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【第一章】4.初回授業
「あ、翔太くんおはよう!」
「おはよーございまーす。星羅連れてきましたー」
間延びした翔太の呑気な声が建物の中に響く。
それを聞いて、丸っこい体型にちょっと薄い髪の毛、丸くて優しげな目というなんとも親しみやすい容姿をした男性はくるくる回る教員用の椅子から立ち上がった。確か、体験入塾の時にも会ったと思う。
彼は翔太の言葉を聞くと、一瞬『せーら…?』というような顔をする。だが、すぐに私の存在に行き着いたようで『あ、樋口星羅ちゃんね?』と翔太の少し後ろにいる私に向き直った。
「こんにちは、星羅ちゃん。星羅ちゃんを教えさせてもらう、|東陵 浩之《とうりょう ひろゆき》です。体験入塾とか面談で何回か言ってると思うけど、ここの塾長兼塾教師をやっています」
「あっえっと、よろです!」
少々緊張してどもってしまったが、先生は明るい笑顔で『ヨロです!』と返してくれた。まぁよろです発言は許されたということで、この直後の『よろですって敬語なのか…?』という翔太の疑問はフル無視で参りましょう。
「ここでは、あのブースが付いてる机で勉強するんだ。星羅ちゃんは後ろから2番目のあそこね」
「なんかかっこいいっすね!」
「でしょ?」
先生に案内されて席に着くと、スッと目の前に数式がずらっと並んだテストが差し出される。
『じゃ、これ二十分でやっといて!』と先生は言うと、タイマーを置いて他の人の指導に行ってしまった。ここは個人塾の割には繁盛しているようで、体験入学にいった時の時間帯は結構満席だったような気がする。
「さて…」
割と基礎的な問題ばっかだけど、50点くらいしか取れないような気がするなぁ…
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「うーっ…」
初回授業が終わり、体をぐっと伸ばす。ちなみに数学のテストの結果は散々だったが、どこができていないかを具体的に指摘してもらってプリントを数枚やった。次の塾は来週だから宿題がそこそこ出たが、まぁ気合いでなんとかなるっしょ!
ふと、頭の上を誰かにこづかれる。
「帰るぞー」
「おう…ってかあんたのそれお菓子じゃん!よこせ!」
「しゃあねぇなぁ、一個だけ…」
「お、やったぁ!」
案の定私の頭をこづいたのは翔太で、手には海外製の謎のグミの袋を持っていた。翔太セレクトで渡された緑色のグミは、メロンともなんとも取れない甘い味がした。
やっぱりか。翔太はとんでもない甘党で、海外製のお菓子をなぜか好む。糖分中毒だろ絶対。
「中村、俺にもそれよこせ」
「えー、はい」
翔太に話しかけたのは、くすんだ緑の癖毛が特徴的な男子生徒だ。目つきが悪く、それをカバーするように四角いメガネをかけている。仏頂面で背が高い。
翔太を『中村』と呼んだ声が低い男子は、オレンジ色のグミを口に入れて顔をしかめていた。だろうな。
「友達?」
「ああ、そう。桜岡第二中の|奥田和馬《おくだかずま》……だったよな?」
「「名前うろ覚えかよ」」
「めっちゃシンクロするじゃんお前ら…」
見事その『奥田和馬(仮)』とツッコミのタイミングもセリフも完全一致する。びっくりして彼の方を見ると、彼はなんとなく気まずそうに目を逸らした。
「私、青葉西中の樋口星羅!奥田であってる?」
「……桜岡西中、奥田和馬だ。よろしく」
「はい握手、よろしくね!」
奥田の手を無理矢理掴んで握手すると、戸惑っていたがなんとなく握手を返してくれた。さっきから目が合わないけど、人見知りなのかな?
そのあとは翔太と奥田と三人で家に帰り(奥田は途中で別の道から帰って行ったが)、塾の初回は幕を閉じだ。
仏頂面、人見知り、長身。豪華三本立てが揃った奥田和馬登場。
しばらくはこのメンツだと思います。おそらく。