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【曲パロ】イーマイナー
原曲様リンクです。好きでしょうがないです
https://m.youtube.com/watch?v=-KEQ5JydVMg
私が(裏テーマで)リンクさせた楽曲様リンク
https://sp.nicovideo.jp/watch/sm32737912?ref=user_video
Youtubeには投稿されていません。今回はニコニコでのリンクを紹介します。
きみは私に、たくさんのものをくれた。
大切な宝物も、離別の辛さも。
渡すだけ渡して、いなくなった。
持ってきたら持って帰ってよ。すてられなくなるでしょ。
かける相手はもういない。
愚痴と涙が溢れるだけ。
今日は初夏を感じるような少し暑い日だった。まだ4月である。数日前はまだぽかぽかするぐらいだったのに。
「〜〜♪〜♪♪」
ハミングしながら公園へと歩いて行く。
春は出会いの季節であり、別れの季節。人生、たくさんの人と出会う。けれども。
きっと君以外には、親友と呼べる人はいなかった。今はまだ、かもしれないけど。
もう別れの季節も過ぎ去ろうとしていたのに、突然君を思い出してしまったから。
「〜♪……。」
ふと足を止めた。桜の花はもう葉に変わっている。
君がいたころは、まだ桜が咲いていたかな?このところ、温暖化も進んでいるし。
「3年、か。」
あのことから3年も経ったのか。
フェイクニュースと混乱が入り混じった「あのこと」はよく覚えている。実際、日本には影響はなかったが、経済は混乱した。今だって物価は高い。アツレキのなごりはまだ残っている。
それでも、日常はそれなりに戻ってきた。残酷なほどに。
重いハードケースを背負い直して歩いた。
私の相棒。
日向のベンチに座って、相棒を出した。手入れはこまめにしているのでそこそこ綺麗である。
優しく、音を鳴らし始める。
基本に忠実に、ゆっくりと。音程も簡単に。
CからDへ。DからEmへ。滑るように、なめらかに愛を歌う。
「だいすきだよ」
ありふれた言葉で、ありふれた音で。
ありふれた日常を、君との日常を求めて。
簡単なコードで弾けちゃうような曲は嫌いだって言ってるなら、早く来てよ。ふらっと現れて、なんでもないように笑って、また2人で路上ライブをして。
いつものように缶コーヒーを頬に当ててよ。
その熱が懐かしい。
久しぶりに弾いた弦で、枯れた声で、震える指で、焦がれて待つ。
「勝ち逃げなんて許さないからね、|終《しゅう》ちゃん?」
あの時と同じようにチカチカと変わる信号機を横目で見つつ、まだ未練がましくギターを私は弾いていた。
君はもういないのに、今から突然愛とか友情とか、君が残した曲を弾いても何になるんだろうか。後味はちんけな缶コーヒーよりも苦く、深く、生理的な不快感があった。
私が持たないもの。君が持つもの。
私には大した才能やら何やらはなかったが、君は確かに人を惹きつける歌声を持っていた。
いつも自信満々で、ちょっと強引だった。
そんなところが大好きだった。私がそばにいられることが奇跡だった。
スマホを開く。推測変換で出てくる単語には歌、とかそういうものはもうなかった。
私が変わってしまった証。
笑えない。
せめて寒い駄洒落の一つでも思い出せれば良いのに。何も出てこない。
一人、数時間ずっとベンチに座ったまま、立ち上がれなかった。
思い出したのは、夢を語ったあの日。
赤色から黄色、青と忙しく変わる信号をぼうっと眺めている私に、彼女が声をかけた。
「よっ、マイ。」
「あちっ!」
突然ホット缶コーヒーを当てられていつものようにぶるりと震えると、終ちゃんは笑ってプルタブを開けた。
「ははっ、今日もびびってるじゃん!」
「それは終ちゃんが突然缶コーヒーを開けるからでしょ!」
ゴクゴクと熱々のコーヒーを飲み下し、終ちゃんはにかっと笑う。
その快活な笑顔が、私には似合わないほどに綺麗だった。
「ほら、今日も練習行くぞ。」
対照的に、私の顔は曇る。
「……どうしたんだよ、行くぞ?」
「私は。」
小さく呟いた声は、風にさらわれて飛んでゆく。
「私は、終ちゃんみたいに歌が得意なわけでもなんでもない。ギターだって、ちょっと弾けるってぐらいだよ?だから、私」
「そんなの関係ねぇだろ?」
さらり、と流れる髪に、しっかりとした芯を持つ声に、ばくばくと心臓が鳴るのがよく聞こえる。
「私は、マイが一緒ならどこへだって行ける。何だってできる。マイもそうだろ?」
私の意思が入りこむ隙すらないその言葉に苦笑する。
「この歌を馬鹿にしてきた奴らの目に物見せてやんだよ。だから、マイも手伝え。」
傍若無人。我儘。言いたいことはたくさんあるけど、その真摯な目の奥に満更でもなさそうな私が映ってしまった。
「もちろんだよ。」
願わくば、その先へと行きたかった。
彼女は夢を追いかけてアメリカに行った。留学した。
私は変わらず日本で、音楽大学に入って、ギターを学んでいた。
そんな私たちに、転機が訪れる。
「前代未聞、巨大隕石落下……?」
刻々と近づくタイムリミット。混乱する人々。犯罪が起き続ける街。
幸いなことに、私の住んでいる田舎町ではそこまでの混乱は起こらなかったが、それでも人々が不安になったのは事実。
終ちゃんに会いたかった。無理だと分かっていたけれど、せめて声だけでも聴きたかった。
かけた電話は繋がらない。不安で、不安で。泣きたくて。
近所のおばさんたちやお母さん、お父さんと身を寄せ合って過ごしていた。
それでも、どこか冷静だった。
終ちゃんが死ぬ日は私の死ぬ日だから。私だけ残されるなんて、そんなことないはずだった。
だから、ちょっとだけ安心できた。冷静でいられた。
そんなことない、はずだった。
朝、自分の部屋で何事もなかったように起きた私はパニックになりながらリビングに向かってテレビをつけた。
そこには。
「巨大隕石、アメリカに落下。日本は直接被害無し。」
終ちゃんだけが、もういない。
久しぶりに思い出してしまった。
息を吸って、吐いて。荒くなった息を整える。
力が抜けて、ベンチに寄りかかってしまった。
天を仰げば澄んだ青空。どんなものにも変えようがないほどの、澄んだ空。唯一無二の青。
そうだ。
もう終ちゃんはいない。終ちゃんとファミレスにはもう行けないし、テストが面倒くさいって言い合えないし、路上ライブも出来ないし、終ちゃんの家でパジャマパーティーもできない。なんにも。
私がどんなにこうすれば良かった、ああしたら良かったと考えてもその事実は変わらない。
喉に酸っぱいものが溜まったような、そんな不快感に苛まれた。
「しゅうちゃんは、しんだ。」
精一杯吐き出した言葉は、すとんと落ちていく。
今更泣いたって何も変わらない。
じゃあ、今できることは?
あの子のまっすぐな瞳に応えるためには?
私に出来ることは?
今にもバランスを崩しそうなほどふらふらと、立ち上がった。
本当なら倒れたかった。このまま何もしないでいたかった。
気分が悪かった。
それでも、立った。
自動販売機に硬貨を投入して、缶コーヒーを取り出す。
ニットの上から握る。
じわりじわりと押し寄せる熱を指で受け止めた。
もう指はかじかんでいない。
にっ、と笑う。缶コーヒーを空に向かって持ち上げる。
普段の私なら絶対に出すことのない、馬鹿でかい声で。
「生きていってやるよ、馬鹿終ちゃーん!!」
青空に反響して、吸い込まれたその音は。不満げながらもふわふわと誰かに受け止められた。気がした。
「それでは、エントリーナンバー187番、『イナバマイ』さんの演奏です。」
火照る顔を必死で落ち着けて、汗を拭う。
今、この会場は全世界へと放映中。もちろん、復興中のアメリカにも。
そう、私は今オーディション番組の最終選考を受けている。
あの後死に物狂いで音楽を勉強して、歌だって途中から始めて。今までここまで打ち込んだことない!ってぐらいに練習して。
ついに、このオーディション番組までやってこられた。
若いシンガーソングライターの登竜門。
第一回、書類選考落ち。第二回も同じく。第3回、動画選考落ち。その後も何度も落ちて落ちて、その度に諦めそうになった。
でも、諦めたら終ちゃんに示しがつかない。今まで終ちゃんに「馬鹿」なんて言ったこともなかった。だからやり遂げないと。
根性と、努力と、終ちゃんへの思い。
全部ぶつけて、絶対に受かってみせる。
ギターの絵が描かれた仕切り板越しに、息を吐いて、送って。
無音の言葉を、あなたにかける。
終ちゃん、見てるかな?私たちの青春、今届けるから。
終ちゃんが高く積み上げたものも、ちらほらと残ったものも。愚痴も今まで流した二人の涙も、全部全部私が未来まで継いでるよ。
この曲、私がアレンジしたんだ。終ちゃんとの曲。ちょっと音程は簡単になった。|Em《イーマイナー》はふんだんに使ってる。
だけど、文句言わずに見ててよね?
終ちゃん。
私の友達。
今、弦を弾く。