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【曲パロ】ヘブンズバグ
語彙の選び方が本当に素敵なんです。
原曲様のリンク
https://m.youtube.com/watch?v=v5BloiCJCys&pp=ygUS44OY44OW44Oz44K644OQ44Kw
小ネタ入りなので探してみてくださいね!
いよわファンならきっと分かると信じています。
ふわりと、風がわたしの頬を触れる。どこか懐かしい香りに、少しぼうっとしてしまった。
周りではみんな盛んに糸を出し、丸く丸くしていっているのが見える。
「ハルカ?繭、作らなくてもいいの?もうじき繭作りの時期だよ?」
「…うん。気分になったら作る。」
少しだけ出した糸であやとりをしながら答えると、彼女はゆっくりと息を吐いた。まるで呆れたように。
「…まったく、あんたってやつは!本当に楽観的な性格なんだから!」
ピューピューと糸を吐き出し、丸めながら彼女は歩いていってしまった。きっとそれも繭作りに使うのだろう。
「…別にいいじゃん」
どうせわたしたちは繭を作ったって大人になれないんだから。
大人になる季節ぐらい、楽観的なふりをしたっていいじゃない。
わたしが「あのこと」を知ったのは1年前。
いつものように、こっそりお部屋を抜け出して「外」に行った。
お友達にもお姉ちゃんやお兄ちゃんたちにも、ないしょのお外。
ほんとうなら、お外には出たらいけない。
わたしたちのからだは弱くて、激しい運動をするとすぐ傷ついてしまうから。
でも、わたしは周りに比べて少しからだが強かった。
だから、お部屋の中にずっといると退屈で、夜にこっそりお外に遊びに行っている。
わたしたちは人間さんよりからだが小さいから、すきまを見つけて外に出ることもできる。
今日はここを散歩しようかな?と、お部屋の周りをぐるぐる巡っていたその時、ふと耳にしてしまった。人間さんの話を。
「あいつらももうそろそろ『収穫』の時期だな…湯の準備をしておけ」
「かしこまりました」
よく分からないけどすごく心臓がドキドキして、ちょっとだけ怖かった。
立ち去る時に人間さんは紙を落とした。
ダメだって、分かってた。でも、好奇心に負けてしまったんだ。
中身は…わたしたちの『収穫』について。
「繭を作ったかいこは熱湯に入れて、湯で糸をほどきましょう。」
そう、書かれていた。
「…熱湯?でも、わたしたちは…。」
わたしたちかいこは。そんなに熱いお湯なんて、入ったら…。
急にからだが冷えて、怖くなった。
わたしは、いつもより早くお部屋に戻った。
その年に繭を作ったお姉ちゃんやお兄ちゃんは、当たり前のようにお部屋からいなくなった。
大人になったのかもしれない。
かいこのいくらかは大人になれる、って。あの資料には書いてあった。だけど。
全員じゃない。
もしかしたら、ほんとうは…。
あやとりをやめて、わたしはお部屋の自分のスペースで横になった。いつのまにかみんなは寝ていて、わたしだけが起きているみたいだ。
小さな声でつぶやいた。
「…人間さんのうそつき。」
ちょっとだけ泣いてしまった。こどもじゃないのに。もうすぐ、大人なのに。
あの怖い記憶は、私の中で糸となってほどけはしない。忘れられない。
いつか忘れられなくても、心が大丈夫になる日が来るのかな?
朝日の爽やかな匂いを嗅いだ。
どうやらそのうち眠っていたみたい。ゆっくりと体を起こした。
朝ごはんの時間はまだだ。眠気はない。
寝ることはせずにプレイルームに行くことにした。
そのうち、繭作りで行けなくなるかもしれないから。
プレイルームはやはりというか、閑散としていた。早朝だからだろう。
でも1人だけ、いた。
綺麗な男の子だった。その美しい金色の双眸を細めて、動物の図鑑を眺めている。
猫、犬、馬、羊、ライオン…たくさんの動物たちの説明が細かく、写真とともに印刷されていた。
「動物が好きなのね」
つい、声をかけてしまった。
その子は目を見開いたあと、ゆっくりと唇を震わせる。
「人は嫌いなんだ」
「…なんで?」
普通のかいこは人間さんが好きだ。毎日ごはんもくれるしたくさん遊んでくれる。まあ、本当はわたしたちを「収穫」するためなんだけど。
「だって…ちょっとだけ、ぴりぴりしてるから。空気がぶわーってなって、ちょっと僕らを怖がってる気がする。何でだろう?」
この子は知らないのかもしれない。「収穫」のことを。
その同じ金色の髪も、心も、きっと繊細で壊れやすいのだろう。
「…そっか。」
静かな時間が流れる。やがて彼は図鑑をまた読み出した。横からしばらく経って、やっとわたしは声をかけられた。
「…お名前、なぁに?」
「カナタ」
すとん、とからだに馴染んだ。それぐらい、彼の名前は彼に似合っていた。
「どうしてここに?」
「きっときみと同じ…繭が、作れないんだ。僕だって、大人になりたい…いや、自由が欲しい」
ふと、彼…カナタくんは顔を上げて時計を見る。
「…なんで、分かったの?」
「雰囲気だよ」
僕と同じ空気を纏っているんだ、とカナタくんは呟く。
「…変だと思うかもしれないけど、別に大人になりたいわけじゃないんだ。ただ、大人になったらここから飛び出すための羽が生えるから。姉さんも兄さんもこの部屋から出て行って、自由になったから」
彼は信じているんだ。大人になれれば…繭を作ってさなぎになって、殻を破るその日、自由になれると。
どう、声をかければいいかわからなかった。
わたしが固まっていると、彼はちょっと眉を動かして寂しげにこう言った。
「…やっぱり、大人になりたいわけじゃないことっておかしいかな?」
「…ううん。わたしも同じだから」
いつもより数倍時間をかけて、ゆっくり言葉を口にした。ちょっと彼は笑ってくれた。
「…そっか。でも、僕は臆病者だから。さなぎになって大人になるための準備をすることが少し怖いんだよ。」
また図鑑に彼は視線を落とす。つられてわたしもページを見た。
「そうこうしているうちに、糸を出すこともうまくいかなくなっちゃった。」
困ったように微笑むカナタくんに、わたしはどうしても目が離せなくて。
お互い、黙ったまま見つめあっていた。
どうしようかとあわてているうちに、チャイムが鳴った。朝ごはんの時間だ。
「…わたし、朝ごはん食べる」
「僕も。きみは、見ない子だから…別の部屋かな?じゃあね」
立ち上がってわたしが行こうとした、その時。
不意に彼がわたしの手をつかんだ。
「…また、明日も来て欲しい。僕の話を遮らなかったの、きみだけだから…。」
鼓動がよく聞こえる。耳も頬もきっと真っ赤になっているだろう。
「あ、えっと…うん。でも、これからこういうことはやめようよ!むやみに触ったら怪我しちゃうよ?」
「…そうだね」
そう告げる彼の手からは血が流れ出している。
「| 《もったいないなぁ》」
「…何か言った?」
ついつい心の声を漏らしてしまったようだ。
「なんでもないよ」
ただ、君の綺麗な心が溶け出してしまっているように見えただけだ。
「こんにちは」
「来てくれたんだ」
あまり顔には出ていなかったけれど、少しだけ声が上擦っている。体温が高くなった気がしてしまった。
緊張しながら他愛もない話を続けているうちに、彼から言われた。
「ねぇ、僕が『糸が出せない』って言ったこと、覚えてる?」
「もちろん」
わたしが小さく頷くと、彼は続けた。
「もし、良かったらなんだけど『糸の出し方』を教えて欲しいんだ。」
「え…?」
糸の出し方。この年齢のかいこなら大体知っているはずだ。
「僕、今まで糸を出すのが怖くて、練習出来てなかったんだ。だから…教えてほしい。きみに。僕は勝手に、きみのことを友達だと思ってる、から。」
きみに。友達。
「あっ、えっと…わたしも、お友達だと、思ってる、から!」
「よかった」
まるでお日さまのような、きらきらした笑顔に釣られて、わたしは「友達」からのお願いを聞くことにした。
今日もわたしは糸を吐く。糸を吐く。きみのために。
いつも遊びのために出す糸とは違ってみえた。色がきみのような金色な気がして、きみとのつながりの色だと誇れた。
たとえ、その糸がわたしたちの将来を粉々にしていたとしても。
わたしは嘘を吐いて、ひたすらに根をはって生きようとするきみのために糸を吐き続ける。
「友達」のために。
…このところずっと、友達という言葉がこだましている。
やっぱりわたしは友達のままで納得していられないのかもしれない。
もうすぐわたしは、湯の中に入れられて雪のように解けてしまう。わたしの魂がどこに行くかも分からない。なのに、なのに…。
綺麗な綺麗なきみに、わたしはドラマチックでもなんでもないけど…あたたかい恋をしてしまったんだ。
早朝のプレイルームには、今日も涼しい風が吹いている。彼と出会う日の前日も、こんな感じの風が吹いていたっけ?
「今日はちょっと糸の出が悪いね…カナタくん、最近疲れてるの?」
「ううん…はあ、どうしよう。このまま繭作りが間に合わなかったら、どうしよう!」
彼のまつげが風で揺れる。ほんのすこしわたしもカナタくんも、センチな気分だ。
朝日が目にしみることも、朝日の風の冷たくてそっけない音を聴くことも、きみとのお別れが近いことも…全部全部、すぐに泣いてしまいそうなほどだった。
だって、恋を知ってしまったから。
必死に丸く丸く糸をまとめるきみが、すごく愛おしくなってしまったから。
「ねぇ、この糸どうかな?」
「…うん、これなら繭にも使えそうだね!」
そう言うと彼は無邪気な笑顔を見せる。まるで花が咲いたみたいで、周りが華やいで見えた。
「よしっ!これなら素敵な大人になれるよね!」
「そうだね」
そんなきみに今日もわたしは嘘を吐いてしまう。少しちくりと、心が痛んだ。
一度壊れたら戻せない。だから、壊れないように、隠す。きみにばれないように。
今日向かうと、きみはお絵かきをしていた。最近、こんなことが多い気がする。
「お絵かきが好きなのね」
あの時みたいにきみは目を大きくして、わたしに言葉を投げかける。
「…びっくりした。来てたんだね。」
彼はわたしの問いに答える。
「文字が読めないだけだ。僕は言葉の勉強が苦手だから、お絵かきでもっといろいろなことをより深く知りたいだけだよ。大人になった時に、無知で困らないようにするため。全部、知らなくてもいいけど」
ちまちまと糸で絵に飾り付けをしながら、彼はふわっと笑った。
「…あと、これはもう一つの理由。ハルカちゃんをいつか見つけるため。大人になっても、姿が変わっても、ね?だから、僕も見つけて欲しい」
「…う、うん」
こういうところがずるいんだ。いつもは恥ずかしがり屋でわたしの名前を呼びたがらないのに、こういう時には普通に言うから…。
わたしだって反撃したい。わたしにだって彼の心を動かせるのだって、証明したい。
わたしだって…!
そっと、カナタくんの手をつかもうとした。でも、わたしはすぐに引っ込めて、その手を下ろしてしまった。
「どうしたの?」
すごく変な挙動になってしまった。
「なんでもないよ」
きみが手をつかまれてまた傷を負ってしまったら、きみの心の形が崩れてしまうならば…わたしが、きっと耐えられない。
わたしが先を行く。道を切り拓いて、彼が歩けるようにするために。
だから紡いで、紡いで、終わりが来るその日まで紡ぎ続けて。
難しいことは考えずに紡いで。
ずっと嘘を吐きながら、きみと笑って。
でも、いつしかきみはなかなか来なくなった。繭はもうほとんど出来ていたことを他の部屋の子から聞いた。
わたしが彼と過ごした日が増えると、わたしがいなくなる日へのタイムリミットはどんどん近づく。そういうことだ。
つながりの金色の糸も、もうこれ以上出しても意味がなくて。手から自然とこぼれ落ちてしまった。
彼の繭も、そしてわたしがなし崩し的に作り出した繭も、もうほぼ完成だったから。
「今日はついに卒業の日だねー…って、ハルカ調子悪い?」
「…ちょっと。」
顔は上げずに小さな声で答えた。
「そうなの?…まあ、なんにせよ胸元のリボンは取っておきなよ?」
不思議そうな顔したあと彼女は歩き去っていく。その姿をわたしは見送った。
服に目を落とす。視界に入る、赤のリボン。お祝いの時に、見習いだけつけるリボン。子供の証。守られている証。
外して、カゴに入れた。これをもうつけることはない。鮮血のような紅が、いつもよりも眩しかった。
「ほら、卒業式始まるよ!」
みんなが一斉に駆け出す。賑やかな声で部屋にいるかいこたちの心は満たされているのだろう。
わたし以外は。
ぼうっと人間さんの話を聴く。真面目に聴いても意味はないかもしれないし、あるかもしれない。それよりも集中できなかった。
彼のことを考えていたから。
今も別の部屋で、わたしと同じように話を聴いているのだろう。
彼は、わたしは、みんなは、人間さんは。
ぐるぐると頭の中で、記憶が廻っていた。
「ほら、ついに繭の中に入るんだよ!」
ドキドキしながら少しだけ切り込みを入れ、開く。
「ちゃんと縫合も忘れないでね!食べ物とかは先に入れてね!」
みんなで声掛けをしながら繭の中に入る。
旅立ちがやってきてしまった。
そっと繭を破る。
ナップサックをのろのろと中に突っ込んで、わたしも中に入った。
金色と白色が広がる。
混じり合って外からの光で輝く姿は、さながら雪解けし始めている空からの贈り物のようで、出来上がった布のようで。
わたしの未来を想像してしまう。
「ごめんね」
『僕も見つけて欲しい』
叶えられそうにないや。
ひたすら、ナップサックを抱きしめていた。
わたしの中の「大切」を抱きしめていた。
怖くないよって言ってほしかった。
とうに準備は出来ていたはずなのにな。
ナップサックは少し濡れて重くなった気がした。
風を感じた。
気がつけばあたりは部屋の光とは別種の光に包まれていて。
直感的にどこかわかってしまった。
その瞬間、落ちた。
ふわり、と。
実際よりもゆるやかにゆるやかに、落ちていった。
広げた手のひらにたしかに、風を浴びたんだ。
「またどこかで会えたらいいね」
そっと呟いた。かなり小さい声だった。
穏やかに落ちていったわたしは、言葉を紡ぐことがもうおぼつかない。熱を口に含む。きっとみんなもそうだろう。大人になれる、一部を除いて。
ああ、彼がそっちにいますように。もうここでは会えませんように。
でもいつか会えますように。
「…思い出せなくても許してね」
記憶は混ざっては分離して、わたしにあたたかなキスをしていくように、立ち去っていく。
お姉ちゃんたちとの記憶。人間さんとの記憶。友達との記憶。失敗しちゃったときの記憶。ドッキリを仕掛けた時の記憶。
それから、きみと出会ってからの記憶。
全部全部、わたしの宝物。忘れちゃうかもしれないから、わたしの|継承物《ヘリテージ》には出来ないかもしれないけど。
それでも、宝物は宝物に違いない。
(…お願い…。)
願わくば、わたしと彼が繭のその先を…|遥か彼方《ハルカカナタ》を、2人で歩めますように。
って、わたしがここにいるからもう無理か。
だからもう言わなくても、いいかな。
とろりとした視界に映ったのは、ドラマチックな筋書きを辿った糸たちだった。
大好きな、つながりの糸の色。
金色はつながりの色。
小さな|蚕《ヘブンズバグ》の、あたたかくてやさしい恋の色。