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【曲パロ】命ばっかり
3〜4ヶ月かかりました、ようやく完成。
考察に考察を、検討に検討を重ねて、書きたいものを詰め込んだので激重になりました。ちゃんとした話になっていないような(致命的)
そのうち書き直す。かもしれません。
リクエストありがとうございました!
いろいろ考えさせられました、素敵な原曲さま↓
https://m.youtube.com/watch?v=YDnZFwlZa1g&pp=ygUP5ZG944Gw44Gj44GL44KK
カレンダーの日付を、クレヨンで塗りつぶした。先が磨り潰れる。それに伴って、日々も磨り潰していく。
結局、今日も成果のない一日となってしまったようだ。
うす暗い部屋で、そのままスケッチブックを掴む。画材も掴む。貴方のために絵を描く。
残念なことに、貴方は未だ興味を持ってくれない。これも駄目なのだろうか。カレンダーで逸れた気が、貴方との時間に戻されて、またやらせない気持ちが滲み出る。
「貴方」は我儘だ。
生まれた時から僕の側にいて、僕自身とも捉えられる。例えるならば、魂とか直感とか本当の自分とか性格、になるのだろう。
昔から好き嫌いが激しかった。どれを選んだとしても、貴方はしっくりこない様子だった。周りが好きなものを好きといって、楽しそうに活動するさまが羨ましいと思う心はあるのに、そうはならなかった。試しても試しても試しても、これだというものが、なりたいものが見つからない。嫌いではないが好きでもないものばかりだ。
スケッチブックを放り出す。しっくりこないものを長く続けられるわけがないことを、今までの十数年でよく僕は知っていた。
「大丈夫。いつかきっと、やりたいことが見つかるはず」
僕はどこへだって行けるのに、ずっと不正解を選んでいる。貴方は、理解した上で選んでいる。
僕と貴方には、住処も食べ物も正しい気候も選択することも飽和するくらいに与えられている。ここに地獄はない。選べる時代になった。個人を尊重する時代になった。いい時代、といえた。
その上で、理解できなかった。
座りたい椅子がない。開きたいドアがない。額縁に飾りたい絵がない。
努力しているのに、選びたいものがない。
「普通」とは違う「不正解」。貴方が真に愛しているのは、それなのではないかと疑ってしまうくらいだった。
「選びたいものが見つかるはず」
口に出すことはやけに簡単で、だからこそ許せなくなる僕がいる。
「おかしくなってしまった時間の使い方は、変えられるはず」
ただ安心したいがために声をあげているだけだった。
きっと見つからないだろうと。成し遂げられないだろうというネガティブが、貴方から僕に伝染している。
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ふいに、動けなくなった。
帰りのホームルームの後だった。所属部活なしというレッテルをどうにか剥がしたくて、運動部から文化部、同好会まで。結局はいつも通りの結果に終わってしまったけれど。どこまでも単純明快な答えだった。
ここまでなのかもしれない。悟ってしまえばもう歩みは止まってしまって、動けなくなる。だんだん立っているだけでも辛くなって、誰にも見えないように注意を払って僕は地べたに座り込む。
やる気になるのは最初だけで、貴方が気に入らないということが分かれば、フロートのアイスクリームのように気力は溶け去ってしまう。
際限のない選択肢。もし、思いが最初だけじゃないのなら、その選択肢の全てが選べるのだ。本当の意味で。どこへだって、行けるはずだ。
「こうすればいい」という明確な正答がないままだけれど、進まないよりはマシなのだ。
頭の中のばらけていた思考がようやくまとまって、立ち上がって、一口水を飲む。
無味無臭かつ生ぬるい。正直好きではないが、生きる上では飲まなくてはいけないもの。例え好まなくても、喉に流し込むことを選択しなくてはいけないもの。水を飲むことは常識で、飲まないなんてことは普通の人にとってありえないことだから。だから、僕は今日も水を飲むにすぎない。
常識を得ることで、貴方と僕は過ごしやすくなる。飲み込み続ければ慣れる。
遠くへ、遠くへ、明るくてたくさんの人がいる街路へ辿り着けるように。暗く寒い夜を越えて、暖かな家が、人がいる街路へ。目が眩むそこへ。
さあ帰ろう、歩き出そう、暖かい暖かい街へと。
貴方に縛られて動けない、本当の僕は捨て置いて。
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また昨日を使い切った。
日々なんてやつはポイ捨てされて、あっという間になくなっていく。今日だって、工作に時間を費やしている。やりたいものを見つける時間であり、普通を好きになる時間として溶かしている。
気付けばもう、学校というコミュニティから離れる時が近づいていた。うまく、馴染めないままだった。
かちかちに固められていたはずの地面が陥没していくようで、怖い。
高校。就職。趣味。恋人。部活。ぜんぶ、よくわからない。経験しようとしても、してみてもわからない。
「義務」であるそれから離れたら、僕はどうすればいいのだろう。
「知らない」を知りたかった。
貴方が行きたい方向を一緒に探そうとした。それだけだったのに、どうしてこうなった?
「楽しい」とか、「夢中になる」とか、社会に属する他人が当然知っていることを知りたかった。
知り得ることは結局なかった。水を飲むくらい、誰にでもできる。そういう圧に押しつぶされそうになって、やりたいのに出来なくなっていって、動ける範囲がどんどん狭まっていく。水面に上がろうとしても、うまく泳げなくて深海に落ちていくみたいだ。水圧が、強く、強くなって、息苦しく、なっていく。
水面に上がれないのに、今日も空を舞う蝶になる夢を見る。
「個性を大切にしよう」
「本当の自分を我慢しなくてもいいよ」
「自然体でいいんだよ」
何も我慢する必要はないと、周りの大人は言った。例えば人間が蝶になる、みたいな不可能な夢を見ることは、間違っていないんだって。諦めなければ叶うんだって。
だから、本当に好きなものを見つけようとした。見つけようとして、出来なかった。
「できた」
ずっと作っていた蝶が完成した。
お世辞にも上手とは言えなかった。
インターネットで見つけた、綺麗な蝶の作り方。珍しく貴方が嫌なことではなかったから、やってみることにしたハンドメイド。
セロテープががたがたに貼られた、羽を軋ませながら動く蝶を見ているうちに、視点がサードパーソンに移り変わるような気分に陥る。ひどくそれがつまらないものに思えてきて、好きになれない。
……他の子どもと同じものを好きになろうとした。好きになりたかった。好きになれなかった。
「本当に、これが正しいのかな」
こうしていつまでも好きなものを見つけようとすることは、普通に慣れようとするのは、果たして正しいのだろうか。
きっと、普通の人からすれば正しい。だからたくさんの人が行為や物体、概念を賞賛するのである。それが僕にとっては正しくないものでも、人々は褒めて好きになる。
『「普通」とは違う「不正解」。貴方が真に愛しているのは、それなのではないかと疑ってしまうくらいだった。』
疑う余地はもうなかった。
正しいを理想としていたから、置いて行かれた。追いつけなくなったんだ。
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当たり前に過ぎていくはずだった時間は、何十年にも感じるほど長かった。
ベッドもなく、床で寝転がっている自分は着古したパーカーを着ている。苦痛しか感じないバイトをこなして首の皮一枚繋がっている。
過去に思い描いた自分は立派なスーツを着て、他人と楽しそうに笑い合っている。定職について、友達がいて、家庭がある。
社会不適合者と普通の人間。その溝は、簡単に埋まらないものだった。
胡蝶の夢。
普通になりたいと願う中で知った、一つの言葉。
夢と現実の区別がつかなくなって、自分が蝶なのか人間なのか分からなくなった。
たぶん、僕もきっとそうなのだろう。
そこまで考えたところで、アラームが鳴った。眠り過ぎた頭痛を感じながら、用意を適当に済ませて家から這い出した。
空気が冷えている。周りの人の視線も冷え切っている。そうとしか思わないし、思えなくなっている僕はもう、どこかに向かっているようでどこにも行けやしない。足が、誰もいない方へ向かってしまう。暖かい街路にも、昔描いた理想のロードマップのその先にも。
グズグズしているうちに、選べる椅子が減ったのだ。入れるドアが倒れたのだ。飾れる額縁が、他人に買われたのだった。
すべて貴方のせいだった。
どこまでも貴方に純情だったからこうなったのに、何もかも飾らないで分かち合ったのに、肝心の貴方の影が眩む。
「どうしたいの」なんて問えば、「どうもしない」なんて、そっけない答えを貴方は返す。好きも嫌いも言わない。貴方はもう何も教えてくれない。今日食べた食事も評価しないし、行きたい場所さえもなくなってしまったようだ。だからそのうち、ナイフとフォーク、どちらの手でどちらを持てばいいのか分からなくなったし、水を飲み込むことですらおざなりになった。
何にも、どれをとっても、わからないだけだ。だから、今日も眠れなくなる。眠り過ぎてしまったから、その後のことにも頭痛しかしないから。
ふと、横顔が目についた。いつのまにか戻ってきた玄関、無造作に置いてある鏡に映った横顔。貴方の顔であり、僕の顔。
引け目を、感じてしまった。
いつからこんなに、疲れた顔をしていたんだろう。なぜこんなに、幸せとはかけ離れた顔をしていたんだろう。いつ。なぜ。どうして。なんで。理解できない。誰か、助けてくれ。僕をこの深淵から救い出してくれ。
助けを求める顔をしていた。救われたいと喚いていた。黙っているのに、壊れたおもちゃの我楽多のように、ガタガタうるさい。
我楽多の口が、動くような気がした。
お前が傲慢だったせいなのに。
ずっと、新鮮な幸せを食いつぶしていた。古くなったら捨てた。夜、何かを作ったりやったりすることに飽きたから、ずっと捨てていた。
振り返ると腐敗物でできた道ができていた。蟻がたかっている。スケッチブックに、紙で蝶に、理解できない思考をしたものたちがたかっている。それは腐敗物なはずなんだけど、どうしてか有難がって啜っている。
捨てたものに価値を感じられずに、また新しいものを捨てていった。砂を噛むようで味気ない幸せを何回も使い捨てた。紙で作った指人形で少しの間だけ遊んで、もえるゴミとして捨てるみたいに。
どうすればいいのかわからないから怖かったんじゃなくて、使い切るのが怖かった。椅子が選べなくなるのが嫌だった。ドアが倒れてなくなるのが嫌だった。額縁を売るのが嫌だった。それが無くなるのをただ恐れていて、恐れながら進んでいた。
我儘な人間から離れていく僕の頭の周りに何があったか、だんだんとわかっていく。ようやく、ようやく、わかるようになる。無意識にわかりたくなかったと感じていたそれが、わかっていく。
だから、貴方の姿はどんどん小さくなっていく。貴方が小さくなっていく度に視界が広くなっていく。貴方はどんどん小さくなっていく。貴方が話したいことがなくなって、選択に選んだ僕は、選択すらできなくなっていく。
一番我儘で傲慢なのは、貴方ではなく僕だった。
止めだ。思想犯は、もう止めた。ずっとずっとわかれないことだけはしっかり知っていたのだろう。柱みたいに太く頑固な思想が、ようやく根本からぽきりと折れた音がした。
マッチを擦って、理想の僕が燃えて爆ぜていく音がすると同時に、頭の引き出しに限界を感じる。
引き出しのうち一つに入れて、また開けようとするともう開かなかったり、中身がすり替わっていたり、もう取り出せずにこびりついていたりする。なんだかもやがかかったようでうまく話せない。それ以外のやったことなんて引き出しごと捨ててしまった。
これを「頭の病気でなんらかの制限がかかった状態」だと思えれば。社会のせいとか、大人のせいとか、貴方のせいとか、思えれば。 頭の病気を直してすっきり新しく人生を始める気分にきっとなるんだろうけど、とりとめのない言葉では、剥がせそうに見えるけれど絶対に剥がせない。
本質は、変わらない。
今まで出来たことを繰り返しなぞっていくのは大変に退屈で、また屈辱で、きっと僕には耐えられない。
貴方じゃなくて、僕はたくさんの物が嫌いで、たくさんの物を選ばない。これまでもこれからも、変わらない。「脳がすっかり死んでしまっているのでもうこれ以上よくならない状態」だったら、すっかり殺してしまったのは僕だから、どうすればいいのかわからなくても僕は誰もきっと責められない。
ぐしゃぐしゃになった、泣き笑いみたいな顔が鏡に映る。今度こそ本当に悟ってしまったような気がして、もう無邪気に普通に固執することはできない。怖くて泣きそうなくらいに。
得た罪悪感が自堕落にも移動して、貴方に謝ることしかできなくなる。
こんなにわかれない人生だと思って生きていなかった。これから先、貴方と僕の人生は何が大切だったかわからないし、みんなが何に惹かれて生きてるのかわからない。
でもそれは貴方に穿った視点を与えられたのではなくて、ただ貴方が何もわかれないだけだったんだよ。僕もそれを、何もわかれなかった。だからこうなった。
どんなに貴方のことを今わかったとしても、何も貴方は言ってくれないのだから、全部僕のせいだから、このまま生きていくしかない。
残されたのは、ずっと僕に巣食っていた自堕落ではない。選択権でもない。胡蝶の夢の残骸でもない。
かつては純情に想っていた、|貴方《命》ばっかり。