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【曲パロ】わたしは禁忌
原曲様のリンクです!イントロからもう心を掴まれました!
https://m.youtube.com/watch?v=al263xnknLE
あまりにも寒かった。
私はあたりを見渡す。
商店街の八百屋や魚屋に出入りする、人、人、人。
冬だとしても、暖かいだろうな。
まあ今は夏だし、「普通」の人からすれば暑いくらいだし、私はその理には含まれないし、今更暖かそうだなと思ってもどうにもならないんだけど。
このまま、太陽が落ちてくればいいのに。そう、思ってしまうほどの寒さだった。危うかった。数分ごとに深呼吸しないと、すぐにでもおかしくなってしまいそうな、ずっと酷い頭痛に悩まされているような、そんな感覚。
……さて、どこに行こうか。
こんなことになってしまったのだし、暇かと訊かれたら暇である。訊いてくれる人なんていないんだけれど。
商店街の裏路地。あっちの方はどうか。適当に猫ちゃんと触れ合おうか。
ダメだ。裏路地に行けばもっと寒いし、何よりアイツらがいる。我が身が可愛いのであれば、あんな場所など行くべきではない。
「あーあ、街の外に出られればいいのに。」
どうにも、この街の外には出られない決まりらしかった。
外はより寒い。一歩出ただけでもう足が凍りつくようだった。私の本能が警鐘をうるさいくらいに鳴らしていた。もう一歩出たら確実にダメだ。
せめてあの遊園地にもう一度行けたら。あの子たちとの、思い出の……。
ほんの少しだけど、私の終わらない寒さが和らいだような気がした。
あの子たちにでも会いに行くかな。
あくびを咀嚼して、私はあの子たちがいそうなところへと足を進めた。
途中であの道を通った。私がトラックに撥ね飛ばされたところ。
私の涙が乾いて、塩味になった道。
道の脇には、もう花束はない。
私がいなくなった証だった。
「こっちの方が近いかな。」
早くあの子たちに会いたい。あの子たちだけが、私の太陽。このまま寒さでどうにかなってしまいそうだった。感覚が麻痺していた。
決して、近道しないように。連れて行かれるから。ずっと、守ってきた。なのに。
ちょっとぐらいなら、裏路地だって平気だ。
そう思って、足を踏み入れた瞬間。
そこらで待っていたアイツらが、一斉に飛び出してきた。
「オイ、そこのオマエ!早く俺らの仲間になれよ!」
「オマエだけズルい。なんで憶えられてるんだよ。」
「早く触らせろ。代われ代われ代われ代われ!」
どこから湧いてくるんだよ。
「うるさい!私に触るな!」
「カワレカワレカワレカワレ」
次から次へと私に触ろうとする腕を避ける。連携がまるでなってないのが救いだ。ああ、こんなになるんだったら裏路地なんて入らなきゃ良かった。
ふと、体が芯まで冷やされたような気がした。
すぐ分かった。アイツらに触られたんだって。
全速力で、今すぐ走れ。
この日常は、絶対に渡さない。
「チッ」
ざまあみやがれ。ここから先は踏めない。
アイツらにとって路地裏は安全圏。私みたいに表に出ることはできないのだ。
動けないほど冷たくなるから。
「でもな、オマエは禁忌に触れたんだ。いつか俺たちと同じようになるからな。憶えておけ。」
捨て台詞を吐いて、蠢くその影……俗にいう悪霊たちは路地裏に消えていった。
どっと疲れが押し寄せる。
そして、突き刺すような冷たさが、襲いかかってきた。
手が黒ずんでいる。今も鈍い痛みを放っていた。
アイツらに触れられたからだ。
思わず咳き込んでしまう。
唇からは、黒い液体がだらだらとこぼれ落ちていた。
本格的にまずいかもしれない。
私は、禁忌に触れた。
商店街のベンチにもたれかかっているうちに、もう夜になっていた。
重い体を起こす。
月明かりですら冷たかった。月も砕け散ればいいのに。
いや、それはダメだ。あの子たちは夜が好きだった。月明かりの透き通った光が、好きだって言っていた。
もう寝ているかな。
さすがに深夜なので、会いに行くのはやめた。
じわりじわりと痛みが強まっていく、両手を庇いながら、貪るように眠った。
鉛色の街の店。そこの窓には、私は映っていなかった。
朝の澄み切った空気。そして、ジクジクと今も痛む両手。目が覚めた。
「おはよう、繧ォ繝阪さ。」
「おはよ。」
高校の登校中らしかった。
2人は今日も並んで歩いていた。前は、あの2人の真ん中に私もいたのにな。
羨ましかった。
「なんか視線感じる。変質者、最近は減ったはずなんだけど。」
変質者呼ばわりとは、失礼な。
繧ォ繝阪さは相変わらずだった。
……ああ、私ももう忘れちゃったみたい。ずっとずっと見守ってきたのに。あの子に忘れられたら、私も忘れちゃった。
一緒に私も靴箱で靴を脱ぐ。そうする必要、ないのに。
「誰が見てるんだろうね、繧ォ繝阪さ?」
それに対して、彼は憶えているみたい。素直に嬉しかった。本当はもうこの世界からいなくならないといけない私が、まだいてもいいって言われているみたいで。
いつもなら冷え切った廊下も、春の陽気の中にいるみたいに暖かかった。
あなたの近くだけが、暖かいままなの。私のこと、憶えてくれているから。
このまま触ってしまいそう。
早くいなくならないと、アイツらみたいになっちゃうのに。
忘れ去られたものたちは、いつか黒い悪霊となって、終わらない寒さの中で過ごすことになる。
だから早く成仏しないといけないけど、私はまだまだこの世界に対して未練が残っている。
例えば、目の前の少女と青年についてとか。
だから今日も、涙の乾いたこの街で私は暮らしている。
でも。
私は両手を見つめる。黒ずんで崩れ落ちそうな両手。
もう成仏できない。アイツらと同じになるのは、時間の問題だ。
だからもう二度と、こっそりあの子たちに触れることはできない。触れてもらうことなんてもってのほか。
「会いたいね、彼女に。」
「?彼女、っていったい誰のこと?」
「会いたいね。」
そう言って、彼は机の前でしゃがんだ。
可憐な花が、彼を見下ろすように咲いている。私の好きな花。そして、私の好きな色の花瓶。私が座っていたあの席。
「ちょっと、どうしたの!?」
「会いたい……会いたいよ。会いたい。ずっと俺たち一緒だって、約束したのに。」
ぽたりぽたりと、塩味の液体が垂れる。静かな朝の教室に、青年の泣き声が響く。涙を拭いてあげたくなる。抱きしめたくなる。私はここにいるよって、泣かないでって、大好きだよって。いつもみたいに。
彼が会いたいと言うたびに、私の両手はぞわりと黒さを増す。胸の奥に巣食っているおぞましい衝動が、より強まる。
早く触れ。触れ。オマエの仲間にしろ。オマエとずっと一緒に、お互いのことを忘れたまま、俺たちと暮らせ。
私は絶対、あなたたちには触れないって決めてた。でも、あなたがそんな顔で泣くから、揺らいじゃったじゃない。
そんな顔で泣くぐらいなら……触ってしまった方が。
「オマエもついに、俺たちの仲間になるんだな!」
いつのまにか肩に噛み付いていたそいつが言った。
私は教室のドアを開けて、そこから出ようとした。反射的にそうしていた。私の両手を蝕んでいる寒さが強まって辛かった。
寒い。
寒い寒い寒い寒い。
寒い!寒い!
声が耳元で鳴ってる。叫び、喚くアイツらの言葉が聞こえる。
「早くアイツも、オマエの仲間にしようぜ!」
嫌だ。そんなこと、絶対にしたくない。
離れないと。
そう強く思うのに、近づいていく左手を止められない。右手でなんとか掴むが、それでも止まらない。
「さあ、早く。」
「ガマンは無理だろ?」
「サワレサワレサワレサワレ!ほらほら!」
やめろ。私はお前らとは違うんだ!
「オマエは禁忌なんだ!禁忌そのものなんだよ!もうオマエは俺たちだ!ナァ、そうだろ?」
私は禁忌に触れたのか?
ああ、寒い。気が狂いそうだ。ずっと、ずっと。あなたに触れれば、私は救われるのかな。私は楽になれるの?
だったら、もう、触ればいい。いつかは誰だって死ぬんだ。だったら私の手で、葬ってやればいい。こんな冷たさの中で生きるくらいなら、本当に悪霊になって死んじまう前に、彼に触ればいい。
でもさ。そこは、暖かい。陽だまりのように暖かい。それはもう、惜しいほどに。
その場所を私は守りたかった。だから、いつまでもいつまでも、見守っている気でいたくて私は成仏しなかった。
あなたたちだけは、守らなくちゃいけないだろ?
何が冷たさの中で生きるくらいなら、だ。
私はまだ本当に死んでない。
こんな寒さが、何だってんだよ!
噛み付いた。
私が今まで食べた嫌いな食べ物の味を全部ひっくるめたような味だった。
そのまま走って、学校を出ようとした。
「オイ、何でだよ!オマエみたいに悪霊なりかけの幽霊が幸せの中にいようだなんて、馬鹿だ。この贅沢野郎が、幸せなんて壊しちまえ!」
私は馬鹿だ。
「……私は馬鹿だ?だとしたら何だ。黙れ。黙れ黙れ黙れ!私は私なんだ!」
「オマエは禁忌に|狂え《ふれ》たんだよ!大人しく触れ!」
殴って、蹴って、噛み付いて、走って、できるだけ遠くへ。
「狂えて上等だよ。でも、絶対に私は守り切るんだ。私は私の大切な人を守る。そうしてから死ぬんだよ!」
一通りアイツらをボコボコにした。
気がついたら、動けないほど冷たくて。
彼に言った。届かなくても。もうモヤがかかってどんな顔だったか分からない。ついさっき見たばかりの、大切な人の顔。
「どうか、もう私のことを忘れて欲しい。もう私に会いたいって言うのはやめて欲しい。私はそれでも、あなたのことが大好きだよ。」
いつのまにか腰まで真っ黒になっていた。そのまますごい速さで私の体を黒く染めていく。体が勝手に、少しでも暖かい路地裏に進もうとする。私が私でいられるのももう終わりか。そのまま私の体はドロドロと溶けて、路地裏のアイツらと一体化するんだろう。
こうなるってことは、もう彼に忘れられたのか。今は悲しくなかった。
ああ、寒いな。とにかく寒い。寒すぎて気が狂うよ。それでもあなたを守れたから。
「よかった。」
最後考えたのは、そんなことだった。
禁忌ネキ、カッコ良すぎる。