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平安京に縁結び ──第一章 初出仕──
エヘヘヘヘーン、第一章来ちゃいましたよ。第一章(調子乗ってるな……)!
私そんなにさ、コウ、ちゃんとした第一章とか書いたことなかったの。だからめちゃ嬉しいんです!(なんで怒ってるの?)
まあとりあえず、ほんの世界をお楽しみください!
**──第一章 初出仕──**
「都会だなあ……」
私──琴は今、同い年くらいの女の子が千人ほども集められている大きな部屋の中に、ぎゅうぎゅうに押し込められております。
その状況を見て『都会』っていうのもちょっとおかしいかもしれないけれど、これほど人がたくさんいるというだけで、最北端の村で育った私にとっては十分に都会なんだよね。
「買われてきた下女の奴らは右へ、雇われた|雑仕女《ぞうしめ》は左へ進め!」
木で作られた高い台の上から、役人が部屋の分かれ目で指図をしている。というか、偉そうに命令を下している。
(買われたか、雇われたかってだけで、最初の役職がこんなに違うんだね……)
私は、そこに明確な身分の差を感じていた。それは、自分自身がまだ位の高いほうの『雑仕女』だからこそ言えることかもしれないけれど。
宮廷に「買われる」のと「雇われる」のとでは、決定的な違いがある。
買われるというのは、先帝の時代に給料不足でたくさんの人が解雇され、人手不足になった平安京へ、お金に困った泥棒や農民たちが、その辺にいる女の子や自分の娘を売ることで成り立つ仕組みだ。その代わりに、親たちが娘の働いたお金を受け取る。
言ってしまえば、ほぼ奴隷と変わらない。
一方で、雇われる方は、地元のお偉いさんたちが平安京に出仕したい年頃の娘たちを集め、厳しい試験を行って合格した者だけが平安京に入れる仕組みだ。主人にちゃんとお仕えして、自分自身で給料をもらうことができる。
ついでに、平安京には、身分の高い素敵な役人や武官・文官もたくさんいる。だから、年頃のいいところの娘たちからすれば、ここは絶好の「お|婿《むこ》さん探し」の場所でもあるのだ。
……まあ、私はまだ十二歳だし、結婚なんてものとは縁遠い、貧乏人上がりの雑仕女なんだけどね。
周りにいるお年頃の女の子たちはみんな、身分違いのきらびやかな恋愛や、大臣などの偉いお方に『召し上げられる』ことに憧れているらしい。
だけど私から言わせれば、召し上げられたところで、ただ|恰幅《かっぷく》のいい年老いた男に|弄《もてあそ》ばれて終わるだけだと思うんだけどな。
ちょっと夢がなさすぎるかもしれないけれど、人のおもちゃになるというのは、それくらいの覚悟が必要なことだと琴は思う。
──だって、母ちゃんは、あの村長に|攫《さら》われて──。
その先のことは、あまり思い出したくなかった。思い出すだけで、胸がどくどくと嫌な音を立てて波打ち始める。
「おい、そこの貧乏人顔! 早くどちらかに進むんだ!」
名指しで(しかも初対面に)『貧乏人顔』と呼ぶなんて、人としてちょっとどうなのだろう。けれど、その無礼な怒声のおかげで、危うく暗い沼にハマりそうになっていた思考が強引に引き戻された。
正直に言うと、貧乏人顔って一体なんなのだろうと思う。私は一応、あの村長の娘の教育係を教育という名目で、とある理由を持ってここに派遣された、正当な『雇われっ子』のはずなんだけどな。
「それでは、お前たちが仕える主人は明日発表する。各自、宿舎へと戻れ」
役人の言葉が終わると、大広間の奥の扉から、音もなく一人の女性──おばさん、というよりはおばあさん──が姿を現した。おそらく、私たちを宿舎へと導く案内係なのだろう。
「ねえねえ」
「へっ……⁉︎」
突然、背後から肩をぽんと叩かれて、私は思わずその場で飛び上がってしまった。いきなり話しかけるのは本当にやめてもらいたい。心臓に悪いのだから。
「あなたって、どんなお主人様に仕えてみたい?」
驚いて振り返ると、そこに立っていたのは、|艶《つや》やかな黒髪を後ろで緩く|括《くく》って垂らしている、私より少し年上の女の子だった。
「う、うーん……まだ、入ってきたばかりだから、ちょっとよく分かんないなあ」
私のような、いかにも貧乏人丸出し、おのぼりさん丸出しの田舎者にわざわざ話しかけてくる人間がいるなんて思わなかった。けれど彼女の様子を見るに、純粋な興味というよりは、周りの新入りたちの『お目当て』が誰なのか、なんらかの統計を取るために探りを入れているようだった。
「そっかー。でも、私は誰かに仕えるなんて本当に嫌だなあ。雑巾掛けなんて、今まで一度もやったことないし」
「へ、へええ……」
やっぱり、この場所では私の方こそが『異質』なのだと、改めて思い知らされる。だって、私の周りにいるのはみんな、家事を人にやらせて生きてきたお嬢様ばかりなのだから。
「ちょっと中央に来てがっかりしちゃったわ。宮廷って言っても、こんなもんなのかーってね」
「……」
私は、それ以上言葉を返すことができず、ただ黙り込んだ。
なんだか、埋めようのない圧倒的な身分の差を、まざまざと見せつけられたような気がした。
あの人たちと同類の人間が──私の大好きな家族を、母ちゃんを理不尽に奪った『奪う側』の人たちの身勝手な意見が、今の私にはあまりにもうるさかった。ただただ、しんどかった。
「なんだ、黙り込んじゃってさ。つまんないの」
私の反応が期待外れだったのか、その子はそれっきり、二度と話しかけてこなかった。
✵────────✵────────✵────────✵────────✵
(今なら、誰も人がいないよね……)
私──琴は今、建物の物陰にひっそりと潜んでいた。少し離れたところでは、大勢の侍女たちが集まって何やら話し込んでいる。
言葉だけを切り取ったら、なんだか怪しい秘密企業の幹部が密談を企んでいるみたいになってしまっているけれど、これは立派な仕事だ。これから宮廷で生きていくための、大切な下準備なのである。
私は、指の先の方にまで神経をじっと尖らせるように意識して、そっと目を|瞑《つむ》った。
──見えた。
女同士の間で、ごちゃごちゃと蜘蛛の巣のように複雑に絡み合っている、無数の『青色の糸』が。
「やっぱり……。まだ後宮に入ってもいないのに、女同士の戦いはもう始まっているんだね……」
青色の糸は、友情や人間関係の繋がりを表している。その青に黒が混ざって濁っていればいるほど、お互いを心の底から呪い合っているような険悪な関係だということになる。逆に、純白に近ければ近いほど、それはもう純粋な友達、あるいは何でも分かち合える大親友のような仲であることを表しているのだ。
けれど、誰一人としていなかった。
何がって、水色の糸や、純色の綺麗な青色の糸を垂らしている人間が、ただの一人も存在しないのだ。
広間にいる女の子たちは全員が全員、濃さの違いこそあれど、まるで濁った|群青《ぐんじょう》のような色の糸を、ぐるぐるとお互いに巻き付け合っている。糸が巻き付いているということは、それだけ多くの人間と複雑に関わり合っているということだ。
(女社会、怖い……!)
さっきも言ったけれど、私たちはまだ、本格的な後宮である|七殿五舎《しちでんごしゃ》にすら足を踏み入れていないのだ。それなのに、この見習いの段階で、すでにどす黒い糸が大量生産されているなんて。
できればこんなドロドロした関係には関わりたくない。私は普通に、気の合う人とだけ仲良くしていたいのに……。
「ねーえ」
「ひえやぁっ⁉︎」
後ろを振り向くと、さっきとは別の子のようだけれど、これまた綺麗に手入れされた黒髪をした、白い肌の女の子が私に話しかけてきていた。
……あの、本当にお願いだから、寿命が縮むような真似はやめてもらえませんか?
そんな本音を口にしたら、お高くとまったお金持ちたちに何をされるか分かったものではないので、心の中にグッと仕舞い込んでおくけれど。
「ねえ、もうお目当ての男の人とかできた?」
「……」
もう、言葉が出ない。またその質問か、としか言いようがなかった。
そういえば、話しかけてきたこの女の子の目は、やたらとぎらぎらと肉食獣のように輝いている。
きっと、本気で|玉《たま》の|輿《こし》を狙いたい好きな人ができて、それを他の女に横取りされないように、周りの新入りたちを片っ端から|牽制《けんせい》して回っているのだろう。
女社会、怖すぎる。こんな恐ろしい場所でやっていけだなんて、私を都へ引っ張ってきた|夜宵《やよい》は本当に鬼畜だ。
……まあ、あの強欲な村長の娘なのだから、血は争えないということか。
(ああ……なんだか頭の裏に、|八尾《やお》や村の友達の残像が浮かんでは消えていく……)
針葉の中での私の|故郷《ふるさと》──|針後《しんご》の村で、みんなでにこにこ笑いながら猫じゃらしを振り回して泥だらけになって遊んでいた日々が、今の私には、まるで遠い過去の幻のように感じられる。
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えーっと、画面の前の皆さん(?)
私がいま宿舎にたどり着くまでの間に、一体何人の人から変な質問をされたと思っておりますか?
……その数、なんと六組ですよ⁉︎
最初の二人は今までの話で分かっていると思うけれど、その後も、集団で凄んでやかられたり、挙げ句の果てには勝手に「いじめられたー!」と騒ぎ立ててきたり、本当に信じられないくらい大変だったんだから!
「あー、疲れた……。ありえないくらい疲れた……。あの村長の屋敷での強制労働よりも、何倍も疲れたよ……」
早く宿舎の部屋に帰って、温かいご飯を食べたい。そして寝たい。誰にも邪魔されずに、ただ泥のように眠りたい。
本当に、夜宵は酷い女だと思う。一応は私の主人だからって、こんな暗い役回りを押し付けて恐ろしい場所に送り出すなんて、まともな人間のやることじゃない。
……誰か一人くらい、まともでマシな人はいないの?
こんなことなら、最初からこっそりと下女の列の方に混ざって並んでおけばよかった。まあ、それをしてもしなくても、絶対に後から「お前は雑仕女だろう」って摘み出される未来が見えているから、結局のところ結果は一緒なんだけど。
「とにかく……、明日発表される、私が仕えることになる姫様が、少しでもマシな人だったらいいな……」
けれど、見習いの雑仕女でさえこんなにややこしくて性格の歪んだ奴らが多いのだから、仕える側の姫様たちはもちろん、その周りを固める|命婦《みょうぶ》や|女官《にょかん》、|女房《にょうぼう》たちも、絶対に|自尊心《プライド》が出雲大社より高いに決まっている。
「とりあえず……もう部屋に帰ろう……」
私は、どこか甘い花の香りが漂う、少し古びた|格子戸《こうしど》をそっと引く。
明日出会うお主人様に対して、私はもう、素晴らしいお方に仕える夢なんてこれっぽっちも抱いてはいなかったのだった──。
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……身分差。身分差って、本当に怖い。
私は、周りの子たちの勢いに押されてほんのちょっとしか分けてもらえなかったご飯を、隅っこの方でちまちまと口に運ぶ。
「はあ……! 私のお父様はね、あの高貴なる|玄《げん》の家の現当主の、|従兄弟《いとこ》の、|再従兄弟《はとこ》のご友人なんだからねっ!」
……なんて、そんなの絶対に後から無理やり取り付けた嘘の設定に決まっている。
宿舎で出される食事は、確かに美味しい。美味しいけれど、こうしてくだらない身分や権力を振りかざして、お互いにご飯を取り合うという浅ましい光景が、ここへ来てからあまりにも多すぎるのだ。
……都会のお嬢様たちって、もっと美容とかに興味があって少食なんじゃないの? そんなに意地汚くたくさん食べて、後で太っても知らないんだから。まあ、あの権力を振りかざす女の子が太ろうが太るまいが、私にはこれっぽっちも関係のない話なんだけどね。
あ、あれか、自分が全部取らないと気が済まないって人たちが集まってるのか……? それだったら、もっと怖い。いつか|身包《みぐる》み全部剥がされそうだ。
「……ちょっとだけ、また能力を使ってみよっか」
私は気を取り直して、指先にすっと神経を集中させる。自分から色々な人に向かって、見えない感覚を伸ばしていくような感じで──。
「……うわ」
見えた。見えたけれど……あんまり見たくない種類の色がごちゃごちゃと複雑に絡み合い、濁り合っていて、もの凄く気持ちが悪かった。せっかくの美味しいご飯が進まなくなってしまう。
ちなみに、私から他の人に繋がっている糸は見えないし、逆に他の人から私に向かって繋がっている糸を見ることもできない。ほぼ万能のようにも思えるこの『五色の糸』の、これが|唯一《ゆいいつ》にして最大の弱点なのだ。
「もう、やだ……」
実家が恋しい。大好きな父ちゃんや友達がいる、あの貧しいけれど温かかった針後の村へ、今すぐにでも帰りたい。
(……って、まだ都に来て一日目なのにね)
私は一人、|自嘲《じちょう》するような苦笑いを浮かべた。けれど不思議なことに、そんな情けない自分に笑ってしまったことで、なんだか少しだけ心が吹っ切れたような気がした。
このどろどろとした都の宮廷では、嫌なことをいちいち真に受けて気に病んでいたら、とてもじゃないけれどやっていけない。多少の理不尽や無礼な言葉は、全部聞き流して気にしないでいこう。
これが、宮廷生活の一日目で、私が導き出した精一杯の答えだったのである。
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「ふあぁぁぁ……」
人目もはばからず、大きく豪快な|欠伸《あくび》を一つ。
今日は、宮廷出仕二日目の朝だ。私は寝起きでまだ少し重い体を動かし、周りで雑魚寝している同僚たちをうっかり踏みつけないように細心の注意を払いながら、部屋の窓の方へと向かった。
「いい天気。……だけど、私の心の中はちっとも良い天気じゃないなぁ」
何せ、今日はこれから偉そうな主人たちと面会し、一日お試しで一緒に過ごした上で、あちら側に「こいつを仕えさせるかどうか」を決めてもらう日なのだ。当然、私たち雑仕女の側に拒否権なんてものは存在しない。主人が「仕えろ」と言えば死ぬまで身を粉にして働かなければならないし、逆に「死ね」と言われたら死ぬしかない、そういう理不尽な世界なのだから。
(まあ、私の場合はどこでもぐっすり眠れたし、いっか)
見習いの雑仕女たちは、|桁行《けたゆき》五間、|梁行《はりゆき》三間という、文字通りだだっ広い一部屋に全員で詰め込まれて雑魚寝をさせられた。
この部屋の中には、なんと六十人ほどもの女の子たちがぎゅうぎゅう詰めにされているのである。「まともに寝返りすら打てない!」と言って、朝から怒っているお嬢様もいた。
けれど私の実家はとても狭かったため、これだけの場所があれば全然大丈夫だなぁ、とのんびり思って熟睡していたのだが、どうやら都会の箱入り娘たちには耐え難い窮屈さだったらしい。
ついでに言うと、今日からはそれぞれ仕え先が決まって、もうここにいる人たちとはほとんど関わりがなくなるはずなのに、この宿舎の部屋の中には早くも|派閥《はばつ》のようなものが出来上がっていた。
どうやら|翡翠《ひすい》派というのと、|橘《たちばな》派という、二人の特に対立している有力なお嬢様たちを中心に生まれた集団らしい。私はそんなものにこれっぽっちも興味はないけれど、狭い部屋で一緒に過ごしていれば、嫌でもなんとなくそんな噂話が耳に入ってくるのだ。
(やっぱり、中途半端に権力を持っている人たちっていうのは、どこに行ってもすぐに争いたがるもんだねぇ……)
結局、私は昨晩のうちに「あんたはどっちに付くのよ?」と、両方の派閥からぎらついた目で品定めするように聞かれたけれど、きっぱりと「どちらにも属さない」という選択をした。
下手にどちらかの派閥に足を踏み入れれば、後から「裏切った」だの「|間諜《スパイ》だ」だのと、面倒な揉め事に巻き込まれるのが目に見えているからだ。
そういえば、故郷の針後の村にも、規模こそ小さかったけれどそういうめんどくさい女の派閥争いがあったなぁ──と、どこか遠い目で昔のことを思い出す琴である。
「ちょっとお前たち、のんびりと寝ていないで、さっさと一階の大広間へ行きな!」
地鳴りのような太い声で部屋に怒鳴り込んできたのは、いかにも気の強そうな小太りのおばさんだった。──おそらく、私たち雑仕女を管理している命婦か女官あたりの人間だろう。
その高圧的な物言いに、都会育ちのお嬢様たちがすぐさま「ちょっとあなた、私に向かってそんな口の利き方をしないでちょうだい!」と一斉に反発し始める。けれど、そんな朝からの小競り合いも、昨日から数え切れないほど見てきたからもうすっかり慣れっこだった。
私たちが寝泊まりしているこの宿舎という建物は、一階と二階がある、この時代にしては少し珍しい二階建ての造りになっている。
一階には全員が集まる大広間や、足を伸ばせる大浴場、それに受付などがあり、二階は先ほど言ったような私たち一般の雑仕女がすし詰めになっている広大な寝床だ。
ついでに言うと、二階にはいくつか立派な個室も用意されているのだが、それは『翡翠』やら『橘』などと取り巻きから呼ばれているような、特別な有力者専用の部屋だった。要するに、身分の高いお嬢様たちだけが使える『権力者用のおもてなし部屋』というわけである。本当に、どこに行っても露骨な格差があるものだ。
(ああ……。なんだか、配属先がわかる瞬間の、くじ引きのような胸のときめきがないのは安堵したけれど、最初から行き先がすべて決まっているというのも、それはそれでなんだか面白みに欠けるなぁ……)
自分の仕え先が|承香殿《じょうきょうでん》のあるお方のところに配属される最初から決まっている状況に、贅沢な物足りなさを覚えてしまう。
いやいや、言っていることが完全に矛盾しているし、そもそも私は暗殺という重大な目的のためにここへ来ているのだ。こんなところで仕事の楽しさや高揚感を求めるなんて、一体どういうつもりなのだろう──と、私は内心で自分の呑気さに呆れて、そっと自分自身につっこみを入れた。
おばさんがとうとう本当に怒り出しそうだったので、怯えた周りのお嬢様たちは、どよどよと騒がしく話をしながら階段を下りていった。
(でも、こうやって落ち着いて見てみると、この建物の装飾は一つ一つが実に凝っているなぁ)
昔、ここに誰か身分の高いお偉いさんでも住んでいたのだろうか。まあ、今の私にとってそんなことはどうでも良いことだ。
今の私にとって大事なのは、一体誰と一緒に主人のところへ配属されるか、ということなのである。
心の中でそんなことをあれこれと語っているうちに、私たちは一階の大広間へと着いた。
「さあ、さっさとくじを引きな!」
おばさんが早く引くようにと促すと、お嬢様たちは恐る恐るといった様子で、目の前にある木の箱の中に手を突っ込んでいく。
そして、そこかしこから「きゃっ!」という歓声や、「うわぁ……」といった落胆の入り混じった声が上がり始めた。
「あのう……」
(またか⁉︎⁉︎)
心の中で思わず叫ぶ。もう、疲れるだけの情報収集は勘弁してほしい。
だが、今回話しかけてきたお嬢様は、昨晩の者たちのように目がギラギラしているわけでもなかったし、悪気なく毒を吐くような雰囲気でもなかった。──もっとも、見た目だけでは人の本心などわからないけれど。
「ちょっと、これ、文字が読めないのだけれど……教えてくれる?」
(あー、そういうことね)
合点がいった。この子もきっと、私と同じように何らかの目的を持たされて、平安京という女の園に送り込まれてきたのだろう。
身分が平民だから、文字の読み書きができないのだ。そういえば、故郷の針後の村でも、読み書きができる女は私だけだった。
その女の子は、そっと小さな紙をこちらに手渡してきた。
そこには墨書きで『|暁子《あきこ》』という文字と、小さく橘の絵が描かれてあった。
(よりによって、橘……)
おそらく、このくじを用意した者に悪気はないのだ。確か、橘の花言葉は『|追憶《ついおく》』だったはずだ。
新たなる旅立ちと、故郷への深い思いを込めて、粋な計らいで用意してくれたに違いない。
だけど、今だけは。この場所が『翡翠』だ『橘』だと騒ぎ、派閥争いをしている今は、あまりにも時と場合が悪すぎる。
「なんて書いてあるの?」
「『暁子』って書いてある。暁子さまという方のところに行けばいいんだと思うよ」
なんだか、自分が事前に配属されると決まっていた主人の名前を、こんな風に自分の口から誰かに教えることになるなんて、とても奇妙で不思議な感覚だった。
「……ありがとう!」
平民の女の子は嬉しそうに微笑むと、大きく手を振って、また人混みの中へと消えて行った。
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「橘、あんた、自分の権力を誇示しようとして、自身の名の花をわざと描かせるように裏で手を回したでしょう⁉︎」
「えぇー、そんなのぉ、違いますぅ……」
翡翠の鋭い糾弾に、橘がわざとらしく涙目を浮かべて身を縮める。
その一連のわざとらしい仕草を見て、私の頭の中には『自称・自分可哀想ちゃん』という、なんとも冷ややかな単語が浮かんでいた。
(初めて生で見ちゃったなー……。ふんふん、あっちの名前通り緑がかった美しい髪で、すらりと背が高いお嬢様が翡翠ね。で、やたらと内気な雰囲気を装っていて、色素の薄い、ちっこい方が橘ねー)
ついさっき、全員の配属を巡るくじ引きが幕を閉じた直後のことだった。
突如として始まった、同期内における二大最高権力者による熾烈な争い。急激に温度を下げた大広間に、火事場を嗅ぎつけた野次馬たちが、蜂の巣をつついたように集まり始めていた。
「そういう翡翠さんこそぉ、くじ引きの係員の人に不当な圧力をかけてぇ、|華菜《かな》さまの御所にねじ込んでもらえるように根回ししたんじゃあ、ないですかぁ……?」
おどおどした声、いかにも気が弱そうな佇まい。
──だが、その目は、一切笑っていなかった。
常に爪を研ぎ澄まし、どうやって相手を奈落の底へ陥れようかと冷酷に計算している。それこそが、橘という少女の本性なのだと、彼女の澱んだ瞳が物語っていた。
(……すごく面倒くさい。あんな底意地の悪いお嬢様たちの戦い、巻き込まれたら命がいくつあっても足りないねー)
膨れ上がっていく野次馬の波とは裏腹に、私はそっと気配を消し、人だかりの隙間から滑り出るように身を引いた。
「はいはいはい、みんな盛り上がるのはいいけれど──、ちゃんと自分の部屋を確認しなさいね」
命婦の小太りなおばさんが浮かべた、腹の底の見えない黒い笑顔がとてつもなく怖い。私があれを正面からまともに受けたら、その場に泣き崩れてしまいそうだ。
(とてつもなく恐ろしいものが現れて、全ての騒ぎが瞬時にかき消えた現象)
さっきまで熱狂していた野次馬たちは、人だかりの中心にいた翡翠と橘から、蜘蛛の子を散らすようにすっと距離を取った。私はやばいな、と思った瞬間にすぐ引いたので巻き込まれずに済んだが、逃げ遅れたお嬢様たちは、出口付近でもみくちゃになりながら互いに言い合いをしている。
……おばさん、まじで怖い。ついでに女社会というのも、やっぱり心の底から恐ろしい。いつでも、どこでも、絶え間なく小競り合いが起きている。
とにかく、翡翠と橘の醜い言い争いは、おばさんが強引に仕切ってくれたことで、完全な解決とは言えずとも一時的には落ち着きを見せた。
「……は……変わって……しまったのね……」
翡翠の声がした。いや、正確には、雑音の隙間からそんな声が聞こえたような気がした。
「なんだろ?」
意味深に呟いた──確かに呟いたはずの翡翠の言葉は、お嬢様たちが上げる喧騒の波に容赦なく飲み込まれ、そのまま溶けて消えていった──。
「はい、みんなもう寝るよ! 二階へ早く上がりなさい!」
小太りなおばさんが再び指図を飛ばしたので、お嬢様たちは大人しくぞろぞろと二階へと上がっていく。なんだかこの光景は、ついさっき見た気がする。階段を下りてくるときだったかな。
……みんなの中の共通認識として、あのおばさんが絶対に逆らってはならない怖い存在だということは、これで完全に植え付けられたみたいだね。
なんだか、あの高慢で偉そうなお嬢様たちが、おばさんの一言で一斉に指示に従っているのがすごく不思議な感覚だ。というか、あのおばさんの威圧感が凄すぎる。
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私は、昨日と変わらないような、どこか落ち着かない時間を宿舎で過ごし、ようやく自分の寝床についた。
「明日お目にかかる暁子さまって人が、せめて普通の人だといいなあ……」
私の今の願いは本当にそれだけなので、とりあえず心の内で仏様に祈っておこう。
雑仕女の身分でこれほど高望みをするなんて無理じゃのう、と仙人のような見た目をした人が、脳内で笑顔で断ってきそうな気がするけれど。
私は、明日出会うことになる|主人《あるじ》に対して、ほんの少しの期待──いや、期待というよりは、本当にやばい人でなかったらいいな、という切実な祈りを抱きながら、そっと目を閉じる。
脳裏には、この中央の都へとやってきてからの出来事が、いくつも、いくつも、水面に広がる波紋のように、浮かんでは消えていた。
うわーっ、本当に書き終えちゃったよ! と興奮しているMaika🪯ですっ!
これを書いているのが二千二十六年十月九日なのでー、今これを読んでいる人たちからしたらこれは「ちょっと前に書いてる後書き」ですね〜!(急に何)
とりあえず、今書きだめを作っているので、第二章を作者が書き終わるまでしばしお待ちを。
そんなプロではないので、色々設定がおかしいところがあるかもしれませんが、そういうのはリクエスト箱で言ってくださいな!
それではさよーなら! またいつか会えると良いですねっ!