「エンゼル!」
「あ、はい!」
私は白い光の柱に包まれる。先ほどのシエラさんの全力ハンマー攻撃の衝撃波により即席魔石は砕け散ったので、私は走れない。
シエラさんの腕の中で、駆け出すシエラさんの凛とした顔を見つめる。
仲間がいて本当によかった。
私は達成感を噛み締めたのであった。
めでたし、めでたし。
……では終わらない。
「……アリア様!?アリア様!?返事してください!顔が白くて……まさか、生命維持に必要な魔力まで使ってしまったのですか!?ねぇ、アリア様!魔力、魔力をアリア様に!でも、アタシ、そんなの出来ない!アンさんに、ミシェルさんに……。でも、でも!」
14
どうしよう。
このままだと、アリア様が死んでしまう!
アタシは顔面蒼白で立ち尽くした。
魔力を譲渡することは出来るが、それが可能なのは肉親のみ。
ロイエル領に行くには時間が足りない。六年生のお兄様もどこにいるのか知らない。
あとの手段は、ヒーラーに頼るしかない。でも、こんな瀕死の状態から後遺症を残さずすぐに回復できるヒーラーなんて、こんな田舎にはーー
足音がした。
複数人のものだった。
アタシはとっさに伏せる。元々物陰に隠れているし、もし探知系のスキルを使っているなら意味は全くないのだが、伏せずにはいられなかった。
それでも、足音はずんずんと近づいてきてーー
まずい。このままだと正体がバレる。でも、もう魔力はほとんどない。そうとなったら、
ーー最悪、アリア様だけでも逃がす。
アタシは息を潜めて、ひたすらにその時を待った。
「ここです」
その声と共にやって来たのは、小さな人影ひとつと大きな人影ふたつ。
顔は逆光ではっきりとしない。
しかし、
「……やっぱり、ありあ・ろいえる。それと……しえら・ぼいらー?」
その舌足らずな声には覚えがあった。
「……カネラ・ローネライト様?」
実に不思議なところで、私は目が覚めた。
不思議なところとしか、表現のしようがない場所だった。
まず、そこらじゅうが真っ白だった。
終わりが見えなくて、宇宙の真っ只中に放り出されているような心地だった。
それになんだか、頭がぽわぽわとした。まるで変身が解けてしまった時のような感じだった。
……あれ? そういえば、ここどこ?
もやのかかった頭で懸命に考えるも、答えは出てこず、その問いは頭の片隅に消えていく。
『わたくしの体で、一体何をしてくれているのですか?』
声が聞こえた。自分とそれ以外の境界が定まらないなか、その方向を向く。
人影があった。
『あなたは、わたくしの体を使ってやり遂げなれけばならないことがあるのです。しっかりなさいまし』
……わたくしの、体?
ってことは、つまり、あの人影は……。
結論が頭に届く、その直前のことだった。
急になにかに引っ張られたような心地がした。
『ああ、想定より早いですわね。でも、当初の目的は果たせそうですし、良しとしましょう』
私の意識がどんどんどこかに吸われて行くなか、人影はふわふわと近づいてきて、私にぺたりと触れた。
そのまま、私のからだから、何かがするりと引きちぎられた。
『え』
思わず声が出た。次のことばを紡ごうとしたその時、とうとう、繋ぎ止めていた意識が飛んだ。
「アリア様!」
目が覚めたばかりで、目はぼやけていた。でも、声の主は一目瞭然だった。
「……しえらさん」
なぜだか舌が痺れて上手く回らなかった。
おかしいな、と思いつつ起き上がろうとしても、全身が痺れていた。
「アリア様、体を無理に動かさないでください。今、蘇生直後ですから、魔力が上手く全身に回っていないと思われます」
……蘇生?
「なにをいって……」
「ごめんなさい、アリア様」
シエラさんは深々と頭を下げた。
何をしているのかとぎょっとする私。
「私がふがいないばかりに、アリア様はもう少しで……」
「……もう少しで、なんですか?」
なんとなく、不穏な感じがしたので聞いてみた。しかし、シエラさんは、「それは、その……」と口ごもる。
不安を募らせていると、
「わたしがせつめいする」
「え……」
部屋に人が入ってきた。私たちとあまり変わらない低い身長。
「わたしはかねら・ろーねらいと。あなたをたすけたのはわたし」
「…………」
助けたとはどういうことだと思いつつ、とりあえず黙っておく。あっちは公爵家でこっちは伯爵家、下手なことを言ったら首が飛びかねない。
「さて、ありあ・ろいえる。もくてきをはなしてもらいましょう」
「……は? ……なんのです?」
「なんできゅあえんぜるになってる」
「……いや……え?」
何を聞かれているのかがさっぱり分からなかった。彼女の中ではちゃんと整理がついているようだが、目覚めて状況把握がなにも出来ていないのにいきなり「目的はなんだ」と尋問されても訳が分からない。
入学式の「あいさつ一言だけ事件」から考えても、言葉が足りない娘なのかもしれない。
「あの、わたくし、げんじょうをぜんぜんはあくできていないのですが……」
「説明いたしましょうか?」
非常にありがたいことに、カネラさんの横にいる、おそらくメイドさんが説明を申し出てくれた。
「私たちは以前から、あなたがきゅあえんぜるではないかと疑っていました。そこで、情報をくまなく精査していたところ、ある村できゅあえんぜるの姿が確認でき、向かったところ、そこにいるシエラ・ボイラーと瀕死のあなたを見つけました」
……瀕死?
「ちょ、ちょっと待ってください。……ひんし?」
少しばかり回復してきた舌で、引っかかったところを告げる。
「すみません、アリア様。実は、アリア様が生命維持に必要な魔力を使ってしまい、それで、彼女に回復してもらったんです。……アタシたちが、キュアエンゼルとキュアヴァルキリーということを話すのと交換条件で」
あの身体の内からわいてきた魔力はそういうことだったのか、と納得する。あの後気を失ったのはてっきり疲れたからかと思っていたが、どうやら私、死にかけていたらしい。
「本当に、ごめんなさい。アタシはアリア様を死なせかけた挙げ句、あまつさえアタシたちの正体をばらしてしまって……」
俯くシエラさん。
「いえいえいえ! シエラさんは悪くないですよ。あのキングスライムとの戦いでの無茶は全て私が独断でやったことです。それに、ばらしたのも私を助けるためにやってくれたことでしょう? 気に病む必要なんてないです」
「……ありがとうございます、アリア様」
そうは言いつつまだ納得しきれていないのか、シエラさんは複雑な表情で微笑んだ。
「さて、では、数々の魔物の討伐を自らの功績として数えなかった理由を教えてくださいませんか?」
なるほど、さっきカネラさんが私に聞こうとしていたことはこれか。
なぜそんなことを聞くのかは全くさっぱり分からないが、変身ヒロインとして堂々と答えるとしよう。
「それは……」
私は一拍置いて、高らかに叫ぶ。
「もちろん、その方がカッコいいからです!」
「「…………は?」」
メイドさんとカネラさんの声がピタリと揃った。
伏線回収出来ましたー
15
カネラさんとお付きのメイドさんが、間抜けな声を出した後顔を見合わせた。
あれ?私、何かおかしいことを言ったのだろうか。
だって、変身ヒロインとは正体を隠して民たちのために活動するもので、それが当たり前で……うん?当たり前?
そうだ。この世界の人々にとってはそもそも変身ヒロイン自体がよく分からないふわふわした概念であるのだ。
自分で言うのもなんだが「正体を隠し、圧倒的な武力を持った少女」が脈絡もなく近くの領地に現れたとしたら、貴族たちはどう思うのだろうか。
「うああっ……。」
私がそれはもうとてもアホな理由で正体を隠していた、ということがバレてしまった訳である。
顔が勝手に熱くなる。
「きゅあえんぜる。」
「は、はい!」
声が裏返る。この後何を言われるのか、聞きたくない。
カネラさんはとことこ私のすぐそば、本当に至近距離まで近づいてくる。次の瞬間、痛みとは言えない、微妙な刺激が私の頬に加わった。ぺちっという可愛らしい音と共に。
「……。」
無言でぺち、ぺちと。カネラさんは私の頬を叩く。
「カネラ様、そのような行動は慎まれた方が!」
メイドさんは言いつつも、強くは止めない。カネラさんの気持ちが分かるからだろう。
「申し訳ありませんでした。」
ぺちぺちされながら私は謝る。私の言葉を聞いて、ようやくカネラさんは私の頬を開放した。
「まあいい。でもたのみがある。」
「アタシたちに頼み……ですか?」
「そう。」
開放された私の頬に、別種の刺激が加わった。
「わたしをきゅあえんぜるにしろ。」
「「…………は?」」
今度は私たちが口をぽかんとさせる番だった。間抜けな声も出した。同時に公爵家に対して、無礼な行動もとってしまう。
「わたしはこうしゃくけとして、せきむをはたす。」
「民を守り、あなた方がローネライト領に危害を加えないか、見張らせて頂きます。」
「そう。らいちのいうとおり。」
カネラさんのメイドさん、もといライチさんからの説明でようやく理解できた。
優秀なヒーラーがそばにいてくれるのは心強かったし、公爵家からのサポートもしばらく得られるということでいいのだろう。断る理由などなかった。断ったら無礼に当たるだろうし、私は了承した。
「これから、よろしくお願いします。ちなみにカネラさん。その、変身はするのですか?貴重な素材を使わなくてはなりませんし……。」
「する。へんしんはぜったいにする。」
カネラさんも可愛いものに憧れる心は持っているようだ。
「じゃあ、アタシのデザイナーに訊いてみますか、カネラ様。」
「わたしがみつけたときに、しえらがきていたどれすをつくったしょくにんでまちがいない?」
「はい。」
目を輝かせるカネラさん。
「たのむ!」
さて、シエラさんお抱えの職人さんは「公爵家から変身するための可愛い衣装の依頼が来た」と聞いたら、どうなってしまうのだろうか。
16
「今日、私の家の専属さんたちが来るんですよ」
私たちをその専属さんたちがいつも待つ場所という客間に案内しながら、シエラさんは言った。
「しょくにんはどんなやつ?」
「ああ、正確に言えば職人さんじゃないらしいです」
シエラさんは苦笑して返す。
「正確な肩書きは受付嬢らしいです」
「それで、あの出来のを作るんですか!?」
耳を疑った。
あんな、パステルカラーの光まで出る魔術具と、男爵家の予算で十分な強度があるプリキュ○の衣装を、一週間くらいで作る人が、職人が本職でない、と。
いやはや、あんなすごいやつを短期間で作りながら受付嬢をするとは、相当タフで社交的な人なのだろう。
私はそんな想像をした。
がちゃっと開けられた扉をくぐり、しばらく座って待つこと十数分。
扉を開けて、執事さんに続いて、三人の人物が入ってきた。
ひとりは、中学生くらいの身長の、しかしそれにしては幼い顔立ち、そして不遜な表情の少年。
ひとりは、青みがかった銀髪ストレートをした、おどおどした雰囲気の中学生くらいの少女。
ひとりは、溢れんばかりの色気を携えた、エメラルドグリーンのふわふわ長髪の笑顔の女性。
「こんにちは、エドルさん! シアンさんに、レーアさんも!」
シエラさんはにぱっと顔を綻ばせて言った。
私とカネラさんも続く。
「あ、こんにちは!」
「ほほう。おまえらがあれをつくったのか」
カネラさん、さすが上から目線である。でもそれは別に傲慢だからとかじゃなく、公爵家としてそれが当たり前なのだろう。
しばし沈黙。そして、
「え、ええっ?」
銀髪の娘が困惑気味に首をかしげた。何も知らなさそうなところが世間知らずっぽい。
……なんか今の私みたいだね。
「おい、誰なんだそ……の、人たち?」
敬語に馴れていなさそうに後半はたどたどしく、中学生くらいの男性が聞く。いかにも生意気盛りという感じだ。
……うんうん、男の子だね。店主の息子さんなのかな?
もと社会人としてついつい微笑ましくなってしまう。
「あ、この人たちは私の王立学園での同級生なんです! 紹介、してませんでしたね!」
シエラさんはあわてて言った。
「ええと、こちらの金髪の方が、アリア・ロイエルさま。こちらの白髪の方が、カネラ・ローネライトさまです」
「ロイエル、は、あのきゅあえんぜるが出た領地で。それから、…………ローネライト!?」
エメラルドグリーンの髪の女性が前半は確認するように思い出しながら言い、そして後半は、ぎょっとして言った。
「だ、誰なんですか?」
銀髪の娘がそう小声でーーただしばっちり聞こえていたがーー中学生男子っぽい人に聞いて、耳打ちを返されて、それから一拍おいて、
ふらっとなった。
「公爵家、って、え? いちばん上のほうのこうしゃくですか?」
「そうだ」
「……ええええ? え、あ、ほ、本日はどのようなご用件で?」
「落ち着け。まだこっちが名乗ってないだろうが」
中学生くらいの男の子が銀髪の女の子にチョップを入れた。
「あ、ああ! …………あ、あああ、すみませんすみません! と、とんだご無礼をおおおおお!」
「落ち着いてください!」
つい叫ぶ。まるでこっちがいじめているみたいではないか。
すごく美少女なのに、もったいないというかなんというか。残念美人という感じである。
「いや、でも、ああああ!」
「気にしてませんから!」
「あなたも伯爵ですよね!? 偉いじゃないですかっ!」
「いや、今はこっちが客なので! 頼む側なので!」
「はい! はい! じゃあ、エドル魔術具店さんからも紹介を!」
シエラさんが強引に打ち切って、そう促した。埒があかなそうと思ったらしい。
……なんかすみません。
すると、入ってきた順番そのままに、それぞれがこう言った。
「エドル魔術具店、店長のエドルだ」
「えーと、受付嬢の、えっと、シアンです」
「副店長のレーアです」
……ん?
……ん??
……ん???
……ん????
心底、ぽかーんとした。
……全然予想と違うよ?
淑女教育の甲斐があったのかなかったのか、叫ばないですんだが、混乱の極みだ。
隣を見ると、あのカネラさんでさえちょっと固まっていた。
なぜ驚くのかとびくびくするシアンさんも相まって、場がかなり混乱していた。
「あはは。まあ、そうなりますよねえ」
「それで、今回の依頼はなんです?」
混乱にはまっていないあっちの店長さんと副店長さん、そして既に知っていたと思われるシエラさんだけがやりとりをかわす。
「この、公爵令嬢であらせられるカネラさまに、私につくったような衣装を仕立てていただきたいと思いまして」
ふいにバタンと音がして。
横を見ると、シアンさんが目を回して倒れていた。
……この人が職人さんで本当に大丈夫?