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【曲パロ】あだぽしゃ
冬の時期に書き終わりました。誰が何と言おうと2月はまだ冬です。異論は認めません。
いつかうらぽしゃも書きたいですね。いよわさんの楽曲から広がっている綺麗な世界観とストーリーが私はどうしようもなく大好きです。
原曲様です。とてもお洒落です。
https://m.youtube.com/watch?v=Wr-2xcQkke4
ずるずる、ずるずる。
真っ白い世界で、私があなたを引きずる音だけが聞こえる。ふわふわの雲みたいな雪が、あなたが通った後だけぺしゃんこになった。
腐りかけの手で引きずる。とうに感覚がなくなった手は、私の手だと思いたくなくなるくらいにグロテスクな姿に変貌している。だらんと垂れ下がっちゃった、|栄光の手《ハンド・オブ・グローリー》のような、私の有り様だった。
寒さでもっと肉体も精神もおかしくなる前に、暖を取らないと。早く。どこかに山小屋は、休めるような洞窟はないか?
この山に来なければ、きっとこんな風に惨めに歩き回ることはなかった。きっときっと、今も幸せに暮らしていた、はずだった。何でこんなこと、しようと思ったんだろう。
寒い。脳を働かせても、私が温まることはない。
無様な貧民のように、この持っているたった1つのたいまつに安心して縋れるようになるまで歩くしか、生き延びる道はない。
歩きましょう。
痒い。
いったい何日風呂に入れていないのか分からないけれど、とにかく痒かった。アレルギーを起こしているようだった。治りきっても痒くて痒くてたまらない水ぶくれのようだった。引っ掻いても引っ掻いても、引っ掻く手自体も寒さでやられているのか、痒くて痒くてしょうがなくて、どうしようもない。
たぶん、痒いのはそれだけが原因じゃない。目を瞑るごとにやってくる恐ろしい悪夢のせいでもある。
あの日の夢。私が間違えてしまったその日。私が、魂まで爛れ果てるような夢を見始めたその日。間違えなかったらきっと、私はひとりぼっちで貴方を引きずりながら歩く羽目にはならなかった。
ああ、どうしてこんなことに。
貴方のことが大事だったはずなのに。寒くて寂しくて殺風景で苦しいことしかないこんな場所に、どうして。
隙をついて飛び出してきた、棘を持った夢の続き、それから熱々の涙が私を蝕む。寒くて辛いはずなのに、熱すぎる涙は嫌いだった。
大丈夫、私は大丈夫。呟きながら、貴方を引きずっていない方の手をもう片方に擦り合わせて、指を温める。大事にしてた秘密のおまじないも一緒に唱えてあげれば完璧だ。
ふと、わけもなく体が震えた。涙が急速に冷えていった。氷みたいな温度まで。
いや、元から、涙なんて熱くなんてなかったのかな。体が冷めきっているのに、涙だけ熱いなんてこと、あるのかな。
わからない。だって私はあまり外に出たことがなくて、何も知らなくて、私よりもものを知らないあなたを時に馬鹿にしながら生きてきたんだから。
あなたなら、私の涙は熱かったのかわかるの?
私はあなたから手を離した。その後に振り返った。ダウンコートの中は見えない。暗く、私を丸呑みしてしまいそうなほどな黒色が広がっているだけ。
「あなたなら、分かるの?」
声に出しても、返事はやっぱり返ってこない。あなたは私が嫌いなのね、分かり合えないと思っているんでしょう。
そうじゃないことは分かっていた。だってあなたはもう既に、この寒さに耐えきれなくて、どうしようもないから私が引きずった。
私たちもう一生、分かり合えないことなんて分かっていた。だから、お互い幸せになりましょうね。あなたを麓まで連れていってあげるから、私とは違うところで幸せになってね。
文字すら読めない、人の形をした猿よ。
今も思い浮かべられる。立ち入り禁止の看板の前で、あなたが青ざめた顔で言った一言。
「申し訳ありません、私は教育を受けられておりませんので、こちらの看板の文字は読めません。」
何度も何度も私の前で言ったであろう、その言葉。私はその姿が好きだった。私に従うことで生きながらえている、可哀想な猿であることがはっきりするのだから。
「行きましょう。」
だから調子良く、言ってしまったのかもしれないわね。この先に進もうと。遺言じみた死の言葉を。いや、もうこれは遺言なのかもしれない。当然のように、外気で口もうまく動かないのだから。短めに、たいそうお気楽に、遺言を済ませちゃったものね。
それで、いいのかもしれないけれど。
だらんと垂れ下がっちゃった、雪を擦るあなたの手。もう握力が発されなくなってしばらく経って、きっと中身はグロテスクだ。
私にうるさく「|目《め》を|見《み》て|話《はな》してください」「お|野菜《やさい》を食べてください」「お|勉強《べんきょう》してください」と、周りの大人と一緒になって懇願していたその手は、頭を垂れ、膝を折って土下座した時に地べたに擦り付けていたその手は、私と揃って寒さに壊された。
「あなたの姿はまるで、日の光に翼もがれてイカロスみたい。ねえ、イカロスって知ってる?あなたは知らないわよね、お勉強できないんだから。」
私は早口で捲し立てる。口を開ければ氷の礫が吹雪いてくるこの山では、長い間は喋っていられない。
イカロス、それは囚われの身でありながら蜜蝋で作った翼で飛んで、太陽の熱でそれ溶かされた青年。囚われの私と飛びたって、私が行ってみたかった冬の雪山に飛んで、哀れにもその身を寒さで凍らされたあなた。熱いか冷たいかの違いはあれど、結局同じ。
麓に着いたら変わることも終わることもなく続く棺桶に入れられて、じきに無様に燃やされる。私とは違って。
いや、本当に私とは違うのかしら?私はこのままで、生きて帰れるの?私自身はイカロスじゃないの?
身に余る寒さと、答えようのない問いが、また隙間から襲いかかってきた。私を狂わせようとするそれをなんとか払って、歩を進めるその向こう側。ぼんやりと見える黒い影は、小さな山のような形をしていた。
ずっと探していた、休める場所だった。
残りわずかな体力を振り絞って扉を開ける。たいまつを消えないよう気をつけながらちょうど良さそうな所に立てて、あなたを引きずり込み終わったそのすぐ後には、私は座り込んでしまっていた。外から見て明かりがついていなかったので誰もいないとは思っていたけれど、予想通りでも辛くなる。
今までの人生で一番の疲労。小屋に入っても猛威を振るう寒さ。まずはまともに眠れるところへと移動しようとしたところで、足がもつれて私は転げる。これ以上ないくらいに冷やされた金属の床と顔、痛む手が思い切り触れて、私は悲鳴をあげてしまう。慌てて起き上がっても、鉄でできた処刑台を彷彿とさせる、ふと伝わったその温度だけで、腐れ落ちゆくのは手だけじゃ無くなってような気がして気が狂いそうだ。
嫌だ。また死にたくない。私を処刑しないで、殺さないで、無事に家に帰して。
叫び出しそうになる。同時に馬鹿らしくなって、叫ぶのをすんでのところで抑える。
あんなに飛び出したかったのに。あのつまらない世界から飛び出して、いろいろな行ったことないところを見たかったのに。交差点に渦巻いている、私を見る悪意のような揺らめきのせいで靴を履いて外に出るのも怖くて逃げたかったのに、今は一刻も早く戻りたいと思っている。なんておかしいんでしょう。馬鹿みたい。
このままだとより気が滅入りそうなので、早くあなたの隣で寝ましょう。寝たらまた麓まで歩く元気が出るはずだから、目を閉じるだけでいいのだから、横になりましょう。長年愛用しているマットレスも羽根ぶとんもふかふかの枕もない中、私は寝ようとしたけれど、できなかった。外が暗くなるまで頑張ったけれど、何もない中では眠れそうにもなかった。目元を触ってみれば深く落ち込んでいて、頭がまだ寒さと睡眠不足に殴りつけられていることは誰が見たって分かる。それこそ、頭が足りないあなたでも分かる。
これ以上は無理だ。これ以上、あなたを連れて帰ることはできない。もし連れて降りようとしたら、麓に着く前に私が倒れてしまう。
「私たちもうずっと、互いのこと好きじゃなくていいでしょう?私は幸せになれるのよ、ここじゃない所でも。ここは私の最後の土地じゃない。私はまだ、生きているんだから。」
沈黙は肯定の合図だ。あなたの気持ちは私に伝わらないから、私たちもう一生分かり合えないけれど、あなたは私が大好きだったんだから、置いていくことくらい許してちょうだい。
「お互い幸せになりましょうね、バイバイ。」
あなたがいたからこんな場所に来られる気がしちゃったんだから、来世は私の顔なんて忘れてよ。
解けかけたブーツの紐を結び直す。小屋を出る前に、もう少しだけたいまつでゆっくり温まりましょう。煌々と輝く炎に近寄って、私が手を伸ばしたその時。
たいまつが倒れた。私の腐れ落ちる手に当たった。
その瞬間、ぐわんと手が燃え上がっちゃった。経験したことのない痛みが私の腕にやってくる。
熱い、焼ける。早く外の雪で冷やさないと。ああでも、かつてどこかでお勉強した。|栄光の手《ハンド・オブ・グローリー》は、牛乳でしか消えない。私の蝋になりゆく手は、もう消えない。熱い。怖い。体が、蝋でできた翼の代わりの足が、溶ける。こんなところで死にたくない、ずっと抱えていた自我も溶け落ちていく。今はただ、どうしようもなく熱い。
肥大化した自我と一緒に、急いでこしらえた安物ブーツを脱ぎ捨てた。せっかく綺麗に結び直した紐は、邪魔くさくてしょうがなかった。
解放された足でひたすら走る。焼けるように熱いから、ふわふわのファーがついた上着も脱いだ。脱げるものは脱いで、頭につけていたリボンも外して、ようやく私の体はちょうどよくなった。
いつのまにか、夜明けが訪れる時間帯だった。太陽が昇り出して、どんどん視界が明るくなって、真っ白い雪の感触が心地よくて、もうまったく寒くない!こんなに調子がいいのはいつぶりだろう、つい中途半端に嗜んでいたダンスを踊り出してしまう。下はふかふかな天然のカーペットだから、上手には踊れないけれど、楽しい。仰向けになっても、楽しくて楽しくて、笑いが込み上げてくる。
端正な冬の雪山の朝。あだぽしゃになっちゃった手がきらきら燃えていて、すごく綺麗な朝。あんなに気持ちよかった温度は急速に地面に吸い込まれて、どんどん体温は下がっていく。しばらく起き上がる気はない。あなたと私2人で、逆方向の列車にはもう乗れない。たどり着けない。切符は、自分で轢き潰してしまったのだから。轢き潰してごめんなさい。つまらないって切り捨てたけれど、私、本当は嫌いじゃなかったのかもしれない。
「わた、わたしたち、もういっしょう、分かり合えなくても、あるぁいて、行くの!」
呂律はもう回らない。私「たち」でもなくもうひとりぼっち、分かり合えないけれど、私は歩いていくの。もう少し元気が出たら、お互いが幸せになるために歩いていく。私1人なら、逆向きの列車に乗れるの。
あなたが遠いいつか出会う人は、すれ違わないといいわね。お互い幸せになりましょう。私に新しく訪れる幸せはどんなものなのか、想像しながら、ゆっくり休むの。
遠くから、高らかなベルの音が聞こえる。そうだ、麓に降りたら教会に行きましょう、あなたを置いていった懺悔を聞いてもらってから幸せになったほうが、すっきりできるもの。
意識がとろける前に、もう一度素敵な鐘の音が鳴った。