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君の神様になりたい。
使わせて頂いた楽曲 君の神様になりたい。
カンザキイオリ様
晴瀬です。
"君"の神様になれれば他はなんでもよかったけれど、そんな話です。
歌を歌って、ネットに投稿する──歌い手という文化を知った。
好奇心だった。
よく知っているボカロ曲のサムネイルをタップすると知らない声で知っている曲を歌っている音声が流れる。
コメント欄を覗く。
『━━━さんの声を聴くと安心する』
『━━━さんは私の命の恩人です』
『私はこの声に救われました』
この人は、好きに歌ってそれを投稿しているだけだ。
それでも、それだけで、人を救えるの…?
だったら、僕も"君"を救えるんじゃないの…?
歌を歌うのは好きだった。
自分の心が浄化されている気がして。
汚いものが全て吐けているような気がして。
初投稿は、もう1年以上前になる。
「僕の命の歌で君が命を大事にすればいいのに」
「僕の家族の歌で君が愛を大事にすればいいのに」
そんなことを少しずつだが増え続ける僕のファンでいてくれる人に言い続けた。
「君を救える歌が歌いたい」
そんなことを言ったって、僕が欲しいのは共感だけで。
真意を受け取るのは"君"だけでいい。
僕のファンには、黙って歌を聴いて、「分かる〜」って薄っぺらい言葉を並べて、僕を引き立ててくれればいいんだ。
皆が共感してくれれば、この歌も伸びる。
そしたらきっと、"君"に届く。
"君"の心に。
僕は、欲にまみれた常人のなりそこないなんだ。
僕は、凄い人じゃない。
僕は、人を救えるような器は持っていない。
苦しいから歌った。
悲しいから歌った。
生きたいから歌った。
"君"に生きてほしいのに"君"はいつも死のうとするから。
僕の、エゴで、ただのエゴの塊だった。
こんな歌で誰かが、"君"が、救えるはずがないんだ。
だけどそれでも僕は、"君"だけの神様になりたかったんだ。
ファンに神だ、って|煽《おだ》てられるんじゃなくて"君"に本心から神様だと思ってもらえるような、"君"の神様に。
でもこんな歌を"君"が聴いてくれたとしても、"君"のジュクジュクに腐った傷跡がこんなので埋まるもんか。
"君"を抱きしめても、埋まらなかった"君"の傷をこんな下手な歌で叫んだって、現実は変わるもんか。
がむしゃらに叫んだ曲だって僕がスッキリするだけだ。
欲しかったのは共感だけ。
でも"君"を救いたかった。
僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。
ボロボロに落ちて落ちて落ちて、かさぶたになって治った僕の傷で誰かと喋ってみたかったんだ。
馬鹿みたいな話だけど。
僕の傷を治してくれたのも、"君"だったから。
だから僕も"君"の傷を治して救いたかった。僕が救われたように。
僕の傷を背負ってくれたのは"君"で、僕が気付いた頃には手遅れに等しかった"君"を。
僕のファンにその話をした。
僕の傷の話。もちろん、"君"のことは伏せたけれど。
僕の、かさぶたになって治った傷の話。綺麗な話ではない、汚い話。
僕が話す音に合わせてコメントがゆるりと流れていく。
決して多くはないけれど、中身は周りよりも濃い、と思う。
『あなたに救われました』
『生きたいと思いました』
僕はそのコメントを拾って読む。
「ああそうかい、変わったのは自分のお陰だろ。よかったな」
『ありがとうございます』
僕はそのコメントを見て少しはにかんだ。
子供の頃は、自分も素敵な大人になると思っていた。
絵本に出てくる、格好良い大人に。
ていうか素敵な大人になって自分を、自分みたいな人達を救いたいって思ってた。
時が経ち僕らは子供と大人の狭間に生きるようになった。
僕が成すのは、理想の素敵な大人のやることではない。
ボロボロの泥だらけの自分。
汚い、ぐちゃぐちゃの自分。
生きるのに精一杯。
大人になってもゲロ吐くように歌う日々だった。
歌って歌って歌って歌って歌って。
歌えばきっと聴いてくれている"君"が救われる、そう願っているしそう信じていたから。
僕は何度だって歌った。
"君"が被せてくれたかさぶたが剥がれるほど歌った。
僕は、歌う僕として"君"を救えたらそれでいいと思っていた。
でも僕は。本当は、生身の僕で、"君"の神様になりたかった。
こんな歌で君のジュクジュク募った痛みが癒せるもんか。
"君"を抱きしめたって、叫んだって"君"が苦しいことは変わらないや。
グラグラで叫んだ曲だって僕も実際好きじゃないや。
でも、やっぱりファンが喜んでくれるから。
こんな気持ちで、ファンに向き合ってこなかった僕を、優しく受け入れてまだ僕の歌を聴いてくれるファンが、喜んでくれるから。
"君"だけを救えれば良かったけれど、"君"以外の、君達も救えたら嬉しいことに気付いて。
欲しかったのは共感だけ。
いや、
欲しかったのは共感だけだった。
でもそれじゃ、"君"も君達も、誰も、誰も救えないや。
そう気付いて。
僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。僕は無力だ。
僕の、生きた証がほしいとか誰かに称えてほしいとかそんなのはさほど重要じゃない。
どうせ落ちぶれた命だ。
--- 誰かを救う歌を歌いたい。 ---
--- 誰かを守る歌を歌いたい。 ---
--- "君"を救う歌を歌いたい。 ---
そんなの、
やっぱり
無理だ。
"君"は"君"が勝手に"君"のやり方で幸せになれる。
僕はできなかったけれど"君"ならできる。
"君"だけじゃなくて、君達も。
僕がいなくてなってもすぐ代わりを見つけて、また『あなたの歌に救われました』なんて言うんだろ。
なあ。
違うって言ってほしいよ。
僕のこんな歌で君のジュクジュク腐った傷跡が埋まるもんか。
君を抱きしめたい、叫んであげたい。君の傷跡も痛みも全部。
でも所詮君は強い。君はきっと一人で前を向いていくんだ。
それならばいい。
だけどもし涙が溢れてしまうときは、
君の痛みを、
君の辛さを、
君の弱さを、
君の心を、
僕の無力で、非力な歌で、汚れた歌で歌わせてくれよ。
僕は無力だ。僕は無力だ。
僕は神様にはなれなかった。
"君"のでも、君のでも、神様にはなれなかった。
僕は無力だ。僕は無力だ。
無力な歌で、非力な歌で、汚れた歌で、君を救いたいけど、
救いたいけど。
君の神様になりたい。/カンザキイオリ
https://m.youtube.com/watch?v=X5kQR92kYn0
"君"…ここでは名前が出ていない架空 の人物。
『僕』が救われ、ずっと救いたか った人。
君…『僕』のファン。
または"君"と『僕』のファン両 方。