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【曲パロ】実刑判決2年半
リクエストありがとうございました。相変わらず素敵な曲に出会えて私は幸せです。
ガバキックも転調も好きです。
※こちらはブブゼラ様の「実刑判決2年半」の二次創作です。
実刑判決2年半。
それが、私に下りました。後悔はしていませんでした。「たいへん良く出来ました」と、私は心の中で自分を褒めてあげます。
だって、全部あなたのためでした。
上手く成し遂げられればそれで私は良かったんです。どんな罪になろうと、どんな罰金を科されようと、あなたさえ助けてあげられれば、私は満足でした。
狭いコンクリートで出来た部屋、そこで透明な板越しに世界を見つめながら、私はあの時のことを思い返しました。
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初めはふとしたことでした。
私はずっと浮き足立ってきました。久しぶりに貴方に会える。話せる。出かけられる。それだけで、私は幸せです。
いつものように、貴方は閑かな微笑みを浮かべて私の前に現れました。久しぶりだね、最近家族のことで忙しくて、と私に笑いかけました。その微笑みが、いつもに比べて少しだけ違いました。
「助けて」って言ってました。
私の直感でした。私のアンテナがSOSを拾いました。もう限界なんでしょうか。
「私を救い出してほしい」。こう言っていました。最近私にも、貴方は家のことを困ったようにこぼしていましたから、ピンときました。
助けてあげたい。強く思いました。
だから、火をつけました。
私は新聞紙に、ライターで火をつけました。灯油をたっぷりかけてから火をつけました。
それを手に取りました。熱くて熱くて、火傷しそうでしたが、私はなんとかそれを放り投げました。
金網を越えたように見えました。ますます火種は大きくなって、地面の雑草に燃え広がります。このままいけば、上手くこの家を焼き尽くしてくれるでしょう。濃い紺色の空を、貴方がかわいいと言ってくれた真っ白いワンピースを、私が生み出した真っ赤な火の粉が彩ります。
やりました。私は上手く出来ました。興奮と達成感で満杯になった胸に熱が伝播して、私は小さく笑みを浮かべます。
現場から一歩踏み出した私は、視線を感じました。悲鳴が聞こえた気がしました。
その足で、そう遠くない日に取り調べに私は向かったのでした。
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バレてはしまいましたが、たいへん良く出来ていました。実はあれは未遂で終わったようで、「火が貴方の家を焼き尽くす」ということはなかったようです。なので、私の罪は軽くなって2年と半年になりました。それでも、目的を果たすことは出来ていたはずです。
貴方を縛るその家から、貴方を穢すその籍からの解放。たとえ最後までやり遂げられなくても、その関係にヒビが入ることは間違いありません。
円満な終わり方でなくても良いのです。関係をやめること自体に意味があるのです。焼畑として、これからの貴方に役立ってくれるはずだから、これで良い。
背筋を正して、私は待ちます。本当に貴方は来てくれるのでしょうか、と開かない扉を私は見つめます。
貴方のためにやりました。堂々と言えば、貴方の微笑みに混ざる小さな危険信号は、きれいさっぱりなくなるのでしょうか。せめて、元気に過ごしていることさえ分かるのならば、私も安心してここにいられるのですが。
もう来ないだろうと、余計な考えを巡らせていた私の耳に、がちゃりという音が入ってきました。貴方が扉を開ける音でした。私を、見舞いに来てくれました。
「久しぶりですね!」
私は笑って、両手をピースの形に変えました。にっこりと笑ってみせます。あなたはぎこちない笑顔で私の目の前に座ります。
本当はお気に入りのワンピースを着て、おしゃれな私で貴方に会いたかったのですが、それは叶いませんでした。貴方は涼しげな花柄のトップスを身につけていました。見たことのない、花柄のクロッカスです。
「服、買ったんですね。」
貴方は口を開こうとしなかったので、私から話しかけました。しかし、学のない、特に優れた感性もない私の感想は、貴方によく似合う。それだけでした。陳腐なものでした。
貴方はそうだよ、とだけ返して、下を向きました。私と目を合わせようとしません。紫のクロッカスを見ています。
何か、意味があるんでしょうか。考えても考えても、私の教養ではそれらしい答えが見つかるわけでもありませんでした。貴方の陰りのある美しさが、より映えるだけです。
結局、気まずいまま面会時間の終わりが来ました。扉の無機質な開く音が、人が少し減った部屋ではやけに大きく聞こえます。
「また、会いに来てください。待ってます。」
貴方は最後まで私を直視しませんでした。完全に貴方の姿が見えなくなっても、私はぼうっと椅子に座っていました。
貴方の服、その紫のクロッカスの意味を知ることができたのは、ここを|出所《で》てからのことでした。
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それ以来、私にとって、クロッカスは特別な花になりました。貴方からの秘密のメッセージが込められた花。私はそう思っていましたから、本を借りて花言葉を探しました。どこにも載っていませんでした。
きっと、私のことを労ってくれたのです。
信じました。一縷の望みに縋りました。だから私の中では、はなまるはクロッカスになりました。本当は桜の花が多いけれど、貴方が選んだ花はクロッカスだったから、私もクロッカスにします。
こうして待っているのに、貴方が訪れることはありません。ずっと、ずっと、私は淡々と日々を過ごしています。
貴方が私に、火をつけました。助けてあげたい、どうにかしてあげたい、ひっそりと燻っていた思いに火をつけました。貴方だから、貴方のために、私は燃やそうとしました。なのに、貴方は私のことを置いていくつもりのようでした。
私は今でも、貴方のことが大好きです。でも、貴方がここに来ないということは、私の気持ちと貴方の気持ちは決して同じではないということです。「私を救い出して」と、口では言っていたのに、本当は私の行動なんて求めていなかったのでしょう。
それでも私が罪を犯したのは、誰でもない、何より貴方がそうしてほしいと言っていたからでした。だから私は、貴方を最後まで救わなければいけません。貴方が結末に満足していないのなら、私は貴方のために、もう一度やり直したい。やり直さなければいけない。そう、思っています。
その時でした。アイデアが降りてきました。もし実行してしまったら、もう外には出られません。それでも、貴方だけは幸せにできるはずです。解放できるはずです。
例え貴方には受け入れられなかったとしても、私は最後までやり遂げたいと思います。罵倒されても、人間のフリしてる化け物だとか言われても、私はやります。貴方と私は同じ人間ですが、理解できないことだってありますから。これが貴方と私が円満に成るための、最後のチャンスなのですから。
私の実刑判決が縮まることはありません。自由になれるその日まで待たなくてはいけません。ですから、日記に思いついたことを綴りました。
貴方のために、私が全て終わらせます。判決が2年半でしょうが終身刑でしょうが、私は構いません。気持ちは、ずっと変わっていないのですから。
貴方が好きです。
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ようやく|出所《で》ることのできた私は、紫のクロッカスの花言葉を調べました。「愛の後悔」でした。
ああ、もうやるしかないんだな。私はその時、決意を新たにしたのです。
だからこうして、貴方を手にかけています。首を紐で絞めました。全力で引っ張りました。貴方の部屋は変わっていませんでした。2年半前に見た通りでした。
貴方から力が抜けます。抵抗がとても弱くなります。ゆっくりと貴方は瞳を閉じます。
過去形になりました。貴方を手にかけました。そう長い時間ではありません。私にとっては、一瞬のことでした。
今しがた終わらせた成果を、私は冷静に見ていたつもりでした。ずっと頭では行うと決めていたことなのに、未だ手は震え、冷や汗は止まりません。
そんな私を見てでしょうか。うっすらと貴方が目を開き、私の頬へと手を伸ばしました。
かつてなく、優しい顔でした。今まで見せてくれたどんな顔よりも、穏やかで柔らかい表情でした。それなのに、貴方はどこか申し訳なさそうでした。
伸ばされた手は、乾いた音を立てて床へと落ちます。少し後に、力無い声で、こう言ったようにみえました。
ごめんね、ありがとう、これでよかった。
そうして、あなたは静かに事切れました。
どうして貴方が泣きそうなんですか。そう声をかけようとしましたが、動悸が止まることはなく、上手く口を動かすことができません。声に出したとしても、きっと聞こえることはありません。謝罪でも感謝でも、貴方に届くことは二度とない。私に確信させました。
貴方は最後まで、私を罵ることはありませんでした。間際に貴方が言った言葉は、本当にああだったのかは分かりません。しかし、それは少なくとも私の心にたやすく入り込んで、固まっていた意志をめちゃめちゃにしたということだけは確かでした。
今まで見てきた光景が脳裏に甦って、私がアクリル板の前で浮かべた笑顔が遠ざかって、歪んで、霞んでいきます。
貴方のためだったのでしょうか。本当に、たいへん良く出来ていたのでしょうか。
答えの出ない問いを瞼の奥にしまい込みました。暗くなった世界で、私は罪を背負って償うことだけを考えていました。