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【曲パロ】くろうばあないと
分からなかった要素が分かるようになったので、そのうち全く別の考察が生まれてしまう気がします。
※いよわさんの楽曲「くろうばあないと」の二次創作です。
「私たちがこの星に生まれ落ちた最初の日から、|ただの炭素になるその日《死ぬ》まで。……この表現文学みたいで素敵よね?ああ、話が逸れたわ。ごめんね?全部、運命だと思うの。私たちが両想いになったのも、私が|人を殺しちゃった《・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・》のも、ぜーんぶ運命!だからさ、きっとあいつらからは逃げられるよ。これも運命だと思うから。そんな顔しないでよ。私のことを守るのも|内藤《ないとう》くんの運命なんだからさ。ね?」
夕暮れ時、|四葉《よつば》さんは住宅街を歩きながらそう言った。べっとりと直視したくもないものがついたナイフをついさっきまで持っていたその手をひらひらとふって、にっこりと笑いながら。
わけがわからない。
俺がこうなってしまったことも、四葉さんによると「運命」らしい。理不尽だ。
回らない頭で、俺はゆっくりと今日のことを思い出し始めた。
ただの頼み事だった。
「おい、内藤。この手紙を四葉に届けてくれないか?お前、四葉の家に近いだろ」
「は、はぁ……いいですけど」
「おっ。じゃあよろしく頼むな」
そう言って、先生は職員室へ戻って行った。手渡された宿題プリントをじっと見つめる。提出期限はそこまで近くないが、かなりの量があった。まあ、あの四葉さんなら俺たちの何倍ものスピードで完璧に終わらせてくるだろうが。
四葉みどり。県内有数の進学校であるこの学校の学年トップに君臨する頭脳の持ち主である。
メガネをかけた地味な装い、昼休みでも放課後でも大体図書室にいる。優等生。文学少女。この学年の生徒にこの単語たちを告げると、ほとんどの人が彼女のことかと考えるだろう。
そして、当の四葉さんは3日ほど前から休みだ。彼女の親は学校に姿を現したこともなく、連絡をしたことも一度もない。そのため、彼女自身が毎回休みの連絡を入れるのだが、この3日間は全くその連絡すらないのだ。
何かあったのだろうか。そう考えた先生は生徒に四葉さんの家に行かせようとしているのだ。心配だからといって自分が行くのは嫌だというのだ。何せ、四葉さんの家はここから遠く、辺鄙なところにあるのだ。俺は学級委員であり、彼女の家に近い。まさにうってつけの存在だった。
仕方ない。テスト前だから早く帰って勉強したいが、先生からの評価は内申にも関わってくる。だから、面倒でも我慢しなくてはならないのだ。
電車の中で単語帳をめくりながらぼうっとアナウンスを聴き、いつもよりひとつだけ遠い駅で降りる。
閑静な住宅街に四葉さんの家はぽつんとあった。緑色のカーテンが窓の向こうに映っている。それはまるで、他の人間の侵入をかたくなに拒んでいるように、少しの隙間もない。窓の向こうで微動だにしないでいた。
「四葉」と書かれた表札をしっかり確認して、俺はインターホンを鳴らした。聴き馴染みのない電子音が響くも、応答はない。
どうするか。ポストの中にプリントを突っ込んで、もう帰ってしまおうか。
しかし、四葉さんに何か、それこそ仕事が雑だったと言われてしまえば、僕の内申はそれこそ沈んでしまう。信頼度がまず違うのだ。ポストにただ入れるのは少し心許ない。入れるにしても、丁寧に慎重に。
その時、四葉さんの家の中から大きめの音がなった。まさか、居留守でも使っているのだろうか。
「……少しだけ」
ドアを引っ張ってみる。すると、驚くほど簡単にドアは開いた。不用心なことに、どうやら鍵はかかっていなかったようだ。
「お邪魔します」
好奇心に負けてしまい、中に入る。四葉さんのことが好きな友人のためにも、潜入調査を。
俺は浮かれていた。好奇心は猫をも殺すんだ。まともな判断をしていれば、こんなことにはならなかったのに。
「こんにちは、内藤さん。人の家に勝手に入るとは……さすがに良くないですよ?相手が私だったから大丈夫でしたけど、次からは気をつけてくださいね?」
にこやかに、饒舌に話しかけてきた四葉さんの頬には明らかに赤黒いものが付いていた。むせ返るような鉄の匂いが広がる。
「……どうかしましたか?」
「どうかしましたか?じゃないだろ!何なんだよこれは!」
眼下はまさに、四葉さんの頬についている色そのものだ。フローリングの床の上に敷かれたブルーシートの上には、もう動かなくなったであろうクラスメートの姿がそこにあった。
彼女はクラスカーストの頂点に君臨する女であり、四葉さんの幼馴染である。
「なんで彼女が」
「そのことですか?私が殺したんです」
さも当然のように、あっけらかんと彼女は言った。まるで冷蔵庫のプリンを間違えて食べてしまったことを告白するように、随分あっさりと。
「邪魔だったんです。だから、しょうがない。だって運命ですもの」
ペンを回すようにナイフをぐるぐると回していた彼女はぴたりと動きを止める。そして俺に近づき、ごく自然な動きで俺の手にナイフを握らせた。
「ねぇ、それよりもですよ。期末テストが近いこと、知ってますよね?」
「は?」
予想外のことを言われて戸惑う。
「真面目でいないと、あなたは困る。だって内申がかかってるんですからね。無事に入試を終わらせ、いい仕事に就かないとお母様と妹さんを養えない。そうでしょう?」
なぜそれを知っているんだ。俺とあなたはただのクラスメートだ。
「お母様は寝たきり、妹さんはまだ4歳ですからね。こうしましょう。私は自首してもいいです。でも、あなたを共犯者として絶対に道連れにします。私はこの通り、手袋をはめている。あなたは今、素手であの人を殺したナイフを握った。つまりです、共犯者の出来上がりですね!」
歌うように、なめらかに彼女は続ける。
「だから、黙っているのが得策ですよ?処理は私、自分で出来ます。いざというときに、内藤くん。あなたに守って欲しいんです。私たちは一連托生です!」
俺の前に立ち、祈るようなポーズでこちらをじっと見つめる。深緑色の瞳の奥は、異様なほど澄み切っていた。
「こ、こんなの」
理不尽に決まってる。
でも、ナイフも自分の弱みも握られた俺には、選択権はないようなものだった。
「……分かった。何も言わないから、どうか、自首しないでくれ。」
「じゃあこれからは敬語じゃなくていいか。改めてよろしくね!内藤くん。いや、|私の騎士《くろうばあないと》さま!」
毒を食らうば皿まで。
好奇心は身体を蝕み、やがて毒だけでなく罪も、異常なほどの執着も食らうはめになってしまった。騎士という名の、縛られた立場に俺はなってしまったんだ。
「私を絶対に、守ってくださいね?」
少し肩が重い。疲労がたまっているのだろうか。
それもそうか。何せアイツに付き合わされて処理を手伝わされていたのだから。ちくしょう、何がデートだよ。人気スポットである花畑に行ったとて、俺にとってはただの気持ち悪い出来事でしかないんだ。だって埋まってる。
こんなことを考えるのはやめだ。
期末テストの振り返りが待っている。
アイツのせいでよく眠れなかった。だから今回のテストは点が下がった。そうだよな?
頭の中を無理やり勉強モードに切り替えて、数学のノートを取り出す。いつもはすっと勉強の世界に入り込めるのに、なぜだか今日は違和感を感じてうまく取り組めなかった。
いや、「今日も」か。
「ねぇ、守くん。最近なんか目のくまがひどいよ?ちゃんと眠れてる?」
いつのまにかタメ口で話しかけるようになった四葉さん。今ではもう周りの視線を気にすることもなく俺に近づいてくる。今だって手を繋がされているのだ。
俺と付き合っていることを隠そうともしない。寧ろ見せびらかしている。俺はこんな女、早く振ってしまいたいのに!
「眠れてないに決まってるだろ」
だって、あんなことがあったんだから。
「そっか。あっ!じゃあ、今度デートしようよ!」
いつもデートまがいのことはしているだろう、という言葉を飲み込む。
四葉さんに逆らったら何が起こるか分からない。例えば、四葉さんが自首したり、もしくは俺のことを殺してくるかもしれない。全ては彼女次第なのだ。
だから、俺は今日も逆らえない。
「えへへ。いつも守ってもらってるから、これはそのお礼?というかだよ。大好きだよ!守くん!」
「あ、ああ」
「まあ、疲れた守くんもそれはそれでカッコいいし、私を守るっていう誓いな気もするし?いいんだけどね!」
ピクピクと動いてしまう口元を必死に我慢した。颯爽と自分の席に戻っていく四葉さんの後ろ姿を見たときには、もう倒れ込みそうなほどの疲れが襲ってきた。
早く授業が始まって欲しい。そして家に帰りたい。チャイムの音が、どこか遠かった。
「もう、むかえにきてよ。くろうばあないとさまったら、しょうがないんだから。ほら帰ろう、守くん!」
思い切り、その華奢な腕から想像もできないぐらいの強い力で掴まれる。
「わ、分かった。分かったから離してくれ!」
くろうばあないととかいうふざけた名前で呼ぶな。今すぐに。
しかし、下手なことは言えないので我慢した。
「守くん、恥ずかしがり屋なんだね!やっぱりかっこいいけど可愛い!」
あはは、と笑ったあとに周りが凍ってしまいそうなほどの冷たい視線でこちらを見てくる。
声が、俺にしか聞こえないボリュームまで下がる。
「そういえば……最近、あの子捜査網が処理した場所にも近づいてきてるんだよね。多分大丈夫だとは思うけど、守くんも注意してよね?」
痺れるようなその空気。
「頭が良い守くんなら、自首なんてしないって私は信じてるからね。一連托生よ、私たち」
「わ、分かってるよ」
「絶対、逃げ切ろう。守くんもそう思ってるよね?」
虚に澄み切った瞳が、眼前に迫る。焦る。汗の滲んだ手は動かなかった。
「なんで、手を取ってくれないの?」
「私を守ってよ」
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そのあともクレープ屋や書店に付き合わされて、気がつけばもう夜だった。妹を迎えに行って、食事を用意して、家事に勉強に。
あの日、アイツの家にさえ入らなければ。何度そう思ったことか。アイツの家にさえ入らなければ。アイツさえいなければ。アイツが、全ての元凶だから。
いっそのこと、殺してしまえれば。
人間のブレーキは案外簡単に壊れる、ということを俺はたった今知った。俺はあの日、四葉さんについて行って処理の片棒を担ぐことになった。
だから、あの日から俺はもう人を殺せるように変貌していた。そういうことだろう。
彼女にお家デートだとか適当なことをほざいて、無理やり家に入って、隠し持っていたナイフで彼女の心臓あたりを刺した。赤が彼女の黒い制服を染めていく。
ゆっくりと胸元を彼女は見つめて、目を見開いた。
そして。
「あはっ。あはは。あははははは!」
笑った。
何が起こったのか理解出来なかった。
「ぽかーんとしてる!そりゃあそうだよね!だってだって、刺した相手が差し返してきたんだもの!詰めが甘いのよね、くろうばあないとさまって。バレバレよ。バレバレだったもの!あはははははははははは!」
やっと分かった。いつのまにか鈍い熱を持った心臓。
「ありがとう!ありがとう!私の文学を完璧にしてくれてありがとう!」
意識は途切れた。
「嗚呼、よくできました!」
もう動かなくなった。完全に死んでいる。
ブルーシートは流石に敷いていない。だって敷いたら向こうにバレるもの。本当、馬鹿よね。
私の身代わりになることを強制されて足掻いて、結局死んでしまうとは。私の恋する乙女の演技にはすぐに騙されてもいる。
それに、私の心臓の位置はここじゃない。ずれている。ちゃんとそういうのはリサーチしてからではないと。
やっぱり愚かね、くろうばあないとさまは。
「まぁ、これもこれで良い文学です」
階段を2個飛ばしで駆け上がる。
早く書きたい。早く続きが書きたいの。
自室のドアをこじ開けて、乱雑に積み重なった原稿用紙にひたすらシャープペンシルを走らせる。
「出来た……本当に出来ちゃった。」
間違いなく、私の最高傑作。
今までの小説には足りなかった「何か」がこれにはある。
経験?熱意?そういうものがまるごと凝縮された「何か」である。
「さてと、仕上げに移らなきゃね」
この作品の本当の良さは、実話であり日記であるところなんだから。四つ折りの、手作りのこの日記に明日、何かが書かれることはないだろう。今日で最後だ。先の無いページは透ける。夕暮れの光に照らされてとても美しかった。
「日記も完成!あとは」
これを本当の話にするだけだ。
「あなたには感謝しかないわ。あなたがいなかったら、今この作品は出来上がってないもの」
血が出ているのがバレないように、パーカーを羽織る。階段を駆け下り、リビングでぐったりと倒れている彼にそっとキスをする。
「本当にあなたは偉いわ。あなたを殺さなくて良かった。こっちの方が、良い文学が出来たもの」
勝手に私を真面目な文学少女だと思い込んでくれてありがとう。殺意を抱いてくれてありがとう。あの子も、私のことをいじめてくれてありがとう。私に殺意を抱かせてくれてありがとう。流されて生きてきた私でも、ここまで出来るのだと教えてくれてありがとう。ここで逃げてもいいと思わせてくれてありがとう。背中を押してくれてありがとう。
そんなことを考えているうちにもう交通量の多い、私が考える舞台の中でもっともふさわしい道路まで着いてしまった。
あっという間、だった。
家は荒らして、ドアも全開にしてきた。死体に気づかれるのも、私の最高傑作が誰かに読まれるのも時間の問題だろう。楽しみでしょうがない。まぁ、私が称賛を生きて浴びることはないだろうけれど、別にいいのだ。私はこんなに素敵な文学を知ることができたのだから。
ここの信号は、赤信号がとても長い。渡り切れやしない赤信号に向かって、青になる前に踏み込む。
私が思い描くあの最高傑作のヒロインの顔をして、笑顔でつぶやいた。
こういうのも案外悪くない。最高だ。
「文学ですね」