公開中
日常19:久しぶりのお出かけ
夏も盛り、突き抜けるような青空が広がったある休日のことです。
いつものように薄いおかゆを分け合った後、12歳のつばさがふと思いついたように言いました。
「ねえ、今日はちょっとだけ、遠いところへ行ってみない?」
10歳のこのみが、不思議そうに顔を上げます。
「とおくいけるの? お金、ないよ……」
「大丈夫。歩いていける、とっても綺麗な場所があるんだよ」
陽キャならこは「お出かけだ!」とボロボロの靴を急いで履き、陰キャなしおんは「……日焼けするわね」と呟きながらも、どこか嬉しそうに図鑑を小脇に抱えました。
4人は、再開発で騒がしいミアレシティの中心部を抜け、石造りの街並みが途切れる場所を目指して歩き始めました。
01. 坂道の先、見慣れない景色
いつも働いているポケモンセンターとは反対の方向。細い坂道を、4人で肩を並べて登っていきます。
「……あつい。お姉ちゃん、まだ?」
このみがつばさの服の裾を掴みます。空腹の体には、夏の坂道はこたえます。
「あと少しだよ。ほら、風が変わったでしょ?」
つばさが指差した先。建物の隙間から、それまで見たこともないような鮮やかな**「緑」**が飛び込んできました。そこはミアレシティの喧騒が嘘のように静まり返った、街外れの古い広場でした。
「わあ……っ! すごい、お花がいっぱい!」
らこが駆け出します。そこには、手入れはされていないけれど、夏の太陽を浴びて力強く咲き誇る野生の花々が広がっていました。
02. 4人だけのピクニック
4人は大きな木の木陰に座り込みました。
持ってきたのは、あの水筒に入った「少しの冷たいお水」だけ。
「……ここなら、誰も『いらない』なんて言わないね」
しおんが静かに呟きました。ミアレの路地裏にいると、自分たちが街の汚れもののように思えるときがあるけれど、ここではただの12歳と11歳と10歳の少女でいられました。
「ねえ、見て! 綺麗な石見つけたよ!」
このみが、足元に落ちていた透き通った小石を拾って、つばさに見せます。
「本当だ。このみみたいにキラキラしてるね」
つばさは、空腹で少しふらつく頭を木に預け、妹たちの笑い声を聞いていました。
お出かけと言っても、何かを買えるわけでも、豪華な食事があるわけでもありません。でも、この広い空の下で、4人で笑い合っている時間だけは、自分たちが世界で一番豊かな家族のように思えました。
03. 帰路、約束の夕暮れ
太陽がオレンジ色に溶け始め、プリズムタワーの影が長く伸びる頃。
4人はまた、あのジメジメした路地裏の家へと歩き出しました。
「楽しかったね、お姉ちゃん」
このみが、つばさの手をぎゅっと握りしめます。
「うん。また明日から、ポケモンセンターで頑張ろう。……いつか、本当にもっと遠いところ、カロス地方の端っこまでみんなで行こうね」
つばさの言葉に、3人が力強く頷きます。
帰り道、誰かのお家から漂ってくるカレーの匂いに、みんなでお腹を鳴らして笑いながら。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ミアレシティの喧騒を離れた、街外れの静かな広場。
夏の終わりの柔らかな風が吹き抜ける中、12歳のつばさは、隣で小石を握りしめている10歳のこのみの肩をそっと抱き寄せました。
木陰に座る4人の前にあるのは、空っぽに近い水筒がひとつだけ。
けれど、つばさの瞳には、今の彼女たちには手の届かない、キラキラとした未来の景色が映っていました。
「ねえ、このみ。しおんも、らこも聞いて」
つばさは、遠くに見える地平線を見つめながら、力強い声で言いました。
「今はこれだけしかないけど……いつかここで、美味しいサンドイッチとおにぎりとお弁当とお水、ぜんぶ持って行こうね!」
その言葉に、食いしん坊ならこが真っ先に反応しました。
「お弁当!? 私、シャカシャカポテトもいいな! あと、甘いタマゴ焼き!」
「……私は、ツナマヨのおにぎり。本で読んだことあるの、とっても美味しいんだって」
11歳のしおんも、図鑑から顔を上げて、少しだけ頬を緩ませます。
このみは、つばさの顔をじっと見上げました。
お姉ちゃんがいつも自分の分のおかゆを分けてくれること。
お腹が鳴っているのに「お腹すいてない」と笑うこと。
10歳のこのみは、子供ながらにその優しさと、隠された空腹を知っていました。
だからこそ、つばさが語るその「いつか」が、何よりの宝物のように思えたのです。
「……うん! ぜったいだよ、お姉ちゃん!」
このみは、つばさの腕にぎゅっとしがみつき、元気いっぱいに返事をしました。
「おにぎり、おっきいの作ろうね。お姉ちゃんも、お腹いっぱい食べるんだよ?」
「あはは、もちろん! 食べきれないくらい、たくさんね」
つばさは笑って、このみの頭を撫でました。
空っぽの胃袋はきゅーっと痛んだけど、妹の力強い返事を聞いただけで、胸の奥は温かい何かで満たされていきました。
12歳、11歳、11歳、そして10歳。
親に捨てられた4姉妹にとって、その約束は、暗い路地裏で生き抜くための、たった一つの、けれど消えない光。
「よし、帰ろっか。明日の仕事、ジョーイさんに褒められたら、また何かいいことあるかも!」
つばさを先頭に、4人は再びミアレの街へと歩き出します。
いつか、この広場でお弁当を広げる日を夢見て。その足取りは、来た時よりも少しだけ軽くなっていました。