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Ⅱ「紅」
(発動音からして、第三階位以上の高位魔術ね。侵入者は相当強い魔法使い。見なきゃ損)
見つかれば大怪我では済まないかもしれない。
最悪の事態すら天秤にかかっている。
それでも迷わず静音魔法を展開し、無人の廊下を駆け抜けた。
四階の窓から三階のベランダへと軽やかに飛び降りる。
中庭を広く見下ろせる二年D組の教室を、最短経路で目指す。
(なんだか調子良いな)
不思議なほど頭が冴え渡り、四肢がバネのように動く。
そのまま風の如く目的地へ滑り込み、中庭側の窓に寄って気配を探る。
中庭は、北から中央に向かって斜めに抉られていた。
巨大な爪で引き裂かれたように、一直線の暗い焼け跡ができている。
今朝まで咲き誇っていたハナミズキは消し飛び、干上がった池の底では石畳が炭化していた。
その破壊の爪痕の開始点。
淡い銀光と熱気が渦巻く中心に、一人の人影が浮かんでいる。
(間違いなく炎属性の特級ね)
闇色のローブはぶかぶか、フードを目深に被っている。
体型が判然とせず、見えるのは褐色の顎のラインのみ。
だが、選んだ場所は絶好の観測地点だった。
わずかに体勢を変えただけで、丁度、フードの内側を覗き込める。
相手がこちらに気づく気配はない。
退避魔法の発動準備を続けながら、慎重に観察する。
(……若い、想像よりずっと若い!)
まさかと思った瞬間、少年の横顔が露わになる。
体温が一気に跳ね上がった。
彼の瞳は、燃え盛る太陽をそのまま閉じ込めたような、苛烈な紅玉色。
焼き尽くした漆黒の空間で、その双眸だけが、燦々とすべてを照らす。
頬を汗が伝う。
制服のシャツが肌に張り付く。
チカゼは息をすることさえ忘れ、その光景を魂に刻みつけた。
恐ろしいほどの破壊。
一切の濁りがないその純粋な魔力に、戦慄にも似た確信が胸を突く。
(み、見た目通りの年齢なら天才よ。あれほどの高位魔術を撃っ……)
「チカゼ、お待たせ。行こうか」
不意に名前を呼ばれた。
遠い意識の淵から引き戻された。
思考が二週間前から現在、茜色の放課後へと切り替わる。
チカゼは中等部校舎の玄関で、一人ぼんやりと“庭園事件”を反芻していた。