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【曲パロ】あなたの夜が明けるまで
リクエストありがとうございました!!
繊細で高く澄み切ったIAちゃんの声もやっぱり沁みます……。
以下は原曲様のリンクです。
https://www.youtube.com/watch?v=xfR0iTh8PSI
壊れていたのは、世界でしょうか。
間違っていたのは、世界でしょうか。
あなたには分からないのでしょう。
でも、私には既に見えているのです。
「……リリィ。」
「おはよう。」
掠れた声。寂れた声。
今日もあなたは気づいていないみたい。
私が本当はどこもおかしくないことに。
それから、今日もあなたは言ってくれないみたい。
私が大好きだった、「おはよう」の言葉を言うことはない。だってあなたの世界には、永遠に朝がやってこないから。
どうやら、彼の世界ではある日から、世界は丸ごと変わってしまったみたい。彼の当たり前も、私の当たり前も、全部大きな波にさらわれてなくなってしまったんだって。
一緒に、彼の記憶も。
「今日も歌ってくれる?」
私は歌い出す。あなたが一番、今までのあなたに近づくのは、私が歌うときな気がしてしまって、私はまだ少しだけ期待を捨てられずにいた。
もしかしたら。もしかしたら、私が好きになったあなたが戻ってくるんじゃないか。
日に日にどんどんあなたは小さくなっていくけれど、私の歌があなたを引き留める糸になっているといいな。
そんな、淡い期待。小さな思い。私がこんなことを考えるのは、間違っているのかもしれないけれど。
だって私は時が戻れば、なんて思いながらも、こんな冷たい檻にあなたを閉じ込めている。あなたが、ではなくて、私が、閉じ込めているから。
何も知らないあなたは微笑んでいる。苦しみのない、安らかな表情をしているように私には見える。まだ、温かくて穏やかな、あなたの顔は残っている。
あなたはどこまでも優しいから、私を閉じ込めるなんてことしない。そんな当たり前のことですら、あなたは理解できない。
だから、私は今日も歌う。
声が枯れるまで歌い続ければ、きっとあなたは気が付いてくれるよね。
「リリィ、リリィ、明日も側にいてくれるかい。」
私は立ち上がって、あなたのベッドの近くに歩み寄る。歌うことはやめない。もしやめたら、あなたは不安になってしまう気がする。
あなたが安心したかのようにゆっくりと息を吐き出す。この歌のことを、まだ覚えているのだろうか。
光の降る街の歌だ。あなたが私に教えてくれた歌だ。私の名前と、ほんの少しのぼんやりとした思い出。それくらいしか持ち合わせていない様子のあなたが、覚えているのかは分からないけれどね。
ねえ。そう、声をかけようとしてやめる。あなたが了承してくれるかどうか不安になったから。
またいつか、光の降る街を、手を繋いで歩きましょう。澄んだ青空の下、2人で笑っていたい。
今のあなたの知る空の色は、灰色だって言っていた。あんなに楽しかったのに、あんなに綺麗だったのに。私はもどかしくて、しょうがなくて。
まったく、あなたは本当に馬鹿ね、って。心の中で、私はもうあなたを笑い飛ばすこともできない。
「綺麗だね。」
あなたが満面の笑みを浮かべていた。
赤らむ空が、私たちのすぐ目の前にある。青が、紫が、橙が、混ぜられて名前のつけられない色に変わっている。いつも上を見上げれば見えるはずなのに、なんだか今日は一段と近づいているような気がした。あなたと一緒にいるから、かな。
「寒くない?」
繋いだ手が暖かかったから、私の全身に熱が伝わって、私はまったく寒くなかった。
私が小さく頷くと、「もう春になってきたからね」と彼は言って、また空を見つめ始める。
その表情が、夜明けの空が、今まで見た何よりも美しい。
「前に言っただろう、リリィ。明けない夜はないんだよ。」
そう感じたことを、私は昨日のことのように思い出せる。
やっぱり、より酷くなっているみたい。
あなたの目からより光は奪われて、どこか上の空で、少しずつ反応も少なくなってきている。私の歌じゃ、もう駄目なのかな。そんな考えが、隙間から少しずつ溶けて、染み込んできて、私にささやいていく。
私はもう、少しだけ諦めている。時間は巻き戻せないし、私と出会った時のあなたがすぐに戻ってくる魔法なんてない。今日までの生活でとうに知っている。苦しくなるくらいに、身に染みている。
それでも、まだ私はやめたくない。払いのけるように頭を振って、私はまたあなたの横顔を眺める。私のできる限り、あなたの世界に合わせて、
例えもう私の歌が届かなくなっていたとしても、私は歌い続けているだろう。声が枯れるまで、何も喋れなくなるくらいに。
きっともう、あなたのためだけじゃないから。
ごめんね、私はこうしてでも、あなたの側にいたいの。
「らら、らり、るら、らら、らり、るら……」
そんなことを考えていれば、居ても立っても居られなくなって、私はまた口ずさみ始める。できる限り、穏やかな顔で。できる限り、あなたの痛みを和らげられるように。
「リリィ、リリィ、明日も、守ってくれるかい。」
おもむろにあなたが呟いた。
守ってくれるかい、だなんて。
「もちろんよ。」
だって、初めに私の心を守ってくれたのは、あなただった。
「リリィ、僕は君の声が本当に好きだよ。その澄んだ声が、本当に好きだよ。」
まるで、本当のあなたが戻ってきたみたい。
私はつい、歌うのをやめてしまって、ただ口から溢れ出そうな言葉を抑えることしかできない。
取り繕うように笑えば、あなたはいっとう悲しい顔になって、私から目を逸らした。
「リリィ、どうか許しておくれ。」
知ってるよ。あなたがどうにかしようと頑張っていたことも、どうにもならないことも、全部私は知っている。
「ごめん。」
あなたが身勝手になっていたとしても、私は嫌いになんてなれないのは、あなたなら分かるはずだよ。
あなたが泣いている。苦しそうに、嗚咽を漏らしている。泣き止ませることはできなくても、私はなんとか揺らぐ指先を動かして、あなたの涙を拭う。
「明けない夜はないのよ。」
私からあなたへ、私が持てる限りの愛を込めて、一生分の愛を込めて。
どんなに辛いことがあっても、いずれ夜明けは訪れる。明けない夜はない。
この言葉は、あなたが教えてくれたんだよ。
私の手を引いて連れ出してくれたのは、あなただったんだよ。
そんなことも忘れちゃうなんて、呆れちゃうよ。どうして思い出してくれないの。
「まったく、あなたは本当に馬鹿ね。」
声が震えているのは、気づかれていないといい。
「あなたを忘れないよ。」
「リリィ」
「なあに」
「ねえ、僕ほんとに、君が好きだよ」
美しい景色を背にして、あなたが言った。
やけにうるさい吸った息の音は、夜明けの空に吸い込まれた。
「リリィ」
「なあに」
「君はどう?」
「私も」
私はどうにも恥ずかしくて、そこまでしか言えなかった。
またいつか、あの光の降る街を歩けるのなら、きっと言えるだろう。
だからまたいつか、春の空の下で、手を繋いで歩きましょう。2人きりで。何も知らないあなたでいい。うまく受け止めてもらえなくてもいい。私はあの日のあなたを忘れないから、どこにも行かずに、あなたの側で手を握っていよう。
だから言いたいんだ。
あなたが好きよ、って。