生まれた時から、私は村を出たことが無かった。
学歴も居場所もない退屈な日々から、幼馴染の渡辺と「逃げ出す」ように上京して5年。
工場勤務でそれなりの安定を手に入れた私は、いつしか彼と疎遠になっていた。
5年分の空白を恐れ、彼の連絡先を消そうとしたその夜。
目の前に現れたのは、あの日と寸分違わぬ姿の渡辺だった。
激しく呼吸を乱し、私の胸に倒れ込んだ彼が紡いだ、衝撃の一言。
「オレを殺してくれ」
止まっていた2人の時間が、あの不気味な村の秘密と共に動き出す。
続きを読む
読み方
1話ずつ表示します。
閲覧設定
名前変換設定
この小説には名前変換が設定されています。以下の単語を変換することができます。空白の場合は変換されません。入力した単語はブラウザに保存され次回から選択できるようになります
1 /
目次
1.正気の沙汰で刺し殺せ
生まれた時から、私は村を出たことが無かった。
人が少ないのは勿論、まともな教育機関だって存在しない。
子供だってふたりだけで、私と渡辺というやつだけだった。
だが、自分ひとりじゃなかっただけまだマシだったのかもしれない。
ふたりで力を合わせて、将来ここを出るときのために独学で勉強を頑張った。
お互いに励まし合えることだけが唯一の救いで、それを糧に頑張り続けた。
そのおかげで、私たちは普通の高校生のそれと殆ど変わらぬ知識を身に着け、
成人と共に、半ば逃げ出すように村を後にした。
それでも、努力は報われない。
就職活動をしながら、それを痛いほど思い知ることになった。
学歴がないのだったら、自分たちの知識を証明する術なんてなかった。
分かりきっていたはずだったのに、どこか期待をしてしまっていた。
親の財布からくすねた3万円。それが尽きる前に、私は工場の面接を受けた。
受かった。当然だ、工場で務めるのに学歴なんていらない。
ただ労働力が欲しいだけだからだ。それよりも、住む場所の確保に手間取った。
やはり学歴がまったくないとなると、部屋を借りるのも断られることがほとんど。
やっと借りれたアパートの一室は、控えめに言ってもボロボロだった。
渡辺はというと、まあ大体私と似たようなものだった。
だが、務める工場も住む地域もまったく違う。
ガラケーを片手に、連絡先の欄に浮かぶ”渡辺”という文字を見る。
渡辺とは、久しく連絡を取っていなかった。
5年だろうか…そこも曖昧になってしまうほどの歳月が経ったのだろう。
お互いに携帯電話を手に入れ、連絡先を交換したはいいものの、
そのせいで疎遠になってしまったのだ。
いつでも連絡し合える、その意識が足枷になった。
携帯電話を手に入れる前は、同じ曜日同じ時間同じ場所で
毎週会う約束をして情報交換を行っていた。
それが携帯電話を手に入れてからいつでも出来るようになったため、
することがなくなったのだ。
渡辺と連絡したくないわけではない。彼からの連絡を待っていたが、
それが一向に来ないので、自分から連絡をするタイミングも
失ってしまったような感じだ。渡辺にも、連絡できない事情があるのかもしれない。
なのだとしたら、こちらから連絡するのはかえって迷惑になるだろう。
それでも5年…心配じゃないと言ったら、それは嘘になる。
私はなんやかんや言って、生活はそこそこに安定している。
工場勤務の学歴弱者の中では、カースト上位くらいの暮らしは出来ているはずだ。
渡辺はどうだろうか。やはり、連絡できない事情…
もしかすると、借金取りに追われていたりするのかもしれない。
渡辺のことを考える時は、いつもこうだ。不安な方向に想像が働く。
不吉なことを考えるな、私。そうだ、全部私の妄想なんだ。
もしかすると工場で可愛い女とでも出会って、金はないが
愛はある幸せな家庭でも築いているのかもしれない。
だとするなら、昔の男友達となんて連絡しないのが普通なのかもしれない。
本当にそんなことになっていたら、羨ましくておかしくなってしまいそうだが。
私も、恋人でも作ってみるのがいいかもしれない。
うちの工場にも何人かワケアリの女性はいる。
嫌われている感じでもないし、むしろいい関係を築けている。
私もあいつのことは忘れて、新たな一歩を踏み出すべきなのか。
なら、この連絡先はもういらない。
自分の早とちりではあるが、そもそも5年も連絡をしていないのだ。
5年しないならもうしないだろう。そう自分で納得し、
ごみ箱マークのボタンに手を伸ばした。
その瞬間だった。ピンポーン、と音の外れたチャイム音が鳴る。
インターホンもイカれているのだ。して、こんな夜遅くに来訪者とは…
少し怪訝に思い、私はまずドアスコープを覗き込んだ。
そして、ドアの前に佇む人物の顔を見て、腰を抜かしそうになった。
その人物はまさしく、渡辺だったからだ。
最後に会ったあの日と、寸分違わぬ容姿で。
だが何やら様子がおかしく、肩が激しく上下していて、呼吸が苦しそうだ。
手で胸のあたりを抑えており、やはりこちらも苦しそうだった。
扉を開けると、渡辺が私の方に倒れ込んできた。
咄嗟に抱きとめ、とりあえず座らせる。
まずは何故今まで連絡をしてくれなかったのか、そして何故今になって
急に私を訪ねてきたのかということだ。問いただすと、渡辺は口を開いた。
「ああ...自分でも、よく分からないんだ。何度もやってみたけど、
やっぱり、お前を頼るしかないみたいなんだ」
渡辺に返された言葉は、そんなとりとめのない言葉だった。
中身があるように見えて、よく聞くとない...いや、あるのかもしれないが、
それは私には分からないことだ。分からないからちゃんと説明してくれ、
そう言おうと思った瞬間、渡辺が発した言葉に後頭部を殴られたような感覚がした。
「オレを殺してくれ」
「...は?」
突然の物騒な発言に、私の脳みそは追いつけていなかった。
殺してくれ?なんで急に?聞きたかったが、口がうまく動かない。
「私を殺人犯にでもするつもりなのか、なんで」
私は、やっとのことで言葉を絞り出した。
それに対する渡辺の反応は、ばつが悪そうに俯く動きだけだった。
そうか。お前を取り巻く状況や、なぜ私にそう頼むに至ったかの説明は無しか。
私と渡辺の信頼は、所詮その程度のものになってしまったのだろうか…
さっきまでこいつと関係を切ろうと思っていた立場で、こんなことを思うのも
おかしいかもしれない。だがやはり私は、まだこいつと
”仲良しの幼馴染”でありたいのだ。今会って、それをはっきり感じた。
「すまん…困惑してしまって。理由があるんだろう、教えてくれ」
「…こっちこそ、急にこんなこと言っちまって…くそ、今の状況を言って
どうなるのかが分からないんだ…どうすればいいのか、分からなくて…」
「いいから、言ってみてくれ。言われてみないと何も分からない」
私の必死の訴えに、やっと渡辺が頷いた。
彼の衝撃的な懇願の理由。それは彼の家系と、あの村にあった。
2.狂気に呑まれず立ち向かえ
渡辺の家系について。彼の口から聞いて、ひどく驚いた。
それと同時に、信じがたいという気持ちが湧いてきてしまう。
だが話してほしいと言ったのはこっちであるため、信じられないとは言えなかった。
渡辺の話を、もう一度頭の中で整理することにした。
彼の家系は、代々あの村の巫女をしていたらしい。そこまでならよくある話だ。
だが、その巫女たちが脈々と受け継いできた仕事、それに問題があった。
その仕事というのが、村人たちに降りかかる呪いを打ち祓うこと。
あそこの村の立地は最悪なんだという。どうやら昔合戦があり、
あの場所には数多の死体と怨念が眠っている。
いや、眠っているのならいいのだ。問題は、起きている怨念もいるということだ。
その怨念が村人に危害を与えるから、渡辺家はそれを巫女として祓ってきた。
なぜ渡辺家が、そんな大役を任せられたか。簡単な理由だった。
渡辺の女性は代々霊力が強く、強い怨念を祓える力がある。
それに加え、女が生まれやすい家系だった。これほどまでの好条件。
だがそんな時に渡辺家に生まれた男。
そして先代の巫女は、その男児を出産したときに死んでしまった。
今までに、男が生まれたことなんて一度もなかったそうだ。
それでも発生してしまったイレギュラー。それが、私の幼馴染である渡辺だった。
渡辺は、村を出てからしばらくしてその事実を伝えられたそうだ。
誰に伝えられたかというと、何故か渡辺の電話番号を知っていたらしい
渡辺の父親。私としては、こちらの方が若干ホラーだ。
村ではそこそこに霊力の強い、渡辺家ではない女性が
巫女をやることになったそうで、暫くはそれでなんとかうまくいっていた。
だが、ある日突然村で広がり始めた、原因不明の不可解な現象達。
我が子をとても愛していた母親が、急に我が子を捻り殺し、
その後に我に返って泣き喚くなどの、本当に不可解な現象だったという。
渡辺の父が言うには、やはり渡辺家の女でないと怨念は祓えないということ。
だからさっさと子供をこさえろと言われ、
勿論渡辺はそんな相手はいないと憤慨したそうだ。
いないのであれば、お前がなんとかしろ。父にそう言われ、
渡辺は渋々、あの日逃げ出した窮屈で退屈な村へと帰った。
女じゃない自分に、巫女の仕事なんて務まるはずがない。
きっとすぐに帰してもらえるだろう、渡辺はそう思っていたらしい。
だが、渡辺が父親から言われたのは衝撃的な言葉だった。
「お前がその身に怨念を宿して死ね。さすればこの村は永遠に
呪いを受けることはないだろう。お前は英雄になるのだ」
渡辺は思ったそうだ、そんなの冗談じゃないぞと。もっともな反応だ。
しかし拒否権はあってないようなもので、
半ば強引に怨念やら何やらを宿されてしまったらしい。
それで家に帰されたわけだが、その時は特に身体に異常は見られなかったらしい。
彼の周りで不可解な現象が起き始めたのは、そんな出来事があってから
5日経った頃であった。渡辺自身も、あれは嘘だったのだなと
思い始めていた頃、急にそれは起こり始めた。
まず、渡辺が朝起きた時。生臭い匂いがするな、そう思って周りを見たらしい。
すると、枕元にネズミの死体があったのだという。
驚き、渡辺はネズミの死体をまじまじと見つめてみた。
気付いたことは、それはどうやら自然死ではないということ。
血が出ているのだ。人為的に引き裂かれたネズミの腹から、内臓も飛び出している。
そして、それをやったのは自分である。渡辺は、理由もなく
そのような確信を抱いた。いや、理由はあった。
自分がやったという意識は、確かに渡辺には存在しなかった。
だが渡辺には、自分がネズミの腹を引き裂き、
内蔵を引き摺り出している記憶があった。もっとも、渡辺に見に覚えはなかった。
自分がそんなことをしていたはずはないのだが、記憶は存在する。
そんな状況に、渡辺はひどく困惑した。
だがひとつ、彼の頭の中に思い浮かんだ今後の可能性。
いつか引き裂く対象が、ネズミから猫になる。
猫から犬になる。犬から人間の子供になって、最終的に人間を殺すようになる。
ただの妄想に過ぎないと、渡辺も思いたかったらしい。
だが、愛する我が子を捻り殺した母親の話。
それを思い出してしまったのである。この不可解な現象は、恐らく怨念によるもの。
だとしたら、自分がその母親のように人間を殺めないという保証はない。
それどころか、人間を殺める保証がされているようなものだ。
悩んだ末、渡辺は自分の命を断つ決意をした。
そうでないと、自分が何をしでかしてしまうのか、不安でならなかったのだという。
だがここでも不可解な現象が起きたそうだ。首を吊って死ぬつもりが、
視界が暗転していき、気付いた時には何事もなかったかのように皿を洗っていた。
死ぬしかないのに、死ぬことさえ赦されない状態になってしまったのだ。
更に困惑した渡辺は、父親にそのことについて電話をした。
肝心なことを伝え忘れていた。渡辺の父はそう言ってから、
その肝心なことを話し始めた。
「お前に、大切にしている人間はいるか。いや、愚問だな。
大切にしている人間がいるだろう。そいつに殺してもらうんだ。
そしてお前は死ね。そうすれば、すべてがいい方向に動く」
渡辺も、言われっぱなしは癪だったようで言い返したそうだ。
だがその言葉はすべて無駄で、何を言っても”お前が早く死ねば”の一点張り。
自分はこうも愛されていなくて、呪いを祓う上での捨て駒としか
思われていないのか。虚しくなり、渡辺は塞ぎ込んだ。
その間にも、枕元に転がる死骸は大型犬になった。
いよいよこれで満足できなくなったら、次は人間だな。
そう他人事のように考えた渡辺だったが、急に恐怖感に襲われたという。
そして私に助けを求めた。至極当然だ…誰も人殺しになんてなりたくないだろう。
渡辺の人柄は、私がよく知っている。だから彼が話す時の態度や声色で、
この話が嘘ではないことは、嫌というほど伝わってきた。
それでも、こんなことが現実にあっていいのかと思ってしまう自分がいる。
ありがちなB級ホラー映画にありそうな脚本のようにも思えてきたからだ。
だが、渡辺のことを信じたい。こんなに真剣な渡辺の気持ちを
裏切ることはできない。
…少し待て。この話の流れだと、私が渡辺の”大切にしている人間”ということか。
そう思ってもらえているのは、素直に嬉しい。
問題なのは、それでは本当に私が渡辺を殺さなければ、
渡辺を助けてやることはできないということだ。
「何か、別の方法があったりしないか」
誰も人殺しにはなりたくない。渡辺が人殺しになりたくないと同時に、
私だって当然人殺しになりたくなんてない。渡辺もそれを理解していたようで、
諦めたような表情で頷いた。待て、諦めるな。
こちらは代替案を模索しているだけであって、
渡辺を助けることを放棄したわけではない。
それをしっかり伝えたが、渡辺は渋い顔をした。
恐らく、自分が殺されるしかないという考えのせいだ。
だが、私の頭にはひとつのアイデアが思い浮かんだ。
「渡辺家の巫女より霊力の高い人間。そんな人間に出会えれば、
お前に宿された怨念を祓ってもらえるかもしれない。
…もっとも、渡辺家の巫女がどの程度のレベルだったのかは分からないが……」
あまり現実的な案ではない。散々ふたりで話し合って、そういうことに落ち着いた。
なら、私がお前を殺すしかないじゃないか。そう言うと、渡辺は頭を抱えた。
オレだって、お前に人殺しになんてなってもらいたくない。
渡辺から返ってきた返事だ。私の考えとしては、
それなら多少現実的ではない案だとしても、やってみる他無いということだ。
もしかしたらこの状況が好転するかもしれないし、やってみなくては
無理なのかどうかも分からない。渡辺も、これには肯定の意を示してくれた。
そうして、私たちは渡辺家の巫女よりも霊力の高い人間を探すことにした。
「手がかり無しは、流石にキツいと思う。村に行って色々調べたほうが
いいんじゃないかというのが、オレの意見なんだが」
「...そうするしかないか。なら明日一緒に」
「一緒はダメだ。お前はともかく、オレは”怨念が帰ってきた”って門前払いされる」
「確かにな...」
あの日逃げ出した、私たちを縛り付けていた村。
まさか今頃戻ることになるとは、思ってもみなかった。
だがこれは、無二の親友を助けるために他ならない。行くしかない。
村を出た頃の村内の様子を思い出しながら、私は憂鬱に包みこまれていた。