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【曲パロ】強風オールバック
原曲様リンクです。独特の中毒性、癖になる。
https://m.youtube.com/watch?v=D6DVTLvOupE
歌愛ユキは困り果てていた。
「進めない……!」
風が強すぎて進めないのだ。
しかも定期的に髪の毛が変なことになる。せっかく朝、急いで髪を直したというのに。
このままじゃテストもお察しの結果になってしまう。
どうしてこうなった。
平日の朝である。けたたましく存在を主張してくる目覚まし時計を黙らせ、ヤシの木みたいに爆発している髪を急いで直しながら、風のように素早くユキは支度をしていた。
今日は一時間目から音楽のテスト。リコーダーである。
そのため、絶対に遅れられないのだ。
曲がり角でイケメンとぶつかる女子高生もびっくりな速度でトーストを平らげて、靴を履く。
「いってきます。」
ユキは玄関のドアを開けた。
目の前にはハトハトハトハト。たまにカラス。
みんなして集まっておしくらまんじゅうしている。
こちらからすれば喧嘩にも見えてくる。ハトとカラスの大乱闘。
「何やってるんだ。」
ユキがつぶやき、ハトとカラスの群れを蹴り飛ばそうとした途端、ちょっと強めな風が吹いてハトとカラスの群れを吹っ飛ばしていった。自然は無情である。悲しげな鳴き声があたりに響き渡る。
さて、ハトとカラスがこうなったのはなぜか?答えはとても寒いから、である。冬だからしょうがないといえばしょうがない。
そう思ったとしても寒いものは寒い。急に太陽が気合いを入れて春並みの暖かさになる、なんてことはないのだ。
いっそのこと、地下に潜ってしまえればいいのかもしれない。
地下ならまだ暖かそうだ。いや、太陽の光に当たれないから寒いのだろうか。
潜ってみないことには分からない。
どちらにせよ、今の技術では潜れないのだが。
大人しくガタガタ震える体を前に進める。
ちくしょう。せめて風さえなくなれば暖かいのに。
風がいけないのだ。
ただでさえ寒い冬の空気をビシビシ体に打ち付けてくる風、こいつのせいだ。
どうすれば風に対抗できる。これは人類にとって大きな課題だ、とユキは考えていた。
まだ小学生なので、難しいことはよく分からない。だから、ユキにとっては政治の裏金がどうたら、税金がどうたらよりもずっとこれは大事なことなのだった。
座るのはどうだろうか。ユキは音楽のテストのことも忘れて道端に座り込む。頭の中寒さ対策はでいっぱいだ。
「……ちょっと、あったかくなった?」
風に当たる部分が減ったからだろうか。なんとなく寒さが和らいだ気がする。
とは言っても、この姿勢だと進めない。
「ちぇっ。」
ユキは立ち上がった。既に出発からしばらく時間が経っている。そろそろ真面目に進まないとまずい。
曲がり角を曲がったユキに試練が襲いかかった。
そして今に至る。
私は何もしてない。ただ、学校に急いでいるだけのしがない小学生だ。(ユキはハトとカラスを蹴り飛ばそうとしたり、道端で座り込んだりしたことは覚えていない。とても都合の良い頭を持っているのだ。)
なぜこんなことになるのだ。
かわいそうに、もふもふした犬もごろごろと転がされている。ユキも一緒にムーンウォークさせられる。
もふもふした犬の飼い主である近所のおばちゃんも困惑している。
ユキは両手でもふもふした犬を掴むと、飛ばされてきたおばちゃんの元に連れていった。
「ありがとね、ユキちゃん。」
ぺこりと会釈を返す。
違う違う。私の目的は犬をレスキューすることじゃない。
学校に行くことだ。
今は何分?もう朝読書が始まる時間である。
人生には壁がつきもの。私もここを乗り越えられれば強くなれるはずだ。
妙に哲学じみたことを考えながら、全速力で走るユキなのであった。
ユキはブチ切れていた。
正確にはブチ切れながら今日の獲物を一刀両断していた。今日の獲物と言っても、ただのキャベツなのだが。
ユキは学校に遅れてしまったのだ。
ギリギリ音楽のテストに間に合わなかった。音楽の先生に事情を話しても、謝っても、折り紙で作ったハートで賄賂を贈ろうとしてもダメだった。今日のテストは受けさせてもらえなかった。
……まあ、賄賂が効いたのか、明日のリコーダーのテストで評価すると言ってくれた。
それでもユキのイライラは強くなるばかり。
キッチンは殺伐とした空気に包まれている。窓から覗き込んでいた今朝のハトとカラスたちは殺気に恐怖を感じて飛び立っていく。
「ふざけてんじゃねぇよ!」
ユキはキャベツをまた一刀両断する。いつもよりも料理の腕は上がっていた。
キッチンにて幼い女の子が殺伐とした空気の中、キャベツを切り刻んでいる。なかなか……いや、かなりバイオレンスで不思議な光景である。
明日だ。明日こそは絶対に遅れない。明日も音楽は一時間目。風が来ようとハトとカラスの群れが道を塞ごうと、絶対に私は遅れられないのだ。
そんなユキの気迫に押されたのか、切り刻まれた哀れなキャベツはより一層強い悲鳴をあげた。
今日もうるさい目覚まし時計を黙らせて、ユキは布団から飛び起きた。
今日はより寝癖が酷い。水をばしゃばしゃつけてようやく直った。トーストを頬張り、着替え、髪を直し、リコーダーを準備する。恐ろしいほど効率的な動きだった。朝の支度のタイムはぶっちぎりで一番速いであろう。
「いってきます!」
ユキは学校へと駆け出した。風がやはり強い。
昨日練習できなかった分まで練習するのだ。ユキはリコーダーを取り出して、演奏を始める。
軽やかな音が風に飛ばされていく。
リコーダーの演奏はバッチリだ。しかし、やはり風は強まるばかり。
そのせいでリコーダーの音色もブレる。
間抜けな音が通学路に響き渡る。
近所のおばちゃんの犬もやっぱりもふもふ度が上がっている。かわいそうに、昨日よりもさらに哀愁を誘う鳴き声で助けを求めている。だが、ユキには助ける余裕はない。
忙しい中で可愛くした髪の毛もオールバック。ギャグじみたヘアスタイルに早変わり。
髪の毛、強風オールバック。
渾身の力を振り絞って、リコーダーをしまい、また駆け出すユキなのだった。
「はぁ、はぁ……。」
間に合った。時間は朝読書が終わるギリギリ。
ユキは今までの死闘を思い返す。風、あいつは強敵だった。だが今はユキの敵ではない。ユキは乗り越えたのだ。試練を。
本番はここからなのだが。音楽のテスト、私は今から音楽のテストに立ち向かっていく。
「はーい、みなさん、アルトリコーダーを取り出してください。今日はアルトリコーダーのテストですよ!」
ユキは片手に握ったリコーダーを見つめる。ソプラノリコーダー。アルトリコーダーは家に置いてきてしまった。
歌愛ユキ、ここに来て痛恨のミス。
「歌愛ユキさん?どうしましたか?」
心配する先生の声に反応することもできず、ユキはガックリと項垂れた。テストの成績、お亡くなり確定。嘘だ!ふざけるな!今まで頑張って風に立ち向かってきたのはなんだったのか。学校に来て友達にオールバックした髪の毛を笑われたのに耐えたのはなんだったのか。
「そ、そんな。」
人生の壁は高い。