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はぁ…結婚するって大変だ
店はなかなかの数があったが、どれも同じような商品ばかりであった。
タケヒトには違いがまったくわからないが、どうやら品揃えに差があるようだ。
しばらく店内を物色していると、タケヒトはある物に目が留まった。
それは鉄製の大きな盾だった。手に取ってみる。ずっしりとした重さがあり、見た目以上に重厚感があるものだった。これならば自分の身体を守ってくれるのではないかと思う。値段は八万七千円だった。安いのか高いのかよくわからないが、まあ妥当な線だろうとタケヒトは思った。他に目ぼしいものも見つからなかったので、これに決めたと伝える。すると、サトミが驚いたような顔をした。何か問題があったのだろうかと訊ねると、彼女は首を振ったあと、問題はないと答えた。
次は防具の選定である。これは迷うことなく終わった。
というのも、ユイの提案で全身を覆い隠せるローブのようなものを買おうということになったからである。これには理由があって、まずタケヒトは顔が見えないと怪しまれないかという不安が少しあったが、彼が持っている武器はナイフ一本だけなのだから、何も持っていなければ怪しまれることもないと、サトミに説得されて購入を決めた。また、もし戦闘になったときのことを考えてできるだけ防御力の高いものを探そうという結論に至った。
その後タケヒトたちは、町の外れにある古道具屋の前までやってきた。ここは以前訪れた店で、店主のジローはサトミの知り合いだそうだ。店の中に入ると、相変わらず客の姿はなく、埃っぽい匂いが鼻を突いた。店内を見回すと、壁際の棚の上に剣と鎧が置かれていた。それらはボロい上に傷だらけで、正直なところ売れ残りのような印象を受ける。タケヒトはそのなかで最も状態のいいものを手に取った。鞘から抜く。錆び付いているのかギシギシときしみ音を立てた。刃渡り十五センチほどで厚みは四ミリほど、長さは一メートル五十くらいか、重さは八十キロほどありそうな感じだ。その剣を持って奥に行くと、そこには木製のテーブルと椅子があった。そこに座って待っているよう言われ、座ってから五分ほど経ったころ、彼女が帰ってきた。彼女は右手で大きな箱を抱えていた。左手には細長い筒を持っている。そしてその隣には――小さな女の子がいた。
少女の名はマシロといった。年齢は十二歳らしい。身長は約百四十センチメートルほど。髪の色は黒だそうだが手入れがされておらずボサついていたし、着ている衣服もかなり汚れていたので、全体的に薄汚い印象を受けた。彼女の髪は長く伸び放題になっているせいで背中まで達していて、
「……」
「……」
「……」三人の間に沈黙が流れる。なんとなく気まずかった。
「この子、私の親戚の子なんだけどね、両親を亡くしちゃって身寄りがないのよ。それで私と一緒に暮らしてるってわけ。で、この子の面倒を見るためにも、なるべく安全な場所で生活したいと思って、この町にやってきたのよ」
「……」
「……」タケヒトは黙っていた。
「……でね、この子は両親が残してくれた家に住んでるんだけど、この辺りは治安が悪いし、魔物も出るでしょ?」
「だが断る!」
タケヒトがようやく重い口を開いた。机の上には片方だけ捺印済みの婚姻届けがある。
「どうして? この子、かわいいじゃない?」
「可愛いとカブスとかそういう問題じゃない!」
タケヒトは首を振ってイヤイヤした。
「そんなこと言わないの。この子と一緒ならきっと楽しいわよ?」
「楽しくねえよ! てかお前、そんなこと言って本当は寂しいんだろう? だからこんなことをしてんだろ? この歳で親離れできないなんて恥ずかしくないか? それに子供だって、いつまでも一緒にいる大人が自分より年下だったら嫌だと思うぞ? なあ、そう思うだろ?」
タケヒトは隣の少女に同意を求めた。
だが、彼女からの返事はなかった。代わりに返ってきたのは、無言の圧力だ。
「ほら見ろ! やっぱりこういう展開になるじゃねぇか! もう勘弁してくれよぉ……。頼むからさぁ、帰ってくれよぉ……」
タケヒトは懇願した。だがサトミは帰ろうとしない。それどころか、
「でも、あなたがどうしても結婚したくないっていうなら、無理強いはできないけど――……、仕方ないわよね」
などと意味深なことを言い出した。
タケヒトは焦った。このままではサトミと結婚させられてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたい。だが、
「……だけど困るのよ。役所に出すはずの書類を一枚余分に書いてきてしまったから、どうしたものかしら? まさか捨てるわけにもいかないし、ずっと持ってるのも邪魔だし、できればどこかに寄付してもらいたいわ。例えば孤児院なんかはどうかしら? あ、それとも、この子が大きくなったときに結婚相手を探してあげたほうが喜ばれるのかしら? ああどうしよう、どっちがいいと思う? ねえタケヒトさんはどうすれば――……」
と、そこまで言ったところで、 バンッ!!
「おっしゃー!!」
突然、タケヒトは叫びながら勢いよく立ち上がって、そのまま外へ飛び出した。そして全力疾走で逃げた。後ろを振り向かず走った。走り続けた。息が苦しくなるまで。それでも足を止めることはしなかった。
「はあっ、はあ、はあ、はあ――……、ふぅ~、ふう、ふぅ―――、はあ、はあ――――――――……」
彼は走っていた足を止めた。呼吸を整えながら周りを見ると、そこは公園だった。ベンチと砂場があり、真ん中にドラゴンが待ち構えていた。「おい!タケヒト!結婚から逃げるのか?!」
「うるせえ!逃げて何が悪いんだよ!」
タケヒトはドラゴンに突っかかっていった。二人は激しい取っ組み合いをした。しばらく殴り合った後、タケヒトが疲れたのか、あるいは飽きたのか、とにかく決着がつかずに終了した。
「ちっくしょう、結局引き分けに終わっちゃったじゃないか」
彼は舌打ちしながら吐き捨てた。
そのとき、誰かがタケヒトの肩に手を置いた。振り向いてみるとそれはジローだった。いつの間に現れたのか、まったく気配を感じなかった。
「いや、俺の勝ちだよ」ジローが笑みを浮かべながら言う。
タケヒトは目を丸くした。
「あんた一体どこから……、ていうか勝負が終わってたってどういうことだ? そもそも俺はどうやって負けたんだ? 全然記憶に無いんだが」
タケヒトは戸惑っている様子だ。
ジローがニヤリと笑う。すると彼の姿が一瞬で変わった。
タケヒトは自分の頬を思いっきり殴ってみた。だが痛みはないし腫れてもいない。
目の前にいるのはサトミではなく、あの古道具屋の店主だった。
タケヒトは驚きと混乱が入り混じった表情で叫んだ。
魔王は言った。貴様は死んだはずだと。
魔王の顔は驚愕に染まっていたが、その目には悲しみの色もあった。
魔王は続けて、なぜ自分が生きているか知っているか、とタケヒトに訊いた。もちろんタケヒトは知らないと答えた。
魔王は語った。
あれは二千年以上前のことである。当時の私は魔王軍の四天王の一人として名を馳せていた。あるとき魔族の住む国に攻め込んだが、返り討ちに遭ってしまった。しかし、命辛々逃げ出したおかげで運良く難を逃れることができたのだ。それからというもの、我が配下の者たちは復讐のために私を捜し求めて世界中を駆け回ったが見つかることはなかった。おそらく私の生存を信じて疑わなかったのだろう。実際、私が生きていることを知る者は誰もいなかった。私自身でさえな。
そこで彼らは考えた。私を殺すには相応の力を持った人間を勇者にするしかない。そこで、私の力の欠片が宿るであろう人間を密かに捜し出し、それを殺させることで私を倒そうと計画していたようだ。だが計画は失敗に終わった。その人間があまりにも脆弱だったため、逆に殺されてしまい、しかも死体すら回収できなかったからだ。そのため、彼らは新たな作戦を考え出した。すなわち私以外の人間を勇者にして魔王を倒すというものだ。それが貴様なのである。
だがそれも失敗だな。貴様を鍛えるために時間を費やしたにも関わらず、いざという時に役に立たんとは、実に情けない奴め。
魔王はタケヒトを睨むように見つめながらそう言った。
だが、と彼は付け加える。その人間はただ者ではない。本来であれば、
「死んでもおかしくはないはずなのだが――」
タケヒトは困惑しながらも反論しようとした。だが魔王はそれを手で制して言葉を続けた。
なぜならばその人間には魔王の血が流れており、その血は我々魔族にとって非常に有害なものなのだ。
そうなのか、と驚くタケヒト。
「まあ、もうどうでもいいことだがな」
「……」タケヒトは複雑な心境だった。そんな話は聞いていませんよ神様、と心の中で愚痴る。
「ところでタケヒトよ」
「……なんだ?」
「実は頼みがあるのだが」
「……」
「照れずに早く言え」
「実は…私は女なんだ。そのぅ…まだ、結婚適齢期なのに…そのぅ…」
「は?」タケヒトは思わず呆けた声を出してしまった。「何を言っている?」
「いやその、男装している理由はいろいろあるんだけどね、一番は私自身の問題かな」
「」話がよく理解できないタケヒトは首を傾げた。
「私の父はね、魔王の側近なんだけど、昔から女であることを酷く嫌っていてね。特に、結婚するなら男の格好をしてないとダメだって言われたからずっとそうしてるのよ。それにほら、私って顔がちょっと女の子っぽいから――……」
「なるほど」
「それでさっきも言ったけどさ、できれば結婚してもらいたいなって思って」
「はあ?」タケヒトはさらに訳が分からなくなって、とうとう変なものを見るような目つきで彼女を見るようになった。