公開中
4話「セシルス・セグムント」
Snake
セシルスの名前回ですよ!名前回!6000文字と言う長さではありますが、最後まで読んでくれるとうれしいです!
「嘘だろ……」
網膜に焼き付いて離れないのは、一本の青い線だった。
音も、気配も、殺意すらも置き去りにして、世界のすべてを滑らかに両断した、あまりに綺麗な一閃。
──セシルス・セグムント。
脳内のチェス盤に刻まれたその名前を、スバルは沸き上がる感情の代わりに、ただ無機質な記号として深く、深く塗り潰す。
オルバルトを殺すための方程式は、すでに二百万回で完成していた。
なのに、その先の11秒目に、あいつは笑顔のまま断頭台を設置したのだ。
「あ、は……。なるほど、そうか」
スバルは小さな手のひらで、自分の、死人のように濁りきった瞳を覆う。
セシルスは俺を『悪役』だと言った。
主役の舞台を台無しにする、異質な存在だと見抜いて首を撥ねた。
だったら──
トギスマス。トギスマス……。思考を削れ。感情を削げ
自分の心臓を完全に氷漬けにしたまま、スバルは顔に、かつての自分──『正気で、元気で、健気なナツキ・スバル』の完璧な仮面を貼り付ける。
「セッシー。……お前をどうやってハメ殺そうか」
10秒が、静かに、そして狂気的に回り始めた。
スバルはまた同じ道をたどる。オルバルトを殺す。
「童…?」
「……ヨルナさん…ごめん。オルバルトさん、殺しちゃって。大喧嘩中だったから別にいいかなって思っただけなんだ。ここは俺の顔に免じて許して。」
「許す…?そんなこと無理でありんす。」
「_あ」
|煙管《きせる》でスバルを殺す。斬撃を飛ばされた。それだけはわかった。でも剣なんてどこにもなかったし、セッシーもどこにもいなかった。だからあの煙管の仕業であることだけは鮮明にわかった。痛い。苦しい。もうやめて。初めてこんな死に方をした。初めて初めて初めて初めて初めて初めて初めて初めてもうやめて。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。やめろ。
スバルの脳内には、たったそれだけの3文字の言葉が鮮明に突き刺さる。
『やめろ』
時間が戻る。
スバルは焦っていた。これは確かに感情の1つかもしれない。スバルの中で感情が1つ増えた。焦りと言う感情が。何もできずに殺された。オルバルトはともかく、他の2人は脅威だ。特にセッシー。彼は異常だ。ヨルナを先に仕留めてから逃げて、作戦を練ろう。それだけが今のスバルにできる最適解だった。
「…ヨルナさんごめん。オルバルトさん殺しちゃって。大丈夫。すぐ同じところに逝けるから。」
オルバルトを殺したクナイでヨルナを殺す。
「おやおや、ずいぶんと乱暴な悪役ですねえ!」
「…あ」
また、首を切られた。どうすればいい?何をすればいい?どうすれば、何をどうすれば何をどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば答えにたどり着けるのだろう。痛みも苦しみも全部背負ってそんな男じゃいられない。痛み苦しみ、痛み、苦しみ、痛み、苦しみ、痛み、苦しみ、痛み、苦しみ、痛み、苦しみ、痛み、苦しみ、痛み、苦しみ。これを背負った男はいずれメンタルが崩壊する。お約束みたいなものだ。そう考えると、一体人生には何の意味があったのだろう。
__________________________________
帝国の陽光は、常に勝者の頭上にしか降り注がない。それを幼いながらに理解しているつもりだった。だが、当時のセシルス・セグムントはまだ、人の心の裏に潜む底なしの|泥濘《ぬめり》を知らなかった。
「セシルス、君の剣は本当に美しいよ。いつか必ず、この国を背負う剣士になる」
そう言って自分の頭を優しく撫でてくれた男がいた。いつも朗らかな笑顔を浮かべ、まだ細いセシルスの手に自らの手を重ねて、熱心に剣の稽古をつけてくれた男。年の離れた高弟であり、セシルスにとっては実の兄以上の存在だった。セシルスはその男を心の底から慕い、盲目的に信じていた。彼に褒められるためなら、どんなに手の皮が剥けるような厳しい修行も耐えられるとさえ思っていた。
しかし、その男の笑顔はすべて、都合のいい「偽物」に過ぎなかったのだ。
男の本性は、他者の才能を嫉妬し、自分より優れた者を徹底的に引き摺り下ろすことにしか快感を覚えない、歪んだ狂人だった。セシルスがめきめきと頭角を現し、神懸かり的な速度で自分を追い抜いていく恐怖と絶望に駆られた男は、ついにその夜、本性を現した。
「夜風が気持ちいいね、セシルス。少し、夜の素振りにつき合ってくれないかい?」
いつも通りの優しい声だった。だからセシルスは、何の疑いもなく背を向け、木刀を構えようとした。
その刹那、背後から放たれたのは、風を切り裂く本物の鋼の風圧――殺意だった。
「――っ!?」
本能的な直感がセシルスの身体を紙一重で横に飛ばした。直後、さっきまで彼がいた空間を、冷徹な白刃が通り過ぎる。地面を転がり、咄嗟に受け身を取って立ち上がったセシルスの目に飛び込んできたのは、月光を浴びてぎらぎらと輝く真剣を手にした、あの慕うべき男の姿だった。
驚くべきことに、男の顔には、いつも通りの「優しい笑顔」が張り付いたままだった。口元は穏やかに弧を描いているのに、その両目だけが、見たこともないほどのどす黒い憎悪で濁りきっている。
「おや、かわすなんて流石だね。でも、死んでくれよ、セシルス。君さえいなければ、僕が一番の期待の星でいられたのに。君のその天才が、僕のすべてを壊すんだ。だから、ねえ、死んでよ」
脳が理解を拒絶した。胸の奥が、まるで生木をへし折られたかのように激しく痛む。
信じていた者から向けられた、剥き出しの殺意。セシルスにとっての優しい世界が、ガラス細工のように音を立てて粉々に砕け散っていく。
「どうして……っ、どうしてですか! 僕は、あなたみたいになりたくて……!」
「うるさいなあ! その『悪気のない純粋さ』が、僕をどれだけ惨めにさせるか分からないのかい!?」
男が地を蹴り、猛然と躍りかかってきた。
手元にあるのは、訓練用の木刀のみ。対する相手は、容赦のない殺人剣。キィン、と硬質な音が夜の庭園に響き渡る。木刀で真剣を受け止めるたび、衝撃がセシルスの未熟な手首を痺れさせ、火花が視界をパチパチと弾いた。
男の剣は速く、重かった。だが、それ以上にセシルスの心を攻め立てたのは、絶え間なく押し寄せる精神的な混乱だった。
__嘘だ、これは悪い夢だ。だってこの人は、僕の手を取って教えてくれた人だ。僕の成長を、誰よりも喜んでくれた人のはずだ――!
しかし、眼前に迫る刃は一寸の容赦もなくセシルスの肌をかすめ、鮮血を散らす。頬を伝う熱い血の感触が、これが紛れもない現実だと告げていた。
男の笑顔の裏にあったのは、セシルスへの慈しみなどではなく、ただのどす黒い嫉妬。これまでの温かい言葉も、向けられた眼差しも、すべては牙を隠し、セシルスを油断させるための|欺瞞《ぎまん》に過ぎなかったのだ。
「あははは! ほら、どうしたの天才! 防戦一方じゃないか! 早くその才能で、僕を驚かせてみせてよ!」
狂ったように笑いながら、男の猛攻は続く。セシルスの防壁である木刀は、度重なる衝突によってすでに限界を迎え、ささくれ立ち、今にもへし折れそうだった。
その時、セシルスの心の中で、何かが完全に冷え切った。
悲しみは一瞬にして消え失せ、代わりに、底知れない虚無と、自分自身に対する激しい嫌悪が湧き上がってきた。
__ああ、僕は馬鹿だった。人の言葉を信じ、笑顔を信じ、体温を信じた。その結果がこれだ。騙されていたのは、僕のほうだったんだ
胸を焦がしていた熱い感情が消え、視界が恐ろしいほどにクリアになる。
男の剣筋が見える。粗く、歪み、嫉妬に狂った男の動きは、セシルスの天賦の才から見れば、あまりにも「遅く」感じられた。
「これで終わりだ、セシルス――!」
男が勝利を確信し、大上段から刃を振り下ろした瞬間。
セシルスは一歩、前に踏み込んだ。避けるのではなく、自ら死線の中へと飛び込んだのだ。
引き絞られた男の懐。がら空きになった胴体。セシルスは手にした木刀を、相手の剣が届くよりも早く、その手首へと正確に叩きつけた。
ボキリ、と嫌な音がして、男の手から真剣が零れ落ちる。
宙に舞う銀色の刃。セシルスは流れるような動作でその柄を空中で掴み取り、着地と同時に、反転の勢いのまま横一文字に薙いだ。
「――が、はっ……」
男の動きが止まった。
月の光に照らされた男の胸元から、一筋の赤い線が走り、ドッと鮮血が噴き出す。男は信じられないというように目を見開き、よろよろと後退した。その顔からは、先ほどまでの張り付いた笑顔が完全に消え失せ、ただの醜い死の恐怖だけが取り残されていた。
「セ、シルス……助け……」
男が血に染まった手を伸ばしてくる。その期に及んでもまだ、哀れみを乞うために偽りの表情を作ろうとする男の姿を見て、セシルスは完全に理解した。
人間とは、これほどまでに脆く、醜く、平気で嘘を吐く生き物なのだと。
男が地面に崩れ落ち、二度と動かなくなるのを見届けながら、返り血を浴びたセシルスは月夜の下で静かに佇んでいた。
その心に刻まれたのは、決して消えることのない冷たい傷痕。そして、強烈なまでの誓いだった。
もう二度と、誰にも騙されない。二度と、誰の言葉も、笑顔も信じない
優しさも、親愛も、すべては牙を隠すための仮面に過ぎない。ならば、誰も自分を欺けないほどの「圧倒的な高み」へ至るしかない。誰の追随も許さない、誰もが触れることすらできない世界最強になれば、もう二度と裏切られることなどないのだから。
男が地面に崩れ落ち、二度と動かなくなるのを見届けながら、返り血を浴びたセシルスは月夜の下で静かに佇んでいた。
生温かい血が頬を伝い、地面にポタポタと滴り落ちる。その音だけが、異様なほど静まり返った夜の庭園に響いていた。
セシルスは、手にした真剣の切っ先を見つめた。
つい先刻まで、自分に剣を教えてくれていたはずの男の血。その赤は、月光に照らされてひどくどす黒く、そして酷く冷たく見えた。
「……あはは」
乾いた、小さな笑い声がセシルスの唇から漏れた。
それは悲しみでもなく、勝利の悦びでもない。ただ、己のあまりの愚かしさに対する、自嘲の笑みだった。
「なるほど、なるほど、そういうことですか……。いやあ、ボクとしたことが、とんだ大大遅刻の大失態ですね。舞台の幕が上がる前に、危うく退場させられるところでした」
彼はぽつりと、誰に聞かせるでもなく語り始めた。声はまだ幼く、震えているはずなのに、その言葉には奇妙な冷徹さが宿り始めていた。
「ボクは信じていたんですよ。あなたの笑顔も、優しい言葉も。ボクが強くなるのを、我がことのように喜んでくれているんだって、本気で、本気で思っていたんです。だけど……全部、ボクを引き摺り下ろすための『台本』だったわけですか」
セシルスは一歩、倒れた男の遺体に近づき、見下ろした。死への恐怖に歪んだ男の顔には、もうあの優しかった兄師の面影はどこにも残っていない。
「醜いなぁ……。本当に、びっくりするくらい醜い。人間って、こんなに簡単に嘘を吐いて、こんなに簡単に壊れてしまうんですね。あんなに欲張って、ボクの才能を妬んで、結果がこれですか? 主役の座を狙うにしては、あまりにも|脇役《モブ》らしい、哀れな最期じゃないですか」
ふぅ、と深く息を吐き出す。
胸の奥を焦がしていたドロドロとした悲しみや怒りは、その言葉とともに、急速に凍りついて消えていく。代わりに、彼の心を満たしたのは、世界を完全に突き放したような圧倒的な客観性だった。
「……決めました。もう、おしまいです」
セシルスは剣を強く握り直し、夜空に浮かぶ満月を見上げた。
「二度と、誰の言葉も信じません。二度と、誰の笑顔も信じない。優しさも、親愛も、すべては牙を隠すための退屈な欺瞞に過ぎない。だったら、ボクがやるべきことは一つだけです。誰もボクを欺けないほどの『圧倒的な高み』へ至る。誰も追いつけない、誰も触れることすらできない、世界最強という名の――『物語の主役』に、ボクがなればいい」
彼は、返り血を拭うことさえせず、男の遺体に背を向けた。
「さようなら、ボクの哀れな|観客《引き立て役》。ボクの華々しい開幕の一歩に、ふさわしい血をありがとうございました」
それ以来、彼は自らの繊細な警戒心を、誰も踏み込めないほどに陽気で飄々とした「仮面」で覆い隠した。ただ世界最強という名の、誰も追いつけない「物語の主役」を目指して、修羅の道を孤独に歩み始めるのだった。
血の臭いが染みついた夜を境に、セシルス・セグムントという少年の歩む道は、完全に修羅のそれへと変貌を遂げた。
事件の翌朝、彼が取った行動は「隠蔽」でも「逃亡」でもなかった。
返り血を浴びた姿のまま、平然と自らの所属する剣の詰所へと戻り、事も無げに「彼がボクを殺そうとしたので、代わりにボクが彼を斬りました」と報告したのだ。
弱肉強食、実力至上主義を掲げる神聖ヴォラキア帝国において、その報告は残酷なほど正当に処理された。才能を妬んで夜襲を仕掛け、返り討ちに遭った男は「ただの敗者」として処理され、セシルスには一切のお咎めもなし。それどころか、年上の高弟を木刀一本から逆転して斬り伏せた少年の天才ぶりに、周囲の目は驚愕と畏怖へと塗り替えられた。
「あはは! 皆さん、そんなに怯えた顔をしないでくださいよ。ボクはただ、舞台の台本通りに動いただけですから!」
詰所の連中が自分を遠巻きに見るようになっても、セシルスはただ陽気に、飄々とした笑顔で笑い飛ばした。
その笑顔は、かつて彼を裏切った男が浮かべていた偽りの仮面によく似ていた。だが、セシルスが身に纏った「仮面」は、それよりも遥かに強固で、底が知れず、誰一人として本心へ踏み込ませないための絶対的な防壁だった。
それからのセシルスの台頭は、まさに「青き雷光」の異名にふさわしい、凄まじい速度だった。
彼はただひたすらに剣を振るい、戦場へと身を投じた。
帝国の国境を侵す亜人の大軍、反乱を目論む不遜な貴族の私兵、そして名を上げんとして襲いかかる名うての剣士たち。セシルスにとって、迫り来る敵のすべては、己という「物語の主役」を引き立てるための舞台装置であり、観客に過ぎなかった。
戦場で誰かが優しく声をかけてきても、心の中では一切信用しなかった。
戦友が熱い言葉を交わしてきても、その裏にあるかもしれない嫉妬や計算を、冷徹に見透かしていた。
「先に芽は摘む」
彼の洗練された防衛本能は、敵が害意を抱くよりも早く、その首を容赦なく刎ね飛ばした。二度と騙されないために、誰よりも速く、誰よりも強く。
そして、時は流れる。
幾千の屍を築き、一騎当千の武勇を示し続けたセシルスは、やがて帝国の最高戦力である「九神将」の、それも第一の席――筆頭の座へと登り詰める。
その腰に、伝説の魔剣『ムラサメ』と名刀『マサユキ』の二振りを帯びた若き剣聖の姿に、もはや異を唱える者は帝国中に誰一人として存在しなかった。かつて彼を惨めに引き摺り下ろそうとした男の思惑とは裏腹に、セシルスは誰の手も届かない高みへと、本当に至ってしまったのだ。
「さあさあ、皆さん! ヴォラキアの青き雷光、セシルス・セグムントの晴れ舞台です! 特等席で、ボクの最高の輝きを目に焼き付けてくださいね!」
満天の星空の下、かつて裏切られた庭園を思い出しながら、セシルスは刀の柄に手をかける。
その瞳の奥に宿る冷たい虚無を陽気な光で覆い隠し、彼は今日も、世界最強という名の終わりなき演目を踊り続けるのだった。
__________________________________
「あーう?」
「…」
「童?」
「…セッシー。あいつは要注意人物だ。来い。セシルス。」
「呼びましたか?」
「一対一のサシでタイマン張ろうじゃねえか。」
「ええ、これも主役で嫉妬される僕への挑戦状と受け取っていいんでしょうか?そういうことなら引き受けますよ。」
「そうだと思ってくれて構わない。始めようか。」
これで怒涛の更新は終了!最新話に追いつきました!やったね!いや今回の話、我ながら自信作ですね。シルスの過去も良い感じにかけた気がしますし。でもやっぱこの回も挿絵があるとさらに良くなるんだよなぁ。諦めたほうがいいと言う結果が出たけど、やっぱり欲しいよね。まぁソリスピアの方ではつけれてるし、別にいいけどさ。