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【曲パロ】ポプリさん
言葉選びのセンスが狂おしいくらいに私は好きです。ポプリと鮮花。
※いよわ様の「ポプリさん」にインスパイアされた二次創作です。
都心、日曜の交差点。
酷く混み合い、それでいて蒸し暑い交差点を彼女は歩いていく。
僕は彼女を見つめていた。ずっと、ずっと。
何処へ行くのだろうか。最近、彼女は服屋に行くのが好きみたいだった。それとも本屋だろうか?彼女が敬愛する作家の新作が店頭に並んでいたはずだ。
すれ違ったのち、僕は振り返って彼女を追いかける。
彼女は予想通り、本屋に向かった。何を買うのだろうか。金は十分な額を渡してある。好きなものを買えば良い。不適切な本を買ったならば取り上げるだけだ。
適当な週刊誌を立ち読みするふりをしながら、横目で見つめる。ふわりと甘いローズの香りに、くらりとする。
やっぱり君はとても、とても綺麗だ。世界中の女性たちよりも、ずっと。
しばらくして彼女は、ネットで話題の本と好きな作者の本を買った。あの本は最近の10代女性に人気の本だった。確か、恋愛小説だ。
良いだろう。僕との未来のためにも、恋愛の機微は学んでおいて損はない。
優雅な足取りで喫茶店へと入っていく彼女。僕もしばらくしてから入った。大きい店舗だし、ある程度変装もしてあるからバレないだろう。
喫茶店の、話しかけられない遠い席にわざと座った。確かあの時もこうだった。僕は変わっていないのだな、とつくづく思う。
喜ばしいことだ。
温かいコーヒーを一杯注文し、ちまちまと喉に通す。ぱたり、と栞を挟む音が響いた。暖かみのある木の机に本は置かれる。
少しだけネットでは人気な本だったようだが、彼女は途中で飽きたようだ。
彼女のような高尚な趣味を持つ人間には理解できなくても良い。所詮は有象無象の好む本だ。
やはり君に釣り合うのは僕だけだ。僕は君のことをどうしようもないくらい愛しているし、人並み、いやそれ以上のセンスだって持っている。金だってある。容姿も平均を超えている自信はある。
僕だって君しか瞳には映していない。
甘い花の香りを添えて揺れるスカートも、躍るように美しく歩く白く艶やかな細い脚も、君そのものだ。我ながら完璧である。
飲み終わったコーヒーの容器にはまだ熱が残っていた。僕の気持ちと同じように。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
何事もなかったかのように家に先に帰り、僕はフライパンを洗う。彼女は疑問を持つこともなく席についた。
「今日も腕によりをかけて作ったからな」
「ありがとうございます」
上品な所作で椅子に座る。僕も適当にフライパンを置いて、彼女の真正面に座った。
「今日はどうだった?」
「とても有意義な休日を過ごすことができました」
「それは良かったな」
所作や容姿は完璧だ。しかし、少しコミュニケーションに問題があるようだ。改良が必要だな。
「……あの」
「どうかしたのかい?」
しばらく無言で食事をしていた僕たちだが、彼女から話しかけられた。彼女から、とは珍しいな。会話部分の自主的な学習が進んでいるのだろうか。
「私、来週大学のサークルのみなさんとお食事に行きたくて、それ」
「駄目だと言っただろう!」
叩きつけられたフォークが叫ぶ。彼女は怯えたようにびくりと震えた。
「……お食事、ではなく飲み会だろう。いや、合コンか?そんな低俗なものなど行かなくていい。それよりも今度予約したフレンチレストランの方がずっといいと思う」
「ですが」
「分かった。もういい」
僕は立ち上がって彼女の背中あたりにあるボタンを押した。
「それは」
彼女は一瞬にして沈黙した。
綺麗な、黒曜石のようなその瞳はまばたきすることもできぬまま、呆けたように開かれている。
今回も駄目だった。といっても、今までに比べてかなり持った方ではあったのだが。
問題箇所のデータだけ消去すれば良いだろう。このようなやり方はあまりやったことがないが、きっとなんとかなる。
てきぱきと彼女のデータを消去するための準備を進めつつ、僕はつい、かなてからの思いを口にしてしまった。
「産まれてくる前の方が君は、綺麗だったのかもしれない」
ねぇ、ポプリさん。彼女の生まれ変わり、ポプリさん。僕自ら作り上げた、大切な大切なポプリさん。彼女に話しかけても、返答は返ってこなかった。モーターが作動する音だけが、静かに室内にこだましていた。
「おはようございます」
「おはよう。」
データ整理は無事に終わったようだ。問題箇所だけを削除できたし、システムに異常はない。今日もいつも通りの穏やかな朝がやってくる。
ダージリンティーを淹れてもらい、彼女の姿を眺める。昨日の出来事なんてなかったかのように彼女は振る舞っている。実際に彼女は「昨日」を覚えていない。あるのは許された記憶のみ。
平穏は保たれた。
あの出来事から数日経って、再び彼女に「エラー」が見つかった。
やはり、大学の誰かに特別な情を抱いているようだった。
それが友情なのか、恋慕の情なのか、現在大学に通っていない僕には分からない。どちらだとしても、エラーはエラーだ。僕だけを見てくれればいいのに、余計な感情を覚えるのはエラーだ。
君だけじゃなくてポプリさんまで、また僕を裏切るようだ。僕を誤魔化すために、彼女は一つ前のバスに乗った。そこには1人の男性が立っている。
彼を見つけた途端に、顔を変える彼女。
「……さん。おはようございます!」
こちらに気づく様子もなく、話に花を咲かせる。苦しくてもう、息も吸えない。霧の中に包まれているようだ。
「ちくしょう」
ポケットからラムネを口に放り込み、噛み砕く。
砂糖の味が口いっぱいに広がった。今は、この人工的な甘ったるさに酔いしれていたかった。
その笑みも、指の形も、輪郭も、全部全部僕が追い求める「彼女」とおんなじ形だった。
僕が作ったんだから、当たり前だけどね。
本当なら、君は僕の手の中で優しく笑ってくれていたはずなのに。今も。
どこが駄目だったんだろうか?一流、という肩書きがぴったりな僕の家と、地元の名家の娘だった君。
大好きなのに。君も大好きだと思っていたのに。
どうして、君はどこの馬の骨とも分からない男と駆け落ちなんて馬鹿なことをしたんだ?
どうして?
「……え?」
その声で引き戻された。
なぜ?なぜ、君がここにいる?
そこにいたのは思い続けてきた人。
変わり果てている、思い続けてきた人。なめらかな焦げ茶色だった髪は金に染まっていた。声は絶対に彼女だった。この僕が言うんだから、間違っているわけがない。
「なんで、私が、はあ?」
ポプリと君は視線を交わす。
「あの、私に何か?」
あたりを見渡して、彼女はようやく僕に気づく。
「あなた……!?」
ぱちりと降車ボタンを彼女は押した。能天気なアナウンスが流れる。そして、僕の前に立った。
「来て」
おとなしくついていくことにした。
僕の腕を掴む力は強い。転びそうになりながら座席からドアへと歩く。
「先輩、ごめんなさい!」
ポプリは相変わらず先輩、と呼んだ男を見ている。そんなに好きな男なのだろうか。
「で、この子は誰なの?」
鋭い視線を浴びたポプリは気まずそうにうつむいた。僕は顔を上げて、彼女を見つめる。
「ポプリ。ポプリさんだ」
「そういうことじゃない」
軽蔑を滲ませながら、彼女は続ける。
「……質問を変えるわ。この子は何なの?」
「君だ。僕が愛した君だよ」
堂々と胸を張って、僕は宣告した。
「君と過ごせなかった大学時代を取り戻すために僕が作った。君は間違っていたから。そうだろう?」
目を大きく見開いて、彼女はそこに立ちつくしていた。
「今からでもいい。帰ってきて欲しいんだ。ちゃんと間違いを認めて、もう一度やりなおした」
「ふざけるな」
地を這うような、重い声。
「私は私なの。私は、あの親父やあなたの操り人形じゃない。私はあなたの所有物なんかもうないの!」
意味が分からなかった。
「ねぇ、|華《はな》?君は僕の隣で、笑っていれば良かったんだ。無理に飛び立つことはなかった。違わない」
「違う!私は決めたの。やりたいことをやって、自由に生きるって決めたの。私はそんなに綺麗な女じゃない。そんな風にもういられない」
「でも……」
その先の言葉が出てこなかった。
どうしようもないくらいに、君が好きなんだ。ただ、君に戻ってきて欲しかった。君との新しい生活がしてみたかった。それだけなのに。
僕は、君のことをずっと愛していたのに。
「私を、この子をもう縛らないで」
「あなたは私が好きなんじゃない。理想の私が好きなの。私のことなんかこれっぽちも見てない」
「あなたとはもう終わったんの。それでは、失礼しました」
去って行く後ろ姿を静かに見送っていた。
朝の小さなバス停を、犬に急かされた中年の女が通り過ぎて行く。自らの出自を知って、ポプリはフリーズしていた。
「華」
その名前を呼ぶ。
彼女はもう、僕の許嫁でもなんでもなかった。幸せな、ひとりの一般市民。それが今の彼女の肩書き。
ずっと分かっていた。
華はもう、僕の彼女ではないことを。
「華」
清楚な彼女。ピーチクパーチクうるさく騒ぐ街の女とは違う。
丁寧で、誰に対しても礼儀正しくて、テストはいつも高得点で。歴史ある女学校に通って、いろいろな稽古を積んで。おはようございます、と僕にいつも笑いかけてくれた、華。
パッとしなかった僕を見つけてくれた、華。
何もかもが違った。
僕の世界はかつて、彼女が占領していた。
じゃあ、今は?今は、いったい?
「はな」
その名前をまた呼んだ。
唇はみっともなく震える。
僕が愛している「君」は、いったい誰なんだ?
ようやく動くことができた。
「ポプリ」
その肩に手を置くと、ポプリはびくりと肩を揺らして、怯えた様子でこちらを見つめた。
「なん、でしょうか」
その肩は柔らかく、かつぬくい。中には鋼鉄が入っているとしても、本当の人間とは見分けがつかないだろう。
「もうやめだ」
「はい?」
彼女と僕は決別した。
もとから、彼女はそうだったのかもしれない。住む世界が違うんだ。
鉄の板切れで機械を作ったところで、彼女に似合うであろう花の香水をつけたところで駄目なのだ。いずれメイクは剥がれ落ちるし、香りはしなくなる。
会いに行けるわけがなかったんだ。そもそも、本当はどこにもいなかったのだけれど。
「大学の授業には、タクシーを使えばまだ間に合うさ。これはその代金だ。それから、飲み会にも行くといい。彼との仲が深まるといいな」
「……は、はい!」
ちょうど信号待ちしていた、緑色のランプを掲げるタクシーへと、ぱたぱたと走っていった。姿は車の中に吸い込まれた。すぐに見えなくなる。
「産まれてくる前の方が君は、綺麗だったのかもしれない、か」
いつかの言葉を思い出した。
自力で幸せを掴み取った彼女。嫉妬だろうか。だから、僕はポプリを作ったのかもしれない。
産まれていた、もう変わっていた彼女とこの子は違うんだって、言いたかったのかもしれない。
「綺麗とかそうじゃないとか、そういうのは関係ないのかな。分からないよ」
解けない宿題に延々と立ち向かっていた、あのころを思い出した。落第寸前だった僕に、笑い返して勉強を教えてくれた彼女とはもう会うことはない。これから、ポプリとどう付き合っていけばいいのかも分からない。
目まぐるしく変わって行く世界で、僕はいったい何がしたいのかも分からない。
「帰ってきたらポプリに、あの本が残っているか訊いてみよう。あとは……駅前に、美味しいスイーツショップがあったらしいな。買おう」
何がしたいのかわからないなら、まずは見つけに行く。身近なものを知ろうとすれば、何か分かるだろうか。
「プログラムの改良もしないとだ。やりたいことに制限をかけてしまうのは申し訳ない」
意外と忙しいな、と苦笑しつつ僕は駅前へと歩き出す。どこからか香る、瑞々しいローズの香りが心地良かった。