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第三話 ムスカリ
「西条さんと沢谷くん、この荷物運んでくれる?体育委員だよね」
先生が二つの段ボールを指さして私と沢谷、そう。ショウくんだ。荷物を頼まれてしまった。
私はショウくんがこわく、目を合わせないように段ボールを一つ持ち教室から出た。後ろから足音がしたけれど、またあの見透かしたような顔を見るのが怖くて、ひたすら前を向いていた。
「…西条、そっち重い方でしょ、交換しよう」
「あ…、あ、ありがとう」
重いなと思っていたことがバレていたの?やっぱり、なんでも見透かしてしまうんだなと私の心の中まで全てお見通しな気がして恥ずかしかった。私はショウくんの気持ちなど一ミリも分からないのに。
段ボールを交換するときも、目を合わせなかった。
またあの目を見てしまったら、自分が哀れで消えちゃいそうだから。
フラれてから三日。
まだ、夜はさみしい。
「椿、今日も部活行かないの?」
「あー-うん、今日頭痛くて」
「三年になってもレギュラー入りできないぞー-」
「もう私の全国大会優勝の夢は儚く散りましたよ」
私は軽く手を振って歩き出した。
「うちらの学校地区予選突破したことないけど…」
ー
いつもの海風が私の髪を靡かせる。二年生の最初はボブだった髪も、今じゃ胸元あたりまで伸びていて、どうにも邪魔だった。
「髪切んないの?」
「いいや、めんどくさいし」
そういうところだよ、と呟く中村を横目に、桟橋に座って海に沈んでいく夕日を眺めていた。
この街のいい所は、この景色だけ。たった、それだけ。
図書室で中村に会ったその日から、私は時々部活をサボって中村と海沿いの帰り道を歩いていた。途中にある桟橋に寄って腰を下ろし、来る日も夕日を眺めていた。
ショウくんはというと、私はまだ怯えてばかりだけど一ヶ月も経つと自認が『フラれた女』なんて悲しいものになってきてしまって、それにももう慣れてしまった。
世界は、まだ少し色褪せていたけど。
「私は何かに頼らなくては生きていけない人間なのかもしれないな」
「みんな、そうでしょ」
「そうかな?私は中村にはコアがあるように見えるよ。例えばその長い前髪とか」
「俺がさっぱり髪を切ったら、輝きすぎてこの街がこげてしまうから」
「それは、困るなあ」
中村の顔が本当にかっこいいのが憎たらしかった。
部活をサボるのは何回目だろう。みんなは目標の県大会出場に向かって日々汗を流して練習しているというのに、私は桟橋で男とお喋りか。私もショウくんに片思いをしていた頃は何をするにも生き生きしていたような気がして、今の自分がどうとか、そんなこと考えたくなかった。
「別に、最近は悪くないよ」
中村が呟いた。
「最近学校もあんまりサボってなくてさ。せっかくケイと同じクラスだし、なんか勿体ないなって」
ケイっていうのは、中村の幼なじみ。一年生の時に私もクラスが同じだった。中村とケイはずっと一緒にいて、もう気持ち悪いくらい。
「でもさ、学校行くと必然的に結城さんがいるわけじゃん。死にたいよねー」
「なに、まだ引きずってんの?」
「引きずりますとも、僕はこう見えて一途なんだよ」
「未練がましい男の間違いでしょ」
「椿はもう恋愛したくないの?」
「……できることならしたいよ、でも恋愛したいからって無理やりに好きな人作ったりするのは惨めだから嫌」
「僕も恋愛したいなー、こんな未練タラタラな男はもうやめて」
「はは、気が合うね」
中村は、こうして私と一緒に桟橋から夕日を眺めてくれているけど、少しでも私に気持ちはあるんだろうか?別に私は中村のこと、好きじゃないけれど、中村がずっとカオルのことを忘れられなくて苦しんでいるのを見るのも嫌だなあと思った。それは、ただ単にこうして中村と夕日を眺める帰り道が好きだから。中村と話すのが好きだから。中村が好きだから。
でもそれは、キスしたいだとか、あんなことやこんなことがしたいだとか、男女のあれやこれでは無く、ただ、本当に単に人として、中村のことが好きなんだと思う。
「中村に好きとか言われたら吐いちゃいそう」
私は念の為冷たく突き放した。
ムスカリの花言葉…失望