公開中
定結糸の所在
https://x.com/q_micke/status/1797173074108023225
アイデアをお借りいたしました。
また、始終モブ視点です。モブは絡みません。
服装は、28巻付録と発表されているのを参考に。
私には、糸が見える。
突然何を言うのかと思われるかもしれないが、事実だ。
例えば彼処にいる人の、携帯電話を持つ左の小指。
そこに赤色の糸が巻き付いている。
ウェイトレスさんにも、学生服を着た女子にも。
どこへ続いているのか知れない糸が、静かに巻き付いている。
この可笑しな体質は、小さな頃からのものだった。
『お母さん、小指の赤色なあに?』
『……?』
お喋りが出来るようになってからされた質問の中で、一番衝撃的だったわ、と母は言っていた。
目の病気か、と急いで病院に連れて行き、言われた言葉は、『異能』
人智を超え、先の大戦の根幹を担った力。
この魔都ヨコハマでは、珍しいが見かけないこともない、そんなものだった。
異能名『|月下《つきした》の|赤縄《せきじょう》』
自分以外の人の運命の相手が、赤い糸で結ばれて見える──そんな異能だ。
我ながら下世話な異能を授かったものである。
(あの子は、苺──幸せだ。あの子は薔薇……波瀾万丈ね)
勿論、赤にだって色々ある。
大人になって、何組かの夫婦やカップルと仲良くなるうちに学んだのが、色の意味だ。
苺色なら、幸福や尊重。
薔薇色なら、熱烈。
真紅なら、特別──と言うように。
(これまでに会った中で一番大変だったのは──薔薇色かしら)
私は珈琲を飲みながら思った。
片方からのアプローチが怖いほどで、もう片方が照れ隠しに逃げて……正直瞼が下がった。
リア充、末長く爆発していなさい。
(異能を活かした職になんて就くもんじゃなかったなぁ)
恋愛相談所なんていう職業になったものだから、生まれてこの方、彼氏ができても長く続いた試しがない。
そんなに彼女に引かなくても宜しかろうに。
はあーあ、と溜息をついてパスタに手を伸ばす。
今日は休日。
珍しく街に出て、買い物にカフェと満喫していた。
大きな窓で、往来がよく見えるこの席が、此のカフェのお気に入りの場所である。
そんな時。
「……? んん?」
窓越しに、気になるものを見つけた。
若い……男、性だろうか。
長めの金盞花色の髪に、細い脚が目立つ黒い洋袴。
かなり小柄で、中性的な空気を纏っている。多分、成人。
服装は粗野な雰囲気なのだけれど、身のこなしが何処か優雅な──て、違う。
糸だ。
その小指に巻き付いた糸は、見たことのない色をしていた。
紫というには赤みが強く、純粋な赤よりも宵闇を孕んだ、そんな色。
(気になる……っ)
その糸は激しく揺れていた。
少なくとも、このヨコハマにいて、かなり大きく移動しているのだろう。
同じ色なのだから周りを見ればわかる……
其処迄思って、私は目を剥いた。
赤い糸は、相手へと続いていく其の途中で、消えていた。
(……え、)
赤い糸は、切れることがない。
相手が死のうとも、外国にいようとも。
それに、あれは“切れた”というよりも“消えた”
見えなくなっている、というのが正しい。
途中から、空気に溶けていっているように見える。
(なんで……?)
異常さに目を細める。
其の金盞花さんは、そんなことは露知らず、電柱に寄りかかって携帯を弄っていた。
左小指に、行先不明の赤い糸が揺れている。
おお、あの姿勢はイケメンだけが許される仕草──だから、其処じゃなくて。
首を捻る。
周りの人を見ても、赤い糸に異常はない。
私に異常が起こったわけでは無さそうなのだが……?
「すみません」
突然声を掛けられ、肩を揺らす。
振り返ると、困ったような表情で店員さんが立っていた。
ちらり、と携帯の時刻表示を見ると、入店からかなりの時間が経っている。
「! わ、えっと、すみません! お会計お願いします」
「畏まりました」
我ながら飛んだ迷惑を掛けてしまっていた。
少々焦りながら店を出る。
じりじりと肌を焼くように、晩夏の陽が照っている。
却説、どうしようか……と周囲を見ると、先ほどの金盞花さんを発見した。
すたすたと何処かを目的地に歩いている。
赤い糸は人に紛れて見えないが、半分消えたままなのだろう。
矢張り、気になる。
もし、相手が事件に巻き込まれたりしているのだとしたら──
何より、相手がどんな人なのか一目見たい。
昼食代を払ったばかりの財布の中身を気にしながら、私は人波に紛れて、金盞花色を追いかけ始めた。
---
金盞花さんは、不思議な人だった。
先程まで何やら待ち合わせでもしていそうだったのに、予定などないかのように寄り道を繰り返す。
一つ目、古本屋。
二つ目、パン屋。
三つ目、洋装店──
という風に。
慎ましい性格のようで、必要以上のものは買わない主義のようだ。
かなりの店へ入ったというのに、両手には二つほどの紙袋しか下がっていない。
不思議だ。
けれど、其れを少し遠くから眺めている私はそれ以上だろう。
通報されないことを祈るばかりだ。
最後の店から数分歩いたとき。
金盞花さんが、はたと立ち止まった。
視線の先には、公園。
小さな子供が泣いている。
どうやら、あの大きな木に風船が引っかかってしまったようだった。
(ああー、これは……)
ぎゃん泣きだが、どうしようもない。
木登りが得意な人がいればなんとかなるだろうが……。
金盞花さんもそう思ったのか、微妙な顔をして目を背ける。
が、はあーっと大きな溜息をついて頭を掻くと、子供の方へ走って行った。
「え、」
思わず声が漏れる。
私は目の前の光景に驚きを隠せずにいた。
ふわり、と浮かぶ金盞花さん。
微かな赤い光が、其の体を包んでいる。
異能力だ。
髪が風にはためくのを、帽子で押さえつつ木の方へ動く。
引っかかっていた紐を、いとも容易く手にすると、其の儘なんてことないように着地した。
風船を手に駆けてきた小柄なお兄さんに、子供は笑みを溢す。
親が何度も礼をするのを笑って止めながら、金盞花さんは公園を出て行った。
其れを、私は隠れることもせずに見続けていた。
金盞花さんは、大層なお人好しらしいことが、よく分かった。
(……一層、赤い糸の先が気になる……!)
まだ、其の小指の先は不明だ。
私は決意を新たにしながら、後ろをそっとついて行った。
(しかし、どんな人なのかしら)
粗野ながら、かなりお人好しで、イケメンで、知識人なお洒落さん。
そんな彼のお相手は、どんな女性だろうか。
(否、女性とは限らないな)
自分の無意識の固定観念に嘆息する。
(あー、気になるぁ、今日会える気もするんだけれど……)
其の時。
再び金盞花さんが立ち止まった。
今いるのは川近くの土手。
マルシェが開かれている通りだ。
何か良いものでも見つけたのだろうか──否、それにしては反応がおかしい。
わなわなと手を震えさせ、店とは逆の方向を見ている。
川だ。
(川……?)
釣られて私も目を向ける。
市場とは対照的に、人も少なく、普通の川に見えるが……え。
私は、目を疑った。
同時に、金盞花さんが川へ走っていく。
河川敷に荷物を置くと、其の儘──
「えぇえ!?」
──飛び込んだ。
嘘だろ、おい。
金盞花色が、水を吸って橙色になる。
金盞花さんは、私が目を疑った原因である、水面から突き出た足を引っ掴んで泳いでいった。
足の持ち主に、金盞花さんが吠えている。
よく聞こえないけれど、『またか』や、『迷惑かけやがって』などが途切れ途切れに聞こえる。
(足の人、前科があるんだ……)
しかも金盞花さんの言い振りだと、故意。
意味不明だ。
真逆、足の人が赤い糸の持ち主とかじゃなきゃ良いけれど。
左小指は水に浸かっていて此処からでは見えなかった。
私は二人を少し遠くから眺める。
完全に不審者だな、と思うが。
気になるのだ、仕方ない。
そう思ううちに、二人は橋の下に着いたようだった。
私は見つからないように、橋の上へ急ぐ。
乱れた息を整える内に、下から声が聞こえた。
「手前、何してやがる」
此れは、金盞花さんの方だろう。
先程途切れながら聞こえた声色、其の儘だ。
「また君かい? 全く、何でそんなに助けるかなぁ……」
耳馴染みの良いテノールボイスに、はっと息を呑む。
先程の足の人──男性のようだ。
二人は会話を続けている。
「大体手前は仕事だろうが。またあの眼鏡の奴に迷惑掛けてんのか?」
「眼鏡の奴? ──あ、国木田くんか。……え、なんか問題ある?」
「大有りだろ!?」
テノールさんは中々に破天荒な方らしい。
国木田さんとかいう人の胃が心配になる。
「ていうか、私も今日は休みなんだけど」
「……」
あ、金盞花さん黙っちゃった。
拗ねたような口調で喋り続けるテノールさんの声に、私は察する。
(……この二人は、お互いが寄り掛かれる場所なのだな)
と。
「全く、慰謝料代わりになんかくれても良いんじゃないのー?」
「くっ……」
戯れるように会話を続ける声が、下から聞こえる。
陽光が水面に反射していた。
ちらりと、下に二人の姿が見える。
金盞花色の髪が水を吸って橙色になった彼と、その隣で不敵に笑う黒い髪の長身の男性。
濡れた髪をかきあげる腕は包帯だらけで、其の指には──
(え、 )
糸は、無かった。
「うそ」
思わず、息を呑んだ。
欄干を握る指が、すっと冷たくなる。
疑問符が頭を駆け巡った。
金盞花さんの小指からは、相変わらず糸が伸びている。
其の向きからして、黒髪の男性へと伸びているのは明白だ。
けれど、何度確認しても。
其の指に、赤い糸は結ばれていなかった。
所在なさげに張られた、宵闇を孕む赤色の糸。
(なんで……? 会話からして、この人が、金盞花さんを結んだ唯一の相手でしょう!? こんなに深く、依存的な関係な筈なのに、糸が無い……!?)
そんなこと、有り得ない。
糸は、運命の相手の小指に、例外なく結ばれる。 相手が死んでも、糸はそこに留まる。 異能者であろうと、糸は見える。
(この人たちは、赤い糸の持ち主では、無い──?)
こんな初対面の私でさえもが、「お互いが寄り掛かれる存在」だと直感したというのに。
困惑の中、冷静な私が囁いた。
可能性は、二つ。
一つ目は、糸がこの男性を避けて、別の場所へ繋がっている。この男性は“運命の相手ではない”が、“運命の相手に近い場所にいる”か、“運命の相手と特別な関係”にある可能性。
二つ目は、彼自身、若しくは彼を覆う異能が、『月下の赤縄』による認識を完全に遮断している可能性。
(けれど、無効化、遮断の異能なんて聞いたこともない……)
私は欄干を握り締めた。
橋の下の二人の会話が、再び聞こえてくる。
「ねー、今日泊めてよ。慰謝料はそれで白紙にしてあげるよ?」
「俺の方が慰謝料請求したいわ」
ねえ、と甘い声を出し続ける黒髪の男性。
もう二人の姿は、橋の影に隠れて見えない。
「ね、」
其のテノールを最後に、沈黙が降りた。
僅かに髪を揺らす風と水音、草を踏み締める音。
何かが聞こえたわけではないけれど、其の空気の所為だろうか。
頬に熱が集まるのが分かる。
幾分か経っただろうか。
再び下から声が聞こえるた。
「まさか君が今日休みとはね。まるで運命みたい」
「ンな訳あるか。……風邪ひく前に、とっとと上がれ、太宰」
金盞花さんの口から聞こえた、“太宰”という名前。
(太宰……彼が、あの包帯だらけで、故意に川に飛び込む、糸のない男性……)
運命の糸は、金盞花さんと太宰を結んでいなかった。
しかし、金盞花さんが、彼の小指から伸びる宵闇の糸が。
この太宰という男性を、見えずとも結び、動いているのは明白だった。
可能性は、二つ目が正解だったのだろう。
二人が陰から出る。
小柄な金盞花に寄り添うように立つ太宰が、くるりと振り返った。
「! 、」
ばっちり目が合う。
彼は、気障ったらしく片目を瞑ると、荷物の方へ歩く金盞花さんを追って行った。
其の後ろ姿を見送りながら、私はずるずると蹲る。
太宰の、鳶色に光った宵闇は、確かにあの糸の色だった。
「う、わぁ……」
あの、妖艶さの由縁の、どろりとした其れを触ってしまったようだ。
大人気ない其れに、苦笑いが漏れる。
けれども。
完璧、としか言いようのない二人に、祝福を感じるのも事実だ。
「ふふ」
私は小さく笑いを溢すと、橋を渡って行った。
あの二人に、どうか幸せがあるように、と。
*Fin*
お久しぶりです! 眠り姫です!
また懲りもせず腐ったものを書きました。
最近病にふせっておりまして。
風邪です。インフルではないです。多分コロナでもない。
しかもXの喜劇が、展開定ってるけど乱歩さん描くのむずすぎて止まってる。
やばい。
ということで太中に逃げてきました。
早よ書けっつー話ですよね。
私には毎週更新とかができないのですよ。
できる時にめっちゃ書くタイプ。
いやー、この赤田綾ちゃんと仲良くなれる気がするわ
(誰、セキタアヤって)
え、オリキャラの名前
(知るかいな)
では、ここまで読んでくれたあなたに、心からの感謝と祝福を!
2025/11/14 追記
この二人が付き合ってるか。
決めてませんでしたが、恋人でも両片でも、言うのが憚られる関係の方でも、お好みで。