公開中
妖怪リブート【第三話】
「やあやあ、もう気づかれてしまったか……」
部屋の隅に座っていたおじいさんは、あおいと目が合うと、悪びれる風でもなく呑気にお茶をすすりながら言った。よく見ると、やけに頭が後ろに長く伸びている。その独特すぎるシルエットに、あおいは大急ぎで本棚から重たい妖怪図鑑を引っ張り出してページをめくり、おじいさんに突きつけた。
「あなた、ぬらりひょんさんですか!?」
「そうじゃ。しかし、灯さんが人間の子と仲良くなるとはねぇ〜」
ぬらりひょんが床で大福をモグモグと食べている灯に視線を向けると、あおいは驚きを隠せない。
「え、ぬらりひょんさん。灯のこと知ってるのか?」
「知ってるも何も、灯さんは妖怪最強と言われておるからなぁ。妖怪で知らんものはいないじゃろう」
「はぁ!? 灯、そんなこと初耳だぞ!?」
「うん……そうだけど、自分で言うのもあれだし……」
灯はぬらりひょんに大福を一つ分けてあげながら、無表情のまま当たり前のように答えた。
「だから、灯さんの妖力をねらう連中も多いのじゃ」
ぬらりひょんのぼそりとした警告にも、当の本人は全く危機感がない様子で、大福を飲み込むと小さく拳を握った。
「別に、いざとなったら力で解決すればいいんだよ。何のために私がこうやって蓄えてると思ってるの?」
灯が床に座ったまま、シュッシュッと目の前の空気に鋭いパンチを繰り出す。
「いや、そのために食べてんのか……? そうだ、ぬらりひょんさん! なんで俺ん家なんかに来てくれたんですか?」
「灯さんが心配だというのもあるし、なんといっても、入れる家がこういう古い押し入れがあるここくらいでねえ。最近の家は、押し入れもないし警備が厳重だ。入りずらいのだよ」
ぬらりひょんは急に険しい顔になり、現代の住宅事情への不満を漏らした。他人の家に勝手に入り込んでくつろぐのがアイデンティティの妖怪にとって、オートロックや現代的なクローゼットは死活問題なのだ。
「ぬらりひょんさん、勘違いしてませんか?」
ここで、あおいの熱弁モードのスイッチが入った。
「最近の俺の調べによると、ぬらりひょんさんの家に入るルート、押し入れだけじゃなく、ただの棚にも通用してるらしいですよ」
「そんなの初耳じゃ……! でも、確かに押し入れが少ない割には、家に行くためのアナが何個もあったなぁ……」
ぬらりひょんは目から鱗が落ちたような顔で、自分の長い頭を撫でた。
「なるほど、ぬらりさんは現代の家を知らなかったから……」
灯は床の上でパチンと両手を合わせた。
「そうと決まればぬらりひょんさん! 早速行ってきてください!!」
「そうじゃな、ではいってくるよ」
新たな侵入ルートを手に入れた妖怪の総大将は、嬉しそうに立ち上がると、そのまま部屋のどこかへスッと消え去っていった。
今は夕方。家がいちばん忙しくなる時。父は仕事、子供は宿題、自分は夕飯作り。
ひと段落してリビングを見渡すと、ソファに座っているおじいさんがいる。いつもどうり、お茶とお菓子を食べていて、この家で唯一ゆっくりしている人物だ。
⋯いつもどうり?いや違う。いつもはこんな人いない。侵入者?いや、侵入対策はちゃんとしてある。
「あ、あなた⋯誰ですか?」
しばらくすると、ぬらりひょんが戻ってきた。「いやー久しぶりにゆっくりしたなぁ。」
「ぬらりひょんさん!またいつでも来てくださいね!」
あおいはずっと目を輝かせて見送る。「ああ、では私は帰るとするよ⋯」
今日もまた1人、妖怪の記憶が戻ったのだった。