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シティ・ロマンス 最終話
「もういたんですね、佐倉さん」
「うん、今着いた」
「今日はお酒飲んでないんですね」
「あぁ、そうそう」
昨日母さん以外の女性の前で初めてギャン泣きしたことを忘れているといいが…
「…あのね、」
「はい」
「明日、朝イチで出掛けなきゃいけないんだ」
「…どうしたんですか急に」
「いや…なんでもない」
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「今日ピアノはしてきた?」
「ええ、よくできましたよ」
「よかった」
「あのね、演奏して欲しい歌があるんだ」
「なんて歌ですか」
「すっごく最近の人の歌なんだけどね、くるりっていう人たちの、ばらの花っていう曲なんだけど、すっごい良いんだ。ここ最近の曲で、一番好き」
「また、機会があれば。あ、それか今楽譜プリントアウトしてきて今弾きましょうか?」
「…うーん」
「…?」
「自分の好きなように、やりたいように」
「今行って来ちゃおっかなー」
「またすぐ戻ってきて」
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「結構難しいですね」
「そうなんだ」
「リズムとか取りづらいかも」
「…」
「なんか、さっきから僕の顔見てばっかですね」
「うん…」
「…」
なぜだろう。
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「…今、何時?」
「今九時半ですね」
「…」
「…?」
「私、もう行かなきゃ」
「え、もうですか?」
「朝早いからさ…」
「今日なんか変ですよ、佐倉さん」
「…あのね、明日出掛けたら、もう、会えないと思う」
「…え?」
「ごめんね、仕事の都合で、引っ越すことになったんだ」
「そ、そんな…」
「大丈夫だよ、忘れないでね」
佐倉さんはベンチを立ち、スカートを軽く叩いた。
「嫌ですよ…電話番号とか教えてください」
「教えられるほどキレイな数字じゃないよ」
「どこへ行くんですかっ」
「ここからずーっと離れたところ」
「…」
「…わかった。これ、あげる」
いつの日か僕が握り、火をつけた百円ライターが佐倉さんの手に握られていた。暗い中でもわかるほど擦り傷がついている。
「タバコ吸い始めてから、ずっと持ってたんだ、なかなか捨てられなくて」
「…」
「傷だらけでしょ?よく落としちゃってさ〜」
「…」
「…君がタバコ吸える歳になったら、使いな?」
「…」
「あ、ガス交換はね、ここの穴にガスボンベ突っ込んで」
「いつ帰ってきますか」
「…」
「いつ、また会えますか」
「…」
「佐倉さん」
「…君が」
「有名になって、また噂が入ってきたら、会ってあげる」
「…!」
「じゃあ…もういくね。ばいばい」
そう言って振り返り、彼女は去ってしまった。
僕は帰り支度をした。
すると
「大好き、だよ!」
バックハグの衝撃と、佐倉さんの声と、左腕に落ちた水滴を、鮮明に感じた。
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公園から出る途中、遊園地を眺めてみた。
熱海の旅館で見た夢を思い出した。
「智也、いい?」
「うん、母さん!」
「メリーゴーランドにはね、女神様がついてて、頑張ってる人や、努力してる人のことを見て、応援してくれてるんだよ」
「僕も会えるかなぁ?」
「夢をずっと追いかけなきゃ会えないね」
「僕、がんばる!」
確か9歳とかの話だった。
まさか、ね。
上を見上げると、
佐倉さんのつけていたネックレスと同じデザインの看板が、メリーゴーランドの上部に、設置されていた。
ED ばらの花/くるり