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あの夏が飽和する。 2
晴瀬です。
2話です。
この話はカンザキイオリさんの『あの夏が飽和する。』という曲を基に創られています。
皐月が僕の目を見た。
僕はその視線から目を逸らして、自室からリュックを取ってリビングに戻る。
これに、荷物入れよう。
皐月は黙って立ち上がった。
財布を持ってナイフを持って携帯ゲームを鞄に詰めて。
そこまですると皐月は言った。
「要らないものは全部、壊していこう」
「あの写真も、あの日記も今となっちゃもういらないんだよ」
確かに、と僕は納得して写真立てから写真を抜き取り破く。
日記のページを破る。
想い出を、綺麗に飾られた想い出たちを僕は捨てていった。
なぜ僕はこんなものに縋っていたのか分からなかった。
母さんが、ずっとここに住んでくれる夢をずっと見続けていた。
「昌樹」
皐月が僕の名前を呼んだ。
はっ、と我に返る。
行こう。
分かった。
さよなら、皆。
僕らは人生を捨てたんだ。
僕はリュックを背負う。
すぐ死ぬんだから、死にゆく旅なんだから、荷は軽い。
いつの間にか雨は止んでいた。
それに、人殺しとダメ人間の君と僕の旅だから。
そして僕らは逃げ出した。
狭く苦しい世界から。
家族もクラスの奴らも全部棄てて君と二人で。
「遠い、誰もいないところで二人で死のう」
「もうこの世界に価値なんてないよ。希望なんて、全部無駄だ」
続ける皐月の言葉に僕は頷く。
被っていた化けの皮を喰らって。
道の端を歩きながらそんな会話をする。
人は消えたら全部終わりだ。
それに一早く気づいた僕たちはなんだってできる。
想像して、空想して僕は小さく笑った。
これできっと幸せになれると思う。
「でもさ、」
僕は皐月の顔を見る。
「人殺しってこの世に何人くらいいるんだろうね」
そう呟かれた問いに僕はすぐに答えられない。
少し間があって、僕は口を開いた。
「人殺しなんて、そこら中湧いてるじゃんか」
ああ…と皐月は|譫言《うわごと》のように相づちを打つ。
「現に、今隣で歩いてる女子高校生も人殺しなわけだし」
通りすがりの中学生3人組が奇妙な目でそんな僕らを見ていた。
黙り込む皐月の横で僕は呟く。
「君は何も悪くないよ。君は何も悪くないよ」
皐月は何も言わない。
静かに微笑むだけ。
綺麗に微笑むだけだった。
皐月は街を抜け、静かな路地を歩き出す。
人通りの少ない路地を歩きながら皐月は突然言った。
「私さ、中学の頃、ちょうど昌樹と付き合う前に彼氏がいてさ。
別れるとき、言われたのがさ」
僕は複雑な表情をして聞く。
どんな顔をすればいいか分からず、肩がそわそわした。
「『俺は皐月を愛しているのに、皐月が俺を愛してるか分からない』ってのだったんだよ。
それが別れ文句でさ。
愛す、ってのが分からなくて。
当時その人のこと好きだったはずなのに、愛してたかって言われたら、分からないの」
皐月は息を吸った。
「|家《うち》母子家庭でさ。母親も仕事で家にいないことが多くて。
愛、ってなんだって、思って。
愛が分からなかった。別に凄く凄くたくさんの愛を貰って生きてきたわけでは決してないからさ。
なんか皆、"愛して"、"愛されて"、"愛されていることを自覚して"、あー、なんか凄いなーって他人事に思ったりして」
うん、と相槌を打つ。
「なんか、愛を感じたことがなかったっていう話」
つられて、それと死ぬ前だからという意識で僕も口を開く。
「僕の母親は|所謂《いわゆる》水商売やってて、家に帰らないし料理とか洗濯とか皆の母親がやるような当たり前のことをやらなかったんだよね。だから僕は信じ込んでた。誰からもずっと、愛されることはないって」
付き合っていた頃はこんな込み入った話はしなかった。
皐月の息を吸う音が聞こえた。
路地からは音がしない。
「結局僕らは誰にも愛されたことがなかったんだ」
皐月が頷く気配を感じて僕もつられて俯いた。
嫌な共通点だと思う。
それでもそんな共通点があるだけで信じ合えると思っていた。
他には何も、信じられないから。
『あの夏が飽和する。0』
https://tanpen.net/novel/9e75e057-70fb-4e60-87e3-7111cbaa4214/
『あの夏が飽和する。1』
https://tanpen.net/novel/6570f75b-f2fc-4b36-8ff2-3bb17008690f/
『あの夏が飽和する。3』
https://tanpen.net/novel/27bafdd1-dbfe-4167-8bd7-0bc93c94b212/
『あの夏が飽和する。4』
https://tanpen.net/novel/30a1e17b-ee8d-4e84-b2d4-e437247f3abf/