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# 無能な種から産まれる種子は無能か否かについて
四年生になり、母親は再婚して家も引っ越した。
相手は知らない人。
でも僕はなんだか気に入らない、そんな人だった。
苛立つことがあったら僕に当たって、当たり前に暴力を振るう。
無視も当たり前、ご飯抜きも当たり前。
最初は母親はそれを止めようとした。
再婚相手の父親は母親の年上だからか、母親の発言権も無いような雰囲気で、母親は勇気を出してくれた。
「ねぇ、それ虐待だよ?次やったら警察呼ぶからね…!」
震えながら、痛みに悶える僕と弟の前で言った。
父親は多分、子供が嫌いだった。
でも母のことは大好きだったのだと思う。
何故か母にだけ異常に過保護なところがあった。
母親は看護師の仕事に就いている。
その仕事でさえ、危険性を気にして辞めさせようとしたぐらいに。
引っ越して父親が出来ても母親は仕事を辞めず、病に悩む人の役に立ちたいと、ほぼ休暇なしで働いた。
母親は心優しい人だった。
保育園の時、周りから虚言の陰口を叩かれていたことも知っていただろう。
幼くて何も知らない僕たちに気を遣わせないように、元の父親について嘘を付いたのだろう。
全ては僕と弟を守るための、何の毒や害なしで健やかに育つための、母親の優しさだった。
でも、その父親の毒が感染したのだろう。
なんというか、母親も僕や弟に当たるようになった。
大きな暴力とまでは言わないが、シンプルに傷付くような言葉を投げ付けて、部屋に閉じ込めてきたこともある。
母親は僕に一回、こう言ったことがある。
「…ねぇ、そんなに私のことが嫌い?私が痛い思いをして必死に産んだのよ?あなただけ安全圏なんて許さない」と。
いつ、僕が貴女に嫌いと言ったか。
そう言い返してやりたかったが、目に涙を浮かべながら、どこか悲しそうに、でも怒りの表情で言う母親相手では、そうそう出来なかった。
安全圏。
安全ってなんだろう、暴力を振るわれ続けることが安全なのか。
でもきっと周りの家庭もそうだ。
暴力なんて、教育なんだから。
そう勘違いしてしまうぐらいには、僕の感覚も充分麻痺していたと思う。
僕もそう言われた時、母親と同じくらい最低なことが頭に浮かんだ。
「僕も望んで産まれてきたわけではない」なんて、考えてしまった。
人生の始まりなんて、不可抗力だ。
僕が抑えられるわけないし、勿論選り好みできるわけでもない。
その思いを直接ぶつけたことはなかったが、言ってやらないことに気が済まなかった。
なんで、僕と弟だけがこんな想いをして、こんな生活しなきゃいけないんだろう。
でも、もしこれが愛情ならば従うのが家族だろうと、僕はもう、どうしようもなく頭の整理が出来ていなかった。
祖母は一人暮らし。
唯一の僕の信頼できる人。
昔の人特有の考え方もないし、一緒にいて過ごしやすかった。
比較的祖母も若い方で特に持病なども無い。
祖母はねだってもいないのに、僕の好きな物、欲しかった物を買ってくれた。
勿論それに感謝した。
感謝してもしきれないくらい嬉しかった。
当時僕はハマっていたアニメがあった。
でも自分たちの家で見るのは父親が許さないからと、祖母が毎週放送される全てを録画してくれていた。
僕は母親と父親にされている事を祖母に話したことはない。
暴力暴言、監禁が悪いことかも完全に理解していなかったし、勿論僕は辛かったけど、周りから見ればそれは当たり前かもしれない。
第一、僕は祖母に心配をかけたくなかった。
僕が祖母にそれを話すことで、人生がさらに悪い方向へ進んでいくのでは。
そんなことも考えてしまって、僕はもう、誰にも悩みを打ち解けるなんてことは出来なくなっていた。
僕がネットの世界に踏み込んだのも、丁度このくらいだったかもしれない。