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1.正気の沙汰で刺し殺せ
生まれた時から、私は村を出たことが無かった。
人が少ないのは勿論、まともな教育機関だって存在しない。
子供だってふたりだけで、私と渡辺というやつだけだった。
だが、自分ひとりじゃなかっただけまだマシだったのかもしれない。
ふたりで力を合わせて、将来ここを出るときのために独学で勉強を頑張った。
お互いに励まし合えることだけが唯一の救いで、それを糧に頑張り続けた。
そのおかげで、私たちは普通の高校生のそれと殆ど変わらぬ知識を身に着け、
成人と共に、半ば逃げ出すように村を後にした。
それでも、努力は報われない。
就職活動をしながら、それを痛いほど思い知ることになった。
学歴がないのだったら、自分たちの知識を証明する術なんてなかった。
分かりきっていたはずだったのに、どこか期待をしてしまっていた。
親の財布からくすねた3万円。それが尽きる前に、私は工場の面接を受けた。
受かった。当然だ、工場で務めるのに学歴なんていらない。
ただ労働力が欲しいだけだからだ。それよりも、住む場所の確保に手間取った。
やはり学歴がまったくないとなると、部屋を借りるのも断られることがほとんど。
やっと借りれたアパートの一室は、控えめに言ってもボロボロだった。
渡辺はというと、まあ大体私と似たようなものだった。
だが、務める工場も住む地域もまったく違う。
ガラケーを片手に、連絡先の欄に浮かぶ”渡辺”という文字を見る。
渡辺とは、久しく連絡を取っていなかった。
5年だろうか…そこも曖昧になってしまうほどの歳月が経ったのだろう。
お互いに携帯電話を手に入れ、連絡先を交換したはいいものの、
そのせいで疎遠になってしまったのだ。
いつでも連絡し合える、その意識が足枷になった。
携帯電話を手に入れる前は、同じ曜日同じ時間同じ場所で
毎週会う約束をして情報交換を行っていた。
それが携帯電話を手に入れてからいつでも出来るようになったため、
することがなくなったのだ。
渡辺と連絡したくないわけではない。彼からの連絡を待っていたが、
それが一向に来ないので、自分から連絡をするタイミングも
失ってしまったような感じだ。渡辺にも、連絡できない事情があるのかもしれない。
なのだとしたら、こちらから連絡するのはかえって迷惑になるだろう。
それでも5年…心配じゃないと言ったら、それは嘘になる。
私はなんやかんや言って、生活はそこそこに安定している。
工場勤務の学歴弱者の中では、カースト上位くらいの暮らしは出来ているはずだ。
渡辺はどうだろうか。やはり、連絡できない事情…
もしかすると、借金取りに追われていたりするのかもしれない。
渡辺のことを考える時は、いつもこうだ。不安な方向に想像が働く。
不吉なことを考えるな、私。そうだ、全部私の妄想なんだ。
もしかすると工場で可愛い女とでも出会って、金はないが
愛はある幸せな家庭でも築いているのかもしれない。
だとするなら、昔の男友達となんて連絡しないのが普通なのかもしれない。
本当にそんなことになっていたら、羨ましくておかしくなってしまいそうだが。
私も、恋人でも作ってみるのがいいかもしれない。
うちの工場にも何人かワケアリの女性はいる。
嫌われている感じでもないし、むしろいい関係を築けている。
私もあいつのことは忘れて、新たな一歩を踏み出すべきなのか。
なら、この連絡先はもういらない。
自分の早とちりではあるが、そもそも5年も連絡をしていないのだ。
5年しないならもうしないだろう。そう自分で納得し、
ごみ箱マークのボタンに手を伸ばした。
その瞬間だった。ピンポーン、と音の外れたチャイム音が鳴る。
インターホンもイカれているのだ。して、こんな夜遅くに来訪者とは…
少し怪訝に思い、私はまずドアスコープを覗き込んだ。
そして、ドアの前に佇む人物の顔を見て、腰を抜かしそうになった。
その人物はまさしく、渡辺だったからだ。
最後に会ったあの日と、寸分違わぬ容姿で。
だが何やら様子がおかしく、肩が激しく上下していて、呼吸が苦しそうだ。
手で胸のあたりを抑えており、やはりこちらも苦しそうだった。
扉を開けると、渡辺が私の方に倒れ込んできた。
咄嗟に抱きとめ、とりあえず座らせる。
まずは何故今まで連絡をしてくれなかったのか、そして何故今になって
急に私を訪ねてきたのかということだ。問いただすと、渡辺は口を開いた。
「ああ...自分でも、よく分からないんだ。何度もやってみたけど、
やっぱり、お前を頼るしかないみたいなんだ」
渡辺に返された言葉は、そんなとりとめのない言葉だった。
中身があるように見えて、よく聞くとない...いや、あるのかもしれないが、
それは私には分からないことだ。分からないからちゃんと説明してくれ、
そう言おうと思った瞬間、渡辺が発した言葉に後頭部を殴られたような感覚がした。
「オレを殺してくれ」
「...は?」
突然の物騒な発言に、私の脳みそは追いつけていなかった。
殺してくれ?なんで急に?聞きたかったが、口がうまく動かない。
「私を殺人犯にでもするつもりなのか、なんで」
私は、やっとのことで言葉を絞り出した。
それに対する渡辺の反応は、ばつが悪そうに俯く動きだけだった。
そうか。お前を取り巻く状況や、なぜ私にそう頼むに至ったかの説明は無しか。
私と渡辺の信頼は、所詮その程度のものになってしまったのだろうか…
さっきまでこいつと関係を切ろうと思っていた立場で、こんなことを思うのも
おかしいかもしれない。だがやはり私は、まだこいつと
”仲良しの幼馴染”でありたいのだ。今会って、それをはっきり感じた。
「すまん…困惑してしまって。理由があるんだろう、教えてくれ」
「…こっちこそ、急にこんなこと言っちまって…くそ、今の状況を言って
どうなるのかが分からないんだ…どうすればいいのか、分からなくて…」
「いいから、言ってみてくれ。言われてみないと何も分からない」
私の必死の訴えに、やっと渡辺が頷いた。
彼の衝撃的な懇願の理由。それは彼の家系と、あの村にあった。