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ふたた尾
ここは、どこだろう
ああ、そうか私本当にきちゃったんだ
夢なんかでもなかったんだ
ああ、身体が震えて仕方がないよ………
はは、もう誰もそんな風に弱音は吐いていないのよ、
………誰かにとっての都合がいい世界があるなら、わたしにとっての都合のいい世界もあってはだめなの、?………
………っ、……|陽志《ようし》くん!|悠《みき》ちゃん!
お母さん!!
………私は……私!……頑張るよ!
できる限りのこと全部やってみせるから!
絶対やり遂げるよ!
……だから、絶対死なないで!!
絶対に"人"、……"人類"を守るから!!
私も全部終わるまで絶対に死なないから!!!!
神を裏切っても!!!
私は………
五感に伝わる情報量の多さに吐き気すら覚える。数秒前までは、ふわふわと身体が浮いていたような真っ暗で視界が碌に機能しないような空間だったのに、突然にこの和室が現れた。いや、私が移動したんだろか。何にしろ、此処は「人が立ち入ることが絶対にない境界」を超えたところに存在する和室だという事。今更何が起こったってそれも必然的な事なのだろう。
なんだか、ひどく冷静になっている自分がいる。
先程までの精神状態とはまるで違う。
「まるでもう1人自分の中に生まれたみたい………」
誰にも聞こえないように静かに溢れてしまった。孤独でないなら、何でもいいか
この感覚も"ヨツギモノ"の影響なのか。そうでないのか、わからない。わからないって言葉が頭の中に蠢いていく。段々とまた不安感に侵食されていくようで怖くなる。それを誤魔化すように私は襖に囲まれたこの間を抜ける為、ありとあらゆる襖を勢いに任せて開けて、開けて、開けて、進み続けた。どの方角が正解か、なんて皆目見当もつかない。でも、私が進んで行った先にそれはある。肌に刺さるこの痺れる毒みたいな空気の匂いがより確信へと私を導いているように思えて、不思議と自分が塗り替えられる感覚になっていく。
そうして何十回目かもわからないが、今まで見たような白地に花が描かれた控えめな柄の襖とは違う、金色に輝いた蛇が此方に睨みをきかせたような絵が左右対称に描かれている襖があった。如何にも、何人たりとも立ち入らせないという雰囲気を漂わせていて不気味というより、図々しく思ってしまうのは"三毒"という彼らの記号的な役割に私がこの世に存在した瞬間から全てが定められてしまったことへの恨みに近いような怒りが湧いてきたからだろう。それが思わず、前のめりになり過ぎて大きく音を立て襖を勢いよく全開に開いて半ば強引に物に当たるようになってしまった事を後々酷く後悔しても、もう遅く、私がこうしてこのヒトに出会ったことで、互いの命までもを危うく散らせる程の大事になるとは到底、想像出来なかった。
私は全く冷静ではなかったのはこの瞬間に自覚した。
---
--- スパァァァァン!!!! ---
しゃらん
花魁の美しさを象徴させる豪勢に飾られた簪が襖を勢いよく開いた反動でゆっくりと嫋やかに揺れた。後ろ姿でさえもそこから放つ異様で禍々しい美麗さには、くらくらと脳を揺さぶり、足が宙に浮いてしまってそのまま死んでしまうかのような感覚に陥いった。ぴんとたった狐の耳の様に結われたその髪型は実際に江戸後期に見られた花魁や太夫だけが結うことをゆるされた「横兵庫」という髪型であった。実際に書物で見た様よりも遥かに美しかった。ただ私はこの美しいヒトをじっと見つめる事しかできない。目を逸らすことでさえも大罪を犯しているように罪悪感に呑まれていき、身動きがとれずにいた。そうしていると全く視線があっていないのに何故かその背中や首筋からの重圧感に押し潰されていくように段々と呼吸が浅くなっていく。
「っはぁ、はぁっぐっ…」
「……ふふふ、………」
目の前が真っ白になり、意識が飛ぶ寸前に、この美しいヒトがこちらをゆっくりと丁寧な所作で振り向いて美しく顔を綻ばせた姿をみせてくれた。その姿は目眩がするほどの艶めく黒髪の前髪をさらさらと揺らし、首を傾げるようにしたのでその角度を追いかけるようにして、飾りに飾られた簪が顔に陰を落とすようにしゃらしゃらと音を鳴らして垂れている。豪華絢爛な身に纏う着物や帯、羽織の美しささえも霞めてしまうほどの眉目の麗しさに圧倒されるばかり。
綺麗だ。とそんな単純な言葉でさえも口にするのも否、頭に浮かぶ事でさえ冒涜と捉えられるような、それほどに暴力的で支配的な美しさが目の前に存在している。悍ましいくらいに紅く艶めく瞼から覗く明らかに人のものではないその眼。惑わすようにその紅い唇を僅かに綻ばせ、妖艶なる微笑みを私に一方的にぶつけてくる。そこから発するその声すらも儚くも美しい。まるで物凄く強い酒でも浴び、一気に血の気が引くほどの酔いがまわるほどの威圧感のある声だった。
かつての楽園と謳われた遊女の街に確かに存在していた花魁___の姿で私と向かい合わせに腰掛けているこのヒトは、女でもなければ人でもない。
「……ようやく、会えたね………」
「此方においで…………」
煌びやかな黒地に金が散らばった蛇柄の袖から真っ黒な腕が此方へと伸びてくる。指先まで黒い腕には
言われた通りに身体が勝手に動いていく。意識もまともにないような夢の中にいる感覚なのは、この空間と、絶世の美人が目の前にいることもあるのだろう。と勝手に納得してしまう。
そして彼の名前は、彼自身の"ヨツギモノ"である私しか知らない。本来、ヨツギモノと三毒との間にそのような関係が確立されることはない。恐らくその名前に関しては容易く扱ってはいけないものなのだろう。それを裏付けるようにして、私の一挙手一投足に過敏にこのヒトは反応している。
数歩進んで彼の前で畳に膝をつこうとした時だった________
「………?!……ッッッうガァっ、くっ?!………んがっぐっぅぐゔぅぅ」
ひどい吐き気がする。クラクラと五臓六腑に脳味噌、五感、筋肉、骨、全ての機能を激痛と熱とともに急停止させるように畳み掛けてくるこの吐き気が________痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい
死ぬ
直感で伝わる。
もう、アたまもマトもにまわラなぃ
あア死ぬ
ゴトッと、頭から倒れる音がした。全てが歪んで見える
私が倒れたのを確認した彼は立ち上がり、こう言った。
「搾取される側に自ら堕ちることを選ぶ愚か者」
「おいらは恨めしくて仕方がないねぇ」
---
「うっふふ悶えてる♡気色の悪いもんだなぁ」
この女も、ワタシももうじき死ぬだろう
「ふふふ、おいらの毒はおいら自身のヨツギモノにとっても毒になるんだよ……だからこうしてお前らヨツギモノ達がおいらの元に訪れる度に毒をなるべく抑えていたんだぁ♡」
可哀想に。腹這いになってえずいてしまって、、
みっともない。
すぐそこの鏡面台まで丁寧に裾を魅せるようにあげてゆっくり歩いてみせた。座布団に正座して胸元にしまっていた彼の方が置いていった手拭いに包んだ煙管を取りだし、いつものように煙をふかす。鏡面に掛かった布を後ろへとはらうと、まだあの女はうごうごとうずくまりながら、唸っていた。次第にワタシの口からも血が垂れる。
「!………ああ、着物が汚れちゃうわ」
近くにあった手拭いはもうこれしかなくて。どうせ死ぬなら彼の方の匂いに包まれて死のう。そう思って、今まで慎重に大切に扱った代物であった物をやはりこうして使うのにはまだ抵抗があって、鬱陶しいほどのこの紅い唇で汚さないように丁寧に拭った。
涙が目から溢れないよう、垂れぬように反射的に袖で拭った。目に映る人影に目をやると、鏡の中でこれほど着飾っているはずなのになんとも見窄らしい、女の装いをした男がじっと見つめていた。少々、化粧が落ちてしまったようなので台に無造作に置かれた白粉をはたき、瞼のよれた紅も手直しし、ついでに唇の紅も塗り直し、乱れた前髪に胸元にひそませた、櫛を通す。顔の横に垂れる髪にもゆっくりと毛先片方の手で持ち上げて、櫛を丁寧に通していく。
「……慣れた仕草ね、女のなりそこないの癖に………」
こぼしてしまった独り言にもあのうるさい野郎どもにも聴こえていない。
ほんとうに独り
不意に先程まで無惨にも悶え続けていた女の方に目をやると口元を両手で押さえ、こぼれないよう必死に耐えるその姿に目も当てられず、箪笥の横にあった積み重なった客人用の座布団を女の頭上に落とした。
「これに吐きなさい……もうじき死ぬのにあんたも変にプライドが高いのね、」
そう言えば女は落ちてきた座布団を持って、それを受け皿に嘔吐した。上から呆然とそれを眺め、煙管をまた口元へと運ぶも、口の中では鉛のような味しかしなくて、こんな重みのある煙を呑んだって何の誤魔化しにもならない。ただ、そこに何の感情もないままに吸って吐いてを繰り返す。
女が此方に目をやる。お互い、目も離すこともなく虚無な時間が流れた。
これほどに目を惹く存在に出会ったのはいつぶりだろうか。彼の方のような眩い存在とは違う、何と表せばいいのか、、
違うのも当たり前だ。彼の方は人ならざるモノ
人と比べることでさえ愚弄だろう。
でも、そんな事はワタシが一番わかっている。それなのに、この女___ヨツギモノに惹かれる。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして
--- どうしよう。どうして?何で?なんてことを!!! ---
神は本当に酷いお方ね
「………っふぅー……………ねぇ、ワタシねぇ殺さなきゃいけないのよ。ワタシを唯一慈しんでくださる、愛するお方を________」
「っ彼の方がいたから今もこうして生きていた!!!!!……………こんなにも永い間にもワタシを、ワタシを!!________……嫌よ!!殺したくなんてない!!!だって愛してしまったから!!!!嫌!!!!!あああ………だから死のうと思ったわ___殺すくらいなら、死のうってっ」
段々と喉から唇へ熱がこもっていく。声が上擦ってしまう。この歯痒さほど、見てられないものはないでしょう。
貴方から溢れんばかりの怒りの感情が伝わる。そうよね、そうだよね。だってこれほどに不当な扱いを受けるなんて、許せないと恨めしいと憎らしいとしか思えないでしょうね。ヨツギモノと三毒それぞれの命は繋がっている。ヨツギモノが死ねば、三毒は確実に死ぬ。ヨツギモノは、三毒の命綱のようなもの。贄___"ミツギモノ"なんかとはまた違う存在。人々から望まれない三毒を人である限り肯定させるしかないから、その為の妥協案みたいな扱いだってあの鶏野郎も言っていたっけ。人と神との繋がり程愚かしいものはないでしょうね。
煙管の熱を逃して、また汚してしまった手拭いで丁寧に包み、そっと胸元にしまう。
「お前を殺す事でしか、おいらは確実に死ねない________だから死ね」
漆黒に染まった両手を左右に広げて、着物の柄に潜んでいた蛇をよびだす。身体に巻きつく三色に光り輝く三匹の蛇に語りかける。
「|黒硝《コクショウ》、|璃乱《リレイ》、|翆亡《ズイナ》________殺せ________」
「ううゔ…………三毒タルモノ、|瞋《へび》ナリモノ___|瞋恚《しんに》司ル…っゔぅゴホォ!ゴホ、ゔおぅっっっ………|怒罵巳《どびめ》様________貴方の怒りを貫いて、"三善根"を殺して……っくだっっ_っさい…………」
「…………神からのお導きのとおり…………」
甘くてツンと鼻に通り、脳味噌からこびりついて離れない匂いがした。
「ふふ、ふ…………不覚ね________」