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可愛がり歪執心
歪にもハートの形をしたリリスの尻尾が、ぐるぐると腕に巻き付いている。尻尾の主はそれを知ってか知らずか目の前で考え込んだまま目を合わせようともしない。
「……蛇を喰らい、夢を喰らい……妄の檻の中にいることに気づかぬ雛鳥は餌を待つのみ」
尻尾はさらに堅く巻きつき、腕を引き千切る程に強くなっていく。
「餌を運ぶ親鳥は出もしない雛鳥に餌を流し、成長させることなく肥えさせていく……肥えた鳥はもう飛べず、出ることもできず、檻中から見える空を願うが如く枯れていく。主も、また……」
「……リリス?」
「ああ、イデア、主よ。まるで飼い殺した雛鳥のように、たとえ土の中へ埋めれゆくとも妾はその亡骸の傍で妄に浸ると誓おう。現ではないのだから主の脳とまた共に在る。主のどんなに愚劣で白痴で愚鈍で凡庸で浅薄で……徒労であろうとも、妾は理を得ておるよ」
「………………」
そんな筋合いはない。そうされるような価値ある存在でもない。
「む、確かに……」
リリスが少し回り、ふと思い出して指を鳴らす。ぱちんとした景気のいい音が響いて、ポータルがまた現れる。腕に巻き付いた尻尾は緩く、名残惜しそうに手を撫でていた。
笑われることが苦痛でした。泣かれることが苦痛でした。遊ばれることが苦痛でした。視線が、苦痛でした。
皆が一人に罪を押しつけて、押しつけた罪を断罪人にでもなったように処刑する。指差した向こうには死体の山々で、誰もが押し入れに籠りっぱなし。
僕の何が悪いんですか。私の何が悪いんですか。何が悪かったんですか。罪を押しつけて、免罪を刻印したかっただけですか。誰でも良かったんですか。
裁判官は不公平。弁護人は不公平。検察官は不公平。傍聴人は不公平。平等の正義を掲げた悪が高笑い。
どうして僕だったんですか。どうして私だったんですか。どうして君だったんですか。
理由を教えて下さい、裁判官。主犯は貴方です、裁判官。
咎人は被害者です。裁判官は加害者です。傍聴人は観衆です。見て見ぬふりした貴方は傍聴者です。誰も助けてはくれません。誰も助けようとも思いません。
だって、次の罪人になったら大変ですから!
ポータルの先は、遠くまで仄暗い部屋が続いている。奇妙な威圧感が肌へ射し込まれる。そんな気が、する。
「……まるで、主の部屋じゃ」
「こんなに暗くない」
「濡れた制服をズタボロにして、押し入れに押し込んだ者の台詞とは思えんな」
なにか、おかしいな。なにか変だ。こんなの、知ってるはずが……。
「妾は主、主は妾、イデアはイデア。知らぬわけがなかろう」
今だって、そうだ。さっきだって。口から、出してなんか。
「主、主、主……人ぞ」
仄かな暗がりの先に、小さく照らされた一人がぼうっと突っ立っている。ぼさぼさとした濃い青紫の長い髪の中に、光の宿らない真っ黒な瞳が覗いている。おまけに身体の至るところに血の流れ出た切り傷が目立ち、身体に着た黒色の長袖シャツと長ズボンでは隠れていない。
「あの、名前……名前、は……」
目の前の少女が気怠そうに振り向き、一言だけを呟く。
「……レヴィ。貴方達……信じていいよね…?」
リリスは何も言わない。ずっとレヴィと名乗った少女を吟味するように見ているだけだった。代わりに私が首を縦に振り、受け答えをする。
「多分、信じても……いいと思う……」
「多分ってなに?」
レヴィの声色に怒りがのったような気がする。全身から嫌な冷や汗が噴き出して、焦りが吹き出物みたいにつき纏う。リリスは何もしてはくれない。
「多分って、何なの。はっきりして」
明確、明白、断言、率直。どれだ。焦りがいやに迫ってくる。戻ってはくれない。
「信じて、いい。信じて」
明確に明白な断言。率直な返し、だとは思う。リリスが隣で「一丘之貉、というものか」とぼやく。レヴィから怒りはもう感じない。恐る恐る石橋を叩いて渡るように私は口を開いた。
「私は、イデア。こっちがリリス」
「……リリスって、悪魔?」
「そうだと……思うけど」
私の煮え切らない返事に、リリスがぐっと私の肩を掴んで前に出る。
「ほえぇ……初めて見た……なんか、悪魔ってこう……痛そうな武器持ってて、こわ〜い顔してて……怪物みたいな見た目してるかと、思ってた……」
「旧いな。神は恐れられる為に異形になり、悪魔は人を騙す為に人に成る。正気でいられぬ神秘が聖を語り、正気でいられる誘惑が悪意を騙る。然し、どちらも目指すべくは同道よ。人と同じく性を持つべし異界墜ちぞ」
「じゃあ、リリスは悪い悪魔なの?」
お前の方が奸物だ。リリスがぼそりと「お前の方が奸物だ」だと。いや、これは、どちらだ?リリスが言葉を続けていく。
「学びの庭はどうだろうか。主は行かぬが」
「……学校?行くわけない。あそこは、私の心を殺した場所……先生も、最初は優しかったんだよ。でも、結局は同じ。自分の立場を守るために、私を捨てた……ねぇ、貴方は私を捨てない?捨てたら……どうなるか、分かってるよね?」
「ふむ……して、その腕は?何をした?何故、そのようなことを?」
「……なんでこんなことするのかって?最初は、誰かに気づいてほしかったのかもね…思うけどでも今は違う。……痛みだけが、私が生きてるって教えてくれる。あの日、あの人に裏切られた時に感じた心の痛みに比べたら、これくらい……なんてことないんだよ」
どうにも暗い。過去にやろうとしたことはあった。そこまでの勇気は私にはなかったが、彼女にはあったらしい。
リリスが適当に安心するような言葉をかけた直後、レヴィが呟く。恨み言のような何かを。
「……嘘つき、みんな最初はそう言うの。『味方だよ』って、『信じていいよ』って……でも、最後はみんな私の前からいなくなる……貴方も、いつか私を裏切るの?もしそうなら……今のうちに、私の手で壊しちゃった方がいいのかな……」
リリスがただ天を仰ぎ、何も言わなかった。そのまま、私を向いて唇を動かす。
「主は妾じゃ」
また、逆も然り。