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此の銀梅花を、
ぺちぺちと頬を叩かれる感触に、私の意識はぼんやりと浮上した。
「……ここは?」
「お、おきた」
突然開けた視界に映ったのは、真っ青な空と、浮かぶ子供。
視界に入った私の手も、ふっくらとした幼子のもの。
しかし、不思議な子供だ。
何故だろう。
何処かで見たことがあるような、ないような。ぼやぼやと霧に包まれているような感じのある子供だ。
「……きいていい?」
「?」
「せなかの、なに?」
何よりも不思議なのは、その背中にすらりと生えた、真白の翼だった。
頭には、薄らと光る輪。
これはまるで──
「はねだよ。てんしだからな」
「てんし、……」
はあ、なるほど。
子供が、お前にもあるぞ、というものだから、背に手を伸ばす。
ふわふわとした感触が指先を掠める。
その感触に、何かが頭を過ぎるが首を傾げる。
何なのだろう。
私は、天使で、生まれた時から天使だというのに。
私が一人眉を寄せていると、目の前の天使は話を続けた。
「てんしのやくわりはな、にんげんをみまもることだよ」
「にん、げん」
「そうだ」
見守る、ねえ。
しかし、ニンゲンとはなんだろう。
「ためしてみるか」
そう言った天使は少し進むと、下を指差した。
其処を肩越しに覗く。
「!」
「な?」
薄く雲のかかった街に、小さくうごめくもの達が見えた。
あれが、人間だ。
そう認識すると同時に、何かが胸を駆け巡る。不思議なものだ。
胸を塞ぐ霧のようなそれに、見て見ぬふりをしながら雲間を見つめ続ける。
「あ……」
突然、そんな声が喉から漏れた。
「どうした?」
そう訝しげな目をした横の天使に目もくれず、私は雲から足を伸ばす。
おい、と背後から掛かった制止の声も気にせずに空へ一歩を踏み切った。
一瞬の浮遊感に心が躍る。
それと同時に、私はある一人の人間の肩に降り立った。
日に煌めく夕焼けの髪に、蒼天を映した瞳。他の人間に比べて小さな体躯の男。
何故だか心惹かれた。
天使は人間には感知できないのだろう。
その人物は気付いた様子もなく、歩を進めていた。
ぶわり、と風が吹いて、その人の髪をはためかせる。
「あぁ、クソ」
案外口が悪いらしい。
彼は悪態をつくと頭に乗せた帽子を手で押さえた。
その動作を見て、何故だかその帽子を剥ぎ取ってしまいたいという思いに駆られる。
趣味の悪い帽子だからだろう。
そう自分自身で落としどころを見つけると、いつのまにか前を歩いていた彼を追った。
---
下へと降りてから、少しばかりの時が経った。
夕日の彼は、マフィアで生きる者だったらしい。
マフィアの中でも随分と位の高い者のようだった。
人を殺すことにも抵抗がない。
その服に染みつくのは硝煙の匂いと、血の匂い。
けれども部下思いで、気さくで、あまり裏社会らしくない。
そして、殺めることに心が痛まない訳でもないのだ。
殺される覚悟を持って殺め、命の重みと吹き飛ぶ軽さを知っているからこそ。
部下の命日を覚えていて、波止場を静かに眺めることも知った。
咳き込む部下に料理を作ることもする。
一寸気障で、優しい。
私はそんな彼を、静かに背から覗いていた。
周りを人が忙しなく歩いていく。
街の中の、こんな光景も慣れたものだ。
「……」
その時、突然彼が立ち止まった。
彼の視線を辿ると、或る店のショーウィンドウに当たった。
薄い硝子に隔てられた先に飾られた砂色の外套。
心惹かれたのだろうかと思うも、ここ数日で知った彼の好みとはかけ離れたものだった。
如何して止まったのだろう。
私は彼の横顔を眺める。
彼はすっと目線を逸らすと、再び歩き出した。
影を湛えて目を伏せた彼の瞳が頭を離れなかった。
(次は何処へ行くのだろう)
私は彼の肩に乗りながらそんなことを思う。
此の頭の中が覗けたらいいのに、と橙の髪に手を伸ばしたが、その手は空を掴むばかり。
矢張り、彼と私との間には覆すことのできない壁があるのだと痛感する。
私はそんな自分に溜息を吐く。
そう思っていると、突然視界が揺れた。
再び彼が立ち止まったらしい。
目の前には、先ほどと同じように空間を隔てる硝子。
先程と違うのは、文字が刻まれていることだった。
その文字を目で追う。
何故だろう。
それはすんなりと頭に入ってきて、唇を静かに震わせた。
「武装、探偵社」
言葉を読み上げた瞬間、入ってはいけないと頭の中で声が響いた。
けれど、私の乗る方の持ち主は抵抗なくその取手を握る。
その中では、誰もが忙しそうに動いていた。
大量のファイルを棚に納めたり、パソコンに向き合ったり。
そのうちの一人なんて、手帳を片手に皆に指示を出しつつ自分自身も手を動かしている。
その中で段ボールを抱えた白髪の青年が此方を見とめた。
「あ、中也さん!」
彼は段ボールを机に置くと此方に駆けてきた。
中也。
やっと知れた夕陽の彼の名を噛み締めるように口元に乗せる。
ずっとぼやけていて、聞こえなかったのだ。
その言葉は存外私に馴染むものだった。
それと同時に頭を内から叩くものを感じたが、素知らぬ振りをする。
「すまねえな、突然押しかけて。忙しいだろ?」
「いえいえ、此方が呼んだんですから……此方こそ」
白髪の彼は申し訳なさげに笑った。
その目の端は擦れたように赤く染まっていて、彼の表情に悲しみを漂わせている。
其れに中也も気がついたのだろう。
優しく目を細めると、手を伸ばして彼の頭に触れた。
そんな中也の仕草に彼は唇を噛むと、少し待ってて下さい、と残して机に向かって行った。
再び此方に向かってきた彼の手には、白い布に包まれた何かがあった。
「どうぞ」
差し出された手元に目をやって、息が詰まった。
ああ、どうして忘れていたのだろう。
中也は其れをそっと手に取って、笑った。
影が差す。
睫毛が光る。
気づけば、私たちがいる場所は一つの墓石の前になっていた。
風に乗って、誰かが備えた線香の香りが鼻をくすぐる。
墓石は、無記名でも、彼の恩師の名でもなく、O.DAZAIと刻まれていた。
私だった。
蒼天に雲が立ち込めて雫が溢れた。
ふるり、と中也が肩を震わす。
硬く握られた手の腱が白く浮き出ていた。
其の手に握られた青い硝子を泪が伝う。
流れた粒たちは、指をなぞり、ぽとりと草に落ちた。
水滴に薄く、彼の戦慄く唇が映る。
握られた其れは、見覚えの有る、無機質な青い玉の嵌ったループタイ。
先程探偵社で、敦くんから受け取っていたものは此れだった。
私が好きだった蒼天の、紛い物。
熱のない、ひやりとした塊。
ねえ、中也。
泣かないで。
ごめんね。
どんなに泣いても、“私”は戻ってこない。
だってほら、今だって、触れようと手を伸ばしても、触れるのは虚しい風だけだ。
ああ全く、どうしてくれよう。
君のせいで、死んだことが少し悲しくなってしまったじゃあないか。
織田作に私の手が届かなかったように、君の手もまた、私に届かなかったのだね。
監獄の時のようには、死した罪の果実の時のようには、いかなかったのだ。
苦しいでしょう。
喉に熱いものが詰まるでしょう。
私は其れを知っている。
其れを君に味わせることが出来るとは、最高の嫌がらせだ。
ああ、けれど。
如何して君は泣いているの?
如何して、昊を曇らせてまで。
如何して、夕陽を濡らしてまで。
如何して、白磁を赤く染めてまで──
、
あぁ──ははっ。そっか。
遅いよ、大遅刻だ。
そんなこと言うなんて、狡いよ。
其れを言うなら、私だって。
そっか……。
……ごめんね。
私には其れを聞くことしかできない。
私には、昊に太陽を戻すことも。
夕陽に風を吹かすことも。
其のまなじりを拭うことも。
──何もできない。
私にできるのは、此の嫌がらせを贈って、傍で笑っていることだけ。
ふ、ふふ。はぁ、どうしよう。
君の泣き虫が移り始めてしまったようだ。
中也。
君はきっと、遅くおいで。
天使に昇るのは、まだ後で良い。
君が来たら、盛大に笑って、嫌がらせをしてあげよう。
その時まで、どうか。
此の嵐の中で生きているんだね。
意地汚く、迷い犬のままで。私の犬のままで。
ふふ──
染みを作らぬ真珠がきらりと光った。
──ざまあみろ。
クリスマスのくせに死ネタ書いてやがるやつは誰だぁ!
私だあ!
と言う訳で眠り姫です。
クリスマスネタから天使連想したら、探偵社創立秘話の天使の劇になって、異能者になって、死につながって、死ネタになってました。
不思議な錬金術ですね。
n番煎じなので、pixivとかで似たような内容があるかもですね。
て言うか多分見たことあるわ、何回か。多分。確か。でも大体ちゅやさんが死んでるイメージがある。
題名は、花言葉と神話です。冥界に関連してる話です。
では、ここまで読んでくれたあなたに、一粒の感謝を!
そして、此の聖なる夜に。
メリークリスマス!