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【読切】玉雪
※間接的ないじめの描写があります。
「あのね。ゆき、もうすぐ死ぬんだあ」
息まで白けてしまうような、浮き足立ったクリスマス・イヴの日のことだった。
『今度の日曜日、暇だったら公園まで来て!』なんていう手紙が無記名でポストに投函されていたものだから気になって来てみたら、開口一番にこう言われた。
僕は黙り込む。すると、向こうも黙り込む。
はあ、と聞こえるようにため息をついてから、仕方なく口を開く。
「……あのさあ」
「ん? なあに?」
すると、彼女は嬉しそうに返事をした。
「わざわざそんなこと、なんで僕に言うの。__君さ、忘れちゃったの? 小学生のときのこと」
__僕は、小学生のとき、彼女をいじめていた。
いじめ、とひとくちに言っても、ちょっと疎外する程度のものから、暴力的で痛ましいものまである。僕がしていたのは前者に近い。
暴言や人格否定__と言うと、すごく重大なふうに聞こえるし、実際に重大だったと僕は思っているけれど、でも、『死ね』とか『キモい』くらい、みんな言っているのが現実だ。
先生もクラスメイトも『よくあること』だと認識していたみたいだし……。
彼女自身も、このぶんにはどうやら、いじめられていたとは思っちゃいないようだけれど。
どうしようもなく嫌いだったのだ。いつもへらへら笑って、温かい彼女のことが。
「ううん、忘れてないよ。だから話したかったんだあ」
ふと、彼女はにんまりとした笑顔を崩して
「……あれえ? あれれれ? なんだか、悲しそうだね?」
心配そうにこちらの顔を覗き込んでくる。僕は即座に顔を逸らして
「嬉しそうなわけがないだろ。君がどう思っているかは知ったこっちゃないけれど、僕にとっちゃ、あの頃のことはただの黒歴史で、いまもひどく後悔しているんだから」
十分に距離を取ってから、彼女のほうを見る。
あれからもう片手じゃ数えられないくらいの年は経ったはずだけれど、彼女は、あの頃にひとり取り残されたみたいに、あの頃のままだ。
僕はまた少し、彼女のことが嫌いになる。
「ええ? でも、ゆきは嬉しかったよ?」
「……はあ?」
僕は眉をひそめる。一体どういう裏があって、そんな__けれど、すぐに思い直す。
彼女は嘘なんてつける人間じゃあない。
「だあれも見てくれない、みんなが無視してくる、もうあってもなくても変わんないなあみたいな毎日でさ! ゆき、なんもかんもどうでもいいって思ってたの。でもねえ、君はゆきのこと、真っ直ぐ見てくれた」
理解できなくて、相槌の代わりに睨みつけるが、彼女は顔色ひとつ変えずに__むしろどこか嬉しそうに、笑った。
へらへら。
僕の嫌いな笑い方だ。
「みいんなみんな、ゆきに声なんてかけてくれなかったけど。君だけは違った」
「……いいや、僕もおんなじだよ。僕もそのみんなとやらと一緒で、君のことが大嫌いなだけさ」
「嘘ばっかり」
「嘘じゃない。事実だ」
僕の冷たい声も気にせず、彼女は畳みかけてくる。
「事実じゃない、真実! 君の思い込みってやつなんだよお」
おどけるように横ピースをして、満面の笑みで、彼女は言い放った。
「だってえ、こんなにもずっと、ゆきのこと覚えてくれてて。毎日のようにゆきに声かけて、目で追って。それって、もう大好きってことじゃあん!」
僕は動きが止まる。拳をぐっと握り込んで、それきり黙る。
けれど、目は逸らせなかった。
「ほんとはね。ゆき、あんな手紙、無視されると思ってたんだあ。正直、駄目もとだった。ゆきが知らないひとと、知らないところへ遊びに行っちゃうんだろうなあって」
「……なあ」
文脈なんて気にせずに、僕は訊く。
「『もうすぐ死ぬ』って……どういうこと?」
「額面通りに受け取っていいんだよお。もうすぐ死ぬっていうことはもうすぐ死ぬっていうことなの。よめいせんこく? てやつを、こないだ受けたんだよねえ」
ふと、彼女は自分のつま先を見つめた。それでも、相も変わらない、なにを考えているのかわからない表情だったけれど。
「だからね、君と会って話したかったんだ。もう最期かもしれないから」
ぱっと顔を上げて、にっこり笑顔で、彼女は言う。
「ありがとう! 君と出会えてよかった。これが幸せってやつなんだろうなあって、きっと、ゆきは死ぬ瞬間に思うんだろうねえ!」
手をぎゅっと強く握られる。彼女の体温は、冬だというのに高くて。
温かかった。
へらへらしたいつもの笑顔が、街灯の光を受けた雪みたいに、輝いて見えた。
「それじゃあね! もう2度と会えないけれど、ゆき、君のことずっと大好きだから! ばいばい!」
一際明るい笑顔を見せてから、彼女は軽快に駆けていった。
僕は、誰もいない公園にひとり。
ドサッと、崩れ落ちるようにしゃがみ込み、膝を抱える。
「……僕も。もう2度と会いたくないけれど、ゆき、君のことずっと大嫌いだからね。__ばいばい」
いつの間にか降り始めた雪が、そっと僕の頬を撫ぜた。