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少女レイ
使わせて頂いた楽曲 少女レイ
みきとP様
晴瀬です。
電車と、青空と、少女たちの話です。
私はまるでハツカネズミのようだった。
実験のように扱われて、私はクラス中の敵だった。
私なんか、死んだほうがいいんだなぁ…。
こうして追い詰められたハツカネズミは絶望の淵に立って。
今、踏切へと、飛び出した。
車輪が軋む
耳触りな音が響く
何かが車体に当たる
ドン、と鈍い音がした
---
14歳の彼女の声が聴こえてふと目が覚めた。
僕は女の子だ。
体も、心も。一人称が僕なのは…なんとなく。
いいじゃん。そういうの。
僕には好きな子がいて、僕の友達の|黎依《れい》っていうんだ。
可愛くて、本当に可愛くて。狂おしいほど、可愛い。悪魔的な可愛さだよ本当。
でもね、僕と黎依はずっと友達のまま。
親友なんだ。
いつも近くでいられて、凄く幸せなんだけどさ、やっぱり少し寂しい。
僕と黎依は友達だけど、恋人には絶対なれないんだ。
あの、最初は我慢してたんだよ。
これは、僕も黎依も女の子で、僕が女の子を好きになる人で黎依は男の子を好きになる人だっただけで。
でももう、辛くなっちゃって。
我慢の、限界で。
黎依に僕を見てほしいって
女の子として僕を見てほしいって
僕のものにしたいって
思っちゃった。
黎依は頭が僕より良くて、運動も僕よりできて、可愛くて、僕より劣ったところなんてないんだ。
僕は黎依に頼ってほしかった。
いつもいつも、僕が頼ってばっかりだから。
だから
だから僕は黎依をクラス中のいじめの標的にした。
僕は手を出さず、クラスの人に黎依をいじめさせた。
僕は黎依をいじめるクラスメイトを、助けを求める黎依を黙って見つめた。
放課後、クラスメイトが帰った教室で黎依と僕で二人になる。
もう夕方だってのに、蝉が鳴いていた。
まだ濃い太陽が、地面に照りつける。
僕はそれを見ながら呟く。
「ごめんね、助けられなくて」
僕は涙を出して見せる。
黎依ははっとしたような顔になった。
「|遊生《ゆき》のせいじゃないよ」
黎依は優しい。
「ごめんね、ごめんね」
何度も何度も僕はそう言って黎依を抱き締める。
ほら、僕と黎依は友達で、ここに居場所も無く独りなんだからさ、僕の手を掴んで。
僕を頼ってよ。
「いいんだよ」
黎依は僕を抱き締めたまま耳元でそう言う。
「今度は絶対、助けるから」
「いいんだよ」
いいんだよ、黎依はずっとそう繰り返していた。
「私、遊生のこと大好きだよ」
教室に二人きり。
どうせ、友達としてなんだろうけど。
きっとこの儘愛し合えるさ。
そうこうしているうちに夏休みに入って。
僕と黎依で出掛けたときにキーホルダーを買った。
お揃いの、キーホルダー。
黎依は嬉しそうに笑って、鞄の横に付けた。
僕も真似て通学鞄に付ける。
「私達の友情が壊れないようにしっかり結ばなきゃ」
そう言って黎依はキーホルダーの紐をきつく縛った。
黎依は笑った。
そこで僕は気付く。
目の奥が、笑ってない。
酷く恐怖を覚えた。
僕の黎依が、僕の黎依なのにもしかしたら何処かへいってしまうかもしれない。
他のものに、なってしまうかもしれない。
そう思った。
大学の受験勉強をしていたときフラッシュバックした。
あれから定期的に何度もあった。夜寝る前に思い出す。
あの目を。
黎依がクラスメイトにいじめられるときに僕に向けていた目。助けを求める、目。
同時に蝉の声が耳で鳴る。
黎依がいじめられるときはいつも蝉が強く鳴いていた。
まるで僕に忘れさせないようにするために。
もう、二度とは帰らぬ君の目を。
いつも、毎日、思い出す。
永遠に千切れてくお揃いのキーホルダー。
6年前の夏と一緒に消えていったあの白い肌の少女に
あの、短い髪をした少女に
少女|黎依《レイ》にずっと取り憑かれて仕舞いたい。
哀しい程に。
ずっと。
僕の本性がさらに暴れ始めたのはそれから1年後の9月の始め。
高校1年生の二学期が始まった頃。
1ヶ月ぶりのチャイムが教室中に響く、9月のスタート。
僕には、癖がついていた。
好きな子をいじめる癖。
次の標的に置かれた花瓶。
仕掛けたのは、僕だった。
彼女と友達の僕は彼女の目を見て「ごめん」と言う。
助けられなくて。
あの日のように繰り返した。
でもさ、君が悪いんだよ。
僕に向かって、好きな子が出来たなんていうから。
指差したのは、目立たない物静かな男子生徒で。
なんで?
なんで僕じゃないの?
ねえなんでよ?
そう、君が悪いんだよ。
僕だけを見ててよ。君のいじめを傍観しているんだよ?
その男子生徒なんか、ただの意志の弱い傍観者じゃん。
君は苦しいんでしょ?ほらここにいるよ。僕はここにいる。
助けを求めなよ。ここに救世主が、君の心の支えがいるよ?
ずぶずぶと僕が仕掛けたいじめに溺れていく|其《そ》の手に僕は素面で手を伸ばした。
優しく引き上げて|口吻《キス》をした──。
君に向けて薄笑いを浮かべる獣と化したクラスメイトたちの心が晴れるまで。
彼女は綺麗に揃ったスカートに爪を突き立てる。
綺麗な顔をした君には似合わないくしゃりとしたスカート。
僕と隣に並ぶと長さも不揃いで。
夏の静寂を切り裂く君の悲鳴に僕は小さく笑みを漏らした。
愛おしい君の声が、大きく聴こえる。
君は痛みに弱い。
君の声が|谺《こだま》する教室の窓にはあの日のような青空。
そうだよ。僕は友達。
僕の手を掴んでいいんだよ。
そう、君がいなくちゃ僕の居場所は、…君がいなくちゃ?
いや、僕がいなくちゃ君の居場所はずっとないままだよ。
ああ、綺麗で透き通った世界で愛し合えたらいいのにね。
汚してるのは、僕と知りながらも黙って。
受験を終えてだらだらごろごろしていたときにフラッシュバックした。
あのとき叫んだ君の声と、黎依の優しい声と、蝉の声を。
二度とは帰ってこない黎依の顔が脳裏に強く映って。
黎依があそこへ飛び出した日に千切れたあのお揃いのキーホルダーの落ちた音が僕を泣かせる。
「黎依を殺したのは誰!?」
そう叫んだ、黎依のお母さん。
今になって真実を知ったんだ。黎依がいじめられていたこと。
中学の同窓会に呼ばれて行った僕は、途中から乱入してきた黎依のお母さんを見てそう思った。
「誰なのよ!?名乗りなさい!殺してやる!!」
そう泣きながら叫んだお母さんを少し経って到着した警察官に取り押さえられる。
これで警察に事情を訊かれて発覚するんだ。
6年前の14歳のとき、黎依がいじめられていたこと。
ニュースになるのかな。
その日の帰り道、僕の目に映ったのは透明な彼女。
黎依だった。
黎依が視えた。
耳元であの声が響く。
『誰なのよ!?名乗りなさい!殺してやる!!』
黎依のお母さんの声。
6年前の夏、僕が消してしまった白い肌の少女に哀しくなる程取り憑かれて仕舞いたい。
透明な君は僕を指差していた──。
少女|霊《レイ》───
踏切が降りる
踏切の音が道路に跳ね返って、響いた
少女レイ/みきとP
https://m.youtube.com/watch?v=JW3N-HvU0MA
2015.4 中学2年のクラス替えによって藤堂黎依が岡澤遊生と出会う
2015.7 岡澤遊生による藤堂黎依へのいじめが始まる
2015.8 二人でお揃いのキーホルダを購入
2015.8 藤堂黎依がいじめの首謀者は親友だと思っていた岡澤遊生だと知る
2015.9 藤堂黎依、帰路にある線路を通る電車への身投げによる自殺
岡澤遊生のキーホルダーが千切れる
2015.10 岡澤遊生に定期的にあの日のフラッシュバックが起こるようになる
2016.4 岡澤遊生が中学3年生に進級
2017.4 岡澤遊生が地元の高校に進学
2017.5 岡澤遊生がクラスメイトに恋する
2017.7 岡澤遊生による喜多山優佳へのいじめが始まる
2017.7 喜多山優佳が岡澤遊生に好きな人を告白
2017.7 喜多山優佳へのいじめが悪化
2017.11 喜多山優佳が自分の家の近くの線路で2年前女子中学生が亡くなったことを知る
自分の友達の岡澤遊生がそれについて詳しいことに気付く
2017.2 喜多山優佳が転校する
2018.4 岡澤遊生が高校2年生に進級
2019.4 岡澤遊生が高校3年生に進級
2020.4 岡澤遊生が地元の大学へ進学
2021.4 岡澤遊生が大学2年生に進級
2021.6 藤堂黎依の母、奈緒子が娘の死んだ原因はいじめだったと知る
2021.7 中学の同窓会が行われる
藤堂奈緒子が乱入
警察に聴取され、藤堂黎依が亡くなった原因はクラスからのいじめだったと発覚
岡澤遊生が藤堂黎依を目撃(後に錯覚だったと捜査の結果判明)
2021.8 岡澤遊生、死亡
死因は、電車ではねられたことによるショック死